20-13.対立の根深さ(後編)
前回のあらすじ:代表の皆さんが籠って議論を戦わせていた苦労をちゃんと理解しようね、と優しく諭されました。ドストレートにそのまま聞いたのは失敗でしたね。そこは白岩様のようにわかっていても、触れない大人の態度ができればベストでした。(アキ視点)
ユリウス様は呆れた表情を隠そうともせず、深く溜息をついた。
「アキ、確かにその思いもあることは認めよう。余らが日夜、激論を戦わせて、少しでも良い未来を得ようと足掻く中、その苦労が、己の命一つより軽いと言われて、思うところがあったのも確かだ」
帝国で一年、政をするより、ロングヒルに来てからの僅かな日々の方が激務だと断言できるほどだぞ、などと愚痴を言われてしまった。
いやー、流石に一年間のお仕事と、こちらに来てから一週間に満たない日数の方が大変なんてことないでしょ、と思って、他の皆さんの反応を伺うと、なんと、皆さん、ユリウス様と同じ感想をお持ちだった。
んー。
「直接、帝国、連邦と国境を接してない共和国、ヤスケ様がそう話すのはまだ想像できる範囲ですけど、帝国の間で燻り続けてる連合のニコラス様や、伝統を曲げる決断をされたユリウス様がそれほどですか?」
そう話すと、ヤスケさんは心外だ、と口をへの字に曲げた。
「アキ、言っておくがな。皆が集ってから積み重ねた会合は、確かに儂の一年の仕事より重いとはいわん。だが、それはお前が節操なしに未知に向かって遠慮なく歩いていくせいで、前例のない仕事が果無く積み上がっていっとるからだ! 過去を踏襲してある程度こなしていける普通の長老職と同列になど語るでないわ!」
あぅあぅ。
なんか、いきなり尻尾を踏んだ感じだ。後ろにいるジロウさん、クロウさんも、共和国にいる長老達とて大変なんだがって感じの表情を浮かべつつも、それを口にすることなくスルーしてくれた。まぁ、二人が何か言えば、火に油、余計に燃え上がるか、周りに延焼するか、どちらにしても困った流れになっただろうからね。ありがたい配慮だ。
困り顔の僕に、レイゼン様が救いの手を差し伸べてくた。
「何がそれほど重いかピンときてないようだから説明してやるが、皆が集まって話し合っていた内容は、今後、何十年、下手をすれば何百年と続くだろう施策だから重みが違うんだ。普段の仕事ならそこまで長期を見据えた話は殆どない。長期計画と言ってもせいぜい十年程度だからな」
竜族が絡む話、連綿と続く未来に比べれば、自勢力内の問題なんざ、どれでも短期案件だろ、と。
ん。
確かに。過去の因縁が深い街エルフ達であっても、その歴史も、長い長い未来に比べればずっと短いって説得してきたのは僕だからね。それを念頭において話されれば、その通りと頷くしかない。
「僕が意識すべきは、皆さんの背負っているモノの重さと、それを背負う心労への理解、共感が第一ということですね。各勢力の状況把握、政への理解はあくまでもそれを補うモノ、と」
以前、ニコラスさんに塩対応をした時も、ケイティさんから、彼らの背負うものの大きさ、激務の中、ロングヒルまで遠出をしてくる労苦への配慮はすべし、と忠告されたんだった。ご近所の皆さんが仕事終わりにふらりと立ち寄って一杯引っ掛けてるのとはわけが違う、ってことだ。
どうも日本の感覚があるせいか、各勢力の首都からやってくる手間も、ちょいと新幹線で数時間、みたいな意識で捉えがちなんだよね。雲取様や白岩様に運んで貰って、あまり時間をかけることなく現地入りできた経験があるせいか、遠い地という感覚が薄れてたってのもある。
それと、主体がどちらか、というのは大切だ。今まで隠してきた政の実態を知るにしても、なぜそれを知る必要があるのか、知った上で皆が僕に求めるのは何か、そこを間違えちゃいけない。
僕の認識を聞いて、ふわりとシャーリスさんが飛んできた。
「それよ。皆はアキに為政者となることなど求めはせぬ。ただ、市民のように下から見上げて華やかな外面だけ眺めているようではあまりに拙い。正しく重みを理解せねば、竜族への説明や提案も、意図しない軽さとなって、思わぬ方向に飛んでいくやもしれん。そして、それでは困るのじゃ」
確かに、心話で僕の認識がそのまま伝わる分、軽く認識してるなら、その軽さもそのまま伝わってしまう。そして竜族は地の種族の政に疎い分、そういう軽い案件なのだろう、と誤解してしまう。それでは不味い、ってことだ。
本業の為政者のように理解しきる必要はない。だけど、その大変さ、判断の重さは、華やかな振る舞いに惑わされることなく、把握しないと駄目だぞ、と。
……なにげに高難度なことを求められてる気がするけど、頑張っていこう。僕の認識がズレてないかはその都度、確認すればよいのだから。手間に感じても同じ立ち位置、認識にあることの把握はしていこう。諸勢力が纏まる分、個別だった頃より慎重さが必要だ。
◇
さて。
ユリウス様が丁寧に、各勢力間の緊張状態を説明してくれたおかげで、少なくとも帝国と連合の間では、直前まで双方、かなりの被害が出る軍事衝突を繰り返し続けていて、はい、今から停戦です、と言っても、それがいつまで守られるか、何が火種となって衝突が再燃するかわからない状況だというのはイメージできた。
でも、失敗国家ランキングの上位に常に居続けているソマリアみたいに、停戦協定を結んでも、そもそも小競り合いが終息しない、協定を結んだ翌日には破棄されてる、みたいな制御不能状態かと言えば、そこまで酷くはない。勢力間に緩衝スペースが設けられていることもあって、意図しない遭遇戦だとか、同じ街に住んでることで日常的に衝突する危険性がある、なんてことがないからだ。
停戦状態にある北朝鮮と韓国みたいなモノかな。三十八度線を境に南北二キロを非武装地帯として立ち入り禁止にして、二百万個とも言われる地雷を埋設して行き来不能にしてるのと同じで、物理的に住み分けをしているイメージに近いかも。
ん、ちょい違うか。弧状列島では竜族が多くの地を縄張りとして占有していて、地の勢力は一定の支配地域を確保しているけれど、地球の国境の概念と違って、国境線越しに双方が睨み合う感じになってないんだ。地の種族が領有権を主張できない地域があって、竜族の縄張りも彼らの感覚で大雑把に決めてるから、地の種族は竜族の縄張りに露骨に触れないよう、かなり遠慮してる。
結果として、諸勢力の活動域は、地球のように人以外の生物への配慮をせず一方的に地図上に線を引くような真似ができてないんだ。
「大勢の意見を取り纏めるという意味では、竜族も部族単位で小さく纏まっていたところに、竜族全体としての意見を決める必要が出て来たこともあって、頭数が増えると意見を纏める手間も単純な比例より大きく増えることへの理解は広まってきたように思います。三大勢力規模だと竜族の百倍はいる訳ですからね。その集団を束ねて統制を取るだけでも難事だと彼らもきっと、そこは共感してくれるでしょう」
いつまでも僕の意識で止まってると本題に入れないから、皆さんの苦労には意識をしっかり向けましたよ、とアピールしつつ、そもそも皆が懸念する竜族はちゃんとある程度、共感できる下地はできてきている、と示してみた。
これにユリウス様も乗ってくれる。
「意見を束ねることの大変さについては雲取様は理解してくださるだろう。各部族の長達も。そうした身近な例があれば、大多数の成竜達もまた、自分で率先してその役をやろうと言い出さない程度には、理解も広まっていくだろうな」
文字を扱う文化がなく、全てを自身の記憶頼りなまま、万を超える仲間を束ねたい、などという酔狂な竜はそうはいまい、と笑うと、皆もそれに頷いてくれた。
まぁ、個で完結してる竜族の気質からすると、そもそも同じ竜達を束ねた集団を形成したいっていう欲求自体がないんだろうけどね。なんでそんな面倒なことをするのか、と疑問を持つ事だろう。集団で力を合わせて、というのはそうしないとできないことが多い地の種族だからこそ持つ発想だ。
「それで、皆さんが苦労の末に取り決めた協定ですけど、多分、皆さんの求めは、結果だけを見て意見を述べるのではなく、そこに至るまでの歩み、疑問などを伺った上で意見せよ、って事ですね?」
条文だけ見て意見をすると、どうしても理解が浅くなってしまい、色々考慮したけれど、他への影響も考慮するとそこが妥当な落し処だった、みたいな部分を見落としかねない。それよりは、マコト文書の知を活かして、こちらの文化、歴史では意識が思い至らない部分、手痛い経験を積んだ末でないと辿り着けない境地といったところを僕は示していくべきってこと。
そう問うと、皆さんも深く頷いてくれた。
「我らが長い時間を掛けて議論を重ねたのはどこか、何を問題視したのか、見落としがないか、そういった視点で、アキには意見を考えて欲しい。納得できる理由があれば、此度の協定締結をせず、春まで延期しても良いとも考えているところだ」
ほぉ。
「かなり慎重な判断をされましたね。合意した内容を不安視してるのではなく、食料供給の件は春先まで延期しても悪影響はなく、だからこそ協定の質を高めることに注力したいと言ったところでしょうか?」
「そうだ。アキも以前話した通り、食糧問題は五年後には確実に対応せねばならないが、半年先送りにした程度で破綻する事ではない。それに対して協定の締結は今後、十年、百年と続く土台となる取り決め、争いから共存へと至る一里塚だ。それにせっかく締結した内容を余の代で見直すような真似も可能なら避けたい。この思いは種族は違えど、この場にいる皆が抱いた思いでもある」
なるほど。
「緊急対応せねばならない話でもなく、成人の儀の中止も決まった以上、冬場にわざわざ軍を動かすような話もなし。となれば、いくらじっくり話し合ったと言っても、協定の草案を持ち帰って半年、自国で検討を重ねるというのも有りですね」
そう、同意を示すと、ユリウス様は何とも渋い顔をされた。
「そうは言っても、気運というモノもある。慎重に事を進めると言って時間を掛ければ良いというモノでもない。皆の向いている方向が揃った今こそ、決められるモノなら決めたいという思いもあるのだ。先送りにする、自国に持ち帰って吟味するのは、それをせねばならないという理由が示されれば、だ。特に理由がなければ、我らはこの地を離れる前に雲取様を招いて協定の締結を行う所存だ」
竜神たる雲取様が相手だから言い回しも慎重だね。皇帝陛下と言っても、協定地位決に立ち会って貰うという関係だから、一歩下がった言葉使いになるのも仕方なし、と。
そこまで話すと、ユリウス様が合図を送り、ベリルさんがホワイトボードをぐるっと回転させた。そこには既に、これから話し合う内容がざっと箇条書きされていた。
ふむ。
「始めは、未来絵図を完成させるピースに過不足は無いか? ですか」
何とも面白い着眼点だね。
「アキは、提案するのに丁度よくピースが揃ったと言った趣旨の話をした。そして示された平和協定と食料相互供給の協定は、確かに争いの発生を防ぎ、統一国家樹立に向けた第一歩に相応しかった。だが、我らはそこで思ったのだ。前提条件が違えば結論も変わる。どのピースが必要不可欠なのか、また、他のピースは足しようがないのか。そういった話だ。その議論を進めていくことで、最低限、何を守らねばならないか明確にする意図もあった」
ふむふむ。確かに。案外、もっと要素が少なくても成立するかもしれないし、要素が少ないほどコストも少なく済む。コストが少ない方が長続きもさせやすいからね。
では、とユリウス様が合図を送り、別のホワイトボードが横に並んだ。要素名を書いた小さなボードが端に並べて貼ってある。これらをぺたぺた貼ったり、外したりして説明していくのか。準備がいい。
今回の説明役はこの感じだとユリウス様がずっとされるようだ。なんだかんだ言って、今回の協定の鍵となる勢力、当事者だからね。協定は如何に帝国が戦争をせずに済むよう誘導するか、共存できるよう社会を変革していく手助けをするか、って意図が発端なのだから。
では、有難く拝聴することにしよう。皇帝陛下自らのプレゼンテーションだ。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
皆から一年の政務より、ロングヒルに集ってからの議論の日々の方がよほど大変だったと言われて、アキも随分驚いてましたね。そして、雲取様が立ち会いをしてくれたおかげで、最初の代表達の出会いは穏やかなモノでしたが、毎年のように結構な数の死傷者が出るような軍事衝突をしていた敵対勢力同士、普通ならもっと殺伐とした雰囲気になっていたであろうことも見えてきました。
次パートからは、ユリウス帝によるプレゼンで、今の状況がどれだけ稀有な状況か語っていってくれます。アキも特等席でそれを拝聴できるのでニコニコです。
次回の投稿は、八月十六日(水)二十一時五分です。