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19-20.生態の遠い種族の身体記憶に触れるリスク(前編)

前回のあらすじ:桜竜さんとの共同研究の件は、もうちょっと苦情を言われるかと身構えてましたけど、それほどでもなかったので安心しました。それにしても竜同士の関係って思った以上に気を付けるところが多いですね。共同研究したいと雄竜の誰かが言い出す前で幸いでした。あと、鬼の武を竜の身で再現する話も随分盛り上がりました。話に聞くだけではわからない微細な感覚も心話なら、言葉を介する必要がないので理解も捗り面白かったです。(アキ視点)


あと、今回のパートはタイトルを変えた関係で、前パートタイトルを(中編)から(後編)に変更しました。

白岩様との長い内緒話は、鬼の武を竜の身で体現する事への試行錯誤なんてところまで話がかなり脱線していたこともあって、かなり長引くことになった。


まぁ、長いと言っても心話でのことだから、いちいち言語化しないで済む分、話していた内容の濃さの割には時間は短かったんだけどね。それでも小一時間なので、久しぶりにかなりしっかり交流できたと思う。


ただ、心話を終えて自分の身体を意識したところで、強烈な違和感、というか感覚のズレを感じることになった。


<どうした、アキ>


白岩様も僕の変化に気付いたのか、竜眼で僕の事を視始める。


取り敢えず、揺り椅子(ロッキングチェア)から体を起こして、と。脱力しながら仰向けになるのがこれほど気持ち悪い、とは凄い感覚だよ。


ここは、普通じゃあり得ない違和感を伝える為にも言葉に意思を乗せよう。


『白岩様の身体記憶に長く触れたせいでしょうか。仰向けになって背中を何かに預ける姿勢を不快に感じてしまいました。それに何というか、手足が妙に長く感じるし、尻尾がないからバランスがとりにくいし、羽も無いし、首が自由に動かないように感じてて……』


手足が地を掴めない体勢が不安に感じられるし、羽や尻尾への意識はあるのに存在が感じられないことは多分、幻肢痛って奴じゃないかと思う。それに首の可動域の狭さや短さは、まるで腕をガチガチにギブスで固定してるような不自由さだ。


 うん、これは不味い。


っと、ケイティさんやお爺ちゃん、それにトラ吉さんも慌てて隣にきてくれた。


「アキ様、天空竜の身体イメージこそが正と感じて、自身に違和感を感じているということでしょうか!?」


ケイティさんの言葉に、僕は自分の手を見ながら指を動かして、その感覚を観察してみた。……うん、この驚きは不味いかな。


『指を動かせることに、器用によく動くなぁ、って感じちゃってるんですよね。あ、勿論、人としての身体の動かし方を忘れてるとかじゃないんですけど。できて当たり前のことを当たり前と意識できてない、うーん、何でしょう、これ』


揺り椅子(ロッキングチェア)から降りて、両の足で立っても、別にバランスを崩して倒れるようなことはないし、衣服を着てることに違和感……もないね。


そこは幸いだった。感性が竜寄りになって、裸族万歳とかになったら、ミア姉に申し訳なくて引き籠りたくなるところだった。


<自己イメージに揺らぎが生じているようだ。以前の疲弊していた時とは違い、弱ってる訳ではない。ケイティ、トウセイ、それとソフィアを呼び寄せてくれ>


「医師ではなくその二人である理由を教えていただけますか?」


<トウセイは大鬼に変化できただろう? 異なる身体の記憶を持つ者の見識に頼るべきだ。ソフィアはアキの師であり、その知は深く広い。トウセイとは別の意味で助けとなろう。それに医師でないのは、恐らく今のアキが感じている違和感は病気や怪我ではないからだ>


 ん。


『白岩様の身体記憶、つまり天空竜としての身体感覚に意識が寄り過ぎる、つまり記憶の混濁とか、認識の揺れみたいな話でしょうか』


自己イメージの強化に取り組んでて、自身のイメージも昔よりかなり明確に感じられるようになっていたのに、天空竜としての白岩様の自己イメージの余りの鮮明さ、リアルさが心に強く残ってるせいで、なんか違うという気持ちになってしまう。


人と竜のイメージが混ざってるというよりは、二つの身体イメージが重なってる感じ、かな。どちらも明確にそれぞれが完結する形でイメージは成立している。だけど、自分の身体、と思った時に竜としての身体も常に意識しちゃってる。


「使い魔を操る術者も必要かもしれんぞ。鳥を操る術者は自身とは異なる鳥の視覚を共有すると聞いておる。アキが人と竜の意識を感じておるのではあれば」


「それでは、トウセイ、ソフィア両名にその旨を伝え、こちらに招きます。それ以外の関係するメンバーにも一報を入れましょう」


「それが良いじゃろう」


ケイティさんが杖で空中にさらさらと文字を描くと、暫くして了承を意味する文字がいくつか浮かびあがった。


「ニャ」


トラ吉さんが身を寄せてきてくれたので、ちょっと抱き上げて、顔を埋めてみたり、声を耳元で聞いてみたり、匂いを感じてみたりしてみた。指に感じる体温とか鼓動、それに毛並みを撫でた時の感覚、それらに触れることでだいぶ心が落ち着いてきた。





それから三十分ほど、白岩様やケイティさん、それにお爺ちゃんとも触れ合ってみたり、抱きしめて貰ったり、なんてことをしているうちに、トウセイさん、師匠の二人が慌ててこちらにやってきてくれた。


ケイティさんが掻い摘んで状況を説明すると、トウセイさんが口を開いた。


「アキの今の状態は、恐らく身体イメージを明確に分けていないからこそ起きているように思える。普通は身体があってそれを動かして記憶が形作られるが、その過程を心話で飛ばして、直接、異なる種族、今回の場合、白岩様の身体記憶に深く触れて共有した。だから、竜としての身体記憶の結びつく先がなく、人としての身体イメージに繋がってしまってるのだろう」


自身の場合、鬼としての普通の身体イメージや記憶と、大鬼となった時の身体イメージや記憶は、自身の中で完全に分かれており、今がどちらの身体なのか認識して切り替えることで、感覚の混濁や揺れを回避している、と教えてくれた。


ただ、そういった話は変化の術で新たな体を得て、それに触れつつ、身体イメージを育てていく流れで考えていたから、僕の今回の件は完全に想定外だったと驚きを露わにしてもいた。


「つまり、本来なら実際の身体とそれに合わせた身体イメージと身体記憶があり、それらをまるごと切り替えるからこそ、異なる身体でも順応できるって話かい」


「そう考えている。ただ私も心話には詳しくなく、エピソード記憶やそれに付随する感情といったモノに触れて、言葉を介するよりも直接的に伝えられる、という認識しか無かった。だから、自身の身体感覚のような下位の記憶まで触れられるというのは、正直、信じ難い部分もある」


師匠の確認に頷きつつも、トウセイさんは思いを正直に話してくれた。


っと、白岩様が補足してくれた。


<トウセイ、その件だが、我の身体記憶の深い部分まで伝わった訳に思い当たる事がある。それは鬼の武だ>


「我らの技?」


<鬼族は、その武で、身体の隅々、奥底まで深く意識し、それぞれを繊細に操作することで全体として無駄を削ぎ落し、最適化された動きや魔力遷移を行っているだろう? 我はその技を竜の身で同じように実践している。だから、漫然と体を動かすのではなく、骨格や筋肉の動き、力や魔力の加減まで細かく意識していたのだ。それら多くの経験を束ねて全体の動きへと昇華させていたのだが、その身体記憶に深く触れるということは、身体感覚の応答といった部分もることなったのだろう>


なるほど。


漫然と体を動かしているなら、心話をしてて記憶に触れても、そんな深い層までることはないってことだね。何せ本人も覚えてない、意識してないんだもの。


でも、竜眼を使える白岩様は、長い首で自身の身体の動きもかなりの部分は内側まで含めて視ることができるから、羽ばたき一つ、飛行姿勢一つにしても、どこに無駄があり、鬼の武のように洗練させるなら、何をすればいいか確認できる。


そして、体の各部位を改め、それらを束ねて身体全体の動きとして、と段階を経ていく訳だから、人で言えば指の先に至るまで意識を通して演舞をするようなモノってことだよね。


確かに今思い出しても、触れた白岩様の身体記憶はあまりにもリアルで、自分にはない羽や尻尾を動かす時の感覚もしっかりイメージできたからね。


「つまり、アキの今の状態は、鬼の武を習得された白岩様相手に心話をしたからこそ起きたという事ですか」


師匠は咎める意識はないものの、なんてレアケースだ、と困った顔をみせた。


<まさかこのような事態になるとはな。トウセイ、先ほどの話であれば、アキが竜としての身体イメージを持てば、記憶をそれぞれに分けることで事態を収束できるのだな?>


「私の経験通りであれば」


トウセイさんの返答を受けて、白岩様は少し思案されると離れた位置に幻覚の竜を創り出した。銀色の鱗を持つ、白竜さんより更に小柄で幼いイメージの若竜って感じでなかなかの美人さんだ。


<アキに竜の身体を持たせることはできぬが、こうして幻術で自身の竜の身体を創り、それを操れば、記憶を分ける一助となると思うがどうだ?>


 ほぉ。


『こちらの竜は、白岩様のイメージされた、竜としての僕の姿ですか?』


<アキが竜に化けたなら、きっと鱗はその髪のように銀色に輝くと思ったのだ。どうだ? なかなか良い出来と思うが>


幻影の銀竜は、僕と視線を合わせると値踏みするような眼差しを向けると、良い事思いついたって感じの悪巧みな表情を浮かべた。


 げ。


白岩様から見た僕って、こんな悪戯っ子イメージだったのか。うーん。


っと、その様子を見ていた師匠がなるほどと頷いた。


「腕を失くした者の治療に用いる鏡の箱を幻術で行うのですね。……アキ、できそうかい?」


僕が教わった古典魔術はある意味、やりたいことは何でもできる。だから、狙う効果が幻術だというなら、それも可能だろう。


そう思いながら、白岩様の出してる幻影の銀竜を視てたんだけど、問題点発見。


『発動はできると思いますけど、足りない部分に気付きました』


「そりゃなんだい?」


『幻影を正確に出すのに知識が足りないんです。具体的に言うと背中側、羽と羽の間のところの肉付きと、足の裏! 普段、見慣れてないから、幻影を出してもそこだけあやふやになっちゃいます』


他は多くの竜を見てきているから、いくらでも思い描けるんだけど。背中部分となると、体格差の問題で殆ど見たことがないし、羽を動かした時の筋肉の動きも手足や首に比べるとイメージがあやふやだ。それに足の裏もまじまじと眺めたことなんてないからね。


<それなら、ほれ、じっくり視るといい>


白岩様が幻影を操作してくれて、銀竜がとことこと背を向けると羽をゆっくり広げて見せてくれた。


 ふむふむ。


僕がじっくり観察したところで、今度は片足を持ち上げて足の裏をじっくり見せてくれた。


 ほぉ。


やっぱり鳥類系だね。それに形状も人の足に近くて鳥類のように掴む動きはできない感じだ。


そんな感じで、もう目を閉じてもしっかり思い描けるぞ、というところまで堪能したところで、ふと周りを見回すと、なんか呆れた顔をされていた。


『しっかり眺めてこれで自信をもって幻影を出せそうです。ところで何で皆さん、そんな顔をされてるんです?』


「ほっておいたらいつまでも眺めていそうな弟子の様子を見ていたら、本当に体の違和感に困っていたのか疑問を持ったのさ」


師匠が呆れながらも理由を教えてくれた。


 ふむ。


おっ、あまりに集中して観察してたせいですっかり意識の外になってたけど、身体に意識を戻したら、確かに違和感が戻ってきた。戻ってきた、というのも何とも奇妙な言い方だけど、感覚はそんなところだ。


ケイティさんから長杖を受け取って、と。


では、幻術で白岩様プロデュースの銀竜を出してみよう。





しっかり目の前で、生きているようにあれこれ動かして見せてくれた白岩様作のお手本があったので、初挑戦の幻術もちゃんと発動させることができた。


まぁ、最初は見た目が似てるだけで、体を動かすと下手さが露呈しちゃったけど、白岩様の身体記憶を元に幻影の銀竜を動かすと、それなりに動きも洗練されてくことになった。


何より、記憶と結びつく竜の身体が目の前にあって思い通りに動かせることで、僕の心の中が徐々に整理されていくのがはっきりと意識できた。そうそう、この身体だよね、って感じで、羽も尻尾も動かせるし、長い首で真後ろだって簡単に視線を向けられるんだよね、うん、うん。


<揺らぎもだいぶ収まってきたようだ。ついでだ、表情も色々試してみるといい>


白岩様に促されて、僕は自分の感情に合わせる形で、目の前の銀竜の表情筋を動かしてみたり、口を開いてみたりと、思いつく限り試してみることになった。幸い、雌竜さん達の表情なら沢山観てるからね。桜竜さんのおかげで怒ってるポーズの顔付きもイメージできるから、百面相ってくらい色々試してみた。


最後には、いちいち意識しなくても自然に銀竜の姿を操れるようになったけど、その辺りで、師匠に止められることになった。


「アキ、それで体の違和感とやらだが、もしかして、もうすっかり無くなったりしてないかい?」


 ん。


『あ、はい、そうですね。ちょっと幻術を止めてみます』


名残惜しいけど、幻影の術式を終えてみた。銀竜の姿が消えていき、僕は視線を落として自身の手を眺めていた。


 ぐーぱー、ぐーぱー。


手を動かしてみたけど、これは人の身体、と意識が切り替わったようで、幻影の銀竜を操り倒す前まで感じていた違和感はもうどこかに行ってしまっていた。


『えっと、治ったみたいです。違和感もすっかり無くなりました』


いやー、一時はどうなることかと、なんて話したら、師匠が近付いてきて、指を弾き、デコピンを食らってしまった。


「まったく、馬鹿弟子には困ったもんだよ。今回は魔術の訓練じゃなく、違和感の解消が目的だったことを忘れてんじゃないよ」


 ぐぅ。


『すみません、えっと、お手数お掛けしました』


「ニャ―」


謝ると、トラ吉さんが揺り椅子(ロッキングチェア)の上に乗って僕を呼んだ。座ってみろ、ってことらしい。


座ってみると、今度はリラックスできるし違和感もなくなった。お腹の上に乗ってきたトラ吉さんを撫でてみたけど、うん、問題なしだ。


「アキ様、そろそろお休みになられる時間です」


ケイティさんが時計を示してくれたけど、確かにそろそろ別邸に戻らないといけない時間だ。


<ケイティ、念の為、明日の朝も様子を見るとしよう>


白岩様も、問題を抱えたまま日を越さずに済んで良かった、と言いつつも、皆にも明日も集まるよう提案してくれた。勿論、それに異はなく、その為の調整はしておくとケイティさんも引き受けてくれた。


 ふぅ。


どうなることかと思った、とトウセイさんも苦笑しつつ、安堵の表情を浮かべていた。師匠もリア姉に心話の指導をもっと急がせたほうがいいね、などと話しつつも、スタッフさんが用意してくれた椅子に座って、疲れた、疲れたと連呼してる。


時間もないので、僕はケイティさんと一緒に別邸へと戻ることにしたけど、白岩様も含めて他の皆さんは、今回の件についてもう少し残って色々考えるとのことだった。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。


白岩様との内緒話も終わったところで起きた、想定外の事故でしたが、何とか問題を引き摺ることは避けられたようで良かったですね。


まぁ、そう考えているのはアキくらいなもので、後に残った皆さんは、今回の件について真剣に討論していることでしょう。その辺りの話は、次パートで行います。


今回は変身モノでよくある怖さ、変身した後の姿に影響を受けてしまう問題について触れてみました。実際に変身してる訳じゃないんですけどね。でも遠い生態の種族の感覚を得たという意味では変身モノ系なのです。


なお、幻術で何でも出せるかと言えば、今回の銀竜の場合、そもそもアキが重度の竜マニアだからこそ微に入り細を穿つ出来栄えとなった訳で、動きも含めると対象への深い理解とそれを明確にイメージできる想像力がなければ成し得ない高難度技でした。それに白岩様が高精度なお手本を出してくれてましたからね。真似ることからスタートだったので、その分、ハードルは低くなってました。


アキは白岩様プロデュースの銀竜が悪戯っ子な笑みを浮かべていたことにショックを受けてましたが、まぁ、桜竜の件でも明らかなように、本人もだいぶ楽しんでましたからね。桜竜を煽った時に誰かに鏡を見せて貰えば、うん、悪戯っ子だわ、と納得したことでしょう。


……しかし、公開演技(デモンストレーション)の内容を踏まえて意見交換していた代表達は、後からこんな事故案件の話をぶち込まれて、心配もしていたでしょうが、さぞかし渋い顔もしてた事でしょうね。なんでこうも問題が起きるんだ、と。


次回の投稿は、五月二十一日(日)二十一時五分です。

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