20-20.軍事同盟締結と食料の相互提供条約(前編)
前回のあらすじ:待っていても次元門構築の流れは生まれないから、と率先して動き回った結果、弧状列島を大きく変化させてきたのは、全て竜神の巫女アキが発端だった、みたいな認識を民は持つだろう、と言われる羽目に陥りました。まぁ、仕方ない話なんですけど、改めて指摘されると話膨らみ過ぎ、と抗議したくもなりますね。(アキ視点)
ざっと聞いた限りでは、時間、地理、各種族の気質や、中立勢力としての竜族、妖精族、竜神の巫女が揃うことで得られる効果も合わさって、今、この時だからこそ、統一国家樹立へのルートは成立しているというとこは理解できた。
「ユリウス様、一通り説明を聞いた限り、特に過不足はないように感じましたが、僕が中立勢力が揃うことについて話をした時に、何か言いたげでしたよね? 軍事同盟締結や食料の相互供給条約の話に移る前に、そちらを伺っておいていいですか?」
そう促すと、ユリウス様も頷いてくれた。
「同盟や条約の話の後では間も空き過ぎるか。良いだろう。補足する内容は四点ある。①アキは全ての竜の判断に手を加えられるが妖精達は慎重な判断を促せる、②三者が揃うとどこにでも速やかに軍勢を投入できる、③三者が揃うとどこに対しても速やかに諜報・工作活動を行える、④竜神子を通じて竜族に地の種族の文化を導入する件では妖精族は仲裁者たりえる、といったところか」
ベリルさんがさくさく板書してくれたので、列挙された項目を改めて眺めてみたけど、四点か。多いけど、これまでに触れてる内容でもあるか。うーん。
「②と③は、ラージヒルで天空竜の語り掛けを発端とした君主押込騒動の時出た内容でしたよね。①と④についてもうちょっと説明して貰えますか? ①は僕が各地の竜に心話で働きかけられる件が絡んでいるとは思いますけど、心話を行えるのは全体の一割程度に過ぎませんし、④の文化導入というとリバーシの件が思い当たりますけど仲裁者と言われてもピンときません」
「では補足しよう。①についてアキは一割と言ったが、残りの竜達に対しても間接的にせよ働きかけられる時点でその割合にはあまり意味がない。竜の判断だが、これは確かに説明がないとわかりにくいか。竜族には地の種族のような統治機構がない。全体として相互不干渉の方針は示されているが、それ以外は全て個々の竜の判断に一任されるのが実状だ」
「そうですね。あと竜が複数で共同で何かする、ということもまず無いと思います」
「その点でも竜の判断は個のみで閉じていると捉えて良い。つまり、竜族三万柱は、ある意味、三万の判断基準で個々に動いていると看做せることになる。これは我々、地の種族の感覚からすれば空恐ろしい状況だ。我々なら各勢力ごとに法を定めて統治している。つまり物事への判断基準は三大勢力と共和国、合わせて四つだ」
「えっと、はい」
んー、それの何が問題なんだろ。
「わからぬか。我々、地の種族の個個人が持つ力と、各人の裁量で振るう力と、竜族のそれはあまりに違い過ぎる。地の種族の個人が何か暴力事件を起こしても憲兵を派遣すれば鎮圧できる。だが、天空竜のそれはもはや軍勢規模なのだ。しかも軍を派遣したとて牽制程度にしかならぬ」
ふむ。
「そして、アキは心話を通じて、その竜達に働きかけることで、その判断の匙加減に介入できる。もう少し緩く、或いはきつく。竜が思いつかない介入のアイデアを囁いてもいい。勢力間の争いに対する強力な抑止力足りえるのだ」
あー、なるほど。っと、短絡的に反論しちゃ駄目だね。
「僕や竜族にその気がなくとも、争いへの気勢を削ぐ圧をかけられる、それが可能であることが重要ってお話なのですね。集った軍勢に対して、空を飛ぶ竜が少し高度を下げて、その周囲をゆっくり旋回しながら竜眼で眺めるだけでも、軍勢側からすれば、縮み上がる思いでしょうから」
それが大した意味がなく、なんだろうか、と少し注視した程度だったとしても、そんな竜の思いなど、天を見上げる兵達にはわからない。それに例え、眺める切っ掛けは敵意ゼロだとしても、眺めた後まで敵意ゼロであることなど保証はないのだ。強めの思念波を放たれただけでも、大混乱間違いなし。生きた心地がしないだろう。
その気がない、という視点は意味がない、そこは理解してるとアピールしたので、ユリウス様も頷いてくれた。
「アキの話したように、天空竜の振舞いはその気がなくとも、普段と少し異なる行動をしただけでも、恐怖を抱かせるモノなのだ。こればかりは竜神子を通じて交流を深めていっても当面は変わるまい。そして心話の特性上、竜族とアキ、それとリアだけでは、その判断に問題が出る恐れがある。二人が短慮とは言わぬが、長命種によくある、短期的な問題よりも長期的な効果の方を優先しがちな点は、やはり危うい。そこで妖精族の存在が鍵となる。アキの傍らに常に控えている翁を通じて、妖精達は群れとしての判断基準と第三者の客観性を持って、アキの行動をより慎重な側に傾かせることが期待できる」
そうじゃろう、そうじゃろう、とお爺ちゃんが隣で頷いてるけど。
「お爺ちゃん、僕と一緒に怒られたこと忘れちゃった?」
「覚えておるとも。ただ、今、ユリウス殿が話したような事であれば、儂を通じて女王陛下や関係者に相談もするじゃろう。研究の時のような暴走にはそうそうならんじゃろうて」
お爺ちゃんは自信満々だけど、これにはユリウス様も苦笑した。
「翁よ、できれば研究の時も慎重に振る舞ってくれ。ロングヒルから報告が届くたびに何事かと気が気でならぬのだ」
「うむ。研究組の統制案も皆で作り上げたから、今後は心配事も減るじゃろう」
気の良い老人といった感じの笑みで軽くスルーしちゃうあたり、年の功って奴かな。いやぁ、神経図太いね。
◇
「ユリウス様、それで④の文化交流における仲裁者というのは?」
「リバーシのような娯楽であっても、種族間での交流試合を開催すれば、その実施方法や勝者、敗者の扱いで揉めることも十分起こり得よう。その時に、地の種族の流儀で説明しても、竜族はそれに納得できないかもしれない。そうした時に、やはり異世界の住人である妖精族は仲裁者として振る舞えるだろう。双方の話を聞くだけでもいいのだ。自分で考えた事も他人に説明すると、考えが整理されて思い違いや、考えの狭さに気付かされることもある。これが他の竜や地の種族では、やはりそれぞれの側に立った思考をしがちで、中立性が担保できん。それにアキも、自分一人で両者を説得して落し処を探るよりも、自分の意見に同意してくれる妖精達がいた方が話を進めやすかろう?」
「それはだいぶ違いがありますね。なるほど、理解しました。それではちょっと話を変えて、②と③、遠隔地への迅速な武力介入や諜報・工作活動を行う話ですけど、ラージヒルの件では、可能であっても実行してはいけない、と強く止められたんですよね。今回は中立勢力としての強みといった観点で挙げてますけど、その違いは何でしょうか?」
前回は駄目、これからはいい、って話じゃないよね、きっと。
「ラージヒルの件は、問題悪化を防ぐために速やかに干渉する行為、その判断をアキとその周囲の少数だけで行うのは問題があった。確かにヤスケ殿は居合わせていたが、問題の起きている勢力の頂点、ニコラス殿は不在だった。他勢力が同意を得ずに介入するのは、政の手順としては問題が大きいのだ」
ふむ。
「ということは、今後は②や③のように竜族と妖精族が現地に急行して何か行う場合についても、同盟締結時に予め、方針を定めておく、とかですか?」
ここまではいいよ、と基準があれば、独断専行ではない、と言える。
「そうだ。アキの言い方で言えば、竜族と妖精族、それと竜神の巫女が提供するサービスとその運用基準を定めるということになる。保険と同様、いざという時に協力をお願いすることの見返りとして、全勢力が合同で対価を支払うつもりだ。働きの内容によっては対価の上乗せも行う」
「持ちつ持たれつ、一方に寄りかかるだけでないのは良いことですね。ちなみに孤立地域への物資の空輸といった運用や、災害発生における上空からの状況把握や避難誘導といった支援もサービスとしてお考えですか? 状況によって何よりも素早い対応が求められるシーンもあると思うんですよね」
そう提案すると、代表の皆さんが少し考え込んだ。おや。
「あれ? 検討から漏れてました?」
そう問うと、ニコラスさんが胸の内を教えてくれた。
「漏れていた、というよりは、アキが今話した状況はどんな場合なのかすぐに思い描くことができなかったんだ。こちらでは各勢力は他とは空間鞄による運輸を基本として緩く繋がっている。だから地震や野分(台風)のような災害によってその地域が孤立したとしても、それほど急ぐ必要はないんだ。それに自力復旧が無理なほどの災害であれば、他地域からの救援はそもそも間に合わないか、手が足りないだろう」
ん。
「軽い災害ならば、寸断された道路や橋が回復するのを待てば良し。街が壊滅してしまうような大規模災害の場合、被災者の生存率が急激に下がる三日間の間に救助部隊を送り込むのは困難なので、いずれにせよ、僕が先ほど話したようなサービスは要求が薄いと。……ケイティさん、こちらだと地震が起きた時に各地の震度計が示した値から、震源地を割り出したり、余震や津波への警告を発するような仕組みって整ってます?」
「いえ。地震の記録は行われているものの、震源地の割り出し、余震や津波を警告するような仕組みはありません」
ふむ。
っと、ベリルさんが手をあげた。
「アキ様、マコト文書によると、確か、日本でもそういった仕組みが確立されたのは、ここ十年程度のお話だったと思いマス」
あ。
失敗、失敗。緊急地震速報とかも確か、僕が小学生になった頃から始まったんだった。
「すみません、あちらでもコンピュータの性能が飛躍的に向上して、処理が間に合うようになったのは最近になってからでした。こちらだと遠距離での高速通信網や高速演算を行うコンピュータの開発もこれからだから、気の早い話でした」
そう謝ると、ふわりとお爺ちゃんが前に出て来た。
「アキ、そもそもなんじゃが震源地を割り出す意味は何じゃ? 津波は港町を襲う大きな波じゃったか?」
おっと。
「妖精さん達だと、地面が揺れたら、揺れが収まるまで浮いてればいいから、天災と言っても地震をあまり脅威と感じてない感じなんですね。お爺ちゃん、妖精の国とその周囲、妖精さん達が活動する範囲内に海ってないんだっけ?」
「ないのぉ。じゃから、こちらで海を見た時には驚いたわい。風に運ばれてくる塩気と独特の匂いも新鮮じゃった」
なるほど。
「それだと津波の怖さも見聞きする機会はなかったでしょうね。それじゃ――」
なら、地震と津波について説明しておくか、と考えたところで、ユリウス様から待った、が掛かった。
「待て、アキ。説明の機会は改めて設けるとして、結論から先に話せ」
ん。
「確かに本題に入る前に疑問点解消と話してたのに、間に長い話を割入れたら本末転倒ですね。では、簡潔に。日本で六年ほど前に東北沖を震源とする超巨大地震が起きて、こちらで言うと弧状列島の広い範囲で交通網の寸断、地震による倒壊、多くの港が同時に津波に襲われるという未曽有の被害を出すことになりました。そうした場合だと、誰もが被災しているので、復旧、救難活動が麻痺状態に陥ってしまうんです。でも、そういった事態でも、竜族は揺れてる間だけ空に浮いていればいいので、多分、被害は殆どありません。なので、そうした事態に陥った時には、相互不干渉とか言ってないで、大々的に動くべきかな、と考えました」
ちょうど、テーブルの上に弧状列島の地図が置かれているので、震源地とそこから遠く離れた、こちらで言うところのラージヒル辺りまで結構揺れて、津波も時間差でどんどん各地を襲っていった、ということを示してみた。沿岸の港町は高層の建物よりも高い津波に押し流されて街が壊滅してしまったこと、津波が内陸部にまで押し寄せてきた事などを話すと、皆さんの表情が険しくなった。
「日本でも何千年に一回起きるかどうかという巨大地震とされていて、そこまでの規模の地震は起きないだろうなんて論調もあったんですが、起きてしまいました。こちらには長く生きる種族も多いので、万一の事態に備えた想定をしておいた方が良いと思います。幸い、竜族は地震に滅法強いですからね。困った時はお互い様、助け合いましょう」
そう話を纏めてみたんだけど、代表の皆さんの顔は随分と渋かった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
東日本大震災の話、あれ、また説明するの?と思った方は鋭い。ロングヒル常駐メンバー相手に以前話をしました。今回はメンバーが異なるのと、話す視点が違うので、再度、取り上げてます。
次回の投稿は、九月十日(日)二十一時五分です。