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20-21.軍事同盟締結と食料の相互提供条約(中編)

前回のあらすじ:竜族、妖精族、竜神の巫女がセットの中立勢力が提供するサービスや、三者が揃った場合の利点についての補足を色々と教えて貰えました。妖精族は人数こそ少ないものの、いるのといないのでは大違いですね。為政者目線だと異なる気付きも多く面白かったです。(アキ視点)

マグニチュード九という未曾有の大地震が日本あちらでは六年前に起きたこと、地震の揺れによる被害よりも、広域を次々と襲った津波の被害が大きかった点について、代表の皆さんに語り、地震には滅法強い竜族に、そうした広域大災害の際には手助けして貰えばいい、と提案してみたんだけど、皆さんの反応は渋かった。


レイゼン様が口火を切った。


「その話はセイケンからも聞いた。だがな、我ら鬼族が他種族より優れた体力を活かして、災害発生時に救援・復旧活動を行う話も、まだ勢力間で協議が始まったばかりだ。どの勢力も我々の実力を疑ってはいない。だが、被災という極限状態、混乱の最中に外国勢を受け入れることがそもそも可能なのか、速やかに現地入りすることは困難ではないか、弱った者達が鬼の威を受けて疲弊しないか、と議論は尽きない」


 ふむ。


「大地震となれば、道が寸断されてしまい、外からの救援が難しくなりますからね。その点、天空竜であれば、そうした問題は一切ありません。まっすぐ現地入りできるので迅速さでは文句なしの一番でしょう。竜族と仲良くなってからの話にはなりますけど、僕がやったように、竜に現地入りを手伝って貰えば、連邦領からでも一、ニ時間で現地入り可能になりますよ」


空挺ヘリのイメージで語ってみたけど、これにはヤスケさんが駄目出ししてきた。


「竜一柱が鬼族とはいえ一人運ぶだけでは効率が悪過ぎる。そもそも天空竜が飛来するだけで地の種族にとっては負担が大きいのだ。混乱している被災地に大人数を送り込む話なら、アキが帝国や連邦を訪問した際のように空間鞄に魔導人形達を大勢入れて運ぶのが現実的だろう。いずれにせよ、天空竜が地に降り立つことを前提とした提案は、民の中から自発的に要望が出るまでは避けるべきだ」


 ほぉ。


「竜の圧の件は、確かに難問ですね。それさえなければ、もっと種族間の交流も容易になるんですが。ヤスケ様、民から自発的に、というのは民にとって竜族が身近な隣人であり、頼りたいと思えるくらい、親しい存在となるまで待て、という意でしょうか?」


「そうだ。街のあちこちで火の手があがり、建物が倒壊し、死傷者が続出、混乱の最中、共和国の都市に天空竜が降りてきてみろ。年配世代は竜族が襲ってきたと恐慌状態に陥って、魔導人形達を特攻させかねん」


平和な雰囲気の中、降りてくるのとは訳が違う、と睨まれてしまった。


街エルフの特に年配層ともなると、竜族の襲来を何度も実体験しているから、ヤスケさんが言ったようなシチュエーションだと、トラウマ再発どころの話じゃなさそうだ。


「混乱と争いを生むのは本意ではありません。ご忠告の通り、そこは共に暮す気風が醸造されるまで待つことにしましょう。そうなると、竜族と共同で行う作業、先程、ユリウス様も纏めてくれた中立勢力の提供するサービスは、上空から行うもの限定としましょう。こちらに来る時に思いついたんですけど、農作物の収穫量を上空から観測して比較、評価するサービスなら、食料相互提供条約の運用にも寄与すると思います」


お勧めですよ、と笑顔でアピールすると、皆さん、表情を固くしながらも、内容を説明するよう促された。


理屈としてはシンプルなもので、毎年、同じ月日に上空から田畑を撮影することで、育ててる作物の種類や育ち具合などを比較、評価するモノだと説明してみた。一発で広域の状況を把握できるので、育ちの悪い田畑がどこか、作物ごとの生育はどうか、なんて事を勢力間で情報共有できるようになるので、揉め事も減るでしょう? と話したんだけど。


ニコラスさんが眉間を揉みながらも、問題点を指摘してきた。


「アキ、理屈は悪くないが、膨大な枚数の写真を撮ることになって運用コストがかかりすぎる」


あー。こちらにはデジカメはないし、宝珠に保存することになるから、地球あちらのストレージみたいなノリで考えるときついか。アナログ写真で運用となると、デジカメみたいに膨大な数をとって良さげな写りのデータだけ選んで残すような大雑把な使い方も難しい。


「それはそうですね。まぁ、当面は竜達による災害状況の情報提供と同じで、当事者以外による確認作業を弧状列島のどこに対しても、任意のタイミングで行うことができる、ただしそれがいつ、どのタイミングで行われるかはわからない、ってところで妥協しましょう。それでも各勢力が農作物の収穫量を報告する際に、より誠実に行うようになる後押しくらいにはなるでしょうから。サービスはそうですね、代表から要望があれば、上空からの観察、撮影を速やかに行うとし、各勢力はその行為を容認し、得られた情報を下に行われる質問に対しては誠意を持って回答すること、ってとこでどうです?」


どの勢力も自分の国のことはある程度把握できているので、ソレと比較することで他勢力の収穫量報告についても、それが妥当なのか、数字に問題がないか推測はできるだろう。


どの国でも費用さえ負担すれば、弧状列島のどこでも好きに確認できる観測サービス。竜族が使える写真機を用意する必要はあるけれど、声をかければ面白そう、と賛同してくれる若竜達はそれなりにいると思う、とも補足してみたんだけど、皆さん、表情が硬い。


うーん、説明が足りないんじゃなく、まつりごとへの影響の大きさに、思考がフル回転中ってとこっぽい。ここは、畳み掛けるシーンじゃなく、それぞれが考えを纏めるまで待つ方がいいね。





しばらくすると、皆さん、ある程度、考えも纏まったようで落ち着きも取り戻してくれた。


 ふぅ。


おや、僕の後、ケイティさん、ジョージさんと同じテーブル席にリア姉がやってきた。


「リア姉、どうしたの? これから参加? 何か急ぎとか?」


「さっきまでは、私がいると意見が出しにくくなるかもしれないから遠慮してたんだよ。この後は、同盟と条約の話で、私も巫女の一人という立場で聞いておくってことだね。基本は任せるよ」


なるほど。


リア姉との話が終わったことを受けて、ユリウス様が改めて場を仕切り直す。


「アキの提案、新サービスの実現性については別途、検討部会を設けることとし、これからは、元々の予定であった参戦義務を持つ軍事同盟の締結及び、同盟国間での食料相互供給条約の締結について話を進めていこう」


指示を受けて、ベリルさんが全員に冊子を配ってくれた。表紙には持ち出し厳禁の判子が押されていて、開いてみると文面としては大した分量ではなくさらりと読める程度。随分シンプルだ。


「予想以上にシンプルですけど、徹底して削ぎ落とした理由は何ですか?」


「此度の同盟と条約は、竜族代表としての雲取様に立ち会っていただき、内容を伝えて認めて貰う流れとなる。昨年に取り交わした文面は同じセットを五つ作成し、シャーリス殿に保護術式を施して貰う。だからこそ、内容はその場で聞いて全容を把握できる程度のシンプルさであるべき、と判断したのだ。実務的な取り決めは別途行う。勢力間の領土、領海の制定も絡むゆえ、全てが確定するまでにはある程度、時間もかかるだろう」


 ふむ。


「実質、停戦状態にある今であれば、戦争を行えば、残りの勢力全てが手を組んで対抗すること、今すぐ食料供給を必要とする勢力もないから、実質的な意味での動きはなく、約束を取り交わした、それを竜族、妖精族が立会い、その内容を認め、中立勢力としてサービス提供を行う形で、統一国家樹立に向けて協力していくことを表明していくって事ですね」


「その理解でいい。内容をざっと眺めて、意見があれば聞かせてくれ」


促されたので、渡された冊子に目を通してみる。


 ふむ、ふむ。


まぁ、さっき話した通り、内容は雲取様がその場で聞いて把握できる程度ということで、大方針レベルが記されている程度だから、さくさく読み終えることができた。


興味深い点は二つかな。


「僕からは、意見というか確認したいことが一つ、提案が一つあります」


「聞かせてくれ」



「では、軍事同盟の方から一つ。同盟締結に伴い、「死の大地」の浄化作戦を目的とした合同軍の設立を行う旨が記されてますが、こちらは参謀本部や各国の大型帆船の運用に法的な裏付けを持たせること、指揮系統を明確にすることが趣旨でしょうか?」


この指摘には、ヤスケさんが答えてくれた。


「そうだ。各勢力は必要な人員の派遣、組織運用の支援を行うが、あくまでも代表達の直轄組織であり、各勢力から直接的な割り込みを受けない独立した活動であることを明示した。命令系統が複数あっても混乱するだけだ。今後は参謀本部の立場は重要なモノとなっていくだろう」


 ほぉ。


「それは良いことですね。できればお揃いの制服とか作って連帯意識も高めていければ素敵ですね。あと、その場合、浄化作戦への竜族の参加位置をどうするのか、ですけど、これは先送りですか?」


これには皆さん頷いた。


「此度の同盟はあくまでも地の種族同士での取り決めに過ぎず、竜族はまだ統一組織の立ち上げもこれからだ。浄化作戦への参加は、当面は中立勢力によるサービスの一環、賛同する個が趣旨に同意して参加するボランティア活動といった位置付けとする。それに食料供給にも竜族は絡まん」


 ふむふむ。


「彼らの参加意識にも沿うので良い取り決めと思います。竜達の作戦への関与、役割の拡大については、彼らが共同作戦の遂行能力を得てから改めて見直す程度で十分でしょう。妖精族も国として大人数での参加ではあるものの、そのスタンスはあくまでもボランティア活動なんですね」


これにはシャーリスさんが答えてくれる。


「妾達は竜族と違い、集団行動には長けている。参謀本部には近衛も参加させており、国として参加してる面もある。ただ、妖精の国は、こちらのどの勢力とも領土を接しておらず、軍事同盟締結の趣旨に合わず、食料のやり取りも発生しない。故にしばらくは中立勢力としてサービスの提供に留めるつもりよ」


なるほどね。


「質問への答えは得られたので、次は提案です。食料供給ですけど、少量で構いませんが、今年から相互にお試しで実施してみませんか? 各勢力が自勢力の食料とレシピ、場合によっては調理器具も含めて提供してみるんです」


この提案には、ユリウス様が疑問を口にした。


「アキ、各勢力の飲食物については、交流祭りを通じて、それなりの量を各国が既に購入しているようだ。それとは別に改めて勢力同士で融通し合うのは何が目的だ?」


 ん。


日本あちらの話なんですけど、お米がとっても不作だった年があり、他国にお願いして、お米を融通して貰ったことがあったんですよ。主食の米の不足が回避できたとまつりごととしてはうまく動いたと思うんですけど、問題は提供後でした。日本で一般的に出回っている米は炊飯器で炊いて食すんですけど、他国のお米は銘柄の違いから、同じように炊いても、ジャポニカ米のような甘み、粘りがなくパサパサしていて美味しくないと不評で、余ってしまったんです。この反応に、困ってると言うから提供したのになんて言い草だ、と不興を買う事になったんですよね」


「アキの先程の提案からすると、調理方法や食し方に問題があったのか」


話が早くて助かる。


「はい。粘りのなさ、あっさりしている特徴を活かして炒飯やパエリアのように味を付けて食するとか、カレーのように水分の多い料理と合わせると美味しくいただけるんですよね。なので、正しい調理法と合わせる料理の種類などの情報を提供して、必要があれば調理器具もセットで出して、幅広い層に試して貰い、知って貰うこと、慣れて貰うことが大切と思います。せっかくなら美味しく食べて欲しいですからね。それと連邦のお野菜は魔力を多く含むと聞いているので、他種族が使用する場合の適切な分量について、基準がなければロングヒルで色々試してからにするのも手かと思います」


これにはレイゼン様が補足してくれた。


「うちの女衆が連邦産食材を用いた食事処を準備している。一般向けではなく、食べた後の体調変化の追跡調査も行うつもりだ」


おぉ。


「それは良いですね。うちの家族が食べた時も、魔力が多いので特別な料理という位置付けになりそうとは話してました」


「そこは、連合や帝国産の食材も混ぜることで調整するつもりだ。魔力過多の問題は不足と同じくらい厄介だからな」


ふむふむ。


「各国でも、食材もレシピ帳だけ渡して、後はお任せにするより、腕のいい料理人に期間限定で食事処を開いてもらってそこで、まずは完成品を味わって貰った方が無難かもしれませんね。まぁ、そこは上手く運用して貰うということで」


そう纏めると、皆さん、検討してくれる事になった。





「最後に、何か、今回の件に関係ないことでも言いたいことがあるなら、聞いておこう」


ふむ。


何かあるかな、とテーブルに置かれていた弧状列島の地図を眺めつつ、ちょっと考えてみる。


んー、どうせなら、統一国家に相応しい提案がいいなぁ。


 お。


「そう言えば、ユリウス様。防疫都市ですけど治水事業もセットで行うつもりでしたよね? 何年くらいで終わる規模ですか?」


「……今のところ、五年を目処に考えているが」


おや。


「そちらは鬼族の助力込みで?」


「いや。どれ程の助力を得られるかまだ不透明な部分も多い。帝国が独力で行うとした場合の想定年月だ」


ユリウス様が訝しげな視線を向けてきた。おっと、残念に思う気持ちが表情に出ちゃってたか。失敗、失敗。


「情報ありがとうございました。初手であり、他種族との合同工事は前例がない事もあって、小さく手堅くスタートしようといったところのようですね。えっと帝国の皇帝領のエリアですけど、弧状列島最大の平野が広がっている割に、ラージヒルやテイルペーストのように人族が平野部を確保できず、全域を小鬼族が統治しているのは、確か暴れ川が多く、水害の多さ故に人族の里が根付かなかったから、という認識で合ってますか?」


前にケイティさんからの授業ではそう聞いているけど、この場には人族の代表であるニコラスさんと、小鬼族代表のユリウス様がいるからね。一応確認しておこう。


ん、ニコラスさんが答えてくれた。


「歴史的な経緯とその解釈については揉める部分が多いが、小鬼族が傾斜地のように住むのに困難な部分が多いものの、洪水からは逃れられる地に居を構えており、人族が実りは多いものの、軟弱地盤や沼地、洪水の多さに苦しまされる平地に居を構えた結果、度重なる水害による国力低下で人族は小鬼族からの圧に耐えきれなくなり、同地を去ることになったのは確かだ」


ユリウス様もこの意見に同意し、少し補足してくれた。


「軟弱地盤は身の軽い我ら小鬼族に有利に作用したのも大きいが、水害は小鬼族より人族の領地を痛めつけることが多かった。小鬼族がいくさで優勢だったというよりは、水害の地で生き残りやすかった、というのが実情だろう」


両者とも私怨を交えずに語ってくれて良い姿勢で助かる。


「ありがとうございました。今のお話からすると、こうして地図を眺めても三日月湖や沼地が多く見られることからしても、領地こそ広いものの、水害の多さを考えると、安定した地とは言えないのですね」


「そうだ。余の直轄地としているのは、そうしなければ治められぬからだ。小さな所領で分けては、水害で壊滅的な被害を受けた王や領民がそのたびに行場を失ってしまう。それでは民は暮らせぬ」


僕の評価に、ユリウス様も苦々しい思いを隠すことなく同意してくれた。同じ国の中での引っ越しは、他王の所領への引っ越しよりはハードルが低いってことだろうね。それに一番偉い皇帝が面倒をみるというなら、上役に意見をひっくり返される心配もない。なるほど。


さて、ちょいユリウス様のストレスが高めだから、さっさと本題を話そう。皇帝領は逆さ凹といった形状をしていて、南には大きな湾があり、ここに流れ込む河川がやたらと多いんだよね。北と西には山脈が壁のように行く手を阻み、そこはもう竜族の縄張りだから、立ち入れない。広い領地だけど、南の湾に向けて多くの河川の流れが集まるから、大雨ともなれば、簡単に河川の容量を超えて洪水を引き起こしてしまう。おかげで沼地も多く、衛星スキャンでなければ描くのも諦めたくなるほど水の流れが入り組んでいる。


「この皇帝領ですけど、上空から観た感じでは緑豊かで植生としては恵まれた地と思います。ただ、水量が多く、その大半が南の湾に向けて流れ込んでいるせいで、大雨が降ると、簡単に河川の限界を超えてしまい水害が起きる。だから河川があちこちで蛇行し、三日月湖が残り、沼地だらけになってます。問題は水の多さです。増水対策の基本は、水の流れを阻害せず速やかに海に流すこと。大陸のように地平線の彼方まで平地が続くような地と違い、河川の長さが短く高低差がある弧状列島では、多過ぎる水は海に流すのが正解です。河川の容量を超えないよう遊水地を設けるというのもありますけど、川幅を広げて、蛇行を減らして、時間辺りの流量を増やす、王道はそこです」


ユリウス様が、何を当たり前のことを、って言葉を飲み込んで、続きを話すよう促してきた。早く提案を聞かせろ、誰もが知ってる問題点だけ話して終わりじゃないよな?って、こう静かな怒りというか苛立ちが透けて見える。皇帝陛下も大変だ。


「では、提案を。この多過ぎる川の水ですけど、河川の流れを変えて東に捨てちゃいませんか? 日本あちらと弧状列島は結構、地形が似てるので、多分、上手くいくと思うんですよ。人力だけで重機がない時代だったので、日本列島の統一政府、江戸幕府ができてから完成までに六十年ほど費やす大工事になりましたけど、こちらなら鬼族もいるし、どれだけ固い岩盤があっても竜族に頼んで竜爪で切り刻めば、開通させるのは容易です」


こんな感じで、東向きの河川の川幅を広げるのと、繋がってないところは新たに運河を掘って繋げてって感じに、ベリルさんから赤ペンを貰って、地図に書き足して、東向きに大きな川幅を持つ人工の巨大河川を作りましょう、と示してみた。


「あちらでは、広い平野で一番の暴れ川、坂東太郎の異名を持つ大河の流路を南から東に付け替える、利根川東遷事業と呼ばれた大工事でした。多過ぎる水を適切に廃棄できれば、水害も減って、巨大な穀倉地帯が手に入るでしょう。川幅の太い東向きの河川は、海からの物資を内陸に運ぶのにも大活躍できます。連邦領の休耕田を用いた食料増産は一時しのぎ感があるのは否めませんが、この策なら、その後、何十年、何百年と弧状列島の民の食を豊かに支えてくれるでしょう。「死の大地」の浄化作戦が思った以上に時間がかかりそうなので、統一国家樹立に浄化が間に合いそうになく、残念に思ってたんですよね。幸い、この東遷事業なら、四勢力と竜族が力を合わせれば多分、五年もあれば、東向きの付け替えの第一段階くらいまでは十分終わると思うんですよ。皆で力を合わせて夢の巨大耕作地を創り上げる、こっちなら呪いのような邪魔も入らないから、予定通り終えられますよね。浄化作戦前の共同作業の訓練としては争いもなくちょうどいいし、いくさがなく手が余ってる兵士達の仕事確保にもなって――」


興が乗ってきたので、未来絵図を思い描きながら、話をしていったんだけど、なんか、場が静かになっていって、皆さんの顔つきが険しさを帯びてきたので、だんだん小声になっていき、自然に言葉が止まった。


 あれ?


「えっと、皆さん。あの、なんかちょっと顔が怖いんですけど……」


僕の問いかけに、呆れた声で助け舟を出してくれたのは後にいたリア姉だった。


「連邦領から食料供給を受けたとしても、これまでの社会規範から大きく舵をきって、多産多死の生き方から、少産少死の生き方に変えていくのはかなりの困難を伴う。竜族の圧とこちらの文化を竜族に導入することで和を尊ぶ気風を育てていくとしても、軋轢はそうそう埋まらないだろう。そうして社会の底に行方を失った不満を抱え込んだままの統一国家樹立は、外面だけなら竜の圧もあるから綺麗に纏まるだろうが、かなり危うい。民の生き方を変えるには時間が足りない、そうして、皆で頭を抱えてたんだよ。今回の同盟締結と食料供給条約の話が済んだら、先々の懸念事項として話を切り出すつもりでもいたんだ。せっかく穏やかに交流祭りで人々が集い、笑顔に満ちてる気運に水を差すのもどうか、って心配もしたりしてさ」


淡々と話す口調は穏やかなのに、こう、行場のない苛立ちというか、鬱憤がどろどろ溢れくるようで、後を振り返って、リア姉の顔をみる気にもなれない。


ちらりと横をみると、お爺ちゃんも、諦めろって顔してるし。


っと、そこで、喉元まで出かけた「それって八つ当たりって奴じゃ?」という言葉は寸でのところで止めることができた。


 ふぅ。ぎりぎりセーフ。


「あの、えっと、……休憩入れましょうか」


なんとかそう切り出すと、皆さん、深い、そりゃーもう深い溜息をついてから、提案に賛同の意を示してくれたのだった。

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


同盟の締結と食料相互提供条約については、その内容はシンプルで、その場で聞いて全体像が理解できる程度となりました。地の種族同士の細かい取り決め、手続きなどを竜族に話しても意味がないですからね。「つまり、どういうことか?」と、大方針だけ確認されて終わりでしょう。そもそも竜族はどの種族がどういった勢力図を描いているかすら、全体像は誰も把握してないし、興味もありません。流石に街エルフ達のいる共和国の島がある位置くらいは把握しているでしょうけどね。


それと、アキも、何でもいいから思いついたことを話せと言われて、統一国家に相応しい事業はないかな、と考えて、閃いたアイデアを提案することになりました。利根川東遷事業、それに相当する河川改修大事業を行ってはどうか、という訳です。


全国を統一した後とはいえ、江戸幕府もよくそんな大事業を行おうと考えましたよね。そもそもは水害を減らすための治水事業としての側面が強かったそうですが、六十年もかかったとはいえ、その成果は今でも我々に恩恵を与えてくれています。感謝の気持ちで一杯です。

戦の無い世になったからこそ行うことができた超長期、超巨大事業。


現代日本だって、完成まで六十年なんて計画は立てられませんからね。スーパー堤防が完成まで二百年、二兆七千億円の予算がかかるという話は、毎年の予算と投入する人員が少ないから、そんなにかかるよ、というだけで、それだけかけて完成させるよ、という話ではありませんでした。

あと、予算的には全然問題ない額なんですよね。新型コロナで国民全員に十万円ばら撒いた特別定額給付金なんて、あんなのに十四兆円も費やしてる訳ですから。薄く広く集めた金はどーんと纏めて、巨額投資で企業任せでは無理なものを国が行うからこそ意味があるんです。また薄く広くばら撒くなんて、集めて配り直す手間だけ無駄ってもんですよ。


……っと話が少し逸れましたが、次パートからは駆け足で、帝国皇帝領の東遷大事業に関する提案になります。勿論、時間がないので翌日に仕切り直して、ですけどね。資料作りはサポーターの皆さんに一晩でやって貰いましょう。魔導人形達とはいえ毎度毎度の無茶振り、大変ですね。


次回の投稿は、九月十三日(水)二十一時五分です。

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