19-13.統一に向けた社会変化と竜族(後編)
前回のあらすじ:弧状列島は現状でも三大勢力がそれぞれの勢力圏を維持しているので、種族の違いも考えると、州毎に軍も持たせるかなりの独自性を認めたアメリカ合衆国のような国になりそう、といった話をしました。あと取り敢えずこのまま争いが減ることを前提として相互安全保障体制にするとか、食料不足の勢力への提供協力体制にする、なんて話も。この辺りは頭の準備運動くらい、次の竜族への人形操作の人形提供とそれに伴う情報提供に関する話が本番なので、気合を入れていきましょう。(アキ視点)
竜族に書物を読ませる場合、彼らの知性が高いからと、年齢制限や閲覧制限が付いているような本を読ませるのは危険、だと言うところまでは話した。
さて、ここからが本題だ。
「そうは言うものの、それなら文字を覚えたばかりだからと、幼児向けの本を読ませるのは、彼らの知識欲を満たす意味では微妙に思えます。絵本なら、書いてある文字も少ないからすぐ読み終えてしまうでしょう?」
そう話すと、一応、皆も頷いてくれた。んー、思考が浅いかな?
「えっと、でもですね。僕からの提案としては、やはり幼児向けの本を読ませるべき、というか読み聞かせから入るべきと考えます」
そう告げると、一気に場が活性化した。ん、ヤスケさんが手を上げた。
「本を読ませて質疑応答の時間を設けるのではなく、敢えて読み聞かせと来たか。実現方法はともかく、そうするべき理由は、竜達が地の種族の常識、感覚を知らぬからか?」
ん、鋭い。さすが先生だ。
「はい。幼児向けの本って、困ったことを誰かの手を借りて解決するとか、何かしらの道徳的な行い、振る舞いを考えさせるモノでしょう? 竜族はそもそも共同作業を行う文化がなく、僕達よりも遥かに強靭かつ長生きなので、僕達の常識、当たり前の意識を持っていません。「見える化」したなら、黄竜様が操作した人形の拙い動きくらいの状態です」
連樹の神様のように動物と植物ほどの差はないとしても、群れで生きる我々と、個で生きる彼らには根本的な常識の差があるとイメージして貰った。
っと、レイゼン様が手を上げた。
「つまり、読み聞かせるのは、絵と文字から置かれている状況をただイメージさせるだけでなく、我々と竜族の差も考慮して、我々の視点を竜達に意識させる訳か」
おぉ。
「そうです。例えば森の中で幼児が一人ぽつんといるなら、それはとても危険で心細い状況ですよね? そう自在には歩けないし、獣に襲われたら逃げるのも困難です。でも幼竜ならよほど小さい頃でなければ、術式の一撃で獣くらい簡単に倒せるし、逃げれば鳥でも追いつくのは困難でしょう。そういった意味では読み聞かせを通じて、竜達の心の中に地の種族としての子供や大人を作り上げる作業と言ってもいいですね。状況を説明されて、読み手が補足せずとも、登場人物の立場や気持ちをイメージできるようになれば最高です」
多分、最初は絵本一冊を読み終えるのすら、何日も掛かるかも、と話すと、皆から溜息がこぼれた。
っと、ユリウス様が手を上げた。
「多くの時間を必要とするが、三柱が幼児人形の扱いをしている間は、幼児向けの絵本で我々の常識を並行して学んで貰い、大人人形に切り替える段階で、読ませる本も高年齢向けにしていけば、深い理解を持って貰えそうだ。竜族には、我々の文化にゆっくりと触れていって欲しいという我らの望みにも合致するだろう」
うん。うん。
「ですね。人形を自在に扱えるようになり、文字や絵を扱えるようになってきたら、今度は逆に竜族の文化を教えて貰うのも良いでしょう。竜族の絵本や子供向けの本を三柱に創って貰うんです。多分、群れではなく個、我々よりはるかに広く、空を自由に飛ぶ彼らの文化は、かなり興味深い内容になると思います。それらの本を通じて、我々も竜の文化を深く理解していく。この双方向性こそが僕は大切だと思います」
ふわりとシャーリスさんが前に出た。
「積み重ねた歴史が記された書物があるからと、図書館の鍵を渡すだけでは不十分、おかしな誤解をされる可能性も考えると害悪ではあると言う訳じゃな。それは妾達も同じかぇ?」
ん。
「確かに、同じ群れで生きる種族だからと、互いに興味の赴くままに情報交換を先走り過ぎたかもしれません。竜族達向けの本番前に、妖精さん達との間で先行した取り組みを行って、問題点を洗い出しておくと良いかも」
おっと、お爺ちゃんも飛んできた。
「それなら、街エルフ、人、鬼、小鬼、それに儂ら妖精とそれぞれの絵本を揃えて見るのが良いじゃろう。儂らとの違いもあるが、皆も、それぞれの違いはよくわかっておらんのじゃろう?」
踏み込んできたね。
これには、ニコラスさんも苦笑しながらも頷いた。
「確かに我々の間では、他勢力を分析する活動はあっても、双方の文化を比較するような行動、アキが言う比較文化学に相当する活動はなかった。耳が痛いよ」
レイゼン様もこれに続いた。
「戦の流れで捕虜にするようなことはあるが、体躯の差もあって長く留め置くような真似もしてこなかった。合同軍を組織することもあったが、交流は粗だった」
ユリウス様も頷いた。
「我らも他勢力の観察は重ねているが、その視点は軍事的観点からのモノが主だった。我らには多くが欠けていると認めよう」
お、ヤスケさんも同意してくれた。
「儂らも例えば竜族のことは、他の種族よりも遥かに詳しく観察していたと自負しておる。だが、それは外からの観察であり、敵、脅威としての存在への分析という視点だけに留まっていた。竜達の風習も、意思ある天災への備え、という観点しか無かった」
ん、確かに。一通りの意見が出揃ったけど、色々と欠けている部分が見えてきたね。
「では、近々の取り組みですけど、三柱に絵本を読み聞かせるのに合わせて、各種族も同程度の絵本を用意して互いに読み聞かせ合うようにしましょうか。どんな題材を選ぶのか、それぞれで得られた知見をどう横に反映していくのかは、横断的に専門家チームを集めて検討していって貰う感じですかね。僕やリア姉は話が拗れる前にフォローする立場。あと、共感できずとも理解できれば良し、今は互いを理解する段階であって、何が正しいかなどと無駄な議論はしないこと。どうでしょう?」
他種族への偏見がなく、深い興味を持ち、全種族を横断的に評価できる人材の選別を宜しく、と告げると、皆さん、何とも渋い表情を浮かべた。
あれぇ?
日本なら、任期期間限定なんて腐った事をせず、正規雇用で給料も仕事に応じた額を出すことはまぁ前提だけど、そこさえ明示したなら、それこそ数千、数万人レベルで応募者が殺到するだろう話なのにね。
「そういう変わり者ならいるぞ、って反応の一つくらいサクッと出てこないんですか? どうして? お爺ちゃん、妖精さん達なら結構いるでしょう? こちらへの熱意も高まってきたって話してたくらいだし」
「確かに高まってはおる。じゃがな、それはリスクなく楽しめる異世界巡りと言った観点であって、アキの言う深いレベルまで踏み込んでいこうという熱意があるかどうか、それを為せるだけの技量があるのかはまた別なんじゃよ」
ふむ。
「シャーリス様、お爺ちゃんはこう言ってるけど、これまで誰も踏み込んでない、経験者がいないってだけですよね? やりたい人を募集すれば、人手不足にはならないでしょう?」
「遊び半分で交流会に参加するのとは勝手が違う。確かに求めれば頭数は揃おう。そこから先は判らぬ」
むー。慎重な物言いだねぇ。
「ユリウス様、小鬼族ならこの中で人数は他の全てを合わせたより多いのだから、是が非でもその役に着きたいって熱意のある人達くらい山盛りで確保できますよね?」
「アキ、そうキラキラした眼差しを向けられると言い難いが、我らは成人までに適正に応じて早い時期に将来の仕事の分野を見定める文化だ。時が過ぎるのは早い。だから、誰もが望まれた仕事で一人前になろうと切磋琢磨するのだ。確かに人口は最多だろうが、転用できる余力はあまり期待されても困るぞ。その点なら、何でもできる街エルフのほうが人材は豊富と思うが」
おっと、ヤスケさんにパスが行った。
「確かに、儂らはどんな分野でも最低限、本職とできるだけの学びは終えている。だが、そもそも三大勢力とは比較にならないほど、人数は少ない事も忘れないで欲しい。期待できるとしたら、マコト文書の熱心な読者達くらいか。彼らなら、魔力のない異世界に思いを馳せるくらいだ。多様な種族への興味も持つやもしれん。それより連合のほうが望みもあろう。他と違い、人族と言いながらもその内訳は多様だ」
森エルフやドワーフもいるように連合は、鬼、小鬼以外の種族の寄り合い所帯だもんね。
おや、話を振られたニコラスさんだけど、その表情は渋い。
「確かに多様ではある。ただ、それぞれが地域ごとに独立独歩の機運が強く、軍事や商取引での繋がりも自立した上での余力でしている程度だ。我々よりも長命な鬼族の方が案外、人材は豊富では?」
おっと、最後にレイゼン様にボールが届いた。他に投げるところもない、と重い口を開いてくれたけど、やっぱりその内容は芳しくなかった。
「そもそも、俺達は銃弾の雨で酷い目に遭って、何とか団結して足場を整えようとしている段階だ。確かに国内での趣味にも限りがあり、飽いている者は多い。だが、国境地域まで出向かなければ接点もない他種族の事を仕事以外で熱心に知りたい、等と言う酔狂な奴は聞いた覚えがないぞ」
そんな奴がいたら忘れようがない、と笑われてしまった。
っと、リア姉が手を上げてくれた。
「どの勢力もどの程度の人材が確保ができるかは不透明、けれどそれは横並びの状態とも言えます。ここは誰もが始めてなのだから、失敗を恐れずゆるりと取り組まれれば良い。どうせ最低でも何年かはかかる話なのですから」
試してから、その都度考えていけばいい、そうリア姉が諭すと、皆さんも肩の力が抜けたようだ。
「互いに絵本を沢山持ち寄れば、群れとしての共通的な教訓、視点も見えてくるでしょう。先ずは集めること。妖精さんは例の画像レベルで持ち込む技で情報を持ってきて、僕達のサイズに拡大複製するとこからですね」
「そこはヨーゲル殿に相談して進めよう」
シャーリスさんも色々と思いついたことはあるようで、快諾してくれた。
そして、他の皆さんも、冬の移動が困難になる時期までにはロングヒルに絵本を持ち込む方向で取り組むことを表明してくれたのだった。比較文化学や、他種族への読み聞かせができる人材を集めるのに比べれば、絵本集めならハードルは遥かに低いからね。
人材集めの方は努力目標という事になった。そもそもそんな人材がいるのか、びったり合う人材ではなくとも、誰なら良いのか。他の活動との兼ね合いをどうするのかなど、悩みの根はかなり深そうだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何度読んでもなかなか気付けないので助かります。
竜族への情報提供、それをどう行っていくのか。
アキが示した案は、絵本を使った読み聞かせでした。子供達には人気があり、子供のほうでも歳の差がある子の為に自分で読み聞かせてあげたり、と結構、面白い文化ですよね。独特の絵柄、最小限の文章、それでいて引き込まれる物語。絵本作家の方々、ほんと凄いです。
そして、その流れで、先ずはこの秋の間に、各勢力でロングヒルに絵本を持ち寄ることになりました。絵本って、それぞれのお国柄が出たりもするので、かなりの違いがあるんですよね。それらを横断的に眺めつつ、群れで生きるという共通点はありながらも、そもそも生きてる世界自体が違う妖精族に対して、互いの絵本を読み聞かせることで、竜族向けの準備を進めて行こう、なんて流れにもなりそうです。
ただ、アキが望むような比較文化学を行えるような人材の提供については、各勢力とも渋い回答でした。即答でポンッと推しが出てこない辺り、こちらの道は険しそうです。この話題については14章からぽつぽつと何回か出てはいるんですが、各勢力の代表達に向けて議題としてきっちり上げたのは今回が初です。……誰とこの話してたっけ、と過去パートを延々と読み返しました。
現代においても、異文化の紹介といった本は結構多いんですが、異なる文化同士の比較にまで踏み込んだ本となると、がくっと減るんですよね。面白い学問なんですが。
Microsoft Bingでも文化学なら3,040万件ヒットなのに、比較文化学だと47万件と激減です。まぁ、「比較文化学ってそもそも何を学ぶのかわかりにい」とか言われたりもしますからね。ある意味、何でもあり、カバー範囲が広いのも、コレというイメージを抱きにくいのかもしれません。
アキがこの分野にどっぷり浸かっているのは、幼少の頃から、異世界、異種族のお姉さん、という異文化と常に触れていて、日本文化との差異や、街エルフにはない文化を何とか説明しようとあれこれ奮闘し続けてきたから、という部分が大きいでしょう。何とか互いに理解し合える共通話題を見つけて、そこから派生して、独自部分を紹介するって事の繰り返しなんですが。それでも大好きなお姉さんが興味津々、誠くんよく知ってるねー、などと褒めたりしてれば、まぁ、そこは張り切るのが男の子ってもんです。
次回の投稿は、四月二十六日(水)二十一時五分です。