第十八章の施設、道具、魔術
今回は、十八章でいろいろと施設や道具、魔術が登場したので整理してみました。
◆施設、機材、道具
【リバーシ】
本編でも紹介されているように、八×八の盤面、四駒を置いてスタートなので、必ず六十手以内で勝負が決まるというゲーム性、駒が一種類だけというシンプルさも相まって、完全抽象系ゲームとしては入門に最適であり、そのルールは洗練の極致にあると言える。2023年時点でもまだ完全解析はされておらず、先手、後手のどちらが有利か決着は付いていないが、もう人間ではコンピュータにはまったく勝てない状況にはなっている。楽しいゲームだが、好き嫌いがかなり分かれるのも確か。異世界転生、転移系作品において、紹介されることが多い定番ゲームでもある。
【リバーシ(竜族用:第二演習場据え置き)】
人用の盤と駒を、白竜が望んだサイズに拡大する形で創造したもの。創造術式で作成しているが、魔力の力加減ができないアキが創っているだけあって、消える気配はまるでなし。物体移動でポンポンひっくり返しても、駒はびくともせず頑丈そのものだ。それに比べると、盤の方はプラスチック製の人用サイズをそのまま約十倍にしたことで、大きさは十倍、されど重量は千倍ということで、駒を置くたびに近くの駒が揺れるくらいには強度面で問題が発覚することにもなった。これについては、ドワーフ達が実際の大駒の挙動、衝撃なども勘案して、それに相応しい盤を鋭意製作中だ。多分、代表達が滞在している期間中に設置まで漕ぎ着けることだろう。勿論、相撲の土俵のような大きさがある盤は、重機を用いなければ動かせない超重量なので固定設置される予定である。
【リバーシ(竜族用:運搬可能)】
大布に描かれた盤を駒と一緒に大きな袋に纏めたもの。といっても駒自体が大きく重いので、全体としては六百キロを超える重さとなった。盤の大布、それらを全て入れて紐を使って絞るためのコードストッパー付きの大きく頑丈な袋のセットであり、全体としては風呂桶よりも大きくなった。
なお、プラスチックより石に近い比重ということもあって、駒の重さは十キロ近くあり、そんなものが竜目線での丁寧さでばんばんひっくり返して置かれるのだから、いくら帆船用に強度を高めた帆布と言っても、損耗は避けられない。この点も改善を要望されることになるだろう。
【浄化杭に用いる浄化機構の試験用機材】
浄化範囲や強度を設定できる。魔力属性も変更できなくはないが、その為には動力源の宝珠に込める魔力を変えなくてはならない。ちなみに、浄化術式の範囲や強度を制御する、なんて要望はこれまで無かったので、少なくとも弧状列島においては初の魔導具である。魔力強度よりも繊細な制御が重視されているので、実はまだ本番に使える強度はない。火を扱う器具に例えるなら今回の機材はカセットコンロと言ったところであり、本番用は旅客機用のターボファンエンジンくらい求められるパワーが違うのだ。なお、それほど膨大な魔力を長時間用いるような魔導具と言えば、似たところで言えば、船舶用の推進系術式くらいだろう。しかし、それとて連続稼働は数時間程度が限界だ。
……なので、実はまだまだ問題は山積みだったりする。アキはその辺りは疎いので、浄化杭を打ち込んだら、何百年か安定稼働してくれるんだろうなぁ、などと思っているが、こちらの世界の魔導具は地球の世界で言うところの機械相当なのだ。アキが求める水準を口にすることがあれば、馬鹿言うな、と呆れられることは間違いなしだ。
【心話魔法陣の改良】
アキからの圧は軽減しつつ、ケイティの側からは素通しか増幅することを目指して改良することを目指しているが、そう都合の良いことがポンポンできる訳もなく、街エルフ、森エルフ、ドワーフによる改良は暗礁に乗り上げているのが実状だった。それだけに世界を超える特性のある心話への理解が求められ、研究組も協力することとなったので、竜族、妖精族、小鬼族、鬼族の協力を得ることで、停滞していた改良も動き出すことだろう。ただ、研究組と御仲間認定されたことへの関係者の思いは複雑だった。自分達は、庇護してくれる雲取様ともっと親密になりたい、というある意味、ささやかな思いから改良を志したのであって、世界内に閉じる術式との違いを明らかにしよう、等と言う大それた望みは持っていなかったからだ。……だがまぁ、もう遅い。一蓮托生の間柄となったのだ。覚悟を決めよう。
【車輪、梃子、滑車】
力を上手く制する地の種族の技として、紅竜が学んでいる。竜が扱えるよう、用意されている品々も土木作業などに用いられる大型のものであり、錘もその為の特注品だったりする。子供の学習用なら掌サイズだが、竜が扱うとなると、せめてその十倍、重量にして千倍は欲しいところだ。なので梃子や支点も木製では強度面で不安があるので、厚みのある鉄板を用いた品が用意されることになった。なお、動滑車の力の分配なども、竜達はちゃんと固定滑車や綱にかかる力、負荷を竜眼で観察しており、それによる理解は、単に人がその光景を眺めるよりも深いモノとなっていた。
【妖精達の飛行船】
その飛行原理は、地球のモノと変わらないので、上昇高度は三千メートル程度と考えられている。なので、余りに高い山の上は超えられず、航空機のように地形の影響を一切受けずに、という訳には行かないだろう。ただ、それでも地形を縫うように飛ぶ妖精族からすれば、活動空域が大きく広がるし、航空機と違って浮いてるだけならエネルギーを消費せず、それどころか船体全体で太陽光から魔力を創り出せるので、風に流されずに定点で留まることも容易だ。
マコト文書から、飛行船の運用に関するノウハウもかなり仕入れており、全てが手探り状態の中、運用された地球とはかなり違った歴史を辿ることが予想される。
気性の荒い妖精界の竜達も、ぷかぷか浮いてる飛行船にいきなり攻撃を仕掛けたりはしないだろうし、そこにいるのが妖精達となれば、嫌な連中がいる、と顔を顰めて離れていくだろう。彼らにとって妖精族は面倒ばかり多くて近付いても益がなく厄介な連中、という認識だからだ。
まぁ、竜族達も自分達の縄張りの近くまで飛んでくれば、警告行動を示してくるだろうが、妖精族もそんな無益な真似はしないだろう。何より優先すべきは周辺の人族の地域の探査なのだから。
◆魔術、技術
【創造術式】
ソフィアは感性頼りな現行の創造術式に、観測精度と再現性という尺度を持ち込むことで、その出来栄えを評価する基準作成を目論んでいる。またその技法を他の術式全般に広げようとも。
アキの創り出した竜用リバーシの駒は、ヨーゲルもめちゃくちゃだ、と言ったように、既存の工法、魔術では到底創り出せない域に達している。紅竜がさらりと大きさの違うタイヤを連結した車輪を創造してみたりと、竜族にとってこの術式を行使するのは通常技の範疇だ。緑竜も皆に下がる位置を示す時に、地面の上に術式で線をさらりと描いていた。
【複製術式】
こちらの世界には模写や量産はあっても複製の概念はない。アキが実現した技法は、対象を観測して複製を行う為にどうしても目に見えないレベルではあるが劣化が生じてしまう。本編にもあったように、数十世代を経て行けば、その劣化が目に見えるレベルにまで現れてくるほどである。劣化複製は術式としても脆くなるようだ。またアキは応用技として拡大コピーも行ったが、やはりオリジナルよりボケた感じになってしまった。他にも単なる複製ではなく、色合いを変えるといった小技もやってみせた。竜族向けリバーシの駒作成作業を通じて、アキの複製術式の腕前は熟練の域に達したと言って良いだろう。
【竜爪】
アキが複製した劣化駒を処分するのに竜爪を用いた。爪先で駒を引っ掻くといった感じ用いており、劣化駒を斬って壊すというより、その存在の根源たる創造術式自体を斬ってる感じだった。なお、劣化具合によって壊しやすさには差があった。白竜は強靭な自制力を持って、何事もないようにサクサクと壊していたが、実際には自身の竜爪の破壊に、アキの創造した駒が多少なりとて抗ったことに強い衝撃を受けていた。竜族の常識からすれば、術式に竜爪が届けば、霞のように払い消せる筈だからだ。この体験は白竜の今後の行動にも影響を与えていくことだろう。
【拡大視術式】
元々は妖精族の技で、遠距離にあるモノを視る望遠鏡的な術式なのだが、竜族はこれを取り入れる際に改良を加えて、顕微鏡のように小さなものを拡大して視る、という使い方もするようになった。勿論、そんな器用な使い方をしているのは、ロングヒルに通ってきている竜達くらいなものなのだが。
【物体移動、力術】
道具を操作したりするのに、竜族がよく使う。アキも流用リバーシの駒をひっくり返すのに多用していた。この術はどの種族でも用いており、翁がフリップボードを支え、妖精女王シャーリスが太ペンを操って文字を書き込む、なんて事も行われたりしている。なお、この術でペンを操作して文字を書くなどというのは曲芸レベルの話であって、クレーンのように何かを掴んで運ぶ、というのとは必要とされる制御の繊細さは大きく異なる。アキは、あー、器用だね、と思った程度だが、普通ならこの技だけで、大道芸人として食っていけるだろう。
【魔力を通して行う打音検査】
魔力撃ほどではないが杖に魔力を通して対象を叩くことで、その反発力や魔力属性に伴う反応から対象を調べる技法。叩くこと自体は魔導師なら誰でもできるが、そこから適切に対象を見極める力量を持つのは並大抵のことではない。
【思念波】
最近は無言で、伝えたい思いだけを送るような器用な使い方も増えてきた。竜達の文化にはあまり無かった使い方ではあるが、これが増えてきた理由としては、だいたいコレを送られるのがアキであり、受けるとどう感じたか、観察してれば推測できるか、という部分が大きい。アキの表情の読みやすさというか、感情が素で顕れやすいからこそ、副音声のように使う便利さを見出した、と言ったところだ。
それと、主音声とは別に、副音声で補足、或いは諫めたいと思うようなシーンが多い、というのもあるだろう。いちいち言葉にしていてはテンポが悪くなってしまうが、アキならぎゅっと圧縮された感情から、かなりの部分をそうズレることなく推測できるから楽でいい、という手軽さもありそうだ。
ただ、同じように思いを思念波で送っても、竜眼の観察と同じで、受け手がしっかり解釈しなければ、ちゃんと話が伝わらない、なんてことにもなる。無言の思念波が頻繁に使われるのは、受け手であるアキの理解力の高さに寄るところが大きいと言えるだろう。
【異種族召喚】
軽くソフィアと白竜、鋼竜で試したが失敗した。召喚体の形成が安定せず、揺らぎが拡散してしまう。これは召喚対象の存在の中に異種族の形質が含まれていないからではないか、などとソフィアはコメントしており、改善するのは骨が折れそうである。ちなみにこの問題については、ソフィア、白竜の間では既に改善案もある程度はイメージできてたりする。多分、代表達がロングヒルにいる間に、それらについての考えが披露される機会もあるだろう。
【精神防壁】
依代の君の声は、経路を通じて妖精界にいる本体にまで届き、妖精族はかなりの危機意識を抱くことになった。ただ、賢者が急いで用意してみた防壁は役に立たなかった。経路、心、魂といった分野への理解が足りないと痛感させられることとなったが、同時にまだまだ研究する余地がある事が明らかになったとも言えて、賢者はかなりやる気を見せている分野でもある。
また、雲取様やアキと心話をしようとケイティ、森エルフ、ドワーフの三者が心話魔法陣を改良している件では、心話術式に一方通行の障壁的な特性を付与しようという面白い案が出ており、ここで明らかになった知識は精神防壁の構築に役立つだろうと考えてもいる。
【変化の術を依代の君に用いる】
変化後の体を構築する原初細胞を無から創造しなくてはならず、トウセイが、自身の細胞の一部を改変して巨人の肉体を創り上げたのとは難度が桁違いだ。地球においても、人の遺伝子の一部を改変する操作ですら、まだまだやっと入口に立ったに過ぎない。確かに人の遺伝子地図は明らかになったが、それは白紙の地図と言ったところで、遺伝子の役割や、未解明領域もその多くは未知のままだからだ。実際、無機物から細胞を創り出す研究は行われているが、まだ自己複製にも難儀している有様である。なので変化の術についても、依代の君に用いる細胞は人か街エルフのソレの一部を改良したものを用いるところからスタートする事になる。
一般術師から言わせれば、正気と狂気の境界線上にある話であり、禁術とされる域だ。
なお、魂の入れ替えも禁術だが、そもそも実行事例が少なく、禁術とされるだけの理由も色々とあるので、学ぶ段階で、既に超一流の魔導師にしか許可されない禁術扱いである。細胞改変がどの段階から禁術扱いされるのかは、十九章での重要な議題となるだろう。アキは、地球で言うバイオセーフティレベル四、完全隔離施設を求めるのは確実だ。
【遺伝子改変による品種改良やゼロからの新種創造】
既存品種の一部改良と、ゼロからの新種創造には、それこそ天と地ほどの差がある話であり、ここらについては、アキがかなり先走った話をしてしまったと言える。こちらにはコンピュータは存在していないので、何百万という遺伝子配列の全てを理解し、解析するような真似はできていないのだ。
それでも二つの品を比べて違いを検出するような技法はあり、単なる勘で行うレベルよりは何歩も進んでいるとは言えるだろう。ちなみにいくら竜眼と言えども遺伝子レベルまで見通すような真似はできないので、CRISPR―Cas9のように狙った遺伝子を改変するような真似は当面難しいだろう。
【空間跳躍の理論構築】
時間と空間の概念を含み、転移先を明確にイメージする必要がある古典魔術にも通じる運用が必要だろうと予想されているが、理論構築はまだまだこれからだ。時空間制御については転移門を運用している街エルフに一日の長がある。極秘技術なので、どこまでそのノウハウを明らかにしていくのかは悩ましいところではあるが、時空間操作に通じる基礎的な魔導理論については、どの種族も理解していることから、転移門に繋がらないよう配慮する形で、街エルフ達から理論構築の協力が為されていくことにはなるだろう。
【召喚の経路を用いた会話】
本編でも語られているように、距離に関係になく意思を伝えられる便利さはあるが、その品質は電話のそれくらい、といった感じで、心話の代わりを期待したアキの要求レベルを満たすモノではなかった。ただ、同じように経路を用いる伝話と違って双方向会話が可能、会話の長さへの制限もなし、といったようにその有用さには格段の差がある。
【伝話】
経路を通じて無線のように意思のやり取りができる便利な技法で、妖精族はこれを用いて空中管制なんぞをやってたりもする。ただし予め決められた言葉を一方的に送る、といった使い方をするので、集団の指揮や合図を送り合うのには使えるが、連絡手段としては微妙だ。
それでも、妖精族の優れた管制官ともなれば、数十人に対して一斉に指示をしたり、特定の数人にだけ指示を飛ばすくらいの柔軟な運用はできたりする。これは訓練の賜物であり、いくら竜族の基礎能力が高くても、一朝一夕にできるものではない。あと、妖精族の戦闘空域ならさほど広くないので、管制官が自身の認識できる範囲で指示すればいいが、竜族の戦闘空域となると、その広さは桁違いなので、視覚だけに寄らない戦域把握を補助する術式や魔導具の助けがないと上手く行かないだろう。
この辺りの問題が発覚するのは、参謀本部がまともに稼働し、竜達がせめて数柱で集団行動できるようになってからなので、まだまだずっと先の話である。
【呪言】
妖精族が用いる、思いを声に乗せることで遠くまで届かせる技法。思いの乗った言葉は相手の心にもよく響く。また感情を乗せるなどすることで、単なる声色を超えた働きかけも行える。ただし、自己イメージ強化を行っているアキのそれは、リアの見立てでは、戦術級術式として扱うべきと言われるほど危険視された。戦術級というのは部隊相手に使えるような大火力術式が対象だ。実際、第二演習場全域に声を届けるといったように、戦術級、下手をすると戦略級に匹敵する範囲に声を届ける真似も行っており、その見立ては正しいと言えるだろう。アキは拡声器代わりに便利使いしてるが、魔術に疎い者なら魔導具を使ってると思うだろうし、理解してる者なら魔導具抜きにそんな真似をする異質さに戦慄を覚えるに違いない。
【心の合鍵】
ミアは心話の技法において、相手との信頼関係のことを「心の合鍵」と称したが、これは魔術全般における原則とも言える概念であり、心話特有の話では無かったりする。仲間の心を奮い立たせたり、逆に強く働きかけて萎縮させるといったように、精神に働きかける術式では、多かれ少なかれ、影響を与える要素だからだ。そういう意味では、信仰という繋がりから与えられる啓示が信者の心に強く響くのも当然と言えるだろう。そもそも己が神の言葉を疑う対抗意識自体が存在しないのだから。
それと、合鍵と言っても、それが効果を発揮するのは、両者の間の信頼関係があればこそ、だ。だから、信頼していた筈の者が裏切って術式を放ったとしても、それが通常以上の効果を発揮するのは、混乱している初撃の時だけで、心が落ち着いてしまえば、崩れた信頼関係に合鍵はもう開かなくなるか、余計に抵抗が増して効きにくくなるだろう。
【感情攪拌】
ミアが命名した心話における特定行動、相手に対して反射レベルで感情を、思いをぶつけ続ける力技である。アキがこれについて必殺技扱いするのはちょい違うと言った通り、立て直す余裕を与えることなくひたすら情に訴える、といった振舞いに過ぎず、これでダメージを受けるのは、受ける側が心に負い目があるから、というだけである。ただ、そもそも思考速度で休みなく激しい感情をぶつけられる、というのは、一般的な意思疎通の十倍、百倍といった速さであり、普段のそれが微風なら、感情攪拌は台風の瞬間最大風速に常に晒されるようなモノだ。
リアが完全に駄目出ししたように、心が激しく乱れている状態のアキがコレをやったなら、それは刃が高速回転しているミキサーのようなモノであり、それに触れた者の心はズダズダに傷付き、下手をすれば引き裂かれてしまうだろう。試すようなIFルートへの流れが断たれたのは幸いだった。
【風の操作術式】
発動すると、後は集中しているだけで風を吹かせることができる術式だ。風の強さも微風から突風まで自在に制御できる。ただし、自由度が高いだけにその行使には術者の力量が強く反映されることにもなる。本編ではヤスケが、ケイティが維持している「風の輪舞曲」の封鎖領域に対して、自身が通り抜けることで乱れ、勢いが衰えた風の勢いを補うことで、音の封鎖を保つ技を行使して見せた。ヤスケは宴会芸だ、と謙遜していたが、そもそも雲取様も含めるよう範囲拡大された「風の輪舞曲」は戦術級術式であり、その強力かつ繊細な風の操作に介入しつつ気取らせない様は、魔導師達が目を見張る凄技であった。アキは「なんか凄いんだろうなぁ」くらいに思っていたが、紙を使って煎餅を切る魔刃の絶技を観ても、おー凄い、と思うような節穴なので、その技の極みにアキが理解するのは当分先の話になるだろう。
あと、ヤスケが離れた位置にいるアキを叱るのに風を操作して声を届けてもいたが、それもこの術式に含まれる。翁も気軽に使ってるように、一般的な術式である。ただし、ただ使えるのと、使いこなせるのでは雲泥の差がある。上手な者が使えば、遠く離れた者の耳元に囁くような声でも届けられるが、下手な者なら風音に声が掻き消されてしまったり、相手のいる辺りに声をばら撒くような雑な使い方しかできないのだ。
【アキの演技】
四六時中、誰から見られても自分のイメージを崩さないほどの演技派であるミアが指導しただけあって、心技体のいずれも高いレベルに達しているのがアキの演技だ。勿論、アキも日本で誠だった頃に、そうそう人前で演技をしてきた訳ではない。それでも、露骨に演技と他人に悟られない程度に、極自然に意図した印象を相手に伝えられるよう、身振り手振り、目線、相手への姿勢、口調といった表面的な部分だけでなく、心の持ち方すら調整する念の入れようとなっていた。
ただ、これは誠のことを客観視できる人物がこちらの世界にはいないので、誠がアキとなって、それに相応しい振舞いをするようになっても、そういう子なのだ、としか思えなかったし、不自然さを感じさせるような下手な部分もないので、ソレに気付くのも無理というモノだった。
何でもできる街エルフである家族やヤスケにしても、アキは心の内が外から見てもわかりやすくて子供っぽいところがある、くらいにしか認識できてないのだから、ミアの指導の成果は筋金入りと言ったところだろう。
【緑竜の立ち合い】
桜竜との対話で、不慮の事故が起きた場合に備えて緑竜が立ち会ったが、これこそが、研究組の実験に立ち会う竜の姿そのものであった。起きた事象が予定外のモノであれば、護る対象に被害が出ないよう、迅速かつ的確に処置を行っていたからだ。
迅速に、の部分は、立ち会っている妖精達が行動を起こすよりも前に、という条件が付いていたのだから、緑竜がかなり面倒に思い、桜竜への貸しを増やすことにしたのも無理はなかった。
ただし、手の早さこそ求められてはいたが、桜竜の制御の甘さからくる問題、魔力が周囲に溢れる事象は過去に何度も経験していたから、その場合、どうすればいいかは対策は思い描くことができていた。また、桜竜が意図的に術式を使うとか、体を動かすなどすれば、それが何であれ潰せばいいので、やはり対応自体はシンプルなモノだった。
なので、研究組の実験失敗に対処する竜達の事例として、この件が例題としては話し合われることになるだろう。高難度対応例として、緑竜も物申したい事が色々ありそうだ。
◆その他
【スタグネイト国】
連合内にある国の一つで、二大国、東はテイルペースト、西はラージヒルに挟まれた地にあり、両者を繋ぐ地として商業が発達している。幾つもの河川が合流する水の豊かな地でもある。ただ、要害となる地がないので守りが弱く、防衛は東西の大国に頼っているという国だったりする。北を海沿いに進んで行けば、ロングヒルにも辿り着くという意味では、今後は重要性を増していく可能性が高い。
【傘上の雲】
湿った大気の中を高速移動する物体の周りに形成されることがある傘上の雲であり、遷音速域(時速800kmとか)から生じるもので、超音速飛行が必須という訳ではない。竜族はよく空を飛んでいるが、傘上の雲を生じさせるような事例は極めて稀だ。竜族の日常的な飛行速度は時速数百キロといったところであって、風を捉えながら省エネを心掛けてゆったり飛ぶからだ。
なお、意味も無くぶっ飛んだ飛び方をするのは若竜、特にある程度、体が出来上がってきて風を切り裂いて飛べるようになると見られる傾向があったりする。竜族の第二次性徴といったところであり、そんな若竜のことを成竜達は微笑ましく眺めるのだった。
勿論、人の世界と同様、轟音をばら撒きながら飛ぶような真似をすれば、成竜達からキツいお仕置きをされることになる。飛ぶ高度や時間の配慮が足りず、怒られるところまでが定番だ。
桜竜のソレは、そんな中二病的な話ではなく、内から溢れてくる魔力が多過ぎるので、消費する為に敢えて魔力を余計に使う飛び方をしてたりする。過剰な魔力が減れば、心身への負担も減るし、桜竜もちゃんと飛ぶ際の高度や進路には気を付けているので、あぁ、またぶっ飛んでるなぁ、くらいにスルーして貰えているのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分では気付けないことが多いので助かります。
本編では二週間しか時間が経過してませんが、読み返してみると新しい話が色々と出てきてましたね。他種族の技法を取り入れたり改良したり、なんて話も増えてきました。こうして混ざることで新たな変異が生じたりもするので、こういった地道な活動も何気に重要だったりします。
<今後の投稿予定>
十八章の人物について 三月八日(水)二十一時五分
十九章スタート 三月十二日(日)二十一時五分