19-5.人形操作(マリオネット)と波及効果(前編)
前回のあらすじ:配慮の緩みについては、代表の三人には帰国後、その地を訪れる若竜から指導を受けていこうって話になりました。ある程度余裕がある時の方がいいですからね。相手との距離感については、黄竜さんは見知った相手という前提付きであれば現状のままでいい、とのこと。相手が仔猫なら手元でわちゃわちゃしてた方が微笑ましいいでしょう。竜の感情の機微については、他の人はまだ表層的な部分までしか認識できてなくて、竜の皆さんや僕の方で、意図をその都度説明するしかない、という結論に。まぁ焦らず行きましょう。(アキ視点)
黄竜さんと代表の皆さんの用事も終わったので解散ということになった。黄竜さんは人形操作の練習へ、そして僕達はと言うと、別邸に話し合いの場を移すことになった。連邦大使館の方より、参加人数も少ないので別邸の方が良いだろう、という事だ。
ベリルさん達、女中人形の皆さんは空間鞄に入って貰い、一足先に僕と一緒に馬車で戻った。その間にも連絡を受けたアイリーンさんやシャンタールさんが庭先の準備へ。
黄竜さんの指導と確認の負荷もあったので、皆さんは着替えたり少し休んだりしてから再集合ってことになった。ヤスケさんはその時間を活かして、人形操作に関する調査を指示していたようだ。何せ旧い技法であって、使い手が何人残っているのか、同技法に即した人形を作れる職人がいるのか、技が遺っているのか、なんてレベルからの確認が必要だとボヤいていたくらいだから。
「探索者の視点からだと、人形操作の技法はどう映りました?」
待ってる間に、ちょっとケイティさん、ジョージさんに聞いてみることにした。
「そうですね。魔導師としての視点から話すと、空間鞄に人形を入れていけるなら、普通の魔導人形の方がいいです。前衛の魔導人形、後衛の魔導師という連携が取れますから。私が人形を操ると、頑丈な前衛の人形が一体、動けない操者となるので、そうですね……術式が効きにくく動きが鈍い魔獣相手なら出番があるかもしれません」
ケイティさんならまぁ、そうなるよね。自分の意思で積極的に動ける魔導人形が便利過ぎるって話もあるけれど。
「ジョージさんはどうです?」
「俺も魔導人形が選べるならそちら一択だな。近接距離で足を止めるというのは怖過ぎる。いくら操る人形が強くても、瓦礫の一つでも流れ飛べば命が危うい。それに現代では、重装甲を撃ち抜く投槍や、火力と速度、それと障壁貫通効果も期待できる呪紋を付与した矢もあるから、魔獣との戦い方も昔とは随分違う。空間鞄に放り込めない重量物を動かすようなシーンがあれば役立つか」
他から独立してないと空間鞄に放り込むことはできないとか、思ったよりは制約は多いと教えてくれた。
ふむ、ふむ。
「そう考えると、実用的な意味では出番を失っていた古い技法ってことですね。それが他の種族に提供されたことで、新たな価値を見出される。うん、うん、いいですよね、こういうのって」
文化交流の真骨頂と褒めると、二人もこの見解に頷いてくれた。
「交流のない海外の国に行くと、目を見張るような技術や文化を見かけることもある。置かれている環境が変われば、求められる技も変わる。探索活動の醍醐味と言えるだろう」
ジョージさんもこれまでの渡航で色々経験しているようだ。
ん、ケイティさんはちょっと違う見解を持ってるっぽい。
「こちらが新たな刺激を受けるのは良い事ですが、他国に与えた影響を考えると、少し配慮に欠けていたかもしれない、と思いました」
探索者の皆さんは、大型帆船で乗り付けて魔導具を沢山身につけて訪問してた訳で、必要な装備ではあっただろうけど、その交流は相手国に結構な影響を与えたのは間違いないよね。ある程度は狙ってやってるんだろうけど、そもそも相手の国の事なんて詳しく知らないのだから、その影響を推測するのも難しい。
「おまけに自分達はあまり価値がないと思ってるとしたら、その扱いも杜撰でしょうからね。後から振り返ってみたら、という話も多いでしょう」
大日本帝国の頃、複葉機から単葉機に変わるかどうかという頃からライセンス生産して使ってたプロペラより良いモノが創れず、第二次世界大戦終了後、そのライセンス料を支払おうとしたら、あまりに古い技術の特許料だったので一ドルでいいよ、と言われたなんて話も絡むかも。
飛行機の無線機に雑音が入って使えない、と日本軍はとても苦しんでいたけど、実はアース線の接続が駄目だったから、というのも戦後になって発覚したこと。
基礎技術の裾野の広さはとても大切なことで、探索者の皆さんが他国に見せた品や技も、その有用性や技術の意味を相手がきちんと理解できるか、はまた別の話なんだけど。
今回の件で言えば、人形操作は確かにかなり有用で、竜族はそれを使えはするけど、自分達で造れないし、メンテナンスも無理。
……そこがいいんだけどね。
さてさて、この話をどう売り込んでいくかなぁ。どうせなら高値で売り抜けたいし、供給ペースとかも把握しておきたいところだ。
「アキ様、何を考えておられます?」
「竜族が欲しがっている品が街エルフにしか創れないって良いよねって話です」
「……はぁ」
また何か企んでるな、って目でケイティさんが僕を見たけど、ここでマサトさんやロゼッタさんなら、商機と目を輝かせるところだろう。ケイティさんはこういったところは少し淡泊だよね。
◇
庭先に設けられたテーブル席に代表の皆さんも揃い、僕もその場に合流した。今回の件で、重要人物となるヤスケさんはと言えば、憮然とした態度を示しているけど、居心地の悪さも感じてるってとこかな。珍しいことだね。
ふわりと飛んで来たシャーリスさんが僕の頬をつんつん突いてきた。
「アキは随分楽しげじゃな? なんぞ面白い事でも思いついたのかぇ?」
問い掛けるようでありながら、そうだと断言している態度であり、なんでかなぁ、と他の人達を見ても、やはり似たような印象を抱かれたようだ。
「えっと、まぁ、そうですね。ヤスケさんからの情報次第ですけど、楽しみな道筋分岐する気がしてます」
「道筋?」
「あぁ、済みません。日本の俗語がつい口に出ちゃいました。出来事を物語のシナリオのように捉えて、様々な可能性、未来へと辿る流れを道筋に例えたモノです。今回の場合だと、本来なら長い道筋を辿らないと辿り着けない地点に、より短時間で辿り着ける裏道を見つけた、ってとこですね」
空を飛んでどこでも真っ直ぐ向かえる妖精族にはピンとこない例えだったかも、とも補足する。
この説明を聞いてユリウス様が口を開いた。
「それは、竜族が地の種族の文化や思想を取り入れる方法として、変化の術ではなく、より簡便に用いることのできる人形操作を採用することを指すのだな?」
「はい。変化の術を用いて竜人となる案は、竜族の縄張り不足を解消する事が第一目的で、地の種族の文化を取り入れやすい人の姿となるのは二の次としていたでしょう? 省力化だけを達成するなら小型召喚体のような小型竜としての姿に変化するのも悪くない、という提案もそれはそれで良いかも、と話してたくらいですから」
「その点、人形操作では、縄張り不足解消には一切寄与しないが、我々の文化を取り入れる目的には合致している。それに先ほど操作していた様を見た限りだが、今後の習熟はかなり駆け足になりそうだ」
ユリウス様の指摘してくれたように、人形操作を竜族が扱う上での最難関はもう突破してる感じがするんだよね。
ん、リア姉が補足してくれた。
「人形操作は、自身とは違う身体、人形の身体との差異を乗り越えて、自身の身体のように認識し操るまでが難しいらしい。その点、黄竜様は種族の差異すら乗り越えて、拙いレベルではあるけれど操作しているので、私やアキとの心話や、竜眼での観察を併用すれば、何か月かでは難しいとしても、何年かすれば十分な域に達すると思う」
ん、そんな感じだよね。
「五指を使うのに苦労してたから、あやとりとか箸を使うとかするのもいいかも」
「それこそ幼児用の矯正箸を使わせるのもいいだろうね」
あれだって使えるようになるまでは結構時間がかかるよ、話したところでザッカリーさんが割り込んだ。
「リア殿、話が逸れているので、元に戻そう。こうして集まった趣旨は、黄竜様が見せた人形操作の技法が今後に及ぼす影響について意見交換をしておくことが目的だ。ヤスケ様にはあまり時間はなかったが、関連情報も集めて頂いた。それと、アキがいる間に、思いついたことを伝えさせる、ですかな」
今日は予定外のイベント連鎖で、僕が寝るまで、あんまり余裕はないからだね。とはいえ、隠し事をしているかのような言い回しはあまり良い気はしない。
っと、ぽんぽんとお爺ちゃんに頭を撫でられた。
「アキが思いつく話は大体は大まかな道筋、向かうべき先への一本道じゃろう? 先に話しておけば、皆でそれを吟味することもできよう。マコト文書関連の話ならケイティ達の力を頼るのも手じゃからのぉ。話を進めてくれる者達がおるのじゃから、握り続けなくとも良い話は手放すべきじゃよ」
まぁ、それは確かに。
「と言っても、大した思い付きじゃないんですけどね」
マサトさんやロゼッタさんがいれば、間違いなく踏み込む話題だし。
「アキの大したことがない、は当てにならん。ヤスケ殿の話が先か?」
レイゼン様がヤスケさんに話を振ると、ヤスケさんもそれがいいと頷いた。
「アキの思い付きは、先ほどの人形操作の実演を基点としておるんじゃろう。だが、話はそれほど簡単ではない。集めた情報を先ずは聞くことで、多くの制約があることを皆に理解して貰おう」
届いた資料を手に、ヤスケさんは何とも微妙な表情を浮かべた。街エルフの技に関する話だけど、吉報ではないっぽい。それに根本的に竜族に利する話という時点で気に入らないって気持ちも混じってるかな。あー、僕が喜んでる態度自体にも不快な感情を抱いてるかも。
これはなかなか面倒臭い話のようだ。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
人形操作ですが、アキがちょっとしたことを思いつきました。いつも通り、目指すべき方向と、到達地点を話す程度で、後を任せる気満々です。
まぁ、それよりはポロっとでた俗語の方が問題だったりします。政治家のうっかり失言、ポロっと出た言葉って、案外、本音だったりするんですよね。まぁ、アキの場合、隠すつもりもないので本音以外の何物でもない訳ですが。ただ、失言だ、と注意すればいいって話でもないのがややこしいのでした。
次回の投稿は、三月二十九日(水)二十一時五分です。