SS⑧:竜神の巫女という最強の影響者《インフルエンサー》
前回のあらすじ:エリーが用意してくれた表は、各勢力が「個と群れ」のどちらをどれくらい重視しているかがわかりやすくて良かったです。話を整理した感じ、僕の絡む範囲が狭そうというのもいい話の流れでした。こちらの皆さんとの根本的な気質の違いにかなりショックを受けちゃって、トラ吉さんに抱き着いてたのはちょっと恥ずかしかったですね。(アキ視点)
今回は、第三者視点ということで、通常連載と異なるSS⑧の挿入としてます。
参謀達は別邸の庭先で、胸元に角猫を抱きかかえて会談しているアキの様子を見て、エリーからの忠告が正しかった事を強く意識することになった。こちらにくるまでは鳥を捌いたことすらなく、刃物を武器として扱う経験すらなかったという。それどころかあの歳まで生きていて、人の死に立ち会ったことすらなく、戦も海の向こう、遠い異国の地でのみ起こる出来事だったそうだ。
アキにとっては、種族という垣根は差別や恐れに繋がることはなく、事実、人も鬼も小鬼も、妖精も魔獣も、あの天空竜ですら、平和裏に交流できるなら、相手を尊重し、そして対等な隣人、友人であろうと振る舞っていた。
「アキは独りでこちらの世界に来た訳ですが、今の立場、ハヤト様とアヤ様の三女として生きることになったのは奇跡的な幸運であったと思ってます」
朝一の打ち合わせを終えた後に告げたエリーの言葉に、皆はその真意を測りかねた。皆の視線を受けてファビウスが問い掛ける。
「確かにあのように魔力が強くては日常生活を送ることすら儘ならなかったとは思うが」
言い方が曖昧だったとエリーは詫びて、改めて言い直す。
「申し訳ありません、より端的に言えば、日本にいた少年マコトが、こちらに単身やってきたとして、こちらで生きていこうとしたら、きっと、こちらの常識を学び、こちらの人々のように群れの一員として生きるしかなかったでしょう。考えてみてください。竜神の巫女と皆が認めるのは、アキだけがその立場にあると認められているのは、竜神子達が増えはしたものの、彼らと違い、アキはどの竜に対してもすぐ連絡が取れて話を聞いて貰えるからです。ある意味、竜族に対する最強の影響者なんですよ、アキは」
「それは理解している」
そうファビウスが告げると、エリーは目を細めた。
「本当にそうでしょうか? 私は一年ほど交流が深いので、皆さんより一、二歩は進んだ理解をしていますが、天空竜の皆様はある意味、純朴な心の持ち主達です。他の竜達とも交流を持ってはいるものの、それは衝突を回避するための浅い付き合いに過ぎず、或いは暇潰しに雑談をしてる程度の仲です。道具も用いず、文字もマーキングに使う程度、空を自在に飛び戦うという面では最強であることに異論はありませんが、文化的な面から見れば貧相そのものです」
この指摘には参謀達もその通りと頷いた。
「そんな竜達に対して、アキは雑談できる友達として、本人曰くペット枠か幼竜枠で、百億の民が五千年に渡って積み上げてきたマコト文書の知を引っ提げて現れたのです。アキは最強種たる竜に対して求めたのは一緒に空を飛ぶこと、それと研究仲間として参加する程度で、その前に異種族の友人として交流するのを第一としました」
これには、シゲンが反論する。
「いやいや、この一年で三大勢力は不戦協定を結び、帝国、連邦の首都にも大勢引き連れて舞い降りたじゃないか」
「不戦協定は、長屋の住人同士が諍いを起こしてるのを大家に仲裁を頼んだ程度の話ですし、帝国や連邦に訪問した際に天空竜がアキを連れて飛んだのは、子供の遠足に大人が同行した程度の話に過ぎないんです。我々にとってそれがどれだけ衝撃的であったかは勿論、私も理解してますが、アキと竜族の関係はその程度、ご近所付き合いレベルなんですよ」
竜が絡むと国境を軽く飛び越えて首都に足を伸ばすような真似をしたり、小手先の技のように戦略級術式をぶっ放してくるから勘違いしがちだが、そういった力の部分を取り除いて、アキと竜達それぞれの関係を見ていくと、個人的な関係に終始してることがわかる、と告げた。
マサトミが手を上げた。
「それは竜族側に国家のような組織が存在しないから、自然と個人的な付き合いとなっているだけではないか?」
「それはそうです。でもですね、少し前振りが長くなり過ぎましたが、こう考えてみれば、今がどれだけ幸運かすぐ理解できると思います。もし、皆さんがアキのように竜族と交流できるなら、心話を用いて一時間に満たない僅かな間に長年の友人のように親密な関係を築けるなら、何をします? 何を求めます?」
エリーは参謀達の心を見透かすように、王女としての顔で笑みを浮かべた。そして、問われた参謀達はと言えば、近衛以外は皆、冷水を浴びせられたような表情を浮かべた。
「……エリザベス殿、申し訳ないが私にもわかるように話して貰えるだろうか? 皆は理解できたようだが、私には竜達と話せることが、顔色を変えるような意味を持つとは思えないのだ。私にはアキのように異世界の膨大な知もない。妖精界の荒々しい竜達が、こちらの竜のように穏やかで話が通じる連中だとしても、私達と竜族だけでは、今のような関係は築けなかった。それだけは理解できる」
近衛はふわふわと飛びながら、悩みを素直に打ち明けた。そして、これには他の参謀達も自分達との違いに気付く。ホレーショが認識の違いについて触れる。
「妖精達は周辺国の連合すら軽く蹴散らすほど強い為に、竜族の威を借ることに意味を見出さなかったのだろうが、想像してみてくれ。例えば周辺国の密偵達が見ている場で妖精達と竜が親し気に交流してる様を見せる。そして周辺国の上空を竜達が飛びながら、行軍している軍勢を興味深げに凝視していた、とする。きっと、それだけで周辺国は合同軍を動かすのを撤回して、どれほど竜と妖精が親密な仲なのか関係を知ろうと尽力するに違いない。実際には単に雑談をしてる程度の緩い間柄であったとしても、周辺国はそれを知らない。そして群れで生きる自分達の常識に照らし合わせて、妖精族に手を出すことが竜の逆鱗に触れる行為ではないか、と疑心暗鬼に陥るのだ」
結果として妖精族は戦争を回避できるどころか、軍勢を動かす必要もなくなる、と話した。
近衛もこの説明になるほど、と頷いた。
「確かに、我々は内情を知っているから、毎日のように足繁く、多くの竜達がロングヒルに通う様を見ても、軍事的な意味での繋がりなどないことを理解している。しかし、外から様子を眺めるだけでは、ロングヒルに手を出したら、手を出そうとしたら、空を飛んでいる竜達がその行為を咎めてくるのではないか、と不安に思うだろう」
シゲンが笑った。
「不安どころの話じゃない。空を飛ぶ竜は一柱や二柱じゃないんだ。そのうちどれだけが動くのかもわからない。我々は竜達は個で生きていて、何かあっても群れとして共同で動くようなことはまずないと知ってるが、純軍事的視点で考えれば、何十柱か動くだけで国が滅びかねん以上、確信が得られるまで刺激するような真似はできんよ」
一柱が怒鳴り込んでくるだけで、城塞都市が消し飛びかねないんだ、と困り顔までして見せた。
「……確かに我ら妖精族とて、一柱、二柱程度ならまだしも、何十柱も来られては危うい。それに竜達は連れ立って飛ぶことすら稀だが、別に纏めて動かずとも、何柱かがあちこちを襲うだけでも十分酷い話か」
「そういうことだ。天空竜は活ける天災、それが意図を持って襲ってくるなんて話は、その可能性があるだけで、為政者達が戦を選ぶどころじゃなくなる緊急事態って奴だぜ」
ここでエリーが話に割り込んだ。
「話を戻しましょう。皆さんも荒事に長年携わってこられただけあって、やりようによってはいくらでも竜族の威を借る真似ができることには思い至りました。そして、もしアキが生きるためにこちらの流儀を深く学んだなら、その思い付きにマコト文書の裏付けを添えて、きっと竜族との関係を自陣営の利になるよう活かしたでしょう」
考えただけで悪夢だ、とエリーは大げさに嘆いてみせたけど、これには参謀達も頷くしかなかった。
「けれど、幸いなことにアキはこちらの人々との交流は僅かにする程度で、あちらの感性のまま暮らすことができました。そして、そんなアキは、皆さんと違って竜族との関係を自分が所属する勢力の為「だけ」に活かそうとはしませんでした」
「部族単位でバラバラな竜族に新たな枠組みを設けさせて一つに纏まるよう仕向けているのは?」
ファビウスの問いにエリーは苦笑しつつ答えた。
「それは、いちいち各部族の長に言って回るのが面倒だから窓口を一つにしようという話と、竜族とも隣人として仲良くしていく為には三万柱に個別に話をするのは現実的ではないから、竜達の間で認識合わせできる体制作りをして貰おうってだけですよ。あくまでもベースは個なんです」
身も蓋もない話と告げると、雲取様が竜族の窓口に就任した件も、窓口を通じてやり取りすれば、あちこちに告げて回る必要がない、と竜側も利便性を認めた事を思い出した。
◇
これまでの話は前提として、とエリーは結論に入る。
「そして、アキは竜族にとって最大の影響者であり、アキがミア様の思考の多くを真似たように、竜達も間違いなくアキの思考に引き摺られる事でしょう。だからこそ、アキの持つ気質を我々の側には決して寄せてはいけないんです。我々、地の種族の為政者達のような思考で行動する竜族などという悪夢を、自分達から招くような真似をしては駄目です。それは終わりなき地獄以外の何物でもありません」
地の恵みで生きていけるように、人口は適切に管理しなくてはならない、などと竜族が熱心に振る舞い出したらどうなるか。自身の手を汚す事を厭わないなら、過去に戯れで襲っていた災竜達と違い、為政者としての善意から、心を痛めつつ地の種族を間引いていくだろう。それが面倒なら、互いに戦をするよう仕向けるのも手だ。
……碌な未来にならないのだけは確実だ。
竜族の寿命はとても長く、それに合わせて気長なところがあるから、何世代もかけて地の種族が適切な数になるよう、人種改良しだすかもしれない。より温和で争いを避け、足るを知る世代になるよう介入するのだ。
マコト文書の知には、それを可能にするだけの手法と歴史という名の成れの果てまで含まれている。やろうと思えば、別に虐殺せずとも、民族浄化をしでかす手法くらいいくつも思いつけるだろう。
「貴重な提案に感謝する。それで、そうならない為の助言はあるだろうか?」
ファビウスが促すと、エリーはにっこりと笑みを浮かべて、勿論あります、と話を切り出した。
「あります。わかってしまえば簡単なことで、しかも竜族相手にも通用する手法です」
「ほぉ」
これには参謀達も興味津々、続きを話すよう促した。
「多分、シゲン様ならライキ様から話を聞いているかと思いますが、アキに対しては親しい友人としての関係を築けるよう、偽りの態度、取り繕った言い回しはせず、子供と仲良くなるように心を開いていけばいいんです。あくまでも個人と個人として近しい関係となるよう振る舞ってください。役職や立場など話題のネタ程度に捉えておけば十分です」
私も王女って大変だね、で軽く流されたんですよ、と話すと、皆もアキとの初会合を思い出して、なるほど、と頷いた。
近衛がふわりと前に出た。
「その姿勢が竜相手でも役立つ理由は何だ?」
「それは竜達にとって、あくまでも関係は個と個の間で結ぶものだからです。それに彼らは地の種族の国や活動に大して興味はありません。交流するのが楽しい個かどうか、そこが第一で、役職や立場などオマケに過ぎません。彼らにとっては、義務感で交流するような意味もないので、興味を持って貰えなければ、そこで関係は終わりです。アキほどに、とは言いませんが、竜が相手であろうと物怖じせず、積極的に仲良くなれるよう頑張りましょう」
ふむふむと皆もある程度は納得したものの、彼らは自分達の立場上、どうしても聞いておくべき事項があった。シゲンが口を開いた。
「しかし、酷い矛盾を強いられてる感が否めんな。竜族は今の個で生きるままが良く、我々、参謀本部に求められた浄化作戦の遂行は、単なる個を集めただけでは難しい。個のままでは作戦が非効率化して、時間ばかり浪費することになってしまう」
確かに竜族に地の種族の流儀で動かれるのは悪夢だが、と告げる。だが、これに対してエリーは、シンプルな答えを示した。
「きっとアキなら、長命種らしく数百年くらいかける気持ちで取り組めばいいじゃないですか、とか言うでしょう」
単発で終わる浄化作戦と、その後に延々と続く時代を比較すれば、どちらを優先すべきかは一目瞭然、と笑う。
ファビウスがこれには音を上げた。
「我々、小鬼族からしたらそれは十世代以上かけて、という意味になってしまう。長命種の視点も理解はするが、同様に我らの時にも理解を示して欲しい」
この嘆きには人族のホレーショも続く。
「それには私も同意見だ。聞けば、あと百年もしないうちにこの惑星の全ての地を探査し終えて、海を越えて多くの国と繋がることになると言う。「死の大地」ばかりに時間を掛け過ぎるのは良い選択とは思えないな」
二人の剣幕にエリーもまぁまぁと宥める方に回る。
「先ほどの話は、それくらい慎重に行くべき、というだけで、流石にアキも何百年も費やす気はありませんよ、きっと」
それに自分の意見も参考程度に考えて貰えれば、などと言葉を濁してエリーは話を終えた。ちょっと注意を促す程度のつもりだったのに、何故かがっつり取り込まれるような雰囲気になってきたので逃走を選択したのだった。
しかし、参謀達はアキが人形操作の技法を突破口に、竜族の文化・社会を同技法の人形抜きには成立しないよう変性させてしまうくらい、長命種なら狙っていきましょうよ、などと煽った事実を知っている。だいたい、「死の大地」の浄化にしたって、統一国家樹立に華を添えるのに丁度いいとか言ってたくらいで、実のところ、色々と諸勢力に利はあるものの、さほど急ぐ気がないのはバレバレだった。
かくして、参謀達は今後の話し合いの場には、多少でも絡む時には必ずエリーを巻き込もうと決めたのだった。そして、皆との意識の根本的な違いにショックを受けて呆然としていたアキを上手くあしらって、歳の離れた繊細な心の子供相手にどうしていいか戸惑いを隠せない参謀達に対しても、気配りをして両者を繋ぐよう気を遣うエリーを見て、その決意が正しいことを確信したのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
本作における重要なシーンなので、第三者視点のSSを挿入しました。
派手なドンパチがある訳ではないんですけど、地球、というか日本育ちのアキが、こちらの人達と決定的に異なる感性を持つこと、そして、それがいい、そのままでいて欲しい、とこちらの人達に思われた、という印象的なシーンでしたからね。
よくある異世界転生モノだと、平和ボケした日本人気質のままでいたら生きていけないぞ、と現地の流儀を懸命に覚えるとか、逆に圧倒的な実力をもって現代倫理無双で現地人の流儀を蹂躙していく、なんてのをよく見かけますが、本作はそのどちらでもなし。
ってとこが明確に表れるシーンだったので、丁寧に演出しました。
アキがもし、もっとどっぷり街エルフ達の文化に浸って、彼ら目線の歴史観「竜族死すべし、慈悲はない」を持つようになっていたなら、いつ牙を剥くかわからない活ける天災たる天空竜達との交流も、本作ほど穏やかな流れとなったか、かなり微妙なことになってたでしょうね。
何せ、竜族が駆使する竜眼について、詳細不明ってとこからスタートですから。内心がバレないように振る舞うのはアキもやればできるけれど、心話ならともかく、初期の恐れを抱いてる状態では、身体反応まで完全に制することなどできなかったでしょう。
で、最初にそうしてすれ違いと互いを探るような距離感が生まれてしまったなら、そこを乗り越えて仲良くなっていく、というのはまぁ、奇跡のような何かでも起きないと無理だったんじゃないか、って気がします。
さて、次パートからは普通の本編に戻ります。
次回の投稿は、八月二日(水)二十一時五分です。