20-4.祟り神という呼称は妥当か?(前編)
前回のあらすじ:参謀さん達と呪いの在り方について、シゲンさんの体験談を元にあれこれ考えてみました。結論としては強大ではあるものの、群れの強さを持たない集団に過ぎない、って感じになりそうで、そこはホッとしましたね。ただ、参謀さん達は、ロングヒルにいる皆さんほど淡泊ではないようで、これからは反論タイムっぽいです。(アキ視点)
さーて、討論会の初手は、取り敢えずいい感じに主張できた。何せ人数比で相手は五倍もいるからね。主張する時はできるだけ前に進んでおかないと。
さて。誰から発言してくるかな? ん、ホレーショさんか。
「なかなか興味深い意見だった。現時点で若干、肯定する要素はあり、否定要素はない。呪いについての研究が進むまでの間は暫定方針として据えても良いだろう」
おや、手放しで褒めてくれた。
「ありがとうございます」
っと、そんな訳ないか。僕の返事を受けると理解ある笑顔を浮かべながら、ふと思い出したと言ったように話を切り出してきた。
「ところで、以前、アキは「死の大地」を覆い尽くしている呪い、ソレを総体として祟り神と称した。だが、先ほどの仮説では、呪いの基点は動かず、それぞれの間を力が譲渡されるだけ、と想定していた。群れとして役割分担する訳でもなく、一つの基点が保有する呪いの力、呪力としておくか。その呪力が高まることはあっても、基点間での連携行動もなさそうだ。そうなると、総体としての存在、祟り神と称する、「死の大地」を覆い尽くした超個体といった存在は実は存在しないのではないか、とも思える。その点についてどう考える?」
ほぉ。
「そもそもトップダウン式の意思決定機構が存在していない構造であり、単なる寄せ集めに過ぎないのであれば、全体を一つの存在と看做す呼称は不要ではないか、ってことですね。あぁ、いちいち、「死の大地」を覆い尽くしている呪い、と言うよりは呪いの力を呪力としたように、彼の地の呪い全体を指す言葉として祟り神という名称があってもいい、くらいのニュアンスかと思いますけど」
「同意しよう」
さて、この問題だけど、話としては結構シンプルだ。脳に意思決定器官はあるのか。つまり意思決定を行う小人さんだ。意思決定を行う専用の器官がトップにあるというピラミッド構造をイメージすると、実はその小人さんの意思を決める器官は? というように話がループしてしまい、結論が出せなくなってしまう。突き詰めれば最後に意思決定細胞が一つに決まる? 極論すればそういう話だからね。
「先ほど、例えで小魚の群れの話をしましたけど、小魚一匹ずつは近い位置の他の魚との距離と位置に対してシンプルな論理で行動を決めているだけで、魚群全体における自分の位置を踏まえて行動をしてる訳ではないけど、魚群全体でみるとまるで一つの意思を持つかのように全体が統一された動きを持って振る舞ってるように見える、という特徴があります。同様に祟り神も、末端の呪い同士の振舞いはシンプルで呪力の譲渡をし合う程度ですけど、「死の大地」全体で見ると、呪力の配分が北東を分厚くするように変わってます。国と同じですね。国民一人ずつで見ると大した事は考えてないように見えるけれど、大勢集まると、代表ですら無視できない大きな意思のうねりのようなモノが生じるでしょう?」
この説明には、一応、皆さんも頷いてくれた。近衛さんも頷いてくれたのはちょい驚いた。
「おや、近衛さん、妖精の国でもそういった動きはありますか」
「あるぞ。例えばこちらの世界への熱意と召喚枠の更なる拡充を求める要望だ。女王陛下であっても民が加熱し過ぎるのを直接諫めはせず、長い目線での関わり合い方と、平等に枠を開放すること、それに飛行船で妖精界の大空へと人々の興味を分ける施策を行うことにもなった。敬愛される女王陛下であっても、下手に水を差せば不評を買いかねん。アキの言ううねり、とはそういうことだろう?」
「はい。そう言えばお爺ちゃんも言ってましたね。ちと加熱し過ぎだから、息の長い取り組みになるよう加減してるって」
そう話を振ると、お爺ちゃんもその通りと大きく頷いた。
「あまりに熱狂し過ぎると、燃え尽きるのも早いからのぉ。それよりはじっくり長く炭火のように熱が続く方が良いんじゃよ」
そもそも儂以外、こちらに興味を持つ者が殆どいない冬の時代が長かった、とオーバーに嘆いてくれた。
おかげで、皆さんもあー苦労してるんだなぁ、と苦笑して、少し場が和む。
「同様に、我々の脳も大まかに情動を生じさせる部位や長期記憶を司る部位といった部分は見つかっているけれど、意思決定は脳全体が連携することで生じていて、決定を行う専用器官はないとされてます。祟り神も同様で、基点の分布が全て明らかになったとしても、明確に意思決定の中枢がここだ、とはならないかもしれません。というかその可能性が高いでしょう」
「ふむ。では祟り神、として彼の地の呪いが総体として振る舞う可能性はまだ残る、と?」
おー、踏み込んでくるね。
「結果としてそう見える振舞いをしてくる可能性は十分あります。ただ、そうならない可能性も十分あるんですよね。それは基点の位置が基本的に変わらないって部分です。脳が複雑な機能を有するのは細胞間の繋がりかたが自由かつ適宜変更できる点にあって、その点、彼の地の呪いの基点は変わりません。照明の魔法陣をどれだけ沢山ぎっちり書き込んだとしても、そこから召喚術式は生じないでしょう? 数は多いけれどその繋がり方は変化しない、というのは、脳と魔法陣なら魔法陣寄りです。ただ、それなら呪いの全ての挙動は予見できるか?というと、それもまた断言は難しいと思います」
「ほぉ。理由は?」
ホレーショさんがさぁ、話せと促してきた。
「先ほど、シゲンさんが紹介してくれた事例では、館一つが呪われている程度の規模でしたが、それでも過去と現在が混在するという理の歪みが生じていました。炎も小さな焚火程度なら人が簡単に制することができるけど、街を覆い尽くすほどに火が広がると上昇する気流が渦を巻いて炎を巻き込んで、天と地を繋ぐ炎の竜巻、火災旋風と化して全てを焼き尽くしてしまうでしょう? そうなるともう人の手には負えず逃げるしかない。焚火と違って近づくだけで焼け死んじゃうし、呼吸するだけで肺が焼かれてしまう。つまり、規模の拡大によって、その質も変わる例がある訳です。では呪いは? あまりに高濃度になった呪いは、やはりその質が変わるかもしれません。それが問題を引き起こすかもしれない根拠も一応あります」
「それは?」
「依代の君に、世界樹の枝から造り出した依代が損傷したら、因果律を無視して壊れる前に戻した結果だけ神力で得てみてはどうか、聞いてみたんです。でも彼曰く、世の理をあまり捻じ曲げ過ぎると良くないと理由はないが感じている、どれくらい曲げると不味いかは試してみないとわからない、って事でした。勿論、そんなの試すんじゃないと皆で止めましたよ」
現身を得た神の勘だから、それなりに説得力あるでしょ、と話すとホレーショさんは頬を引き攣らせながらも、何とか答えを絞り出してきた。
「止めてくれて幸いだった。神が不味いと感じるような話は是非、試す前に止めてくれ。できれば今後も思い付きで試そうとしないよう念入りに。……それで、館規模で過去と現在が混ざる歪みが生じたのだから、彼の地の規模であれば、どれだけ理が歪むか、それが何を意味するのかも予想できないと言う事か」
「ですね。例えば、世界の外、時間も空間もないような領域に近くなれば、天空竜が竜の吐息を叩き付けたとしても何も変化しないなんて事になるかも。我々には一瞬に見えても、世界からすれば、それは膨大な長さの時間経過が生じてることを意味する訳で、その時間がないとなれば、影響を与える、受けるという関係という概念も生じません。どう歪むか、予想する根拠となる理論もないので、叩き込んだ術式が百倍返しで戻ってくるとか、近付いただけで異形の化け物になり果ててしまうとか、ろくでもない結果にしかならない気はしますね」
何が起こるかわからないという、国民的RPGに出て来た呪文みたいな謎現象を引き起こす場、全てがあり、全てが定まらぬ混沌の極致、みたいな話かも、と補足すると、皆さんが物凄く渋い顔になった。
マサトミさんが手をあげた。
「帝国にあるという百箇所の呪われた地は、「死の大地」と違って時間を経ても規模の拡大はさほど見られてないと聞く。彼の地が呪いの規模を拡大しているのは地脈の流れを取り込んで、それを呪いの増大に利用しているからであって、その流れを止めれば縮小に転じるのではないか?」
ん。
「竜族くらいの長期目線で捉えれば、或いは地質学的な時間軸で言えばそれで合ってると思います。ただですね、もう現時点で館に比べれば十分過ぎるほど強大化しちゃってるので、我々の時間感覚で言えば、子々孫々まで被害甚大と成り兼ねず、そのルートは避けたいところです。竜族の方だって、今でこそ均衡を保ってるものの、若竜世代の不満はもうかなりギリギリですからね。地脈の流れを止めただけで、後は自然に減るまで待てるほど余裕はありませんよ」
あと、浄化杭は消耗品だから打ち込んでも何年か、持ったとしても何十年か後には機能停止しちゃうだろうから、あまり作戦の要として頼り過ぎても不味い、と告げた。
今度はファビウスさんだ。
「集まり過ぎた呪いが、予測不能の結果を招きかねない、その予想も否定しようがない事は理解できた。ならば、その呪いを薄める事も想定すべきだろうか。例えば呪いの闇を払った後、呪力の濃度が薄い地域に対して、強い思念波を叩きつけて基点を弱らせる作戦を行うというのはどうだろうか? 大きく呪力が減れば、増強していた北東地域から薄い地域に呪力を戻すかもしれん」
シゲンさんもまぁ一理あると頷いた。
「そうして、「死の大地」のあちこちで呪力を薄くする作戦を断続的に行って、祟り神の持つ呪力の総量を削っていくんだな。ある時点で「死の大地」全域を繋ぐだけの呪力が賄えなくなり、呪いの分布が分断された状態に変化していく。そうなればこっちのもんだ。同じ事を分断された領域ごとに行うことで、更に呪いは細切れになっていく。他との繋がりが無くなった呪いは、帝国領にある百箇所の呪いと大差ない。そうなればアキの言う通り、一か所ずつ丁寧に浄化して作戦完了だ」
いいね。
お、近衛さんが手をあげた。
「薄くして自然と千切れるのを待つのもいいが、基点の分布が明らかになれば、広い地域の基点の繋がりには、細くて切れやすい部分も必ずある。そこの基点だけでも優先して先に浄化すれば、基点なしに繋げられる距離にも限りはあろう。より早く分断できる筈だ」
ふむふむ。
「街道沿いの宿場町がある程度の間隔で設置されるのと同じですね。違うのは僕達は携帯食料を持つなどして、宿間の距離を伸ばせるのに対して、呪いには荷物を持ち運ぶような概念がなく、基点に蓄積された呪力によって、繋がれる距離限界が自然と決まる、と。これまでにも呪い特有の特徴、性質が色々出て来たから列挙してみましょうか。例えば――」
呪いは基点を中心に周囲を自身の領域とする現象であり、一見するとそれは城塞都市を中心に周囲を支配下に置く国のような振舞いに思える。けれど、呪いは生きておらず、過去を覚えていて、未来に備えるような振舞いはしない。呪いには現在しかない。
ただ、呪いの現在とは、呪いが成立した時点の陰惨な出来事、その時の出来事が場に焼き付けられて強く残り、理が歪むことで、それが時を超えて現在と混ざる。まぁこれはシゲンさんの事例ベースの考察だから、他のパターンもあるんだとは思うけど、呪いとして場が歪んで定着する切っ掛けとなった出来事があるという共通点はあるだろう。
そんな感じで、参謀の皆さんと一緒に、呪いについて思いつく限りあれこれ列挙して行った。実際にホワイトボードに列挙されていく特徴、性質を眺めてみると、ほんと生き物とはまるで別で、個という存在ですらない場、領域、現象というのが妥当に思えた。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
BardでURL指定による誤字・脱字チェックとかも試してみたんですけど、全然駄目でした。まだ暫くは頼れそうにないです。いずれ、投稿する際にチェックボタン一発で、問題箇所を指摘してくれるような機能でも搭載してくれたら最高なんですけど。
参謀さん達によるカウンターパート始まりました。まぁカウンターというか、考えの漏れがないか確認パートといったところですが。
ちなみにアキが話している脳科学関連の視点、内容ですけど、これ、MRI(脳科学で活躍してるのはその発展形のfMRI)、磁気共鳴画像診断が一般化、その精度、時間分解能が格段に跳ね上がった平成後期以降でないと通じない会話内容なんですよね。それまでは脳はブラックボックスで、あれこれ考えても裏付けが取れないので、議論が一定以上深まりようのない時代でした。
アキ曰く、こちらの社会構造、技術は部分的には地球を超えてる分野もあるものの、全体としては無線機や飛行機があまり普及していない第一次世界大戦以前相当です。なので、アキは当たり前のように話している「明確な意思決定機構を持たない脳細胞ネットワーク」なんて発想は、禁断の領域レベルの知識だったりします。参謀の皆さんは、代表達にだいぶ教えられたのか、アキの言うことは「取り敢えずそうなんだろう」と前提として認めた上で話を進めることができてますが、その内心はというと……。
この辺りもSSの方で補完しますね。アキ視点だと皆さん、理解があって助かるわー、くらいでさらりと流して終わってしまう部分ですから。
次回の投稿は、七月十二日(水)二十一時五分です。