18-21.リバーシ大流行(後編)
前回のあらすじ:鋼竜さんが持ち帰ったリバーシは、部族の皆さんも熱心に……というか、僕の予想を超えた熱さで遊んでくれているようです。これまでは離れて暮らしていて時折話をするくらい、話をするにしても数十メートルは距離を空けてという文化だったのに、竜族的な感覚でいうと触れ合うような距離で、皆がリバーシの盤に向き合う事になったので、距離感とかもだいぶバグってしまったようです。それにしても駄目人間RTAかってくらいの爆速で、不和の種が撒き散らされてますね。困ったものです。(アキ視点)
暫くして、風の輪舞曲が形作る風の覆いを擦り抜けて、杖を携えたヤスケさんが合流してくれた。
「ヤスケ様、来てくださってありがとうございます。ところで、今の擦り抜けは何かの技ですか?」
「初歩的な風の操作術式だ。迂回させた分の勢いを上手く足してやれば、介入を誤魔化せる宴会芸といったところか。――それで、これだけ大っぴらに秘する案件とは何か、詳しく聞かせて貰えますかな?」
用意された席に座ると、ヤスケさんはさぁ話せ、と穏便に求めた。
<我の願いに応じてくれた事を感謝する。鋼竜が我らの縄張りにリバーシセットを持ち帰ったのだが――>
雲取様は、ホワイトボードの箇条書きに沿って、一通り話してくれた。聞いている間にもヤスケさんの表情は苦虫を噛み潰したようなモノに変わっていった。
「儂を呼ぶ入れ知恵をしたのはアキですかな?」
<うむ。アキがヤスケ殿は口が固く信頼できると推薦してな。我もその通りと思い招いたのだ>
「ならば、アキに聞こう。何故、儂なのだ? 口が固く信頼できる者なら他にも大勢おろう?」
ヤスケさんは、ジロリと底の見えない闇のような目を向けてきた。
普段は見せない、竜族への拭い切れない憎悪の感情を表に出して、しかし、放置できる状況にないことも理解した故の二律背反への不満が表情に現れていた。
ん、でもこの問いへの答えは簡単だ。
「この問題は、法や秩序を強制する統治機構がない、緩い集団のことを思い描けなくてはなりません。その点、ヤスケ様は「死の大地」から脱出してから、今の島で国として纏まるまでの歩みをご存じです。命からがら脱出した頃は、まともな統制機構もなく、当事者間で決着を着けざるを得なかった事でしょう。そういった段階から、先々、竜族が群れとしての道を歩めるよう、注意すべき点も示せると考えました」
ここまでは能力と経歴から導いた妥当性。ヤスケさんも、先を語れと示してくれた。
「それから、これまでの一年、自身の思いはあれども、長老としての選択をしてくれました。その姿勢は信頼に足ると思いました」
「……それで全てか?」
淡々と確認するだけで、そこに感情が感じられない。
「実は、今話していたのって、待ってる間に考えた事でした。本当は、何かする前に相談しろ、先に言われなくては手も貸せん、と常日頃、話されてましたよね? 政に絡む話ならヤスケ様だと思ったんです。多分、不満そうな顔をしながらも親身になってくれるかなって。あと、今回の件を知っても、悪用はしないと思いました。好みではないでしょう?」
僕の言葉に、苦々しいというか、様々な不満に満ちた目をギロリと向けた。
あー、うん、コレは言葉が色々足りてないけど、下手に足しても上手く伝わらないパターンだ。
なら、ここが使い所だね。
「ヤスケ様、今なら僕は心も落ち着いてるので、思いを声に乗せてもいいですか?」
「……好きにしろ」
さて。
許可も得られたので、少し感情を整理しよう。
竜族の文化、政という時点で、ヤスケさんは頼りたいけど、きっと過去の記憶も思い出されるだろうし、竜族が荒れて傷付く様を嗤う暗い思いもあると思う。そこを押し止めて長老として、竜族が荒れるという天災を防ぐ事に尽力してくれることへの感謝や、僕が手に負えない事を素直に認めて助けを求めたことを評価もしてくれると思った。嫌と言わずこの場に居る時点でありがとうって気持ちを示したくなったけど、僕がヤスケさんに触れるのは厳禁。離れたところから声を掛けるより、そっと抱きついて抱擁したほうがいいんだけど。
そんな思いを声に乗せて。
『御爺様、手を貸してくれてありがとうございます。それとごめんなさい』
演技で増幅したりせず。様々な思いをそのまま崩れないように声に乗せて、そっとヤスケさんへと届けた。
僅かに目を見開いたけど、暫く目を閉じて心の内を整理してくれたようで、溜息をつきながらも、気持ちを切り替えてくれた。
「今はそれで良しとしよう。雲取様、相談には乗るが、得られた答えは、老いた街エルフとアキが話した事と伝え、必ず竜族の中で精査して頂きたい。誰に言われた話であろうと、納得した上で自分達で行き先を定めなければ、群れとして纏まれないからだ。約束して貰えるだろうか?」
助言はする、しかし、歩くのは竜族でなくてはならない。
雲取様は、ヤスケさんの問いに静かに頷いた。
<約束しよう。我らは飛び先は自身で決める。そして、感情に身を委ねず、誰の意見であろうと、冷静に判断しよう>
思念波からは、意見は聞くが、これまでも決断は自分たちがしてきた、という自負も感じられた。単に意見を鵜呑みにするような真似はしない、という意識。
良い意識だ。
ヤスケさんもその言葉を受けると、時間もないとして、列挙された不和の種について、どう考えていくべきか、自説を語り出した。
◇
「ここに挙げられている不和の種だが、それぞれ、問題ではあるものの、その対処は一律で行う必要はないし、そう考えるのは害悪ばかり多い。アキ、それぞれについて考えを話せ。儂は実務的な経験から必要があれば補足しよう」
う、いきなり剛速球なパスだ。
とは言え、こうして付き合ってくれるだけでも有り難いのだから、これ以上、甘えては駄目だ。
「それでは、①リバーシの場を悪用して異性にちょっかいを出す件から。こちらですけど、上手くアプローチをする若竜は許容され、下手な若竜が拒絶され、阻害されていきます。これですけど、僕はそこまで問題ではないように思えます。下手な竜とて基本能力は高いので、行動を改めて来るでしょう。なので、外し方、改めた際の受け入れ方だけ配慮すれば、新たな評価手段の増加でもあり、小さな衝突は許容していいでしょう」
場違い評価をメモして、残念若竜だけ集めた四柱組を作ってもいいですね、と補足した。
「概ね、それでいいが、それまでにない距離感に、異性へのアプローチで下手を打った若竜が多い場合は、集めて何が許される範囲か伝える場を設けるべきだ」
あぁ、なるほど。僕の見解は、問題の若竜が少ない時はいいけど、多いとコントロール不能に陥る可能性があったんだね。
雲取様に促されたので、次に進む。
「次は②力関係を悪用した威圧でしたね。これは不味い行為で、それを表に出さない振る舞いとするよう、問題行動を起こした成竜に対して働きかけるべきでしょう。いずれ、他部族との交流試合や、他種族とのそれを行う事を想像してもらい、今の振る舞いが、悪い印象を広めてしまうと認識するよう促して、改めて貰います」
「これも方針はそれでいい。リバーシは、誰でも互いに完全に同等の条件で遊べる事に意味がある。登山先の主達のような方ならば、不要な威圧などしないだろう。誰がそれを伝えるか、諭すか。それとも力関係を悪用する者より上の方に手を貸して貰い、威圧される者の気持ちを体験させてもいい。いずれにせよ、力関係を悪用するのが下策だと皆が理解する事が大切だ」
ふむ。僕は問題の成竜さえ改めればいいと思ったけど、それをしない成竜にも、やはりしないのは正解と伝えるべき、というのは見落としていたかな。たまたま先に威圧しただけかもしれない、と。
ん、次、ね。
「次は、③老竜さんのプレイ数が偏ってしまっているのと、圧の制御が緩む件ですね。これは時折、誰かが遊びに行くようにすれば、プレイ頻度を下げても問題ないかと思います。それに以前、寝ている時間が多いと話してたから、ある程度したら落ち着くんじゃないでしょうか」
ん、ヤスケさんがこちらは間を開けてから考えを口にした。
「老竜はアキが心話で様子を確認するのも良いと思う。一時の傾向なのか、無理をしてないか、以前との心の違いはどうか。それと群れを考える年長者としての意識を思い出させるのも場合によっては必要だろう。対面して他の竜が指摘するよりも受け入れやすいかもしれん」
ん、こちらは提案といった程度。あと、そもそも動きが少ないから、外から観察するより、心を触れ合わせる心話の方が良さげ、というのもあるか。
<群れとしての意思統一も絡んでくる。アキ、確認を頼む。それに老竜の方々もリバーシを齎したアキに話したいこともあるだろう>
「はい。竜族の文化からしても、老若男女、誰もが遊ぶ事は初でしょうから、どう感じられたか聞いてみたいです」
雲取様も深く頷いてくれた。さぁ、次だ。
「次は④夜中まで遊ぶことによる昼夜逆転、不規則生活問題でしたか。こちらは竜族の方々がどれくらい無理が効くのか、後に響くのか判らないので、どの程度の緊急性があるのか難しいところです。ですが、幼竜にあまり遊び過ぎるな、と諭そうとするのに、自分達が夜更かししていては説得力も失せるというモノです。今の熱狂も暫くしたら今よりは落ち着くでしょう。なので、今のニーズを満たす分だけリバーシセットを増やすのは過剰対応でしょう。ただ、一部族に一セットが妥当なのかも見極めが必要ですね。リバーシセットは皆の交流を促す仕掛けでもあるので、少し足りないくらいが狙い目でしょう」
僕の意見に、ヤスケさんも頷いた。
「流行には波がある。急激に高まっても必ず低下していき、ある程度のところで安定するものだ。リバーシのような完全情報系ゲームを好まない層も多い。向き不向きもあり、そればかりでは頭も疲れてしまう。試しが一巡はしておるようだから、それぞれの熱意の差を調べるのも良いだろう。落とし所を探るキーワードは、少し足りない、だ。まだ遊び足りない、そんなところで交代を促すことで、次へと熱意を繋げる。その匙加減をする専任を設けるのも手だが、圧に屈しない、基準を定めたらそれを守り、皆もその決定に従うような者を割り当てるのを勧めたい」
<ふむ。基準の見直しは必要だが、簡単に変えては妥当性の見極めに繋がらない。見極めの間は基準を守る。そして見直す時には、何故見直すのか皆に語って納得させるのだな>
ほぉ。
「それなら皆も納得しそうですね。適任者はいそうですか?」
<探してみよう。多少の不足は、福慈様が後ろ盾になれば抑えられる>
まぁ、そんなとこか。
「さて、次は、⑤賭け事ですね。勝敗に対してもののやり取りが生じるのは、少量なら悪くないけれど、争いの種にもなるので、他種族のことを考えると、抑えるルール作りが必要でしょう。それよりは名勝負をしたら棋譜を記録に残すような名誉の方がお勧めですね。文字の普及にもなるし、良い棋譜は眺めるだけでも刺激になります」
「儂も原則禁止とすべきと思う。賭け事は諍いの温床だ。棋譜の保存は良いな。それと対戦の偏りを無くすよう、対戦表の導入はすべきだろう」
<うむ。話の進め方にもよるが、他種族との試合を念頭に置き、生き方の違う多様な種族が、同じ遊戯に興じる、その事を言祝ぐ意識は持ちたい。対戦表はちと我らの手に余る。それよりは連日の試合は避けるといった工夫のほうが良いと思う。運用は色々と試してみよう>
ほぉ。
「それは良いですね。何柱も集えば、遊び過ぎも抑制できるでしょう」
さて、次でラスト。
「最後は⑥幼竜がのめり込んでる事ですね。何事も偏り過ぎは良くありません。ですが、リバーシセットは一つ、それに幼竜だけで遊ばせることも無いでしょうから、抑制は十分可能と思います。僕としては、自分で駒を創る子が出てくるか興味がありますね」
小さい駒なら幼竜でも創れるかも、と話したらヤスケさんも雲取様も眉を顰めた。
「幼子の誤飲は常に問題だ。雲取様、面倒ではあるが気を付けた方がいい。大人に隠れて悪さをするのは子の常だ」
<そこは注意していこう。しかし、我らが物作りか。アキが楽しみに思う気持ちもわかる。だが、誤飲は確かに危うい。母竜達や子育てを手伝う若竜達とも、この件はよく話し合うとしよう>
それが上策だろう。
その後も、普段にない身近な距離感に疲れる竜がいたら、無理に誘わぬ配慮は必要だとか、長考は程々にするとか、砂時計の導入も場合によっては考えようとか、話が色々と広がることになった。思うところを自由に話し合えてことで、雲取様もだいぶ、何をすべきか見えてきたようだ。
おや? ヤスケさんが話も纏まったからか、別の話を切り替えた。
「ところでアキ、日本でマコトだった頃にも抱き付き癖があったのか?」
いやいや。
「日本でも、男同士はベタベタ抱き着いたりはしませんよ。でも感極まった時にがっしりと肩を抱き合う事はありますけどね。あ、話合い前に、思いを乗せた声ですか?」
ヤスケさんは、寂しさと懐かしさが混ざったような表情を見せた。
「ミアがな、抱きつき癖があったのだ」
「離れたところから大声で訴えるより、身近な距離で手を握って、目を見て思い伝えた方がいい。温もりを伝える事が大事。ミア姉がよく話してましたよ。あー、そう言えば、年配の方は表情が出にくいから、ちょっとオーバーかなってくらい伝えた方がいいって笑ってました。アレ、ヤスケさんの事だったんでしょうか?」
「知らん。だが、ミアは長老達にも、無愛想だ、顔が固まってる、目が暗いなどと言って、儂らが思いは伝わったから離れろと命じるまで、ベタベタしておった」
あー、なんか、その光景が目に浮かぶようだね。ミア姉も、長老さん達の底なし沼のような目は怖いと感じてただろうけど、それはそれ、感謝の気持ちは伝えないと、なんて言いそうだ。
「僕も、そうそう抱き締めようとは思ったりしないけれど、示すべきと思ったら、そこで躊躇したりはしませんから。んー、ヤスケ様も街エルフ、魔導師の資格をお持ちなのでしょう? それならケイティさんやトラ吉さんみたいに、実は触れても平気だったりしません?」
「ケイティを魔導師の基準にするな。誰に聞いても五指に入る者を物差しにされては、新兵訓練施設が溢れてしまうわ」
ヤスケさんに窘められたけど、ここで雲取様がニンマリと笑みを浮かべながら、暴露した。
<ヤスケ殿も、思うところがあったのか、自己イメージ強化のために第二演習場に赴く事が増えた。遠からず、アキの望みも叶おう>
思念波からは、ケイティさん達にも負けないくらい熱心に取り組んでる様が伝わってきた。
ふむふむ。
ここはちょいと、皆の模範となるべく率先する姿勢、まだ高みを目指す若さ、活力への称賛、自身で試してこそ理解も深まるというチャレンジ精神、それと、僕やリア姉に触れられるようになってやろうという祖父母目線の親愛の情辺りをブレンドして、と。
『その日を楽しみにしてます、御爺様』
なんて感じに思いを声に乗せてみた。
あー、だけど、ちょいブレンドを間違えたっぽい。もー、隠さないでアピールしてくれればいいのに、なんて微笑ましい気持ちが添加されて、長老目線の少なさを揶揄いたい稚気まで混ざってしまった。
ヤスケさんは嬉しさを不機嫌な顔で覆い隠して、口をへの字に曲げた。
その様子に、雲取様も楽しそうに笑みを浮かべ、それでも釘を刺すのを忘れなかった。
<アキ、そのノリで、福慈様や他の老竜達まで揶揄うではないぞ? 臍を曲げる、だったか。一度、こうと決めると、なかなか改めてくれぬのだ>
思念波からは、なんだかんだと理屈を付けて、誤りだったと認めたがらない、そんな一面も教えてくれた。
「年配の方ってそういうところがありますよね。あ、ヤスケさんはそうではないと僕は知ってますから」
首尾一貫と君子豹変を適切に使い分ける難しさもよくご存知で、なんて感じにフォローすると、残念、ラインを踏んだらしい。
「アキ、此度の一件では、竜族同士の取り組みだけでなく、心に直接触れられる竜神の巫女の働きかけも無くては、無用な争いが起きかねん。その役割は怒れる母竜達との交渉に赴いた王達にも並ぶ覚悟と問題の力点を見切る目が必要なのだ。然るに――」
カチリと教師モードに切り替え、腕組みまでして、今回の問題に取り組む姿勢、心構えの講釈が始まってしまった。
こうなると、まるで心話で心を触れ合わせているように、ヤスケさんは僕の集中や理解を見切ってくるから、一切、手を抜けなくなる。
内心、どこならギリギリだったかと思いを巡らせる僕に対して、雲取様にも、呆れながらも無言の思念波で、そういうところが心配なのだ、と窘められることになった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
そんな訳で、困った時はヤスケ頼みとアキは頼ることにしました。彼も個としての竜に対してはそれなりに評価もしてますが、やはり竜族となると、色々とどす黒い感情を持たずにはいられません。それでも、何とか折り合いをつけて、相談に乗るくらいの性格だからこそ、長老職に抜擢されたんでしょう。
最後、言葉に乗せた思いに揶揄いたい稚気が混ざったりしてたように、実は使い勝手が悪い、というか、思いがそのまま伝わる分、加減が難しい問題も見えてきました。雲取様が心配に思うのも無理はありませんね。まぁ、アキも相手がヤスケだから、脇が甘くなってるところはあるんですけど。
次回の投稿は、二月一日(水)二十一時五分です。
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