20-11.成人の儀、その開催は……
前回のあらすじ:久しぶりにミア姉の手紙を読むことができました。あれこれ考えていてくれたのはとても嬉しいです。早く会いたいですね。その為にも次元門構築を頑張らないと。(アキ視点)
参謀さん達との会合を終えた次の日、僕は連邦大使館に呼ばれていた。連日、籠って話し合っていた代表の方々の調整作業の目処が立ったから、とのこと。
馬車で移動中だけど、一応、状況の整理をしてみよう。
「今日の場ですけど、雲取様も小型召喚で参加されるんですか?」
「いえ。本日の趣旨は、勢力間での平和協定及び、食料の相互供給協定締結に関する話ですので、マコト文書専門家の意見を踏まえて最終案を作成してから参加していただく運びとしています」
ほぉ。
「随分、慎重ですね?」
がっつり意見調整も終えたなら、こう決まりました、で出してもいいと思ったんだけど。
ふわりとお爺ちゃんが前に出る。
「アキ、それは慎重にもなるというもんじゃよ。今回の話し合いに参加しているどの勢力も、多勢力間での協定締結など、冬の停戦協定以外、やったことが無いんじゃからのぉ。地球の事例にも照らし合わせて、躓く要素は取り除いておきたいと話しておった」
ん。
というか、さらりとシャーリスさんから相談されたりしてるんだねぇ、お爺ちゃん。
「それなら慎重になるのもわかるね。各勢力の世代交代ペースもまるで違うし。まぁ、毎年、状況を確認する定例会を開いて、何かあれば緊急で集まれば十分とは思うけれど。場合によっては竜族の協力を得て、各勢力の食料生産状況を空から観察して客観的に情報を集める、なんてのも手だね」
「何故そんな事をするんじゃ?」
「広い地域を治めるとなると、結局、多層構造の組織を用意して、各地の役人達から情報を吸い上げて、集計して、分析することになるでしょう?」
「それはそうじゃ」
「でも、それだと情報の鮮度がちょっと落ちるし、恣意的に情報が歪められる恐れもある。その点、空から観測して、田畑の色合いから作物の状況を判断するなら、誰が見ても結果は同じになるでしょう? それに勢力間での話し合いの場で必要なのは、全体として例年通りなのか、足りないのか、豊作で余るのか、それが一割なのか二割なのか、ってくらいのざっくりした情報だからね」
そう説明すると、ケイティさんが眉を顰めた。
「アキ様、そのお話ですが、天空竜が飛行して空から田畑の様子を魔導具に記録するまでは良いとして、そこから手分けをしても広大な地域の全ての作付けを把握するのはかなりの手間になります。まだ初期レベルのこちらのコンピュータに処理できる難度、量ではありません」
ふむ。
「そこはまぁ枝葉末節なとこなので、おいおい相談していきましょう。勢力間で認識合わせをしておくべきポイントは、田畑の状態は必要に応じて、その都度、空から一気に調べるという手法もある、ということです。災害状況の把握とやろうとしていることは同じですね。同時にいくら竜族が空から地上を竜眼で眺めたりできると言っても、田畑単位で確認したり、期間を空けて確認して、その変化を把握するようなことは無理で、そこは魔導具の助けがいるといったことさえ認識して貰えれば十分です」
「すぐにはできずとも、その方法がある、そうして集めた情報を共有すれば、勢力間での合意も得やすいといったところかのぉ?」
お爺ちゃんも、僕の言いたいことをさくっと理解してくれた。
「結局、勢力間の意見調整の何が面倒かっていうと、そもそも前提が正しいのか、同じ事実でも報告者によって結論が真逆になることもある。そういった思い込み、歪みがないか、なんて部分をすっきりさせておかないと、話が先に進まないんだよね。ほら、家を建てるなら健康的でしっかりした大木を選ばないと駄目って奴」
「うむ、宿り木選びは大切じゃ」
土台とか言っても、妖精族だとピンとこないからねぇ、うん。
「アキ様はその仕組みが必要とお考えなのですね」
ケイティさんは少し過剰と感じてるっぽい。
「日本の話ですけど、農民達は税の取り立てで生活が破綻しないように、こっそり隠田を開墾してて、役人が全体を把握できてない、なんてのは定番でしたからね。それに役人も全員が清廉潔白とは限りませんし、収穫高の予測にしても、その精度にはバラつきもあるでしょう。上空から観測した情報を各勢力の中枢に直接渡すだけでも、まぁ多分、結構意味があるかなぁって」
報告とのズレがないなら良し、あるなら何故か見直す切っ掛けにもなるだろうから。それに自勢力だけでなく他勢力についても、常に把握できるというのは為政者にとっては有難い話だろう。
「手札は全部晒して会議をせよ、ということですか」
何故か溜息をつかれてしまった。
「外から見える部分を開示し合う程度で、土壌や品種の改良なんてところは空からじゃ把握できないから、ちゃんと手札もありますよ。その方が色々と都合がいいですよね」
本当に全部、オープンになってたら駆け引きができないし、それを前提とした組織なんて、国内だけならまぁ上手く行くかもしれないけど、海外との交流、交渉を考えると、力量を育てていく土壌は残しておいた方がいいと思うんだ。
そんな話をしているうちに、馬車は大使館に到着した。
◇
中庭では、代表の皆さんが座る中央テーブル席に案内された。ちなみに周囲のテーブル席にはそれぞれの関係者が座ってて、必要に応じて適宜フォローする感じっぽい。ん、後から駆り出された長老のジロウさん、クロウさんは周囲の席にいるのか。
久しぶりなのだし、ちょっと挨拶しておこう。
「ジロウ様、クロウ様、お久しぶりです。元気そうで何よりです」
「面倒事ばかりで苦労皺が増えそうだがな」
ジロウさんがギロリと薄暗い目を向けてきたけど、ん、なんか少し安心してる顔だ。
「我らの苦労の半分はお前のせいだぞ、アキ」
クロウさんの鋭い口調も相変わらずだ。にしても、半分、ね。案外、長老さんって暇だったり?
「長老職が忙しいなどと言うのはろくでもないことよ。こちらに来る途中、良い型の鰹が釣れた。別邸に届けさせたから、後でアイリーンに捌いて貰え」
おぉ。
「移動する時に魚を釣ったりもするんですね。後でいただきます。ところでクロウ様、もしかして釣りが趣味だとか?」
そう話を振ると、ジロウさんがニヤニヤ笑いだした。
「此奴の船は、その為の特注品だ。なんだ、アキ、船釣りに興味があるのか?」
「それは勿論。海の男って感じで良い趣味ですよね! えっとクロウ様、それでは帰国される前に話を聞かせてください」
「……ケイティ、予定を入れておけ」
ふんっ、などと鼻を鳴らしながらも了承してくれた。よし、よし。
お、ジロウさんが封書を差し出してきた。
「これは?」
「長老衆からの土産といったところだ。交流祭りの閉会後になるが、ミアの友らが別邸に訪れるよう手配しておいた。絵本を集める話の助けになるだろう」
おぉ。
「ありがとうございます」
「封書の中身は、あ奴らが訪問するまでに纏めておくべき内容が記されている。まぁ、頑張れ」
え゛
「ジロウ様、えっと、その、応援していただけるってことは、もしかしてかなり濃い方々だとか?」
恐る恐る聞いてみると、ジロウさんだけでなく、クロウさんやヤスケさんまで笑い出した。そしてクロウさんが理由を話してくれた。
「三人ともミアの親友と自他共に認める仲よ。だからこそこれまで頼りにされてこなかった事に不満たらたらでな。愚痴を聞かされるのは覚悟しておくんだな」
ぐぅ。
「ご忠告ありがとうございます」
ケイティさんが預かると手紙を受け取ってくれたので、名残惜しいけれど挨拶はここまで。しかし、ミア姉の親友かぁ。そう言えば聞かされた事があった気もするけど、会う事もないからと詳しい説明は省かれてたんだよね。機会があれば話すよって感じだったけど、結局、その機会はなかったんだ。ミア姉は、自身に興味を向けられることを好んでたからね。
◇
ホワイトボードの横には、定位置とばかりにベリルさんが立ち、魔導具を操作して幻影で協定の概要を表示してくれた。そのまま、紹介に入るのを手で止めて、ユリウス様に視線を向けた。
まぁ、ここまで話が決まってる時点で答えは明確だけど、やっぱりしっかり聞いておかないとね。
「ユリウス様、本題に入る前に一つ、お聞きしてもいいですか?」
「話すがいい」
落ち着いた様子で、質問を話すよう促してくれた。
「では、ユリウス様。こうして協定が形となっているということは、今年の成人の儀は中止と決めたのですね?」
僕の問いに、ユリウス様は静かに頷く。
「そうだ。帝国は今年の成人の儀を行わぬこととした」
良し。
「それは重畳、延期ではなく中止とできましたか。強権で押し切りました? それとも皆の総意を追認されました?」
同じ結論でも、その意味合いは真逆になるからね。どちらなのかは知っておきたい。
「余は民の声を集めて、例年のような争いを望まぬ者が多数を占めていることを知り、その声に応えた。中止は民の総意だ」
ユリウス様は強制したのではない、と断言してくれた。ふむ、ふむ。
「小鬼族は徹底した現実主義者と認識してましたが、先を見据えて、落ち着いた姿勢が大多数を占めている事実は大変喜ばしい事と思います」
聞きたいことも聞けたので、では本題に入りますか、と話したところで、ユリウス様が制止してきた。
おや。
「えっと、まだ何か?」
もしかして、実は内乱の火種が残ってるとか、経済的な問題が有るとかだろうか? そう、身構えたんだけど、ユリウス様はそうではない、と告げた。
だけど、常に自信満々、大人の余裕を見せていたユリウス様は、今のやり取りも予想した通りだった、と嘆くポーズを示して、それに他の代表の皆さんも溜息と苦笑で応えた。
え? え?
「アキ、確かに余は成人の儀の中止を決定し、帝国の民もこれを受け入れた。だが、そこに至る道筋は決して平坦なものではなく、そうならない可能性も少なくはなかったのだ」
「えっと、それは大変でしたね?」
他の勢力に弱みを見せるような話だから、普通はしない。なのに敢えてそれを開示するということは、実は単独での対処が難しい、とか?
そう考えたところで、ケイティさんが手を上げて、他の方々の了承を得て、理由を教えてくれた。
「アキ様、深読みをされていたようですが、ユリウス様のお話はそうではないのです。どちらかと言えば、アキ様がただの庇護されるだけの幼子ではなく、大人の話を理解できる子供、協力を期待できる家族と看做された、という話でしょう」
その見解を聞くと、ユリウス様もその通りと頷いた。
「市民の家庭に例えるのが良いか。こう考えてみよ。一見、父は勤めを果たし、母が切り盛りする家庭は居心地がよく、心安らぐ場と時はいつまでも続くと思える。幼子はそれに安心して伸び伸びと育つ」
ユリウス様が一般家庭を話すのも不思議な感じだけど、小鬼族は王侯貴族でも質素を旨とする暮らしを好むというからか、その語りは現実味があるように感じられた。
理解していることを頷いて示すと、ユリウス様は話を続けた。
「だが、実は父の勤め先は経営難に陥って、給与の支払いが滞るような有り様だった。少しでも、家計の足しにしようと母が勤めに出ようか考えていた」
ふむ。
先程のケイティさんの説明と、今のユリウス様の話を総合すると、つまり。
「つまり、僕も、隠されていた現実、皆さんの例で言えば、政のドロドロした部分とか、見通しが立たない不安なところを知るべきだと?」
面倒なのは嫌だけど、嫌だと言って逃げ回れるのは幼子だけで、大人は現実に向き合わなくちゃいけない。
だけど、僕の内心を見通してか、ユリウス様はここで悪戯が成功したとばかりに嬉しそうに笑い出した。
「すぐ思考が先へ先へと進むのはアキの強みだが弱みともなるな。安心するがいい。帝国は心配されるほど問題は抱えておらぬし、他勢力の手を借りることで大きく飛躍はできるが、無くとも急に崩壊するような事にもならぬ」
「それを聞いて安心しました」
「だが、結果としてそうなった事を知らずに、ぼんやりと父母に感謝の思いを持つことと、大人の事情を知った上でその思いを持つことでは、重みが違う。そうだろう?」
そこまで話すと、ユリウス様は少し疲れた眼差しを向けながら、それはもう嬉しそうに目を細める。
「つまり、な。余が懸命に足掻いた様を見せても、アキが舞台の裏側を覗き見てしまったと失望するようなことはなく、それらを知った上で労いの気持ちを示してくれるだろうと期待したのだ」
いつまでも外行きの取り繕った態度では、親密にはなれぬだろう?などと語る態度は、まるで家族しかいない個室の中のような振る舞いだ。
他の皆さんの様子を見ると、誰も慌てておらず、こう振る舞う事は通達済みだったという事か。
そう考えたところで、シャーリスさんがふわりと隣に飛んできた。
「アキは広場から王達を見上げる市民ではなく、王がいるテラスで、その内幕の慌ただしい様を知る身内という事よ。所詮、国の頂点に立つと言っても、できる事は限られる。アキも少し知るべきよな?」
などとクスクス笑って僕の頭を撫でてくれた。
残念、どうも、後は立派な英雄の皆さんに丸投げ、という素敵な時間は終わる時が来たようだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アキはさらりと上空から地上の田畑を観測して、実りの状況を確認すればいい、なんて提案してますが、そんな話が地球で商業ベースに乗り始めたのは、地上を観測する商業衛星群の高精度化&安価になったからこそ成立するようになった平成くらいからの話であって、様子見の為に飛行機をその都度飛ばすのではとても採算は合いませんし、撮影データを比較処理するコンピュータも当時は陳腐でした。
ただ、こちらだと三万頭近い、それなりの頻度で散歩がてら空を飛ぶ竜族がいるので、云わば、相乗りさせて貰う形で観測機器を乗せるだけ、ってノリで済むんですよね。自前で人工衛星は打ち上げられないけど、打ち上げ衛星に相乗りさせて貰って、衛星を作るだけでOKな大学とかの研究用衛星とかのパターンです。
自前で空を飛ぶこともほぼゼロの大正時代前期くらいの世に、いきなり平成時代の宇宙規模のサービスを放り込むのだから、かなりのインパクトがあるのは確実でしょう。代表の皆さん、ご愁傷様です。
さて、代表達ですが、ユリウス帝が切り出したように、アキへの態度を一歩進めることにしました。これまでは実際の政に関わる部分、駆け引きなどは見せてこなかったですからね。要としての竜神の巫女は、各勢力について深く理解した上で中立を貫かなければ価値がない、言葉にすればそんなところですが、飾りでいるのも大変なのです。
次回の投稿は、八月九日(水)二十一時五分です。