19-24.参謀達との初接触《ファーストコンタクト》(後編)
前回のあらすじ:「死の大地」の浄化作戦をなぜ提案したのか、正直に話してね、と言われたので、誠実さをアピールする意味も込めて、正直に打算だよ、と答えたら苦笑されました。うーん。(アキ視点)
「死の大地」の浄化作戦を提案した理由を、表向きの話ではなく、大本の部分について正直に話して欲しい。
そう言われたので、誠実であろうと、視覚的にもわかりやすいよう工夫して、しっかり伝えたんだよね。
好意の前払い、僕達の研究への支援を気前よく行えるように。つまり、打算だと。
ただ、話を聞いた参謀さん達の反応は、どうもいまいち芳しく無かったので、それ以外の思いについても言葉を重ねることにした。
三竦み状態にあった三大勢力、連合と関係を持ちつつも距離を置いていた共和国、それに地の種族とは関わり合いを持たないとしていた竜族。現状のままでもそれなりに安定はしていた。けれど、それまで交流を持たなかった種族間の繋がりを生じさせることで、次元門構築という不可能を可能に変えたい僕としては、勢力間の関係が悪化するような流れは困る。
バラバラな人達の心を纏めるには、何か共同作業をさせて信頼を積み重ねていくというのは良い方法だ。
で、「死の大地」の呪いを浄化できれば、誰も住めなかった不良債権の「死の大地」も広大な開拓地へと変わり、慢性的な縄張り不足に陥っていた竜族は大喜び、地脈の流れが正常化されることで世界樹も大満足、連樹の神様も新たな植林地を得てニコニコだ。
大地を埋め尽くし増大していく祟り神、という将来への不安も払拭され、「死の大地」周辺の海路利用も大いに捗るようになる。
前代未聞の大事業を成し遂げた事で、各勢力も手を取り合うことの良さを実感し、分かれて啀み合っていた時代への回帰を求める反対派も口を噤むことだろう。
それに、「死の大地」で骨肉の争いをしてきた街エルフと竜族も、彼の地に縛られていた呪いを浄化し、開放する作業をともに行うことで、過去への区切りとして、未来へと思いを新たにできるに違いない。
あとは遠い未来の話ではあるけれど、個ではなく群れとしての強さを手に入れた弧状列島の竜族と、多種族間で手を取り合い、一つの国家として歩んでいけるようになったなら、いずれ世界の交流が進んで、大洋を超えて争う事態になったとしても、我々はその国難をきっと乗り越えて行けるでしょう、と。
「――という訳で、多様な種族が、それぞれの違いを尊重し、手を取り合うことで、互いに邪魔し合う関係から、和を持って豊かさと成す未来を勝ちとっていこう、と提案したんですよね。幸い、この一年は勢力間の戦も起きず、平和な時を歩めたことを寿ぐこともできました」
誠意を持って事にあたれば、何とかなるものですよね、と笑顔で主張を終えると、参謀の皆さんも取り敢えず拍手をしてくれた。
ふぅ。
そんな皆さんを代表するように、シゲンさんが口を開く。
「どこに出しても恥ずかしくないお題目だったぜ。それに、そこらの王がそんな未来を語ったところで、戯言だと一笑に付されるところだが、一年前に無名だったところから、各勢力を束ねる要、竜神の巫女となったアキが掲げれば、その意味は変わってくる」
「もしかしたら、そんな未来に手が届くかも。そう思って貰えれば、今より、その未来が魅力的だと感じて貰えれば、最高です」
こうして各勢力から選りすぐりの実力者が集うことにもなりましたから、と微笑むと、皆さんも自負はあるようで、それはそうだ、と頷いてくれた。
◇
ここで、ファビウスさんが話を切り出した。
「アキが「死の大地」浄化作戦の叩き台として示した案だが、必要な手札を揃えるのはこれからで、多くの要素が不確定な状況だ」
うん、うん。
「そうなんですよね。僕も何が必要そうかは示してみましたけど、実行段階となると皆さんにお任せするしかありません。何千柱という天空竜が手勢として動きそうだからと、大軍に勝る兵法なし、などと皆さんが言い出さないのは嬉しい事です」
これまでのこちらの常識で言えば、三大勢力間の大戦であったとしても、せいぜい二十柱程度の天空竜が出向けば、綺麗さっぱり、全軍を消し飛ばせる程度の規模に過ぎない。そんなところに数千柱が動くよ、と言われれば小細工などせずとも勝てる、とか言い出しても不思議じゃない。
それにそもそも動くのが個として最強の天空竜なのだから。真面目に殺し尽くそうと足掻いてたのは街エルフ達くらいであって、そんな彼らにしても、天空竜とは生ける天災である、と認識していた。
でも、ここにいる参謀の皆さんは、流石に選ばれた精鋭なだけあって、そこを見誤る事はなかった。
「大地を覆い尽くすほど強大な呪い、祟り神に抗うには、軍勢規模でなくてはそもそも勝負の土台に乗ることもできない。そして強い相手にそのまま立ち向かうのは賢明ではない」
「同感です。一応、僕の案でも、循環している地脈の流れに浄化杭を打ち込むことで、無尽蔵に続く回復の性質を変えて、いつまでも祟り神の呪いを浄化して削り続ける策を示しましたけど、即効性に乏しいんですよね」
毎ラウンド、回復するオートリジェネ状態から、地脈の性質に浄化状態を付与することで、祟り神を構成する呪いを蝕むいわば毒状態に陥らせる作戦だ。
勿論、回復されるよりは少しでも呪いを削っていけたほうがいいけど、問題はそのペースだ。祟り神の総量は「死の大地」を覆うほどだから、例え、毎ラウンド、学校のプールくらいの規模で浄化していったとしても、外から観測して、祟り神が減った、と認識できるまでに何日かかるだろうか。……多分、年単位で観測しないと違いなんてわからないんじゃないか、と思う。
ファビウスさんは僕の言葉に頷きながらも、別の見方を示してくれた。
「即効性はないと言うが、地脈を「死の大地」を繋ぐ血管であり、互いを繋ぐ鎖と見做すならその意味は変わってくる。地脈に打ち込んだ浄化杭によって、浄化属性を付与された魔力は、ゆっくりではあるが確実に「死の大地」全体へと浸透していく。それに適切な間隔で浄化杭を多数打ち込めば、地脈全体の浄化も早まるだろう」
うん、そうなんだよね。一箇所に打ち込んだなら一周するのに百年かかるとしても、十箇所に打ち込めば、隣の浄化杭まで到着すればいいから、全体の浄化は十分の一、十年で済む計算だ。百本打ち込めば、百倍速、一年で地脈を蝕む呪いは一掃できると思う。
「小型召喚竜の同時運用数に限りがあるので、今の案だと先制で打ち込む浄化杭は八本ですけど、できればもっと増やしてペースアップしたいところです」
「確かに。だが、その話も、浄化された魔力が呪いに一方的に打ち勝てるならば、という前提がある。完全無色透明な魔力が感知できないことは、こうして席を同じくすることで理解することができた。そこで次は、一方的に打ち消せるだけの強さを確認したい」
ふむ。
「ケイティさん、長杖を出して貰えます?」
「どうぞ、こちらです」
ケイティさんが空間鞄から長杖を取り出し、テーブルの上に置いてくれた。僕がどうぞ、と促すと近衛さん以外は、手にして、あれこれ試していたようだった。
僕は竜クラスの魔力じゃないと感知できないから、何をやってるのかわからないんだけどね。
それでも、何をしても魔力が通らないことは確認できたようだ。
まぁ、鬼王レイゼン様も諦めたくらいだからね。どうにかできるなら、そんな稀有な人は即スカウトだ。
「確認できた。ありがとう。後は魔術の腕を見せて欲しい。魔導具に他からの干渉を防ぐよう施すのであれば、完全無色透明の魔力を持つアキかリア殿が直接行うことになるが、それがどれほどか感触を掴んでおきたいのだ」
何をするかは任せる、と言ってくれた。
ふむ。
ここの庭先の広さは、うん、まぁ、ギリギリ足りるか。太陽の位置は天頂に近いから影は少し。
「ケイティさん、幻影術式を披露しようと思うので、念の為、師匠に確認をお願いします」
「お待ちください」
杖でさらさらと空中に文字を描いて待つこと暫し。短い返事が表示され、了承が得られたことをケイティさんが教えてくれた。
さて、と。
長杖を持って、テーブルから離れて、と。僕の立ち位置はここだから、出す向きはこっちで、と。お爺ちゃんには小声で顔の隣辺りにいるようお願いもして。
良し、では始めよう。
◇
長杖を構えて、ほぃっと僕の背後に体を起こした銀竜の姿を創り出した。ちゃんと尻尾の向きも考慮して、周囲と被らないよう出して。陽光に輝く銀色の鱗は、他の竜と同様、硝子質のような輝きと金属光沢を放っていて、生物なのに機械でもあるような不思議な印象を与えてくれる。白岩様や黒姫様の指摘を踏まえて、今度はちゃんと呼吸とか、身体の重みも考慮したスペシャルバージョンだ。
狭苦しいところから出てきた感じで、翼をちょいと広げて身体を伸ばしたりしてから、少し覗き込むように首を動かして。
『近衛よ、其方が動くと気が散る。皆の傍から動くでない』
腹話術の要領で、口を殆ど動かさず、声が拡散して全方位に届くようにソレっぽく発言してみた。乗せた意思も竜の思念波を真似て、重厚さをアップ。
近衛さんも慌てて、シゲンさんの隣に戻ってくれた。ふぅ。竜なら妖精を視界内に捉えておかないと落ち着かないって感じに振る舞うだろうからね。
『皆も洗礼の儀では遠くにあって、ゆっくり眺めることもできなかったであろう。参謀の竜がくれば、この場には小型召喚体の姿でやってくる。そうなれば、このように近い位置でも、完全無色透明の魔力故、圧を感じずとも済むだろう』
そう話し掛けながらも、竜らしく、皆の反応を伺うように竜眼で眺める真似をしてみる。見透かすような独特の視線と狭まった瞳孔で使ってるのがわかる。
おや。
なんか、皆の反応が薄いなぁ。
それじゃ、ちょいと芸を追加だ。
テーブルの上を凝視する真似をして、テーブル上に創造術式でリバーシの駒を創り出したかのように演出。それを物体移動の技で、手元までふわふわと持ってくる様子も再現する。
『技量を見せるのだったな。軽く斬れば、この通り、仮初の品は消え去る。竜爪という技だ』
白岩様にも何度も目の前で実際に駒を消して貰ったからね。その時の様子を再現すれば、ん、良い感じだ。爪でとんとんと対象を軽く叩いてから軽く撫でる。竜爪って空間ごと切り裂く感じで、何の抵抗もないように音もなく斬るからね。幻術で再現しても違和感がないのは幸いだ。
驚きの声が漏れてるけど、もっと宴会芸を観た感じに沸くかと思っただけに、拍子抜けだ。
まぁ、驚きの表情を見れただけでも良しとしよう。地の種族は腰が引けていて話が進まん、なんて、ある意味、達観したような表情を浮かべて溜息をつかせて、締めとしよう。
『あまり長居しては民も驚こう。続きはアキに聞くがいい。さらばだ』
ちょっと格好つけた感じにして、最後は創造術式が消えるような演出を加えて終了っと。
幻影を消したことで、竜の身体感覚も消えて、自身の身体感覚に切り替えることができた。あー、同じ姿勢を取ってたからちょっと身体が凝ってる感じだ。ふぅ。
「お披露目はここまでです。どうでした? 結構、リアルな感じにできたと思いますけど」
ケイティさんに長杖を渡して、テーブル席に戻ると、頑張りましたよ、とアピールしてみた。すると、ふわりと飛んで来た近衛さんが心配そうに顔を撫でてきた。
「幻術ではなく本人だな。銀色の竜など観たことが無かったがアレは何だ?」
「ちょっと人と竜の身体感覚が被って酷い事になって。その治療ということで、白岩様が創り出してくれた姿なんですよ。僕が竜だったら、というコンセプトで描いてくれたんですよね。昨日は生々しさが足りない、と指摘されたので、今日はその辺りも頑張ってみました」
そう説明すると、シゲンさんが額に手を当てながら、絞り出すように内心を吐露してくれた。
「交流祭りで幻影の竜は観ていたが、アレは良くできているが幻影とわかった。だがさっきの銀竜は本当にその場にいるかのようだったぞ」
「皆さんが着席していて位置が固定されてましたからね。無駄に視線を動かさずに済んで、その分、生々しさの方を拘れました」
そうネタバレすると、近衛さんも合点がいった、と頷いた。
「皆の方に寄れ、と話したのはその為か」
「です、です。後は竜の身体感覚に専念する分、自分の身体の方を同時に動かすのは無理な感じだったので、腹話術の要領で声を出す程度に留めてました。本当は銀竜と僕で対話とかもしてみようかと考えてもみたんですけど、やっぱり同時に両方動かすのは無理でした」
腹話術師って凄いですよねーっと話すと、ファビウスさんがなるほど、と頷いた。
「銀竜が生き生きと動くのと対照的に、アキが殆ど動かなくなっていたのを見て、まるで本体が抜け出てききたかのような印象すら受けたが、そうか、狙った演出では無かったのだな」
あー、そういう印象になってたのか。
「そっちの考えはありませんでした。どうせなら、透明化で隠れていたのが露わになった演出から始めてればもっと、ソレっぽくできたかもしれませんね」
うん、うん、と頷くと、マサトミさんが呆れながらも、評価を話してくれる。
「そこまでせずとも、十分な出来栄えの幻術だった。専門の幻術師としても食っていけるだろう」
そう太鼓判を押してくれた。
「今の精度で出せるのは銀竜だけですけどね。それで、術者としての力量はどうでした?」
そう問うと、これにはホレーショさんが満足げな笑みを浮かべてくれた。
「勿論、合格だとも。魔術師見習いと聞いていたが、見事な腕前だった」
ふぅ。
浄化作戦では、完全無色透明の魔力をできるだけ有効活用したいとこだったからね。取り敢えず、皆さんの眼鏡に適って良かった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。
相手の本当に知りたいところだけをきっちり答えたら、反応が微妙だったので、世間体のいいお題目をあれこれ語ることになりました。勿論、それも嘘、偽りという訳ではなく、アキの思いの一部ではあるんですけど、参謀達の受け取り方は、一般市民層とは違った感じだったようです。
まぁ、表面を装飾している言葉に惑わされるようでは、参謀職なんてやってられませんからね。アキも彼らに好印象を抱きました。
その後の魔術師見習いとしての実力披露では、前日に覚えた新技、幻影術式を見せつけることになりました。本人も拘った通り、本物の竜二柱の監修を受けただけあって、その生々しさはかなりの域に達していました。多分、竜眼抜きで、相手が召喚体だと伝えたとしたら、今回のような短時間では、竜族であっても騙されるレベルだったことでしょう。
ただ、アキも話してましたが、アキがここまでリアルな幻影を出せるのは竜限定、それも若竜相当のみです。成竜となると見知った相手が限られるし、老竜は会った事もありませんから。その代わり、技の熟練度だけでいえば、並みの幻術師を既に超えた域に到達しています。尽きることのない魔力で、感覚が残ってる間にどんどん訓練できる強みでしょう。
次回の投稿は、六月四日(日)二十一時五分です。