19-8.共産主義、それは資本主義の影(前編)
前回のあらすじ:人形操作の人形ですが、皆さん、口を揃えて供給は時間をかけてゆっくり行うべきだ、と主張してきました。それに加えてヤスケさんは、当面、提供するのは三柱(黄竜、青竜、金竜)に限定すべし、と。ヤスケさん曰く、免疫のない竜族に書物を読ませるのは危険過ぎるとのこと。まぁ、僕も免疫ゼロの中学生くらいの子に、トンデモ系の本とか、政治的意見の強い本は読ませるのは不味いとは思った。一冊の本が世界を二つに分ける対立構造を生み出す事になった事例として、共産主義について話してみたら、皆さん、興味はありそうだってので、説明することになりました。(アキ視点)
昨日は時間も無かったから、共産主義関連の話をする前提として、資本主義の抱える本質的な問題について、リア姉に説明を頼んでおいたけど、さてさて、どうなったのかな。
誕生日プレゼントの箱を開ける時のような気持ちで、居間に繋がる扉を開けると、分厚い資料を前に燃え尽きているリア姉が出迎えてくれた。
「リア姉、おはよう。えっと、その、大変なようでお疲れ様」
「あぁ、おはよう。一応、関連しそうな資料を集めておいたよ。付箋紙が付いてる部分を確認して」
大きな欠伸をしながら、アイリーンさんが用意したエスプレッソを飲んで顔を顰めてる。
言われた部分をぱらぱらと開いてざっと斜め読みしてみると、確かに必要そうなところはカバーしてくれているようで助かった。大雑把な流れしか覚えてなかったから、この資料はいいね。
僕もテーブルに着いて、サンドイッチとコーヒーのセットを早速戴くことにする。シャキシャキのレタスの食感がいいね。それにちょい苦いけど、コーヒーの苦味も味覚のリセットに丁度いい。
「それで実際、説明してみてどうでした? 時間通貨を使ってる妖精さん達は反応が薄かったとか?」
「外れ。シャーリス様は宰相を追加召喚してくる力の入れ様だったよ」
ほぉ。
「妖精さん達には直接的な縁が薄い話だから興味が持てないかと思ってたよ。宰相さんまで喚んだとなると、周辺国の理解を深める事が目的ってとこかな?」
「そうだね。富の偏在を、周辺国の不安定さを測る指標にできそうと話してたよ」
ふむ、ふむ。
「他の皆さんは? 市井に流通する通貨量と流動性とかは苦労されてるところだよね?」
「そりゃね。そこを一番上手く対応しているのは共和国、それと財閥が支えている連合だね。財閥に集まりがちな膨大な資金の流れを留めることなく、新たな投資に繋げて循環させてるから。連邦は人口減からの回復フェーズだから資金繰りより人手不足がネック。帝国は全体的に貧しいから投資先には困ってない。我々は新たな分野の開拓、彼らは既定路線の後追いという違いはあるけど」
ん。
「竜族は縄張りでそれぞれが完結していて流通とか貨幣の概念すらないもんね。社会の階層固定化はどう?」
「そっちはまぁ予想通り、帝国が顕著なようだよ。帝都にいる文官や支配者層の小鬼達と前線で戦う小鬼達だと身体つきからして違ってるくらいだからね。ただ、彼らは身体が小さくて怪我や病で命を落としやすいのと、寿命の短さ、それと国土自体が痩せてて貧しいこともあって、そもそも豊かさを貪欲に追い求める風潮が薄いそうだ。清貧さを美徳とする文化もあって、贅を求める流れが逆に起きにくいかな」
「階層の固定が階層間対立に繋がってないのは興味深いですね。連邦は?」
「銃弾の雨で人口が減り過ぎたのと、長命種で簡単に人口が増えないこともあって、子供は皆の宝とする風潮が強いから、こっちも富の偏在による階層間対立って方向には当面向かわなそうだ」
地位は空きまくってて、慢性的な人手不足だから、労働者層を使い潰せるような時代とはまるで前提が違うと。それよりも少しでも伸びが期待できる人材がいたなら、生まれがどうだろうと、国家が手厚い補助をしてでも引き上げる、か。これもまた面白い。
「あっちに一番近そうなのは連合ですけど、どんな感じでした?」
「近いというか地球より更に極端なのが街エルフだけどね。そっちは次に話すとして、連合だったね。常に帝国という敵と隣り合ってるから、社会全体が常に準戦時経済になってて、無駄な贅沢や娯楽に費やせる余地がそもそも少ない特徴があるよ」
「じゃ、自由競争というよりは、企業連合に近い?」
「そっちよりは、日本の災害時の企業分担を決めておく方に近いね。無理な競争をして穴が空くと、国全体に被害が連鎖するから、そうなるくらいなら、多少割高になってもそれを許容する感じ。何せ、国民全員の命が掛かってるからね。供給と品質の安定は前提条件で、そこを削るような真似や長期的視野のない企業は、バレると袋叩きにされてるよ」
うわぁ……。
ある意味、日本の建設業界に似た構造か。日本にも違法建築はあるけれど、それでも設計偽装した姉歯事件の建物群だって東日本大震災に耐えたくらいで、外国のように震度ゼロで倒壊しちゃうようなのとはレベルが違うんだよね。というのも、日本は地震大国なせいで、場所も時間も予想できない抜き打ち試験のように地震が襲ってくるから、不正企業への淘汰圧が常に掛かっている。国民も政府も、自分の命に直結するから、基準を厳しく改訂するだけじゃなく、それを遵守させる活動への熱心さも他国のそれとは違ってるんだ。
こっちの場合だと、帝国からの成人の儀による定期戦争という淘汰圧が掛かってるから、帳簿や性能の数字だけ合わせるような小手先の誤魔化しをすると、そんな嘘はすぐバレる。そして自身の命が掛かってるとなれば、不正への追及の手が緩まることもないだろう。
なるほど。
「じゃ、共和国は? ミア姉が一代で財閥を築き上げたくらいだから、競争の自由は担保されていそう。皆さん長命で優秀な人はなかなか代替わりしないから、富の偏在化は地球よりも更に拍車がかかりそうだけど」
「共和国の本島は大きくないし、取引相手の連合だって規模は安定してるからね。それに安定供給が前提で、そこから更なる効率化、改善をしていく段階に入ってて、だからそもそも企業の入れ替わりはそう多くはないし、創業年数が長い企業だらけなんだよ。財閥が大きく飛躍できたのは、連合の通信・物流網を全部作り直す勢いで参入して高効率化に努めたからというのが大きいかな。それまで共和国は引き籠り政策で連合内にあまり関与してなかったから、ある意味、競争相手が少ない場所だったんだよ」
「それだと財閥こそが例外だと。それで富の偏在の方は?」
「かなり偏ってるけど、海外への探査船団派遣とか、マコト文書ベースの新技術開発とか、大量の資金を必要とする分野には事欠かなかったから、資金の滞留は解消されてきてるし、今後も当面は資金よりも人材不足の方が深刻だよ」
ロングヒルを基点とした交流量の爆増によって、休眠状態にあった魔導人形達まで含めて、根こそぎ、人材を集めるような真似をすることになったから、と苦笑された。
「まぁ売り手市場なのは良い事だよね。それで偏在はしてて、不満を持つ層はいないの?」
「勿論ゼロじゃない。ただ、街エルフの場合、そもそも労働の大半を魔導人形達が担ってることもあって、他種族に比べると最低の基準がかなり高いんだ。それに延々と仕事をしてると飽きて引退もするから、長いスパンで見ればちゃんと人材の入れ替わりも起きてる」
「聞いた感じだと、社会の固定化が進んでて、富の偏在化も著しくて、不満も多くなりそうなのに不思議だね」
「豊かさを求めたって、そもそも国が小さくて街エルフの人数も少ないから、差が出にくいんだよ。例えば料理人なら、街エルフは専業にしてなくても成人なら、誰でもそれを本業にできる最低限の腕はある。だから、そこそこの材料からでも美味しい料理は作れるし、素材を厳選するにしても、大きな差がでないんだ。何せ農民だって全員、凄腕だから」
「キツイ、汚い、危険な3K職業を魔導人形達が支えてくれるからこそ成立してる特殊事例ってことだね。魔導人形さん達と街エルフの間で闘争とか起きたことはないの?」
僕の指摘に、リア姉は部屋の隅に置いてある空間鞄を指差した。
「仕事がない時には魔導人形は空間鞄の中に納めておけばいいから、供給過多みたいな話にはならないし、何より街エルフは全員が筋金入りの人形偏愛者だから。あ、コレは街エルフに対しては禁句だから注意するように。それは誤解だと、溢れる人形愛で自らの正しさを熱心に説得してくる地雷だから。あと人形愛と言ってもそのジャンルも細分化されてて、魔境と化しているから踏み込んじゃいけないよ」
リア姉は声を潜めてそっと教えてくれた。あー、うん、なるほど。街エルフはある意味、全員が人形趣味人であって、地球と違って魔導人形達は自立行動できるから、その沼の深さも半端ないと。
相手を見定める時は人形を観ればいい、なんて格言もあるくらいだ、とも。
魔導人形はその扱いに不満を持って主と対立することはあるけれど、それはあくまでもその主従関係だけで閉じた話であって、階層間闘争のように横に連鎖していく性質がそもそもないってことか。
っと、お爺ちゃんが割り込んできた。
「話が横に逸れたから戻すが、一通り聞いた限りでは、どの勢力も説明に理解は示したものの、共感は持てなかったようじゃ」
ふむ、ふむ。
「それはある意味良かったですね。ざっと聞いて、話の進め方もイメージできました。リア姉、どうもありがとうね」
「疲れたから、今日の説明会では必要な時以外は静かにしてるよ」
ぱたぱたと手を振って、リア姉は昼寝枕を取り出すと、仮眠すると言って突っ伏してしまった。ケイティさんが風の輪舞曲を唱えて、微風のような風の流れでリア姉を隔離する。
「それでアキ様、どのように説明されるおつもりですか?」
ケイティさんが示してくれたスケジュール表だと、今日は一日がっつり確保してくれたようだ。
「こちらはどの勢力も社会がある程度成熟していて、労働者層にも権利が認められてるし、社会的な豊かさも高めなので、資本家による労働者層への搾取と、そうそう行きそうにないのは良いことです。ただ、現状はそうでも、今後、弧状列島が統一される流れになれば、現状を維持してる前提も変わってきます。その辺りの説明からでしょうか。そこが終わったら竜族が共産主義の概念に触れた場合にどうなるか、その考察で締める感じで行こうと思います」
僕の方針に、ケイティさんも安堵の表情を浮かべた。
「地球の世界を二分した思想というのでかなり身構えてしまいましたが、お話を伺ってる限りでは、こちらには当てはまらないようで安心しました」
代表の皆さんまでそう考えるなら危ういけど、まぁ、それは流石に無いだろう。まぁ、でも急ぎの案件って訳でもないから、後回しにしても良かった気もするね。
とはいえ、人形操作用の人形提供から派生した話でもあるし、少し端折って行こう。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
リアが前日に、各勢力の情報を仕入れていたおかげで、それらを聞いた上で説明していく筋道を考えることができました。聞き手の置かれている状況を考慮しないで、地球の話をしたって、縁遠い内容としか思えないでしょうからね。なので大切なパートでした。
次パートから2回に分けて、共産主義についてざっと話していきます。
次回の投稿は、四月九日(日)二十一時五分です。
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【雑記】ChatGPTを使ってみました