19-4.竜の機微と、配慮の緩み(後編)
前回のあらすじ:やってきた黄竜さん絡みの案件からということで、黄竜さんが取り組んでいる人形操作という古い技法の成果を見せて貰いました。幼女人形だったのと、幼児っぽい動きや拙い言葉も相まって、かなり可愛い振舞いで、もう最高でした。竜と人では身体の作りもまるで違うのに、よくここまで到達できたのは見事。シャーリスさんからは、人形操作に習熟した二竜(黄竜、青竜)ならば、異種族召喚が成功するかも、なんて話も出たり、竜が人形を操作できれば、地の種族の文化導入も一気に加速だ、なんて感じに話も盛り上がりました。ワクワクしてきますね。(アキ視点)
ザッカリーさんの説明を聞き終えた黄竜さんは、②のロングヒルメンバーとの交流に慣れたことによる配慮の緩みについて話し始めた。
<説明を聞いている間に、観察してみたけれど、確かに半年ぶりにあった三人は、ロングヒルにいた者達よりも負担があるようだね。三人共だから個人差では無さそうだ>
思念波からは、竜眼でこちらにいる全員を見比べつつ変化を観察するという手間を掛けたので、結構手間だった感覚が伝わってきた。今は穏やかに話をしてるから、そもそも負荷が小さい状態というのもあると思う。ここで青竜さんなら、実際に感情的に振る舞って反応を試して見たに違いない。慎重な黄竜さんで良かった。
う、無言の思念波で、今の話の流れでそんな真似はしない、と窘められた。
……どんだけ観察力があるんだか。いくら僕の表情が出やすいと言っても、よくそこまで読めるモノだ。
『皆と同じように。指導をして貰えば大丈夫でしょうか?』
<自己イメージ強化の訓練は負担になるから、忙しい身の三人が今回試すのはどうかと思う。それよりは、帰国後、それぞれの地域の若竜から指導を受けるのが良いだろう。両者を繋ぐ竜神子もいるし、指導回数も稼げよう>
確かに。日程がキツい今回に無理をする必要は無し、と。
『それにロングヒルでなら、小型召喚にして圧を減らす選択肢もあるから尚更ですね』
<込み入った話なら、そちらが良いだろう>
多少、負荷を減らしても、負荷なしの小型召喚に比べると、その差は歴然だもんね。
『竜同士の距離に離して、こちらからの声は風で届けるか、魔導具で音を出す案はどうでしょう? パーソナルスペース的にはそちらのほうが負担が少ないのでしたよね?』
僕の問いに黄竜さんは少し思案してから、例え話で思いを教えてくれた。
<竜によって好みは分かれると思うけれど、竜同士なら確かに互いに羽を広げても届かない距離感の方が気が楽だね。でも、そうだね。人は猫を飼うだろう? 掌に乗るようなカワイイ仔猫がいるとしたら、手が触れるような近い距離の方が嬉しくないかな? 元々小さいから、遠くなると表情も見えにくいだろう?>
ほぉ。
思念波からすると、竜の眼はよく見えると言っても、竜同士の距離感は互いの全身を捉えるのに適切な距離であって、それは体が大きいからこそ、距離を離す必要があるって事と。
同じように地の種族と距離を離すと、試合をしている選手の姿を観客席から眺めるようなモノで、顔のアップはオーロラビジョンか、中継のスマホ頼りってとこか。
そう言えば、雲取様が距離感を話題にしたのは、小型召喚体の時だったもんね。大きさが六分の一になれば、距離感も変わるか。
ん、シャーリスさんがふわりも前に出た。
「妾達、妖精族はどうじゃ?」
<魔力が無色透明でなければ、もう少し近くてもいい。でも動きが素早いから、動く分を踏まえると、ある程度の距離は欲しい>
話は穏便だけど、思念波からは、眼前にスズメバチが飛んできたら気が休まらないって警戒感がバリバリ伝わってきた。やはり竜族から見ても、妖精族は別格扱いだ。
妖精族だと、無拍子で全方位に全速移動できるから、ある意味、移動自体が瞬間発動の魔術みたいなモノなんだよね。徐々に加速ではなく、いきなり弾かれるように飛べるし、直角に曲がるのも簡単で、その動きはまるで先が読めない。距離が近いと簡単に死角に入り込まれるから厄介この上無しと。
ん、ニコラスさんが手を上げた。
「今、ここにいるメンバーが近い距離に合わせる事を希望されていることは理解できました。その距離感のまま、他の地域で交流されると負荷が増える、その恐れについてはどう考えられてますか?」
あ、黄竜さんがクスリと笑みを浮かべた。
<ニコラス殿、それは我らを過大評価し過ぎだ。私がこの距離感が良いと感じるのは、見知った者達だからであって、よく知らぬ相手に対して無意味に近寄るような真似はせぬよ。互いを知り合って少しずつ距離は詰めていくモノだ>
地に降りた状態はそもそもかなり相手に譲歩した状態であって、警戒する相手なら、空から距離を離して観察する、と。
『確かに、僕達も、初対面なのにベタベタ擦り寄るような人に好印象は抱きませんからね』
そんな奴は大体は碌でもない腹積もりか、相手の気持ちを考えてないから。そんな自分の経験の記憶を声に乗せると、黄竜さんが露骨に顔を顰めた。
<初対面で触れてくるような真似をしたら、私達なら馬鹿にするな、と薙ぎ払うよ>
などと、少し体を起こして、爪で一薙ぎしてみせた。げ、爪が払った空気の層が歪んで見えたから、竜爪で空間を実際に削り斬ったね。竜族の感覚からしたら、そこまでされるくらい物凄く失礼な真似だ、と。
このやり取りで、ニコラスさんの懸念は杞憂だったと安心することができた。ふぅ。
◇
さて、残りは竜の機微への認識の差だね。
ん、ユリウス様が手を上げた。
「残るは、竜の感情の機微について、アキと他の者で大きな差がある件ですが。黄竜様はアキとの会話を、気心の知れた相手とのソレのように感じているのでしょうか? 他の者、例えば共に研究をしている担当者達との差異は何と思われますか?」
先程の会話も省略した言葉が多かったように感じた、と補足してくれた。
ふむ。
<その件だが、先ず我々竜族は縄張りでそれぞれ分かれて暮らしているから、近場の他の竜と会う時もある種の緊張感を保っている。互いにあまり踏み込まないよう配慮しているのだ>
雑談はするし、挨拶もするけど、それは良好な関係を維持する為の付き合いであり、相手に脅威を与える存在ではないとアピールする場でもあると。
「共同活動を必要としてこなかったから、それくらいが丁度いい、と。その距離感が近い例外は幼竜だけなんですね」
<幼竜にとって保護してくれる相手かそうでないかは大切で、保護してくれる相手なら頼るし、好意も寄せるし、より親しくなろうともするものだ>
思念波からすると、安全か見極めてる時には遠巻きだけど、大丈夫と解った途端、幼竜達はわーっと群がってくるようだ。
で、僕との関係はまるでソレだと。
『そう考えると、僕と他の人との差は、この竜は安心していいと理解して、距離を詰めているか否か、ってとこでしょうか』
僕は小さくて弱いから、そもそも妖精族みたいに脅威には思われないだろうし、近くにいると魔力に包まれて心地良いし、僕に向ける意識も感じ易いからね。
<それと心話を重ねて、互いの考えを容易に予想できるという優位性もあるかな。心話の濃い交流が無かったなら、短い思念波で気持ちを伝えるのは難しいだろう>
戦友同士が銃弾が飛び交う中、言葉もハンドサインも使わず、目線と表情だけで互いの意図を理解して、阿吽の呼吸で完全な連携を取るようなモノ、と。
互いの心のなかに、相手の明確なイメージがあるから、その状況ならどう考えるか、どう動くか説明されずとも判るって奴だ。
『確かに、思念波で感知できるのなんでイメージや感情の断片だけですからね。それまでの会話と、身体言語と合わせないと意味不明でしょう』
<アキは表情や振る舞いに気持ちが現れるから、意図は読みやすいよ>
ん、ユリウス様が手を上げた。
「立場や役目に相応しい振る舞いをする者達は、取り繕った姿勢故に、竜同士のように、踏み込みが足りない、と」
<それと心の余裕か。他の者達は今の其方も含めて、かなりの緊張感を持っているだろう? アキはその点、本人も公言してるようにペットのように勝手気ままにしている。そうなれば、どちらが心の奥底が見えやすいかは自明の理だ>
むぅ。
『僕だって、竜神の巫女としてお仕事モードの時は弁えてるでしょう?』
擦り寄ったり、体に触れたりするような真似は、ちゃんと仕事を終えて、了解を得てからやってるからね。
<それだけリラックスしててよく言う>
成竜のように対等に振る舞いながら、幼竜のように遊んで、遊んで、と寄ってくるんだから、不思議な子だよ、と笑われてしまった。
◇
他の人達には心話での交流密度の底上げや、感覚をそのまま声に乗せて伝える真似はできないし、そもそも竜族への親愛の情より恐怖が先立つんじゃ、差も付くってモノだよね。
ん、シャーリスさんが前に出た。
「機微を読む件は、相手には不快感を伝えるような場合、竜とアキ、双方で意図を口にするようして貰うしかなさそうじゃのぉ」
「それは前回、桜竜さんに幼竜との接触について質問した時みたいな?」
<その件は私もあとから聞いて驚いた。私達も桜竜が苛つくのが解ってるから避ける話題なのに>
敢えて地雷を踏みに行く態度に思える、と。
「聞く必要がありましたからね。僕も意味もなく聞いたりはしないし、桜竜さんも不快な話題だ、と教えてくれました。それに、聞く時も、繊細な話題ですが、と前置きはしましたよ?」
だから配慮は十分と告げると、シャーリスさんに駄目出しされた。
「妾達は、桜竜殿の態度は、不測の事態も起こり得ると判断するしか無かった。護衛をする身で言えば、かなりの緊張を強いられる局面だったんだぞ」
その言葉に黄竜さんもなるほど、と少し思案してから考えを明かしてくれた。
<福慈様の例があるから、説得力が薄いとは思うが、地の種族の元に訪れることを許されているのは、自らを律することに長けた者達だけだ>
「桜竜殿は、魔力を意図せず噴出させて、緑竜殿の手を煩わせる事になったが」
<そこは認識が甘かったと認める。桜竜の魔力噴出は竜同士であれば、顔を顰める程度の話だから危機意識が薄かった。今後はそこも含めて配慮しよう>
その辺りが落とし所か、とシャーリスさんも納得してくれた。
さて、話もここで締めかと思ったんだけど、ヤスケさんからの提案で、態度の比較について実際に体験してみる事に。
がっつりやると大変だから、幼竜向けの軽い自己イメージ認識を促す指導と、それと同じくらいの負荷となるよう不快感を露わにするポーズをして貰った。
……すると、僕には両者は明確に区別できたし、どちらでも、黄竜さんがこちらを慮る優しさが感じられたけど、他の人達は慌てふためかないよう自身を律する必要があった、身の毛が凍る思いだった、と告げて、黄竜さんが目を丸くする事態になった。
これは個人差があって、やはり半年ぶりに来た三人は、国の代表としての意地がなければ、無様を晒していたかもしれない、と内心を吐露するほどだった。負けず嫌いのレイゼン様も、黄竜さんの冷静さまでは認識できたけど、皆を慮った優しさと感じることはできなかった、と残念そう。
大きくて立派な体躯だけど、悔しがる様はまるで小学生の腕白坊主って感じで可愛く思えてしまった。勿論、口にはしないけどね。……黄竜さんも無言の思念波で、かわいいねぇ、などと後押ししてくる始末だった。
黄竜さんにとっては、地の種族は全員がわちゃわちゃしてる仔猫扱い、と。
それはそれとして、考えてみれば、雲取様や雌竜の皆が来た当初は互いに知り合いましょう、仲良くしましょう、という姿勢をアピールして、踏み込んだ話題には触れてなかったし、その必要もなかったもんね。
それからも、人同士の不快感を伝えるレベルは、どれくらいの加減なのか慎重に確認していき、結果として、気心が知れてかなり気楽に感情を伝え合うようになっていたことを自覚する事になった。
そして、許容範囲はどれくらいかというと、黄竜さん曰く、まだ警戒されている幼竜を相手に、悪い事をしたと叱る時くらいの加減で、後に引かないよう、叱った後には親愛の思いをキチンと伝えて安心させるくらい、とのこと。
まだまだ、竜族との交流をするためのハードルは見上げるような高さのようだった。
評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
パーソナルスペースの件は、相手への認識や、通常時と小型召喚時では違いがありそうなんてことも明らかになってきました。
黄竜も話してましたが、尻尾を身体に沿わせて、その上に首を乗せてっていうのは、猫で言えば香箱座り状態ってくらいなので、かなり人側に配慮してる態度です。おまけに魔力も抑えてますからね。今回の懸念は、ニコラスの杞憂でした。
アキのことを幼竜のように、と称してましたが、アキとて、気心の知れた黄竜相手だからこそ、これだけリラックスしてる訳で、表層的な意味ではなく、心話で深く知り合ってからでないと近付いて行ったりはしないので、結構慎重な行動をしてます。
ただ、第三者から見ると、会って一時間もせずに、旧知の仲のように親しく振る舞う様は、まるで魔法のよう(こちらだと手品のよう)に思えることでしょうね。
あと、桜竜の魔力噴出の件はさらりと流されてましたが、互いの認識の差という意味ではヤバい話です。竜からすれば大したことがなくても、地の種族からすれば生死に関わるレベルなのだから。この辺りは、緑竜はさらりと障壁を展開して逸らしてましたが、他の種族ならどれほどの難度だったか、鬼王レイゼンが語ってくれるでしょう。当日は直接参加はしてませんが、何があったのかは報告が関係者に回ってますので。
黄竜との突発的な相談は今回で終わりで、次パートは元の予定に戻るかというと、はい、そんな訳がありません。人形操作の与える波及効果について、代表達が意見をぶつけ合うことになります。
次回の投稿は、三月二十六日(日)二十一時五分です。




