19-18.白岩様と内緒話(前編)
前回のあらすじ:無線標識と受信機の試験機による公開演技も無事終えることができました。白岩様が妖精の道を見つけるための計画について、絵図を用意して各部族に説明して回ってはどうか、と提案してくれたのは嬉しかったです。竜族は個で完結してる生活スタイルだから、他者と協力して何かをするという事への理解が疎い問題がありますからね。それに共闘程度の話と違って、複雑さなら、攻勢作戦編成の運用にも匹敵するか上回るくらいなので、今のうちから説明して回った方がいいでしょう。(アキ視点)
公開演技も終わったので、楽しい時間でしたね、と軽く〆の挨拶をして解散とした。他の皆さんはと言えば、レイゼン様の提案で、連邦大使館に場所を移して、今回あれこれ観たことを肴に二次会に雪崩れ込むことになった。まぁ、色々と見栄えのいい演目が多かったから話も弾む事だろう。
依代の君とヴィオさん、ダニエルさんの三人は、顔合わせも済ませたので皆から分かれて、ヨーゲルさんと別邸で話をする、なんて流れになるそうだ。彼がとってもやる気を見せている子供用のハンググライダー制作と飛行プランについて話を詰めていきたいそうだ。寄り添う二人が彼を止めないのは、どうせなら目が届く範囲でやらせた方がまだ精神的に負担が少ないから、とのこと。
ちなみに、彼は神術を使えば推進力を得るのも、落下した際に身を守るのも容易いと言ってたけど、これには二人から強い懸念を示されて、当初の勢いを失うことになっていた。二人の懸念していることは「依代の君の身体は、世界樹から創り出した人形であって、怪我をしても生き物のように傷が癒えたりしないのではないか?」ということ。
これは結構、難しい問題で、白岩様も話に混ざってくれたけど、竜族が創造術式で傷んだ部位を補う治療をする方法は、いずれは生体組織が創造部分を代替するからこそ成立する場繋ぎ技であって、人形に自然治癒能力はないから、傷んだ部位を創造術式で補っても、それは仮初の治癒に過ぎず、どこかのタイミングで創造部位が消えてしまい危ういだろう、と諭されることになった。
それなら、魔導人形と同様、新しい部品と入れ替えて修理すればどうかって話になる訳だけど、彼の身体を構成している素材は、そもそもが世界樹の枝、という極めて希少な品であって、それを得たのも相応しい対価を示したから、という問題があった。貰った世界樹の枝も加工したことで削りカスくらいは残ってるだろうから、ちょっとした傷や凹みくらいなら修繕できる気もするけど、大きく損なったら手持ちの材料では足りないだろう。
あと、頭を損傷したら頭を入れ替えれば修繕完了ってことになるのか、そもそも依代人形の一部を入れ替えたとして、降臨状態の維持に問題が生じないか、などなど、当然だけど、過去にこんな事例はないので、ここまでなら大丈夫、と言えないもどかしさがあった。
『ねぇ、依代の君。キミも神様なら、こう、未来の先読みとかできないの? 凹んだ部位を埋めて修繕した先とか、腕を交換したらどうなるとか、頭ならどうか、とかとか。あと神術は過程を飛ばして結果を手に入れる神技な訳だから、壊れた部位を壊れてない状態に戻しちゃうとかできない?』
日本の作品とかだと、神の類だと、体を部分的に失っても、自身の存在が保持できていれば、神の力で治すのは容易い、みたいなパターンも結構あるからね。身体という容れ物がなくとも、存在し続けられるというのはいかにも神様って気もするし、どうかと思ったんだけど。
『……無茶を言うな。ボクは人形に降りて現身を得ることで「マコトくん」から枝分かれした存在なんだぞ? アキがミア姉の身体があるからこそ不安定な魂が安定しているのと同様、ボクもまた現身があるからこそ、依代の君として独立した存在であり続けられると言えるんだ。確かにこの夏、多くの経験をしたことでボク自身の個性を得つつはある。だが現身なくして安定し続けられるほどかといえば、それには程遠いだろう』
ふむ。
『まぁ、こちらの神様の在り方として、努力する者の背をそっと押す程度の助力に留める、というのもあるから、因果律を捻じ曲げて、今のはなし、ってやるのは、なんか悪影響が出そうだよね』
よくあるパターンだと、辻褄を合わせるために、世界がその分、変容してしまうとか、さ。
『理を捻じ曲げると、どれだけこの世に影響が出るのか、それはボクも知らない。ただ漠然とだが、あまり捻じ曲げてはいけないとは感じている。色々と試してみれば加減もわかるだろうが――』
そこまで話したところで、横からヴィオさん、ダニエルさんにそのような真似は控えるようにと切々と諭されることになって、彼は早々に手を上げて降参の意を示した。
『ハンググライダーは地球での初心者の飛行と同様、二人乗りにして、ボクがいきなり一人で乗るような真似はせぬと約束する。それとこちらなら空間鞄で荷を軽くできるから、制御不能に陥った時に備えた落下傘も備えることを提案してみる。あぁ、だから二人とも少し落ち着こう』
その後も、依代の君は次元門構築で神術の使い手として一翼を担う立場を思い出すべきだとか、空を飛ぶ時には万一に備えて妖精族の誰かにも同行して貰うべきだとか、言われたりして、彼も続きは、ヨーゲルさんを交えて、ちゃんと皆が納得できるところまで話し合い、それが済んでからハンググライダーに手を出すことを約束して場を収めることになった。
こうしてるとほんと、すっかりお姉ちゃんっ子って感じだよ。
まぁ、彼もそうして庇護下にあること自体を楽しんでる感もあるし、自身に枷が付くことを良しとしているところもあるから、それでいいんだろうね。生まれてまだ一ヶ月ちょいと看做すこともできる訳だし、独り立ちできる程には世の事を知らず、自身も知らない、と自覚してるんだろう。良い傾向だ。
そんなやり取りもあって、三人もまた、別邸へと場を移すことになって、第二演習場もだいぶ静かになった。
◇
さて。
この場に残ったのは支援スタッフを除けば、僕と白岩様だけとなった。
<ではアキ、少し心話をしよう。内緒話だ>
白岩様が少し茶目っ気を出した言い回しで誘ってくれた。
「はい。話は長くなりそうですか?」
<揺り椅子があると良いか。体を預けるように座れて疲れずに済むだろう?>
つまり、長丁場と。
ケイティさんの指示で、素早くスタッフさんが揺り椅子を心話魔法陣内にセットしてくれた。これなら、心話を少し長めに行っても負担は少ないだろうね。
さて、では魔方陣を起動して、と。
<はい、これで内緒話できますね、白岩様>
<桜竜の件もそうだが、先ほどの気付きの確認もせねばならないからな。内緒話の方が良い。それでアキ、先ほどの会話で気付いたことを教えよ>
触れ合わせた心の感じからすると、どうも激突時のダメージをゼロにする技もまた竜爪とか、空間跳躍とかと同じで、幼い竜が使うべきではない技だったようだ。
自身のイメージ強化もまだまだ不十分な僕が手を出すとなんか不味そうなので、ここは大人しく、感知した内容をしっかり伝えて、なんか便利そう、怪我せず済むならいずれは試したみたいなぁって思いも隠さず渡してみた。
<……危惧してはいたが、やはりかなり伝わっておったか。アキも感付いたように、その技は己の存在の位相をズラすモノだ。聞いたことはないか? 魔獣や竜に対しては魔剣の類でなくては傷付けられぬと>
おや。
<えっと、こちらではまだ聞いたことはありませんでした。地球だと、その手の伝承は多いですね。普通の武器では傷つけることができず、ドワーフに鍛えられたとか、精霊から授かったみたいな特別な魔剣とか魔槍みたいな武器でないと倒せないとか>
っと、白岩様の心の変化からすると、ちょい先走ったか、みたいな後悔が少し、でもどうせ知るだろうから、今のうちに諭しておこうって気持ちが大半、かな。
<後でヤスケ殿かリアにでも聞いておくといい。魔獣や竜には普通の武器、つまり魔術によって力を付与されてない武器では効果が薄いとされる。まったく効果がない訳ではないが効果がない事が多い。何故かわかるか?>
うーん。
<あれ、でしょうか。鬼族の技、魔刃みたいな感じで、斬る理がそもそも違ってるとか。ただの紙に魔力を通して刃とすることで固い煎餅とかもスパスパ斬ってたことからして、普通の刃物で斬るのと、魔刃で斬るのは結果は同じでも、過程が違うって気がします。どう違うのかはわかりませんけど>
実際に見せて貰った時の記憶を渡して、単なる紙では当然だけど煎餅に当てても紙が曲がるだけ、でも魔力を通してぴんっと張った魔刃状態であればバターに熱したナイフを当てたように抵抗なく斬れた様を伝えてみた。
ん。
今度は感心して貰えた。やっぱり、単に斬れ味が増す、みたいな話じゃない、と。
<魔刃か。丁度いい例があったな。その魔刃だが魔力付与されてない対象ならば簡単に両断できるが、魔術の障壁や、術式を付与された盾などとは拮抗する。そこから物と魔力の理が導けよう>
<普通のモノに対して、魔力によって構成されたモノは上位に位置する、優位な関係にあるってところでしょうか。耐弾障壁が撃たれた弾丸を簡単に止められるように、魔力が絡まない現象、存在は、見た目の力の大小とは違った理によって、魔力が絡む現象、存在の方が優先される、とか>
触れた心からは、褒める気持ちと、やはりそこまで見通すか、という達観みたいな気持ちが感じられた。
<アキが推察した通りだ。我ら竜族や魔獣はその身に常に膨大な魔力を有しており、魔力のない現象、存在に対して優位にある>
<それは、地の種族が身体強化の術式を用いてるみたいな?>
<それは雨粒と滝の流れを同列に語るような論であってあまり適切ではないだろう。身体強化術式を纏った程度では、我らの素の状態に対して拳を振るったとて、何ら効果は期待できまい>
伝わってきたイメージからすると、魔刃を障壁術式を付与した盾が防げるのは、両者の魔術的な力が拮抗しているからであって、人と竜では素の力が違い過ぎて、付与なしで殴った人と、物凄く障壁強化した盾くらいの差があるようだった。
というか、そこまで差があるんだ。吃驚だ。
んー、つまり、墜落時のダメージをゼロにできる技っていうのは。
<えっと、墜落しても怪我をしない技というのは、紙に魔力を通して魔刃とするように、自身の身体に魔力的な意味で強化をすることで、激突した衝撃を防ごうって感じでしょうか。ん、でもさっき、位相をずらすって話してたから、物理的な体を強化する身体操作術式とは違う、と>
僕の予想は当たったようで、白岩様も頷いてくれた。
<魔刃が一方的に対象を斬るように、己が存在の位相を変える、つまり魔力的な存在、位階を変えることで、下位に位置する現象、今回の話でいえば墜落した際の衝撃を無効化するということだ>
おぉ。
<それってすっごく便利ですよね。空を素早く飛ぶ竜族ならいざという時に使えれば安心でしょう。って、もしかしてそれもまた成竜なら皆さん使えるとか?>
<そうだ。そして、位相変化と呼んでいるが、これは空間跳躍と同様、自身のイメージを完全とし、世界に頼らずとも己を保てるようになって初めて試せる技でもある。ここまで言えば、なぜ、こうして話をしているかわかるな?>
う。
<それは、えっと、自身の在り方を変える、世界に頼らず、と言われた事は、自身の外側だけではなく内側、つまり自身の身体も含む、ってところで、魂の安定化に身体という枠に頼ってる僕は、手を出すと不味いって感じですか?>
<そうだ。アキは黒姫から成竜相当と認められるまでは試すでないぞ。そもそも空間跳躍の時もそうだが、普通は実力がついてきて初めて垣間見る領域を、アキは心を触れ合わせることで、準備が整わぬ間に知ってしまう。だが、それは良いことではないのだ>
なるほど。
っと、おや、触れた心からすると、僕が感じたような物理衝撃無効化だー、みたいな超技じゃないっぽい。
<えっと、もしかして、位相変化ですけど、実はあまり信頼しきれる技ではないとかですか?>
<……その通りだ。地球で育ち、こちらで魔力の感知に不自由しているアキには実感しにくいだろうが、こちらの世界では、万物は多かれ少なかれ、魔力が含まれているのだ。だから、厳密に言えば、魔力付与されていない武器と言っても、僅かに含んではいるのだ。それが無視できる程度に微弱というだけで、な。そして、樹々であれば樹木の精霊が宿る木のように魔力を多く持つモノもいる。地にあっても魔力を多く含む鉱石や宝石の類もある。つまりな、位相変化を用いて無効化したつもりが、そういった魔力的な存在の強いモノが混ざっていればどうなると思う?>
あー。
<布団が敷いてあると思って飛び込んだら、底に尖った石があってめっちゃ痛い、みたいな目に遭うと>
実際にそうなった感じを想像して、痛がってる様子まで渡してみたら、大きく笑ってくれた。
<そう、それだ。なまじ無効化できるなどと思っているからこそ、余計に痛くもなる。我らもこの技は成竜なら誰でも使える。だが、頼ることは良しとはしていない。頼ると注意が疎かになり、予期せぬ痛打を食らうことにも繋がるからだ>
なるほど。
<武術でも、打たれると解って身構えてるのと、不意を打たれて弛緩したところを打たれるのでは、結果はまるで違いますからね。しかも位相変化の場合、無効化できる気で防御も疎かにしてるから余計に酷い事になりそう>
<鎧で剣を防ぐつもりが、鎧ごと叩き斬られるような話だな。防ぐことを前提に次の技へと繋げようとしていたところに、前提を崩されるのだから、立て直せぬまま押し切られてしまうかもしれん。そしてな、墜落してるような状況下では、激突する対象を無効化できるか、そうでないかなど見極めてる暇もない。だから我らの中では、位相変化は優先度が低い技なのだ>
そもそも明確に危ういと竜眼で視通せたなら、拮抗する位置に多重障壁を展開するなど、他に手はいくらでもある、なんて事も教えてくれた。
<ご忠告ありがとうございました。そもそも位相変化に頼らないと不味いような事態になることが怖いですし、試したりしないことを誓います。あ、この話って内緒話にしたってことは、他の人には伝えては不味いですか?>
<竜爪や空間跳躍と違って、位相変化はあれこれ試そうとすると碌な事になりそうにないから秘密にしておいてくれ。次元門構築の研究を進める中で情報を広めるべきと思ったなら相談せよ。開示するか否かはその時に判断しよう>
伝わってきた感じからすると、位相変化の効果を調べるには身体に何かぶつけるとかする訳で、しかも効果なしとありの差を調べたりすれば痛い目に遭うわけで、そんなの勘弁して欲しい、ってとこみたいだ。
うん、僕も位相変化にそこまでして貰う価値があるとは思えないし、ここは無理強いしないこと一択だ。
<はい。ではこれは僕と白岩様の秘密としましょう>
<他の竜にも話を振ったりせぬようにな。そもそも位相変化に熟達している竜などいないのだ。その技に頼る状況に陥ったこと自体、恥ずべき事を含んでる場合が殆どで、あまり好んで話題にしたい事ではない>
あぁ、なるほど。普通にやってれば他にもっと確実な対応手段があるのに、それが選べないようなヘマをした、という失敗談が前提となる、と。うん、それは話題として振るにしても地雷原確定なのだから、好き込んで選びたくはないや。
そういった微妙なニュアンスも含めて、敢えてそういうところに触れに行ったりはしませんよ、と思いを伝えると、白岩様も満足そうに頷いてくれたのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。
今回は、よくある伝承やTRPGなどで見かける強大な魔物に対して「特定の武器や魔剣の類でないとダメージが与えられない」という設定について、本作での扱いを披露してみました。と言う訳で、本編で説明した通り、本作に登場する魔獣や竜といった幻想種には通常武器の効果は乏しかったりします。小さいとはいえ魔獣なトラ吉さんが怖れられるのは、攻撃力もさることながら、通常武器無効という圧倒的な防御力もあるから、なのでした。なお、素のままではこちらの世界に存在できていない妖精達、これも幻想種です。ですが、位相変化に相当する技が使えるかと言えば、多分、使えないでしょう。妖精界はこちらよりも濃密な魔力に満ちてますからね。試そうとしたことも無いだろうから、賢者辺りなら面白がってあれこれ試しそうではありそうですけど。
アニメとかだと、結構前(SEEDだと21年前……)の作品ですけど、機動戦士ガンダムSEED、SEED EESTINYに登場した架空装甲技術「フェイズシフト装甲」みたいなモノでしょうか。通電してる間は装甲が相転移して色が変化し、物理的な衝撃を無効化する、といった設定でしたが、まぁ似たような効果と言えるでしょう。
なので、本作においては、天空竜に対して投石器とかで大岩とかを投げつけても殆ど意味がありません。そんなモノよりも、高度な魔力を付与した小さな魔剣の方がよほど脅威となるのです。英雄が活躍できそうですね。
で、ラストで語ったようにオチがついてまして、この技を使ったような話となると、大抵は失敗談とセットになる地雷原な話題となるので、いくら親しい間柄と言っても避けるべき話題とアキも悟ることになりました。知られちゃいけない秘儀じゃなく、恥ずかしいから触れて欲しくないって辺りは、本作らしいと言えるでしょう。
次パートはちゃんと、桜竜の件についての内緒話に入ります。
次回の投稿は、五月十四日(日)二十一時五分です。