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19-16.依代の君と代表達(中編)

第二飛行場に代表の皆さんを集めて、依代の君との顔合わせも無事成功しました。白岩様に立ち会って貰い、妖精族からもシャーリス様、近衛さんが同席、彼の後ろにはヴィオさん、ダニエルさんが控えているという布陣になってましたが、少し過剰対応だった気はしますね。まぁ平穏無事に終わったので何よりでした。竜用リバーシに対する各種実演も楽しく観て貰えました。あれだけの大きさのある駒がクルクルとテンポよく回転する様は迫力がありますからね。ひっくり返してる僕は忙しかったんですけど。

それと、白岩様が桜竜さん関連でちょい話をしたい、と言ってるのは気になるところ。といっても、第二演習場での一連の公開演技(デモンストレーション)が終わってからですからね。今は司会作業を頑張ります。(アキ視点)

さて、竜用リバーシを皆で見て、お盆のように大きな駒がバンバンひっくり返る様子を眺めていたから、ちょっと騒がしい感じになった。今度はちょっと落ち着いて眺めることのできる催しにしよう。僕の提案に特に反対意見も無かったから、皆もテーブル席に戻って貰った。依代の君もヴィオさん、ダニエルさんと少し離れたテーブル席に着く。


「さて、それでは一部の人は見てる催しですが、魔力なしで空を飛べる飛行器具ハンググライダーの実演と、妖精界で現在、建造が進んでいる飛行船の小型模型の飛行を鑑賞しましょう」


僕が合図をすると、近衛さんの部下の妖精さんがスタッフさん達のところまで飛んでいき、妖精さんサイズのハンググライダーに座り込んで、ゆっくりと空へと上がり出した。


『今は、妖精さんは自身の飛行力を用いて高度を稼いでいますが、これは前準備になります。そろそろですね。ん、上空に吹く風に上手く乗って飛び始めましたね。無風の時は翼で空気を捉えても徐々に落下してきてしまいますが、御覧の通り、妖精さんもハンググライダーもとても軽いので、微風程度でも十分、揚力を得られているようです。妖精さん達の普段の飛び方とは違い、猛禽類が風を捉えて殆ど羽ばたかずに飛ぶ様子に似ている事がわかるでしょう』


上空を眺めながら、声を届かせる必要があるから、静かに飛ぶ様子を眺めることに専念できるよう、声は小さく、隅々まで届くようにとだけ思いを乗せて、解説をしてみた。


こうして見ていてもなかなか上手いモノだね。大きさが小さい分、超軽量模型飛行機みたいだけど、ほんと、ふわりと穏やかに飛ぶ姿は、何とも楽しそうだ。もしバランスを崩しても妖精さん自身が飛行能力を持ってるというのも、見ていて安心できる要因だろうね。


何せ、以前は僕がいない時にお爺ちゃん達が代表の皆さん達にお披露目した、と話に聞いただけだったからね。いつでも見せられる、と言いながら後回しにしているうちに、見る機会を逸してたんだ。


っと、今回、初めて見る方々には話を振っておこう。先ずは身を乗り出して眺めてる子供から。


『依代の君、熱心に見てるけど、やっぱり飛んでる様子を観るのは楽しいよね』


声に空への憧れの気持ちを乗せて話し掛けると、彼はちらりと僕に視線を向けると満足そうに手を握り締めた。


『あのように空の高みから生活している地を眺めるのも一興だ。地球(あちら)のように大型ファンを背負って推進力を得るのは無理となると、こちらだと飛行術式を刻んだ魔導具頼りか?』


『うん。前に進む力を与えれば翼が揚力を生んで上昇していくこともできるからね。妖精さんのような急角度での上昇はできないけど。普通の鳥と同じように少しずつ高度を稼いでいって、後は上昇気流さえ掴めれば、かなり長い間、自由に飛び続けることができる筈だよ』


上昇気流が生じやすい地形や気象条件などを見極める必要があるけれど、そこもまた楽しい、と話すと白岩様が感心した声を上げた。今回、初の観察となるからどうかと思ったけど、竜族から観ても、ハンググライダーの飛行は興味深いようで何より。


<良く分かっているな。大気の流れを利用する飛び方ならば我々、竜族の良く知るところだ。魔力を使えばこの身を浮かすこともでき、風が無くとも空へと舞い上がることもできる。だが、できるだけ風の流れを読み、その力を利用して、少ない魔力で大空を舞うことが良しとされているのだ>


うん、うん、そうだよね。ロングヒルに来ている竜族の皆さんの飛び方を見ていても、魔力を余計に使う飛び方はスマートではないって思ってる感じだもの。実際、鳥もそうだけど、風を上手く捉えて飛んでいく姿は優美だよね。


『雲の流れ方や早さ、それに草木の揺れ方が見えると難度も下がって良いでしょう。雲一つない快晴とかだと、風が吹いていても動きが見えないのが悩ましいですね。森エルフなら精霊さんが風を読んで教えてくれそうですけど。竜眼ならその辺りは見えますか?』


<竜眼なら何でも見える訳ではないぞ。夜空を見上げても満天の星空の瞬く様しか見えぬように、乾いた空気は魔力の揺れすら生まず、何もないところを凝視しても無駄というモノだ>


 ふむ。


『ハンググライダーは、羽ばたくことはなく、代わりに前進することで揚力を発生する飛行器具です。なので妖精さんや竜族の皆さんのようにその場に留まることはできません。上昇気流がなければ高度も落ちていくことになります。飛行術式で速度を稼げば上昇はできるけど、魔導具の力にも限りはありますからね。ありがとうございました』


さて、時間もあるからそろそろ切り上げるけど、残念そうにしてる子供のフォローと確認をしておこう。


『依代の君は、別の機会に何度でも眺められるんだから、そんなに残念そうにしないで。……ところで、キミ、もしかして自分も飛んでみようとか思ってたりする?』


そう。単に眺めてるにしては妙に気合が入ってるというか、前向きな雰囲気が怪しい。


『ボクなら、神術で推進力を与えて飛べるし、事故が起きて墜落しても身を守る程度造作もない。今度、ボクが乗れるサイズのハンググライダー制作をヨーゲルにお願いしてみよう』


彼はもう乗ることは確定って感じで、うん、熱く語ってくれた。


『まったく、研究以外頼むことはないって言った傍からそれじゃ、皆さんも不安になるよ? えっと、ついでだから確認しておきましょう。代表の皆さん達はこの前の春、妖精さんサイズのハンググライダーの飛行は御覧になってましたよね。その後、自国で試作、試験飛行とかされてみました?』


と、話を振ってみると、ふむ、他の面々は微妙だけど、ユリウス様のとこは試してるっぽいね。ユリウス様もどうも自分のとこだけが試していた、と気付いたようで、実状を教えてくれた。


「まだ丘の上から駆け下りて水平飛行するのを試している程度、それと試しているのはハンググライダーのようなフレームを持たない、パラシュートの流れを汲むパラグライダーのほうだ」


 ほぉ、ほぉ。


『試してみてどうでした? 自分も飛びたいと希望者が殺到したとか?』


「まだ選抜メンバーが試している程度に過ぎぬ。それにそのメンバーとていざという時には全身を覆う障壁を展開する魔導具を身に付けての決死の覚悟で挑んでいる。まだ飛行時の姿勢を操る術とて手探り状態なのだぞ? アキが考えるような気楽な試みではないのだ」


 ぐぅ。


でも、確かにユリウス様の言う通り。というか地球(あちら)でも誰もが最初とは言うけれど、よくもまぁ、布張りの羽を使って空を飛ぼうなどと高みから身を乗り出して行ったものだよね。命知らずというか、冒険心溢れるというか、うん、そういった先人達の歩みがあるからこそ、今のスカイスポーツ文化が花開いたと言えるのだから、感謝の気持ちで一杯だ。


『依代の君も、それなら自分も先駆者になろう、なんて顔をしてるけど、ただ飛んで遊びたいだけなのはバレバレだからね。ちゃんと操縦技術を習得して、操縦方法のノウハウを形にして伝えていくんだよ? あと、横の二人からも許可を得ること。いいね?』


一人でやる気が限界突破してる彼に、ほら周りを見て、と流すと、それはも心配そうな面持ちで彼を見ている二人、ヴィオさん、ダニエルさんの様子にやっと気付いてくれたようだ。彼も小声で大丈夫だとか、なんか話してるけど、まぁ簡単に説得はできそうにない。まぁ、がんばれ、少年。





 さて。


『では次は、飛ぶと言うよりは浮かぶ、といった方が的確な飛行船の動きを観てみましょう』


ハンググライダーの翼を揺らして合図をすると、ゆっくりと滑空しながら降りてきてくれた。代わりにスタッフさんが魔導具を操作すると、馬車の客室くらいの大きさがある模型と言っても結構大きな飛行船がふわりと浮かび始めた。


『一目で違いがわかるように、飛行船は水辺における浮き輪のように、その大きな船体に詰めた気体が周囲の大気より軽いことで浮力を生むことになります。ですからハンググライダーと違って翼の揚力は必要としていません。そして、浮き輪が浮くことに魔力を必要としないように、飛行船もまた浮くこと自体に魔力は必要ないのです』


僕には見えないけど、飛行船を凝視している皆さんは、ふわふわと浮かんでいくその動きに魔力が何も伴ってないことが見えているんだろう。依代の君も子供っぽい楽し気な眼差しを向けているし、他の代表の皆さんも似たり寄ったりだ。お、ヤスケさんも興味津々ってとこか。いいね。


上昇していくと共に小さいけど下部デッキと、その横に取り付けられた推進用の魔導具も見えてきたので、実寸大であれば、あのデッキに五、六人程度が乗れること、そして推進器を用いることで好きな方向へと進むこともできることを説明した。


<アキ、この飛行船だが、今は浮く力がほぼ釣り合っているように見える。だが、高度を上げて行けば大気は薄くなる。そうなったら、浮力が足りなくならないか?>


 おぉ。


『その通りです。ですから軽い機体を詰めた袋、飛行嚢を高度に応じて膨らましたり小さくすることで船体全体としての浮力を調整することになります。そして飛行嚢を最大限膨らましても、外の空気と重さが変わらなくなったら、そこが上昇限界です』


僕の答えに白岩様も満足そうに頷いた。そして、今のやり取りにニコラスさんも素直に驚きを示してくれた。


「一見すると、祭りの風船のようかと思ったけれど、自在に浮力を調整するとは良くできてる。それなら、風船と違ってそれなりに強度がありそうな形にも理由があるのかな?」


 ん。


『はい。このタイプは硬式飛行船と言って、船体全体が骨格によって形状を保っています。それによる利点はやはり風を受けた際の船体の変形を抑えられる点にあると言えるでしょう。突風で船体がぐにゃぐにゃになったら、まともに飛ばすどころじゃありませんからね。ある程度の強度があるからこそ、水の流れに逆らって進む船の如く、大気の動きに翻弄されるだけでなく、ある程度、空を自由に移動できるようになります。勿論、見ての通り、風を受けやすい船体形状ではあるので、竜族のように大気を突き破るような飛び方はできませんよ』


紡錘形状ではあるから、それなりに風は流すけれど、それでもハンググライダーに比べても、この船体で風に逆らうのはなかなか大変だ。


っと、ユリウス様が声を上げた。


「飛行船だが、見たところ、飛行術式を付けた下部の客室も小さい。あまり荷は運べないと見たがどうだ?」


『御明察です。飛行船は浮き上がる仕組み上、袋に詰めた軽い機体と、同体積の外の大気との重さの差までしか浮力を得られません。ですから、沢山のモノを運ぶためには船体を大きくしていくしかないんですね。幸い、地球(あちら)と違って、こちらには空間鞄があるので、荷物を見かけ上、小さく抑えることもできるでしょう。羨ましい話です』


例として、地球(あちら)にあった最大級の硬式飛行船ヒンデンブルグ号なら、全長はこの第二演習場にも匹敵するくらいだ、と話すと、皆が驚嘆の声を上げた、それだけの大きさがありながら、百人程度しか人が乗れないと聞くと、少しがっかりしたようだった。


『その点、ハンググライダーのような翼で揚力を得るタイプなら、この演習場に三機入るくらいの機体でも五百人くらいは乗せられるし、飛行速度も竜のように速く飛べてましたよ。ただ、早く飛ぶことで揚力を稼ぐので逆にあまりゆっくり飛ぶと揚力が足りなくて墜落しちゃいますけどね。飛行機と飛行船は飛行特性がかなり違うんです』


ふわふわ飛ぶ飛行船は浮くだけならエネルギーを必要としないけれど、あまり物を運べないし速度もでないし、風の影響も受けやすい。飛行機の方は常に一定速度以上で飛んでないと墜落してしまうけれど、物を沢山運べるし、推力で風の流れに逆らうような真似もやりやすい、と。


っと、ふわりとシャーリスさんが飛んで来た。


「そして、妾達が求めるのは飛行船じゃ。遥かな高みからじっと静かに地上を眺めるのには飛行船の特性は打ってつけだ。それにアキはあまり速くないと言うが、それでも飛行船の速度は妖精族の全力にも匹敵する。それだけ速く飛べれば十分よ」


確かに、妖精さん達の使い方なら、飛行機は手に余る。周辺国も飛行器具に手を付けているなら相手より速度に勝ることも必要になってくるだろうけど、そもそもこちらも、妖精界も、大空は天空竜達の領域だ。そして、飛行船ではどれだけ頑張っても天空竜に速さでは勝負にならない。


 さて。


一応、空に疎い皆さんにある程度、説明しておこう。


『このようにどちらも、我々を大空に誘ってくれる大変有用な飛行機器なんですけど、その運用には結構注意が必要だったりします。あ、白岩様、シャーリス様は皆の答えが出るまでは見守っていてくださいね。空を飛ばれているお二方にとっては自明の理でも、空に疎い地の種族にとっては、大いに想像力の翼を羽ばたかせる必要があることなのですから』


<わかった。見守るとしよう。しかし、注意点、か。ふむ>


白岩様は勿論、シャーリスさんもなるほど、と承諾してくれた。ふぅ。


『あ、依代の君も回答は最後だよ。キミも飛行機や飛行船についてはある程度知ってるからね』


彼はわかった、と手を軽く振って応えてくれた。


『では、飛行船の方からにしましょうか。地球(あちら)では飛行船ですけど、世界大戦においては、先ほど話したような大型飛行船を百隻も運用していましたが、その大半を失うことになりました。ちなみに敵との交戦で撃墜されたのは三割に満たない数だったんですよ。不思議ですよね』


さぁ、ではなぜ飛行船は失われてしまったのでしょう? と問うと少し考えてから、ユリウス様が先ずは答えてくれた。


「悪天候の時に無理に飛ばすと事故を起こしそうだ。それと地上に降ろした際には紐で繋ぎ止めてあったが、紐を解き放つのは容易でも、その逆は手間もかかると思うがどうだ?」


小鬼族の体躯では、大きな獣を大人しくさせるのは骨が折れるものだ、とも教えてくれた。


 なるほど。


ちょうど、模型飛行船のサイズが牛くらいだからこそ、その首にロープを巻いて繋ぎとめる面倒さもイメージしやすかった感じか。


『お見事、正解です。飛行船はこの通り、ふわふわ浮いているので、地上と違って流されても踏ん張りが効きません。ですから離着陸時に突風などで船体が予想外の挙動をしてしまい事故を起こす、ということが頻発しました。また、天候が荒れると、やはり対応には限界があり遭難する、といったことも起きました。竜族や妖精族なら嵐が来たなら、地上に降りてやり過ごすこともできるでしょう。ですが飛行船はそこらに気軽に着陸できるようにはできていません。地上側に繋ぎ止める施設が必要ですからね』


ふわふわと浮いている飛行船はのんびりしているように見えるけど、このサイズだって、風が強くなってきたら繋ぎ止めるのは一苦労だろう。そしてふわりと降りられるような気はするけど、微風だって機体は簡単に煽られて流されていくのだから、ヘリコプターみたいに任意の場所に着陸して乗員を降ろすような真似には向いてはいないんだ。


「鬼族であれば、場合によっては集団術式で風を凪いだ状態にすることもできるが。しかし、術式の範囲もそれほど広くはない。風が荒れている間は上空に留まらせるしかないだろう」


レイゼン様も、集団術式の限界を教えてくれた。残念、確かに飛行船の着陸をフォローしようとするなら、城塞都市全域を覆うような区域の風をぜんぶ制する必要があるだろうし、そんなことを頻繁に行うのは現実的じゃなさそうだ。


ん、ヤスケさんが手を上げた。


「その意味では、飛行機も危うきは離着陸時か。ある程度の速さがなければ揚力は得られず、しかし着陸するためには速度は落とさねばならん」


 おー。


「そうなんですよ。飛行機の場合、離陸時の三分間、着陸時の八分間を合わせた時間が「魔の十一分」と呼ばれていて、航空事故の七割はそこで発生しているくらいです。結局のところ、飛行船の場合と同じで地面に近いということは、それだけ対処できる時間が短い、余裕がないって話なんです。飛行機はある程度の速度で飛んでいるので、ちょっと間違えればすぐ地面に激突しちゃいますからね。雲の上を飛んでるなら多少、高度が下がっても乗り心地が悪い程度で済みますが、地上付近でそんなことになれば墜落です」


いざという時、空中静止飛行ホバリングできる竜族や妖精族なら、安全性は各段に違うんですけど、と話すと二人ともその通りと頷いてくれた。


<飛行機とは、ハンググライダーと同様、翼は羽ばたかないのだろう? 鳥であれば翼を広げて速度を落として静かに降り立つこともできるが、勢いを殺すだけでも苦労するだろう>


「人を大勢乗せて飛べるような機体となれば、妾達のように飛ぶ方向を捻じ曲げるような真似も難しかろうな」


 うん、そうだねぇ。


『はい。なので、飛行機もまた十分に勢いを付けて飛び上がったり、勢いを殺せるだけの距離を稼げる滑走路が必要になってくる訳です。飛行機も飛行船と同様、離着陸できる専用の広大な区域、空港が必要です』


こう話してみると、好き勝手にどこにでも降りられる竜族、妖精族がどれだけチート種族かわかるね。羨ましい話だ。



 さて。


『飛行機、飛行船の利点、注意点も見えてきましたので、あと一つ、空特有の症状、空間識失調のこともお話しておきましょう。簡単に言うとどちらが天で、どちらが地かわからなくなってしまう、自身の感覚と実際の姿勢がまるで違うという、とても怖い症状です』


<マコト文書にはそのようなことまで書かれているのか。そして怖い、と>


白岩様が深く感心した、思念波でも感覚を共感できることへの喜びを伝えてくれた。


「妾達も跳ね飛ばされてぐるぐると体が回って、自分が空に向かってるのか、地に向かってるのかすら判断できぬ状況に陥ることがあるが、それとは違うようじゃな?」


シャーリスさんの言ってる状況なら、目が回るような有様だし、わからなくても仕方ないだろうけどね。


『天候不良で水平線が見えないとか、夜間で空も地上も暗くて区別がつかない、といった視界不良時と、良く見えていても、あまりに青空が澄んでいると、海との境がわからなくなる、なんて場合もあります。これに機体の姿勢や、風に流されるなどして重力の認識が揺らぐといった感覚的な原因の場合もあります。いずれにせよ、これが飛行機の場合だと、揚力を得るためにある程度の速度で飛んでいる訳ですから、感覚に従って上だと思って姿勢を制御したら、実は地面に向かって一直線、という事もあり、その結果は悲惨です』


何せ、人が立っている時にまっすぐ立とうとバランスを取るように、自身の感覚に従って姿勢を制御する訳だから、自分自身では過ちに気付くことができない。気付いた頃には地面に激突してあの世行きだ。


っと、レイゼン様が手を上げた。


「聞いた話からすると、豪雪時、視界が全て白く覆われてしまい、今いる場所がどこか全く分からなくなるホワイトアウトに似てるか」


『ですね。ホワイトアウトの時はまだ、天地の区別はつきますが、これが空間識失調だとそれも失われると思えば良いでしょう。一寸先も見えないような濃霧でも似た感じですね。問題なのは空を飛んでいると、飛行機なら一定以上の速度で飛んでいるし、飛行船の場合も風に流されたりして現在位置がどこか不明、という事があり得ます』


地上だとその動かない、という選択肢が取れるけど、空中だとそれができないんだよね。


 ん。


『白岩様、竜族も地の種族よりはずっとバランス感覚は優れていると思いますけど、空間識失調に陥る事はあり得ますよね?』


<そもそも濃霧の中を飛ぼうとは思わん。だが確かに嵐の時に飛ぶと混乱する場合もあるだろう>


『混乱しちゃったらどうするんです?』


<誰か、それが竜でなくとも良いが、知覚できる魔力ある存在がいるなら、その者との位置関係を元に姿勢を正し、勢いを落とすだろう>


 なるほど。


『確かに一つでも、二つでも、基準点が認識できれば、自分が回転してるとか、距離がどう変化してるとかも判断できるでしょう。では、そういった存在がいないなら?』


<最悪の事態、つまり、地上に叩きつけられるような事態となりうるなら、空間跳躍テレポートで巣に戻るだろう>


 おぉ。


『それなら完璧な対処ですね。ではそこまで危なくなさそうなら?』


 ん?


触れてる魔力から伝わってきた感じだと、少し対処すれば、もし衝突したとしても、まるでギャグ漫画のように身体が地にめり込むだけで、怪我を負わないってようだけど。


 っと。


なんか、ちょい不味い内容だったようで、思念波で口止めされた。


<それまでの勢いを殺すように飛ぶ方向を制して、宙に留まるといったところか>


白岩様は何もなかったように、さらりと返事を口にした。


 えっと。


『飛行機と違って、推力ゼロにして宙に留まることもできる天空竜ならではの対処ってとこですね。なるほど、ありがとうございました。シャーリス様、妖精さん達の場合はどうですか?』


「妾達は、そもそもあまり高く飛ばぬ。樹々に沿って縫うように飛ぶのが常じゃ。故に周囲の樹々との関係がわからぬほど混乱するような事態は起きたりはせんよ」


そもそも姿を消して、草木に身を隠しながら移動できる妖精さん達が前後不覚に陥るような状況って設定自体に無理があるか。


『濃霧なら、晴れてくるまで静かにしてればいいだけですからね』


「そういうことじゃ」


シャーリスさんもそう言いながらも、だからこそ、自分達の中には無かった飛行船の運用については試行錯誤をしておる、と教えてくれた。


その話を踏まえて、だからこそ、航空計器の情報から機体の姿勢や角度、速度などを客観的に把握することが重要なこと、そしてそのような事態に自身の感覚より計器の情報を優先するからこそ、航空計器は正しく機能するよう整備されてなくてはならないんですよ、と伝えてこの話を締めくくったのだった。


 ふぅ。


これでとりあえず、ハンググライダーと飛行船の話はクリア、と。さっき、白岩様が漏らした内緒話は、桜竜さんの件で個別で話す時にでも聞くことにしよう。竜族特有の話っぽい気はするけど、危ない時にギャグ補正のように怪我をせずに済むなら、それはそれで便利そうだ。

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。


飛行船の浮力調整部分ですが、今回は話を聞いているのは飛行器具初見な人達も多いので、だいぶ端折ったモノにしています。実際の浮力調整は、胴体内にある空気袋バロネット内の空気量を調整することで行います。浮力を与えてくれるヘリウムは温度による体積変化が大きく、飛行船の膨らんだ胴体エンベローブ一杯にヘリウムガスを充填していたら、パンクしちゃうんで、実は飛行船内部って玩具の風船と違って結構複雑な仕組みなのです。

なので、実は上昇、下降はゴンドラに付属してるプロペラの方向を変更して推力を発生させることによって行っています。ここも細かく説明するのは面倒なので端折ってます。


詳しい内容に興味を持たれましたら、調べてみると面白いですよ。


本文内でも紹介したように、第一次世界大戦時のドイツは、大型飛行船百隻からなる航空艦隊を運用しており、飛行船の運用が最も輝いた時期でもありました。その栄光と衰退の流れについては、2022年12月発売の書籍「戦う飛行船 第一次世界大戦ドイツ軍用飛行船入門」がお勧めです。


さて、本編ではサクサクと興味で前のめりになってる依代の君を軽く宥めたり、パラグライダーとはいえ、飛行器具に手を伸ばした帝国の活動を軽く流したり、白岩様と空間識失調についての談義で盛り上がったりと、アキは楽しく司会をしてますが。


本人も自分がやるのはまぁ仕方ないか、などと軽く言ってたように、こんな重苦しい面々相手にアキのように振舞い、話を盛り上げていけるか、というと、こちらの地上の種族にそれを求めるのは酷というものです。何せ空は天空竜の領域であって、まだ大々的に空を活用する段階ではないですからね。地球(あちら)と違って、人類初飛行はどこの誰、という話もそれが人々の話題になるのは遥か遠い未来でしょう。器具を使った飛行なら街エルフの命知らずな連中がずっと前にやってたりしますし。


あと、残りは試作機の無線標識(ビーコン)受信機(アンテナ)を用いた公開演技(デモンストレーション)を残すのみですね。ふぅ。


次回の投稿は、五月七日(日)二十一時五分です。


以下の内容で活動報告を更新してます。


【雑記】動画投稿始めました

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