3-4.妖精召喚
前話のあらすじ:父からサバイバル術を学ぶ件と、妖精召喚の準備関連のお話でした。
それから六日間。母からは戦闘外傷救護を、父からは野山のサバイバル術を、リア姉からは魔力に頼らない様々な技を学び続けた。どれも体を使う技術であり、五感を駆使する内容ということもあり、ミア姉の経験がある分、ゼロからよりはかなりハイペースで学べているとは思うけど、まだまだ学んだ内容が意識せずとも行えるレベルには程遠かった。
そして、今朝。朝食時に妖精召喚の準備ができた、との話が出た。
やっとというべきか。もうというべきか。
かなりドキドキする。妖精……可愛らしいお人形さんみたいな子なのかなぁ……。
起動まではケイティさんが立ち会うけど、魔法陣起動後は他の人の魔力が与える影響を排除する必要があるため、人払いは済ませておくとのことだった。
ケイティさんに案内されて、館の裏手に行くと、いつのまにか大きなミステリーサークルのような魔法陣が用意されていた。描かれた文様は中央ほど太く簡素に、円周部に近くなる程精緻に書き込まれている。
脇には小型のクレーンが用意されていて、先端には人が乗れる籠が取り付けられていた。
「アキ様、こちらのクレーンで、中央に降ろしたら、魔法陣を起動します。起動後の術式は全て自動で進むので、相手の妖精と接触できたら、問題ないか見極めてください。アキ様が問題ないと判断した場合は、そのまま召喚が実行されます」
なるほど。以前聞いていた通りだ。
「よろしくお願いします」
それから、少し注意点として、魔法陣に乗る際には素足になること、相手が呼び出しに答えるまである程度時間がかかること、相手とは心が繋がるので、心話と同様、意識の制御を忘れないことを教えてもらう。
クレーンで、中央に降ろしてもらった。石の感触が少し冷たい。
ケイティさんが魔法陣の外側に立って、身の丈ほどもある長い杖を構えた。
『起動』
詠唱と同時に、魔法陣の外縁部の文様が輝き始めた。内側に近くなる程、光が薄くなっていく感じで、グラデーションが綺麗だ。
ケイティさんは魔法陣をグルッと一周回りながら確認してから、立ち去った。
――さて、ミア姉とやっていた頃は、いつも目の前に相手がいたけど、今回の場合、どんな感じなのか。
心に触れてくる感触を想定して、心を静かにしていたら、しばらくして、誰かが触れてきた。
<……この感じはミア嬢ちゃんではないのぉ。お主はマコトじゃろうか?>
何ともエネルギッシュで尖った印象の人だ。確認する意識は欠片ほどしかなくて、どんな奴だ、アレか、子供か、約束の時が来たのか、召喚の目処は立ったのか、と次から次へと感情が流れ込んで来て慌ただしい。
<はい、マコトです。ちょっと落ち着きましょう。召喚の前に確認させてください>
流れ込んでくる感情を横に流しながら、僕の意志を冷静さ増し増しにトッピングして押し付けた。
<お!? なんじゃ、随分、器用な事をするのぉ。それで確認とはなんじゃ? 儂は今すぐにでも召喚されても問題ないぞ?>
よしよし、相手と温度差があると、自分だけヒートアップし続けるのは難しいから、やっぱりこの方法で問題なしと。
そらにしても、召喚のイメージが伝わって来たけど、ガッと掴んでグッと引っ張って、ギューっと仮初めの身体に意識を押し込む感じとか、感覚的過ぎて、正確に意識を渡されたのに理解できないって、びっくりだ。
<なんじゃ、そんなことで驚くのか。魔術なんてものは、できると思えばできるもんじゃろう。小難しく考えるのではない。心で感じるのじゃ>
言葉で考えては駄目とか、世界に従うのではなく、従えるのじゃとか、そう言えば、物質界の魔術はしみったれた奴が多かったとか、どんどん思考が横道に逸れていく。
<話を戻しましょう、お爺様。召喚は子守妖精の仕事をすることが対価ですけど、問題ないですか? ちゃんと仕事をして、余暇時間に研究をするんですよ? 優先順位は仕事、研究の順番です>
ちょっとくどいけど、天秤に仕事と研究を乗せて、仕事側に傾くイメージもセットで送る。
<わかっておる。浮島に乗ったつもりで安心するがいい>
返って来たのは、空に悠然と浮かぶ巨大な島のイメージ。青空を背景に同じような島があちこちに浮かんでいる。
おー、なんてファンタジーな……
連鎖的に、どれくらいの大きさなのか、いくつくらい浮いているのか、自然に浮いているのか、自分達で浮かべたのかと、思考が連鎖していくのを慌てて止めた。
いけない、いけない、自分から脱線してたら、いつまでも話が終わらない。
<では、よろしくお願いします、お爺様。あと、こちらでは僕はアキと呼ばれています。マコトとは呼ばないようにしてください>
<面倒臭いことをしておるのぉ。わかった。わかった――お、なんじゃ、契約? あー、はいはい了解じゃ、小難しい定番の縛りをかけてきおって、どうせ同意せねば、召喚されないんじゃろうに。――よし、契約成立じゃ>
了承の合意と同時に、流れ込んできたイメージは小さな文字がびっしり書かれた契約書をざっと流し読みして、了承のサインをするイメージ。
なんか騙される典型な気がしたけど、いざとなれば契約を破棄すればいい、という絶対的な意思も感じられた。
こちらの契約では、こちらの活動を縛ることはできても、妖精界にいる本体を拘束するような効果はない、といった感じかな。
そんなことを考えていると、魔法陣の一部が輝いて、その上に朧げな人影が現れ始めた。
事前に想定していた通り、六分の一サイズの小さな人影だ。
それは蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいていたけど、徐々に焦点が合うように、姿がくっきりとしていき、やがて吐息すら感じられるほど生々しい存在感を出すまでに至った。
「うぉ、なんじゃ、いきなり空中か」
立派な白髭を弛らせたちっちゃなお爺ちゃんが手足をばたつかせると、背中から、半透明の昆虫のような翼が展開して、淡い輝きを発して、ふわりと空中に留まった。
おー、杖もなし、詠唱もなしで空中浮遊とはさすが妖精さんだ。
とりあえず、僕はポケットからハンカチを取り出した。
「お爺ちゃん、とりあえずこれを身体に巻いてください。館に行きましょう。お爺ちゃんの衣服や靴を用意してるんですよ」
枯れ枝とまでは言わないけど、痩せた感じの一糸纏わぬ姿で、腰をとんとんと叩いている。
「おお、すまんの」
ハンカチを受け取ると、いそいそとトーガのように体に巻き付けた。ふわふわと浮かんでいるけど、不思議と危なっかしい感じはしない。浮いているのが自然といった感じだ。
「肩か頭に乗っていきます?」
「いや、このほうが楽じゃからの。おぉ、いかんいかん。話はしたが、まずは自己紹介じゃ。儂は妖精界でもその人ありと謳われた物質界研究家、『翁』と呼ぶがいい」
ハンカチを纏った妖精のお爺ちゃんは、改めてそう名乗った。豊かな白髭と、長い白髪が素敵だ。
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はこちらではアキと呼ばれています。父の名はハヤト、母の名はアヤ、まだ未成年の街エルフです」
僕も改めて名乗った。
「不思議じゃのぉ。目の前におるのに、魔力がまるで感じ取れん」
お爺ちゃんは、僕の隣まで近づくと、手で顔に触れたり押したりと忙しい。
僕もお爺ちゃんを軽く掴むと、ちょっと回して、翼の付け根部分をまじまじと観察してみる。
「うぉ、なんじゃ!?」
「おー、翼って体から生えているんじゃなくて、疑似的に展開されている仮想翼なのかな? 透き通ってて綺麗ですね」
昆虫の羽のような半透明の翼で、肩甲骨のあたりから展開されているけど、繋がってはいない。あくまでも飛行するための魔術的なものっぽい。服の背中に穴を空ける必要はないようだ。
お爺ちゃんが僕の指を蹴って、拘束を解くとふわりと距離を取った。
「アキよ、触れる時にはもっとそっとじゃ。いきなり回されたら危ないじゃろう」
手を振って、お爺ちゃんはくいっと眉を引き上げた。
あー、なんか格好いい渋さがあるのに、可愛い印象も受ける。不思議。
「ごめんなさい、お爺ちゃん。それでこちらに来てみてどうですか? 妖精界にいる時と結構違う感じ?」
やはり気になるのは、召喚という現象自体。仮想ゲームみたいな感覚なのか、感覚全てがちゃんと認識されている感じなのか。
「ふむ……そうじゃな。やはり魔力が異様に薄いのぉ。感覚はやはり少し鈍いがまぁ、気になるほどではない。こちらに来てみた印象だが、そうじゃのぉ……空の果てがなく、空に浮かぶ島がないのも不思議な景色じゃ」
じっと周囲を眺めていたお爺ちゃんがぽつりぽつりと話してくれた。努めて冷静に話してるけど、許されるならどこまでも飛んでいきそうなくらい、体の内から好奇心が溢れ出してる感じが伝わってくる。
「召喚体は安定してる? 魔術は使える?」
僕の言葉に、お爺ちゃんは手を握ってみたり、空中から杖を取り出してみたり、詠唱もなく、全身が映る姿見を浮かべて、自分の姿を確認したりと、好き放題確認を続けていた。
「ふむ、魔術もまぁ使えなくはない。この身体もまぁ立派なもんじゃ。普通に活動する分には困ることはあるまい」
そう言いながらも、確認も終わり不要になった姿見を杖でこんと叩くと、蜃気楼のように姿が揺らいで消えてしまう。なんかすっごく魔法使いっぽい感じだ。
「そんなに魔術を使って、魔力は大丈夫?」
簡単そうにやってるけど、今までに見た魔術より難度が数段上な気がする。
「魔術? あぁ、この程度ならすぐ回復するから心配は不要じゃ……と、そういえば、おかしいのぉ。アキ、お主はどうなんじゃ? 昔、降臨した際にはちょっとしたことでも魔力が減って、滞在し続けるのに難儀したものじゃ」
「どうって?」
「儂の魔力は、契約者であるアキとの経路を通じて供給されているものじゃ。体内魔力が減っている感じはせんのか?」
お爺ちゃんが僕の周りでじっと観察してるけど、見えん、なんて言ってるから無色透明な魔力は妖精さんでも厳しいようだ。
「んー、そんな感じはないかな。というか僕は魔力を感じることもできないから、魔術を使ったことがなくて、だから減るっていうのも良くわからないんだよね」
ケイティさんが魔術を使っているのを見る限りでは、どうも使うとかなり精神的に疲弊するようだから、魔力が減っているなら何か感じ取れそうなものだけど。
「ふむ。この召喚体を維持する魔力は、アキにとってはすぐ回復する程度の量ということか」
見えんのだが不思議じゃ、とか言ってまた僕の身体をぺしぺしと叩いてきた。
触って実感しないと、存在していると認識できないとでも言うんだろうか。
「とりあえず、問題はないようで良かった。これからよろしくね、お爺ちゃん」
「うむ。任せておけ」
さて、それじゃ館のほうに戻ろう、と思ったところで、自分の立ち位置を思い出した。困った。魔法陣の中心に降ろされたんだけど、この魔法陣、踏んだら不味いよね。
ふと、館のほうを見たら、ケイティさんが戻ってきていた。
クレーンを操作して貰って、魔法陣の外に連れ出して貰う。もちろんお爺ちゃんは飛んでるから問題ない。
「こちらが妖精の『翁』さん。お爺ちゃん、こちらは僕がお世話になっている家政婦長のケイティさん」
「ふむ。アキのために働くという意味では仕事仲間じゃの。よろしくのぉ、ケイティ嬢ちゃん」
「……こちらこそよろしく。あと嬢ちゃんは不要です。ケイティとお呼びください」
二人も挨拶をするけど、ケイティさんもちょっと戸惑い気味だ。まさか妖精さんがお爺ちゃんとは思ってなかったっぽい。
なぜか僕はこの時、お爺ちゃんとの付き合いがずっと長く続くことを確信していた。足りないピースを得たことで、まだ多くのピースがまだ足りてないこともわかった。
そう。ここに来てから会った人達が僕の周りに繋がったピースだとしたら、お爺ちゃんはそのどこにも繋がらないけど、ジグソーパズルの四隅部分に相当するピースのよう。
パズル全体を形作るためには多くのピースが足りない。それが不思議とわかった。
それと、直接繋がる周りのブロックだけの、手に届く狭い世界が終わろうとしていることも。
まだ見ぬ広大な未知の世界。そこへの道が開いたことを理解できた。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
五十二話目にして、やっと妖精さんを召喚することができました。やっぱり異世界と言えば妖精さんですよね。……それにしても妖精さん、最初は女の子の設定だったのにいつのまにか、お爺ちゃんに。
不思議ですねぇ。
次回の投稿は、八月二十二日(水)二十一時五分です。