19-10.共産主義、それは資本主義の影(後編)
前回のあらすじ:事業を行うための資金集めってほんと大変ですよね。宇宙関連の事業だと必要な資金が多く、打ち上げ失敗なんてことにもなりやすいせいで、立ち上げた企業が倒産したり、どこかに吸収されたりと大変です。技術力はあっても資金集めが下手なんてパターンもありますからね。平社員に社長が務まらないってのはそういうことで。取り敢えず共産主義の説明ってことで、産業革命の時点から第二次世界大戦直前、ブロック経済化した流れを話せたので、これで共産主義が広がる下地の準備はできました。(アキ視点)
ではザッカリーさんの指示通り、なぜ共産主義が枯野に火を放ったように広がったのか説明していこう。
「では、何故か、そこに絞ると、この思想が大きく花開いたロシア帝国、後のソビエト連邦ですが、機械化の流れに遅れた、機械化を先行した国々に近い僻地、陸伝いに侵攻できる地の果てに位置していました。対抗するために機械化を導入せざるを得ず、しかも機械化を推し進める強力な国家との経済的な結びつきもあり、そんな国家同士の争いも何度もおきました。この争いは弧状列島規模の国家同士による大戦です」
ヤスケさんが手を上げた。
「先行された分を取り戻そうと無理をした結果、労働者達は搾取されたのか?」
「それもありましたが、元々、貧しい地域だったので、教育も行き渡らず、導入した機械をただ教わったままに動かすのが精一杯、という労働者が大勢いる有様でした」
一例として、戦争の際に敵兵の付けた腕時計の外し方がわからず、腕ごと切り落とすような蛮行が横行した、と話すと皆が顔を顰めた。まぁ、でもどれくらい教育格差があったかは、理解して貰えたようだ。
「また、ロシア帝国の皇帝にとっては不幸が重なりました。凶作が続き、周辺国との戦いでは何百万という人々が戦死する有様、機械の導入に合わせた各種施策の迅速な実行を目的とした権力の集中や改革をしようとしても、反対派に首相を暗殺されてしまうなど、混乱を極めました」
これにはユリウス様もうんざりした顔をする。
「ただでさえ出遅れている中、そこまで凶事が重なってはどれほど優れた皇帝でも手の打ちようがあるまい」
うん、だよね。
「実際、権力を集約した独裁的な体制であっても、衣食住が行き渡っていれば、武力を用いなくとも、国は結構、安定するものですからね。っと、話を戻すと、そのように混乱する中、労働者達は生きる為に、酷い搾取された状態から抜け出すために団結する道を選びました。貧しく、希望がないのは誰のせいか、為政者達が民を顧みないのであれば、そんな奴らなどいらない、労働者が、労働者による労働者の為の体制に変えるぞ、富を共有として皆に平等に分け与える社会としよう、と」
数の上では圧倒的に多い労働者達が団結して、為政者達に権利を求め、そして闘争を選んだことで、ストライキなどの平和的な抗議行動から、果ては武力闘争にまで発展することにもなり、武力鎮圧に反抗した兵士達の離反などもあって、最終的には当時の為政者達は権力を譲り渡すことになった、と説明した。
この運動がそれまでと大きく違ったのは、為政者層内の権力争いによる勢力入替えではなく、大多数の労働者層が、既存の支配者層をいらない、と追い落とした点にあって、特筆すべき部分だ。
っと、シャーリスさんが手を上げた。
「その活動はすぐ破綻しそうじゃのぉ。結局、群れを束ねる者がなくては国として纏まることはできぬ。頭を斬り落としても新たな頭が生えるだけ。頭無しで無理をしてもそれは長続きせぬ」
ん、鋭い。
「お見事。その通りで、実はこの改革は急速に理想から乖離して、新たな頭、形を変えた支配者層が生まれることになりました。人が個を束ねた群れでなく、多くが集って一つの生き物のように動く群体や粘菌みたいな生物形態になれば、頭が無くても成立したかもしれませんけど、人は群れて生きる存在ですからね。どうしたって束ねていく仕組みは欠かせません」
っと、ニコラスさんが手を上げた。
「長続きせず、新たな支配者層が生まれるのでは、そのような思想が国を超えて連鎖していき、世界を二分するような勢力にまで拡大するとは思えないが」
確かに。
「そこが巧妙なところで、混乱したロシア帝国改め、ソ連は思想として、労働者は団結する、という前提があったので、多くが熱狂的な意思で労働力を提供し、その力を集約していきました。他の国よりも社会の力を必要な分野に意思決定も迅速に大量投入することができたので、短期的には一般的な国々よりも効率よく国力を伸ばすことに成功したんですよ。そんな成功例を見れば、出遅れて苦しんでいた他の国々も、後に続け、と自分達の為政者達を追い出して労働者達が政権を握ることになりました」
そのままでは競争に勝てないところに、前提ルールを覆す共産主義の導入、共産主義革命はこうして、ソ連から貧しい国々へと連鎖していくことになった。
とまぁ、説明したんだけど、皆さんも僕が強調した部分をちゃんと意識してくれた。
皆の代表として、お爺ちゃんがふわりと出て問い掛けた。
「それで、自分達を虐げていた連中を追い出して、浮かれていた熱狂が冷めたらどうなったんじゃ? 社員だけで会社が動かせるなら名目だけの社長をお飾りにしておいても良いが、そんな会社は長続きせんじゃろう?」
ん、お爺ちゃんナイスな指摘だ。好事家、実際にはそれを続けられるだけの富を持つ、資本家としての側面も持ってるんだろうね。
「大当たり。そもそも労働者達から出てきた代表達だから、当然、成功もするけど失敗の方が多い。だけど、上に立つのは権威があるからじゃなく、その地位に相応しい能力があるとされたから。だから失敗すると、能力がない、或いは国への忠誠心がない、と蹴落とされることになる。そんな訳で、対外的には成功した、と宣伝して、既存の国々との対立構造があったこともあって、国境を封鎖して情報統制することにしたんだ。鉄のカーテンと言われててね。結局、体制が破綻するまで、内部の惨状は外からは窺い知ることはできなかったよ」
種明かしをすると、皆もまぁ予想通りと言いながらも、酷い話だと呆れかえった。
っとニコラスさんが手を上げた。
「アキは、その共産主義とやらが失敗した本質的な理由は何だと思う?」
ん。
「いくつかありますけど、①富の再分配コストがゼロでないと成立しない、②誰もが働きの違いに関係なく同じ報酬を貰っても意欲を失わない事が前提、③資本主義国家群がいて常に競争を強いられた、④無駄なく効率のよい計画経済は自然環境では成功しない、ってところでしょうか。あとお爺ちゃんが指摘したように、平社員が簡単に社長職をこなせるなら誰も苦労しない、ってのもありますね」
ざっと、①は一度集めてから配ると配布する者が権力を握れてしまうから駄目、②報酬が変わらなくとも失われない意欲がないと資本主義国家との競争に勝てない、③資本主義国家群がいるから、効率が悪かろうと互角だ、という虚飾を維持する必要があった、でも無理は続かない、④全てが計算通りに行けば投入した労働力は最小で、無駄もなく、得られた富も全員に配分できて万々歳だけど、自然相手に勝利し続けるのは無理だし、新分野開拓ではそもそも計画通りになんて行かない。けれど共産主義国の新支配者層は失敗は認められないから嘘を重ねる、そんな無理は長続きしない、って感じに説明してみた。
あー、皆が酷く疲れた表情を浮かべた。
「酷い話だ」
ん。
その通りだけど、失敗に終わった結果だけ見て納得しちゃ駄目ですよ。
「えっと、共産主義の失敗なんですが、強調したいのは、鉄のカーテンが崩壊するまでに七十年近く、その体制が続いたという点です。一度、体制ができてしまえば、多少不具合があろうと続くモノです。運用を見直してみたり、反対派を粛清してみたり、一度決めた枠の中で何とかしようと足掻きます。ユリウス様、七十年って統治期間としたらとっても長いですよね?」
「我ら小鬼族なら三世代相当だな。よくそんな張りぼてで続いたモノだ」
「長く続いたという事実、それと共産主義の思想の怖いところは、群れで生きる我々にとって、原始共産主義の結果平等、それを求める心は決して消えないところです。同じ人間、ならば役割は違えど同じ富を得られるべきだ、と。それが正しかった時代が長く続いたこと、それと十人程度までなら、その考えでも成立しちゃうからでしょうね」
「小規模で成功したから、規模を拡大しても成功するってか?」
レイゼン様が呆れた声を上げた。少人数だと成功するのは各人が互いを把握できて、目が行き届いて、意見調整を行えて、皆で合意に持っていくことができるからだ。地球の陸軍での部隊編成の最小単位である分隊の構成人数が十名程度なのは、一人のリーダーが纏められる上限がその辺りだからだったりする。
「そうです。そして上手く行かないのはやり方が悪いから。私利私欲に走る者は共産思想に乏しいから、って具合で、失敗しても、それはあなたが悪いから、もっと工夫すれば、努力すれば、救いはあるのです、って話です」
地球だと、あなたが救われないのは信仰心が足りないからです、と弱ってる人の心につけ込む宗教団体みたいな論調だとも補足した。失敗したら信仰心が足りない、成功したなら神の恩寵のおかげです、という二重規範だ。
っとリア姉が後ろから手を上げた。
「こちらだと、信仰心によって神と直接繋がりが感じられるし、神は神託や神力を与える形で実利を齎すから、その言い方は不味い。皆さんも今の話は内密にしてください」
リア姉が、今の話は地球特有と強調すると、皆も重々しく頷いてくれた。……宗教関係で色々と手を焼いてる話が転がってそうだ。ちょいミスった。
「すみません、地球ではそうして宗教を装って弱ってる人から金を巻き上げるような連中がごろごろしていたので、つい、それをイメージしちゃいました。気を付けます」
ごめんなさい、と謝ると、ヤスケさんが睨みながらも諭してくれた。
「ただでさえアキは、マコト文書の神官達、それにこの地に降り現身を得た神、依代の君との接点が多いのだ。あちらの宗教については触れぬくらいの認識とせよ」
ぐぅ。
「はい、そうします」
ここはもう平謝りするしかない。拗らせるとヤバいからね。宗教関係者にとってその教え、教義は自身の生き方の規範であり、その否定は自身に対する否定に直結する。容易に爆発する気化したガソリンみたいなモノだ。触れないで済むならそれに越したことはない。
ザッカリーさんが話を戻せ、と身振りで伝えてきた。
「地球の話ですが、人工知能の発達が著しいこともあって、人を遥かに超える計算能力を駆使すれば、富の分配に人が関与せずに済み、経済活動の計画も人よりも効率よく行えるようになるとする新共産主義みたいな思想も出てきてましたからね。共産主義は資本主義の影といった存在なので、決して消えることなく苦難や不安に付き纏い続けるんです」
人が駄目なら機械仕掛けの神がいればいい、とは何とも極端だけど一理あるだけに始末が悪い。僕の説明に、ユリウス様も頷いた。
「こちらとて、条件さえ揃えば台頭しかねないのだな」
「はい。これまでの話が共産主義とは何か、地球ではどんな流れを辿ったか、への説明です。では、この後は、これらを踏まえて、こちらでの三大勢力拮抗から統一への流れと竜族が絡んだ場合の注意事項について、軽く触れて行こうと思います」
はい、前提はここまで、とパチンと手を叩いて、さぁ、次へ、と促したんだけど、誰一人、同意してくれなかった。
ふらりと宰相さんが飛んできて、皆の気持ちを代弁してくれる。
「アキ、一旦休憩としよう。話が重い。少し頭の整理と休みが必要だ」
そうだそうだ、と同意する発言が出て、あっという間に休憩って事になった。ケイティさんが冷やしたタオルを渡してくれて、ひんやりとした感触に、思った以上に身体に熱が入っていたことに気付いた。かなり気合を入れて話してたからね。
アイリーンさんが冷えた麦茶を渡してくれて、僕も強制休憩モードになったことで、すっかり話を続ける気運は霧散することになった。ふぅ。暫し休憩だ。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。自分では何回読んでも気付かないことが多いので助かります。
ふぅ。かなり端折ったおかげで共産主義に関するざっくり説明を終えることができました。社会主義も、独裁体制化にも触れることなく。それらは地球では必ず共産主義に付随してくる話ですけど、沼が深い割に本質的な部分から逸れちゃいますからね。触れずに説明できるならその方が良いということで結構頑張りました。
あと、作中でAI任せの新しい共産主義は、新社会主義なんて言い方もされてます。というかそっちの方が多いです。機械仕掛けの神の裁定なら、人の性質そのものに起因する問題の多くも回避できるって具合ですが、天気予報だって外れまくる現実を見れば、まだまだSFの世界です。あと対話型AIで中国が「社会主義の価値観反映を!」なんて具合に規制し出したので、今後、どういう道を辿るのか興味はあります。
技術論的な話でいけば、イスラム教の教義をがっつり反映したAIは興味があります。信仰の規範たるコーランは神の言葉であり一字一句変更してはいけない、する必要はないとされてます。なので初期実装する学習データは固定化できるんです。ただ、イスラム教が成立した時代と今では世界の在り様は大きく様変わりしてるので、その差を上手く埋めて導くのが指導者の役目。
なので、あらゆる言動の理由、正当性はコーランのどの句に沿っている、と言った具合に生成できる、という話になる筈ですから、ある意味、シンプルです。
……ただ、それで皆が納得できるならあんなに派閥で分かれて争ったりしない訳でして。
はい、怖い話題なので、この話はここまでにしておきましょう。
次回の投稿は、四月十六日(日)二十一時五分です。
活動報告に以下の話を投稿してます。
【雑記】ChatGPTをつかってみました(続き)