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20-16.天の理、地の理、人の理(後編)

前回のあらすじ:弧状列島の現状分析、天地人のうち地の視点からの考察を拝聴しました。何とも出来すぎなくらい都合のいい地理的条件でしたね。何事もほどほどにってとこでしょう。あと、こちらも魔術との併用とはいえ、科学技術の発展は目覚ましいモノがありますね。そもそも魔力の多い良地を竜族が占有し、残りを地の種族が分かち合って暮らしてる割には、食料生産量はかなり高めで、水耕栽培とかも併用してる地球(あちら)の現代並みといっていい水準のようですから。興味深い考察でした。(アキ視点)

ユリウス様は、最後の視点、人のことわりについて話し始めた。


「最後は人のことわり、つまり各勢力の国民達の気質や為政者達の視点だ。これらについては異なる時代や地理的環境については深堀りはしていない。影響する要素が多岐に渡り、それらの大半は現状の理解に寄与しないからだ」


確かに、思考実験としては面白そうではあるけれど、各時代における種族ごとの大まかな傾向は見えていて、時のことわりによって現代以外では三大勢力が等しい立場で交渉の席に着くのは無理、地のことわりによって、今の地理的環境でなければ三つ巴の均衡状態は生まれなかったことまでは絞り込めている。ならそれ以外を論じるのは労多く益なしだ。


「では、人のことわりもまた、竜族、妖精族、竜神の巫女がいない状態での分析でしょうか? 例えば、昨年、僕がロングヒルに来る前の時点とか」


僕の問いに、ユリウス様はそれは無意味、と断じた。


「その時点では、各勢力とも他勢力について表層的な情報しか把握できておらず、自勢力内を多層的な統治機構によって纏め上げていた、という話にしかならぬ。そのような状況下で、どこでもいい。帝国、連邦、連合、或いは共和国。いずれからでも、未来を見据えた話し合いの場を設けよう、来るべき未来に備えて統一国家樹立に向けて検討していこう、と提案できたと思うか? できたとしてそれを他勢力が素直に字義通りに解釈するか?」


ユリウス様はそう告げると、ゆっくり茶菓子を口に含んで、返答を待つ姿勢を示した。


 ふむ。


無理だったでしょうね、と閃きだけで返事をするのでは駄目、と。無理と言うなら、なぜ無理なのか、どう無理なのか、次善の策はあるのか、なんてとこに触れないと、マコト文書の専門家としては応えないと、給料泥棒と言われそうだ。


「世界儀を示して、この惑星ホシにおける弧状列島の位置、大きさの共通認識を持って、団結を促すことは、海外に探査船団を頻繁に派遣して、海外情報の多くを蓄積している共和国以外には不可能でしょう。では、共和国はその方向を選べたか。……多分、無理だったと思います。共和国から開示する情報が多過ぎて、よほどの危機意識がないと、手札を何枚も晒せません。共和国は安定した位置にあり、国力は十分、なれど人口は少ないとなると、情報の優位性を手放したくはないでしょう。それと、いきなりそんな情報を開示されて、連合はともかく、連邦や帝国がその内容を鵜呑みにするとも思えません。裏を取る術がない中で、相手の話を前提として、未来に向けて踏み出すのは難しいでしょう」


取り敢えず、三大勢力プラスワンということで、共和国から話しつつ考えを進めてみた。ヤスケさん達、長老の皆さんの表情からすると、まぁそう遠からずといったとこか。特に異論はなし。


「次は連合にしましょうか。連合は探査船団が持ち込んだ舶来品の多くを購入する立場なので、海外についてもある程度の理解は広まっていると考えて良いでしょう。連邦や帝国の海外活動の状況もある程度は把握しているとします。では連合から他勢力に向けて、話し合いの場を持つ提案ができたか。……海外情報の多くは共和国の合意なしには開示できないでしょうから、情報の開示はあったとしても限定的で、先程までの話からすると、話し合いの場を設けるとしても代表の皆さんではなく、外交官同士が集う程度に留まる気がします。これまで交流がないところからスタートですから、様子見からといった流れですね。当然、各勢力とも情報は小出しになり、帝国の大侵攻は止まらないってとこでしょうか」


どうかな、とニコラスさんに視線を向けると、疲れの見える眼差しで頷いた。


大戦おおいくさを避ける努力はするべき、という意見も連合内に無くはない。ただ少数意見に過ぎず、小鬼族の成人の儀で毎年のように限定されたいくさをしてきた我々にとって、小鬼族と共に暮す未来、など語る者は皆無だった。なぜ争いが無くならないのか、と世を嘆く者はいたが、同じ人族の間ですら、例えば水利権では武力衝突すら起きるほど根深い対立が起きる中では、人々の心を動かすには至らなかったんだよ」


「連合発では、停戦協定の提案が精々って感じですね」


「それすら連合にとって不利益にしかならない、として採決に至らなかっただろう。毎年の成人の儀でも徐々に我々の被害は増していた。受けに回るだけでは敗北は免れない、という分析結果も出ていたんだ」


だから、せいぜい常設の外交ラインを構築しよう、と言い出す辺りが限界だった、とニコラスさんは達観した表情で話してくれた。


 なるほど。


連合発ルートは伸びしろが殆どなさげ、と。追加の意見はないようなので、次に行こう。


「次はそうですね、連邦にしましょう。連邦も少数ではあるものの海外に船団を派遣しているので、それなりに情報は得ているのは確かです。ただ、共和国に大きく規模で劣る中、自分達の手の内を晒して、海外事情について情報を開示しつつ、連合と帝国に対して争いを止めて、手を取り合うべきと提案できたか、というと、やはり微妙でしょう。連邦は連合、帝国の一部と国境を接しているだけですから、両勢力に関する情報はかなり限定的でした。慢性的な人員不足も解消できていないので、連合と帝国が互いを削り合う状況は、好都合だったでしょう。せいぜい、派遣してる船団同士が海外で接触した際に、意図しないいくさに発展しないよう合意するための話し合いを提案する程度じゃないかと思います。ただ、それだと話し合いに帝国を混ぜる意味が薄いのと、引っ込んでいて謎な部分が多い共和国相手に、連合を超えて交渉ラインを設定するのは難しそう。うーん、連邦発の提案は行われない気がします」


話していて、あー、色々と無理筋だと結論付けると、レイゼン様も静かに頷いた。


「連邦からすると、共和国は直接、国境を接していない謎多き国家といった扱いだった。戦場においてもその姿を見掛けたのは数える程度。話題には出てくるが実態は霧の彼方、そんな勢力だった。一応、交戦規定は設けたし、災害時などに協力体制を取れる裁量権も船長には与えていた。戦争状態でもない国同士、しかも頼る相手もない大海原とあっては、争うより助け合うべきとの判断もあった。だが、連邦が想定していたのはその程度だった。連合と帝国が争う様を後押しする気までは無かったが、割って入って仲裁する気も更々無かった。アキの言う通り、連邦から動くことは無かっただろう」


そもそも長命種ということもあったし、危機意識もさほどない中では、そこまでの意欲は持てないってとこか。あと共和国に比べると、得ている海外情報の量も質もかなり劣っていた、という部分も踏み出しにくいポイントだった気がする。わざわざ弱みを見せてまで、自分達の益にならない話を切り出すか、と言えば、まぁ無理だろう。




 特に追加意見もないのでラストに入ろう。


「最後は帝国ですね。大型帆船の建造には着手したものの、まだ運用には至っておらず、海外への派遣は連邦に比べても小規模なのは確かでしょう。共和国に関する情報も少ないので、毎年、限定戦争である成人の儀で、連合を削る方が有利な帝国から、停戦協定や不可侵条約の締結を言い出す意味はありません。連邦から動くことはなく、共和国も連合を裏から支える程度、となると動きがあるとしても連合だけ。帝国から他勢力に話し合いを呼びかける、統一国家樹立を呼びかけるかというと、やはり、あり得なかったと思います。強いて言えば、連邦との間で不可侵条約を結ぶ程度でしょうか。連邦との国境線に張り付かせている軍を他に回せるので、そちらは利があります」


そう話すとユリウス様も頷きながら補足してくる。


「帝国、小鬼族は正面からまともにぶつかれば簡単に蹴散らされてしまう。だからこそ、こちらが主体となって広く、奥深くまで浸透することによって、相手の勢いを削ぎ、継戦能力を奪い、罠に嵌めて撃破するのが基本だ。犠牲は多く、双方、被害も甚大となり益もない。実際、そう伝えて交渉の席にも着こうとしていた。勿論、アキが指摘した通り、二正面作戦は避けるべきであり、対連邦戦は被害ばかりが多く益がない。不可侵条約を結び、主力を対連合に回す算段であった」


 まぁ、そうだよね。


多分、連邦との国境沿いは小鬼族の軽さなら発動しない、対鬼族向けの罠がぎっしり張り巡らされているんだろう。自由に動き回る鬼族なんて始末に負えない。けれど罠設置の点からすれば、体重が十倍以上違うというのはかなりの利点だ。小鬼族は通行可能、被害なし、鬼族は通行不可、被害甚大なのだから。作戦上の自由度も各段に広がることだろう。


「ざっと各勢力からの働きかけについて考察をしてみましたけど、どれも話し合いの場を設けるか、次の大戦おおいくさに繋げる為の前準備といったところに留まってしまって、統一国家樹立に向けた前向きな話し合いの流れにはならない、というのが結論でしょう。それに提案する人や勢力が本当に未来を見据えて語り掛けたとしても、そこに描かれる青写真は、僕が示したシンプルな内容と違って、色々と雑多な思惑が張り付いてます。他の勢力もそんな意図を見通して、腰が引けた姿勢から始まって、本格的な話し合いに推移するには長い時間を必要としそうです」


そう話すと、ユリウス様も満足そうに頷き、次へと話を進めた。


「その通り。我らだけでは互いに手を取り合う未来に向けて歩みを進めることは困難だった。そこに現れたのが竜達と心を通わせる竜神の巫女にしてマコト文書の専門家でもあるアキ、竜神とも称される総勢三万柱とも言われる竜族、そして御伽噺の住人と思われていた妖精族だった。この三者は互いを補完する関係にあって、三者が揃ってこそ真価を発揮すると言っていい。そして他の勢力も含めて全てを繋ぎ止める要はアキ、其方だ。アキは今後少なくとも六十年はその地位にあって皆を纏めねばならない。期待してるぞ」


そう告げて、ユリウス様は朗らかな笑みを浮かべた。なんか必要なことは伝えきったってお顔ですけど。


 えっと、えっと。


「あの、ユリウス様、今、途中をかなり端折って、ポイントだけ軽く触れて、結論だけ話しましたよね? 抜けてるところがとっても気になるんですけど」


そう、不満あるんだぞ、って気持ちで押してみたけど、暖簾に腕押し、糠に釘、さらりと流される。


「他意はない。一種の意趣返しという奴だ。一見、筋が通っているように見えて、なぜその繋がりと結論に達したのか、論拠が定かではないことに不安を覚えたであろう? アキの提案に余らも常にその思いを抱かされ続けたのだ」


 ぐぅ。


他の代表の皆さんを見ても、その通りと何とも爽やかな表情を浮かべた人達ばかり。残念、この場に味方は誰もいないようだ。板書をしてくれているベリルさんも、仕方ないですネ、って愛想笑いを浮かべてる有様だった。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


さて、天地人、最期の視点、人の(ことわり)でした。やはり当事者同士の中からでは、心底、争いが続く世との決別を願う国民全体からの意思の発露は無理のようです。多分、あと何回か凄惨極まる殺し合いをして、どの種族もなぜこのような地獄のような殺し合いを続けているのか嘆く、そんな思いが大地に満ちてからでないと、難しいでしょう。


或いはそんな小競り合いを狭い島の中でやってる場合ではない、というほどの外圧が掛かってきたなら、団結する気持ちになったかも。ただ、その場合、外圧がなくなれば、一瞬で弾け飛ぶ脆い団結であり、長続きはしないでしょうけどね。


次パートからは、なぜ、妖精、竜族、竜神の巫女が揃ってこそ真価を発揮するのか、なぜ竜神の巫女があと六十年は頑張らないと駄目なのか、なんてとこに触れていきます。


次回の投稿は、八月二十七日(日)二十一時五分です。

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