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3-5.翁、魔法陣に触れてみる

前話のあらすじ:ついに妖精召喚。呼ばれて出てきたのは白髭の豊かな人形サイズのお爺ちゃんでした。

部屋に戻って、用意していた服をお爺ちゃんに着て貰った。シャンタールさんがお爺ちゃんの体格とのズレを聞き、あちこちを極小のクリップで留めてサイズを調整して、着心地を聞いていた。ついでに好みの色だとか、肌触りだとかも確認して、ノートにびっしりと聞いた内容を書き込んでいた。


あと、ちょっと厚手の紙にお爺ちゃんが立つと、足跡の色が変わって足裏にかかる圧力の分布とか、足の形状とかも計測できたようだ。ノギスで足の甲の高さとか、足首の太さとかも色々チェックしていて結構手間がかかった。


「明日には用意しマス。協力お疲れ様でシタ」


シャンタールさんが退室して、代わりにケイティさんが大きな鞄を抱えて戻ってきた。

机にどんどん板状の道具を並べ始める。


机の上にずらりと並べられたのは、以前見た発光するだけの教育用魔法陣。よく見てみると、真ん中に置かれているものが、前に見たのと同じで、左側のものはそれより線が細いものが段階的に並んでいて、右はその逆。


「魔力強度を計測するので、一つずつ魔法陣に触れてください」


ケイティさんが指したのは中央にある、以前、リア姉が壊したのと同じ魔法陣だ。


「ふむ、これじゃな?」


「そうです。翁、まずは真ん中の魔法陣に触れてください」


「なんとも気味が悪いくらい、均質な魔力じゃのぉ」


お爺ちゃんが、並べられている魔法陣を見比べながら、そんなことを呟いた。


「お爺ちゃん、それって魔力属性のこと? 同じ人が作ったから同じに見えるってことじゃないの?」


魔力属性は十人十色というけど、同じ人が作ったなら、同じ魔力属性が感じられる、とかだと思ってた。


「魔力属性もそうじゃが、魔術師が作ると癖というか、揺らぎのようなものがどうしても出るもんじゃ。ほれ、絵画で筆の跡が残るようなもんじゃよ。ところがこいつらにはそれがない。判で押したように均一で、魔力の斑もない」


「それは同じ生産機械で作った量産品だからでしょう。魔力の揺らぎは動作品質に影響を与えるので、徹底して安定化を図っています。魔導具でなければ実現できない品質ですね」


 雑誌の表紙絵が皆同じに見える、といった感じかな。魔術の工業化かぁ。なんとも不思議。


さぁ、と促されて、お爺ちゃんが真ん中の魔法陣にペチッと触れた。

僕は身構えて見ていたけど、特に変化はなし。


思わず溜息が溢れた。


「なんじゃ、アキ。そんな心配そうな顔をするようなことでもあるまい?」


お爺ちゃんは、不思議そうな顔で、魔法陣のあちこちを触ったり、撫でたりしている。


僕は簡単に、以前見た過負荷現象の話をした。


「ほう。それは面白い。アキ、ちょっと触ってみてくれ。見てみたい」


お爺ちゃんは、ちょいと離れて、さぁ、やってみろとポーズを取った。


ケイティさんのほうを見てみるけど、痛くないので問題ないですよ、と止める気配なし。


仕方がないので、そっと魔法陣に触れてみると、以前、リア姉が見せてくれたのと同じように、バチッと音がして、魔法陣が壊れた。


「ほう、ほう。面白いの。儂は過負荷で壊れるまで左側の魔法陣を触ればよいのじゃな」


「その通りです。壊れたらそこで終了です。それより細い魔法陣は壊れるのは確定ですから」


その言葉を受けて、お爺ちゃんは隣の魔法陣をペチペチと触って見たけど、これも問題なし。そうして触っていくうちに、途中でパチッと音がして魔法陣が壊れた。


「この魔法陣で破損ということは、やはり民生品レベルだと触れたら壊れてしまいますね。翁、貴方の活動範囲、接触対象はアキ様に準ずるものとします。壊したらその分、給与から天引きしますので、そのつもりで」


ケイティさんが手元にあった資料と、魔法陣のプレートに書かれた番号を見比べて、結果を告げた。


「アキ、どういうことじゃ?」


僕は手短に、こちらでは魔導具が数多く普及していて、貨幣にも魔法陣が組み込まれているほどであり、しかも魔導具の軽薄短小化が著しく、強い魔力で触れると壊れてしまう。そのため、特別な処置をした魔導具や魔導人形でない限りは接触は厳禁であること、活動許可範囲が館の一部、それと庭の一部に限定されていることを説明した。


聞いていくうちに、お爺ちゃんの表情が渋くなった。


「なんじゃ、随分と制限されてしまうではないか。触れるのは駄目か。魔術で調べるのはどうじゃ?」


「では、残りの魔導具について、魔術で調べてみましょう。一つずつですよ」


「わかっておる。あ……」


お爺ちゃんが杖を向けた瞬間、パチッと音がして、魔法陣が壊れてしまった。


「魔術探査も禁止です」


ケイティさんの声からも、がっかりな気持ちが感じられた。


「なんと脆い魔導具じゃ」


お爺ちゃんは腰に手を当てて、悪いのは魔法陣の方と強弁した。まぁ、そう言いたい気持ちもわかるけど。


「探査術式は対象に影響を与えないよう、できる限り強度を低くして、そっと使うのが基本です。こちらは妖精界より魔力が薄いのですから、配慮していただけないと」


ケイティさんも、まさか探査術式で過負荷になるとは予想外だったようだ。


「面倒臭いのぉ。軽くじゃな、軽く――あ……」


自信があったのか、壊れた魔法陣の更に左側、繊細なほうの魔法陣に向けてそっと杖を向けたけど、またパチッと音がして過負荷で壊れてしまった。せめて右側の頑丈なほうの魔法陣で試せば良かったのかもしれないけど後の祭りだ。


「……翁、魔導具に対する魔術行使は、全面禁止します。対策を検討してみますが、当面は自重してください」


「仕方ないのぉ。しかし、まさか魔力不足の問題が出ることは考えておったが、その逆とは。儂も強度を弱める方法を考えてみよう」


「妖精界では、そういう技法はあるの?」


「ない訳ではない。弱った者を救うための医療魔術は、強ければいいというものではないからの。患者に合わせて、調整せんと碌な事にはならんものじゃ」


ふむふむ。


「既にある技法なら大丈夫そうですね」


「まあ、そういうことじゃ」


任せておけ、と言わんばかりに踏ん反り返ったポーズが可愛い。こちらに伝わるように、大袈裟にボディランゲージを使ってくれるから、可愛さ増し増しだった。





昼食時もお爺ちゃんはとても賑やかだった。今日は御馳走を並べて祝いの席なのかと驚いたり、こんなに品数を多く作って料理人も大変だろうとか、一口食べては、美味いとしか言えん語彙の少なさが恨めしいと語ったりと、それはもう賑やかだった。

お爺ちゃんの話しぶりからすると、前回来た時代は随分昔だったっぽい。魔法鞄もないようだし、食料も豊かとは言えない感じが、節々から感じられる。浦島太郎さんみたいなものだから、驚くのも無理もないかな。


午後の講義時間には、お爺ちゃんは仕事をする上での注意点や、心構えなんかを教わっていたとのこと。

お茶の時間にも、昔と違って今は随分と決まり事が多くて面倒臭いとか、子守というからもっと簡単だと思っていたとか、時間が許せばいくらでも話していそうな感じだった。

それでも、こちらにきて後悔したといった雰囲気は微塵も感じさせないのは、筋金入りの研究者気質だからだろう。


お風呂でも、お爺ちゃんサイズの小さなボディブラシを使って体を洗い、ナノバブル一杯のお湯に大興奮し、杖の一振りで、体についた水気を一瞬で取り去ったのは見事だった。それは便利とちょっとお願いしてみたけど、僕にかけた魔術はやっぱり失敗。なんか損してばかりな気分だ。


寝巻に着替えて、寝室に戻るとシャンタールさんが控えていた。


「翁、生活の場となるドールハウスについて説明しマス」


部屋の一角に置かれたドールハウスは、3LDKといった感じの間取りでかなり立派な感じだ。外壁も緑化こそされてないけど、本物をそのまま小さくしたかのように精巧で、落ち着いた色合いといい、かなりお洒落な感じでいい。


「ほぉ、これはまた、儂らのサイズの家とは、すまんのぉ、ここまで気を使って貰って。そこらに毛布を敷いた籠でも置いて貰えば、それで十分じゃと思っておったのだが」


 それじゃ鳥とか猫だよ、お爺ちゃん。


 ……鳥。うん。妖精といえば大きく広がる羽、それなら巣のような形状もあながち間違いじゃないのかな?


「お爺ちゃん、妖精さんの家ってどんな感じなの?」


「儂らの家は、内装はさほど変わらんぞ。箪笥も机も椅子も似たようなもんじゃ。違うのは部屋の広さと廊下の作りじゃな。儂らは飛ぶからのぉ。羽を広げても問題のない広間に直接、出入口が付いておる。広間はこちらの家で言うと三階分程度に相当する吹き抜けといったところじゃよ」


「そういえば、お爺ちゃん、羽は広げてるけど、ほとんど羽ばたかないもんね」


「鳥ではないからの」


 そう言いながら、くるくると回って羽をいろんな角度で見せてくれるあたり、サービス精神旺盛だね。


「そのような作りのほうが落ち着くでしょウカ?」


シャンタールさんは要望を聞いて、洋服とかと同様作り直すつもりだったようで、さっそくノートを取り出して、翁の返事を書き写そうとしている。


「異世界に来て、妖精界と同じでは趣がない。こんな立派な部屋を用意して貰って、申し訳ないくらいじゃよ。部屋の床一面、畳敷きとは贅沢よの」


 ドールハウスの一室は、総畳敷きの純和風といった感じの部屋だった。


「妖精界にも畳があるの?」


「あるとも。もっとも各人が座るところに敷くだけじゃがの」


 普段は板間で、座るところだけ畳を座布団みたいに敷く感じか。そもそも浮いて飛んでが普通だと、家の床に対する考え方も人とは結構違いそうだ。


「何かこうして欲しい、という要望はありまスカ?」


シャンタールさんは、お爺ちゃんが遠慮しているとみたようだ。


「……そうじゃのぉ。では一つだけ。できるなら寝室はベッドは部屋の中央に置いて、部屋の壁や天井は羽を伸ばしても当たる心配がない程度の広さにして欲しい。どうじゃろうか?」


お爺ちゃんは実際に、ドールハウスの一室に入って、羽を広げて、その窮屈な感じを見せた。

確かに、羽を広げると八畳間でも狭い感じだ。


さっそくシャンタールさんは、お爺ちゃんに羽を広げて貰い、ベッドのサイズの好みを聞き、部屋のサイズを割り出して、テーブルの上に家具を置いて、おおよその広さを実際に体感して貰って、認識合わせをしていく。その手際はとてもいい。


二人して、あーだこーだと言っていたけど、結局、ドールハウス内に寝室は設けないことになった。

かなりの広さが必要で、それなら僕のベッドのサイドテーブル上にお爺ちゃん用のベッドを置いたほうがいいと。

そして、ドールハウスも部屋同士を連結する廊下はなしで、全ての部屋は前面の扉から入れるように変更となった。

そのほうが便利だと。


「羽を広げられる大きさが基本だと、妖精の家ってかなり大きそうだね」


「ん? そんなことはないぞ? 寝室以外の部屋はやはり程よい大きさというものがある。大き過ぎては掃除だけでも大変じゃからのぉ」


「魔術で簡単にはい、綺麗って感じかと思ってた」


 こちらにきてからも、お爺ちゃんはぽんぽんと簡単に魔術を使っているから、掃除くらいそれでお仕舞いかなって。


「魔術では、細かいところに手が届かんのじゃよ。それに力加減もいまいちでのぉ。広間は魔術でもいいが、大切な物を置いた部屋はやはり自分で掃除するもんじゃよ」


 そう言って、杖を一振り、箒を取り出して床を掃いて見せた。


「翁、ベッドはここで良いでスカ?」


シャンタールさんが、ドールハウスから取り出したベッドを、サイドテーブルの上に籠を用意し、その中央に置いた。


「そうじゃ。やはり籠があると安心じゃ。完璧じゃよ」


寝ぼけてベッドから落ちて、テーブル下まで一直線だと確かに怖い。なるほど。


「こうしてアキの傍におれば、何かあっても大丈夫じゃ」


とりあえず決めるべきところが決まって良かった。

いつもより少し話をしていた時間が長ったようで、だいぶ眠くなってきた。慌ててベッドに入る。


「なんじゃ、アキ。もう寝るのか?」


「うん、そろそろ限界。おやすみなさい」


お爺ちゃんは、まだ陽も落ちておらんのにとか言ってるけど、もう聞いてるのも辛い。

寝ぼけてお爺ちゃんを踏んだりしないようにだけ気を付けよう。そう思ったあたりで意識が落ちた。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

これまでのメンバーが皆、どちかというと静の人だったのに対して、お爺ちゃんは動の人。

やっと、場が温まってきた感じですね。

次回の投稿は、八月二十六日(日)二十一時五分です。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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