19-3.竜の機微と、配慮の緩み(中編)
前回のあらすじ:式典をさくっと終わらせて、後は予定をこなしていこうと思ってたら、半年ぶりに会った三人が口を揃えて、こちらにいた皆の印象が変わったこと、それが自己イメージ強化の指導によるもので、その結果として、雲取様からの圧が強まったように感じたことを問題視しました。あと、僕が読み取る竜族の機微と、皆が感じるソレには大きな開きがあって、そっちもやはり問題があるとも。おかげでそっちから取り組みことになりました。予定通りに行きませんね。(アキ視点)
黄竜さんがやってくるまで、ちょっと時間があったので、何を話すか、検証するとしたら何をするか意見を出し合ったり、スタッフさん達に黄竜さんが今日やってくる用事が何か確認してみた。
黄竜さんの担当は、青竜さんと一緒に、遠隔操作の技を学ぶという事だった。だけど、魔導人形を用いる街エルフの一般的な技は、試したところ、魔導人形側が過負荷で壊れてしまった。だから、もっと強度の強い人形を用意したらどうか、なんて話にはなったんだけど、世界樹の枝から創り出した人形は残り一つ。これの扱いをどうするのかは、未だ結論が出ていなかった。依代の君が二つ使ってるのだから、残り一つは皆の共用にしよう派が多かったりはする。だけど、長期間の神降ろしには前例がなく、だからこそ不測の事態に備えて予備を確保しておくべき派の意見も捨て難かった。
手詰まりかと思われたけれど、実は結構前から、別の方法を試し始めたそうだ。それは旧い人形遣いの技。人形操作という古典技法で、人形劇で用いる操り人形のように、糸を用いて人形を動かすというモノだ。
この技法の利点は、人形の構造がシンプルで強度的に優れていること。欠点は人形遣いの遠隔操作のように、憑依するレベルでもう一つの身体のように扱う感じではなく、人形を意のままに操るといった域に留まること。
ただし、糸と言っても、劇で使うような糸で上から吊って操作するというモノではなく、幻糸と呼ばれる術式によって魔術的に操者の心と人形を繋げるそうだ。人形操作では、操作中、操者は人形の操作しかできず、自身は立ってることすらできないし、幻糸はあまり長くできず、せいぜい十メートル程度までしか伸ばせない制限がある。
現代の人形遣いが、魔導人形達の指揮官であるのに対して、古典技法では一体の人形操作に専念するという大きな違いがあった。
で、黄竜さんは人形操作の練習にやってくるんだそうだ。
ちなみに、そんな面白い事を始めていたのに、僕に情報が回ってこなかったのは、黄竜さん、それと青竜さんから、ある程度、操れるようになるまで秘密にして驚かせたい、と頼まれたから。まぁ、無理に隠さなくてもいい、とは言われていたそうだけどね。
「リア姉は、人形操作の技法は使えるの?」
「無理、無理。今の人形遣いの技とは異なる系統だし、用いる人形だって今のモノとはかなり違ってた筈だよ。必修科目から随分前に外れてたと思う。ヤスケ様ならどうです?」
話を振られたヤスケさんも首を横に振った。
「儂が若かりし頃ですら、古典芸能扱いされておった技法だ。自身が動けず、人形も近場から離れられず、操れるのが一体では話にならなかった。……しかし、随分と旧い技法を引っ張ってきたモノだ」
ヤスケさんが若かりし頃というと、「死の大地」で竜族と死闘を繰り広げていた時代だから、自律行動できる人形達を多数、広範囲に展開できなくちゃ、天空竜相手には話にならなかったんだろうね。それに、人形遣いとしての技を修得するのが最優先で、人形操作のような古典芸能を嗜む余裕も無かったんだろう。
ん、レイゼン様が手を上げた。
「ヤスケ殿、人形操作はどういった目的で編み出された技法なのだ?」
ふむ。確かに気になる。
「個の限界を打ち破る方法の一つだった気がする。術式で身体強化を行おうとやはりそれだけでは魔獣には到底及ばない。それに魔導具で武器や防具を強化しようとも魔獣との近接戦闘はかなりの危険性を伴う。より強く、より安全に。それが目指すところだったと思う。何せ古い話だ。裏を取るにも文献に当たらねばならん」
「いや、そこまでには及ばない。壁にぶち当たった時にどうするのか。そこに種族の特色が出るということか」
レイゼン様は納得したけど、僕は疑問が湧いたので、聞いてみることにした。
「鬼族はどうしたんですか? いくら鬼族でも魔獣は与し易い相手ではないですよね?」
「俺達の場合は、鬼の闘法、つまり武術と魔術の併用でかなりいいところまでは戦えたからな。より安全に排除できるよう集団技法を高めていけば十分だった」
なるほど。
「だから、他の種族より集団術式が得意なんですね。ユリウス様、それだと小鬼族はどうされたんでしょう?」
「我々はこの通り身体は小さく魔力も少ない。だから正面から打ち破る道は選ばなかった」
ここでふわりとシャーリスさんが割り込んだ。
「どんな相手とて無防備な時はある。相手の力が発揮できぬよう、混乱するよう、戸惑うよう仕向けて、足りぬ力は罠や毒で補ったのよな」
詳しく教えて貰った、と得意げだ。
「シャーリス殿が話した通り、我らは身の軽さ、気配の消し易さ、夜陰に紛れる技を活かした。我らの小さな手では魔獣の表皮に剣も弾かれるが、穴の底に杭を置き、それを踏ませれば自重で串刺しにできる。力が足りぬなら敵のそれを利用すればいい。それが小鬼族の選んだ道だった」
「自分達の特徴を活かす。それぞれ特徴がありますね。ニコラス様、人族は鬼族と小鬼族の中間くらいの選択でしょうか?」
「正解だ。集団戦で力を束ねるが、それだけでは魔獣相手には力不足は否めず、罠を併用するのが常だ。その代わり、小鬼族ほどではないが、人数の多さを活かして、より積極的に魔獣を罠に追い込むと言った違いはあるかな」
ふむふむ。
「妾達、妖精族の振る舞いは小鬼族に近いかのぉ。違うのは小鬼族は罠を使い、妾達は術式を用いるといったところじゃ。この身では大きな相手を嵌めるような罠をつくるのは難儀するでのぉ」
などとシャーリスさんは締め括ったけど、その言には皆も苦笑するしかなかった。罠のように相手の力を利用するのではなく、操る魔術の位階の高さで、相手の急所に鋭い一撃を叩き込むというある種の力技なのだから。高濃度な魔力に満ちた妖精界だからこそ選べた道だ。
などと話をしていると、黄竜さんがやってきた。
◇
ゆっくりと弧を描いて降りてきたけど、式典も終わっているのに、代表達が揃っていることに気付いたようだ。
まだ高度がかなりあるから、ここはお爺ちゃんに風を操って貰って。
「すみません、ちょっと相談したい事があって、お待ちしてました」
僕の声が届くと、僕にだけ絞られた思念波で、それなら心話で教えてくれればよかったのに、とボヤかれた。
舞い降りる姿はとても綺麗で、中黄、明るく緑がかった黄色い鱗は爽やかな印象を受ける。いつものように洗練された着地で、風がそよぐ事もない様は見事だ。
<それで相談とは?>
「えっとですね――」
竜族の機微に関する僕とそれ以外の人の認識のズレと、自己イメージ強化に伴う配慮の緩みについて相談したいこと、その話に至った経緯についても簡単に説明し、それと、可能なら人形操作の技を観てみたい、と伝えてみた。
<おや、バレたのか。まぁ、それは構わないけど、どっちを先にする?>
思念波からすると、それなりに見せられるレベルにはなってるから、どうせなら、人形操作を先にしたいってとこみたいだ。こちらの相談の方が面倒そう、と思う気持ちもちょいあるかな。
『では、人形操作を先にお願いします。ヤスケさんやリア姉にも聞いたんですけど、街エルフにも使い手が少ないそうなので、どんなものか観てみたいです』
興味津々、ぜひ、ぜひ観てみたいって気持ちをギュギュギュっと声に詰め込んでみた。
<じゃ、そっちを先に。あと、軽く動かした後、これまでの経緯を説明しよう>
仕方ない、と目を細めながらも、ぱっと見だけではわからない、苦労した部分を話したい、そこを克服した事を披露したい、なんて思いが伝わってきた。
あー、すっごく苦労したんだね。
思った事を簡単に術式で瞬間発動できる竜族をして、とっても苦労した、創意工夫が必要だった、大変だった、と吐露するくらいだから、かなりの難事だったんだろう。
後ろにいる面々に確認は取らず返事をしちゃったけど、先に観たいという僕の意見に全員が賛同してくれた。
まぁ、どっちが先でもいい話だからね。それに実際、使い手も少ない旧い技法の実演となれば、興味も湧くというものだろう。リア姉は今の人形遣いの技とは別系統だと言ってたけど、その源流となれば、ある意味、人形遣いの思想、視点に触れられるという事なのだから。
◇
こちらの相談もあるので、スタッフさん達に皆が座れる席を用意して貰った。ちなみに黄竜さんとの距離は、普段通り。というのも、人形操作の間合いが短いので、人形を皆に見えるようにすると、竜族の間合いでは遠過ぎるからだ。
黄竜さんの前には敷物が広げられ、そこには可愛らしい幼児の人形が仰向け状態で置かれていた。傍らには幼児用の椅子や、ガラガラも置かれている。
抜けるような白い肌で、肩で揃えた髪は黄竜さんの鱗と同じ中黄色で、同じように金属光沢があってなかなか綺麗。それに紅色の幼女服もなんとも可愛らしい。
<人形操作>
いつものように尻尾の上に頭を乗せてリラックスした状態になった黄竜さんが敢えて言葉にして術式を発動すると、幼女人形と黄竜さんを何十本という光の線が繋いだ。
幼女人形がぱちりと目を開けると、青い綺麗な瞳と目が合った。魔導人形のような表情筋の動きはないけれど、少し傾けて伺うように向けた目線だけで、見てろよーって意気込みが伝わってきた。そこから、じたばたを手を伸ばしだし、反動をつけて腹這いになり、短い手足でふんばりながら、ふらふらと立ち上がる。
『かわいい〜』
やっと立ち歩きできるようになった幼児が、どうだ凄いだろー、と見せつけるような仕草そのままで、ふらふらと危なかっしい拙い動きもあって、応援したい気持ちが溢れ出す。
そのまま、幼女人形は椅子を掴んで姿勢を保ちながら床に置いてあったガラガラをむんずっと掴み、ぶんぶんと振り回して、盛大に音を奏でた。
おぉ。
間髪入れず拍手をすると、幼女人形はぎこちなく口を開いた。
「あーきー、どお?」
たどたどしい幼女ボイスが紡がれ、僕は万感の思いを込めて『最高ですっ!』と答えた。
「おしまい」
幼女人形はぽてぽてと元の位置まで歩くと、ごろんと横になった。そして、黄竜さんと幼女人形を繋ぐ光の線も消えていった。
僕たちは勿論、スタッフさん達も含めて、惜しみない拍手を送り、黄竜さんもその様子に満足そうに目を細めた。
◇
スタッフさん達が幼女人形などを片付けると、黄竜さんがそれでは、と話しだした。
<見ての通り、まだまだ自在に動かすのには程遠いものの、多少なりとて歩いて、道具を使い、言葉も発することができるようになった>
「とっても可愛かったです。幼児人形にしたのは転倒事故防止の為ですか?」
僕の指摘に、黄竜さんはよくわかってる、と満足そうに頷いた。
<その通り。初めは大人の人形を使ってみたんだが、幼児人形のようにころんと転がってくれなくてね。危ないからそっちは辞めたんだ>
なるほど。やっと歩き出した幼児のような拙さで大人がバランスを崩して転倒すれば大怪我間違いなしだ。というか受け身を取らないと怖すぎる。その点、幼児体型なら倒れるというより転がる感じになるからだいぶ安全だ。
「かなり操作が難しそうでしたね」
<人形は身体を動かす筋力は備えていても、バランスを取る部分も含めた制御は術者に完全依存してる。だから、街エルフにとっては殆どの動作は無意識にできるそうだ>
あー、なるほど。幻糸を使って常時接続して、身体制御はぜんぶ操者に丸投げ、人形操作の術式は、操者の運動野の機能に頼って動くんだね。ロボットで言えば、人形側は命令通りに身体を動かし、自身を運動させるだけの能力は備えているけど、制御系を何も積んでない、ラジコンカーみたいなものってことだ。
……ってことは。
『もしかして、最初は手足をじたばたさせるだけでも一苦労、寝返りを打って腹這いになるだけでも、一杯練習した感じですか?』
幼児が自分の身体の動かし方をじたばた動かして試すように、個別に動かすだけでなく、連携して動かしたり、反動を活かしたりと、総当たりでチェックしていくように。
僕の指摘に、黄竜さんは、よくわかってる、と感嘆の思いを抱いてくれた。
<そう。何せ、その人形には羽も尻尾もない。手足も長くて、そのくせ、首が短くてね。ある程度、思い通りに動かせるようになるのに、随分手間取ったよ>
それを言ったら、頭や胴体、手足の重量バランスだって、竜族のそれとは全然違う。そりゃ苦労する訳だよね。乳幼児と違って、最初から自立できて、多彩な言葉を紡げるだけの筋力を備えているから、首が座るまで半年、みたいな話は飛ばすことができただろうけど。
「五感はどこまで再現されてる感じですか?」
<視覚と聴覚、それに触覚はそこそこ。嗅覚と味覚はない。それと温感もないね>
ふむ。
「指も動かすのは大変でした?」
<大変だよ。まだ手を開くのと握るのはできるけど、我々より細かく曲げられる部分は活かせてない。できれば鉛筆を握って文字を書きたいんだけどね>
「もしかして、金竜さんも絡んでます?」
<自分でペンとノートを使えそうだ、と興味津々だったよ。そこは作業分担で、金竜は文字の勉強、私達は人形操作で分けてる。当面はさっきの人形だけでいいけど、慣れてきたら金竜も含めてそれぞれに人形が欲しい>
お、ヤスケさんが手を上げた。
「黄竜様、それは慣れるまでは第二演習場で訓練をするので一体あれば十分だが、慣れた後はそれぞれが人形を持ち帰って、自分の縄張りで人形を使いたいとの要望だろうか?」
黄竜さんはその通りと頷いた。
<金竜は自分のノートとペンが欲しいとボヤいてた。人形が操れるようになったら、持ち歩いてあちこちで使いたいとも話してたね。私と青竜は皆と同じように自然に人形を操作できるところまでが今のところの目標で、そこから先はまだ考えてない>
ふむ。
「僕達が使うペンとメモ帳のように、鞄に人形と筆記用具セットを入れておいて、取り出して使う感じでしょうか。そうなると、鞄も人形が中から自力で出てきやすいように設計を見直した方がいいかも」
<我々の手では鞄の留め具を外すのが精々だから、鞄をひっくり返して中身を出すよりは、人形を操って自力で出てきた方が良さそうだ。まだまだ先の話だけど>
実際の運用となったら、幼児体形だと身体能力的に厳しいから、依代の君くらいの背丈は欲しいかな。幼稚園児だとクレヨンくらいの方が持ちやすいけど、小学校低学年になれば鉛筆も使えるからね。
っと、黄竜さんが何か気付いたようだ。
<シャーリス殿、何か?>
「アキがその身体になっても、体からの感覚に合わせれば動かすのは苦ではなかったと聞いている。それに比べて、黄竜殿が人形の操作に苦労したのは、黄竜殿の心に、人の身体を操る機能や経験が無いから。そして、今はまだ拙いが、多くの試行と研鑽を経て、その能力を獲得しようとしている」
「そうなりますね。種族の垣根を超える偉業と思います」
「そう、それだ。アキ、そうなると気にならないか? 先日、其方の師と賢者、白竜殿、鋼竜殿が異種族召喚を試して失敗してただろう?」
「師匠の話だと、鋼竜様に人の要素がないから、異種族化が上手く行かなかったんじゃないかって奴でしたよね。……って」
なるほど。
「案外、人形を自在に操れるようになった黄竜殿、或いは青竜殿なら、異種族召喚できるかもしれない。少なくとも何かの取っ掛かりにはなるだろう」
話ながら、シャーリスさんもそのアイデアは良さそうと思えたようで、ふわりと飛んできて、どうだっ、と自慢げにポーズを決めた。
<アキ、その話をもう少し詳しく話して>
「あ、はい。えっと、そもそも――」
それから、師匠達が試した召喚術の改良型、つまり異種族召喚の術式についてざっと説明してみた。以前の小型召喚時には召喚対象のサイズ規定部分を妖精族のソレと入れ替えることで、妖精族スケール、つまり人の六分の一サイズで竜族を小型召喚することができた。それと同じように、今度は種族規定部分をごっそり人族のソレと入れ替えたらいいんじゃないか、と試してみた訳だ。けれど召喚術式発動したものの、召喚体の形があやふやなまま確定せず、術式は失敗したんだ。
<召喚された者の姿が召喚体となった際には、個性まで含めて再現されるのは召喚される者から、必要な情報を得ているから。そして異種族召喚が失敗したのは、人族としての形質を取得しようとしても、竜族側に該当する情報が無かったからだと>
おー、理解が早い。
「そんな感じです。そして、黄竜様は人形の操作を通じて、人族の身体を制する経験を積んできている。これは、人としての情報を持ちつつあると言える、かもしれない」
「あくまでも仮定の話よ。そもそも召喚術式が召喚対象の何を必要としているのか、どこまでそれが不足しても成立するのか、誰もわかっておらぬ。ただ、召喚体の簡略化や必要魔力量の削減、大きさの変更を考えると、本当に必要な要素はかなり少ないのではないか、とも話しておった」
賢者さんも色々考えているんだねぇ。
<そうなると、私達の人形操作習熟も思ったより波及効果がありそうだね>
「直接的な話でも金竜さんの文字や図形の活用、それに今の異種族召喚。そして種族への理解が深まることは変化の術の改良にも繋がりますね」
ちなみに変化の術は雲取様と相談して、代替的に導入した社会変革要素をばっさりカットして、異なる体を用意して入れ替える事で変身する術だよ、と雌竜の皆さんには紹介している。まだ鬼族での例しかなく、術の使い手もトウセイさん一人だけ、異種族化はかなり難しい、とまでの説明だ。
<異種族召喚は面白そうだけど、召喚術式に必要な魔力が多過ぎるから、普及していくのは人形操作の方だろうね。それでも人の身になってやりたい事の多くはできるようになるから、十分面白い事になるだろう。アキが紹介してくれる人の文化を竜族に導入する件もあらかた解決だ>
おぉ、流石、頭の回転が速い、というか理解が深い。
思念波から渡された感じだと、幼児が遊ぶ人形の館みたいな感じになりそうだ。人形操作は術者と人形が幻糸で直線的に繋がる感じだから、外から建物の中が全部見える人形の館にしないと駄目。とはいえ、人形が自力で動くから、落ちないように手摺を付けておくとか、単なる実寸大人形の館とは異なる工夫もいるだろう。
「竜の皆さんが触るのではなく、人形で触るのなら、地の種族の品もそのまま使えるかも。あ、ケイティさん、人形操作って操ってる人形の魔力はどんな感じですか?」
僕には黄竜さんの魔力は感知できても、動かしてる人形からは何も感じられなかったから、かなり低めとは思うんだけど。
「魔導人形よりも頑強だからこそ、人形操作に用いることができているので、別邸に配備されている魔導人形達よりも強度的には上ですね。ですが、アキ様と同様、魔導具ではない普通の道具を使う分には問題とはなりません。先ほどから例にでている筆記用具を使われたり、書物を読むような話であれば十分かと思います」
ん、いい感じだ。
お、リア姉が手を上げた。
「人形の館のように建物を割ったような形状とすると、風雨対策は少し考えないといけないだろうね。照明も必要か。でも、竜の圧に耐えうる魔導人形を創るのに比べれば大した話じゃないと思う。黄竜様。青竜様と共に取り組まれている人形操作について、お二人が指導すれば、他の竜はもっと手軽に習得できるでしょうか?」
ふむ。
<そこは、例の心話の指導と同様、アキかリアを経由して言葉では伝えにくい感覚的な部分を伝えて貰えば、最初の難関突破も容易にできるだろう。自身とまるで異なる身体、それをそれとして心に明確に思い描けることが重要なのだから>
思念波からすると、目を閉じても人は自身の身体イメージを思い描けるように、黄竜さんは竜族だけど、人形を扱う時には、人の身体を心にしっかり描けるようになってるようだ。手足が長くて首が短くて羽もなければ尻尾もない。だけど、竜とは別の方向で理に適った身体つきになってるのだと。
「もしかしたら、心話で私やアキの身体記憶に触れたら、黄竜様の人形操作の修練も捗るかも」
お。
「リア姉、それって雲梯に手でぶら下がるとか、反動をつけて飛ぶとか、背中で手を握るみたいな、竜族にはない動作の記憶に触れて貰うってこと?」
「そうだね。ゼロから練習するよりも、実際に私達が目の前で運動するのを竜眼で観察して貰い、全体の動きを把握してる状態で、身体記憶に触れれば、体のそれぞれの部位をどう動かしているのか、どう連携しているのか、力加減はどうか、なんてことも把握しやすいんじゃないかな」
<ほぉ、ほぉ。それは面白そうだ。何も一から全て自分で試さなくても良かったかも。それなら……っと、話が長くなりそうだから、この話は別の日にしよう。その時は青竜も連れてくる>
黄竜さんが無言の思念波で、他の代表の皆さん達がすっかり置いてけぼりになってしまってる事を教えてくれた。あー、うん、確かに面白い話題ではあるけれど、かなり技術的な側面が強いから、分けるべきだった。
黄竜さんが話を戻してくれたので、それならば、とザッカリーさんがホワイトボードの前に立って、相談したい件、①竜族の感情の機微を捉えるアキと他の者の認識のズレの評価、②自己イメージ強化に伴う竜族側の配慮の緩みの二点について、そこに至った経緯だけでなく、何が問題なのか、今後、放置すると何が起こるのかまで含めて説明に入る。
黄竜さんも、なかなか込み入った話だと理解して意識を切り替えてくれたから、これなら相談してある程度のところまで話を持っていけるだろう。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
さぁ、やってきた黄竜と相談だ、と考えた訳ですが、黄竜とてやりたい予定があってやってきた訳でして。おかげで、黄竜側の用事、というか案件から手を付けることになりました。それぞれが思いつきをぽんぽん話してただけですが、波及効果はかなりやべーレベルです。上手く行けば、ですけどね。
場合によっては、天空竜は誰もが人形の館と自前の人形を持ち、地の種族の文化導入も劇的に早まる可能性が出てきました。少なくとも精神的な抵抗の大きい魔導人形を派遣して竜族の手足の代わりとして働かせるよりは、かなり現実的な路線と言えるでしょう。人形操作に使う人形は頑丈なのは仕組みが単純だからであって、依代の君を降ろすのに用いた人形のように特別な材料を使う訳でないのも利点です。
竜本体からもっと距離を離して運用できる中継魔導具の開発も必要ですね。今のままだと、せっかく人形を動かせても同席できるのは極一部の人に限られちゃいますから。距離を離すと応答性の問題が出てくるから、あまり長距離は無理としても五十メートル離せるだけでも、だいぶハードルは下がるでしょう。
持ち運び可能な鞄から飛び出した人形を糸で操作するというと、アニメ化もされた名作漫画「からくりサーカス」に登場する懸糸傀儡みたいですね。あんなに内蔵仕掛け満載じゃありませんが。
ただ、子供に「私、お人形と人形の館が欲しいの」とお願いされて誕生日にプレゼントするノリで、実寸大のパカッと分割可能な家屋と人形のセットをプレゼントできるか、というと……まぁ、かなり無茶です。そこは竜族も長命種ですからのんびり待って貰うとしましょう。三万柱分というと、PONっと地方都市をまるごとプレゼントするようなもんですから。
製作検討を依頼されるであろう森エルフやドワーフ達も頭を抱えるでしょうね。両側ウィング式でガバーっと開閉できる移動ステージトラック辺りを想定して設計する感じでしょうか。実際に生活できる必要はないから、家具とかはぜんぶがっちり固定式、水回りとかは不要で、照明は吊り下げるランプ辺りで代用でしょう。
人形操作側だけでこの波及効果であり、これに異種族召喚、変化の術にも繋がってくるとなると……研究組は大喜びですが、為政者達はまぁご愁傷様です。
何にせよ、かなり深い横道なので、この話は後日送り。次パートは話も戻します。
次回の投稿は、三月二十二日(水)二十一時五分です。