19-27.召喚術式のコスト削減(後編)
前回のあらすじ:リア姉が研究組に絡む竜族や依代の君のやんちゃな話を紹介した事で、参謀さん達が少し尻込みしてしまいました。フォローしてみたんだけど、これも不発。悩ましい話です。(アキ視点)
追加で喚んだ彫刻家さん、お弟子さん二人も交えた召喚術式に対する検証作業は、地味ではあるけれど、途中で詰まるようなこともなかったので、その場で簡単に確認できそうなパターンの確認作業は一通り網羅することができた。
遠くから見ている僕達には、同期率を落とした妖精さん達は、あー、動いてないなぁ、くらいにしか思わなかったけれど、妖精さん達からすれば、精巧な造りであるだけに、死体の気持ち悪さを想起させる印象を抱いたそうだ。
人に見える、けれど生きていない、という存在には、本能的に忌避してしまうところがある、と聞いたことがある。自分にも降りかかる災厄、死を想起させるかららしい。安心して眠れる住処を構えて襲撃の危険性を低減できるまでの放浪の時代には、それくらい危機に備える気概が無くては生き延びられてなかったのだろう。
そして、予想されていた事ではあるけど、同期率を落として、スタンドアロン状態で動くお爺ちゃんに対しても、どことなく違和感を拭えなかったそうだ。話すし、手足も動かすし、空も飛んでて一見すると、普通の妖精さんとの違いはない……筈だけど、同じ妖精さんからすると、どうも、スタンドアロン状態のお爺ちゃんは、妖精によく似ているけれど異質な何か、といった印象を受けたと教えてくれた。
ヨーゲルさん達も魔導具でその様子は記録してくれていたけれど、記録しているスタッフさん達も含めて、妖精さん達が告げる問題点には気付かなかった。
ネイティブだからこそ気付くって奴のようだ。
「同期率の操作程度だと、魔力の減りは意識できなかったね」
そう話しかけると、リア姉も頷いてくれた。
「そもそも、今回の五人程度の召喚だと、私達の魔力回復が上限に達したままになってしまうからね。減りが意識できないだろうことは想定通りさ。ただ、計測機器は確保したいね。ずっと意識してるのは難しいし、定量的に測らないと評価も難しいから」
なるほど。
この意見には、賢者さんも同意してくれた。
「本体との感覚同期は天空竜をそのまま召喚して試してみよう。その時は観察する竜も配して、召喚中の本体も竜眼で観察するのだ」
「召喚体が本体を見ると意識がループして不味いですよ」
「本体が見えない位置まで移動してから、本体を覆う闇を払えばいい。召喚体側の観察と、召喚中の本体の観察、それに距離を離した双方の情報交換を随時行うためにも、アキ、リアの二人も連絡役で参加だ。召喚経路を通じて指示をすればいい。だから二箇所に連絡役の妖精も配する必要があるか」
ケイティさんがホワイトボードに図示してくれたからわかったけど、小型でない竜の召喚が一柱、連絡役に妖精二人、研究なのだから賢者さんもで、竜の方は召喚される一柱と、本体、召喚体を竜眼で観察する竜が二柱、か。
「竜の通常召喚は負荷が高いので、連絡役の妖精さんは一割召喚のほうがいいかもしれませんね」
「うむ」
っと、ケイティさんが手を上げた。
「賢者、遠隔地点の連絡とはいえ、今、開催されている交流祭りが終われば、第三演習場が空きます。そこを利用すれば、常設されている拠点間通信網を使うことで、魔導師を配するだけで良くなります。召喚人数を抑えたほうが、よりクリアな観察記録が得られるのではありませんか?」
「良い意見だ。では実験に参加する妖精は私だけとしよう。交流祭りが終わるまでであれば時間も少しある。それまでに召喚術式の改良もしてみよう」
「通信量の低減ですか?」
「そうだ。通信内容の圧縮・伸張も考えたが、そちらは処理の高速化が難しい。短期間では試作に漕ぎ着けられるか微妙だ。そちらは平行して弟子達に挑戦させてみよう。良い機会だ」
賢者さんが宣言すると、お弟子さん達も挑戦を引き受けてくれた。いいね。
「賢者さん、通常召喚の竜であれば、魔術を使えばかなり派手に魔力も使うと思うので、全力で飛び回るパターン、魔術を連発するパターンも試しませんか?」
これにはお爺ちゃんもそれなら、と参加してきた。
「なら、術式を発動させたまま待機させるようなパターンも試すべきじゃろう。術者はあまり意識せんでも維持できるが、同期率を下げると切れるのか、召喚体経由で魔力供給されていれば維持されるのか、違いも確認したいのぉ」
「うむ、うむ。創造術式や障壁といった生成時に籠めた魔力で維持される術式も、術者の同期率低減がどう影響するのか試すとしよう」
賢者さんも試験をするのが待ち遠しい、とウキウキしながら、ホワイトボードにぎっしり書き込まれた試験項目を満足そうに眺めて頷いていた。
◇
僕は制限時間が来たので、後は任せて連邦大使館を後にしたんだけど、翌朝聞いた話によると、参謀の皆さんは、調整組や研究組の皆さんと一緒に連邦大使館でそのまま懇親会へと雪崩込んだそうだ。
「僕の支援スタッフの皆さんや、ジョージさん達、セキュリティ部門の方々も参加されたんですか?」
「いえ、一度に集まり過ぎても話が発散するからと、私達は別の機会を設ける手筈としました」
ケイティさんは僕の髪の手入れを手伝いながら、そう教えてくれた。
ふむふむ。
「ケイティさんから見て、参謀の皆さん達はどうでした? 研究に没頭している僕達や、何かあった時のために動く調整組のメンバーと違って、浄化作戦という明確な土台がある分、かなり前向きに動いてくれてて、僕は好感を持ちましたけど」
なにせ、決まってない、判明してない、声掛けして参加者を募ってる最中、誰が何をできるかも見えてない、とないない尽くしなのだから、誰かが整えてくれるまで待ってるような受け身体質じゃ、浄化作戦を実行ベースまで立ち上げていくなんて、到底無理だ。
「まだ深くはお話してませんが、私も第一印象は好感を持ちました。少々理解があり過ぎるようにすら感じましたが、それは任命された代表の皆様がよく言い含めたのでしょう」
ん、ケイティさんも好印象と。
「お爺ちゃんはどう? 妖精の国でのこれまでの歩みからすると、参謀的な人はそれほど必要とされてこなかっただろうから、新鮮だったんじゃない?」
鏡越しに聞いてみると、お爺ちゃんは手を組んで、うんうん考え込みながらも、胸の内を明かしてくれた。
「よくわからん、というのが正直なところじゃな。人柄は勿論、儂も良いと思った。じゃが、それは参謀としての能力、思考とは別じゃろう? アキが触れた情報を寄せ集めて、浄化作戦の絵図を描いたように、彼らが同じ情報を得て、何を描くのか。それを観るまでは判断は保留じゃよ」
ほぉ。
「慎重側に倒した判断だね」
「勝手のわからん分野じゃからのぉ。否定から入るつもりはないが、何でも彼らが正しいと判断するのも悪手じゃろう。何せ、相手は「死の大地」を覆う祟り神、誰も対処したことがない壮大な相手じゃ」
ん。
「祟り神のことを敵と表現しないのはいいね。その感覚、僕は好きだな」
鏡越しに笑いかけると、お爺ちゃんも少し照れながらも頷いた。
「アキが何度も言っとる話じゃからのぉ。呪いとは土地に縛られた存在、現象。そして呪いを解き放つ浄化とは、鎮魂の心じゃと」
「僕もつい意識が薄れがちだけどね。でも、そこが大事だと思う。呪いは理を曲げる存在だから、僕達、生ける存在にとっては害となるけれど、それは腐敗を発酵と呼ぶことともしかしたら同じかもしれないからね」
お、ケイティさんが今の内容に疑問を持ったようだ。
「アキ様、それは呪いが、場合によっては人に福を与える祝福となり得るとお考えですか?」
そう聞きながらも、手を止めず身支度を手伝ってくれるのはありがたい。
「呪いは現象であって、触れた存在からの刺激に対して反応を返すだけ、そう聞いてますからね。ただの反射ならそこに善悪はない。少量なら薬、大量ならただの水でも毒になるとも言いますし。呪いによる理の歪みも、竜族は気持ち悪いと感じる程度とも聞いてますからね。もしかしたら、自身を竜族のように完全に律することができるなら、案外、呪いに満ちた彼の地でも、普通に歩き回れるかも、とか思ったりはしてますよ」
想像の翼を大きく広げた発言をしてみたんだけど、そしたら、ケイティさんは露骨に嫌そうな顔をした。
「アキ様、可能性に夢を見るのは結構なことですが、参謀の皆様と話をされる時には、どの種族の視点で発言されているか、明示されるようご注意ください。普通に聞いていると、どこまでが本気で、どこからが冗談かと混乱してしまうでしょう」
今の話も、私は可能性として否定できない、というスタンスで話されていた、と理解してますと教えてくれた。
ん、いいね。
「呪いについて、僕達は何も知らないと言っても過言ではないですからね。否定しきれる検証結果が得られるまでは、どんな突飛なアイデアであろうと尊重すること。僕が参謀さん達に求めることはそれくらいです」
それと浄化作戦を行う上での前提条件は別、とは補足しておいたけど、これはケイティさんも理解してる話だから、ほんと念のためだ。
ふわりとお爺ちゃんが前に出てきて、ぽんぽんと髪を撫でてくれる。
「身支度も終えて、これで準備万端じゃ。この後の参謀達との打ち合わせは少し気合を入れいかんとのぉ」
「代表達がロングヒルにいる間に、上の判断を必要とする話の洗い出しを済ませる、でしたっけ」
「研究組の一員としてのアキ様、マコト文書の専門家としてのアキ様と、各勢力を束ねる要としてのアキ様、そして竜族との間を取り持つ竜神の巫女としてのアキ様としての意見交換を一通り終えた上で、ですよ」
ケイティさんが指折り数えてくれた。
なんとも面倒な話だ。最低限の食事は、連邦大使館に向かう道中の馬車内で軽く済ませておく、という鮨詰めスケジュールだもんね。
「議題はあるんでしたっけ??」
「それはこちらに」
一枚の用紙に纏められた内容に軽く目を通してみたけど、まぁ、相手も準備ゼロの僕を呼び出してるんだから、その場で考えて即答するのを前提とはしてくれるだろう。
なら、後は出たとこ勝負だ。
「アキ、楽しそうじゃな」
おや。
つい、表情が綻んでしまってた。
「専門家の皆さんがやる気満々で誘ってくれてるんだからそれは嬉しくもなるよ。まぁ変に遠慮してるようなら、そんなのは不要だと蹴飛ばすつもりだけど、さて、どーなるか」
人の命を預かる仕事、何万という兵士達に命を捧げろ、と指示する立場だからね。自勢力の代表という自負もあるだろうから、自制心も強いと思う。でも挑む前から自身に制約を課すような姿勢が観られるようなら、それだけは改めて貰わないと。
なんて、考えていたら、ケイティさんだけでなくお爺ちゃんも、馬車に乗り込んでからも、相手は経験を積まれた熟達者なのだから、尊重と敬意を払うのを忘れずに、などと念押しされることになった。
そんなに心配することないのにね。
だけど、同意を求めて背を撫でたトラ吉さんからも、自重しろよ〜って感じの鳴き声で諭されることになった。ぐぅ。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。
アキとの初接触から派生した、妖精達の同期率操作による挙動の検証作業も、それに託けて集まった関係者達の交流を促す呼び水となってくれました。
そして、関係者達との交流によって理解が深まった結果、参謀達は「(自分達の上役である)代表達がロングヒルにいる間に、(代表間で詰めてなくてはならないような)相談案件を全部洗い出して片付けておこう」と認識を改めることになりました。
皆がそれぞれの本国に戻ってしまうと、意見交換を行うことすら手間と時間がかかりますからね。今のうちに片付けておこう、と危機意識を持つのも仕方ないことなのでした。彼らを焦らせ、背を押した連中がぞろぞろいたから、というのもありますけどね。
あと、キリがいいので十九章はここで終了とします。
……実のところ、集まる前に検討してた項目のうち、手が付けられたのは参謀達との顔合わせくらいで、それすらまだ手を付けた程度に過ぎず、それ以外は新たに沸いて出た項目への対応を優先する形になってしまいましたからね。二十章で残りを片づけていく感じにします。
<今後の投稿予定>
SS⑦「参謀達と竜神の巫女」 六月十五日(水)二十一時五分
十九章の各勢力について 六月十八日(日)二十一時五分
十九章の施設、道具、魔術 六月二十一日(水)二十一時五分
十九章の人物について 六月二十五日(日)二十一時五分
二十章スタート 六月二十八日(水)二十一時五分