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3-10.翁、万策尽きる

前話のあらすじ:マサト《家令》とロゼッタ《秘書》が館にきた理由の説明でした。あと、マサトが大金を注ぎ込んでいる趣味についてもお披露目も。群集資金調達クラウドファンディングでやってるプロジェクトは、だいたい国家の承認が下りないような「尖った」ものが多いです。まぁ、街エルフは金持ちで暇人ですからね。

ロゼッタさんがきて、お爺ちゃんがあれこれ聞いて回る状況が続いて六日間。その間も、僕は父さん、母さん、リア姉と訓練を続けて、少しずつだけど、教わったことが身について、手応えを感じ取れるようになってきた。

リア姉との組手は、間違っても顔に当たらないようにプロテクターを用意して貰うことで、なんとか気後れすることなく手足を使った攻撃をすることもできるようになってきた。もちろん、徒手空拳での戦闘をできるようになるのが目的ではないから、攻撃をするより、相手の動きに応じて、受け流しつつ体制を崩すとか、踏み込む足に体重がかかる寸前に足を払うとか、やってることはそんなところ。まだまだ気配や振動から動きを見切る、なんてのは夢物語だ。


で、僕のほうはまぁ、そんなこんなでそれなりに進んでいた訳だけど、お爺ちゃんのほうはどうにも状況が好転していないようで、朝食の後に、客間に皆を集めて話を切り出した。


「実はのぉ、耐弾障壁なんじゃが、進捗が思わしくない。一応、友人達が考えてはくれているのじゃが、わかったのは片手間では埒が開かんということだけじゃった」


「彼らを本気にさせる何かが足りないと?」


「そうなんじゃ。皆に協力して貰って、思いつく限りの話を聞き、物質界の素晴らしさを啓蒙したんじゃが、いまいち食い付きが悪い。儂なら寝る間も惜しんで協力するところなんじゃがのぉ」


妖精界と直接、物の受け渡しができる訳じゃないから、後は彼らの気をひく情報を探し出すしかない。そもそもあるのかもわからないけど。例えるなら、お爺ちゃんしかプレイしてない大作MMORPGがあって、その世界がいかによくできているか語っても、興味のない人からすれば、「でも、それゲームでしょ」って感じなのかもしれない。


創作ではない、妖精界と同レベルの本当の異世界であり、新たな知見を開く歴史的瞬間に立ち会っているのだ、目の前に新天地フロンティアが広がっているのだ、となんとか理解して貰わないと、これは厳しそう……。


「お爺ちゃん、これなら確実と思えるような話って何か思いつかない?」


「そうじゃのぉ……実はチンチロリンなら完璧じゃと思ったんじゃが、あちらでは上手くサイコロが再現できんかった」


「チンチロリンというと、陶器の茶碗に、サイコロを三個投げて遊ぶ奴?」


「そう、それじゃ。茶碗の中でサイコロの跳ねる音がまた良くての。サイコロの転がる様はいくら見ても飽きんほどじゃ」


なんで賭博なんだか……まぁ、そこをいきなり否定しても仕方ない。ケイティさんの様子からして公然のようだし。教えたのはウォルコットさんあたりか。


「サイコロ? 同じ形状で作るのが技術的に無理だったということ?」


「形は問題なかったんじゃ。数に応じて彫る穴の大きさも変えて、重量バランスも同じように作ることはできたんじゃ」


「それじゃダメなの?」


 聞いた限りではそれで問題ないと思うんだけど。


「サイコロは誰が振ってもランダムな目が出なくては、サイコロではない。じゃが、妖精界では、意志は結果に容易に干渉してしまう。結局は意志の強さ比べになってしまい、ゲームにならないのじゃよ」


「つまり、妖精界では完全な運任せ、ランダム性を前提とした娯楽がないの?」


「意志が干渉しあって、結果に影響を与えるから、その手の娯楽はないんじゃよ。じゃから、儂がサイコロを使うゲームに触れた時、これじゃ、と確信した。妖精は娯楽に目がない。これまでにない運の要素を取り入れたゲームなら確実にウケると」


チェスや囲碁の類だけだと、強くない人は負けが込んでつまらないだろうね、確かに。


「誰かが頑張って干渉されないように徹底して魔術付与をしたら?」


「材料費がとんでもないものになるし、数を揃えることもできん。それに付与した本人が使えない。公平性も担保したとは言い難い」


なるほど。それじゃ確かに意味がない。

ケイティさんはどう思うかな?


「外からの魔術干渉を防ぐとなると、障壁を常時展開する必要があるでしょうし、それをサイコロの大きさに収めるとなると技術的難度も高く、安価に量産とはいかないでしょう。それに護符と違い、サイコロは振って使う道具ですから、耐衝撃性も確保しなくてはなりません。できたとしても魔剣の何十倍といった価格になる気がします」


確かに。それに障壁で防ぎきれなければ結局、干渉されてしまって意味がない。

父さん、母さん、それにリア姉はもとより、女中の三人も、ジョージさん、ウォルコットさんもその意見に同意しているようで、追加や反対するような意見は誰からも出ない。

マサトさんやロゼッタさんのほうも伺ってみたけど、やっぱり同意見のようだ。


皆は魔術については専門家と言えるのだから、街エルフの技術力をもってしても、厳しい要求ということだろう。

となると別の発想が必要だ。皆と同じ考え方をしたら、同じ結論にしか辿り着けないんだから。


うーん。


うーん……。


ん?


……というか目的は外部からの干渉を完全に防ぐことじゃないよね。干渉があったことが明確になれば、振り直しをすればいい。

イカサマを完全に防ぐんじゃなく、今、イカサマがあったよね、と指摘して、証明できさえすればいい。


「お爺ちゃん、例えば、サイコロに複数の術者が均等に魔術を付与したりはできる?」


「普通は一つの道具は一人が付与するものじゃが、まぁ手間は掛かるができんことはない」


 とはいえ、それが何を意味するんじゃ?とお爺ちゃんは困惑気味だ。


「そのサイコロに誰かが干渉したら、均等付与が壊れるような工夫はできそう?」


「物の動きに介入するにはそれなりに強い干渉が必要じゃから、まぁ、それくらいはできるが……そうか、アキ、あれじゃな。過負荷で壊した魔法陣じゃ」


「そうそう。干渉されたら、均等な魔術付与が壊れる。だから、壊れなければ干渉されてないってことになるよね。壊したら罰則とかつければ、干渉しないように注意するだろうし」


「干渉されたら壊れる程度の強度じゃから、材料費も安く済む。必要なのは均等に魔術付与できるか。付与した全員が意志を合わせて干渉でもしない限りは、付与を壊さず結果に介入なんぞできんし、もしそんな真似をするなら、そもそもゲームを楽しむ気もないじゃろ。良いアイデアじゃ。こうしちゃおれん。同期率を下げる。ではしばし、さらばじゃ」


一瞬、お爺ちゃんが浮力を失って落ち始めたけど、すぐに羽を広げて踏み止まった。


「――まったく、あっちの儂は、いつもいつも慌ておって。研究者たるもの、もっと落ち着かないといかん」


お爺ちゃんがなんか文句を言ってるけど、ちょっと気になった。


「お爺ちゃん、ちょっといいかな。あっちの儂ってどういうこと? あちらのお爺ちゃんと、こちらのお爺ちゃんは違うの?」


「あちらで何か用事が出来た時に、手が離せないと困るじゃろ。そんな時は同期率を下げるんじゃ。この召喚体くらいの能力があれば、こうして本体とのリンクがほとんどなくとも、動くのに支障はないのじゃ」


「それって、本体のコピーがここにいる感じ? 同期率を下げるのって、続けると問題があったりするの?」


「おおよそ、その理解で良いぞ。それと同期率をあまり下げ過ぎて、互いの情報がズレ過ぎると、同期が継続できなくなる。つまり召喚が破綻し、召喚体は消えるのじゃ」


「凄いじゃないですか。つまり、今は妖精界の本体と、こちらの召喚体が独立して動いているようなものでしょう? それって二倍の活動ができている訳ってことですよね!」


頑張れば、多重召喚して貰って十倍行動だっ、とかとか。


「アキ、寝てる時間の多さを、召喚体と並行活動して補おうとでも考えたのだろうが、それはあまり良いアイデアとは言えないぞ」


なんでだろう?


「同期率を戻した時に、情報のズレがあるほど精神的な疲労が増えることになるからの。朝から疲れきった気持ちで生活したくはあるまい?」


「そんなに?」


「何か改善策があるかも知れんが、今は無理じゃな。そもそもこうして、ずっと召喚されておること自体がレアケースじゃ。そうではないか?」


「召喚が行われること自体が稀であるため、事例が少ないのですが、記録に残る召喚はいずれも数分といったところです」


 ケイティさんが補足してくれた。


「そんなに短いんですか……」


「高位の存在に、僅かな時間、力を貸していただくといった使い方がほとんどですから」


「なるほど」


「という訳で、あの分だとしばらく戻っては来んだろう。ちと早いが、お主でもメイドでも良い、少し話を聞かせてくれ。時間が惜しい」


その言葉を聞いて、ケイティさんが露骨に嫌そうな顔をした。珍しい。


「ケイティさん、何か問題でも?」


「翁と会話をしていると、異世界からの来訪者というのがどれだけ大変か痛感しただけです。アキ様との間では、マコト文書という膨大な共有知識があったので、多くの手間を省くことができたのだとわかりました。ロゼッタが全体のコントロールをしてくれなければ、間違いなく混沌の海に沈みこんでいたことでしょう」


何ともお疲れっぽい。


「それでアイリーンさん達まで対応に駆り出されている訳ですか。なんて羨ましい」


妖精界ってどんなところなんだろうとか、どんな風に視点が違うのか、そもそも時間に対する感じ方とかだって違いそうだし、そんな話ができるなんて、なんて素敵なんだろう!


「……アキ様はただでさえ、時間が不足気味なのですから、自重してください」


僕まで加わったらパンクしてしまうとでも言いたげだ。残念。


「そういえば、心話のほうはどうなっていますか? あれを使えれば、会話の効率もかなり改善すると思うんですけど」


「……アキ様、申し訳ありませんが、今は翁の耐弾障壁実現を何よりも優先しています。心話はロングヒルに到着してから試みることになると思いますがご了承ください」


ケイティさんにメイドの三人まで全力投入しなくてはならないってことは、かなり大変と。なら仕方ない。


「すみませんがよろしくお願いします。お爺ちゃんもあまり無理はしないでね」


「安心せい。儂も逸る気持ちはあるが、無理強いするつもりはないからの。可能なら多重召喚で十人、百人と増えて、どっぷり研究に埋没したいところじゃがのぉ。本当に残念じゃ。おお、そうじゃ。多重召喚の研究もさせよう。あちらの儂なら奴等を上手く巻き込めるはずじゃ。どうせなら女王も話に加わらせて――」


お爺ちゃんは思いつくままに、楽しそうな話を呟き続けていた。素晴らしい。やっぱり研究者はこうでないと。


「お爺ちゃん、どうせなら、召喚魔術を工夫して、もっと情報を直接やり取りする方法も検討してみてくれないかな? ほら、お爺ちゃんがいちいち話を仲介してたら大変でしょう?」


「ん、それもそうじゃの。召喚は片側だけでは成立せん。こちらの技術者も巻き込んで、儂がおらんでも、研究が進めば最高じゃ」


ぼくの提案にお爺ちゃんはニヤリと笑って、杖を振りながら、作戦を練り始めた。うん、うん、いい感じだ。


ふと、ケイティさんを見たら、何か言いたげだったけど、それを諦めて、深い溜息を吐いていた。


この分なら妖精さん達のかなりの人数を巻き込めそうだし、もっと喜んでも良さそうなものなのに。……不思議だ。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

手詰まりと思われた状況でしたが、アキの機転でなんとか乗り越えることができました。そして召喚魔術の特殊性、発展の余地についても少し紹介できました。アキと翁がペアを組むとブレーキ役がいないので、ケイティさんの心労が増えちゃうのが問題です。

次回の投稿は、九月十二日(水)二十一時五分です。

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