第十八章の人物について
今回は、十八章で登場した人物や、活動してても、アキが認識しないせいで登場シーンがなかった人の紹介ページです。十八章に絞った記述にしています。
◆主人公
【アキ(マコト)】
ラージヒル事変のフォローをするといった予想外の話はあったものの、研究組の統制案作成は、次元門構築の研究という意味では、想定してた仕事の範疇だったし、その後、竜族絡みでの共同行動に関する相談、リバーシ導入とそれに絡んだ騒動、桜竜との最初の相互接触、恋愛応援、といった話はアキからすれば娯楽と言ってもいい話であり、結構楽しんでいた。
桜竜との交流も、緑竜の立ち合いは必要だったものの、概ね、問題なく穏やかな交流ができたと思っており、思春期の女の子の瑞々しい感性に触れて、喜んでいるくらいだ。
この辺りの話は、ヤスケがよく言い聞かせておくと宣言した通り、代表達を交えてしっかりと客観的視点から理解させられることだろう。アキは「あぁ、怒ったポーズを取ってるね」とか「魔力ってこんな風に噴き出したりするんだね」などと軽く認識しているが、立ち会っていた妖精達からすれば、怒りの姿勢を見せた桜竜とは一触即発の事態と認識していたし、噴き出した魔力を障壁で逸らした緑竜も、地の種族なら直撃したらヤバい、とかなり緊張した対応をしていたのである。こってり絞られるのは確定だ。
ある意味、呑気なところのあるアキだったが、代表達と話し合う案件の中で、桜竜の恋路支援を最重要と示した通り、桜竜を応援することで生じる他の雌竜達との火種を消さないと不味そう、と危機意識を持っていた。何せ、白岩様や雲取様がこれまでに示した威圧ですら、アキもかなり震え上がっていたからだ。ただの高校生がヤクザに絡まれるような体験であり、いくらアキでも、そうそう頻繁に体験はしたくない。まして、ポーズではなく本気で怒った竜と言えば、アキがすぐ思い浮かぶのは荒れ狂う福慈様である。生ける災害そのものであって、介入なんて無理、自然鎮火を待つしかないと縮こまってて、暫くはトラ吉さんにしがみ付いてるくらいに怖がってたほどだ。
そして恋路を邪魔された雌竜はどうだろう、と考えれば、厳しく指導する雲取様よりは、怒り爆発の福慈様の方に近いだろう、と予想も付く。となれば、危機意識も持とうモノだった。
……そんなアキの思いを聞かされた代表達も、その後、ささやかな宴会をしたくらいだから、心の内を上手く隠してはいたが、本心から言えば、勘弁してくれ、という思いだった事だろう。
◆アキのサポートメンバー
【ケイティ(家政婦長)】
ラージヒル事変への対応策の検討と、それに伴う若竜や竜神子達への指示はアキとリアが手分けをして行ってはいたが、ケイティが対応した仕事の中では、かなり困難な対応となった。若竜の飛行スケジュール調整、竜神子達への状況説明と対応方針の指示を、部下達に準備させつつ、アキとリアが心話で行った若竜達との会話内容を元に修正したり、内容の最終確認をしてたのだ。弧状列島全域に及ぶ遊説飛行への調整とあって、事務方同士ではあるが三大勢力と共和国との文書のやり取りもかなりのものとなった。下手に対応すれば、ラージヒルの二の舞になるかも、という思いもあって、神経も随分すり減らしたものだった。
それに比べれば、その後の研究組の統制案作成や、竜族へのリバーシ提供関連の話や、アキがやってきた竜達と話していた件は、時間的な余裕があるのでまだ精神的な負担はマシだった。
桜竜の恋路支援については、可能性の話として雌竜達との衝突も匂わせて、アキの危機意識を煽ったが、ケイティもこの段階では、実際のところ、そこまで危うい事態とは考えていなかった。アキの言う通り、竜達からすれば、アキはせいぜいペット枠と言ったところであり、そんなアキが多少動いたことで白岩様との恋路に何かが起きたとして、ソレをアキのせいだと文句を言うかと言えば、せいぜい嫌味を言う程度だろう、と思ったからだ。人で例えてみればわかりやすい。思い人が飼っている猫が自分に懐かないせいで二人の仲が進展しないとか言って、猫に本気で文句を言う女がいるか、という話だ。本気で言うようなら、先ず病院で診察を受けるべきだろう。
ただ、アキは、猫と違って人と同等に会話をこなしており、心話をする成竜達も、自分達と同等とまで感じているくらいだから「僕はペット枠ですから。にゃーん」などと惚けた態度で誤魔化すのがどこまで通じるか、という懸念はないでもない。まぁ、今回の件を契機に、竜族との関わり合い方にももう少し慎重になってくれれば、と思うところだ。
あと、多くの対応案件が生じたものの、竜族絡みの話はアキからすれば、仕事というより娯楽に属するようで、竜達との話を終えたアキが艶々した顔をしているのを複雑な思いで眺めてたりする。割込み案件にストレスが増しているから何かフォローしよう、なんて考えていたのに、そんなケイティの思いにも気付かず、アキは自前でストレスを解消してるのだから。
そして、そんな事を考えている自分自身を客観視できるケイティは、自分の中に生じたもやもやした気持ちが嫉妬だ、と気付くことにもなった。簡単に言えば「竜ばっかり愛想よくして」って話だ。トラ吉さんがアキにもわかるように、自分を構え、不満があるぞ、とアピールして対応させてた際に、何度か向けられた視線の意味にもケイティは気付いていた。察して、と思うくらいならアピールしろ、と言う訳だ。
なので、十九章では、アキにもわかるように、はっきりと動いていくだろう。アキのスケジュールを管理しているケイティからすれば、そんな時間確保くらい朝飯前の話だ。
【ジョージ(護衛頭)】
桜竜が心を乱した際に噴出した魔力は、ジョージのような一流の探索者であっても、命の危機を覚えるほどの激しさがあり、冷や汗を握る思いだった。それでも、自分自身はそう感じても、アキはその魔力を脅威に感じてないだろうとも理解していた。なぜなら、魔力の量こそ多くとも、アキ自身に向けられた威は、依代の君が放った消失術式に比べれば、大きく劣っていたからだ。
……ただ、それなら心配しなかったかと言えば、そうではない。
アキの魔力に対する鈍さは、反射的に身を守るという行動への鈍さと同じだ。棒立ちされていては、護衛する側からしたら、護り辛いことこの上ない。そういう意味で、アキにはきっちり危機意識を持って欲しい、と考えていた。なので、ヤスケがアキに言い聞かせる際には、アキへの実際の危険性の有無には触れず、防御行動を取ることの重要性を説くつもりだった。
それと、雲取様に促されて、竜族の共同行動に関する意見を述べた件は、アキにも話したように、何が最善なのか、答えを出せずにいた。為政者達なら他の意見もあるだろうとも思うし、長命種で誰もが高い武を修めている鬼族辺りなら、兵士としての在り方に肯定的な意見を述べる気もする。街エルフは過去の軋轢もあるから、必要以上に強さを求める流れには反対しそうでもある。それに弧状列島が竜族を含めた統一国家を樹立する前に、竜族が村人から兵士になるのは悪影響を与える気もするのだ。
だから、ジョージは代表達がどんな意見を出すか高い関心を持つのだった。なお、そんな期待を持たれた代表達からすれば、自分達は何でもできる超人じゃないんだぞ、と文句を言いたくなるところだろう。大陸に住まう竜達との接触が先々起こるとしても、それは五年、十年といったスパンの話ではない訳で、先を見越して、と言っても、いくらなんでも先を見過ぎだ、と。
【ウォルコット(相談役&御者&整備係)】
依代の君も二人目が降りて、ロングヒル側での活動と、共和国側での二重生活が始まった。ウォルコットはロングヒル側の纏め役として、連樹の民やダニエルの意見を取り纏めて、共和国にいるロゼッタに報告する活動を担うことにもなった。ケイティと女中三姉妹がアキの活動支援に手一杯ということもあり、そんな彼女達を支える部下達の取り纏めと調整をするウォルコットの仕事の比重も増えてきた。
まぁ、比重が増えたと言っても、依代の君の普段の活動は、見た目通りの子供の日常と言ったところであり、アキのようにやる事、為す事、戦略級のインパクトを生じさせるのとは雲泥の差だ。
だからこそ、ロゼッタが熱心さの余り、過干渉にならないよう注意するくらいの余裕はあったし、山盛り詰め込みがちなロゼッタへのブレーキ役として、家令のマサトに関与を促したりもしていた。
アキがリバーシを竜族に提供して、それによって熱狂と諍いが生じている件は、商人として大いに驚き、そして楽しんでいた。道具を用いず貨幣経済も持たない竜族を如何にこちらの流儀に巻き込むか、しかも双方、大満足で、より密接な関係へとなることを望むよう導くにはどうするべきか、という非常に難解で、しかし比類なき益を生むであろう試みに関われることへの喜びがあった。
竜達はどんなサービスを提供できるか、何を求めるか。地の種族は何を求め、何を提供できるか。両者を繋ぎ合わせて、皆が豊かになり、互いの関係を末永く続くよう願う。これこそが商売の理想だ。
商売と言えば、国の在り方自体がソレに近い共和国や財閥の方が規模も圧倒的で、彼らこそが旗振り役に相応しいと考える者もいるだろう。……しかし、ウォルコットはそうは思っていなかった。彼ら街エルフには竜族に対する根源的な憎悪と恐怖、軋轢があるからだ。どれだけ能力があり規模が大きかろうと、示す方針が腰砕けでは意味がない。その点、ウォルコット自身は、母竜達の怒りで多くの都市が消し飛ばされた先代達の苦労は聞いてはいても当事者ではないので、そこまでの軋轢はなかった。
そして、皆の要たるアキもまた、そんな軋轢とは無縁なのだ。だから、きっと自由な発想を共有できるだろうと、今日もまた想像の翼を大きく広げるのだった。
【翁(子守妖精)】
翁にとって、ラージヒル事変と、それに伴う各国の対応は、色々と考えさせられるものがあった。こちらと接点のなかった頃、ほんの一年前までは、妖精の国に攻めてくる周辺国の軍隊を見ても、それが複数の国によって興された連合軍であり、それぞれが異なる思惑を持っている事に思いを巡らせることすら無かった。双方の移動速度の差もあり、敵軍が動き出してから、その様子を上空から監視してから、どう対処すべきか考える余裕があったからだ。今から思えば、各軍勢の服装や装備にも違いがあり、ある程度の集団で動く理由も想像できるようになったが、当時はざっくり位置関係を眺めて、大雑把に術式を放り込むだけで混乱させ、蹴散らすことは容易だったからだ。
しかし、こちらとの密な交流を経た今なら、それらが下策だったと思えるようになった。もっと上手く介入すれば、より小さな力で、より少ない関与で彼らを瓦解させられたのではないか、と思えるようになったからだ。勿論、それを為すのに必要な多くの情報を今は持っていない。
まぁ、それは今だけ、とも言える。
より無駄なく手際が良い方法がある筈で、それこそが妖精族の矜持にも合う、という訳だ。それに今は周辺国との交流もなく、戦を通じてしか接点もないが、今後もずっとそうとは限らない。そんな時に、こちらとの交流で培った異文化交流、異種族への理解は役立つだろう、……などとつい考えてしまうが、今は好事家の身。シャーリスや宰相にソレとなく伝えるとするか、などと思案するのだった。
そんな翁でも、妖精界の竜族と穏便な交流ができる、とまでは楽観視していなかった。こちらでの竜族との交流とて、一つの思念波から十を読み解くアキがいるからこそ、穏便に済んでいるのだと確信していたからだ。一応、翁もアキに倣って竜族の放つ思念波からあれこれ読み解こうとは努力していた。ただ、召喚体の限界なのか、心話の技量が違い過ぎるせいか、アキのように竜達の思考を副音声レベルで理解することはできていない。この件もいずれ心話に絡めて研究対象に捻じ込むつもりだった。
【トラ吉さん(見守り)】
アキの竜族大好き傾向には、色々と思うところがあったが、ちょっとヤキモチを焼く程度であり、仕方のないことと諦観の念を抱くに至ったようだ。あまり時間は取れないものの、アキと追いかけっこをしたり、武術の訓練と称した遊びをする中でも、アキがその時間をとても楽しんでいることは理解していたし、不安な時にトラ吉さんに触れて落ち着く様子を見せたりもしている。
そんな振舞いをヤスケは、いつまでも頼ってるようでは、と思ってるようだが、トラ吉さんの感覚的にはまだまだ、アキには危なっかしいところがあるように感じてるようだ。
これは、アキが自己イメージ強化を行っても、その傾向は変わっていない。自己イメージ強化は自身をあるがままに見つめて認める技法であって、弱点の克服ではないのだから、当然とも言えた。
また、アキが寝てる時間帯に、依代の君の相手をする事も増えてきた。彼の動きは身体能力強化をしたジョージに匹敵する程であり、長い時間を一緒に過ごしているヴィオでは、彼の運動の相手は難しい、という問題があったからだ。より繊細な力の制御を、より実践的に学ばせる。それがロゼッタから任されたトラ吉さんの役目だった。
【マサト(財閥の家令、財閥双璧の一人)】
ラージヒル事変では、連合内の通信・物流面から各国の行動を支援し、早期に国境封鎖を解除させるという成果を叩き出したのだが、アキ自身が色々と作業に追われていたこともあって、大雑把な概要レベルでしか、財閥の活動を伝えることができなかった。アキは当主ではないので、ミアのように振る舞う必要はないのだが、やって貰えて当たり前、と認識されると支える気も目減りするというモノだ。
アキもちゃんと、自分を支えてくれるサポートメンバーへの感謝の気持ちは持っており、その重要性も理解しているものの、やはり海を隔てた共和国側の関係者へのアピールはもう少し増やすべきと思っていた。
なお、同じ誠から派生したとはいえ、依代の君はアキとはもはや別人であるという認識だ。方向性は似ているが、その思考には明確な差異がある。だから、ロゼッタに学ぶ形で、依代の君が館で活動するようになって、共和国側メンバーとの接点が増えたとしても、それはアキとの交流が増えた事は意味しない、という訳である。
この辺りの感覚については、ケイティとも時折、議論を重ねており、代表達がやってくる期間は、活動を支える立ち位置の財閥と認識共有を図るとして、それまで以上に通信頻度を増やそうと画策している。その中で、共和国側にいるメンバーも働いている様をそれとなく伝えて、アキにもう少し意識を持って貰うつもりだ。
◆魔導人形枠
【アイリーン(女中三姉妹の一人、ケイティの部下で料理長)】
依代の君(二人目)が共和国側で活動する頻度が増えた事で、依代の君の食事も、朝は別邸、昼は連樹の社でお弁当、夜は館というパターンが増えてきた。アイリーンが見出したノウハウは適宜、ロゼッタに伝えられており、おかげで、ロゼッタが振る舞う料理も他と被ることなく、栄養バランスも考えられたものとなっていった。
十八章の期間は、大使館の女中人形達と手分けして、保管庫を総動員する勢いで、三大勢力の代表達が集うのに合わせた料理の備蓄に勤しんでいた。
頭数は間に合っているし、各勢力もある程度は自前の料理人達を連れてくるのだから、そこまで備蓄しておかなくてもいいじゃないか、という意見もあった。しかし、アイリーンの考えは違った。せっかく遠方から他種族の料理人達がやってくるのだから、そこは料理人同士の交流を増やすべき、というのだ。当日の料理作りに追われていては、交流も片手間で行う程度になってしまい勿体ない、と。
これは保管庫を望むだけ使えるからこそできる贅沢な方針だが、料理人達にはこの方針は大いに歓迎された。やはり食材一つにしても、調理法によって味も食感も変わってくる。一緒に料理をしてこそ理解できることもある、として、この機会を活かそうと、各自が工夫を凝らすのだった。
【ベリル(女中三姉妹の一人、ケイティの部下でマコト文書主任)】
相変わらず、大勢が集まる打ち合わせの場では、ベリルは引っ張りだこな状態だ。それでもベリル専属の秘書が上手く仕事を部下達に回すことで、部下達の情報整理・作成の能力も高まってきた。事務方同士の打ち合わせでは、ベリルではなく、部下が対応する事も増えてきており良い傾向だ。
アキの突発的な緊急対応要件にも常に対応できるよう、ベリルの手は常に少し余裕を持たせておく。これがケイティの示した方針であり、今のところ、それは上手く機能していた。
ジョージが竜族の在り方について雲取様に意見を伝え、それについて悩んでいる件については、ベリルもそれについて共に考え、二人であれこれ議論を重ねる事にもなった。二人が書こうとしている児童向けの物語に直接的に描写する内容ではないが、描写する背景として文化的な理解をより深める必要性を感じていた。この頃は、ジョージの小説も竜や妖精を入れるべきではないか、などと考えるようになってきていて、二人であれこれ考えては、街エルフ以上に何でもできてしまう種族の追加に頭を悩ませ、そうして話し合う時間を楽しく思うのだった。
【シャンタール(女中三姉妹の一人、ケイティの部下で次席)】
依代の君からオーダーされたヴィオと彼のデータ服一式の用意は着々と進んでいた。服は絵心のある部下が皆の意見を総天然色の絵に仕上げることで、複数のコーディネート案を見比べて貰い、好みの案を選ばせる念の入れようだった。
まぁ、実のところ、依代の君はヴィオの絵姿を見て、どれも綺麗だ、きっと実際に着たらより素敵になるだろう、と目移りしてて決めることができず、ヴィオの好みを色濃く反映することとなった。ヴィオが選んだのは、あまり着飾ったモノではなく、シンプルなものであり、どちらかと言えば、依代の君のイメージを壊さず、男の子っぽさをアピールするものとなった。
こちらの世界では、王侯貴族が同じ服を着ると文句が出るような地球の風潮はないので、アキやリアの正装は既にあって新調するようなことはない。それでも代表達が滞在する期間の大半は内々の話し合いの場が設けられることになるので、華美にならない程度にアキやリアを着飾ろうと画策するのだった。
【ダニエル(ウォルコットの助手)】
依代の君も二人目が増えたことで、ヴィオとダニエルだけでなく、ロゼッタという濃い人材との接点が生じることとなった。その効果は劇的なモノで、それまでの彼はなんと無難だが、遠慮の多い生活を送っていたのか、と疲れた頭で考えるほどの変貌ぶりだった。
悪戯っ子属性が付いたというか、二人が許す範囲ギリギリまで思うがままに行動するようになったといったところか。あまりに違ってきたので、ヴィオ、ダニエルそれぞれがロゼッタに何をした、と詰め寄るほどだった。
そして、その答えはシンプルで誤解しようのないモノだった。ロゼッタ曰く、二人の関わり方は毒がなくて面白味が薄い、と言い切ってきたのだ。子供なんて決まりを破って当然、駄目と言われてることこそやってみたくなるモノ、人の道に外れなければ、怒られる範囲で駄目な行動をしてみるべきだ、と。
強過ぎる神力を制して、人の生活を無難にこなせるようにするのが目的ではないか、と食い下がったものの、そんなお行儀のいい詰まらない子供に育ててどうする、と鼻で笑われる始末だった。
常識などという柵に縛られない自由な発想を。そして、そんな発想を念頭に置きつつ、最後の辻褄を合わせられるだけの柔軟な思考を育むべきだ、とロゼッタは断言してきた。
もう、グレーなら白でしょ、黒を安易に選ぶのはどうかと思うけど、必要なら躊躇せず選ぼうね、という思想であり、このまま任せるのは不味いと、ヴィオと共闘を互いに言い出す結果となった。神官として、日々をより悩みなく健やかに生きようと人々を導いてきたダニエルにとって、ロゼッタは上司ではあるけれど、任せちゃ駄目な大人だと認識させることとなった。
ちなみに、ダニエルも街エルフの魔導人形として、ウォルコットの助手を務めるくらいなので、必要なスキルを習得しており、知識としては街エルフらしい思考も理解している。そして、それらが性に合わず魔導人形としての自身の在り方に悩んでいたところで、マコト文書と出会い、彼女は信仰に目覚めることになった。
【護衛人形達(アキの護衛、ジョージの部下)】
弧状列島交流祭りの人の流れを維持しつつ、三大勢力の代表達の一団を迎え入れるというのは、セキュリティ部門からすれば避けてほしい難事だ。
一応、近隣諸国に入国する時点で、事前申請した人物であることを確認するようにして、特定多数が毎日、一定人数やってきて、そしてロングヒルから去っていく流れを構築しているから混乱はない。
それに祭りの参加者達の流れと、代表団のロングヒル入りは時間帯も分けて、接触するタイミング事態を消していた。だから問題はない筈。
実際、代表団に絡む混乱は起きなかったのだが、魔力の不安定な桜竜が猛スピードでぶっ飛んで来た際には、第二演習場から離れたロングヒル市街や祭りの会場でも、人々が一時、騒然となる事態ともなり、セキュリティ部門は混乱の沈静化に奔走することになった。
代表達がロングヒルに滞在している期間は、護衛頭のジョージも含めて緊張が続くのだ。
彼らにとって幸いなのは、彼らが護衛するアキが出かける場所や時間帯が限定されていて、注力する期間を絞れることだった。そうでなければいくら護衛人形と言っても、僅か四名で常時警備するのは不可能だろう。
【農民人形達(別邸所属、ウォルコットの部下)】
彼らの予想した通り、依代の君が足繁く、連樹の里に通うようになると、大使館領内の田畑に対しても、足を踏み入れて、手入れをしたり、あれこれ質問したりということが増えた。
アキもトラ吉さんを伴って、散歩にやってきて、彼らと熱心に話をするくらいだ。アキは魔力が強過ぎて、農作物の生育への影響が避けられず、じっくり触れさせて挙げられないのが残念だった。依代の君の神力も半端なく強いが、それでも魔力耐性の強い品種で短時間触れる程度なら平気なのは幸いだった。
連樹の森は、隅々まで連樹の神の加護に満ちていて、依代の君が触れても影響は軽微らしい。過剰な神力は祝福であろうと毒なのだ。
食育を自分達だけで担えないのは残念だが、アキが来てからやっと二年目に入ったに過ぎない。品種改良を続けていけば、いずれはアキにも体験させてあげようと思うのだった。
【ロゼッタ(ミアの秘書、財閥双璧の一人)】
依代の君の二人目が降りるまでの間、基本的な教育はロングヒルにいるメンバーや、連樹の巫女ヴィオに任せざるを得なかったが、その結果はロゼッタにとって、かなり不満の残る内容であった。確かに主目的は神力をより制することができるようになり、一流魔導師程度の制約で生活を送れるようになることではある。しかし、そんなモノは彼の人格を育むという視点で見れば極一部に過ぎないと言えた。
竜族達がロングヒルで振る舞うように、穏やかな心と振舞いでこちらの負荷を減らすのは、成熟した心を持つ大人なら、それでもいいだろう。しかし、依代の君はまだ成長期、己が心を育んでいる途中だ。
なのに、そんな一面だけ育てては、ただでさえ心のバランスが悪い、依代の君を一層歪なものにしてしまうだけだろう、と判断していた。
マコト文書抜粋版で意図的に省かれた暗い部分、闇の心。今、必要なのはソレだ、と。
勿論、悪い事ばかり教える、というのではない。ちょっと怒られるかもしれないけど、やってみたいことを試してみる、そんな精神であり、失敗も含めて多様な体験をさせることなのだ、と考えていた。
それにダニエルは神官として、ヴィオは連樹の巫女として、世間体を気にして、良識ある行動を心掛けようと自制する意識が強過ぎた。それでは偏り過ぎていて健やかな心は育たない。……とまぁ、街エルフの文化からすると、徹底したゲリラ戦で幼竜達を血祭りにあげてきただけあって、どす黒い思考もやらなきゃOK、選択肢にサラッと思いつくくらいでないと駄目、なんて話だった。
ロゼッタの示した方針と匙加減は、当然だが街エルフの面々は諸手で賛成することとなり、それ以外の種族は眉を顰めることとなった。
【タロー(小鬼人形の隊長の一人)】
ラージヒル事変が生じて連合内が混乱することになり、国境を接している帝国との間にも緊張が走ることにもなった。
弧状列島交流祭りの期間に、ロングヒル上空にも若竜が遊説飛行にやってきて、隣国、つまり共和国にいる竜神子と自身がこの秋から交流していくことを高らかに宣言していった。飛来する時刻は予め告知されていたから、会場内に事前にアナウンスを行って、ベンチに座るなど落ち着くよう徹底する配慮も行った。
おかげで、大した混乱は無かったものの、会場内での人族と小鬼族の間に微妙な緊張感が走ったのも確かだった。
代表達が滞在する期間は、未だ、帝国が成人の儀を行うか否か明らかにしていない事もあって、緊張が高まるのは避けられない。だからこそ、それまでに培った経験をフル活用して、無用な衝突が起きないよう奔走するのだった。
【仮想敵部隊の小鬼人形達】
最近はよく見かけるようになった、帝都住まいの文官達のような姿勢や振る舞いと、警備関係者であることを示す制服をぴっちり着込んで、彼らも、交流祭り会場内で、観客達への対応に駆り出されていた。
街エルフの魔導人形であることを遠い目から見ても判るよう、グレードは抑えているものの、装備品はあらかた魔導具に敢えてしているので、彼らの振る舞いが小鬼族そのものであっても、小鬼族ではないと認識させることができていた。
そうした示威行為めいたわかりやすい行動をしているのも、連合と帝国の間で戦端が開かれる可能性がまだ残っているからだった。
それでも、一定の緊張感は示しつつも、洗練された文化人らしい振る舞いと丁寧な対応、笑顔を欠かさない彼らのおかげで、会場は今日も和気藹々とした雰囲気を保っているのだった。
【仮想敵部隊の鬼人形、改めブセイ】
連邦大使館住まいの鬼達、男衆からも、女衆からも、彼らの文化について学ぶことになり、ともに台所に立って料理を作るなんて事にも手を付けるようになった。量産が想定されていなかった鬼人形だったので、それだけに一切妥協せず創られた彼は、当然だが飲食機能も備えていたので、そういった活動も参加できるのだ。
損傷して交換された部位の慣らし運転も十分終えたので、日常生活は勿論、白岩様の前で行う組手も全力で行えるようになった。
白岩様からは、以前よりも技のキレが増した、と褒められることにもなったが、彼からすれば、一日の大半は武から遠ざかった活動をしているので、それで武が高まるというのは不思議な感覚であった。
【大使館や別館の女中人形達】
交流祭りに一般枠で参加しつつも、アイリーンが示した方針に従って、代表団がやってきた時に備えた料理作りを前倒しすることになった。
共和国内の余ってた保管庫まで取り寄せたことで、手間の掛かる料理の盛り付けまで済ませたり、食材の下処理を済ませておく、なんて念の入れようだ。
彼らはやってくる代表団付きの料理人達と交流を楽しみにしていた。連邦であれ、帝国であれ、幅広い地域の人々に合わせた料理の知識を持っているだろうと期待しており、それぞれの地域性にまで踏み込んだ料理や食材について、知り尽くそうという訳である。
これは、全国規模で竜神子と若竜の交流が今後も増えていくことから、竜達の味覚、好みにも地域性があるのではないか、との疑問が生じたことから画策された方針だった。竜族は縄張りとともに生きるので、個体差もあるだろうが、食への感覚も地域差があるのではないか、という訳だ。
なので、料理にせよ食材にせよ、どこでいつ取れる、どんな土地が合うか、水の違いはどうか、料理の味付けへの違いはどうか、などなど、単なる調理技法を学ぶのとは、まるで違う試みなのだ。
まさか料理をするのに、弧状列島全図や地質図などとにらめっこすることになるなんて、と苦笑しながらも、これまでにない試みに彼らは目を輝かせるのだった。
【館(本国)のマコト文書の司書達】
ペースダウンしていたのも束の間、二人目の依代の君が館にやってきたことで、ロゼッタからこれまでにない指示が伝えられることになった。
マコト文書抜粋版から省かれた部分、一般向けではないとして隠された部分の一覧と早引き用索引の作成をせよ、というのだ。
彼らを前に自説を熱く語ったロゼッタの言によれば「今の依代の君は、心の光と影のバランスが崩れていて良くない。ただ、どの程度、崩れているのか今のうちにきっちり把握しておきたい。また、誠本人のエピソードは実体験させた方がアキとの関係にもプラスに働くだろう」という事だった。
彼らは当然だが、街エルフの魔導人形なので、街エルフの文化を常識としている。なので、ロゼッタの危惧したことにも異論はなく、手分けをして資料作りを行うことになった。
伏せられた出来事を並べていけば、それを行った者の意図も読み解けるというモノである。実のところ、マコト文書の編纂、出版はロゼッタが担った期間も長く、彼女自身も概要は覚えている。ただ、執筆期間も長く、その時々にミアと相談して決めていたので、全体を通した理念なんてのが決められていた訳ではなかった。また、財閥の規模が拡大していく中で、原文からの要約は部下に任せたりもしていたので、把握をし直すことにしたのだ。
おかげで、ロゼッタの指導も、オリジナルの誠を念頭に起きつつも、リアの時の反省点を活かしたモノへと進化することとなった。
【研究組専属の魔導人形達】
研究組の活動内容について見直しが行われ、その統制案をアキが示した事から、事務方を支える彼らには、アキの示した松竹梅の各案を採用した場合のインパクトについて、見積もることが命じられた。
とは言うものの、彼らも研究組やアキの行動に振り回されてきただけあって、アキはどうせ松案を後押しするし、梅案は現実味がなさ過ぎ、竹はその中間策なのだからと、かなり端折った報告書を出すに留めた。
それを見たザッカリーも、無駄を省いた良い報告書と皆を褒めると、ケイティや女中三姉妹の支援も受けつつ、松案を採用する際の検討事項について、桜竜と立ち会った緑竜の例を参考に資料を作ることにした。
時間制限のあるアキが桜竜との話を切り上げて別邸に帰った後、緑竜とヤスケ、それにシャーリスが話合いの場を設けて、どうしてくれようか、などと策を練ったのだ。今回の護衛対象はアキだけだったが、研究組の面々が入り、計測用など各種魔導具も加わってくれば、もっと面倒な話になると危惧していた。
ザッカリーが示したのは、その時の議事録であり、それを渡された魔導人形達も、物事を多面的に捉えることの重要性を認識することになった。
【リア麾下の魔導人形達】
交流祭りの小鬼族対応は、仮想敵部隊の小鬼人形達が参加することで問題の発生を抑えることができていた。ならば、対人族対応はどこがやるかといえば、リア麾下、隊長の浩を筆頭とした魔導人形達の出番だった。
ただ、威圧感が半端ないのでセキュリティ全体の調整、繋ぎ役として後ろに控えていて、直接、市民相手とすることは避けられていた。人族にだって護衛兵くらい大勢いるので、人手自体は足りているのだ。
というのも、長年、グレーゾーンで働き続けただけあって、真っ当な警備員の格好をしてても、堅気じゃない感が滲み出てしまい、スタッフ達から、どうか会場入りは控えてください、と懇願されたからである。
彼らも街エルフの魔導人形、ちゃんと一通りのスキルは身に付けていて、やろうと思えば、取り繕った態度はできる。実際、連邦に行った際には儀仗兵のようにキリッと振る舞っていた。ただ、気が乗らないので、向いてないんですよ、とアピールして、お願いされる形で後方に退いたのだ。
この辺りは、仮想敵部隊として未熟な仲間を鍛え導くことを主目的としている小鬼人形達と、見敵必殺を旨として主に勝利を捧げることだけに注力してきた彼らの差と言えるだろう。
彼らからすれば、リアが共和国内、研究所の所長として働いてただけの状況から、竜神の巫女の補助としてロングヒルでも働くようになった今こそ、刃の鋭さは維持しておくべきであって、市民対応なんぞをして鈍らせては本末転倒だ、と言う訳である。
ジョージの指揮下に入っているとは言っても、あくまでも彼らの主任務は、主であるリアとともにあって敵を滅する剣であり、主を護る盾である、ということだろう。
◆家族枠
【ハヤト(アキの父、共和国議員)】
ミア不在も一年が経過し、その不在を隠し続けるのもそろそろ限界となろうとしていた。そこで、予め決めておいた策を実施すべく根回しを行うことになった。
勿論、議員として溜まっていた仕事を片付ける作業もあったが、こちらは、アキに対応する専属議員の必要性を訴えることで、逆に他の議員達に仕事を押し付けることに成功した。不満の声も多少はあったし、家族という立場では客観性が薄れると危惧する声もあった。
しかし、自身がアキの傍にいるのは、議員としての能力よりも、マコト文書専門家としての能力を買われてのことだと強弁し、何なら変わってみるか?と、アキが積み上げた三十の案件リストを提示して、反対する者達を黙らせたのだった。
所詮、街エルフの議員などと言っても、共和国の島から出たこともない井の中の蛙、その思考の枠の狭さ、想像力の乏しさは基礎能力だけではどうにもならなかったのだ。江戸時代の長崎奉行辺りに、現代人の国際的視点、比較文化学、歴史学、数十万規模の軍集団による戦略なんてものを語らせても、表面的に把握するのが精一杯、と言う事だ。そして表面的にでも把握できたなら、それだけで賞賛に値する話だった。
なお、他の議員相手には圧倒する地力を見せつけたハヤトだったが、アヤやリアと顔を見合わせて、何偉そうなこと言ってんだ、と自虐的な思いを吐露することにもなった。
ミアが誠と交流していた事に寄り添い、彼女が綴ったマコト文書を一読してはいても、それが地球の流儀に従って筋の通った内容であったとしても、あまりに規模や質が違い過ぎる内容であり、異世界SF本的な認識を持つのがやっとだったからでもある。
日本育ちのアキが、家族には話が通じるからと、遠慮なく考えを話すペースに着いていくのも大変で、アキが寝てる時間帯に勉強会を開いて、不十分な部分を埋めるような努力もしているくらいである。
それでも、スタッフ達よりは詳しいし、街エルフとして、人形遣いとして、部下の魔導人形達にお任せ、というのも矜持が許さなかった。
そんな訳で、代表達のロングヒル入りギリギリに戻ってくることにはなったが、これで以前よりは自由に動けるようになったと安堵するのだった。
【アヤ(アキの母、共和国議員)】
帰国したアヤは、議員としての仕事は勿論、ミアの友人達の突撃イベントにも苦慮することとなった。いくら筆まめで出不精だとは言っても、共和国の島は東京二十三区より一回り大きい程度の広さしかないから、その気になれば、訪問することなど容易だった。
長命種の街エルフでもあり、マコト文書を執筆するようになってからは、すっかり自分の所領から出てこなくなったミアではあったが、友人達との交流を断った訳ではなかったし、義理を欠かさない程度にはやり取りも欠かさなかった。
欺瞞工作としてミアはアキに残したのと同じように、友人達向けの手紙も用意しており、バレて押し掛けてくるまでは、ソレで誤魔化しておけば良し、なんて言ってたが、アレだけアキが世間を騒がせているのに、それへの言及がないとなれば、違和感を持たれて当然だった。
実のところ、ミアの署名を入れた白紙の手紙を用意してロゼッタに代筆、というか作文を任せるなんて案もあったりはしたのだが、そこまでして不在を誤魔化す必要もないし、そんなことをすると後が怖い、ということでその案はお蔵入りとなったのだった。
かくして、アキの対応に専念できるよう、議員としての立場を見直す話は夫に任せて、アヤは押し掛けてきたミアの友人達への対応に注力したのだった。
制度が、社会が邪魔をするなら、都合のいいように変えてやる、というミアであり、その友人をやってるような連中が大人しい訳もなし。それに誰も知らなかった三女アキの登場なんて怪しい話はあるわ、長老連中もミアが不在なのをスルーしてるわ、と疑えば怪しいところはゴロゴロしていた。
そんな訳で、十九章でもしかしたら、ミア絡みで色々と本国で動きがあったと、アヤが語るかもしれない。
【リア(アキの姉、研究組所属、リア研究所代表)】
研究所の所長としての仕事をしつつ、ロングヒルに出ずっぱりでも仕事が回るような体制、施設の準備もしたりと、共和国に戻ったリアも多忙な日々を送ることになった。
依代の君(二人目)もロゼッタの指導を受けるようになったが、ロングヒル側にいる連樹の巫女ヴィオ、マコト文書神官ダニエル、と導き役が全員女性なのは、ちと偏り過ぎと感じてもいた。家族という意味では、父ハヤト、母アヤ、姉リアと揃っているが、皆の前で依代の君は、借りてきた猫といった感じで、まだまだ自然な関係となるには時間が掛かりそうでもある。
なので、海の男として尊敬の眼差しを向けられていた船長ファウストにそこらは任せることにした。何ならヨットにでも乗せてやれ、と。誠も、船旅なんてお客様として乗船したことしかないので、体験させるだけでも大喜びするだろう、なんて説明もした。ファウストも、色々と渋ったものの、最終的には引き受けてくれた。頑張ったかいがあったというものである。街エルフの文化に、子供は家族以外にも親しい関係を持つ大人がいるべき、というのもあり、荒れた時期もあったリアはその大切さを痛感していたというのもあった。
通信越しに、アキの研究組統制案を聞かされた時には、離れた位置にいる事のもどかしさも感じたが、それらも整理し、やっとロングヒルに戻ることができた。そんなリアの思いも十九章では語られることだろう。
【ミア(アキ、リアの姉、財閥当主、マコト文書研究第一人者)】
ミアは誠と魂を入れ替える為の準備を万事抜かり無く行っていた。近々の対応から数十年先に至るまで。見落としは無いかと何度となく確認をする念の入れようであり、秘書人形ロゼッタもその能力をフルに活用する事となった。
ただ、いくら綿密な計画と準備をしても、前提条件が違ってくれば、予定通りとはいかなくなってくる。実際、アキの辿った道筋で、ミアの想定経路を車線変更する程度だったのは、せいぜいソフィアのところに弟子入りした辺りまで。そこからは横道に逸れ、道のないところをバリバリと砕いて突き進んでいくような有様だった。
ミアの想定では、そもそも翁の召喚自体、可能性が極僅かにある程度と考えてたくらいだ。ある程度は魔力共鳴で増えると言っても、妖精を異界から召喚し続けられるほどとは予想してなかった。
そんな訳で、市電を使って近場を観光くらいの想定だったのが、なぜか専門チームを組んで冬場のアルプス縦断くらいに話が変わってしまい、現時点でも多くの対応はアドリブで行っている状況だった。
ミアが想定した友人達への対応も、突然現れた三女アキについて聞かれたら、練り上げた偽装経歴を語って、何かあれば相談するかも、なんて軽く説明しておけば十分でしょ、と言った程度。アキが仲間を集めるとしても、ミアの伝手を頼るというのは考えにくい。ソレで何とかなるならミア自身が次元門の検討をした末に、理論構築すら無理、と諦める顛末になろう筈も無かったからだ。なので、良い友人達ではあっても、アキの次元門構築に関わる活動には絡まないし、アキが館の中で学んでいる間は外から興味を向けられる事もない、とまぁ、そんな具合だった。
アキの師だからと言うべきか、ミアもアキと同様、興味の薄い部分はばっさり捨てる傾向があり、そんな感じに軽く考えていたのだった。そのツケは、対応の矢面に立たされた母アヤが全部負うことになるのだった。
◆妖精枠
【シャーリス(妖精女王)】
この二週間は、アキの提案した通り、ラージヒル事変への対応について、その流れを把握しておく為に部下を派遣したくらいで、シャーリス自身の対応としては、研究組の統制対応や、桜竜がやってきた際の立ち合いを行った程度で、それと時折、依代の君(一人目)が連樹の里に遊びに行くお守りをしたくらいか。
妖精の国としては、交流祭りへの参加も順調であり、ある程度、こちらの世界との交流を済ませた者達が増えてきたことで、熱狂的な加熱も峠を越えた感じになってきた。勿論、熱量が失せたのではなく、安定期に差し掛かりつつあるといった感じであり、為政者としては喜ばしい傾向だった。
桜竜との立ち合いは、シャーリスでもそれなりの緊張を強いられるレベルであり、ヤスケが言い聞かせる際には、自身もそれなりに話しておこうと考えているところだ。よくロングヒルに来ている竜達のように安定している者達や、始めから荒いと分かってる妖精界の竜などと違い、桜竜の場合、基本的な性格には問題がないのに、その魔力が不安定でちょっとしたことで暴れてしまうという性質があって、神経を擦り減らす事となったのだ。おまけに護衛対象のアキにまるで危機意識が無いのだから、護りにくいことこの上なしだった。
【賢者】
彼にとっては、この期間は自身の研究分野について見つめ直す、そんな静かなモノとなった。外から見えやすい派手な実験と違い、精神に作用する術式に対する耐性強化や検証はとにかく地味だった。それに神術をばんばん使う依代の君が自身の修練中で、研究への参加にはもう少し時間がかかるというのもあった。異種族召喚についても、召喚術式の構造や召喚体と本人の関係性への検討、それに理論構築も必要と感じていた。召喚術式自体への理解が進み、術式が前提として参照している部分が何か、など踏み込んだ内容に手を伸ばしつつある。だが、それには時間が必要だった。
なお、飛行船建造に関する作業は弟子達に一任しており、軽く報告を聞く程度である。彼からすれば、決まった作業をきっちり行うことは、それはそれで重要ではあるが、興味を惹かれる内容ではないからだった。
【宰相】
彼にとって、この二週間は、ラージヒル事変への対応で送り込んだ部下から齎される情報の分析・理解に専念するかなり大切な期間となった。妖精の国の周辺国について、実際に誰かを送りこむことなく、間接的にではあるにせよ、理解を深められるというのは、これまでにないアプローチであり、今後、妖精達が習得すべき技法だと確信していたからだ。
傍受による諜報活動こそが、妖精族の性に合う技法であり、相手が不用意に出してくる行動、情報から可能な限り把握し、直接的な情報収集自体を最小限に留めるというのは、かなり魅力的だった。
こちらに召喚されてくる場合、召喚主であるアキやリアの魔力属性のおかげで、周囲に感知されることはないが、妖精界であれば、周辺魔力との境界を曖昧にする欺瞞術式を使わなければ、簡単に発見されてしまうくらい、妖精自身が持つ魔力は強くて目立つのだ。量こそ竜族に劣れども、その位階は肩を並べるレベルであり、使う術式は軽々と竜の護りを貫くというのだから、それも当然だろう。
それに妖精達が今の国に住んでいて周辺地域に広がって行かないのには理由がある。妖精達が必要とする魔力が潤沢にある地でなければ、妖精達は魔力枯渇に陥ってしまうからだ。竜が自身の巣穴に戻らないと魔力が回復しないのと同じである。妖精の国の周囲、緩衝地域であればさほどでもないがその外、周辺国の辺りになってくると、妖精にとっては魔力が薄くて住みにくく感じるのだった。
【彫刻家】
彼と彼の弟子達にとって、この二週間はひたすら飛行船の建造に携わる日々であった。とは言うものの、実のところ、飛行船本体の建造はペースダウンをしていて、今は飛行船の建造ドック……と言っても周囲が高い木に囲われていて、風の影響から避難できる広場といったところだが、その場の整備を優先していた。というのも妖精達にとってはツリーハウスのように、自然の木に望んだ部屋を取り付けて、それらを繋ぐ大きな広間を設けて家を作るといった感じに、間借りするような建築スタイルを取っていて、人族のように自然環境を自分の都合で作り替えるような建造物は作る文化が無かったからだ。だから、そもそも飛行船のドックには何が必要なのか、なんてレベルから学ぶことにもなった。そして格納エリアから整備しているのにも訳がある。妖精達にとって魔導具とは持ち運びができる文字通り道具であって、自身の屋敷より大きな魔導具の集合体なんて代物を建造した歴史も無かったのだ。だから飛行船も一部分ずつ創っていくブロック工法を採用していて、集団による工期管理の方法についても学ぶことになった。これまでの妖精達の文化であれば手持ちの品であればよく、それであれば、職人が一人で創り上げれば良かったからだ。
一応、集団での創造作業という意味では、集団術式を行う文化はあったので、何もかもゼロからでは無かったが、苦労は多かった。一人どころか弟子一同が全員で頑張っても一部分すら完成しない、しかも、そんな作業が延々と続くとあって、ペース配分も狂い、材料不足も起こり、と散々だった。
それでも、原材料調達チーム、材料加工チーム、製造チーム、品質確認チームといったように手分けもできるようになってきた。この辺りの苦労話は十九章で聞く機会もあるだろう。
【近衛】
彼にとって、この二週間は、新設された総司令官、近衛長、防衛長、遠征長の組織作りに追われる日々だった。これまでは自分の目の届く範囲の部下を束ね、女王を護ればそれで良かった。しかし、活動規模も内容も多様になり、もう彼が片手間で兼務できる範囲は超えてしまっていた。それに前々から、後任を育成しろ、と言われていたのもあって、この機会に組織改革が行われたのだ。
彼は総司令官として全体の統括をしつつ、こちらでは参謀本部に参謀の一人としても参加することになる。どちらかと言えば、参謀職として働けるよう、妖精の国での仕事を他に割り当てた、といった方が妥当な人事と言えるだろう。
彼らが参謀職について重視しているのには理由がある。それに比べれば、飛行船を率いる遠征長は別として、それ以外の仕事はこれまでの仕事の範囲に過ぎない。しかし、参謀達が挑むのは未曽有の規模の超大規模作戦であり、相手は「死の大地」を覆い尽くしている呪いの集合体=祟り神なのだ。何としても参加して、そこで培われる貴重な知識や経験を習得すべし。そう判断したのだった。
【賢者の弟子達】
彼らはこの二週間、飛行船建造に携わってきたが、本質的な問題、つまり材料不足が露呈した為に、仕事の進め方を見直すこととなった。そもそも、妖精達はその外見の通り、とても小さく、そんな彼らが使う道具に必要な材料もほんの僅かで良かった。家屋を作る使う材料は植物が主なのでこれも、そうそう足りなくはならない。しかし、今回、建造している飛行船は金属骨格を持つ硬式飛行船であり、当然ながら、大量の金属を必要とする。それに空気より軽くなるよう創造した気体を漏らさない気嚢の材料も植物由来ではあるが、何段階もの変質術式を用いて求める性質を持たせる必要があった。
つまり、大人数で作業を行う為の工程管理や、一連の作業においてどんな力量の術者が、どこで何人、何を創ればいいか、なんてレベルで工程管理をする人員の育成が急務となったのだ。
彫刻家の弟子達は製造面は得意であり、賢者の弟子達は魔術面が得意。しかし、飛行船の建造には両者の協力が欠かせず、そして、両方に精通している、とまでは言わなくても両方を理解して、何にどれだけ時間と魔力と材料が必要で、と計算して段取りを立てられる人材……がいないことに気付いたのだ。
無いモノねだりをしてもしょうがないが、幸いにして、こちらでは多分野の作業を取り纏める大規模事業を行う知識や経験を持つ専門家達がいるので、彼らに師事を願い、学ぶことにしたのだった。
なお、残念ながら彫刻家の方はともかく、賢者の方は専門外の事には興味が薄く、今は異種族召喚と心話の研究に没頭しているので頼りにならず。なので、弟子達の方でそこは頑張ることになった。
【一割召喚された一般妖精達】
弧状列島交流祭りも開催期間の半分が過ぎて、多くの妖精達が交流を実際に経験することになった。会場での交流が終われば、一応、同じ日に参加した者達で作業の振り返りや改善点を探す話し合いも行われたりしており、交流を担当する者達が次々に新規メンバーに入れ替わっても、その技量は日に日に高まっていく好循環を生むことができていた。
監督役もいないではないが、会場内の全てに目を届かせることができる筈もなく、妖精達の実力を持ってすれば、例え相手が殺意剥き出しの暗殺者だったとしても、おかしな動きをする前に無力化することなど朝飯前なので、反省しないとならないような問題にまで発展する事もなし。
そんな感じで、彼らは今日も色々あったが、自己評価は花丸でした、なんて報告を笑顔でするのだった。
◆鬼族枠
【セイケン(調整組所属、鬼族大使館代表)】
この二週間で、セイケンの妻、娘もロングヒルにやってきて、交流祭りに家族揃って参加することができた。娘は、天空竜について話は聞いていたものの、子供には竜の圧は毒だ、と言われて、見に行く事も禁じられていた。禁じられれば見に行きたくなるのが子供の常であり、不満も多かったようだが、交流祭り会場では、幻影ではあるが天空竜を間近で観ることができて、娘も大興奮だった。セイケンも、圧がなければ子供の反応はこんなものなのか、と驚くことにもなった。
研究組の統制については、アキが妥当な案を提示してくれたものの、竜族に頼り過ぎているようにも思えた。ただ、頼らない案、つまり地の種族だけで行う梅案は、ざっと列挙された項目を眺めるだけでも、実現不可能、コスト過多と断じられるモノだったので、それは無理。
それでも、アキが情感たっぷりに気持ちを乗せた声で語り掛けた事で、研究メンバー達も統制方針が決まるまでの間は、理論構築など、大人しい研究を選んでくれそうと安堵するのであった。
【レイハ(セイケンの付き人)】
セイケンのサポートをしながらも、時折やってくる白岩様の前で、ブセイと演舞を行うなど、彼もなかなか忙しいようだ。この二週間は、連邦からやってきた者達に、ロングヒルでの過ごし方や注意点を説明するなんて役どころも担っていたりする。
セイケンが調整組としての働きをする機会がある分、同胞達への対応を引き受けてる訳だ。
そして、彼の弟弟子でもあるブセイは、やはり人気があり、皆が求めるからと、ほぼ毎日のように連邦大使館に通う日々でもある。
そんな彼も、桜竜の来訪と、魔力暴発には肝が冷える思いを抱いた。第二演習場から離れたロングヒル市街に隣接する連邦大使館にいてすら、桜竜の魔力暴発は感知した程だったからだ。福慈様の怒りが列島を覆った件を忘れた訳ではないが、ロングヒルにやってくる理性的な竜達と接しているうちに、危険視する意識が鈍っており、そんな心に冷水を浴びせる出来事だったからだ。いくら温和に振る舞おうと、その本質は「生ける天災」であることを忘れてはいけない、そう自戒するのだった。
【トウセイ(研究組所属、変化の術開発者)】
彼にとって、この二週間は、自身の研究方針を明らかにし、他のメンバー達の助力をえるべく、思いを巡らせる日々だった。連邦で孤軍奮闘していた時と違い、今は肩を並べていることを誇らしく思う、立派な研究メンバー達が集っている。打てば響く知の巨人達である事は疑う余地はない。ただ、それだけに話題を振る時にはかなり気を使うようにもなった。
なぜなら、他の研究者達も魅力的な研究テーマを抱えており、ある意味、全体資源の奪い合いが発生しているからだ。誰もが自力では行き詰まりを感じており、だからこそ他種族の知を求める。けれど、それは他のメンバーも同じなのだ。
だからこそ、話題を振る、つまり相手の心をより大きく震わせた者こそが、メンバーの多くの助力、協力を得ることに繋がる訳だ。ある種の戦いである。
そういった戦いとなると、彼が懇意にしているソフィアの右に出る者はいない。だから彼女の手法を観察したりもしたのだが、ソフィアからは自分の真似をするのは意味がない、これまで通り、相手の言葉に耳を傾けて、誠実に接することこそがあんたの強みだ、と諭されることにもなるのだった。
【レイゼン(鬼王)】
彼にとって、この二週間はある意味、順調過ぎるほどであり、それだけにロングヒルからやってくる情報にも、腰を落ち着けてじっくり対応することができた。
ラージヒル事変は、ニコラス大統領が動くまでもなく、ラージヒル以外のほぼ全ての所属国が、国境封鎖を非難し、早期の開放を余儀なくされることに繋がったと言う。ある種、ボトムアップ的な動きであり、しかもそれが一つの大きなうねりとなったことに注視していた。
その動きを後押ししたのは、交流祭りを原動力とした膨大な人々の交流であり、そんな人々が買い漁った物産の流れであった。国境開放を促したのは、直接的には連合内の動きではあったが、連邦、帝国との交易も無視できない規模となっていた。
今後、アキは間違いなく、各勢力間の交流促進を促してくる。何枚の手札を持っているのかさえわからないが、アキが札を出すのは、通せる見込みが立ってて、拒むのは困難なことはこの一年で骨身に染みた。
アキの間接的な関与の何が問題かと言うと、アキの働きかけが連邦の国政すら左右しかねないという事実だ。連邦内で活動が閉じていたなら、鬼王の采配で全てを統制できた。しかし、もうそんな時代は終わったのだ。
レイゼンの悩みは、自身の持つ手札の少なさだった。手札自体は強いのだが、如何せん、頭数が足りない。文官だってもう十分、ロングヒルへの対応に向けて割り振っているし、連邦の政を滞り無く進める以上、出せる人数には限度があるのだ。
問題はもう限度が見えてきていて、鬼族の人口はそうそう増えない、という事だ。
そのため、当面は困る事態に陥ることはないが、先々を考えると悩みが尽きない事となった。
【ライキ(武闘派の代表)】
武闘派を束ねる彼女にとって、この二週間は、ロングヒル行きの準備に苦慮する日々だった。
参謀本部に出向させる者の選抜は終えたものの、鬼王レイゼンから人材不足の相談があった。
連合、帝国との国境での緊張が緩和された場合に備えて、屯田兵のように、前線にありながらも文官の仕事もこなせる、二足の草鞋を履ける体制を考えよ、というのだ。
武闘派と言っても別に戦う以外のことができない訳ではない。長命種ということもあり、鬼族は誰もが一通りの事はできるし、文化人的な面も愛でる者であることが好まれるからでもある。
言わんとするところもわかる。国境にいるということは、交流の最前線に位置しているのと同義でもある。ならば、わざわざ文官を派遣せずとも、警戒任務に就いている者以外に、交流の事業も担わせればいいだろう、と言う訳だ。
……ただ、言うは易し、行うは難しの典型でもあった。警戒任務では相手を疑い、常に最悪の事態に備えよと言い、交流任務では相手を信頼し、常に最良の結果を求めよ、と言うのだから、かなりの無茶振りだ。スイッチを切り替えるように、思考を真逆にできる、というのはそれだけで稀有な特質と言えた。
ただ、鬼王の要望とあれば、どこまでなら可能か返事を出したかった。だから、彼女は自身の派閥に属する者達の評価資料を片手に、部下達と共に、二足の草鞋に耐えられる人員の選別に精を出すのだった。
【シセン(穏健派の代表)】
穏健派を束ねるシセンもまた、鬼王レイゼンから、文官働きのできる人材の増員について相談を受けていた。その指示は徹底したモノであり、他種族の文化や活動に興味を示せる者であれば年齢は問わない、というのだ。未成人であろうと、書類を読むのに支障はない。若い者の方が先入観がなく、理解が早いかもしれない、とも。
レイゼンの提案は明確だった。長命な鬼族にとっては、趣味と言ってもその種類は限られ、飽きが来ている者も多い。ならば、他種族の文化に触れることや、その活動に目を向けること自体が新たな娯楽にもなるのではないか、という訳である。
言いたい事は理解できる。仕事を楽しくやれれば最高だ、と。しかし、趣味を仕事としてはいけない、とも言う。それに、国が欲する分野に、必要な人材が集うとも限らないのだ。
などと、頭を抱えながらも、これと思う人材が何人いるか、部下達と共にロングヒル行きの間際まで候補リスト作りを続けるのだった。
【鬼族の女衆(王妃達)】
交流祭りも開催期間の半ばを過ぎて、続々とやってくる連邦市民達への支援をする彼女達の活動もだいぶ板についてきた。これまでの市民達が興味を示していた人気ブースの案内パンフレットを取り揃えて、宿泊する際に予め目を通しておけるよう配慮したり、会場で食するのに時間がかかるような料理や菓子を仕入れて提供するといった塩梅だ。
おかげで、それらを話の肴に市民同士の話が広がる事にもなった。また、会場のブース側としても、鬼族の巨躯がどこかに集中する事態を緩和できることにも繋がり、こちらもまた好評を得た。ただ、一回食べて満足とされてはブース側も困る。そこで財閥と連携して、連邦への纏め配達も大使館内で受け付けられるよう手筈を整えた。連邦の都市単位ではあるが、交流祭り開催期間中に受注した商品を配達しようと言うのだ。日本なら定番となってるサービスではあるが、こちらでは前例のない取り組みであり、注目を集める事ともなった。
【セイケンの妻、娘】
交流祭りでは、多様な種族の入り混じる様に娘が大興奮し、鬼族も小さな子供なら参加可ということで、小鬼族が催していた斜面での植林を模した競技にも挑戦するなど、祭りを満喫することにもなった。娘にとっては、普段は小さな自分が、他の種族と混ざると立場が逆転し、大きな体のお姉さんとして振る舞うべき、となったことが新鮮だったようだ。父の不在を嘆く幼子ではなく、小さな子供相手にもちゃんと目線を合わせて、相手を立てつつ対応できる様には、セイケンも妻も成長を感じて笑みを浮かべるのだった。
妻にとっても幻影とはいえ天空竜を間近で観ることができるのは強烈な体験であり、興奮する娘と同じくらい時間制限目一杯になるまで眺めることとなった。ただ、娘ほど純粋な気持ちで眺めていた訳ではない。彼女からすれば、天空竜達とは夫が頻繁に交流する存在であり、誤解を持たず、過少にも過大にも評価せず、正しく見極めるべき相手だった。
……まぁ、そうして気合を入れて観察してみたものの、やはりあまりに在り方が違い過ぎて、どうしてこんな存在相手に、親しみを持って接することができるのか悩みが増えるばかりだった。
【鬼族のロングヒル大使館メンバー】
交流祭りに参加する為にやってくる市民達との夜のちょっとした交流は、彼らにとっては故郷を思い出せる憩いの時間となり、やってきた市民達からすれば、多彩な異文化に触れている者達の生の声が聞ける稀有な経験となった。
彼らからすれば、週に何回なんてペースで新たな話をぶっこんで来るアキこそが、ロングヒルを中心に弧状列島全域を揺るがす野分(台風)の中心であり、三大勢力の代表達よりも注視すべき要監視対象といったところである。
しかし、各種騒動に軽く接する程度の市民層からすれば、悠然と大空を飛び、竜神子のところに舞い降りてくる天空竜こそが注目すべき存在であり、祭りに参加してきた者達が驚きと共に語るのは、頭の先から爪先まで魔力付与された装いで固めた街エルフや魔導人形達であったり、軽やかに宙を舞う妖精達の楽し気な振舞いであった。
ここでもまた、小さなズレが一つ。彼らはそれを問題視することなく、心からさっぱり洗い流した。日々の仕事に多く、捌くだけでも手一杯なのだから。
【鬼族の職人達】
彼らは続々と入れ替わり立ち代わりやってくる市民達の為に、取寄せたパンフレットや物産を気軽に眺められるよう、大広間に閲覧コーナーを作り、そしてやってきた市民達と共に撮影した記念写真を額に入れて飾るような心遣いもするようにした。また、この経験を他の者とも共有したい、語りたいなんてニーズにも応えて、宿泊ノートを用意したところ、市民達がそれぞれの思いを熱心に書くことにもなった。書かれた内容自体が話のネタにもなり、大使館メンバー達からすれば、赤裸々な市民の声を得る道具ともなり、別に強制ではないのだが、そのノートは結構なペースで増えていくこともなった。
【鬼族の竜神子達】
彼らと若竜の交流も順調に進み、若竜達は地の種族の暮らしを、竜神子達は竜族の暮らしをそれぞれ知ることとなった。アキのように思念波から思惑を読み解いたりはできずとも、両者とも相手の文化や考え方を尊重し、なぜそうなのか、それでいいのか、といったレベルにまで踏み込んでいく会話は弾むことにもなった。竜神子達も魔力感知は不得手でも、身体操作を通じて磨かれた技は魔導師のソレにも匹敵するレベルであり、だからこそ、若竜が好む距離感、五十メートルくらい離れたとしても、自身らの声を風で届けるくらい朝飯前であった。おかげで互いにストレスなく交流に専念できることにもなった。
……なんてエピソードを竜神子支援機構を通じて紹介したところ、人族や小鬼族達からは羨望と恨み節を聞かされることにもなった。他の種族はそこまで魔力操作に長けてはいないので、距離を詰めるか、魔導具に頼るしかなかったからだった。
【ブセイの兄弟子達】
一般参加者に混ざってロングヒルの地を訪れた彼らは、ブセイの変わりように驚くこととなった。以前のブセイも武人としてかなりの高みにはあったが、その在り方は使い込まれた鉈のようであり、無骨さ、素朴さが感じられるものだった。ところが久しぶりに会ってみれば、業物の大刀のような落ち着いた雰囲気と鋭さ、そしていつまでも眺めていたくなるような凄みを伴っていたからだ。それも振舞いなどの表層的な部分ではなく、物事を捉える目線や見通す力といった深い部分が厚みを増していた。
ブセイは寝泊まりは街エルフ達の大使館領で行っているので、ある程度の時間になると皆に別れを告げて帰路につくことになる。おかげで、大使館勤務の者達や女衆にも遠慮なく意見を交わすこととなり、外聞を気にすることなく、ブセイの変化への驚きを語ることができた。
彼らが語ったのは、ある種の危機感であり、寿命の長さに胡坐をかいて漫然と過ごしてきた己への反省でもあった。そして彼らもまた、一つの閃きを得ることとなった。ブセイが大きく変わったように、自分達も異文化に触れ、その理解を深めれば、同じように飛躍できるのではないか、と。
そして、そんな志を抱いた彼らのところにも、ライキやシセンから誘いが届くことになり、迷うことなく参加を承諾したのだった。
◆ドワーフ族枠
【ヨーゲル(調整組所属、ロングヒルのドワーフ技術団代表】
ヨーゲル達が取り組んでいた無線標識と受信機については、地上試験を終えて、今は飛行ユニットと組み合わせてみたり、吊るした状態での方位の正確な計測など、次の段階に進んでいた。
無線標識の方は灯台のように回転しながら指向性電波を一定間隔で飛ばす仕組みであり、これを飛行ユニットと組み合わせることで、指定高度まで上昇、高高度で水平方向に対して電波を飛ばすことになる。これによって、受信機側は別信号の誤認を防ぐことができ、地上で他陣営に電波を受信されるようなことも避けられるという訳だ。
また、電波発信高度を高く取り、受信機側も同高度まで上がることで、通信範囲を広く取れることにもなる。計算上では無線標識一機で妖精の国全域を軽く越える範囲をカバーできる見込みである。
……とまぁ、地球の間隔からすれば、ヘリが二機いれば軽く実現できそうな話なのだが、こちらではそもそも、正確に計測できる高度計自体が必要とされてこなかった事もあって、そこから準備が必要になったりしている。いざ、やりたいことを正確に実現しようとすると、どれだけ広い裾野の技術が必要なのか、とヨーゲルは大勢の部下達と共に頭を抱えることなるのだった。
【常駐するドワーフ技術者達(アキの使う馬車の開発者達)】
雲取様の指導を受けるたびに強くなっていくアキの魔力に合わせて、アキが普段使いしている馬車の改良も随時、実施されている。
もともと、魔導具に直接触れさせない工夫もされており、魔力の浸透を防ぐ部位は限定されているので、今は運用時の魔力消費を抑える工夫をしているところだ。
それと、結構な頻度で走らせているので、あちこちの部品交換も行われている。これらもただ交換するのではなく、御者のウォルコットの要望を踏まえて、調整を変えたりもしている。
アキはいつも静かで乗り心地も最高とか思ってる程度だが、それも、日々の運用を支える彼らの努力があればこそなのだ。
ちなみに、牽引している魔導人形の馬二頭も、大使館領いる人形遣い達のメンテを定期的に受けていて、アキが使う時間帯には必ず万全の状態へと仕上げられているのだった。
【各分野の専門家達】
研究所と共同で開発した浄化術式の魔導具納品も終えて、それとセットで呪いの計測に使う魔導具の用意も始めることになった。
リアの研究所では各種計測機器を製造・販売しているものの、それらは管理の行き届いた工場内で使われることを前提とするような精緻なモノが多く高性能だが高価だった。
今後の呪い研究では、呪われた街や土地、屋敷などに入ることにもなる。そういったところは当然だが人の管理が入っておらず、見た目は幻影など取り繕ってても、実態はボロボロだ。だから、そういった過酷な環境でも扱えるよう、計測用魔導具の設計見直しも始まった。また、呪いの変化も多方面から同時計測するなどしたいので数も欲しい。
頑丈で魔力汚染にも強く、製造しやすく価格も抑える。
難しい課題だが、小鬼族達とも協力することで、過剰さを排除するという新たな方針に挑むのだった。
【ドワーフの職人さん達】
弧状列島交流祭りも前半を終えて、会場入りしているドワーフ職人達も、一般人の相手にだいぶ慣れてきた。専門用語を使う代わりに、別の言い回しにしてみたり、言葉で説明するより絵付きの方が理解しやすいとなれば、説明ボードを用意したり、といった具合だ。
やはり、普段の仕事では、あれがやりたい、これがやりたい、あれができない、これができない、とニーズが明確なのに比べると、一般人は「なんかドワーフって技術が凄いらしいよ」くらいしか知られてない、というくらい、立ち位置が違っていた。
だから、実はドワーフ達は小麦畑で農作業をしている様子の写真への反響が大きかったりと、ドワーフ達の予想してなかったところに注目が集まる、なんてことにもなった。
そんな祭りも後半戦スタート。やってくる観客達も、前半に参加した者達から話を聞くなどして、予め、どこを観るか予定を立ててくるなど、少し傾向も変わってきた。相手をしてきたドワーフ達も、観客の国名を聞けば、そこの名産が頭に思い浮かぶようになり、今後は更に一歩踏み込んだ交流が期待できそうである。
◆森エルフ族枠
【イズレンディア(調整組所属、ロングヒルの森エルフ護衛団代表)】
空いたブースを埋めるためとして前倒しで、祭りに参加させられた森エルフ達だったが、イズレンディアが非の打ち所のない営業スマイルと、自身の外見とどこかミステリアスな風貌を活かして、一般客にどう対応すればいいか、率先して示したことで、他の担当者達も手早く、その技法を駆使できるようになった。
森エルフは、直接、関係する案件は少ないものの、他種族にはない精霊術を行使でき、樹木の精霊達との交流も引き受けている事もあって、三大勢力の代表達から話を聞きたいと呼ばれる可能性もあった。
そのため、他の者が慣れてくると、彼はそれらの対応に備えるため、資料の山と格闘することになった。代表達の滞在できる期間は短い。その中で、求められた事に簡潔かつ的確に返答することが求められるからだ。
アキのような連中がごろごろ並んでるテーブルに呼ばれることを想像するだけで気が滅入るが、嘆いても仕方がない。これこそが自身の仕事なのだから。そう己を鼓舞するのだった。
【森エルフの文官、職人さん達】
交流祭りでは、不慣れな一般人相手の対応を強いられていたものの、もともと美形揃いで、整った顔立ちをしている彼らは、長命種らしい基礎能力の高さを活かして、営業スマイルを修得するに至った。
また話術にしても、互いに初対面という前提もあるので、敢えて相手を遠い地から来た、他種族の方扱いして、相手の出身国や今回来た目的や意気込みなどにさも興味があるように振る舞い、相手に語らせる、という技を駆使できるようにもなった。
それに場数をこなすうちに、反省会なども通じて、弧状列島全図と主な国の位置や地理なども自然と頭に残るようにもなった。そこで「少しだけ知ってます、確か〜」などと語れば、それだけで一般客の口も軽くなるというモノだった。
【ロングヒルに常駐している森エルフ狙撃部隊の皆さん】
交流祭りの前半では、現場対応に駆り出されるような話にもなったが、後半、三大勢力の代表達が集うとあっては、本業の監視・警戒任務に戻ることにもなった。
極一部は笑顔で一般客と触れ合うことも楽しかったと残念そうだったが、殆どの森エルフ達は、これでやっと静寂と自然の世界に戻れると安堵していた。
セキュリティ部門からすれば、緊張感が足りないとも思われかねない態度だが、僅かな変化も見逃さない凄腕の狩人である森エルフ達の実力はよく知っているので、敢えてそこはスルーしたのだった。
なお、うじゃうじゃ不特定多数の様々な種族が集う祭り会場は、森エルフの精霊達にはかなり不評だった。自分達の間に割り込んでくる邪魔な連中扱い、といったところで、森エルフ達はそんな精霊達のご機嫌を取ろうと悪戦苦闘することにもなった。
◆天空竜枠
【雲取様(森エルフ、ドワーフを庇護する縄張り持ちの若竜)】
彼にとって、この二週間は、研究組統制案では竜族の在り方を変える内容に驚愕したり、鋼竜が持ち帰ったリバーシセットによって、部族が狂乱状態に陥って、それを軟着陸させる策を考えたりと、政に相当する内容が増えることとなった。
それに比べれば、訪問ついでに指導している、自己イメージ強化なんてのは余録みたいなモノだ。
新しい娯楽に誰がどう動くのか、部族全体としてはどう変わっていくのか、過剰な介入をすることなく、どう軟着陸させるべきか。
そんな事を延々と考えることになり、手元資料や思ったことを記すノートの必要性を強く認識することにもなった。
【雲取様に想いを寄せる雌竜達】
彼女達にとって、この二週間はそれまで通り、それぞれが向き合ってる課題に取り組む、そんな時間だった。
アキが示した、研究組の統制案における竜族の役割、仕事についても思うところはあったが、まだ地の種族の中で検討したい、と言うことだったので、結論が出てからでいいか、と考えた程度だった。
リバーシ騒ぎも、誘われて暇ならまぁ付き合うか、と言った程度で、他の竜達のように嵌る流れとはなっていない。
そんな彼女達が気にしたのは、桜竜の一件でのアキの振る舞いだった。信頼してくれるのは嬉しいが、危機意識をもっと持つべき、との意見で一致することにもなった。彼女達も若竜達の中では上位に位置する実力者達ではあるが、それでも桜竜を相手にするのは骨の折れる話だったからだ。
桜竜とアキが仲良くなって友好を結んだ結果については、自分達の経験もあるから、別に不思議とは思わなかった。まぁ、そうなるだろうな、という程度の範疇である。
【福慈様(他より頭一つ抜けた実力を持つ老竜)】
登山の成果を受けて、まどろみの中で過ごしてきた生活も改めざるを得ない、などと考えていたところに、降って湧いてきたのが鋼竜の持ち帰ったリバーシ、という誰もが対等に遊べる娯楽だった。
聞いた感じではルールはとてもシンプルで、それでいてゲームは深く、そして、幼竜でも老竜でも等しく遊べると言う。この特徴に実は老竜達も大いに喜んでいた。というのも、人族と違い、竜族は歳を重ねるほど体が大きくなっていく。だから、幼竜達はあまりに小さくて、若竜や成竜のように遊んであげることは難しかったのだ。でも、人族の祖父母と同様、直接の育成責任がない孫世代となれば可愛がりたくもなるというモノ。
かくして、持ち運び可能なリバーシセットを活かして、皆に来て貰い、幼竜達と遊び、楽しい時間を大いに満喫することとなった。
おかげで、「死の大地」の祟り神対応の方は緊急性が低いこともあって、後に回されることになった。
まぁ、仕方ない事だ。幼竜達が「また遊んでくれる?」などと期待の籠もった目を向けてくれば、ニコニコと目尻も下がるというモノだった。
【白岩様(雲取様の近所に縄張りを持つ成竜)】
彼にとって、この二週間はそれまで通り、ブセイらの組手を観察したり、自身があれこれ鬼の技を取り入れようと工夫したみたりする日々だった。少なくとも最後の数日以外は。
そして長い人生経験を持つ彼ではあったが、ぶっ飛んで来た桜竜から、共同研究の提案を持ちかけられた時には、内心、かなり慌てることとなった。
桜竜もそろそろ年頃となってきたこともあり、誤解を招かぬよう、しかし落胆させぬよう、結構、気を使ってきたのだ。
だからこそ、驚きを態度で示しながらも、軽はずみな思いつきなのではないのだろう?と、思い至った経緯に耳を傾けるのだった。
なお、第二演習場にはそれなりの間隔で通っているので、この件で白岩様が予定にない訪問という形を取ることはなかった。予定の日に行って話を聞けばいいし、結局は己が考え、判断すべき事だったからだ。
【黒姫様(雲取様の姉)】
彼女は世界樹のところに通い、世界の外についての知見を深める作業に専念していたので、リバーシ騒ぎからは距離を取ることになっていた。話は聞こえてきたものの、ゲームセットのある場所まで飛んで行かなければ、遊びに混ざる事にもならない。流石に彼女を無理に誘うような無謀な者はいなかった。
それに世界樹も熱心な研究仲間という感じではないので、ある程度の情報を得ると、黒姫様は自身の縄張りに戻って思索の海に沈むのが常だった。
【アキと心話をしている竜達】
雲取様から自己イメージ強化の指導を受けたことで、アキは心話をするたびに、より強く変わっていくことを彼らは明確に感じ取っていた。まだ危うさ、脆さはあるものの、心配するような状況からは遠のいた事にも安堵していた。
それとは別に、雲取様の部族で起きているリバーシ狂想曲には、他の部族の竜達も興味津々であり、アキと心話をする機会を得た竜は、誰もがその事を話題とするようにもなった。
遊んでみたい、という好奇心旺盛な竜には、窓口となる三柱の若竜達を紹介することにもなったし、前例のない騒ぎに懸念を持つ竜には、ある程度落ち着くの確認するまで待てば良いと勧めることにもなった。
竜用のリバーシセットともなれば大きくて、簡単に作れるものでもないのだから、そう慌てることはない、と。
刺激には飢えているものの、基本的に長命種らしく安全策を選ぶのが竜なので、近隣地域の竜はともかく、離れた地域の竜達は騒ぎが落ち着くまで静観することにしたのだった。
【炎竜、氷竜、鋼竜(他種族登山に名乗りを上げた雄竜達)】
アキから提供されたリバーシセットを部族に持ち帰り、協力してその紹介と普及に務めることとなった。ただ遊ばせるのではなく、一つしかないリバーシセットに殺到しないで済むよう、運用ルールを定めて、その遵守をさせる必要があり、彼らも随分苦労することにもなった。
ただ、苦労ばかりかと言えば、そんな事はなく、そうして率先して皆の益となるよう、争いにならぬよう尽力する姿勢は、雌竜達にも大いにアピールすることに繋がった。
見処あるじゃない、とちょっと評価も上がった感じだ。そして、舞い上がって距離感を間違えてる若雄竜達の振る舞いや、それに怒りを溜める若雌竜達のチリチリした雰囲気も感じ取っていたので、彼らは二の轍を踏むような真似は避けるのだった。
【牟古様他(登山先の主達)】
登山も終わり、「死の大地」を片手間に監視する日々が戻ってきた。ただ、完全に元通りになったかと言えばそうではない。「死の大地」に臨む縄張りを持つ竜達に会いに行き、登山で得た知見を伝え、祟り神に一切気取らせぬよう、他の竜達の指導をせねばならないからだ。
敢えて遠回りしてみたり、慌てることなくゆっくり飛んでみたりと、普段通り飛ぶ、というのは結構難しかった。
それでも二週間もあれば、一通りの説明行脚もこなすことができた。これで冬も静かに過ごすことができそうだ。
【福慈様の部族の竜達】
アキがリバーシを提供したことで、部族全体が幼竜から老竜まで、遊び呆けることとなった。簡単なルールでありながら、洗練の極みにあるゲーム性も相まって、始めは余裕とか言ってた連中も、思わぬ敗北を味わうとムキになって、幼竜達が寝入った夜半に集まって、対局をしたり、感想戦を行ったりするようにもなった。
本編でも語られたようにリバーシに集中せずズレてる若竜達がいたり、遊びに夢中になって母竜を困らせる幼竜が出たりと、あちこちで、前例のない混乱が生じていた。
アキやヤスケとの相談結果を持ち帰った雲取様が働きかけることで、抑制が効けば良いのだが。
その辺りの話も十九章で語られることだろう。
【桜竜(白岩様に果敢にアタックをかける乙女竜)New!】
本編でも描写されていたように、桜竜は若竜の中では明確に他を引き離す実力を持っており、見た目こそ、他の雌竜達より一回り小さく、桜色の輝く鱗も相まって、可憐な第一印象を受けるが、だからこそ、動く彼女の激しさとの落差は強烈だった。
アキも推察したように、体に対して魔力が多過ぎて、その力を制御しきれず、ちょっとしたことで簡単に暴発してしまうのが彼女の悩みだ。
まぁ、桜竜は相手にイラつくと、意図的に制御を外して、相手を激しく威圧する、なんて使い方もしてたりはするのだが。
その飛び方も特徴的で、有り余るパワーを活かして、大気の層をぶち抜くような飛び方をよく好む。これは過剰な魔力を放出することで、心身が楽になる作用もあるからだったりする。
ただ、そういった外から見た印象や振る舞いに比べると、その内面は青竜や白竜と話が合うくらいであり、かなり深く、それに素早く考えるところがある。勿論、年相応な若い考え方、手早い解決方法を選びがち、なんてところはあるのだが。アキも瑞々しい感性と称したように、その心の内は見た目通り乙女なところもあるのだ。
なので成竜達からの評価も実は悪くはない。魔力が暴れるから幼竜に近付けられないけれど、母竜達も毛嫌いしてる訳ではなかったりする。
今回、アキの提案もあって、彼女は白岩様に対して、共に研究を行う旨を伝えることとなる。その結果は十九章でサクッと語られることだろう。
後回しになどしていたら、結果を話したい桜竜が第二演習場に吹っ飛んで来るのは明らかだからだ。アキもこの件については優先して心話でフォローを入れることだろう。
◆人類連合枠
【ニコラス(人類連合の大統領)】
ラージヒル事変は、大統領のニコラスが働き掛けるよりも前に、連合の各国、それぞれから自発的に抗議が殺到することで、国境封鎖は段階的にではあるが早々に解除されることになった。これが共同声明という形であれば、その調整に日を要して、ニコラスの出番もあっただろう。しかし、今回は違った。
皆が個別に動く事で間を置かずに抗議文が届く事になり、その文面も姿勢も許容できるとする期間にも違いはあった。しかし、並べてみれば、その主張は口裏を合わせたように揃ったモノだった。
交流祭りとの人の流れを止めるな、物の流れを止めるな、小鬼族との洗礼の儀の定期戦争を前に連携を止めるとは何事か、竜神子同士の連絡が疎かになって天空竜への対応に齟齬が生じたら責任取れるのか、と。
……などと言う困惑と疑念に満ちた話を、封鎖解除後すぐに乗り込んだニコラスは聞かされることになった。
各国が素早い対応を取れたのには理由があった。通信・物流網を担う財閥が、速報として緊急事態に至った経緯と、配達遅延の恐れがある旨を全ての所属国に送っていたのだ。しかも、各国物流拠点まで通達して、窓口で説明するに留めるのではなく、わざわざ、各為政者宛に直接届ける異例の対応をしていたのだ。
毎年の定例戦争時にだって、ここまでの対応がされた事は無かった。一、ニ週間の遅配が発生しますが御了承ください、との張り紙が出される程度であり、皆もいつものか、と納得していたからだ。
ニコラスは、自身も受け取った速報と、それによって生じる人、物の滞留被害の予測資料をラージヒル上層部に提示して、例年とは異なる状況を説く事となった。そこに記されていた経済的な波及効果は、大国ラージヒルをして顔を青くするレベルであった。
駄目押しとばかりに、これは届いたばかりだが、と二通の外交文書、連邦と帝国からの抗議文を示し、もはや事態は連合内だけには留まらない、と諭すことにもなった。
この件で、ラージヒル上層部は、ニコラスに対して大きな借りを作る事になり、連合内の政治力を減ずる事ともなる。時勢の読めぬ暗君よ、と陰口を叩かれるようになったのだ。
この一連のラージヒル下げの流れは、交流祭りに参加した一般客達によっても更に拍車が掛かることになった。この事変で旅程も乱れて振り回された、大変だった、道中の国々やロングヒルが親切に対応してくれて助かった、と吹聴したからだ。
人の口に戸は立てられない。そして、為政者とて民からの支持が無ければ、その立場は揺らぐのだった。
この件は当事者のニコラスはもとより、鬼王レイゼンやユリウス帝も大いに関心を示す案件だ。十九章では話題に上がることだろう。
【トレバー(南西端の国ディアーランドのエージェント)】
交流祭りでは、知る人ぞ知る僻地の国という扱いのディアーランドについて、多くの一般客にその存在をアピールできた。特に連邦からは最も離れた位置にあり、気候も土壌もまるで違うとのことで、かなりの興味を示されることにもなった。
これは、二つの半島に挟まれて、波の穏やかな良港を備えているという地理的特徴も大きい。陸路では再遠距離であっても、海路であれば連合が実効支配している北回りルートを使うことで、ロングヒルまで到達できるからだ。ロングヒルの北には共和国の本島があり、海竜の回遊を避けるのもお手の物だ。
それに北回りルートの海路は、今回のラージヒル事変の影響を受けることも無かった。冬場は波が荒く、安定した運行は難しいものの、街エルフ達の帆船は天候を読む技が熟練漁師すら超えてると評判であり、実際、共和国向け取引の多くは海路経由だった。
これまで街エルフは自分達の欲する分だけを細々と取引している程度だった。しかし、対連合の姿勢を変えてきた事から、海運業の発展も期待できる状況だった。
その為、トレバーは業者向け開催期間はてんてこ舞いの忙しさとなった。
【二大国の一つラージヒルのエージェント)】
今回の事変では、ロングヒルに常駐している彼らは、本国との連絡もままならず、肩身の狭い思いをすることになった。彼らエージェントの常識からすれば、異例とも言える情報伝播であり、連合各国が示し合わせることなく、ラージヒル非難の大合唱を奏でたのは、前例のない事態だった。
ラージヒル事変の発端は竜神の巫女アキであり、全国へと素早く檄を飛ばした財閥の当主ミアはアキの姉、それに財閥はアキの活動を全面支援しているのも有名。竜神子達の支援機構もアキが指導していて、その活動は列島全域に及ぶ。
エージェント目線だと、これらの話に関連性がないなどとは考えられず、迅速かつ的確な対応も、予め仕組んでいたのではないか、との疑念が頭から離れなかった。
ただ、他国エージェント達とそれとなく意見交換をしたところ、それは被害者意識が強過ぎ、そもそもアキは連合内の一地域の事なんて気にしてない、と窘められる事にもなった。
そしてエージェント達も交流祭りで列島全図を何度も眺めていたので、そんな視点の違いも理解していた。アキの視点は空どころか、星の世界から見下ろすかのような広さなのだ、と。
しかし、本国にいる為政者達はその多くが自国から出た事すら無いのだ。近隣諸国の全てより強い大国、それがラージヒルだった。彼らはこの後、迷走を続ける上層部に翻弄される事になる。
人は見たいものを見るのだ。
【ナタリー(二大国の一つテイルペーストのエージェント)】
交流祭りでは派遣されたスタッフ達を応援しつつ、東の大国テイルペーストのアピールにも成功していた。
ニコラス大統領が居を構えているという事もあってロングヒルとの交流も密であり、連合の大会議場を備えるラージヒルよりも、存在感を増してきていたのだ。ラージヒル事変では分断された連合の東地域の取り纏めも行うなど、その政治力は遺憾なく発揮されたと言える。
そうして上司達が仕事をしてくれているおかげで、ナタリーは登山経験の執筆に取り組むことができた。登山を終えた直後の報告を振り返りつつ、その後の出来事も踏まえて、思うところを記す活動だった。
【エリー(ロングヒルの王女)】
王女として、エリー自身の活動は、再集結してきた代表達の出迎えに駆り出された程度と、ゆったりしたモノだった。ただ、母セシリアが、交流祭りにやってきた各国の女衆を集めた茶会なんぞを頻繁に開催し、次代を担う若い層の相手役として、エリーも参加を余儀なくされた。
そして、ヘンリー王やニコラス大統領よりも、その活躍を耳にする事が多いとあっては、若い世代が注目しない訳がない。かくして、エリーは貴族連中相手とは異なり、同格と言える各国の王女達から揉みくちゃにされる事になった。
その辺りの苦労話を十九章ではたっぷり聞かされることになる。見た目は華やかな催しでも、その内実を聞けば、アキなら逃げ出したくなるだろう。
【ヘンリー(ロングヒルの王様)】
ラージヒル事変は、近隣諸国やテイルペーストと緊密な連携を取る事で、混乱を最小限に抑えることができた。
セシリアとエリーが女衆を集めて茶会と称した会合を進めているが、これに男が混ざっても碌な話にならないので二人に任せていた。為政者達が落ち着いて振る舞う事で、一般客の動揺を抑えるという効果も出ていたから、助かってもいたのだ。
リバーシセットを持ち帰った事による竜族内の狂乱も、関係者として一部を聞かされていたが、正直、聞かされても困るとも感じていた。把握してる限りでも、雲取様の部族は数百柱の天空竜で構成されていて、その活動範囲は連合の半分を覆うほどだ。ロングヒルのような小国の手には余る案件だった。
ただ、この認識はまだまだ昨年までの感覚が抜けていないとも言えた。弧状列島の文化交流中枢として、国の在り方を変えようと言うのであれば、リバーシ騒ぎこそ文化交流そのものであり、これからのロングヒルが担う分野なのだ。
こうした意識のズレは、多分、暫くは水面下で燻る事だろう。文化交流なら次男エドワードの出番と言いたいところだが、彼の扱う文化は人族同士のソレであり、同じ連合内でのソレだった。アキがメインとしている比較文化学、それも異種族相手、地の種族ですらない天空竜を相手に、となると畑違いだと言いたくもなるに違いない。
【セシリア(ロングヒルの御妃様)】
彼女の目論見通り、比較的、動きやすい王妃や王女達が文化交流と親善を目的として、続々と交流祭りのためにロングヒル入りしてきた。場合よっては何カ国かが共同で、商人達も巻き込んで隊商を組んだりもして、その護衛を期待して市民達の集団も、歩みを揃えるなんて事も。
そして、連合内の大会議でも、王の不在を預かる者として、王妃は国に留まるのが常なので、こうして、様々な国の女衆が顔を合わせるというのは、始めての事だった。近隣国との交流と違い、普段、接点のない国々相手だ。だから、セシリアが「小国で顔を覚えるのが不得手なのです」と言って、茶会の参加者に国と名前の書かれたプレートを身に着けさせたり、事前に茶会参加者の国の位置や紹介文を記した、簡単な列島全図の冊子を配るなどフォローを忘れなかった。
おかげで、皆、初見ではあっても、会話に困るようなこともなく、活発に言葉を交わすことができた。
そして、男不足もあって、政への女性進出が著しい連邦を例に、自分達、連合の女衆も横の繋がりを持つべきではありませんか? なんて話を皮切りにして、今回のラージヒル事変を参考に、女衆同士の手紙のやり取りや、共通の話題に興味を持つ同好の士を募って、会員限定の冊子を作る辺りから始めませんか? と誘うのだった。
【エドワード、アンディ(ロングヒルの王子様達)】
二人はラージヒル事変の影響を最小限に抑えるよう奔走することになり、テイルペーストまで足を伸ばすなど、その活動範囲は、それまでよりも広がることとなった。
そうして飛び回りながらも長男アンディは秋の戦いに備えた軍部との会合にも参加していたし、次男エドワードもポツポツとやってくる他国の王子達を歓迎する席を設けたりもしていた。
ただ、アンディは軍を担うなら新設される参謀本部との顔繋ぎはしておけと言われたし、エドワードも異種族との文化交流なら事の顛末は把握せよ、と無茶振りをされたりもしている。
次代の王として一人で全部やれと言わないだけ温情だ、などと言われた際には、二人してヘンリー王を口汚く罵倒し倒したのだった。
【ザッカリー(研究組所属、元ロングヒル国宰相)】
不世出の天才達の集う研究組。その管理を行う者がいなくてはならない、ソフィアの好き勝手にさせるなどあり得ないと、半ば、義務感もあって名乗りを上げたザッカリーではあったが、アキの研究組統制案を聞いた時には、頭を抱えたい気分だった。
頭のぶっ飛んでる変人達が暴れる前に警鐘を鳴らす鈴であろうと、遠くに行き過ぎないよう走り回る牧羊犬であろうとは考えてきた。
しかし、アキの示した松案は、竜族に契約の概念を導入して、実験支援サービスを提供させようという話だ。最低でも数百、最大では数万の天空竜の生き方、社会を変えてしまう所業であり、あまりに規模が違っていた。
天空竜の手が借りたいからと、天空竜の社会を都合良く変えてしまおう、と提言できるアキの思考があまりに異質だった。ヤスケがよく「アキは手に負えない、皆で手綱を握るのだ」と話しているが、その心がよく理解できた。
そして、自分達の上位に代表達がいる事に感謝の念すら抱くのだった。
◆小鬼帝国枠
【ユリウス(小鬼帝国皇帝)】
ラージヒル事変では、近隣地域に対して、想定外の戦闘が起きぬよう厳命する措置を行ったが、連合や連邦と共同で行っている政策はいずれも順調そのものと言えた。
しかし、それなら帝国は安定していたかといえば、そんな事はなく、若竜が遊説飛行で各地を訪れて、民に直接語り掛けた事で、動揺と迷いを生むことになった。
天空竜が語った国はそもそも何処だ、と言った周辺地理に疎い民が多く、多少知る者も、定期戦争時に配備された作戦領域のことしか知らない、なんて具合だ。これは地図を広場に貼り出して、国の位置関係や地理情報を周知徹底させた。
また、今後も毎年、成人の儀を行えるのか、という疑問には、民の中に何が何でも戦いたいとの気運は少なかった事から、緊張感を維持しつつ、内政に力点を移す方向を示して、今は立ち止まって行き先を思案する時ではないか、と問い掛けるのだった。
ユリウスがそれを指示したのは、帝都を出立するタイミングだったので、ロングヒル滞在中に、その結果は知ることになるだろう。
【ルキウス(護衛隊長)】
遊説飛行に伴う民の動揺を抑えるために、各地の軍はその力を割かざるを得なくなり、その分、成人の儀の準備は遅れることになった。
一応、指揮官級には図上演習をさせて、その成否を見極めさせていたが、結果は芳しくなかった。戦に政治が口を挟むと碌なことにならない典型例となっていたのだ。
そもそも、小鬼族の基本戦術は、広域への同時浸透することによる破壊、撹乱を旨とするモノであり、これと非破壊、非殺傷指定の相性は最悪だった。一応、竜神子の屋敷は対象から外す方針とはしたが、実行が伴うか甚だ不安だった。見ず知らずの土地での作戦行動の難しさは、平成五年、ヘリや装甲車両、無線機などを豊富に持ちながらも道を迷いまくって甚大な被害を出したソマリアの首都での米軍という例もある。そして、小鬼族の戦争は夜間に行われるのが常であり、だからこそ地理の把握は毎回、悩ましい問題となっていたのだ。
連合内の正確な地図など存在せず、大まかな地形と城塞都市や砦の位置、それと過去の戦で持ち帰った報告が全て。
だから、一般人として交流祭りに参加した指揮官などは、帝国領内まで克明に記された列島全図を観て、顔色が悪くなり、スタッフから心配された程だった。
帝国は地理に疎く、政治的な縛りが多い。それに比べて防衛戦となる連合は帝国領まで含めて地理に精通していて、逆侵攻をしないなら政治的な縛りも無いに等しい。これでは小鬼族の利を活かせないではないか、と。
いつの間にこれ程の差を付けられていたのか。我々は優勢なのでは無かったのか、と言う困惑も伝播していく始末だった。
だからこそ、ルキウスは各地の王達に民の動揺を抑え、反攻作戦の備えをするよう指示することができた。今は軍としての統制を確保し、逆侵攻の動きがないか情報収集に努めるべきなのだ。
そして、各地の王達も、その指示に不平を述べることなく従うのだった。
【速記係の人達=ユリウス帝の幕僚達】
帝国各地からロングヒルの交流祭りに市民を送り込むことで、今年、成人の儀を行うことへの迷いを市民層に広げていく策は上手く作用していた。力で劣り、捷さを駆使して常に先手を取ることで戦を制するのが小鬼族の文化である。だからこそ、情報を重視しており、下士官に至るまで、与えられた目標を達成するための権限委譲が行われていた。
合図通りに動くのが精一杯の民兵ではなく、ある意味、全員が特殊部隊的思考の持ち主なのである。
だから、事実を広めても、為政者達への不満には繋がらず、逆に、それなら自分達はどうするべきか、と皆が当事者意識を持つことにもなった。
そこまで見届ければ、彼らはロングヒルでの代表同士の話し合いに傾注することができた。民が腹を括ったなら、後は自分達の仕事だった。
【ガイウス(研究組所属、小鬼チーム代表)】
ガイウスにとって、この二週間は引く手数多な状況に興奮気味な部下達を抑えるのに頭を悩ませる日々だった。研究組の課題も見えてきて、理論を進化させるべき分野もあちこちに散在している有様だ。そして、理論を深めるためのヒントも色々と転がっていた。
これで燃えなきゃ研究者じゃないだろう。
しかも、理論構築と並行して、竜や妖精の力を借りて、検証までやれる充実ぶりだ。
引き紐を引き千切らんばかりの勢いであり、紙と鉛筆さえあれば思考の翼を広げられる理論魔法学だからこそ、その活動への制限も殆どゼロであった。
監視してないと、いつまでも研究に没頭して倒れそうなので、ザッカリーとも相談して、監視役の女中人形を増やして貰うのだった。
【ユスタ(小鬼研究チームの紅一点)】
竜神子に比べても、天空竜との接点が多いだけあって、ロングヒルにやってくる市民層でユスタの話を聞きたがる者が多くいた。彼らは、実は来年以降、増えるだろう竜神子を抱える地域の担当者であって、若竜への対応で忙しい竜神子の邪魔はできないからと、ユスタから情報を仕入れることにしたのだった。
無下にはできないものの、自分の研究時間が削られると、ユスタはガイウスに改善を訴えた。
結果、交流祭りの期間が終われば、ロングヒルにやってくる市民達もいなくなるので、冬の間に埋め合わせをすることとなった。
【小鬼の研究者達(小鬼研究チーム所属)】
帝国でも閑職というわけではなかったが、やはり後回しにされがちだった理論魔法学。それが直接、観測も操作もできない異世界、或いは世界の外が対象とあって、一躍、スポットを浴びることになった。
しかも、多少の無理ならゴリ押しできる竜族や妖精族も共同研究者なのだ。いくら理論を考えても、検証に予算が足りない、魔力が足りない、魔導具が創れないとないない尽くしで断念するしか無かった頃と比べれば隔世の感があった。
それだけに結果を出したいと願い、また、今の環境も結果が期待できるから整えられているのだ、との危機意識もあった。
だからこそ、誰もが前のめりに研究にのめり込む事になり、そして、ガイウスが手配した女中人形達に首根っこを押さえられて、強引にベッドに放り込まれるのだった。
因みに、最初は女中人形達も穏やかに対応しようとはしたのだ。しかし、それではまるで効果がなく、ガイウスも怪我を負わせない範囲であれば自由にして良いので埒を開けよ、と指示するに至り、それならばと腕力も併用するのだった。
◆街エルフ枠
【ジョウ(ロングヒル常駐大使)】
ラージヒル事変から、三大勢力代表達がロングヒルに再集結するまでの期間は、国家レベルの話で言えば、交流祭りの流れも再開して、賑やかな人の往来が続いている、といった程度であった。
各地で若竜達が遊説飛行を再開して、空から広く民に向けて語り掛けていた出来事は、地の種族の領域から逸脱している話なので別格だ。
海外から戻ってきた探査船団の連中がロングヒルに上陸して祭りに参加した事も、ちょっとしたエピソードではるが、大した話ではない。
しかし、ロングヒルで全権大使なんで立場にいる彼は、研究組の統制を取るよう仲間達と共にアキに相談に押し掛けたりもしたし、その結果としてアキが示した二つの策、研究者の情に訴える策と、竜族に研究支援サービスを提供させる策を聞かされることにもなった。
雲取様が他の雌竜達と共に連携行動の訓練を始めたなんて話も耳にしたし、雲取様の部族でリバーシが大流行していてあちこちで火種が燻ってるなんて話も内密に聞かされることになった。
桜竜が第二演習場にぶっ飛んで来た際には、動揺せぬよう大使館領の統制に努めたし、その桜竜が白岩様に好意を抱いていて、その恋路の応援をしたい、などとアキから相談を持ち掛けられることにもなった。
……これがたった二週間の出来事である。自身を客観視できるよう、寝る前にその日の出来事を整理して日記に記すのが彼の習慣だったが、パラパラとめくった日記を眺めた事で、やっと自身が抱えていたモノが何か気付くことになった。
それは、心の疲れだった。
街エルフらしく、いつまでも全力で活動できる程度に自律していく術は彼も身に付けている。しかし、だ。アキが……アキだけのせいではないが主にアキが搔き乱すことで、終息しない新たな活動が次々と生まれていき、その報告書も厚さを増すばかりだ。
いつまでも終わることなく増え続ける厄介事、代表達の話し合いの末に未来がどこに向くのか。次の春先がどうなっているのかすら、まるで見通せない。そんな漠然とした不安。
全権大使として定番の仕事しかない、とボヤいていた時代が懐かしかった。十九章ではそんな彼の少しお疲れな様子と、同じ光景も見る人が違えば印象は真逆に変わる、という当たり前の話を再確認することだろう。
【ヤスケ(ロングヒル駐在の長老)】
研究組の統制では、研究者達の情に訴えるとして、アキの情感たっぷりな演技マシマシな声を聞かされることになり、桜竜襲来の際には、全方位に向けて声を届かせる振舞いに、声を荒げてしかりつける声を届けたりもした。
研究組の研究活動への統制案では、竜族に契約の概念を浸透させて、研究支援と保全のサービスを提供させようなどと提案がぶち上げられることにもなった。
リバーシセットを鋼竜が持ち帰ったことに端を発した竜族内の騒動では、アキは困った時のヤスケ頼み、と声を掛けてきて、感情との折り合いをつけるのに精神をガリガリと削りながらも、何とか理性的な対応を行うこともできた。
ただ、彼は思うのだ。やはり、アキの手綱を握るという真似は、自分独りでは無理だ、と。
特に、膨大だが不安定な魔力を抱えた桜竜に対して、制御を外れて噴き出した魔力を緑竜が障壁で逸らした際や、桜竜が苛つきを示して睨む姿勢を見せた際に、アキは驚きもせず、身じろぎもせず、落ち着いた振舞いで和やかな会話を続ける振舞いは決定的だった。
アキの本質は探索者そのもの、望みの為ならば悪事象を厭わない、命の危険が迫ろうと必要とあれば前に進む気質こそが本来の誠の姿だと。ミアの身体を間借りしているという負い目を感じているからこそ、アレでもかなり自重しているのだ。
マコト文書で語られてきた日本の生活、文化を息苦しく思うのも無理はなかった。人生は先が見えないからこそ面白い、未知に触れてこそ楽しさを感じられる。そんな者にとって安定した社会なんてモノは道筋の決まった高速道路のようなモノだ。多少の車線変更はあっても目的地までのルートは決まっている。……実際にはそこまで盤石な訳でもないのだが、学生の頃、社会を知らない若い年代なら、そう考えて退屈と考えても不思議ではないだろう。
そして、そんなアキの本質と民を導く為政者の役目は水と油だ。アキのような性格は戦時ならば歓迎もされるだろう。しかし平時には無駄に場を乱す振舞いは害悪にしかならない。
ヤスケは、そんな思いを抱きながらも、だからこそ、もっと大勢で手綱を握るのだ、と頭を悩ませる事となる。取り敢えずは、自己イメージの強化をせねば、と次に第二演習場に雲取様がやってくる日の確認するのだった。
【街エルフの長老達(本土にいる面々)】
ラージヒル事変は、王の押し込めが起きたこと自体が寝耳に水の事態だったが、その騒ぎが連合各国からの自発的な抗議の殺到という形でラージヒル上層部を追い詰めて、早々に国境封鎖の解除を決断させた流れは前例がなく、時代の変化を強く意識させる事となった。
連合という組織は、対帝国、対連邦の軍事同盟と言った色が強く、外部の脅威に対して団結せねば対抗できないという危機意識があるからこそ、手を組んでいるところがあった。財閥が運営する通信・物流網によって、その結びつきは日本の明治、大正時代などより遥かに強い。にもかかわらず、ロングヒルのような規模の国が多く存在し続けているのは何故か、と言えば、独立独歩の意識が強いからだ。
それが、誰か取り纏め役が旗振りをした訳でもなく、皆が同じ方向に心を揃える様はかなり衝撃的だった。
商取引によって和を為して手を取り合おう。それは共和国や財閥の目指すところではあった。しかし、こうしていざ、手が届いてしまうと、その捉えようの無さ、統制感の無さには不安を覚える事ともなった。こういった空気感、ぼんやりとした一体感というのは、制御不能のまま極端から極端に振れやすいからだ。
だからこそ、彼らはこの秋、代表達がロングヒルの地に集うことに期待するのだった。上からの強制という意識をあまり持たれることなく、弧状列島全域の一体感を醸成し、その流れを制御可能な範囲に留める。それが今後の為政者に求められる施策と考えるからだった。
【ファウスト(船団の提督、探索者支援機構の代表)】
依代の君(二人目)が滞在している館は、家令マサトや秘書人形ロゼッタも生活しているくらいなので、他地域との通信設備は充実していて、彼がいる港町ショートウッドとのやり取りも容易だ。だから、依代の君が移動する時間も考慮したスケジューリングが行われ、ファウストが館を訪れたり、逆に依代の君が港町へと足を伸ばす、なんて事も行われるようになった。
ロゼッタからは、とにかく実技、実際の体験を重視することと注文されていた。依代の君は術式制御をしている訳ではないが、身体操作をしている大人並みの身体能力と強度を発揮しているので、荒っぽい事であっても問題ない、その神力はまだ強く、一級魔導師向けの耐性強化品以外、魔導具との接触は厳禁、とも。
なお、この二週間で一番、依代の君が大喜びしたのは着衣泳法訓練の時間だった。水着に着替えることなく、普段着のまま、足のつかない深さのあるプールに入って、まずは浮いた状態、体を大の字に広げて顔を出した背浮きの姿勢をキープ。それができるようになったら、次は立ち泳ぎや横泳ぎで離れた位置に移動するといった具合だ。
アキはまだ浮くところまでしか体験してないと聞くと、依代の君は大喜びしていたが、何を目的とした泳法か、注意すべきは何かなど聞く時は真剣そのものであり、水の中でふざけるような真似もすることはなく、ファウストを感心させたのだった。
【船団の皆さん】
帰国した第一陣も二週間も経過すれば、現在の弧状列島についてもある程度知る事となり、結構な人数がロングヒルに出掛けて交流祭りに参加する事にもなった。海外から帰ってきたばかりの船員達がぞろぞろとやってくる様子に、新たなイベントか、と一般客が盛り上がることもなり、交流祭りの公式イベントを邪魔しない程度には土産話を披露してあげることともなった。
これまで探査船団の関係者は、共和国(本島)の港に戻ると、どっさりと報告書を出したり、持ち帰った物資を引き渡したりした後は、そのまま港町でのんびりしてるか、一部は連合の母国に一時帰郷したりはしていた。ただ、秘密保持の観点からあまり話す訳にもいかなかったし、故郷の者達も、弧状列島の外についての知識がないので、話があまり弾まなかったのだ。
ところが弧状列島交流祭りでは、持ち帰りはできないまでも、共和国ブースでは世界儀が飾られていたり、情報も絞ったり、一部を隠蔽してはいるものの、海外航路の描かれた海図なんてのも出されたりしている事もあって、一般層でも、海外についての知識を持つ者が増えてきていたのだ。
ぼんやりとでも世界地図が思い浮かべて、世界の広さを想像できるとなれば、何か月にも及ぶ航海と聞いただけでも、海が荒れたり、風が凪いだり、逆に暴風雨に見舞われたりといった事態がどれだけ過酷なのかも脳裏に浮かぶというモノだ。百メートルを超える大型帆船が木の葉のように舞うような大荒れの船旅なんてのも、観客達が身近な野分(台風)の時の揺れを例に、それよりも遥かに酷く、傾いた船は、坂道のようになって中の人もモノも転げ落ちる、なんてフォローをしてくれた時には、船員達は関係者のサクラか、と訝しんだ程だった。
そんな彼らは、交流祭りでの探査船団の紹介枠の小ささを大いに不満に思い、来年はもっとしっかりアピールするべきだ、万年人材不足解消のチャンスではないか、と大合唱することなった。
なお、ファウストは自重したのだが、帰国した船団の関係者達は、各地の船団への連絡で、弧状列島交流祭りの様を軽く紹介する、などという自慢行為をしてしまった。多様な種族が交流する様なんてのは、海外に足を伸ばしている探査船団とて殆ど見た事がない。だから、返信は感謝と罵倒が入り混じった禍々しいモノと化したのだった。
◆その他
【ソフィア(アキの師匠、研究組所属)】
アキの提案で、研究組の新統制案が示されたこともあり、決定権を持つ代表達が結論を出すまでは、研究組も大規模な実験を控えることとなった。これはザッカリーがそう誘導した、というのもあるが、全国から人々が集う祭りの開催期間中であり、代表達が集う政としては一番緊張を強いられる期間だから、というのもあった。
こういうタイミングで、出資者の精神を荒立てるような真似をしても碌な話にはならない、とソフィアも長年の経験でよーく理解していた。
しかし、だからこそ、大人しくしつつも、出資者へのアピールもするという二律背反にも挑まないといけないねぇ、と仲間達に働きかけることにしたのだ。ソフィアからすれば、他の仲間達は優秀なことに異論はないが、相手にアピールして何が何でも必要な資源を分捕ってこようという熱意に欠けるように思えたからだ。
実際、賢者はシャーリスの許可さえ貰えれば、好きな研究に打ち込める地位にいるから、そこまでの熱意も努力も不要だった。トウセイは長年の不遇な生活もあって、慎重ではあるが大胆さが乏しくなっていた。白竜も文化的な影響もあって、自身が工夫し挑戦する熱意はあっても、それに必要な外部資源を搔き集める発想に乏しかった。ガイウスも多くの理論家達を纏める立場にあって理解は深いが、多過ぎる要望を捌く事には長けていても、新たな分野に斬り込んでいく鋭さ、貪欲さは持っていなかった。
だからこそ、ソフィアは皆に企画提案の重要性と、気前よく出資して貰うのに必要な事が何か、どうすればいいのか語るのだった。この独演会は残念ながら調整組の面々、特にソフィアの手口を良く知るザッカリーやエリーが不在のタイミングを選んでいたので、止め役不在のまま実施され、仲間達から喝采を浴びる事となった。
……世間の荒波に揉まれてないのに、地頭が良く、専門分野で成功してる「視野の狭い専門家」なんてのは、詐欺師からすれば恰好のカモなのだ。研究組の面々が、焚きつけたソフィアも含めて、こってり絞られることになる未来は、火を見るよりも明らかだった。
【街エルフの人形遣い達(大使館領勤務)】
いつもは自分の工房に引き籠ってる人形遣い達、そんな引き籠り属性の強い連中が交流祭りに参加したことで得られた経験は衝撃的なモノだった。多様な種族達が入り乱れて楽しむ様は、共和国の静かな様相とはまるで別世界であり、身近で見た生の鬼や小鬼、それに妖精といった種族の在り方は、頭をハンマーで叩かれたようなショックを与える事になった。
街エルフは一部の例外を除くと、年配は竜相手のゲリラ戦に明け暮れた日々であったし、銃弾の雨の時代に前線で暴れた人形遣いも僅かな人数に過ぎなかった。だから、他の種族の事も知ってはいたが、それは知識として知ってるレベルであって、生々しい隣人としてのソレとはかけ離れていたのだ。
そんな彼らも、ロングヒル住まいが長くなった事で、アキが推進する比較文化学の何たるかも知る事となった。異種族、異文化への理解の下地はあった訳だ。
そして、実際に触れたことで、彼らの知識欲は上限知らずの大爆発を起こすこととなった。何故、それぞれの種族はその身体なのか、なぜ違うのか、他の構造はどうなのか、なんて具合だ。そして、マコト文書に詳しい者達への伝手もあるので「人の身体は設計ミスだらけ」などという思想にも触れる事となった。
幸いにして、彼らは人体改造の狂科学者ではなく人形遣いなので、彼らの自由な発想と熱意は、人形製作へと注がれることになった。
【連樹の神様】
ヴィオに投げてはみたものの、理詰めで思考する抽象戦略系ゲームの持つ概念、視点は興味深いものがあった。だからこそ、ヴィオと依代の君が対戦し、何を考えて打ったのか話す感想戦も熱心に観察することにしていた。
ここで、連樹の神の思考を知る者がいたなら、膨大な数の樹木の精霊達が並列連携することで生じる超存在たる連樹の神のソレが、動物のソレとは大きく異なっていることを指摘することができただろう。
そもそも樹木の精霊にとって、移動という概念は極めて異質で、感覚的な理解から遠いモノだ。樹木の精霊とて種子の頃には意識はなく、根付いて成長すれば、その地で成長はすれども動くようなことはない。
育った場所が手狭だからと、雲取様を頼って根付いた地面ごと空間跳躍して引っ越ししてきた世界樹が例外中の例外なのだ。それとて移動ではなく、引っ越しである。
だから、樹木の精霊達には、相手を遠ざける、近くに招くという意識はあっても、距離を離す、逃げる、或いは距離を詰める、という思想は存在しなかった。
自身を脅かす災いがあったなら抗う思考は持てる。しかし、その思考の根底にあるのは、来たら追い払おう、であって追い詰めても片付ける、対峙するという思考ではないのだ。
だからこそ、連樹の神は自分自身は持っていない感覚、思考を仮想再現する為の知見を集めていて、集めたソレが正しく機能するかどうか、考えを深めていたのである。
こういった種族の違いについて、皆が知ることになるのは、まだ暫く先の事である。今、皆は竜族との文化の違いに悪戦苦闘しているが、所詮、それは同じ動物の範疇であって、種族間交流という意味では入門編だった、と理解するだろう。
【ヴィオ(連樹の巫女)】
依代の君も当たり前のようにほぼ毎日、連樹の社に通うようになり、二人で将棋や囲碁、リバーシを学んだり、遊んだりする時間も増えた。また、彼の経験を増やすということで、連樹の民の野良仕事などにも参加させるようにもして行った。
依代の君も二人目を降ろすまでは、それなりに穏やかな時間を過ごせたが、二人目が共和国の館でロゼッタの指導を受けるようになってからは、一変することとなった。
彼がその外見の子供のように、興味を優先して行動して怒られる、そんな振舞いが増えて行ったのだ。
聞けば、どうせ怪我はしないし、無益な殺生や物を壊すような真似でなければ、どんどん試してみるべきだ、とロゼッタが盛大に後押ししていたからだった。
元々の狙いから外れる、とダニエルと共に抗議したものの、二人に任せては彼はつまらない子供になる、と言われて、言葉を失うこととなった。しかも、街エルフ達はと言えば、ロゼッタの方針に賛成の意を示し、実害がない範囲でもっと自由にやらせればいい、などと言い出す始末である。
勿論、ロゼッタの言う心のバランスの重要性も理解できないではない。それでも、巫女としての人生を歩んできたヴィオには、それを積極的に後押しする気にはなれなかった。
なので、消極的賛成ということで、依代の君が駄目なラインを踏んだ、超えたと思った時には引き戻すよう努力するよう心がけることになった。それとダニエルとも手を組んで対抗することにした。
二人にとって、ロゼッタはそれだけ強敵だった。
【連樹の神官達】
自分達は愛でるだけ、とすっかり割り切った神官達は、依代の君がやらかした失敗の数々に怒ったり、叱ったりしながらも、後始末をしっかりやらせるところまで面倒を見るようになった。
そんな彼らの行動を、周囲の連樹が興味深く観察している事を知り、それが連樹の民の振舞いを見守るのとは何か異なる、とも感じてはいたのだが、それが何かまでは理解していなかった。
その変化の意味を彼らが知るのは、もうしばらく先の事になる。彼らが連樹の神の変化をどう感じるのか……。それは多分、ヴィオの口を通じて語られることになるだろう。
【連樹の民の若者達】
連珠の神が研究組に参加して活動する、という話題は、連樹の木陰で、ヴィオと依代の君が将棋や囲碁、リバーシを打ってる様子をただただ観察している、という様子に終始したことで、すっかり熱が下がることとなった。
考えてみれば、連樹の神様と言っても、連樹の森として、そこに居続ける訳であって、どこかに出掛けて行くようなこともない。連樹の森で、連樹と共に生きる彼らからすれば、何も変わらない、と言っても良い事に気付いたのだ。
そんな彼らにとって、今、注力しているのは、各地の樹木の精霊達と接触してきた探索者達との出会いだった。樹木の精霊と言っても、彼らは自身の信仰する連樹の神以外は知らない。だからこそ、他の樹木の精霊とは何か興味津々だった。
そこで、探索者達の集いにも傍聴人として参加する形で割り込んで、彼らの話を貪るように聞くこととなった。勿論、探索者達にとっても、樹木の精霊と共に生きる若者達の生の声を聞ける、というのは有難い話であり、両者の交流は実り多きモノとなった。
【世界樹の精霊】
十八章の二週間は、世界樹からすれば特に変化のない時間であった。黒姫は新たに得た知見を基にあれこれ試してたりするが、樹木の精霊にとって、何か行動をするというのは、自身の成長と言う形で接触している範囲を拡大する、自身の魔力を増やす、と言ったように、息の長い活動なので、一緒に何かをする、という事には繋がらないのだ。
なので、世界樹の精霊からすると、そろそろ夏も終わりか、と言った程度。秋に向けて、さて、民に与える果実はどーするか、なんてことを思案する程度だった。
【樹木の精霊達】
十八章の二週間は、彼らを探す探索者達との交流を済ませた者達が着実に増えていくことになった。なので、連合という意味では問題は無かったと言えるだろう。
ただ、自然というのは国境なんて関係なく繋がってる訳で、これまでならあまり交流が無かった樹木の精霊同士であっても、これだけ派手に竜達が動き、魔獣が逃げ回り、あちこちで探索者達が接触していくとあれば、情報交換くらいは行うものだ。
そして、情報交換をしていくうちに、一部の樹木の精霊達は不満を持つようになった。
……何故か探索者達が自分のほうに寄ってこない、という問題だ。
実のところ、探索者側は差別してるのではなく、区別しているだけなのだが、樹木の精霊達にはそんな論理は筋が通らないという話だ。
この件は、接触を持った樹木の精霊から聞いた話、としてアキ達の元へと届くことになる。多分、十九章では、探索者支援機構からの報告、という形で提示されるだろう。かなり根深い問題だったりする。
【マコトくん(マコト文書信仰により生まれた神)】
過去にないペースで増刷が繰り返されるマコト文書。鬼族や小鬼族の言葉にも翻訳されて広がっていく事になり、ロングヒルの地では神官達による鬼族や小鬼族への説明の場が頻繁に設けられることとなった。
マコト文書で語られるのは、魔力のない異世界の話である。だから、書いてある文字を読んでも、ピンとこない人も多かった。魔力と関係のない記述も多いが、それとてそのままこちらに適用できるとも限らないのだ。だからこそ、読んだ者達、信者や神官の候補となる人々に対して、マコト文書の神官達は、これまでの経験を総動員して、説話を行っていたのだ。
そして、神官候補の信仰がある程度深まれば、その思いに応えて、「マコトくん」も啓示を与える流れが生まれてくる。
こうして信仰を持つ者が生まれ、信仰が高まり、それが「マコトくん」の神としての存在を強めることに繋がる、という正の循環が続いていた。
ただ、余りに急激に広がって行ってるので、実のところ規模は拡大してても、中身はスカスカのバブル状態でもあった。
【依代の君(世界樹の枝から作りし依代人形に降りたマコトくん)】
依代の二人目にも降りたことで、共和国ではロゼッタから、ロングヒルではヴィオとダニエルから指導を受ける、といった形で彼の生活スタイルも安定してきた。特にロゼッタが示した行動指針は彼に鮮烈な意識を齎した。やってみなければわからない? ならやっちゃえばいいんデスヨ、なんて訳である。
勿論、彼は外見年齢よりもずっと成熟している理性が宿っているので、頭が入ってないんじゃないか、と思えるような短絡的な行動を取ったりする訳ではない。
……ただ、怒られるけど仕方ないなぁ、と許して貰えるだろう範囲で常識的な枠をひょいと飛び超えていくだけだった。問題があるとすれば、普通は危ない、怪我をする、力が足りない、魔力が足りない、みたいな障壁を、現身を得た神である彼は実力でぶち抜いてしまうのである。
おかげで、ほぼ毎日、彼はヴィオかダニエルから御小言を貰うことになっていた。
十九章では、海の男ファウストと遊んだ話なども聞けるだろう。
【樹木の精霊探索チームの探索者達】
鬱蒼と茂る自然林を掻き分けて、樹木の精霊達探しに明け暮れていた彼らだったが、連邦や帝国で活動している者達との交流、情報交換を兼ねて、弧状列島交流祭りに行ってこい、と万全の根回しを経て、送り出されることとなった。
そもそも、探す方は位置を特定して、多少の観察と穏便な初期交流を果たせばそれで任務完了だが、その後を引き継いで協力を得たり、息の長い交流を続けられる関係を築く人々の仕事はそうそう簡単に進むものでもなく、発見した樹木の精霊の全てに専任メンバーを割り当てられるほどの潤沢な人員など望むべくもない。
まだまだ多くの樹木の精霊達は、軽い挨拶をして友好を深めて行こう、という意志を確認し合えた程度なのだ。それとて手が回ってない。
だからこそ、交流活動の宣伝を兼ねて送り出された、という面もあった。
そして、動物と植物という深い谷を越えた交流、それに立ち向かう仲間、という認識が持てた事もあって、ロングヒルの地で行われた三大勢力間の探索チーム交流会は大変盛り上がることとなった。
十九章では、ニコラス大統領から、この件は示されることだろう。連邦、帝国に対して大きな優位性を示せる数少ない話題だからだ。
【多種族による「死の大地」観察登山の参加者達】
帰国した際の歓迎イベントの類は落ち着いて、今は報告書作りや、体験記執筆への協力といった仕事に専念する日々である。体験した内容は多岐に渡り、まだその時々の思考や行動の裏に隠れた意味、問題などについて考察する作業も付随しているので、この作業は冬の間はがっつり嵌ることになるだろう。
因みに、アキは登山を単発イベントと認識して、各勢力の意識改革になればいいね、と思っていた程度だったが、書物の編纂に携わっている者達からは、今回だけで終わらせるのはあまりに惜しい、との声が上がってきている。この声は特に小鬼族の中から強く出ることとなった。
世代交代の早い彼らからすると、せっかくの稀有な体験も後が続かなければ、歴史上の出来事として埋もれて行ってしまい、その輝きが失われてしまう、という訳である。長命種にとっては実際に経験した出来事であっても、短命な彼らにとっては歴史書の中の記述に過ぎなくなる、と。
そのようにせず、この活動を根付かせようという話が、多分、十九章ではユリウス帝から提案されることになるだろう。こういう世代を超えて、意思を受け継がせるという発想は、小鬼族の基本文化なのだ。
【邪神、祟り神(「死の大地」の呪いに対する呼称)】
十八章の二週間、「死の大地」の呪いの分布は以前と変化なし、つまり北東方面を分厚くするという状態のままであった。刺激に対して反応するという呪いの性質から考えれば、「死の大地」の呪い全体=祟り神が動くレベルの刺激は新たに発生していないのだから、その挙動を変える必要性もない、といったところだろうか。
以前、アキが疑問に思った「新たな刺激がない=それ自体を刺激として動く事があるのか」に対する答えとしては、刺激が無ければ動かない、が正解とも思える状態である。
しかし、ソレを確認することはできない。なぜなら観測するということは変化を生じさせる事と同義だからだ。この矛盾を何とかするには、量子力学における「対象に干渉しない程度の観測を積み重ねることで情報を特定する」という手法が必要になってくるだろう。
今はアキの警告もあって、「死の大地」の上を飛んだり、近付くような酔狂な竜も出ていないようだ。しかし、そうなると、皆が観測できるのは海越しに見える縁の部分だけということになる。見ているのは全体の数%と言ってもいい状態であり、ソレでは十分な観測とは言えないだろう。
参謀本部が本格的に稼働し始めれば、この辺りの問題にも取り組んでいくことになるだろう。
【マコト文書の神官】
ダニエル経由で、ロゼッタが始めた教育の方針が徐々に明らかになって行き、神官達の間には多くの葛藤、苦悩、迷いを生むこととなった。彼らにとって神とは迷う人々を照らす道標、揺らぐことのない思想の拠り所である。道標が日々、変化してはそれは道標足りえない。
そして、依代の君は現身を得た事で日々、その心を育んでいる。
彼は信仰の対象足りえるのか。変化し続けた彼は、元の彼と同じなのか。
……等と言う泥沼のような思考に絡まれて身動きが取れない有様だった。彼らの信仰する神、「マコトくん」は存在し、信仰の絆によって深く結びついている。これは否定する余地はない。そして、依代の君もまた、降りたその瞬間だけは、「マコトくん」と同一であった。
依代の君が行使する神術は、「マコトくん」の神力を借りて行使する彼らのソレと同一だ。これが単なる思考実験ならまだしも、矛盾だらけに思えようと、依代の君が存在する現実は認めざるを得ない。
ここでまた神官達は派閥が分かれることになった。
依代の君の変化は、彼自身の人生であり他人がとやかく言うモノではない、という許容派。そして、ロゼッタが推し進める変化は、彼を闇へと誘う悪の囁きであって、改めるべきであるという改革派。最後は闇に沈んでも失わぬ輝きこそが「マコトくん」の真髄である、として、今の彼が持つ心、意識を高めていこうという支援派だ。
そして、そんな神官達の葛藤にも、依代の君は満面の笑みでその全てを認めるのだった。
【心話研究者達】
心話魔法陣の改良も、その歩みはゆっくりとしたモノであって、少し手直ししたら確認して、という慎重ではあるものの、目新しさに乏しいとも言える状況だった。
しかし、研究組が心話の「世界間を超える特性」に着目して、研究対象の主題に据えた事で、彼らの立ち位置も激変することとなった。
大戦を遠い丘から見物してるつもりだったのに、兵士達の群れに連れ込まれて、敵陣に突撃させられるような気持ちである。
……庇護してくれている雲取様と心を通わせたい。
そんなささやかな希望から始めた話だった筈なのに、どうしてこうなった!、なんてところだろう。だがまぁ、嘆いても仕方がない。研究組は突出した魔導師級の面々ばかりで、一般層に近い者達と思考や認識がかけ離れたところがある。そこを上手く立ち回って、自分達が希望する結果、一般人が高位存在と心を通わせられるところに引っ張っていけるのは自分達しかいないと奮起してもいた。
幸い、魔力量だけなら自分達と大差がない小鬼族、ガイウス達、理論魔法学の専門家達もいるので、彼らを仲間に取り込んで、何とか足場を確保しようとするのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分では気付けないことが多いので助かります。
本編では二週間しか時間が経過してませんが、それぞれ立場があり、思うところがあり、といった感じです。小鬼族研究者達の加熱ぶりが気になるところですね。アキが「皆さんこそ研究者同士を、全分野を繋ぐ架け橋」と期待をはっきりと伝えたからですが、トラ吉さんやケイティ、それに報告を受けたマサトなども、焼きもちを焼いたり、もっとアピールしようと思ったりするくらいで、以前より影響力が増してる感じです。
まぁ、この辺りについては、エリーと話す機会があれば、指摘して貰えるでしょう。
<今後の投稿予定>
十九章スタート 三月十二日(日)二十一時五分
<活動報告>
以下の内容で投稿してます。
【雑記】H3ロケット初号機、打ち上げ失敗