19-21.生態の遠い種族の身体記憶に触れるリスク(後編)
前回のあらすじ:白岩様が鬼の武を竜の身で再現することについて、あれこれ深いレベルまで記憶に触れさせてくれたんですけど、それがあまりに深い身体記憶だったせいで、心話を終えた後、その感覚が残って、自身の身体に違和感を覚える事態になってしまいました。幸い、トウセイさんや師匠の助けもあり、幻肢痛の治療に用いる鏡の箱のように、幻術で竜の身体を創り出して動かすことで、竜の身体記憶をそちらに分けることができました。ふぅ。結構焦りました。(アキ視点)
あと、今回のパートは前パートの続きになったので、前パートタイトルを(前編)に変更しました。
次の日、経過観察ということで第二演習場に向かったんだけど、白岩様だけでなく、黒姫様まで降り立っていたのには驚いた。両者揃い踏みって多分、初めてだよね。
どちらも立派な成竜ということもあって、迫力が半端ない。
一応、移動中の馬車の中で、両者がやってきた理由については説明を受けてはいたんだけどね。僕の今回の症状が、生き方の離れている種族間で、身体記憶に触れることのリスクがあった、というものだったから。
黒姫様も同席されることになったのは、他のどの竜よりも治療に長けていることと、何より、黒姫様自身が世界樹と頻繁に交流されていることもあって、この件に強い関心を示されたから、とのことだった。
「黒姫様お久しぶりです。同席していただきありがとうございます」
<興味があった故、気にせずとも良い。それで、幻影で仮初の竜の姿を模したとか。見せてみよ>
普段より大きな体格の二柱が並んでいることもあって、いつものように尻尾の上に頭を乗せたリラックス姿勢ではあるんだけど、なかなかの迫力だ。
ケイティさんに長杖を用意して貰い、さっそく銀竜の姿を出してみる。
ちょっと体を伸ばして、羽を広げて、なんてしつつ、歩いてみたり、体を起こしてみたり、なんてしながら、反応はどうかなー、とちらちらと銀竜に様子を伺わせる仕草をさせてみたりと、やってみたら、そこまで、と思念波で終わりを告げられた。
<幼竜の芸として見ればなかなか良い出来よな。良く観察しており、遠目で見れば違和感も少ない>
黒姫様の採点だと、悪くはないってとこのようだ。思念波から伝わってきた感触からすると、どうも不気味の谷に近い感覚を覚えたっぽい。
っと、白岩様がフォローしてくれた。
<そう厳しい目線で語らずとも良いではないか。褒めて伸ばすのが肝心とも言うぞ>
っと、フォローではあるけれど、何気に棘も含んでる言い回しだ。良いところもあるから、そっちは褒めよう、と。
ふむ。
おや、二柱が目線で合図し合って、こちらの様子を伺う仕草を見せた。む、つまり、足りないところを話してみろ、と。
二柱に断って、もう一度、銀竜の幻影を出して、それと二柱を比べてみる。どうせならと、同じように尻尾を身体に沿わせてそこに頭を乗せて休んだポーズにもしてみたけれど。
お。
「止まっているように見えて、実際の竜、というか僕達もそうですけど、呼吸をしたり、バランスを取ったりしてるから、僅かではあるけれど揺れがあるんですね。それに姿勢を変えた際の重み、体の変形をしてないから、生々しさが足りないと思いましたがどうでしょうか?」
ぱっと見では似ていても、微動だにしないマネキンとかはやはり違和感があるし、似ているのに違う、ということへの拒否感も確かに湧いてきた。これだったら、デフォルメしたアニメ絵柄の竜の方が子供受けも良さそうだ。
<自分で気付けたならばそれで良い。我々、竜族を良く知らぬ者達に見せるのであれば、十分な出来栄えと褒めもしよう。ただ、我らに見せるなら、似ている程度では逆に違和感を覚えてしまう。其方ら、街エルフの魔導人形達のように、魔力以外では人と区別が付かぬ出来栄えとできれば、その違和感も失せようが。ただ、それはアキの求めるものではなあるまい?>
黒姫様も、子供から宿題の工作を見せられた母親のように、まぁ良し、と褒めてはくれたものの、僕の熱の入れ具合にもちゃーんと気付いてくれていた。
「仰る通り、幻術を極めよう、とか思ったりはしてないので、これは消しておきます」
っと。
幻術を消して、長杖もケイティさんに返した。
それでは、と白岩様が話を切り出す。
<一晩経ったが加減はどうだ?>
「はい。おかげさまで特に生活に支障は出ていません。先ほど、竜の幻影を出した時も、竜の身体感覚は幻影の動きに紐づいていていて、幻影を消したところで、その感覚も掻き消えました」
<竜眼で視ても、昨日のような揺らぎはもう感じられない。トウセイの語った通り、それぞれに相応しい身体を用意することで、心の在り方がきっちり分けられたようだ>
それは良かった、と安心した思いが思念波で伝わってきた。これは嬉しい。
ただ、それはそれとして、と黒姫様が別の視点の意見を告げてきた。
<アキ、ひとまず、竜族の身体記憶に触れた件は経過観察とするが、私が来たのはアキに自重を促す為だ。具体的には世界樹、連樹、この二柱との心話は当面は禁ずる。何故かわかるか?>
淡々とした物言いだけど、僕の反応を見定めようとする眼差しの圧がなかなか強い。小さい子なら萎縮しちゃう気がする。
まぁ、そうした態度をされているのは、僕に対してなら、本気度を伝える為にそうした姿勢が妥当、というのと、僕が変に誤解しないだろういう信頼感からだろうね。
ん。
「それは、二柱が樹木の精霊系、つまり、植物に属する種族であり、その在り方が、我々、動物系とはかなり遠い位置にあるから、ということでしょうか? 今回の竜族のソレに触れた場合よりも、強い影響を受けかねない懸念があるとか」
そもそも自身で動く、という概念がない存在、という時点で、同じ姿勢でいるとストレスになるとか、体を動かすみたいな発想もない訳で、確かに下手に触れると悪影響が大きいかもしれない。
<それもある。ただ、勘違いして欲しくはないが、この命はアキだけのことを思って、ではない。ここまで言えばわかろう?>
そう言いながらも思念波で、世界樹や連樹のイメージを軽く示してくれて、優しい気遣いが嬉しい。
「僕が影響を受けるように、世界樹や連樹も逆に影響を受けかねない。そして、二柱は神であり、おかしな影響を受けては不味い、という事ですね」
っと、白岩様が割り込んできた。
<その二柱がアキからの影響を受ける事などあるのか? 湖に小石を投げ込むようなモノではないか?>
白岩様が指摘してきたのは規模感や濃度、密度といった話だね。コップの水に墨汁を垂らしたら、水は汚れてしまい元に戻すのは難しい。だけど、これが学校のプールなら、水の汚れに気付く人は稀だろう。まして湖なら、影響などゼロに等しい気はしてくる。
<アキとの心話で渡される記憶は、小骨のようなモノだ。小さいからといった無害とは限らない。喉奥に刺されば不快にもなる>
そもそも性質が異なるモノだから、規模感が違おうと希釈されるとは限らないって指摘か。なるほど。どちらの指摘も一理ある。
「利と害、どちらに転ぶかわからないのだから、安全寄りの行動を選べ。そういうことですね」
<それよ。安全か見極められてから触れれば良い。今は慌てる時ではない>
長命種らしい物言いだ。
<あまりゆるりとしていては、変化の速さについていけなくなる。ただ、此度の件では、確かに急いで伝え合う必要性もないか>
白岩様も、あまり竜族的な時間間隔で対応することを良しとは思ってないようだけど、地の種族の身体記憶を二柱にこちらから伝える必要性は低いし、樹木の精霊的な深い活動を僕が知る必要性がないのも確かだろうね。
黒姫様も静かに頷いた。
<樹木の精霊達には群れで行動する文化が竜族よりも更に薄い。精神を病んだとしても自然治癒に任せるのみで、治療する文化もないのだ。それに運命論だったか。その場から動くこともなく、周りの自然と共に生きていく彼らの思想には、運命論に近い思想が色濃く感じられて、出来事をただ受け入れる姿勢があまりに強い。危険があれば距離を取る動物とは異なる存在よ>
危なければ距離を離す、身を隠す、頼りになる者と合流して対抗する、そういった思想はどれもこれも動物としての行動原理があるから成立する話だ。その場に根付いて生きる樹木の精霊達にとって周囲の自然とは、どうであろうと受け入れるしかない変化であり、地盤改良をしたり、水源から水路を引いたり、獣害を防ぐために柵を設けるような思考も、彼らには殆どないだろうからね。
今の地が気にいらないからと、雲取様の縄張りに、空間跳躍で引っ越ししてきた世界樹の方が、樹木の精霊達の中で言えば例外、と。
っと、触れ合った魔力の感覚からすると、黒姫様も二柱と交流を深めていくことで、色々と気苦労をされているようだ。
「黒姫様、世界樹と頻繁に交流されていると伺ってますけど、勝手の異なることが多いようですか?」
僕の問いに、黒姫様は暫し、僕を眺めると溜息をついた。
<同じ地に居る事以外に共通点がないと言っても過言ではなく、その認識ですらも、誤りやもしれぬ。世界とは何か、存在とは何か、魔力とは何か。それまで当たり前と思った常識が、世界樹と触れ合うと、朝霧のように儚いモノに思えてきてしまう>
むむむ。
この発言がそこらの子供なら中二病発症か、などと思うところだけど、世界に頼らずとも揺るがぬ自己イメージを持たれている黒姫様をして、そも思えてしまう、というのはかなりヤバそうだ。
世界の真実を垣間見てしまった、自身が頼りとしていた足場、世界が崩れ落ちていき、例えようもない孤独感、焦燥感、無力感に苛まれる、そんな気配すら感じられる。
『黒姫様、感性の遠い相手と触れ合って疲れ気味のようですね。医師の不養生とも言いますし、あまり根を詰め過ぎないようご自愛ください』
ちょっと心配する気持ちと、一人で抱えてはいけない、という思いを言葉に乗せてみた。僕を支えていくれる大勢の人達、竜や妖精、それにトラ吉さん。そういった多くの存在に支えられて自身があるのであって、自分単独では自分は自分足りえないってことも認めないとね。
個で生きる竜には難しい概念かもしれないけど、幼竜時代にはちゃんと庇護者に頼って生きているから、共感できないモノではない。
僕の言葉に、黒姫様は目をぱちぱちさせて、驚いた顔を向けてきた。
<……他に頼らずとも揺るがぬ自己を持つ。そんな竜社会には無い文化だ。アキから見て、私は誰かの助けを必要としているように見えるか?>
ん。
『死なないことを生きている、と称するなら成竜に助力など必要ないかもしれません。年を重ねるほど飲食を必要としなくなっていくと伺ってますから。でも、それを生きていると称するのは寂しいですよね。変化の乏しい日々に飽いている皆さんの感性からすれば、延々と続くだけの死なない生活は魅力に乏しいでしょう? 黒姫様は多分、非日常に浸かり過ぎて、ちょっと心がお疲れなんです。日常に飽いたら非日常に触れる。非日常に疲れたら日常に戻って休む。言葉にすると簡単ですよね?』
他に頼らず揺るがぬ自己を確立できてるなら、自分の行動を律するくらい余裕でしょ?っとちょっと揶揄う思いもトッピングしつつ、街エルフの文化的視点で、すぐ息切れするような生き方ではなく、いつまでも続けられる範囲での全力で生きる事こそが美徳、という思いを言葉に乗せてみた。
僕の言葉に、黒姫様は驚きと迷いの気持ちを持たれたようだった。そして、そんな黒姫様の意識が少し内に向いている間、白岩様はその様子を静かに見守り続けていた。
◇
暫くして、そんな白岩様の様子に気付くと、黒姫様はバツが悪い表情を浮かべた。
<諭すつもりが諭されるとは思わなんだ。私も暫し気を休めるとしよう>
そう告げると、用事は済んだと言って黒姫様はさっと飛び去っていってしまった。
ん。
白岩様は軽く流す感じで、その様子を眺めていたけれど、あー、うん。ちょろちょろ垣間見える楽し気な気持ちもあって、見た目と内心の乖離が酷いのがバレバレだ。
「普段キリッとされてる方がふと見せる隙って良いですよね。こう、グッとくるものがあるでしょう?」
そう言って共感を求めたんだけど、白岩様は笑みを浮かべながらも言葉を選んだ。
<我はそれに触れず、黒姫もまた、そんな我の選んだ態度に触れなかった。だから、それで良い。相手の反応が楽しいからと何でも触れるのは幼竜だけと覚えておくのだ>
などと言いつつも、触れてる魔力からは、ああいうところは可愛げがある、ってところかな? 気遣う思いも持ちつつも、互いの関係を大切にしあう。二柱の間にはそんな意識があるように思えた。
何でもかんでも明らかにしてけばいい、なんてのは確かに品がない気がするね。今は、両者が意識しつつも語り合わなかった思いの余韻を楽しむことにしておこう。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。
竜の中でも治療技術に定評のある黒姫が割り込んできての診察回となりました。と言っても、竜眼で様子を眺めた程度で、後は今後の活動に制約設けるってとこでした。
あと、何気に成竜が揃って登場というのは初でしたね。多分、今後もそうそう起きないと思います。ロングヒルへの影響を考慮して、竜側も自重してますからね。今回は特例なのです。
それと黒姫にもブーメランが刺さり、世界樹との交流を少し休むことになりました。扱ってる内容が内容なだけに、あまりのめり込み過ぎないように注意しないと危ないことになりますからね。世界樹の方は、その辺りの機微にも疎いですから。
次回の投稿は、五月二十四日(水)二十一時五分です。
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