20-9.竜神の巫女アキと竜族の感性の近さ(後編)
前回のあらすじ:参謀さん達やエリー、それにケイティさんやジョージさん、お爺ちゃんもいたのに、僕だけが、物事の見方が根本的に違ってる、きっとこちらの世界の誰とも違う……そう確信できてしまったのがとってもショックでした。(アキ視点)
どうして、それほどショックだったのかわからないけど、この時、僕はそれはそれ、と気持ちを切り替える余裕すらなく、酷い孤独感に苛まれてしまい、トラ吉さんに必死にしがみ付いてたようだった。
ぺしぺしと肉球で顔を撫でられてることに気付いて、そっと顔を上げると、少し心配そうな表情をしながらも、静かに待っているエリーや参謀の皆さんと目が合った。
……これは恥ずかしい
「より刺激的な言い回しの方が衝撃があると思ったんだけど、予想以上に効き過ぎちゃったわね。ちょっと、この表を見て頂戴」
エリーが合図すると、諸勢力の国民気質について、個人と群れのどちらを優先するのか、その割合を示した表が幻影で映し出された。
「この数値は私の感触に過ぎないから、聞く人によっては値は変わってくる参考程度の内容だと思って。左端が群れの活動を持たない獣、右端は個の意識を持たない群体系昆虫として、関係勢力の国民気質がどこに位置するのか示してみたわ。ロングヒルはその身に狂気を宿す、と言われてるくらいで、実のところ、連合内でも偏ったところに位置してる。個も考慮する中では限界ってとこね。連邦は人口が少ないから集団維持を最優先せざるを得ない、帝国の前線にいる部隊は己の未来を戦の運命に委ねて任務に徹するくらいだからやはり極端な群れ優先ってところ」
エリーは表を指差しながら説明してくれる。
つまり、連合内でもロングヒルの男達はヤバい、一旦スイッチが入ると殺戮機械と化す、と引かれてるって感じか。同じ帝国でも後方勤務の人達は前線要員ほどには個を捨ててないし、連合はといえば、そんな帝国に比べても群れを優先する意識が薄い、と。
共和国は世代間に結構差があるという認識か。年配層は滅私奉公だけど、若年層は個人を優先する比率が高め。国民の義務も納税してれば自身は参加しなくてもいいんじゃないか、とか言い出す若者達も出てきてるとヤスケさん達も嘆いていたもんね。国民としての所属意識、参加意識を持ってなければ、いくら納税してくれても、それは仲間とは言えない。
「僕が個人優先の範囲内では一番、群れ寄りだけど、僕より右、竜族以外の諸勢力は個人と群れなら、群れを選ぶってことだね。その度合いには結構幅があるけど」
「そういうこと。で、問題の竜族は群れの意識がある中では一番個人寄り。群れへの意識は必要最小限。それも私達、群れで生きる種族からすれば、辛うじて群れとしての活動も見受けられる程度ね。それでも群れを作らず個で生きる獣に比べれば百倍マシだけれど」
こうして表にして国民気質のバラつきを見える化してくれたおかげで、コレを統一国家として纏めることの難しさも一目瞭然だ。
「凄く分かりやすいよ。それで竜達は今のままだと共同作業すら儘ならないくらいだから、多少は右に寄せる必要がある。だけど群れ優先思考が強まるほど、統一国家樹立後の平和な世では争いの火種となって残ってしまうから、できるだけ今のように個で動いてるくらいに左に寄ってて欲しい、って話だね」
「まぁね。それと統一国家樹立となれば、群れを優先する度合いが高過ぎる勢力は逆に左に寄せていく必要も出てくるわ。これは今の各勢力が持つ国民気質における「群れ」を優先して、他勢力との融和への障害となるからよ」
「統一国家としての群れと、今の各勢力としての群れで、今の勢力を優先されたら、統一国家は空中分解しちゃうから、そこは確かに重要かな」
話をしているうちに、だいぶ心が落ち着いてきた。誰も彼も狂信者レベルで覚悟が決まってる訳じゃないし、今がそうであっても、それが最善と思ってもいないと教えて貰えただけでも、かなり安心できた。揺るがない信念と覚悟がキマッてる人々なんて、会話が成立しないからね。会話ができてるように見えて歩み寄る気ゼロなんだから、それは会話じゃなく、単なる意見表明の場に過ぎない。
「えっと、それで、さっきの話だと、僕は今のままでよい、というか群れ優先側に動く必要はなくて、竜族が浄化作戦を遂行できる必要最低限だけ、群れ側に動かすよう注意していけばいいんだったよね?」
勢力は沢山いるけど、注力するのが竜族だけなら話はだいぶシンプルだ。
「そうよ。地の種族の国民気質を見直していくのは代表達の仕事なのだから、アキは口出しすべきじゃないし、する気もないでしょう?」
「揉め事になりそうなら別だけど、そうじゃなければ手を出す気はないよ。だいたい、どこが落し処かだってわからないからね」
実際には世代交代の関係で、帝国は多少のドタバタは合ったとしても急激に左側に寄っていく筈だけどね。人族の今の世代が老いる頃には、もう帝国には種族間で争ってた時代を体験してる人達も殆どいない、なんて話になってるのだから。長命種の鬼族や街エルフは逆に意識改革にかなり苦労すると思う。百年かそこらじゃ、社会を担う層に殆ど変化がないんだから、そんな人達に生き方を改めろ、と言ってもそうそう簡単に切り替えられるとも思えない。
まぁ、そっちはお任せするとして。
「それで、僕の立ち位置、ある程度は群れに尽くすけれど、個より優先はしないってところ、そこを変えないこと、それと竜族と共感できることって言うのは、個人主義がとても強い竜族に共感して寄り添う理解者がいないと、竜族の意識改革に問題が起きることを危惧してたりする?」
エリーは、そうよ、と頷いた。参謀さん達はどうだろう?
「シゲンさんは、僕の立ち位置がなぜベストだと思われます?」
話を振ると、彼は視線を少し下、トラ吉さんに向けつつ口を開いた。
「落ち着いてきたなら、抱きしめてる角猫を離してやったらどうだ?」
ん。
「にゃー」
そうだぞーってトラ吉さんも抗議の声を上げた。その割には逃げ出さないでいてくれるのはありがたい。
「まだ寂しい気分なので、もう暫くはこのままです。気になさらず、どうぞ」
まだ、ちょっと孤独感がキツい感じなんだよね。理解し合える多くの部分がある人達がこうして周りに集っていてくれていて、心に溜まっている感覚は偽りなのだと頭では理解できてるんだ。
ただ、そう割り切れない部分が残ってて。
胸元まで抱きしめていたトラ吉さんを膝上に乗せるように姿勢を直して、と。
そんな僕の譲歩に、シゲンさんは少し呆れた顔をしながらも、一応、問いへの返答をしてくれた。
「それは、アキの各種族への態度が、統一国家樹立後の国民気質に相応しいと思うからだ。実際に皆がそうなることは無理だろう。だがどうあるべきか、その指針となる者がいてくれるのは有難いんだ。考えてみてくれ。先入観を持たずどの種族にも、あの竜族も含めて平等に接する意識が、その表での群れ優先、つまり今の勢力を優先する意識が強い俺らの中から出てくると思うか?」
そう言われてみると、竜族と鬼族だけで比較してもあまりに生き方が離れ過ぎてて、理解を示せればそれだけで賞賛されるレベルな気がしてきた。それに現勢力の為に個を犠牲にすることを厭わない人々が、その勢力への帰属意識を薄めて、新たに用意された統一国家という新しい群れこそが理想、と意識を切り替えられるだろうか?
それに、そこは別としたって、あの天空竜を相手に、竜神と崇めてる人々もいる現状から、隣人として仲良くしよう、お友達だよ、と意識を切り替えられるかと言えば、まぁ、それはそれで無茶な気はする。少なくともボトムアップ式に今の勢力だけ並べた状態から、そうした意識が出てくるかといえば期待するのは無茶だろう。
でも、求める姿、結果が常に示され続ければ?
ゴールも判らず、ただ今より良いところを目指せ、というより、人々も方向性が明確になるだけでも、進みやすくはなるだろう。
「地球の歴史からすると、各勢力が自力で独立を維持できてる間は難しいでしょうね。地球では、これ以上争い続けたら惑星が滅ぶと悟って、話し合いと調整をする組織、国際連合を設立したくらいですから。そして、組織は作ったものの、それなら世界統一政府が近くなったかといえば、それどころか、組織が制度疲労を起こして空中分解しそうになってるくらいです」
そう説明すると、ファビウスさんが手を上げた。
「群れの論理で必要だからと説明しがちな我々に対して、その提案を受けた竜族の意識に寄り添い、その心に共感して、彼らが許容できる範囲での落し処を提案できるアキがいてくれた事は、正に天の配剤、運命の導きだろう」
なるほど。
「確かに、竜族の感情表現やその意思を読み取るのに皆さん難儀されているようですから、暫くは僕の方でフォローしていくことにしましょう。心話ができればだいぶマシなんですけどね」
ん、ケイティさんが手を上げた。
「アキ様、心話で心を触れ合わせれば何でも理解が進む訳でない事は、リア様の例からも明らかです」
むぅ。
「それはそうですけど。まぁでも、共通の話題、体験があれば親密な交流に繋がる事も期待できそうですよね。あ、確かジョウさんからの提案で、若雄竜の三柱と山に登って「死の大地」を眺めて、それと仲良くなったら空も一緒に飛ぶんでしたっけ?」
そう話を振ると、参謀さん達は近衛さんを除いて、皆さん、色々と気乗りしない部分があるようで、露骨に嫌そうな表情を浮かべてきた。
まったく。
嫌いな野菜を出された子供みたいな顔をして。実際に登山に参加した方々は有意義な体験だったと話してた件とか、指揮官は報告を受けるだけじゃなく自分の目で現地を見て回るものとか、実際に空を飛ぶ竜族の感覚を多少なりとて体験しておけば、作戦立案にも役立つ筈、と言ったように、これ幸いと畳みかけて、事前準備作業に携わったエリーもいるのだから、二回目となれば登山も楽になるよ、と逃げ道を塞いだりもした。
飛行服を着て竜と共に空を飛ぶ件も、天空竜のパワーなら、人族でも鬼族でも大差がないから大丈夫と説明して、後は竜と仲良くなって、空に連れて行ってもいいか、と思えるくらいの間柄になれば良いだけ、と飛行までの段取りまで軽く説明してみたりもして。
……そうして取り繕った態度が崩れ去るような話を続けることで、心に残っていた孤独感が薄れていくのが感じられた。こうして話をしている相手が、自分に近しい部分、感性も持ってる人達なのだと確認することもできたから。
最後には、すっかりリラックスできたおかげで、トラ吉さんから抱っこはもうお終いと、肉球プッシュを頬に当てられることにもなった。それでも、膝上から離れても、テーブルの上に場を移しただけで、手を伸ばせば届くところで香箱座りをして見守ってくれてる振舞いがとっても嬉しかった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
エリーの話す内容が表なしだとイメージしにくいかと思いまして、イメージ図を入れてみました。
本文でも触れてるように、連合内に多くの国はあれども、ロングヒルは北限の守りとして、連邦、帝国相手に長年対峙してきただけあって、バリバリの戦闘国家だったりします。銃弾を耐弾障壁で無効化しながら、バスタードソードをエンドレスに叩きつけてくる狂戦士達なのです。
なので、連合内でも、あぁロングヒルだから……と言われるくらいにはドン引きされてる連中だったりします。本編ではその中でも選りすぐりの理性的な人物達しか出てきてないので、アキも戦場におけるロングヒル人達の暴れっぷりはイマイチ理解できてないですけどね。
あと、戦いとなった途端、スイッチが切り替わるだけで、別に普段から粗暴という訳ではありません。必要と意識した途端、覚悟が100%キマって、一切の躊躇なく剣をぶっ刺してくるだけです。
トラ吉さんのフォローもあり、何とか最後は和気藹々と終えることができました。まだまだアキがトラ吉さん離れするのは難しそうですね。
次回は変則的ですが、SS⑧「竜神の巫女という最強の影響者」になります。今回の話の第三者視点になります。
次回の投稿は、七月三十日(日)二十一時五分です。
<Tips:戦における長槍、バスタードソードについて>
この世界でも長槍を構えた槍衾は対人戦では効果が高い。ただ、対人と言ったように、対小鬼となると本編でも以前触れたように、体格が大きく違い、前傾姿勢になって突っ込んでくる小鬼となると、腰より高さが低いこともあって、当てずらい問題が出てきてしまう。振り下ろしでも、小鬼ほど小柄だと槍の間に滑り込まれる可能性も何気に高い。そして長槍なんぞ構えて身動きが取れない部隊が肉薄されれば、まともに防御姿勢もとれず切り刻まれるのがオチなのだ。
そして、それなら鬼相手ならどうかといえばこれもまた微妙だったりする。鬼達が用いる扉盾となると、人族の槍では貫くことなどできず、鬼族の突進を止めらられる筈もなし。鉄棍を振り回されるだけで、長槍など枯枝のようにへし折られてしまうのだ。そして鉄棍が届く範囲に入ったなら、それは確実な死を意味する。何をやろうと交通事故で跳ね飛ばされる人のようなモノだ。
本編では、鬼人形のブセイが総武演の公開演技で鉄棍を振り回し、魔導甲冑兵達が防ぎきっていたが、アレは血反吐を吐くような思いで猛練習をしたからこそ成し得た曲芸といった方が妥当だったりする。飛ばされて勢いを殺せる角度で振っていたからだ。振り下ろしを受けたらそのまま潰されてしまうし、突きなら、盾と片腕、それと胴鎧を犠牲にしてなんとか重傷で済ませるのが限界だろう。
なので、ロングヒル人の近接用武器はバスタードソードなのだ。武人の蛮用に耐える頑丈さ、威力、小回りの良さが好まれているのだ。彼らの振り回すバッソを片手剣で受ければそのまま押し斬られてしまうし、盾で受け流しをするのも高い技量が必要だ。下手に受ければ受け手が折れてしまうのだから。他国の兵士はバッソみたいな中途半端な武器は使わない、というか使えない。片手で扱うには重過ぎるし、両手で扱うなら両手剣の方が使いやすいからだ。
それと、魔導甲冑兵が両手剣を装備してるのは鎧の補助があるから例外であり、ロングヒルの兵士であっても立ち木打ちのような訓練時でなければ、両手剣は使わない。
で、両手剣を一般兵に装備させてる国があるかというと、連合では存在しない。戦争の主力は、耐弾障壁を貫通できる術式が付与された太矢を放つコンパウンドボウガンだからだ。本作のコンパウンドボウガンは自動巻き上げ機構と自動再装填機構と加速術式付与があり、長弓を超える連射性能と伏せ射撃姿勢を両立できてライフル銃並みに威力もでかい、というのもあって、近接戦闘距離であってもコンパウンドボウガンでの連射を優先するよう兵士を訓練してる国も多いのだ。銃剣突撃を敢行する英国みたいな変態国家もないではないが、普通は室内戦闘であってもアサルトライフルを構えて突入、連射して倒す訳で、まぁ、妥当な選択と言えるだろう。コンパウンドボウガンはその形状では銃剣の取り付けには向かないので、近接用武器は補助武器扱いでナイフを持たせる程度と言うのが、一般兵の定番である。
それなら、探索者なら両手剣使いがいるかというと、これもまた微妙だったりする。その名の通り探索メインなので無駄に重くて嵩張るだけの長大武器は好まれないのだ。
<両手剣使い>
では、本作世界において両手剣使いは存在しないかというと、本編でも描写されているように人族なら魔導甲冑兵のように対魔獣、対鬼を想定するような兵科では使う場合があるし、鬼族もセイケンの付き人でもあるレイハは刃渡り二メートルを超える大太刀を精妙に使いこなす手練れである。まぁ、両手で用いる刀剣の使い手が少ないのは確かだろう。