20-22.軍事同盟締結と食料の相互提供条約(後編)
前回のあらすじ:軍事同盟と食料相互提供条約の案はシンプルな内容で、雲取様もその場で聞いて内容を理解できるくらいに纏められてました。あと、何か思いついたことがあったら話せ、と言われたので、諸勢力が力を合わせて行えて実現性がある提案をしたら、なんか場が静まり返って居心地が悪くなりました。(アキ視点)
思いついたことがあったら話せ、と促されたので、それならと提案してみたら、何故か場の空気が静まり返ってしまい、行き場のない苛立ちや憤りみたいな感情が沸々と煮え滾ってる感が高まって、随分と居心地が悪くなってしまった。
女中人形さん達が茶菓子を配ってくれたから、それを摘まみつつ、ちょっと一息。
ふぅ。
……でもさ、単一勢力が行える事業なら僕が提案する意味なんて無い訳で、そうなると、皆が手を取り合って実現できる事業をしようね、って話になるのは必然だと思うんだよね。そうした提案が中立勢力、つまり、僕からしか出てこないというのは、ユリウス様が話してくれた検証で明らかになってるから、これもまた仕方なし。
なーのーにー
なんだろう、この理不尽な仕打ち。
とはいえ、こちらの皆さんが自分達で答えを導き出す前に、良かれという案を僕が先に示していくのは、与えられた道をただ歩くだけ、ということになってしまい、今後を考えるとそうした真似はしない方がいい。代表の皆さんや、セイケン達、調整組からも、答えを先に示すのは長期的には悪影響が大きいと釘を刺されていたからね。
でも、他の皆さんからは出てこない、または出したとしても、それがそのままの語意で受け取って貰えない問題を抱えているから、大河の東遷事業は僕から出すしかない提案だった。後回しにする意味もないし、竜族も手が空いてるんだから、使えるなら使わないと勿体ない。
っと、ふわりとお爺ちゃんが前に出た。
「アキ、少し教えて欲しい。なぜ、皇帝領なんじゃ? 弧状列島は広い。例えば、連邦の北、海を越えた先にある果ての大地、そこに入植していく話はどうじゃろうか。寒い土地とは聞いてるが、呪われてもおらず、誰の土地でもないんじゃろう?」
ふむ。
代表の皆さんの反応を伺ってみると、まぁ取り敢えず話を聞いてみようってとこか。
「地図を見ると、「死の大地」の四倍程度広くて、なんで手つかずなのか不思議だよね。レイゼン様、「果ての大地」への入植を連邦が行わなかった理由って、寒くて作物が育たないからでした?」
「理由の一つはそれだが、一番の理由はそこまでして手を広げようという欲求が我々に無かったからだ。慢性的な人手不足で、国内の田畑すら休ませている有様なのは知っての通りだが、そんな状況で、更に少なくない人数を自然の厳しい地域に向かわせる理由が無かった」
まぁ、そりゃそうか。
「ありがとうございます。海を越えて人を送るなら、自然が厳しく労に見合わない「果ての大地」よりも、貿易で旨みの出る海外の異国の方が良い、そういうことですね」
「あぁ。尤もそちらは魔力不足の問題があって上手く行ってなかったがな」
地球での野菜不足からくる壊血病みたいなもので、鬼族にとって魔力不足は看過できない問題だった、ということだろうね。連邦が拡大政策を取れない根本的な理由だ。
「話を戻すと、「果ての大地」は詳細がよくわからないのと、土地を得る目的として、山海の幸を手に入れること、農地を手に入れること、或いは鉱物資源を入手するといったことにすぐ結びつかないから、優先度はかなり低めと感じたんだよね。無人の土地ではなく原住民の方々がいるそうだから、交易をするくらいはアリとは思うけど、それなら諸勢力が協力して行う必然性も低いし」
もっと、簡単かつ短期間で手が届いて実りが大きい話があるならそっちの方がいいでしょ、と話すと、お爺ちゃんは納得してくれたけど、ユリウス様が目を細めた。
「東遷事業がその定義に当て嵌るとは思えないが」
徳川幕府が六十年かけて完成させた巨大事業だもんね。
「えっと、それは比較の問題です。比較対象となるのは弧状列島全体の力を投じるような事業であって、それらと比べてどうか、という話です。まず簡単かつ短期間、これは「死の大地」の浄化作戦に比べれば明確です。あちらはそもそも浄化し終えるまで何年かかるかまだ目処も立ってません。また手が届くかどうかですが、これも既存技術のみで実現できる点で優位です。あとは実りの多さですけど、「果ての大地」は情報不足、「死の大地」は植物層が壊滅しているので土作りから始めねばならず大変ですから。それと、日本の事例ですけど、似たような大規模事業としては、沼を埋め立てて農地を得る干拓事業や、遠浅の海を堤防で区切って排水して農地を得る干拓事業、廃棄物を使った海の埋め立て事業とかありますけど、労力の割に得られる土地が少ないんですよね」
その点、東遷事業は水害を減らし、ついでに安定した収穫の望める農地が増えて、海と内陸を結ぶ水運の活性化にもなる、と一石三鳥な策ですからお得感が凄い、と話した。
他の埋め立て系だと、既存の沼や海の幸を失い、代わりに農地を得るだけだからね。あー、諫早湾干拓事業は確か農地造成だけじゃなく防災機能強化も謳ってたか。でも確かあれ、海への悪影響が出るとかで水門を開けろ、締めろと裁判で揉めてたし。
そう話すと、少し呆れた顔をされてしまった。
「「死の大地」の呪いと比較すれば、何でも簡単に思えてしまう。それで、なぜ帝国の地なのだ? 平野で治水に苦労している地域は他にもあろう?」
ん。
「連邦領は鬼族の皆さんのパワーもあってあらかた治水事業が終わってるのと、ロングヒル付近も大きな川はあるけれど排水路が既に引かれてますからね。あと、西の方の地域だとあまり大きな河川がないのと連邦領から遠くなってしまう問題もあります。鬼族の皆さんに参加して貰うのに、どうせなら近場の方が良いとも考えました」
そうして消去法で考えていくと、めぼしい大規模事業は、大河の東遷事業くらいしか残らない、とも説明してみた。
「沼の干拓では大事業とは言えぬか。それで、アキは東遷事業について、竜族はどの程度乗り気になると思ってるのだ?」
ユリウス様が値踏みするような目で、さぁ話せ、と催促してきた。
「「死の大地」と違い、縄張りが増える訳ではないので竜達にとって直接的な恩恵はありません。ですから、竜族が提供するサービスという形になるでしょう。そしてサービスとして見た場合、呪いと対峙するのと比べると竜にとっての障害など無いに等しいので、気後れする要素はありません。後は話の持っていきかた一つかな、とは思ってます。帝国の求めに応じてサービスを提供するのではなく、弧状列島に住まう全種族が力を合わせて行う大事業に竜族も共に暮らす隣人として参加しませんか、と誘えば、やる気を見せてくれる気がするんですよね。それに竜族の持つ技、竜爪で難工事確定な岩盤層を切り刻んで貰えれば大助かり、竜の助力があれば大幅に工期を短縮でき、竜族の力が豊かな実りを産むことにもなると話せば、ガーデニングを楽しんでる緑竜さん辺りなら理解を示してもくれるでしょう」
竜の力が破壊だけでなく、地の恵みを育むことにも使えるという話は、意識を切り替える上でもその意義は大きいと思う、と補足してみた。
すると、ユリウス様は僕の心の奥底を覗き込むような視線を向けてきた。
「アキ、今の話、意識の切替えだが、それは始めから意図していたモノか? それとも今、思いついたことか?」
「それは今、思いついたことです。ユリウス様に何か話があるかと聞かれてから、連鎖していった内容ですから」
そう説明すると、ユリウス様は他の皆に向けて、提案を切り出した。
「聞いての通り、大河の東遷事業はアキ、つまり諸勢力を纏める要である竜神の巫女が提案したならば、それは統一国家成立への十分な呼び水ともなるだろう。ただ、こうして話を聞いた通り、話を聞き進めればポロポロと重要な意見、見解が出てくる有様だ。このまま話を進めるのではなく、一旦仕切り直しをしたい。どうだろうか?」
その呼びかけに皆もそれがいいと口々に賛同の意見を述べた。
「最後にアキ、緑竜様は乗り気になるだろうと見込みを話していたが、他の竜はどうだ? 何柱程度が参加を希望すると思う?」
「そうですね……若雄竜三柱に話を通して、竜族と地の種族の合同作業の試金石にもなる取り組みで、竜族が疎いであろう地質や水脈に関する学び、岩盤を切り刻む際の竜爪の技の昇華など、難度は高いけれど遣り甲斐があると示せば、最低でも数柱、案外、数十柱くらいは希望してくるかなって思ってます」
「数十柱だと?」
「ほら、遊びでも片手間でできることより、少し難しい事の方がやる気が湧いてくるでしょう? しかも、やれば感謝されるし、地の種族との繋がりを持てれば、竜族の新しい社会構造の中でも存在感を示せますからね。縄張りを持たない若竜達なら、興味をかなり示してくれる筈です」
誰か一柱がちょっと片手間に手伝えば終わる程度の内容だと逆に興味を持って貰えないでしょう、とも伝えてみた。刺激に飽いている竜達であっても、片手間で終わる児戯なら誰かやっとけ、としか思わないだろうし、その仕事をやり遂げても仲間もそれに対して何の評価もしてくれないだろう。あぁ、暇潰しに手伝ったんだな、程度で。
でも、他の竜達から見ても難度が高い、これまでの竜が踏み込んでこなかった領域に挑戦し、成果を示したならどうか。
きっと、その行動への姿勢、努力、意識などを他の竜はきっちり評価するだろう。特に自分以外の誰かの為に動く、というのは竜達には乏しい資質だから、話の纏め役、推進役として有望と考えてくれたりもしそうだ。どちらかと言えば、竜達の感性からすれば、そんな面倒な話、やらなくていいならやりたくない、ってとこだろうから。
すると、後ろからリア姉が割り込んできた。
「それでアキは、浄化作戦の前に協力して活動する訓練にもなって丁度いいと考えてるってとこかい?」
ん。
「まぁ、そんな感じ。多分、大河の東遷作業となると、どこに河川を通すか地質調査をしたり、邪魔になる岩盤を切り刻んだりと、作業を分担することはあっても、竜達が共同で何かを行わないと難しい作業というのは無い。それでも一人では到底不可能な大事業において、その中の作業の一部を分担してきっちり役目を果たす、という一連の行動を完遂することは彼らの意識改革に大きく寄与すると思う。その中で期日を守るとか、他者と作業の段取りの調整をするとか、共同作業についてのイロハを学んでいけるかなって」
「作業の分担なら、帝国訪問時に帝都を周回しつつ警戒する役と、雲取様と共に編隊飛行をする役をこなしていたから、竜族もやればできる範囲だとは思うけれどね。まぁ、意図はわかったよ」
リア姉からは特に追加意見はなし、と。
それでは、とユリウス様が話を纏めに入った。
「では、アキ、それにケイティ。済まないが日を改めて本件について打ち合わせを行う準備をしてくれ。期日は明後日とする。日程的な問題もあって先まで伸ばせんが、この話は今回詰めておきたい」
ちょっとケイティさんの反応を伺うと、仕方ないと頷いてくれた。
「ご依頼承りました。では参考資料として利根川東遷事業をベースに考えを纏めてみます。退席してもいいですか?」
「頼む」
ユリウス様の許可も貰えたので、別邸に戻って資料作りを行うことにした。と言っても、もう寝る時間まであまり時間もない。結局、帰りの馬車の中や、別邸に戻ってからもお風呂に入ったりしながら、ケイティさん、ベリルさん相手に必要な資料集めや、こちらの土木工事技術に関する情報を揃えて貰えるようあれこれお願いすることになった。布団に入ってからもギリギリまで話を進めて。そうして意識が落ちるまでできるだけ、自身の考えを外に出し切ったのだった。
帝国の皇帝領における大河の東遷事業について、軽く聞き取り調査が行われた結果、ポロポロと未来に影響が深くありそうな意見が出てきたため、仕切り直しをすることになりました。一番、影響を受けるユリウス帝だけでなく、他の代表達も、これはしっかり聞かないと不味い、今回集まってる間に詰めておきたい、という思いを抱いてサクッと仕切り直しが決まりましたね。
それが何故か、って辺りについて、次パートで触れていきます。アキが少しストレスを抱え出したので、そのフォローも兼ねて。
翌朝までに検討資料纏めて仕切り直し、という流れはちょい無理があり過ぎるので却下しました。もう時間帯的にアキが起きていられるのが残2時間を切ってる状況だったので。サポーターさん達が一晩で作ってくれました、とやれても、関連資料を集めるまで辺りだろうと。
次回の投稿は、九月十七日(日)二十一時五分です。
<活動報告>
以下の内容で活動報告を投稿してます。
【雑記】寺沢武一先生死去、享年68歳