18-19.リバーシ大流行(前編)
前回のあらすじ:竜同士の連携行動については、ジョージさんの意見を取り入れて、連携できるだけの信頼関係構築と状況に応じて連携できるよう訓練をもっと重ねる方針になりました。下手をすれば、竜族全員が兵役義務を終えてますみたいな気質になりかねない話だったので、ジョージさんの意見が通って良かった気がします。(アキ視点)
雲取様から相談された空戦の連携行動は、ジョージさんの思いが強く感銘を与えたこともあって、当面は仲間を信じて行動できることを目標とすることのみに目標を絞ることになった。
帰りの馬車でジョージさんに、自身に欠けていた視点だったこと、今の竜族こそが目指すべき姿、との指摘には感動した、と伝えたんだけど、予想に反して、重い口を開いて出た言葉は、迷いに満ちたものだった。
「それは俺の個人的な願望であって、セキュリティ部門を担う者としては、口にすべきではなかったと思ってる。今の竜族は我々の観点から評価すれば、全員が専門訓練を受けてない単なる市民、或いは村人といったところだ。腕っぷしは強いが群れの強さはなく、兵士としての心構えもない。俺はそれで不自由しないなら、そのままのほうがいいと思うが、為政者達ならまた違う見解を持つとも思う。だから、雲取様に求められるまでは、考えを伝えるつもりはなかった」
「ジョージさんやケイティさんは探索者としての生き方を選んでますけど、それは兵士としての生き方とは違うんでしょうか? 僕は結構被ってると思うし、お二人の人柄を思えば、それほど忌避する話でもないと感じてるんですけど」
そう問うと、なんとも嬉しそうに笑ってから、僕の認識に対する意見を語ってくれた。
「高評価を貰えたのは光栄だ。実際、探索者と偵察任務を帯びた特殊部隊の仕事の多くは重複していて、どちらか一方にしかない行動などすぐには思いつかないくらいだ。両者ともできるだけ物事を穏便に済ませるという共通意識もある。捜索、情報収集、魔獣討伐あたりなら、違いはないと言っても過言ではない」
まぁ、そうだろうね。だけど、そこで、ジョージさんは少し声を潜めて、明確に違う例を口にした。
「だが、決定的に違う任務もある。探索者にとって破壊活動は自衛や交渉、威嚇といった範囲でしか行わず、それをするのも稀だ。魔獣討伐も探索の障害になるから追い払う程度で、明確に駆除を目的とすることは殆どない。そして、自衛以外の目的で戦闘、殺害をするのは兵士だけだ」
そこが明確に違う、と告げた言葉は、淡々とした口調だけど、心にずしりと響いた。
「……兵士は止めろ、と命じられない限り、任務を果たす。制御された暴力組織である以上、命令遵守は絶対なんですよね」
敵前逃亡は銃殺、と決まってるように、軍事作戦において、命令遵守は絶対だ。一秒を争う緊急時において、精神的な葛藤、迷いなど見せれば、それは自分達の命を危うくするのだから。
「実際のところは、そこまで意識を徹底できるのは常設軍だけ、それも最前線で勤務している連中くらいなものだが、概ねその通りだ。彼らの後には、護るべき市民達がいる。自分達が抜かれれば、その後に起こるのは虐殺だ。だから、彼らは任務においては、兵士としての意識に切り替える」
小鬼族と人族のように互いの大きさが違うと、わざわざ相手を捕まえて奴隷にするのも手間がかかって益が少ないんだろうね。熟達した小鬼族ならナイフ一本でも一晩で数十人を血祭りに上げるのだから、躊躇なんてしていられない。
「それほど違うものなんですか? 確かに雲取様も、ロングヒルの男達と心を触れ合わせるのは嫌だ、と話してましたけれど」
「怪我をした敵兵達への対応を想像してみたらいい。泣き叫んで慈悲を願い、命乞いをする、もはや、戦う力を持たない敵兵達がいたとする。市民ならその扱いに悩むだろう。隙を伺って襲ってきたなら殺せるのに、と思いながらも、率先して手を出す者は稀だろうな。だが、敵兵を殺害せよ、と命じられた兵は違う。捕虜にせよと命じられない限り、相手が明確に死んだと確認できるまで、きっちり処理していくんだ。死んだふりをしてる奴もいるから、そこは死体に見えても念入りに刺していく。市民と兵士、その心が、在り方が同じだと思うか?」
淡々とした口調だけど、そのせいで、余計に例示された光景が目に浮かんで、気分が悪くなった。
戦場を離れた兵達が、周辺警戒もせずに過ごす日常に馴染めず、精神を病んでしまうのもわかる気がする。
「……違いますね。一見、穏やかに見えても、それは任務中ではない、戦地ではない、と気持ちを切り替えているだけで、兵士としての自身は消えることはない」
「そうだ。だいたい、町中で殴り合いの喧嘩があったりすると、案外、非番の兵士は負けてしまうこともあるんだ」
「どうしてですか? 修羅場を潜ってる分、肝が座ってて、冷静に対処できる、とかじゃないんです?」
地球の創作物だと、戦場帰りの男なんてのは、ちょいと力自慢な市民なんて歯牙にもかけないイメージなんだけど。
「理由はシンプルだ。兵士は後遺症が残らないよう相手を無力化するような技は教わってない。徒手空拳での技ばかり鍛え上げるようなこともないからな。加減しないでいいなら、話は簡単なんだが、一般社会でソレをすると過剰防衛と見做されて逮捕されてしまう。町中でのストリートファイト限定なら、場数を踏んだごろつき達の方が強くても何ら不思議じゃないんだ」
例えば、相手の足を正面から蹴るとか、膝を横から蹴る、相手の手を極めて受け身が取れないように壁や地面に叩きつける、なんて真似をすれば相手は大怪我、後遺症も避けられない。ナイフで動脈を切り裂けば出血死、魔力撃なんて使えば良くて半身不随、って感じに一足飛びに殺害に至るなら取れる手段は多いんだが、と教えてくれた。
なるほど。街中の警備や取り締まりがメインの衛兵との違いはソコってことだね。如何に手早く相手を殺害するか。一人相手に一太刀で済めば、その分、素早く敵を殲滅できるのだから。一撃で倒す、そうでなくても体勢を崩す、それが無理でも受け止めさせて動きを止める。そうすれば仲間が追撃して終わり。道場や闘技場ではないのだ。武器は振り回すだけで疲労も溜まる。故に一人にそれほど手間はかけられない。
だからこそ、殺すな、無力化しろ、と言われると困っちゃう訳だ。身に沁みついた動きは武道における禁じ手のオンパレード。なのにそれらを使うな、というのだから。
そこでケイティさんが補足してくれた。
「ですから、探索者達は無用な争いを招かないように、任務中は探索者としての姿を敢えて示して、周囲にその姿で警告を発するんです。自分達は任務中の兵士達と同じです、下手に絡まないでください、と」
「それは魔導師なら、杖を持つみたいな?」
「魔導師級になると、身に纏う魔力が一般人とは桁が違うので、そもそも自然と遠退かれてしまいますね」
あー、それもそうか。
「本気で襲うつもりになった兵士が躊躇せず排除し始めたら、暴徒と化した市民が百倍いても勝ち目はない。同じ市民が枯れ草のようにバラバラにされていく様を、断末魔を間近で聞きながら、それでも逃げないなんてのは、そもそも真っ当な市民じゃない」
それでも襲ってくるほど覚悟が決まっている市民は、単なる暴徒じゃなく死兵ってことなんだろう。投擲物は耐弾障壁で無効化し、斬れ味を強化した刀剣を振り回し、疲労も術式で癒やすことで疲れ知らずに襲ってくる兵士。確かにそれは恐怖そのものだろう。
……にしても、普通に暴徒鎮圧の話が出てくるあたり、こちらの世界も物騒だ。
「だから、俺は竜族は市民のままがいいと思うんだ。圧があるからおっかないと感じてしまうのは、どうにもならんが」
戦場において取り乱すことなく、逆に自らを鼓舞して、躊躇なく殺害していく兵士達。そんな彼らが品行方正ならいいけれど、兵士達に荒くれ者が多いのは事実。
竜族は圧倒的に強いから、今更、躊躇せず攻撃できるようになってその戦闘力が底上げされたとしても、地の種族からすれば、その脅威度は変わらない気もする。だけど腕っぷしが強いだけの市民三万と、躊躇せず虐殺できる域にまで訓練を終えた精兵三万じゃ、その意味はまるで違う。何より兵というのは数が増えるほど群れとしての強みを発揮して、強さが跳ね上がっていくのだから。
この件は、代表の皆さんが来た時にも、ちょっと話題として触れておくことにしよう。ユリウス様達ならなんて言うだろう? 街エルフなら、鍛えておけばよかったと後悔しないで済むように、満遍なく鍛えておく信念だから、余裕があるうちに訓練しておけ、と言いそうな気もするけれど……。
◇
そんな事もあったけど、研究のために第二演習場に竜の皆さんが一柱ずつ入れ替わりでやってきたり、大勢の市民が弧状列島交流祭りに参加してたりと、最近の定番と言える日常へと戻ることができた。
研究組は自分達の統制、運用をどうしようかと議論を戦わせているし、ラージヒルの混乱も旅人の移動や通信・物流面からは平穏を取り戻したけど、政という視点ではまだまだ落ち着いたとは言えない。隣接している帝国領との間の緊張感も高まってるそうだ。
それでも、多くの若竜達が遊説飛行に繰り出すことで、弧状列島を塗りつぶすように、その活動を広めていき、交流祭りに参加した市民達が連合、連邦、帝国へと続々と戻っていったことで、前例のないレベルで、各勢力は弧状列島という地域全体を意識するようにもなった。
後は、代表達に相談しようという案件が山のように積もってるから、それをできるだけスムーズに処理していけるよう、各種補助資料を用意してたんだけど。
平穏というのは長続きしないらしい。
その日は朝から、雲取様が第二演習場にやってきて、僕を名指しで指名してきた。
何でも、相談したい話があるそうだ。
それも、先ずは僕とだけ心話で話したい、と言うのだから、普通じゃない。
派手な来訪だけど、つまり、こういうことだ。僕とちょっと内緒話がしたい、と。しかも予定調整の時間もすっ飛ばして、急ぎだ、と。
◇
そんな話を、朝起きた途端に聞かされた僕が少し混乱したのも仕方ないことだったと思う。いつになく急かされて、身支度をケイティさんに手伝って貰いつつ、教えて貰った話はシンプルで、だけど、その訳がまるで想像できなかった。
急ぎで、だけど相談相手は僕で、しかも心話で話す、つまり外には出したくない内緒話、と。
竜族の側から僕やリア姉に対して心話を繋げることはできないから、緊急で話したい時には第二演習場に赴くしかない、というのはわからないでもない。だけど、先々まで来訪スケジュールは明らかにしているから、第二演習場にやってくる予定の竜に言付けをしたっていいんだよね。
心話をしたいから繋ぎにくるように、と。
その手間すら省くほど緊急なのか、それとも言伝を頼む、という行為すら避けたい案件なのか。
うーん。
「雲取様の様子はどんな感じですか?」
「魔力はいつも通り抑えられており、アキ様がくるまで待つ、と尻尾の上に頭を乗せて静かにされている様子は普段と変わりません」
ふむ。
「今日だと……青竜様が来てる時間帯ですけど、両者の間では何かありました?」
「いえ。思念波でのやり取りはありましたが、絞った短いものだったので、その内容はわかりません」
むー。
「なら、大慌てする話じゃなさそうですね。ちなみにヤスケさんからは何か言付けとかありましたか?」
「ヤスケ様からは、話し合った内容は可能な限り委細漏らさず速やかに報告せよ、と」
なるほど。
「準備とか資料集めとかも一切無しなんですよね」
「はい。無理をしてまで急ぐ必要はない、とのことです」
何なのか、とお爺ちゃんを伺ってみたけど、お手上げとポーズで返された。
「ここまで情報が乏しくては判断しようがない。じゃが、ゆっくり待っているのだから、荒事では無いじゃろう」
後は聞いた方が早い、とすぱっと言い切った。
「まぁ、そうだよね。こういう時、一方通行だと不便だよね。あちこちから休みなく繋がれても困るから、仕方ないんだけど」
「不便なのも良し悪しじゃな」
などと、お爺ちゃんと話してるうちに出かける準備も終えることができた。
◇
第二演習場に近付く道中、ウォルコットさんやジョージさんにも意見を伺ってみたけど、強いて言えば、あまり公にはしたくない、或いは公にするにしても出し方に配慮したい、そういった扱いを必要とする話だろう、と推測がでた程度。
手早く挨拶を済ませて、心話魔法陣に入る間に、ちらりと遠くにいる青竜さんの様子を伺ってみたけど、あー、なるほど。
何も言わないけど、一瞬、目が合って、こちらの様子を伺ってるのがわかった。つまり、青竜さんも気になる、そんな案件ってことだ。
封書を開けるような緊張感を覚えながらも、そんな感覚は心の棚に放り込んで、僕はいつも通り、穏やかな気持ちで心話魔法陣を起動した。
<それで、お望み通りの心話にしましたけど、どんな内緒話なんです?>
なんだろう、興味あるなー、と話を振ると、雲取様は少し言い淀んだけれど、話を切り出してくれた。
<その、な。先日、鋼竜がリバーシのセットを持ち帰ったであろう?>
<あぁ、はい。一週間くらい前でしたね。もしかして、結構流行ってます?>
皆に遊んで欲しい、と渡した品物だから、それなりに話題になったりしてると嬉しいんだけど。
そして、僕のそんな牽制に、雲取様は動揺して、胸の内を少し垣間見せてくれた。
それは、多くの竜達がリバーシに興じる様であり、朝、昼、夜と時間を問わず遊ぶ姿であり、福慈様のような老竜の元へと運び込んで成竜や若竜達と盤を囲む様子だった。
はて?
だけど、その記憶に纏わりついた感情は、嬉しさよりも、困惑や苦悩、迷いなどが入り混じって定まってない。
返事がくるまでそっと待っていると、雲取様は意を決したようで、やっと続きを話してくれた。
<流行っている、とだけ言えれば良かったのだが、そうではない。過去に例のない規模で……熱狂している、いや、あちこちで不和の種が芽吹こうとしている、云わば狂乱状態に陥っているのだ>
何とも言いにくそうに伝えられた話は、付随して渡された記憶は、自らを律して争いを好まず悠久の時と共にゆったり生きる竜族のイメージが砕け散るような有様、馬鹿騒ぎしている酒場の如きイメージだった。
言い淀むのも当然だね。超然とした孤高の天空竜、竜神様が、遊びにのめり込んで日夜と合わず騒いで遊んでるんじゃ、イメージも変わり過ぎだ。
<えっと……それはその、混乱もされますよね。取り敢えず、互いに落ち着く為にも、時系列にそって話を整理していきましょう。部族の皆さんがそれほどなのに、第二演習場にいらしている方々に変わりがないところなど、色々と気になるところがありますから>
多分、雲取様もあちこちに出向いてたり、連携活動の訓練をしてたりして、気付いたらそうなってた、みたいなノリだと思うんだよね。
なので、それは驚いたでしょう、その気持ちわかりますよ、と共感を前面に押し出して、事の起こり、鋼竜さんがリバーシセットを持ち帰ったところから話していくよう促してみた。
そして、その対応はやはり当たりだった。
<うむ。我も気付くのが遅れたのだが――>
仲間を得た、という安心感に雲取様は、少しだけ緊張感を解いて、見聞きした出来事を話し出してくれた。
……それは、一見するとしっかり統制されているように見える出来事の連鎖だった。けれど、落ち着いた第三者視点で聞いてみると、確かにそれらは火種を抱えていた。
雲取様が急ぎでやってきたのは大正解だった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので大変助かります。
さて、いきなり割り込んできた雲取様との内緒話ですが、それは持ち帰ったリバーシの大流行と、それに伴う問題多発という醜聞でした。何せこういった娯楽への免疫がないですからね。感染すればぱーっと一気に広がるんでしょう。こちらの世界でも竜向けサイズのゲーム盤が創られたのなんて、多分、世界初。なのに持ち込んだゲームが究極の完成度となれば、まぁ、こうもなるでしょうね。
あと、アキは兵士としての訓練を終えるのと、兵役義務を終えることを同じように考えてますが、ここは日本人高校生の想像力の限界、認識のズレです。残念ですがこちらには、その認識のズレを正せる人はいないので、この感覚は、日本との交流が確立されるまではそのままです。どの国でも国民に課せられる兵役義務程度の短期間では、命令に従って団体行動を行えること、基本装備を操作できること、最低限の運動能力を確保できることあたりまでが精々です。実は日本人の場合、災害対策として学校で団体行動を習得させてますし、健康増進の目的で体育で運動能力も鍛えていて水泳の授業もやってる、なんて話があったりします。同じ言語も修得してるし、基礎教育も行っているので、装備操作を教えるハードルも低めですね。この辺り、日本人の感覚でイメージすると、勘違いしやすいところです。
次回の投稿は、一月二十五日(水)二十一時五分です。