20-12.対立の根深さ(前編)
前回のあらすじ:この秋の成人の儀、帝国が行う定期限定戦争を中止、停止ではなく中止となったのは大変喜ばしい出来事でした。特にユリウス様が押し切ったのではなく、民がそれを望み、ユリウス様がそれを追認したという事ですから最高の結果と言えるでしょう。ジロウさん、クロウさんとも久しぶりに会いましたけどお元気そうでしたね。底なし沼のような目は怖い方々だけど、ちゃんと今を楽しむ感性もお持ちなのは良いことです。今の季節だと戻り鰹ってことでしょうか。美味しそうです。……で、残念というかその時が来たか―って感じなのが、代表の方々の内幕を開示されることになったこと。庶民な僕には程遠い世界なのだし、憧れのままお任せしていられれば良かったんですが。そうも言ってられないようです。残念。(アキ視点)
ユリウス様以外の他の代表の皆さんの反応から見ても、これまではあまり見せてこなかった政の内情、苦労してる様をある程度、垣間見せてくれるって話で意見統一が行われていたようだ。
ん。
その流れもまぁわからないでもない。皆さん、重責を担ってる立場だもんね。後は宜しく、と毎回投げられれば、少しは思うところもあるだろう。
「えっと、今回、その話をしようと決めた切っ掛けって何かありますか?」
そう問いかけると、ユリウス様は当然ある、と頷いた。
「切っ掛けは、アキが「己の命を預け合う間柄になることは、異種族間で信頼関係を構築するより難しい」と言い切ったことだった」
そこ?
「実際大変なことでしょう?」
というか、日本で生きてたら生涯を掛けたって、そう思い合える相手と巡り合えること自体が奇跡的な確率だと思う。口先ではそう言う輩もいるだろうけど、口先だけということが多いと聞くもんね。浅い人間関係を維持する程度なんて人が大半だろう。
だけど、ユリウス様はそこで、疲れと同情を誘う憂いを浮かべた。
「容易なことでないことは認めよう。いくら頭ではわかっていても、仲間の為に死地に身を晒そうとすれば心身が凍り付くモノだ。……だが、仲間と同じ危険を分かち合う事は案外難しくはないのだ。それが個人ではどうしようもない難事であればあるほど、覚悟も決まってくる」
例えば、と言って周囲を囲まれてしまい、敵が待ち構える前方以外に逃亡するルートがない状況に陥ったなら、きっと仲間の半数しか突破できないとしても、自分が貧乏籤を引く可能性があろうとも、残るのも逃げるのも選べない以上、心は決まるのだ、と。
……さらりと、関ケ原の合戦における島津の退き口、敵陣正面突破で退却したような話が出てくるとは思わなかった。今の話を聞いて、レイゼン様もまぁそうなれば覚悟は決まるもんだぜ、なんて笑ってる。
ニコラスさんはそこまでの経験はないようだけど肯定派ってとこかな。ヤスケさんはまぁ当然って顔、目が怖いから面白そうな顔で僕を見るのは遠慮して欲しい。シャーリスさんもそんな経験はないようだけど覚悟は当然持ってるってとこっぽい。
「それで、僕の発言とどう絡んでくるんです?」
そう問うと、ある意味、予想通りって感じに全員が溜息をついてきた。
えぇ?
「えっと?」
「アキ、ここにいる者達は、異種族との間で、これまでの諍いを横に置いて、争いの世から共に暮らす世とすべく、手を取り合おうと尽力しているのだ。それが役目だ」
再確認の意味合いでわざわざ説明してくれた感じだ。僕がそこまでは理解しているのを確認してから、ユリウス様は話を続ける。
「先ほどのような仲間に命を預ける状況は、ある意味、背負う命の重さは自分の分だけに過ぎぬから気が楽だ。自分が死のうと、仲間の為に最後まで死力を尽くした者の家族は、きっと手厚く助けを得られよう。それに追い込まれた状況下であれば、選択肢も限られる。見える中で一番マシな手を選ぶ。ある意味、シンプルで悩まずに済む」
ユリウス様は、ポケットからカードを数枚取り出して、その中から選ぶ、といったジェスチャーをしてみせた。
ふむ。
「その、話してる内容は理解しました。想像はできます。共感は無理ですけど」
小説や映画で描かれてきた内容と違って、そういった場を実際に経験してきたであろうユリウス様の物言いは、穏やかな語り口なのに、心の奥底にまで届くようなずしりとした重みが感じられた。
「共感できぬか? アキ、いや、マコト。己が愛する姉ミアの為に、こちらに来ることを選んだのであろう? その時、どこまで考えた? 見知らぬ相手と契約を結ぶように条件をじっくり交渉するような真似などしなかったのだろう?」
「それは勿論」
ミア姉が助けを僕に求めた、なら手を貸すのは当然だ。細かい話は後で聞くとして、協力するよ、と答えることに躊躇はない。んー、でも僕とミア姉の間には十年間も育んだ厚い信頼関係があったからね。
「信頼し合える関係があれば、己の全てを賭けるとしてもそう悩むものでもない。だが、これがつい先ほどまで部隊同士で剣を抜き、斬り合いをしてきて双方、死傷者が出ているような中、これ以上の争いは無意味だ、と相手が言い出したとして、その通りと武器を簡単にしまえるだろうか?」
対峙して見合っている状況ではなく、泥沼の乱戦を繰り広げてそこらに両者の死傷者が転がって呻き声を上げていると考えてみよ、双方、血走った目で睨み合って隙を伺ってるのだ、と。
ユリウス様の説明が上手いのか、実際にそんな修羅場に放り込まれた様子がありありと想像できて寒気がしてきた。
置かれている状況によっても判断は変わってきそうだけど、相手の方が数が多かったら、乱戦状態の混乱を利用して戦い続ける方が生き残れる可能性が高いかもしれない。双方落ち着いて秩序を取り戻してから、さぁ再戦だ、と言われたら少数側に勝ち目は薄い。
逆にこちらの方が多くて優勢なら? このまま押し潰せという味方の声は大きいだろうし、勝ち筋を敢えて逃す判断に失望する者達だって出てくるだろう。
状況が拮抗していたなら、停戦の判断に皆も従うかもしれない。だけど、普通、戦闘は自分達以外の部隊の状況も絡んでくるから、近場の戦況だけで判断しては誤るかも。
む、む、む。
どう答えても当たりでもあり、外れでもありって感じがして答えに窮してしまった。
「互いに殺し合ってるような最中に、相手を信じることは難しい。それに自分と相手が一対一で殺り合っているなら話は単純だが、互いに部隊を率いているとなれば、自分一人の心で決められるモノでもない」
ここまでが前提だ、とユリウス様は微笑んだ。優しい語り口なんだけど、的確に逃げ道を塞がれてる感がしてきた。
◇
「余らの役目の難しいところは、背負う人数が桁違いに多い点にある。先ほどの例え話であれば、手勢はさほど多くないが、ここに集う者達は何百万という同胞の命を、未来を抱えておるのだ。それにアキは「死の大地」の浄化作戦で語っていたが、国というのは彼の地の作戦と同様、自身の目では見えぬ広い地域、多くの民を相手とした政をせねばならぬ。その難しさは、見える範囲の少人数の部下達を率いるのとは大きく異なる」
ぐぅ。
確かにそれはその通り。何百万人という国民となると、もう多層構造の体制を経由しないと対応しようがない。
「そしてな、先ほどは仲間に命を預ける状況を手札に例えたが、国同士の未来を決めるとなると手札は簡単には出揃わぬのだ。確かに互いに手札は持っているだろう。だが、話をしていく中であると思った札は消え、ないと思った札が出てくることもある。揃えた筈の手札だが、実は手違いで見落としがあるかもしれぬ」
何枚あるかわからない、手札の枚数も定かではなく、札も描いてある内容と実際の効能が違うかもしれない。
なんか聞いていると、それじゃゲームにならない気がしてきた。でも判断しなくちゃいけない。戦場において司令官は判断するのが仕事なのと同じだ。戦場全体が霧に覆われていようと、判断しない訳にはいかない。
そして、ここまで話を聞いて、ユリウス様達が伝えたいことがやっと見えてきた。
「……つまり、争っていた中から信頼関係を築こうとするのは難事で、これまでにない取り決めを進めていこうとする事も暗中模索といった有様なので難事。それを取り纏めて互いに順守する仲となる事は、命を預け合う仲となる事と比べても、大変なことだ、と強く言っておきたいんですね?」
つまり。
僕が大変だ、と言った「命を相手に預ける信頼関係の構築」よりも、「殺し合ってた相手と停戦して、信頼できる関係になる」方がはるかに大変で、それを僕は理解すべし、と。
皆さんの反応を見ると、まぁそういうこと、と言った感じで、いまいち歯切れが悪い。
ん-。
ここでふわり、とシャーリスさんが飛んできて、少し芝居がかった態度で嘆き始めた。
「自分達は神経が磨り減るような思いで身を粉にして働いているのに、幼児から見るとテーブルに座って皆で何かお話してるだけで受けが悪い、という話は聞いた覚えがないかぇ? それより大きなモノを扱ったり、熱い、寒い、五月蠅いといった目に見える、わかりやすい難事に携わってる大人の方が素直に尊敬されやすい、そんな話よ」
あー。
聞いたことがある。子供にはプロジェクト管理をしてる人のお仕事とかはウケが悪くて、子供の職場訪問とかをやっても、いまいち尊敬の眼差しを向けて貰えないって。抽象度の高い作業は、そもそもソレが何を意味しているのか理解するのにもある程度以上の知力を必要とする。だから、小学生に管理職の大変さを理解しろ、と言っても無茶だと。
んー。
それは、それは、つまり。
「パパはこんなに大変なお仕事を頑張ってるんだぞ、凄いだろーってこと?」
ぶっちゃけ、そう言う事かと口にしたら、ぺちっとシャーリスさんに頭を叩かれた。
「アキ、そこは敢えて聞くのではなく、素直な気持ちで、大変ですねと労う気持ちを伝えるのが聡い振舞いじゃ」
解ってていても口にしない方が良い事もある、と残念な子扱いされてしまった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
はい、最期にアキがぶっちゃけてましたが、要は「パパ頑張ってるんだぞ」とちゃんと理解して欲しい、同じように結果を労うにせよ、理解した上で労って欲しい。そんな話なのでした。
勿論、それだけじゃありませんけどね。
でも、粉骨砕身、未来の為に会議は、鉄火場と化していたというのに、アキがその困難さを理解してない、重く見ていない=軽く見ている、と知って、皆さん「あー、これはしっかり教えないといけないな」と薄ら笑いを浮かべたのも仕方ないことだと思うんです。その場に子供がいたらきっと泣き出していたことでしょう。
あと、この場にシャーリスがいてくれて良かったです。アキの身も蓋も無い言い方に、呆れる気持ちを前面に押し出して軽く突っ込めるのは、この場では彼女だけだったでしょうから。
次回の投稿は、八月十三日(日)二十一時五分です。
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