3-8.翁とマサト《家令》とロゼッタ《秘書》
前話のあらすじ:お爺ちゃん(妖精)が、銃と耐弾障壁について体験しました。やはり妖精と言えども、思考、反応速度を十万倍に引き上げるような真似は難しかったようです。
お爺ちゃんがきてからというもの、食卓も随分と賑やかになった。
「ほう、これらの料理は御母堂の味を再現したものか。アキ、いつもこのような美味なものを食べていては、舌が肥えてしまう。たまには雑な料理も食したほうがいいのではないか?」
爪楊枝より小さい、お爺ちゃん専用のナイフやフォークを使って、あちこちの料理をちょっと食べて、味や食感を確認しては、アイリーンさんに調理法を聞いたり、材料を聞いたりと忙しい。
お爺ちゃんだけのためにスプーンサイズの料理を作る案もあったみたいだけど、それでもお爺ちゃんからすると大皿料理になっちゃうから断念したそうだ。
まぁ、お爺ちゃんも召喚体を維持するのに食事が必要という訳ではなく、食べるという行為自体が娯楽なのだと言ってたから、今のようにちょっとずつ食べるくらいがちょうどいいんだと思う。
……それにしても、雑な料理とは。またまた、変な事を言い始めた。
「食材の種類が少なかったり、調理の工程が少なかったとしても、ちゃんと料理をするのは、食材に対する感謝の気持ちを考えても、必要なことだと思うよ」
例えば、フライドポテトなら、簡単に言えば、ポテトを切って、油で揚げて、塩を振るだけ。材料も調理法もシンプルだけど、美味しく作ろうと思ったら、これがなかなか大変だ。
「それは良い心掛けじゃ。儂が言いたいのは、手間をかけてない、あるいはかける時間もないような時に食するようなものも、時には必要ということじゃよ」
あー、つまり、毛色の違う料理も食べてみたいと。
「時間がない、限られた状況で食べるというと、例えば戦闘糧食のような?」
「戦さ場で食する乾飯のようなものかの?」
あれはイマイチじゃったとか言ってるけど、いったい前回の降臨がいつだったのか聞いてみたいような、聞いてみたくないような。
「アイリーンさん、こちらでは戦闘糧食的なものはありますか?」
「はい。味と栄養バランスも考慮した戦闘糧食は現在、二十種類を超えるラインナップがありマス」
戦場では食事も数少ない娯楽というから、それは嬉しい。聞かれることを想定していたのか、アイリーンさんが手に持っていたノートを開くと、そこには綺麗に並べられた戦闘糧食の写真が貼られていた。大きく分けて缶詰型と、レトルトパック型があるようで、主食におかずが何種類か、それにお菓子、ガム、粉末ジュースって感じで、かなり頑張ってる感がある。
僕は突き詰めるとやっぱり似たような形式、保存方法になるんだなぁ、と思った程度だったけど、お爺ちゃんはとっても驚いていた。
「今は戦闘糧食ですら、そこまで気を配っておるのか。料理が二十種類でも驚きだが、食事のセットが二十種類とは、なんとも贅沢じゃのぉ」
昔は腹が膨れればいいとか言っておったんじゃが、と目を丸くしてる。
「栄養が偏ると病気になったりするし、味が単調だと飽きて食が進まなくなったりもするから。そうだ、ケイティさん。戦闘糧食と言えば、火を使いにくい場所でも温める工夫とかありますか?」
「魔導式、科学式のどちらの道具もあります。科学式は高価なので、魔術行使を控える状況でしか使いません」
「さすがです」
料理は温かいだけでも価値は倍増だもんね。
「食事の加熱なんぞ、杖があれば十分じゃろうに」
お爺ちゃんは不思議そうだ。どうも妖精界だと魔術は手軽に使えるから杖さえあれば、ほとんどの場合、事足りてしまう感じがする。
「道具なら、起動させればあとは魔術行使の集中も不要なので楽なのです。それに魔術を使いたくない状況下でも、温かい料理は食べたいものですから。そのため、科学式の加熱道具も開発されました」
「ふむふむ。弱火でじっくりとか、強火で遠目にとか、そういう奴か。――ところで加熱程度の術式なら、そうそう気付かれることもないと思うが」
「翁、貴方がポンポンと気軽に使っている魔術ですが、もし、普通の魔導師が同じ事を古典魔術で再現したら、熟睡している人が飛び起きるレベルです」
「今の儂は、アキと同じ魔力属性じゃからのぉ」
魔力感知されないのをいいことに、お爺ちゃんは魔術行使を自重する気は全然ないみたい。
「二人とも、魔術行使は、特に古典魔術は誰かに知られずに行使するのは困難だと覚えておいてください。時間、場所、場合を間違えると、かなり悪目立ちしますからね」
実感はないけど、魔力の動きはそんなに感知しやすいなんて驚いた。そんなに目立つんじゃ、超高速発動、魔術に必要な魔力の削減が徹底されるのも当然だね。
「例えば街中で古典魔術を使うのって、どれくらい目立つものなんでしょうか?」
「――そうですね。いきなり大声で騒ぎ始めるとか、刃物を抜いて振り回し始めるとか、強烈な悪臭を放つといったところでしょうか」
さすがケイティさん、僕にもわかるように説明してくれるからありがたい。
「かなり非常識な行動で、しかも目立つと」
なるほど。街中に行く機会は当面はないと思うけど、心に留めとおこう。『狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり』だ。
「まぁ、儂の場合は手品じゃから問題ないのぉ。それに子守妖精の役割上、杖は手放すわけにもいかぬ」
お爺ちゃんが腰を叩いて、年寄りは杖がないと、などと言ってるけど、空中に浮遊してる時点で、杖が必要そうには見えない。
「少しは自重してくださいね」
「任せておくがいい。儂は常識人じゃからの」
好々爺の笑みを浮かべてふんぞり返る。そんなお爺ちゃんに、ケイティさんが胡散臭そうなモノを見るような眼差しを向けていた。
◇
昼食後、紹介と説明をするから言われ、皆で客間に戻ると、既にホワイトボードや机が用意されていた。
そして、傍らに立つのは長身痩躯で利発そうな街エルフの家令と、ツインテールの黒髪が綺麗で小柄なメイドの二人。
「アキ、以前、話したと思うが、家令のマサトと、秘書のロゼッタだ」
父さんが簡単な説明をし、二人に自己紹介を促す。
「ミア様の知財以外、全ての管理を任じられている家令、マサトです。お会いできて光栄です、アキ様」
マサトさんは、体格からして、父さんや母さんのような街エルフなのだと思う。ジョージさんほどではないけど背が高いこともあって身体の線にフィットしたスーツの立ち姿もまた絵になる。街エルフらしく、どうしても一見すると若者って感じで、家令という役職からイメージからすると、年齢がだいぶ足りない気もするけど、そこは長命種。やはり父さん達と同様、目が長い年月を歩んできた人特有の落ち着きを湛えている。
「私はミア様の知財の全てを管理する秘書人形、ロゼッタです。お会いできるこの日を、一日千秋の思いで待っておりまシタ」
ホロリと流れる涙が美しい。胸の前で組まれた手がとても自然に、思い募る胸の内を表すようで、ロゼッタさんの周りだけ、まるでスポットライトが当たったかのように雰囲気が変容していた。秘書というくらいだから、本来はメイド服を着る必要はない気もするけど、隅々まで丁寧に気を配っているようで、メイド服を着ている姿はとても自然だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕も精一杯、失礼がないように礼をした。
「こちらにきて、不慣れな中での生活、苦労されたことでしょう。お困りのことがあれば、なんなりとお申し付けくだサイ――」
サラサラと流れるようにロゼッタさんの言葉が続くのを、リア姉が手で制した。
「ロゼッタ、話が長いよ。まずは座ろう。それと抱きしめるのは先と後、どちらにする?」
リア姉のズバっとした物言いに、ロゼッタさんは苦笑してみせた。
「相変わらず、せっかちデスネ。……アキ様、少ししゃがんで頂けまスカ?」
「これでいい――」
しゃがんだ僕をふわりと包み込むように、ロゼッタさんが優しく手を回して、ギュッと抱きしめてきた。胸元に抱えられた頭に、柔らかな胸が当たって気恥ずかしい。
「ミア様の願いに応えて頂けて感無量デス。私もあなたを大切に思う一人。何かあれば、いえ、何もなくとも、お話しくだサイ。誰かに話すだけでも、不思議と心が楽になるものデス」
耳元で囁かれた言葉は、音もなく降り積もる雪のように、僕の心の奥底まで届いた気がした。
「……ありがとう」
そっと離れたロゼッタさんは、僕の言葉に、ふわりと満足そうに微笑む。
「よし、アキ、私ともハグしよう、ハグ」
なぜかリア姉がやる気満々で手を広げて、待ち構えたりしてる。
「リア様、それでは風情も何も台無しデス。姉妹なのですカラ、猫を招き入れる時のように、少しずつ距離を詰めるのデス。慣れてくれば膝の上で寝たり、遊ぼうと誘ってきたりするものデス」
額に手を当てて、なんでこんなにガサツに成長されたのかなどとボヤく様も絵になる。というか、ロゼッタさんは嫌味にならない程度に、身体言語を駆使するタイプのようだ。もう少しオーバーにやったら演劇のように日常からかけ離れたものになるだろう。その匙加減が絶妙なんだ。
……それにしても僕は猫系か。まぁ、構って、構って、と尽くす犬系じゃないとは思うけど。
評価ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
妖精さんサイズの料理を作れと言われたら、料理人も頭を抱えるでしょうね。ある意味、召喚体で良かったところでしょう。あと、二章で名前だけは出ていた家令と秘書の二人もやっと登場できました。ロングヒルにアキが出発する前に参加させることができて良かったです。
次回の投稿は、九月五日(水)二十一時五分です。




