19-6.人形操作(マリオネット)と波及効果(中編)
前回のあらすじ:人形操作の技法は、探索者の二人には微妙っぽいとのことでした。でも、そうしてもう終わったとされた古い技法が、他のところで有用性を見出されるという点については、その良さに同意してくれました。ただ、あまりに古い技法なので、その現状を調べたヤスケさんの表情もちょい微妙です。良さげな案をちょっと思いついたけれど、もしかしたら少し修正が必要かも。(アキ視点)
人形操作についての調査結果をヤスケさんが話し始める。
「先ず、今回、人形操作の技法に目を向けたのは偶然によるモノだった。ロングヒル常駐の人形遣いの一人が骨董品収集家で、たまたま私物として持ち込んでいて、黄竜、青竜の二柱と操作系技術の話をしていた時に雑談程度に示したのが切っ掛けだ」
ほぉ。
「それは幸運でしたね」
「そして残念な結果だが、人形操作に用いる人形の製作をしていた工房は随分前に閉鎖されていた。今では骨董品専門の技師が修理している程度らしい」
「工房はもうないとして、職人の方はまだ現役ですか?」
長命種だからね。会社を畳んでも、仕事としなくなっただけかもしれない。
「もう引退して久しいが存命はしているようだ」
ふむ、ふむ。ヤスケさんが微妙な表情をしてたのは調査結果が渋かったからか。
っと、ニコラスさんが手を上げた。
「ヤスケ殿、それでは人形の製造は難しいのだろうか?」
「製造技法そのものの復刻から始めねばならず、そのまま再現するのが良いかどうか検討も必要だ。何より、当時の技法を覚えている職人は、儂よりずっと上の世代だ。趣旨を話しても賛同するとは思えん」
言い切るって事はほんと望み薄っぽい。ヤスケさんより上の世代というと、竜族との対決を選ぶ前の時代から、故郷を脱出するまでの社会の中核を担っていたような方々って事だから。……恨み骨髄、竜族を殺す話ならともかく、手を取り合うというだけでも腸が煮えくり返る思いなんだろう。
「完全復刻の必要はなく、人形操作で使えれば良い訳で、黄竜様が使ってる幼児人形と、まだ上手く操れないとはいえ大人の人形もあります。黄竜様、青竜様の二柱に協力して貰えば、竜眼で素材や製造技法の解析、操作中の内部挙動も追えるでしょう。ただ、できれば、街エルフの職人が未来の為に協力して製造技法を復刻、更に竜族に合わせた改良も行った、という物語の方が好ましいですね」
元々、街エルフが使う為に創り出した人形を竜族が使う時点で、想定外もいいところなのだから、現代技術での改良は必須だとは思う。
第二次世界大戦の頃、国の一大事と家宝の日本刀を戦地に持ち込んだ事例が膨大にあったそうだけど、極寒の地では強度が低下したし、海では錆びてしまった。また刀の平や棟に打撃を受けると折れる事例が多発、刀で打ち合えば刃切れが生じたと言う。
そこで幾多の問題点を改良すべく、昭和の時代の冶金技術と機械工作を導入して新たに生み出された現代刀は、寒さでも強度が落ちず、海風に晒されても錆びず、業物レベルでないと割れると言われる平や棟を水面に叩きつける試験をしても耐え、切れ味は業物にも並ぶなんて化け物、大量生産できる工業製品となった。まぁ、美術品としての価値を目指した品じゃないから、取引値は安いらしい。
そんな話もあるように、今後欲しいのは古刀を再現した美術品じゃなく、武人の蛮用に耐える工業製品としての人形だ。
僕の提案にヤスケさんは露骨に嫌そうな顔をした。
「恩を売れる、と言う訳か」
「はい。それも相手が欲しがるモノを、断腸の思いで協力する道を選んだとなれば、大変な高値となります」
「先代達の思いは踏みにじることになるがな」
底の見えない薄暗い目が睨む様はかなり怖い。感情が抜け落ちた様子からして、不愉快極まりないようだ。場の空気が張り詰めて痛い。シャーリスさんもどうにかしろ、と目で合図してきた。
ふぅ。
「ヤスケ様。この件は視点を広くして判断しましょう。諸手を上げて賛成できる話ではない、それは確かです。ですが、街エルフからみてかなり痛快な面もあることは認めるべきです。街エルフがいらないと捨てた技法をあの竜族が是が非でも欲しいと言い、彼らは人形操作で人形を使えはするけれど、自分で造ることも修理することもできない。竜族だけで完結していた生き方を、街エルフが提供する人形なしでは成立しないよう捻じ曲げられる。我々の文化を取り入れた竜達は、元の生き方になんて戻れないし、戻させはしない。そうでしょう?」
地球の話だけど、広大な草原を自由に行き来していた遊牧民に、農耕文化の豊かさ、安定っぷりを体験させ浸らせて、遊牧民としての生き方、文化を潰えさせた話を例に、昔ながらの竜族としての生き方、文化を彼らに喜んで捨てさせるのも、立派な戦い方だ、と諭した。
う、なんか皆の目線が冷たい。
「今のはそういう見方もある、というだけで、僕は竜族に隣人として共に暮らす生き方を選んで欲しいと願ってますよ。先々を考えれば、大陸にいる荒い気性の竜達を蹴散らせるよう、腕っぷしが強いだけの村人達から、必要な時にだけ力を振るう兵士達のような心根は持って欲しいですね。つまり、敵対関係から、相互不干渉へ。そして僕が願うのはその次、心強い同盟関係へってとこです。対大陸戦を考えると、弧状列島の竜族達抜きで戦うのは現実的じゃありませんから」
互いを必要と認めて、外敵に対しては互いに背を預ける戦友足りえる関係って素敵でしょう?っと取り繕うと、今度は何とも胡散臭そうな目線を向けられた。
ヤスケさんは僕の弁明に、深い溜息をついた。
「罪人に対して縛り首にするか、刑罰を科して償わせるか、という視点で捉えよ、か」
「殺したらそこでお終い。彼らが歴史のように長い長い人生をかけて償うなら、どちらが我々の利になるか。それに彼ら全てに人形操作の人形が行き渡り、こちらの文化が浸透していけば、彼らに過去を振り返らせ、認識を改めさせることもできるかもしれません」
地球の例だけど、米ソ冷戦時代、共産主義者達の増え行く様に恐怖を抱いた米国や西側諸国は、国内の共産主義者排除=赤狩りに奔走した。それは民主主義を掲げる国にあって、公職追放、映画界からの追放などというかなり異常興奮状態な対応であって、それが十年近くも続いた。けれど最終的には行き過ぎた対応だったと反省することにもなり活動も終息した。
その例のように、こちらの文化が浸透すれば、過去を見る意識もこちら寄りに変わっていき、それは反省や謝罪、そのような過去に戻らないと誓う運動へと繋げてもいける、と。街エルフも長命種なのだから、数十年、数百年単位くらいの浸透策を講じてはどうか、とまで踏み込んでみる。
大丈夫、まだ行ける。戦わずして勝つ、兵法としての視点から踏み込んだから、ギリギリセーフ。
ヤスケさんは、良く回る口だ、と吐き出すように呟いた。
「……それで説得はアキがするのか?」
「いえ。そもそも僕が適任かって話もありますけど、この件は街エルフの総意で方針を決めないと意味がありません。一部が突っ走って、仲のいい竜とちょっと交流を重ねてます、なんて小さな話で終わったら勿体ないでしょう? 地の種族との交流の橋渡しを、あの街エルフ達が率先して行った。その役割、人形操作に使う人形の提供と維持ができるのは街エルフだけ。その価値は時代を経るほどに重くなりはしても軽くなりはしない。今が勝負すべき時です」
ちなみに、乗り気でないなら、財閥が前面に出て、伝手を頼って竜族と賛同する人形遣いで人形の復刻をして、対竜族向け人形提供の販路は総取りしますよ、と補足した。まだマサトさん、ロゼッタさんとは相談してはいないけど、二人ならきっとここは取りに行きます、とも。
これが僕の手札、もう残ってないです、と身振りで示すと、ヤスケさんはギロリと鋭く睨んで口を開いた。
「どちらを選んでも構わない、か。本当にお前の姿勢はブレないな」
「馬を水場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない。地球の諺です。最善は街エルフが総意で協力、次善は財閥主導で協力。でも選ぶのは皆さんです。そうでしょう?」
っと、リア姉が割り込んできた。
「アキ。もうちょっと表現を抑えようか。立ち位置が変わってる分、ミア姉よりキツいよ」
ミア姉は同じ街エルフ、仲間の一人としての提案。僕は各勢力の要として、外からの提案。確かに、受け手にとっても、同じ提案でも印象は結構変わりそうだ。
ここでザッカリーさんが話を纏めてくれた。
「既に黄竜様が人形操作の技を知り、青竜、金竜の二柱もまた自らの人形を欲している。竜神の望みとあれば、我々の回答に否はない。共和国の対応はアキが示したように分かれるが、人形を提供し、竜族の中で我々の文化への理解を急速に深めていく個体が出てくることは間違いないでしょう。そこで小休憩を挟んだ後からは、そうなった際の懸念事項について意見を交わしていきます。宜しいですかな?」
この提案には、僕も含めて同意した。ヤスケさんと議論をして、ちょっと疲れたからね。互いに一分の隙も見逃さないようなひりひりするようなやり取りだったし、ストレスも半端なかった。
……それにしても人形を提供した後の懸念事項かぁ。はて? 何があるんだろう?
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
人形操作に用いる人形の提供について、アキとヤスケがやり合いましたが、物別れとはならずに終わることができました。半年ぶりにやってきた三人はアキの遠慮のない物言いに、内心驚いていると思います。ここまでは大丈夫、と思うからこそ踏み込める、アキなりのデレ行為なんですが、ヤスケからすれば、ミアを彷彿とさせる手口に何とも複雑な気分でしょうね。
次回の投稿は、四月二日(日)二十一時五分です。