20-15.天の理、地の理、人の理(中編)
前回のあらすじ:弧状列島の現状認識について、代表の皆さんが、天地人の観点から分析したそうです。竜族、竜神の巫女、妖精族がいないとして、様々な時代について、その頃に統一国家樹立の流れは生じたか。そんな話を色々聞かせて貰えました。しかし、ユリウス様、サラリと全面戦争を仕掛ける前の最終確認に来てた、とか暴露してくれましたが、やっぱり小鬼族のポテンシャルは決して人族や鬼族に劣るものではないという事でしょう。平和な未来を選択できて良かったですね。(アキ視点)
ユリウス様が、さて次だ、と話を進める。
「次は地の理だ。これは我々の置かれている環境、地理的条件の事を指す。簡単に言えば、弧状列島は大き過ぎず、小さ過ぎず、大陸から遠過ぎず、近過ぎず、天災は多いものの海の幸、山の幸に恵まれており、鬼族の住まう魔力の濃い地域が列島の端に位置し、「死の大地」も全体の一割程度、それに人々の行き来を阻まない位置にあり、稀有な条件が揃っていたと言うのが結論だ」
お、おぅ。
いきなりだーっと言われて目がぐるぐるな僕の為に、ホワイトボードにベリルさんが、列挙された条件を箇条書きにしてくれた。
ふぅ。
列挙してくれたのは、①弧状列島の規模、②弧状列島と大陸の距離、③土壌の豊かさ、④魔力分布の偏り、⑤「死の大地」の位置と規模、ってとこだ。
「①弧状列島の規模は、今より大きいと群雄割拠で統一から遠ざかり、小さいと勢力拮抗などとならずどこか優勢になった時点で全島制圧となる。今の規模は三つ巴になる丁度良い規模だったってとこですか」
ユリウス様はその通りと頷いた。
「通信と輸送方法によって纏まれる国の規模には限界が生じる。帝国も統治機構は皇帝を頂点として纏まっているものの、その実体は地方ごとに統括する王を任じて、地域単位での裁量を大きく認めているのが実状だ。皇帝領が領土の東端に位置しているというのもあるが。連邦もいまのように首都を中心に纏まれているのは、連合や帝国のように領土が細長いといった問題を抱えていないからだ」
まぁそうだよね。中心に首都があって周りに地方都市を配して、ってできてあまりに遠い僻地なんて扱いも生じない。それに比べると、連合や帝国のように細長いと首都から遠い地方の人だと、自勢力のトップを見たこともない、なんて話になるだろう。
んで、もし弧状列島が今の連邦領くらいしかないなら、銃弾の雨の時代の前、鬼族圧勝な時代に全島制圧となって、他種族が挽回する余地など残らなかっただろうね。逃げ隠れられる、再起を計れる地方がないと、そういうのは無理だ。
「②弧状列島と大陸の距離ですけど、これはよく気付きましたね?」
「それはマコト文書の知と街エルフが公開してくれた世界儀によるところが大きい。もし、大陸との間が、泳いで渡れる程度の距離でしかなければ、弧状列島は常に大陸の趨勢に左右され、内々で争ってるどころではなかっただろう。そして行き来が稀なほど遠ければ、大陸の趨勢に疎くなり、弧状列島が世界の全てと勘違いして、島内の争いに終始してただろう」
大陸との距離って、大型帆船があるからこそ安定した航路を維持できてる訳で、過去の拙い帆船なら、季節によっては命懸けの航海になっていたのは想像に難くない。技術や文化は当然、人口が多いほうが高度化する可能性は高いので、その動向に疎い、というのは弧状列島のような小国にとっては圧倒的に不利になる。
「③土壌の豊かさ、もマコト文書の知から?」
「そうだ。あちらの世界にあるオーストラリアだったか。大陸と呼ばれるほどの広さでありながらその大半が砂漠という不毛な地であり、人々は沿岸部で生活することを余儀なくされ、その広さ故に統一的な勢力も成立しなかったそうだな」
「確かに世界的にみると緑豊かな地というのは少ないですよね。オーストラリアの場合、あまりに苛酷なので流刑地にされてたくらいですから。あとあまりに広く隣の都市まで歩いて一ヶ月とか、そんなノリなので、移動手段が徒歩だけの時代では地域ごとに独立発展していくしかなかったでしょう」
地球だと、日本の三倍の広さがある荒野とか、夏でも溶けない凍土に閉ざされた地とか、ぶっとんだ地域が盛り沢山だ。何もせず放置しておくと草木が繁茂した荒地になるほど、豊かな土地なんて、実のところ、かなりレアな方だったりする。
大陸との距離だけならマダガスカル島はわりといい感じなんだけど、そもそもアフリカ大陸の方が巨大文明圏を築けるだけの豊かさなんてのとは無縁な地だったからね。距離感は行き来できる程度でも仕入れる進んだ文明が成立しないんじゃ意味がない。
何にせよ、弧状列島がどれくらい海と山の幸に恵まれているか、っていうのは、この惑星の多くの地域と比較しないと判断できないからね。そもそも綺麗な水が豊富にあるって時点で世界的に見るとトップグループに入ってるのは確実だ。
「それで、えっと、④魔力分布の偏り、連邦領が列島の北端に位置してるというのは?」
これはレイゼン様がフォローしてくれる。
「アキが以前、推測した通り、鬼族にとっては竜族の縄張りを別とすれば、連合や帝国の地は魔力が乏しく、移住先としては魅力に乏しい。で、だ。もし、弧状列島の中央付近に連邦領が位置してるとしたらどうだ?」
例えば、と連合の二大国ラージヒルとテイルペーストがある辺り、弧状列島の中央付近にあるとしたら、と地図で指示してくれた。
今の連邦領は、傾斜地などに小鬼族が住むことは許容されているけど、帝国領として機能しているかといえば、殆ど意味を為してない。人族に至っては皆無。
「弧状列島の中央に連邦領が位置していると、東西の行き来はほぼ遮断されることになりますね。東西で人族の勢力、小鬼族が国を興したとしても、連邦領を挟んだ行き来はないので、それぞれ別勢力として活動していくことになるから、連邦とその他小粒勢力って感じになりそう」
ユリウス様がそうなった場合の問題を説明してくれる。
「土地の魔力が乏しい問題もあって鬼族が列島制覇に乗り出すことはないだろうが、小粒の勢力では連邦相手に常に劣勢を強いられることとなろう。それでは皆の望む統一国家には繋がらぬ」
ですよねー。
「最後は⑤「死の大地」の位置と規模ですか。先ほどの連邦領の例からすると、「死の大地」が往来を邪魔するような位置にあったり、そもそも争ったのが本島の方だったなら、弧状列島の大半が呪いの覆われることになって国力激減となっていた、と」
これには渋い顔をしつつヤスケさんが頷いた。
「「死の大地」が周囲を海に囲われた独立した地だったからこそ、呪いが他の地域に伝播することも無かった。それに弧状列島の他の地域に住む者達も、近寄らなければ害はなく、日々の暮らしを続けることができたのだ」
だからこそ放置され続けて、手に負えない規模にまで成り果ててしまったのだが、とその表情は何とも苦々しかった。
◇
こうして改めて列挙して貰えると、なんとも今の僕達にとっては都合の良い条件ばかりが揃っていて、何か人知の及ばない存在の干渉でもあったんじゃないか、と思いたくなるレベルだね。こちらにいる神様達にそんな力はないけれど。
っと、ジョージさんが手をあげた。
「銃器全盛期に、連合の侵攻が戦場での勝率の割に遅いペースだった件についても、地の理に該当すると思うのですがどうでしょうか?」
ほぉ。
「天の理の時に聞いたように、銃器をいち早く大量生産した連合はそれまでの劣勢を覆して優勢になるほどだったんでしたよね。それで侵攻ペースが鈍いというと、補給が追い付かなかったとかですか?」
僕の問いにニコラスさんが頷いた。
「当時の火薬に必要な硝石が弧状列島では手に入らず、古土法での生産では供給量が絶対的に足りなかったんだ。そして、大気から原料となるアンモニアを魔術で大量生産できるようになった頃には、連邦、帝国も銃器の量産に成功して、双方が大量の銃弾を戦場に供給できる時代に変わっていったんだよ」
げ。
戦国時代程度の火薬生成基盤から、いきなり第一次世界大戦時のハーバーボッシュ法による空気から窒素化合物のアンモニアを大量生産できるような時代に移ったのか。銃弾の雨の時代というけど、初期と末期では飛び交う銃弾の量はきっと何百倍も違ってそうだ。
「天然の硝石産出地域が弧状列島に存在しなかったのはほんと幸いでした。ヤスケさん、共和国は海外から硝石を輸入して手助けとかしなかったんですか?」
「当時は今ほどの大型帆船もなく、空間鞄に詰め込める量にも限りがあった。それに、目の色を変えて殺戮に走る連合の姿勢にも、距離を置く意見が大勢を占めていたのだ。我が国で耐弾障壁が開発される流れとなったのも故あってのことだった」
あー。
つまりアレだ。いじめられっ子が拳銃を手にしたら大学で乱射事件を起こしました、みたいな印象だったと。これまでの虐げられた時代の鬱憤を晴らそうとするかのように、嬉々として撃ち殺しまくってた様子を眺めてれば、味方と言いつつも、危機意識も持った事だろう。彼らの銃口が自分達に向く未来が無いとも言えないのだから。
「色々と繋がってるんですね。様々な条件が揃ったからこそ、三大勢力が三竦みの状態を創り出すことができた、少しでも条件がズレてれば、そうはならなかった。そのことが理解できました」
そう纏めると、代表の皆さんも、多少条件を変えるだけでも結果が大きく変わることに戦慄さえ覚えた、と内心を吐露してくれた。そして、そういった認識を持てたのも、マコト文書の知による惑星の視点を持てたことが大きかった、というのは嬉しかった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アキは現物には疎いので、ジョージが以前実演してみせたライフルも、おー本物だー、って程度にしか認識してませんでしたが、あれは①無煙火薬、②金属薬莢、③銃身に旋条を刻んである、④弾倉(マガジン方式)、⑤ボルトアクション式という地球での第二次世界大戦レベルの技術力でしたからね。それに弾頭も耐弾障壁向けの貫通術式を刻んだ特別仕様弾。怖い時代でした。
こちらでは耐弾障壁が優勢になり、弾丸はその大きさゆえに刻める術式に限りがあり、発展はそこで終わりました。地球のようなアサルトライフル時代に移行することは無かったでしょう。そもそも地球と違って、こちらの弾頭は単なる鉛玉ではなく、対魔術特別仕様であって、単価が違い過ぎるので、フルオートでばら撒くような時代はそもそも来なかった気はします。
次回の投稿は、八月二十三日(水)二十一時五分です。