第十九章の施設、道具、魔術
今回は、十九章でいろいろと施設や道具、魔術が登場したので整理してみました。
◆施設、機材、道具
【無線標識と受信機】
本編で紹介されていたように、どちらも起動すると指定高度まで上昇して、水平状態を保ちつつ、一定期間、無線標識は灯台のように回転しながら信号を飛ばし、受信機は届いた信号の正確な方位、高度を割り出すことができる。試作機には搭載されていないが、無線標識の本番機では、秘密保持のための証拠隠滅機能も取り付けられる予定である。
単純に一部の魔導具を焼く程度なのか、依代の君にお願いして、消滅術式を発動させて、文字通り消滅させるようにするか、なんてところはまだ未定だ。
光学迷彩の搭載については、空中で偶然何かに衝突する可能性は低いので、それよりは発見されてちょっかいを掛けられるのを避ける方が得策ではないか、なんて意見が強くなってきている。ただ、そんな機能を付ければ、その分、値段も上がる、消費魔力も増えるので最終的にどんな実装になるのかはまだまだ流動的である。
【模型飛行船】
馬車サイズの本格的な硬式飛行船。操船に関わる部分はちゃんと本番機を模して造られている。ただ、模型なので居住区画などは当然省略されている。アキは良くできてるなー、と喜んでいたが、これでもこれまでに個人で作られていたテーブルに乗る程度のサイズの模型飛行船とは使われている技術には格段の差がある。これは妖精界で本番機を運用することになり、いきなりは不味い、とこちらの技術者達が妖精界と並行で試験機をばんばん作って試行錯誤したのだ。勿論、財閥が潤沢な予算を提供しており、無人機による実用的な運用を見据えての先行投資だったりする。
ちなみに、これまでこじんまりとしか研究されてこなかったのは、やはり空の安全が確保できていなかったから、というのが一番の理由である。空は竜の領域だ。下手に飛ばして諍いの元になっては不味いという意識が働いていたのである。それがアキが竜族との交流を密に始めたおかげで、飛ばしても大して問題とはならないことが明らかになった。そうなれば、意欲ある技術者達はいたので、開発も一気に進んだのだった。
なお、飛行機の方は騒音問題があるせいで逆に発展が阻害されそうだ。内燃機関を用いず、一足飛びに静音レベルの高い電池駆動式にすればワンチャンあるだろうか。技術進歩的にはかなり高難度になりそうだ。
それと、衛星打ち上げに使っている飛行杖や、クロスボウガンが打ち出す矢に刻まれた加速術式は、燃焼に頼らず物体を加速してくれるが使われている分野を見てもわかるようにロケットの代替扱いであって、同サイズの内燃機関に比べると稼働時間が極端に短くて飛行機の推進機関としては妥当ではないのだ。街エルフの大型帆船にも加速術式は使われているが、それとて非常時用であって、常用できる代物ではないのだ。
◆魔術、技術
【人形操作】
同術式用に開発された専用の人形を光の糸で操るという技法であり、本編でも紹介されていたように、現在の魔導人形と違って自律的な機能が一切なく、それどころから制御系機能すら搭載しておらず、動力系とセンサー系、それと操者と繋ぐ為の通信機能程度しか搭載されてない、というかなりレトロな人形なのだ。その代わりシンプルなので強度はある。おかげで竜族が行使した人形操作による制御にも耐えることができた。これが現代基準の魔導人形なら過負荷で破損してたことだろう。
魔術によって展開された操糸はたるんだり絡まったりすることはないが、操者と人形は常に最短経路で結ばれる欠点がある。また操糸の展開できる距離もせいぜい十メートル程度と短い。
制御系を操者の身体機能に依存している為、必然的に操る人形も人型だけとなっていた。
過去の文献を漁れば、人型以外、獣のような人外パターンも試行された記録が出てくるかもしれない。ただ、現在までに残ってる人形操作用の人形は全て人型である。
また、街エルフの身体能力限界を打ち破ることを目的として開発された技法だったものの、大型化は上手くいかず、思ったよりパワーアップを図ることはできなかった。これは制御系を街エルフ本人に頼る為、サイズ感が違い過ぎるとまともに制御できなくなるからだった。大きさが違えば慣性の働き方もまるで違うのだから、ある意味、当然の結果だった。
【実寸大の人形の館】
竜が人形操作を用いることを前提として考え出された、実寸大の人形の館であり、現時点ではまだ構想段階である。羽を開くように大きく荷台が開くウイング車のように、使わない時は密閉状態の箱状、使う時には覆いががばっと開いてどこでもアクセス可能、といった具合で考えている。人形操作を発動すれば、操る人形は、人と同じように動き回れるので、家具や文房具は全て人用のそれが流用できるだろう。ただし、竜の高魔力で操ってる人形なだけに、触れる品もアキが使うソレと同様、特注の非魔導品でなくてはならないのが難点だ。数を揃えるとなるとやはり、一般普及品、魔術付与された普通の品でないと厳しい。耐久力上昇、強度アップなど普通にこちらでは普通に使われている技術なのだが、術式が過負荷で壊れたら、それ前提の設計なだけにすぐ使い物にならなくなってしまう。三柱への先行供給分はアキと同様の特注品で何とかするとして、その間に、より負担の少ない人形を運用できるよう技術革新を進めていくしかないだろう。
それと人形の館の家具類は、航空機のそれと同様、未使用時には完全に固定される工夫が必要だ。何せ、竜が抱えて空を飛んで運搬していく事になるだろうから。運搬中はさぞかし盛大に揺れまくるだろう。
【創造術式】
アキが創り出したリバーシ盤(初期バージョン)が強度不足で中央付近が凹んでいたように、創造された品は、ある程度までの変形は許容されるようだ。ただ、そもそも創造術式自体、短時間しか存在させられないことから、普段使いされるような術式ではなく、その研究もあまり進んでいないというのが実状である。例えば、剣を創造して、それが半ばから折れたなら、その瞬間、創造術式は崩壊して、剣は虚空に消え去るだろう。折れた切っ先は、全体としての剣ではなくなったからだ。しかし、ならば、一部を欠けさせたならどうだろうか? 剣の切っ先が潰れても剣は維持されるか? なんてところは、結局のところ、試して見たないと解らないのが実状だった。なお、竜爪でリバーシ盤やリバーシ駒を斬って消滅させていたように、術式自体を削り斬ってしまえば、そもそも創造された品は実体を維持できず消えることになる。
また、竜族が治療に創造術式を用いる場合、損傷した部位を補う仮初の生体を創造すると、少しずつ本来の細胞と入れ替わっていき、いずれ創造された生体が消えても、生きた細胞が残っているので傷は癒えた状態となるといった具合である。当然だが創造する範囲が広いほど、癒えるまでの時間が必要となり、治療が思わしくない結果となることもある。できるだけ素早い対処と創造で補う範囲を狭めることが成功の秘訣なのだ。だから、治療を行う竜の力量によって、治療の結果も変わってくる。腕のいい竜は頼りにされるし、下手な竜は邪魔もの扱いされるだけだろう。
それと創造術式は見た目だけイメージできればよいというモノではない。リバーシの駒にしても重さ、触感、材質、形状など思い描くべき情報は多岐に渡る。これが生体となれば、その難度は器物の比ではない。十九章時点のアキでは単純な切り傷を塞ぐ程度の真似しかできないだろう。臓器となると竜眼レベルの観察力と竜並みの知力が必要だ。
【位相変化】
自身の存在としての位階をズラすことでより低位の現象を無効化するという回避技である。これを使える為の最低条件は、他に頼らず自身を保てる、つまり時間も空間も何も存在しない無、世界の外に放り出されても、自身を維持できる程度の実力がなくてはならない。
つまり、自身の存在をある意味、世界の理の外側にズラすことで、自身への影響を無かったことにできるという具合だ。対象は現象、つまり物理だろうと魔術だろうとズラした自身の位階より低位でありさえすれば、全てを無効化できる。何とも無敵そうな技だ。
……ただ、本編で白岩様も話していたように、実際にはそこまで便利な技ではなく、こちらの世界では万物に魔力は宿っているので、ズラした位階に届くモノがあれば、それは無効化できず食らうことになってしまう。本人は無効化できるつもりだから、無防備状態で食らう訳でかなり手酷いことになるのだ。だから天空竜にとっては全身を包み込むような爆炎術式なんてのより、小さな短剣に篭められた高位階の魔力の方がよほど怖いのである。
同じ原理で、妖精族が放つ投槍も同様だ。アレは見た目通り、命中するまでの間、存在するよう創造された高位階の魔槍であり、竜からすれば針のような大きさだが、自身の鱗を紙のように貫通してくる厄介極まりない術式なのだ。当然、位相変化で無効化なんてのはまず無理。
竜族が妖精族を毛嫌いする訳である。勝ち負け以前に嫌な存在なのだ。
【鬼の武、その基礎】
人に比べて圧倒的な巨体とそれに相応しい膂力を誇る鬼族だが、その強さは武力と魔術を同時併用できるところにある。例えば、ジョージも何度か見せてる身体強化術式は、自身の身体能力を一定比率で強化してはくれる。だが、鬼族から言わせればそれは身体全体の強化具合を変動できる程度の制御しかでいない「雑な」術式扱いとなる。拳撃一つにしても、当たる直前までの力みは拳速を鈍らせる無駄であり、当てた時に力みが足りなければ拳を傷めてしまう。体の使い方にしてもどこかを収縮させる時は逆側は伸長させているというように、あらゆる行動は力みと脱力が同居しているのだ。だから鬼族は全身の骨や筋肉を動きに合わせて繊細に制していくのである。人と違い、魔力の濃淡まで含めて同時制御をできるのは鬼族にしかできない絶技と言えるだろう。結果として素早さと力強さを両立させつつ持久力のある巨体、というとんでもない達人の域に達するのである。
そんな鬼の武を、竜の身で実現しつつある白岩様もまぁ、竜基準から実は随分ズレてきたりしてる。雲取様が飛ぶことの技を極めているのに対して、白岩様のソレは基礎能力自体の引き上げなのだ。だから両者が少ない労力で飛ぶ、と言ってもその過程は大きく異なる。そして竜の技と鬼の技は両立できる。いずれ、雲取様も白岩様の飛ぶ様の本質に気付いて教えを乞うことになるだろう。より遠くへ、より高く、より速く、というのが雲取様の目指す姿なのだから。
【幻影術式】
妖精族が飛びながら自身に鳥の幻覚を重ね合わせることで鳥に擬態したり、記憶した様子を空に映し出すといったように幻影術式はあちこちで活躍している。幻影術式と映画などの投影との違いは、立体と平面の違いと言える。映画はスクリーンに投影することで映し出すが、幻影は立体でありスクリーンを必要としないのだ。だから、幻影の鳥を纏った妖精はどの方向から見ても鳥にしか見えないし、アキが創り出した幻影の銀竜はどの方向から見ても、そこに存在しているようにしか見えなかった。
ただ、アキも苦労したように幻影を動かすのはなかなか大変で、術式を維持しつつ、手作業で動きをずっと操作し続けるようなものだった。普通は魔導具に記録してそれを再生する、といったように自前でやるのは稀である。
そして術者がイメージして再現する仕組み上、複数の幻覚を同時に出すのは魔導具抜きには極めて困難だった。例えば幻覚で大きな樹木を創ることはできるだろう。しかし、枝や葉が風にそよぐ様を再現するとなれば、術者はその制御にかかりきりになってしまう。これが森ならどうかと言えば、できたとして止め絵が精々で、そこに個別の動きをイメージするのは、一人の術者ができる限界を超えてしまうのだ。
そういう意味では、何でも出せるといいつつ制約の多い術式と言えるだろう。術者のイメージに頼ることになるので、七柱の雌竜が雲取様を幻影で出したなら、多分、乙女フィルタの影響で実体とはちょいと違う幻影が出たりもしそうだ。
【召喚術式】
対象のことを認識し、経路が一定以上のレベルで繋がりさえしていれば、相手の事をよく知らずとも、その実体を召喚体で創造し、世界を超えて全感覚を完全同期させるという、術式を創り出した魔導師の苦悩が垣間見える狂気の超難度魔術である。
何せ相手は高位存在だ。そもそもどのような存在なのか、言葉で明確に語ることすら難しい「名状しがたき」存在であったり、そもそも定型すら持つか定かではなく、死すべき定めにある存在かどうかすら明確でない、冒涜的なこの世ならざる何か、時空すら超越した底知れぬ漆黒の深淵、狂気じみた現象、或いは理そのものか……なんてモノ、つまり人知を超えた連中=高位存在と言える。
なので、実のところ、生物としての肉体を持つ竜や妖精達は高位存在としてはかなり理解しやしい範疇に入っていて、信仰により存在する神である「マコトくん」もまた、その姿が魔力なき世界における「ただの人族の男の子」とされているのだからイメージもしやすい。
しかし、地球の世界各地にある神話に出てくる異形の神々、悪魔、天使といった連中となると、例えば座天使オファニムなんて「無数の目で覆われた4つの車輪」なんて具合で、そもそも生物の形状すらしてなかったりする。
召喚術式はそんな異形、というか人知を超えた存在、名状しがたきモノをこの世に降臨させる術式なのだ。だからこそ、召喚体の創造に必要な情報も、生々しく行動させるための情報も、それら全てを召喚対象から全て取得する、という思い切った仕様になっているのだ。これなら、相手が何であろうと、定型を持たぬ何かであろうと、とにかく召喚体の創造と感覚同期によってこちらでの活動までは行える、と。
アキは色々お任せ、相手が何であろうと召喚できて便利ですよね、などと言ってるが、まぁ、客観的に見れば、安全装置の付いてない欠陥術式もいいとこである。起動と維持に膨大な魔力を必要とするというハードルの高さもあって、歴史書を紐解いても発動されたのは数えるほどしかないのは幸いだった。
そして、今回、召喚体の創造に必要となる情報の取得を毎回行うのではなく、手元に確保しておけば通信量の大幅削減、つまり起動に必要な魔力の大幅な低減を行える可能性が示唆された。同時に、感覚同期についても「何であろうと完全同期」という過剰性能を最小限に抑えることでやはり、維持に必要な魔力を大幅に低減できる方向性が見出された。
これまでは召喚術式とは歴史に残る偉業、片手で足るほどの奇跡であったのが、そんじょそこらの一流魔導師程度でも行使できる……ようになるかもしれない、という訳である。あぁなんて素晴らしい、夢のような世界だ、と手放しで喜ぶのは「細かいことは気にしない」ぶっ飛んだ、そう、研究組のような連中ぐらいなものであって、政に携わっている代表達からすれば、勘弁してくれ、と頭を抱えたくなる事態と言えるだろう。
【召喚体との同期率】
翁の召喚体だけはかなりのオーバースペックなので、同期率を最低レベルに落としても、独立稼働で行動できるが、これは同族目線で見ると、妖精っぽく動く何か、というレベルの再現率であり、本体と完全同期している時の動きを模しているだけに過ぎないことが明らかになった。やはり如何に高性能であろうと、所詮、仮初の体に過ぎず、まぁ良くできてるレベルは超えられないということだろう。通常の召喚体では同期率を落とすと、動きは完全に止まってしまう。よくできた人形状態であり、妖精達はそれを死体のように感じていた。
◆その他
【対人距離】
竜族にとってのそれは羽を広げても互いにぶつからない程度の距離感が適切であって、それより近い距離は、よほど親密な場合、安心できる相手でなければ認めないようだ。初対面で馴れ馴れしく触れてくるような相手は、黄竜曰く「馬鹿にするなと竜爪で薙ぎ払う」レベルの凄く失礼な振舞いらしい。
【身体記憶】
身体に関する知識や経験、いわゆる身体記憶は当然だが、その身体と密接に関係している。誠がミアの身体に魂交換によって宿り、身体記憶に強く結びついている言語や武の技を手早く修得できたのも、身体記憶が身体に宿る記憶だからだ。だから精神を身体から引き剥がすような真似でもしない限り、未経験の身体記憶に触れる、ということはあり得ない。これが世の理だった。
しかし、今回のアキと白岩様の例にあるように、例外が生じた。鬼の武の域で自身の身体を理解し制する白岩様の身体記憶に、アキが心話で触れたことで、本来は身体に結びついている深い感覚、経験を生で識ることになったのだ。
そのせいで、アキは人の身にはない竜の身体に密接に結びついた身体記憶を併せ持つことになった。これは理解者に飢えていた白岩様とノリノリで気の済むまで記憶触れて、竜の身で体を動かす時の感覚を明確にイメージできるほどに触れ続けたのが原因だった。
幸い、白岩様が幻覚の竜を創り、それを操作することでアキの中の竜としての身体記憶を幻覚の銀竜に結びつけることで、身体記憶の分離を行うことができた。
黒姫様がこの件で、樹木の精霊達との心話を禁じたのも当然の措置だった。植物としての身体記憶が強まれば、身体を動かすこと自体に違和感を持つ、などという事態に陥りかねないのだから。そうなったとして幻覚の樹木を出して身体記憶を分離できるかというと、多分、竜の場合より格段に難度が上がったのだけは確かだろう。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分では気付けないことが多いので助かります。
本編では三日しか時間が経過してませんが、なかなか濃い内容が多かったですね。余裕があれば二十章でちょいとケイティと魔術談義辺りでもして、古典魔術と現代魔術、特に術名を定めることの利点、欠点とかでも語らせようと思います。以前紹介した際には咄嗟に出す際の優位性にちょいと触れた程度でしたから。
<今後の投稿予定>
十九章の人物について 六月二十五日(日)二十一時五分
二十章スタート 六月二十八日(水)二十一時五分