3-7.翁と護符と耐弾障壁
前話のあらすじ:御者のウォルコットが、二頭立ての馬車で合流しました。明らかに定員オーバーなドワーフ技師達を乗せて。
今日はお爺ちゃんが、対弾障壁の護符と同じ仕事をこなせるか確認する事になった。
ちゃんと、妖精サイズのイヤープロテクターや、ゴーグルも準備万端だ。僕は前回同様、ケイティさんが杖で展開した耐弾障壁の膜の後ろからの観察である。
「それが銃か。魔術ではなく、スリングや弓でもなく、火薬の爆発力を用いて礫を飛ばす武器じゃったな」
「そうそう。礫じゃなくて弾丸。これがその弾丸だよ」
説明のために用意してあった弾丸のサンプルを見せる。
「――なんじゃ、団栗の実サイズとは随分小さいが、役に立つのか? どれ。ふむ、金属の塊か。まぁ見た目よりは重いが、元々が小さいからのぉ」
お爺ちゃんが、よいしょっと掛け声をかけて、両手で弾丸を抱えて持ち上げた。様々な角度から眺めたり、叩いたりと確認する仕草が可愛らしい。
「離れた位置にあるが、あれが目標の人形だ。ここにある鎧を着た人形と同じものだ」
ジョージさんが指さした先、防竜林の先には、前回同様、人形が吊るされている。
「あれがそうか。あんなに遠くで当たるのか?」
「当てるのは心臓の位置だ」
ジョージさんが、横にある人形の胸の位置をこんこんと叩いた。
「大きく出たな。お主、かなりの手練れか?」
「いや、並だよ。だが、ライフル銃は、この程度の近距離なら、新兵でも全弾をここに叩き込める」
ジョージさんの言葉を、ケイティさんや僕がそれを当然のこととして、普通に聞いている事に気付き、お爺ちゃんは目を丸くして驚いた。
「冗談ではないようじゃの」
「論より証拠だ。今から撃つから、よく見ていてくれ」
「お爺ちゃん、近くに雷が落ちたくらいの大きな音がするから気をつけてね」
「アキは心配性じゃの。安心せい」
お爺ちゃんは杖を振って、万全をアピール。
耐弾障壁の膜に隠れるつもりはないみたい。
確かに虹色の膜の輝きで、ちょっと見えにくいから、それを嫌ったのかも。
ジョージさんは、溜息をつくと、的が見えて、発砲炎で視界が遮られない位置に、お爺ちゃんをスタンバイさせると、ライフルを構えて、引き金を引いた。
轟音と共に的の鎧、その心臓の位置に着弾したのがわかった。衝撃で人形が大きく揺れている。流石に以前、何度も撃っているのをみていたから、今回は落ち着いてみることができたけど、お爺ちゃんはどうかな――
探してみるけど、お爺ちゃんがいない。
「お爺ちゃん?」
ケイティさんが指差してくれたので、その先にある木の枝を見ると、いつのまにそこまで移動したのか、お爺ちゃんの被っている帽子の一部が見えた。
あー、まぁ、五月蝿いよね、発砲音って。
しばらくして、頭を出したお爺ちゃんが、危険がないと分かると、ふわふわと降りてきた。
「まさに! まさに、雷が如き轟音じゃった。アキ、すまんかった。あれ程の爆音は儂の人生でも始めてじゃ」
ぺこりと頭を下げた姿は、とても好感が持てた。やっぱり、この妖精さんはいい人だ。
「その様子だと、的は見てなかったと思うが、あの通り、胸の中心に穴が空いてる」
ジョージさんに言われて、お爺ちゃんは遠くにある的のよう人形をじっと眺めた。
次に、同じ人形に近づいて、鎧をこんこんと叩いて、驚きの表情に変わった。
「この鎧は十分な厚みと、良い鍛治師が拵えた立派なモノじゃ。なのに礫をぶつけて、穴を開けたというか。――この鎧だが、魔術をぶつけてみてもいいじゃろうか。少し比較してみたい」
お爺ちゃんがキリッとした表情で、なんとも物騒な事を言い出した。ジョージさんがケイティさんのほうを見た。判断を委ねるようだ。
「どういった魔術を使うつもりですか?」
「槍をぶつける魔術じゃよ。まぁ、槍と言っても、お主らからすれば竹串のようなものじゃがの」
そう言って、お爺ちゃんが杖を一振り。
現れたのは、確かに妖精サイズ、竹串のような槍だった。とりあえず竹串の槍と呼ぼう。
「これを突き刺すと?」
「猪を狩る時のように、魔術で槍を打ち出すのじゃ。銃と比較するのにちょうどいいじゃろ」
ケイティさんは、竹串の槍をまじまじと観察して溜息をついた。
「やはり、アキ様と同じでまるで感知できませんね。いいでしょう。やってみてください。ジョージ、こちらへ」
ケイティさんに言われて、ジョージさんは僕達の後ろに回り込んだ。
「ほれ」
お爺ちゃんが杖を振ると、一瞬で加速された竹串の槍が人形に、突き刺さった。
鋭い衝突音が聞こえたけど、それはかなり小さくて拍子抜けするほどだった。
竹串の槍は、中程まで刺さっているのに、歪んでも折れてもいない。
「うむ。やはり立派な鎧じゃ。それを、あのような距離で貫通するか。銃とは凄いモノじゃ」
お爺ちゃんが杖を一振りすると、刺さっていた竹串の槍は、空気に溶けるように消えていった。
「この距離で鎧を貫通する投擲魔術も大概だと思うが。ところで翁。銃の恐ろしいところは、威力の高さだけじゃない。誰でも簡単に扱える命中精度の高さ、射程距離の長さ、エルフ並みの速射、そして、圧倒的な弾速。それらを全て兼ね備えている点にあるんだ」
「ふむ、速さ、それも圧倒的ときたか。では済まぬが、もう一度撃ってくれぬか。障壁で音を防ぐから、今度はちゃんと見ておるとも」
そう言って、お爺ちゃんは杖を振り、体をすっぽりと覆う薄い紅色の障壁を展開した。
ジョージさんは、ライフルを構えて再び発砲した。先程と同じように鎧の中心に穴を開けて、人形を大きく揺らす。
「……なるほど、驚きの速さじゃ」
お爺ちゃんは、障壁を消すと、目をまん丸にして、昔見たエルフの矢よりも遥かに速いと言って、体全体で驚きを表現した。
「銃の特徴を理解したところで、次は耐弾障壁を見てもらおう」
ジョージさんは近くに鎧を着た人形を吊るして、今度はリボルバー拳銃を取り出した。
以前と同様、ケースに入れた護符を人形の首から下げる。
「障壁とな? じゃがそれは触れた事を知らせる警戒術式じゃろう?」
さすが妖精さん。見ただけでその効果を看破するとは見事だ。
「その通りです。その護符は周囲に警戒術式を展開し、そこに銃弾のように危険な何かが触れると、耐弾障壁を展開して、それを無害化します」
ケイティさんの説明を聞いて、お爺ちゃんは半信半疑な表情を浮かべている。そして、何も言わず、さっさと障壁を展開して、杖で催促した。
「今度は素早く撃つから、しっかり見ていてくれ」
ジョージさんは両手でしっかり構えて、拳銃を六発、一息で全て叩き込む。
立て続けに放たれた発砲音と衝撃が肌に当たって、思わず首をすくめた。
放たれた銃弾は対弾障壁の表面に次々に波紋を浮かべて、力なく落ちていった。前回見た時より、気持ち、集弾率が上がってる気がする。
「なんと……弾が接触したところにだけ瞬時に障壁を展開しているのか。――いやはや、たまげたわ」
かっかっかっと、楽しそうにお爺ちゃんは笑っていた。
「お爺ちゃん、護符と同じことできそう?」
この分なら大丈夫なのかもと思って聞いてみた。
「アキ、儂は物質界の研究家じゃ」
「うん、そう聞いてる」
「その儂から見て、分かることが一つある」
「うん、うん」
「その護符がやってることは、素人がどうにかできるレベルは遥かに超えておる、ということじゃ」
清々しいほどの笑顔で、お爺ちゃんはそう言い切った。
「それって、お爺ちゃんには難しいってこと?」
お爺ちゃんが、子守妖精の仕事ができないと、前提が崩れる訳で、それはとても困る。
「儂がどうにかするのは無理じゃな。だが、儂はこの通り、人より少しばかり長生きしている」
無理だというのに、お爺ちゃんは全然凹んでない。何故だろう?
「長く生きておると、色々と力になってくれる友人達も増えてくるものじゃ。儂の手には負えない。ならば、素直に助けを求めればよいのじゃ。出発までにはまだ、しばらく時間はあるじゃろう? なら、いろんな奴に力を借りて、何とかするまでじゃ」
そう言い切ったお爺ちゃんは、ちっちゃいけど、とっても頼もしく見えた。きっと長い人生、艱難辛苦を乗り越えてきたんだと思う。そんなお爺ちゃんが何とかするというのだから、信じてみよう。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さてさて、お爺ちゃんの子守妖精としてのお仕事、護符と同じ仕事ができるか、ということで百聞は一見に如かず、まず実際にライフル銃の射撃とそれを防ぐ護符について体験して貰いました。
アキも懸念していたように、そう簡単にクリアできるハードルではない模様。
次回の投稿は、九月二日(日)二十一時五分です。