18-17.雲取様と連携訓練(前編)
前回のあらすじ:研究組の統制案について話す過程で、小鬼族の皆さんに期待してると熱い視線を向けたり、ショックで心が荒れたりしたら駆けつけると言ってくれた雲取様に大歓迎と大喜びをしたところ、トラ吉さんがちょっと拗ねました。それでも僕にもわかりやすく、自分は少し不快だ、何とかせい、と示してくれるのだから優しいですよね。(アキ視点)
研究組統制案では、一部の手直しは見られたものの、大筋では受け入れて貰うことができた。情に訴える作戦は、子供っぽい振舞いで、万策尽きたからこその選択って意識だったんだけど、どうも、心話や呪言が手軽にできるせいか、軽い気持ちで選んだように思われたのが不本意だった。
この件は、帰りの馬車の中で、ケイティさんに愚痴を言ったんだけど、ケイティさん曰く、どうも演技マシマシで感情を声に乗せたのが決定打となった印象があるとのことだった。
「アキ様がもはや打つ手なしと情に訴えることにした。子供が駄々を捏ねるような振舞いで、あまり選びたくなかったと言われているのは確かとは思います。で・す・が、あれだけ吹っ切って、情感たっぷりな演技をしておいて、気が乗らなかったと言われても説得力はありません」
ふむ。
悩んでいる前段部分を知らず、演技マシマシ部分だけを切り取れば、便利な小技があるから使っちゃおう、感情もよく伝わるのだから使わなければ損だよね、って考えてたと取られかねない、と。
「本当にそれでいいか大いに悩むべし、けれど実行する際には迷いを捨てて全力で挑むべしっていうのが、ミア姉の教えなんですよ。演者の半端な気持ちは観客にバレる、とも」
「ミア様からの演技指導というと、小学校の学芸会からでしたか」
おやおや。
「よく知ってますね。一般向けだからマコト文書抜粋版にも載っていたと?」
「はい。その中で、演じる役の気持ちにしっかり目を向けること。けれど舞台の上で観客に聞こえるように演技をするのだから、悲しいから落ち込んでいる、そんなシーンであっても、身振り手振りを大きく、少しオーバーなくらいの振舞いをしつつ、胸全体を震わせて遠くまで響くよう、それでいて悲しい気分が伝わるよう台詞を歌え、と指導されてましたね。自身の喉を楽器として震わせて、と。普段の話し方と、遠くまで響く声の出し方は違う、と結構なページを割いて説明されてたのでよく覚えてます」
低学年の子供への指導じゃない、と感じましたが、とケイティさんは微笑んだ。
「感情を体の動きで表現しろとか、大きく動いて目を惹いて、感情を表現するポーズで止めて、観客に記号としての感情を意識させろとか、今思い出してみると、言葉としては半分も理解できてなかったですね。ただ、そこは心話の便利なところで、言語化しにくい部分の感覚もそのまま共有させて貰えたし、何より夢の中ではあるけど、ミア姉がかなり熱心に演技を魅せてくれましたからね。あの頃から、どこにいる人に自身を見せるのか、なんてことも意識するようになりました」
スマホで簡単に演技を撮影して全員で見返すようなこともできてたから、自分の演技が外から見ると思ってたのと違うとかもすぐ確認できたんで、かなりの熱演になって、観に来てくれた皆さんにも大好評でした、なんて感じに思い出を語ることになった。
「アキが他人の前で振る舞う事が得意なのはそういう事なのじゃな。なかなか子供ではそうはいかんもんじゃからのぉ。他人の前で緊張せず振る舞える性格の者はおる。じゃが、相手に見られることを意識して、自身が望むように、相手に見てもらうには、やはり場数を踏まねばどうにもならんもんじゃよ」
んー、まぁそうかも。
「確かに同級生でも、極度に緊張しちゃって、普段通りにすら話せないような子もいたから、やっぱり慣れでしょうね」
ミア姉からは、振舞い一つ、声の出し方一つで印象なんていくらでも変わると言って、実際、活発な元気っ子だったり、他人が苦手で引っ込み思案な子だったり、粗雑で男みたいな子だったりと、ミア姉は僕に大ウケしたこともあってか、それはもう多彩な役をその場で切り替えて演じてくれた。どれもこれも生々しく感じられて、楽しかったけど、普段のミア姉がいい、と他の振舞い禁止だー、なんて言ったりもしたくらいだった。
実際のところは、実際にいそうな雰囲気の子には見えても、その特徴を誇張して仕草や話し方で演じて見せてくれた訳で、日常生活の中でそこまでキャラが立ってる子なんている筈もないんだけどね。そういった部分のネタも教えてくれて、女は生まれながらにして女優なの、って話も、本気でそうだと思ったくらいだった。
◇
研究組の新たな活動指針、仕組みの検討は暫くかかりそうで、案が決まるまではちょっと暇になった。そこで今後は雲取様や雌竜の皆さんと心話について共に研究していくからと、一通り、話の経緯や、それぞれの考えを聞いて回ったんだよね。
すると、雲取様が他の雌竜達と共同で、連携訓練に手を付け始めたことが明らかになった。この前の打ち合わせで、心話を利用して手を借りたいといってたのはこの事。
そこで、時間を確保して、雲取様に詳しく話を聞くことにしたんだ。心話を利用して、ということだから、別邸の心話魔法陣を使ってのお話だ。
<雲取様、他の皆さんからもざっと話は聞いてますけど、連携訓練を始めることにした経緯辺りから教えて貰えますか?>
<うむ。以前、近衛から妖精族の集団戦の作法についてあれこれ話を聞いてな。竜と妖精では飛び方が違い、そのまま導入することはできなかった。距離、速度、高度、それに地形の使い方、それに風の利用も違う。空を飛ぶ以外に共通項が無いのではないか、と思える程だった>
困ったと言いながらも、それぞれについて、復習を兼ねて丁寧に教えてくれた。
距離、これは飛行する際の相対距離や、空域全体の広さにも繋がる話だね。高空を高速で飛行するから当然、空域全体も広くなり、そして速く飛ぶから互いの間も広く取るようになる訳だ。
速度は、まぁ、そのままだと飛ぶ際の速さってことだけど、竜は加速が鈍いけど最高速度は圧倒的、ただ方向転換も無理をしない場合は大きく弧を描く形になり、その様は航空機のようだ。それに比べると妖精は最高速度は人の全速力と大差ないけど、加減速が自在で鋭角ターンなんて当たり前と、揚力や慣性に頼らない様は、空を飛ぶどの生物とも異なる独特のモノだ。
高度、これは速度にも関係してくるけど、低空を高速飛行するとちょっとしたミスで地面に激突しかねない。だから、竜は基本的に高い空を飛ぶ。雲の上にまで上がることも珍しくない。それに対して妖精は地形の少し上を飛ぶことの方が多い。高くも飛べるけど、それは何か必要に迫られた場合だけの話だ。
高度の話は地形利用の話にも繋がるんだけど、竜にとって活用すべき地形とは山の尾根くらいで、谷間のような狭いところを飛ぶのは好まない。それに地じゃないけど、視界を遮る雲の利用パターンは多い。例えば、眼下に他の竜の巣がある場合、敢えて雲の上を定速で真っ直ぐ飛ぶことで、害意がない事を示す感じだ。妖精さんの地形利用は人族のソレに準じるけど、反動推進じゃないから音も立てず、草木も揺らさず、枝葉を活用できるから、その利用はかなり動的だ。身を潜めて様子を伺うなんて使い方より、鈍重な地の生き物の警戒をするりと抜けていく感じだね。
そして風だけど、竜は大きな体躯で風を上手く羽で捉えて飛ぶグライダー風の省エネ飛行パターンと、加速して風を切り裂いていく戦闘機のような飛行パターンを適宜、切り替えてく感じ。それに対して妖精は風も多少は気にするけど、基本的には飛びたいように飛ぶ。省エネ飛行的な配慮は、普段は行わない長距離飛行時とか、体力温存が必要となるような探検、遥か上空にある浮島に行くような時くらいしか考えない感じだ。
ふむ、ふむ。
<竜の空の飛び方は、地球の世界で言うところの航空機、エネルギー機動性理論にマッチしてますね>
以前もちらりと説明した気もしたけど、エネルギー機動性理論というのは、ジェット戦闘機同士の空戦理論であり、水平飛行なら運動エネルギーは維持、上昇すると速度は落ちるけど位置エネルギーは増すのでトントン、急降下すれば位置エネルギーを速度に変換して水平飛行時より容易に高速に達することができる。相手より高高度にあることはそれだけで優位であり、相手に対して速度で優れれば、位置関係を優位にしやすく、戦場からの離脱も行いやすい。速度で劣るということになれば、逃げようにも容易に追撃されてしまうのだ。
そして、ジェット戦闘機にとってはただ飛ぶだけでも燃料を費やしてしまう。基地に帰るまでの燃料まで使い果たしたら墜落死するだけなので、それを見越して戦闘に使える燃料を計算しないといけない。ギリギリまで使い果たして、後は最適燃費の巡航速度で基地に帰るのがやっと、なーんて間抜けな状況に陥れば、そんな飛び方は、撃ち落としてくれ、と言ってるようなモノだ。
運動エネルギーを稼ぐ、つまり加速するとか、上昇するとかすれば、余計にエンジンを吹かす、つまり燃料を消費することになる。それは残戦闘時間にも直結するから、戦場においては可能な限り、運動エネルギーを保持するような飛び方が望ましい、ということになる。ただ、あまり速度を上げ過ぎて音速を超えると、途端に小回りが効かなくなるので、実際の空戦は亜音速域で行われることが殆どだ。
なんて話を、ジェット戦闘機では燃料なところを、竜なら魔力に置き換える形で話していくと、雲取様は、やはり相談することにして正解だった、と喜んでくれた。
<アキの言う通り、我らの戦い方は、極論すれば互いの手の読み合い、魔力の削り合いに終始するのだ。戦う場合も、もう一戦しつつ巣に帰れる程度の余力を残す。そこで戦闘に費やせる総魔力量は決まり、加速や上昇、術式による攻撃や防御、竜の吐息などの行動を選ぶことになる。大技ばかり使えばすぐ魔力切れとなるから、互いの出方を伺って見合うような状況となることもある。いずれにせよ、何か行動すればその分、魔力は減ってしまう。残魔力量が乏しくなれば、自然と打てる手の範囲も狭まり、より劣勢へと追い込まれていくのだ>
聞いていると、魔法使い同士が魔術を撃ち合うコマンドバトルみたいだね。雲取様も極論と言ったように、実際には相手が術式を行使すれば、その基点を潰したり、対抗術式で相殺したりと、その手段も一つじゃないけどね。ただ、竜にとっては前方視界が一番見やすく、側方は正面を向きながら側面を見るのは片目視界になるし、頭を向けたら飛び方も不自然になるからだいぶ劣り、真後ろは死角になるから、戦闘機同士の戦いと同様、互いに相手を前方視界に捉えようとする機動が基本ってことだ。
<空中静止飛行をすれば運動エネルギーを全て失ってしまうし、強引な機動をすれば多くの魔力を失ってしまう。空間跳躍を戦いに組み入れるのは困難、竜爪は射程距離が短過ぎるのと相対速度を合わせてから使わないと空中衝突の危険性があって使いにくい、なんて話もありましたね>
<それに竜爪は加減が難しいからな。力を競い合う際には、あまり手酷い深手は負わせないよう気を遣う>
<激しい戦いに見えても、地の種族が訓練時に行う手合わせに近いのですね>
<そうなる。もし、相手が後先考えず全魔力を費やしてきて、こちらは後を考えて、などとなったら、それだけで戦いに投入できる魔力量が倍近く差が付くことになり、それほどとなると、よほどの差がなければ無傷で勝利とはいかないのだ。だから我らの間では相手をそこまで追いつめるような争い方はしない>
なるほど。
ある意味、弧状列島という狭く閉ざされた地域だからこそ編み出された紳士協定ってとこだ。傷が癒えれば再戦もできるし、年齢を重ねれば体も大きく強くなれるという竜種の特徴もあるから、その場での負けとなっても仕方なし、と手打ちにできると。
<大技は当たりにくく、小技では有効打となりにくい。つまり、先ほどの雲取様の話してくれた、魔力の削り合い、というのは戦いにおけるペース配分のようなモノで、空戦自体で言えば、より有利な位置関係を得る事、こちらが有効打を放てて、相手はそれを回避できない、そんな状況に追い込むことこそが重要だと>
そう話すと、雲取様は満点だと抱擁するような気持ちを渡してくれた。
うー。
いけない、頬が緩んでごろごろしたい気分だ。気を引き締めて、と。
<我らは強いが、手傷を負わせるだけなら、そこそこの位階の術式を体のどこかに叩き込めればそれで十分だからな。体のどこに当たろうと、そうなれば無傷な時のようにはもう動けない。やせ我慢をしても竜眼で簡単にバレるから意味もない>
ここが地の種族との大きな違いだろうね。被弾してまともに飛べなくなった敵機なんて、深追いしなくても基地に帰還できる可能性は大きく減るのだ。それにノタノタと飛ぶだけになった機体など、もはや敵とはなり得ない。人間同士の斬り合いとかなら決死の突撃で相打ちなんてのもあり得るけど、それは双方の武器が届く交戦距離だからこそ起こる話だ。これが航空戦なら優位にある機体が反撃されない角度から撃ち殺すだけ。そこに逆転のドラマなんてないのだから。
それと竜眼。これも虚勢が晴れない要因だ。弱った竜は飛んでるだけで魔力を失っていく。だから、距離を取って様子見をしてるだけで、被弾した方はどんどんジリ貧になるだけ。そしてそんな内情は竜眼でバレバレだ。
<その感じだと、日本での剣道の試合のように、相手に有効打を与えた時点で勝負あり、とする感じでしょうか?>
ここで、高校の体育の授業の際の記憶を渡してみた。互いに武具を身に付けて、竹刀を構えて、面、胴、籠手に当てる為に互いに駆け引きを行う様を説明してみる。単に竹刀が触るだけでは有効とは看做されない。ビームサーベルじゃないからね。棍棒でもないから、刃筋が通ってて力の入った一撃でないと駄目だよ、と。
<うむ。戦い方に違いはあるが、理念としては同じだろう。防具を身に付けて、怪我になりにくい武器を用いるのか。面白いモノだ>
治る程度の位階の術式、威力に留める竜族に通じる考え方だね。弧状列島内だけであれば、ほんと嬉しい生き方だ。
◇
僕が竜族の飛び方、戦い方に対する理解があることが確認できたところで、雲取様は本題を示してきた。
<それでな、相談というのは、連携行動を取り入れようと考えた事に関係している。以前、話していただろう? 格上の成竜相手であっても、よく連携できる若竜二頭が戦えば、引き分け以上にはできると>
<はい。お爺ちゃん達も話してました。初心者同士のペアでは勝てませんが、ちゃんと戦える熟練者と初心者のペアなら引き分けにすることは十分可能とのことでした。地球での空戦でも同様ですね。無線で互いに言葉を交わしながらうまく連携できれば、初心者の放つ攻撃だって、相手を墜とせる訳ですから>
<それだ。それで、妖精族の伝話だが、これは教わって試してみたところ、距離を離してもそれなりに使えることがわかった>
<おー、それは良いですね。確か、気の合う相手同士、経路を通じて短い言葉を送りつけるんでしたよね?>
<そうだ。心話と違い、相性問題はそこまで酷くない。一方的に送り付ける、その道筋さえ経路で決まれば、後は力技で言葉を投げつける感じだ>
あれ? なんか、急にスマートさに欠ける物言いになってきたような。
触れ合った心から伝わってきた記憶からしても、厳密な形式を決めた短文を送る、というのは他と誤解しにくい短文をギュッと圧縮して、経路を通じて、相手に向かって押し出してる感じだ。多少の相性の悪さ、つまり通りの悪さは、勢いで押し通してる。あと心話と違い、一方通行で相手に向かって送りはするけど、受け取ってくれたかどうかはわからない、そんな特性もあるね。
<離れた仲間にも、そちらに向けて頭を向けたりせずに合図を送れるなら便利な技ですよね。それで相談というのは?>
<伝話で伝えられるのは、仕掛ける、離れる、支援しろ、支援する、仕切り直す、といった予め決めておいた合図をする程度なのだ。それに対して一対二の空戦となれば、始めは位置関係もシンプルなものだが、互いに駆け引きが始まると、皆の速さ、高さ、距離、向きなどが刻々と変化していくことになる。そうなると、短い合図だけでは、意図したような連携にならず、格上の方が各個撃破できてしまい、聞いたような優位性を確認できなかったのだ>
戦っている時の記憶を少し渡して貰ったけど、あちらは紅竜さんと白竜さんのペアで、こちらは雲取様の変則バトルで、紅竜さん達ペアも左右に分かれたり上下にしてみたり、二柱で並んでみたりと工夫はしてるんだけど、一旦、戦闘速度に入って位置関係が入り乱れ始めると、紅竜さんと白竜さんは合図を送り合うけど、互いの動きが違ったり、タイミングがズレたりして、確かにペアの強みを活かせていなかった。雲取様はカバーされてない方に速度の優位を活かして一気に近づいて一撃離脱で撃破してた。
あー、これは、うん、初心者向けの教材になってないや。
<これはちょっと、難度の高い戦いになっちゃってますね。雲取様は他の竜よりも、かなり速さに優れているので、二柱の連携でカバーし合う状況を簡単に崩して、逃げ切れない遅い方を支援が入る前に叩けちゃってますから。空戦において速度差を覆すのは容易ではありません。格上な竜として例えばパワー系の白岩様を相手にした方がまだ勝機があるでしょう>
遅い方は逃げられない、仕切り直そうにも速い方に容易に邪魔されてしまう、有利な位置を取ろうにも、引き剥がして逆に仕切り直しをされてしまうといった具合だ。うん、これは相手が悪い。
しかも、雲取様の方が飛び方が洗練されていて、より魔力消費を抑えて長く飛んでいられるからね。攻撃、防御、速度、燃費の全てで差がついていたんじゃ、数の優位を活かそうにも、その状況に持ち込むまでが大変だ。
そう説明すると、雲取様は困った思いを正直に教えてくれた。
<確かに我の方が優位にあり、実のところ、あの感じなら何回やっても負ける気はしなかった。だが、それでは困るのだ。連携行動を取れることで格上にも優位に立てる。そのように、誰に対しても、反論の余地なくしっかりと示せなくては、多くの者達に感銘を与えられないのだから>
苦労する割に効果が微妙では、確かに竜族の間に連携行動を流行らせるのは難しいだろう。
ん-。
でも、以前話していたことと少し違ってきてないかな?
<えっと雲取様。以前、試合で若竜達が連携戦闘で成竜達をこてんぱんにやっつければ、その優位性を強く印象付けられますよね、と僕が話した時には、圧勝し過ぎては不味いと話されてましたよね?>
<それは成竜恐るるに足らず、のように甘く見る風潮が若竜の間に広がると世代間の争いに繋がると考えたからだ。だが、我は成竜の中では確かに速く遠くまで飛べるが、他にも速さと強さを兼ね備えた成竜達は多いのだ。できればどの成竜に対しても、ペアで挑めば常に引き分け以上には持ち込めるようでないと、結局は力に優れた竜こそが強い、という通念を崩せない。それでは意味がない>
僕が提案した際に渡したイメージだと完全試合のようにけちょんけちょんにやっつけてしまう感じで紹介したから、それではやり過ぎだ、と止めた訳だね。そして今回、試してみたところ、辛勝どころか引き分けにすらならず、雲取様が一方的に搔き乱して勝ち続けてしまった。
なるほど。
<状況は理解できました。ところで、連携行動ですけど、状況をシンプルにする為、地の種族で言うところの実戦、相手を殺害することを前提とする事を目的としていいですか? つまり、負けた者との再戦はなく、戦う相手は連携する側のことを知らない、という前提です>
<もう少し説明が欲しい>
<戦いにおいて、同じ相手と何度も戦うというのは稀な話です。特に大軍同士の激突ともなれば、何十回と戦闘があったとしても、同じ相手と直接戦闘をすることはまずありません。つまり、互いに初見、相手の情報は持っていない状態で、戦闘開始とします。このようにするのは、難度を下げるためです。手口を知り合った相手同士では、よほどの力量差がない限り、互いに決め手を欠いて見合うだけになってしまいますから>
相手の次の手が読めるなら、互いに不利にならないように動ける。空戦において後の先を取るということはない。攻撃するということは相手を墜とせるということであり、弾数も限られる中、無駄打ちするような余裕は空戦にはないのだ。先の先と取ろうと、互いに牽制し合うことになるけど、手口はバレてるので誘いに乗る訳がない。だから千日手に陥るだけだ。
<理解した。他にも条件はあるのか?>
<勿論。連携する側の訓練が圧倒的に足りてないので、そこを鍛える必要があります。互いの位置関係をぼんやりと魔力感知で把握するしかなく、互いに点にしか見えないような距離感で高速飛行する竜族の戦いにおいて、全体の動きを目で見て次を考えるような真似はできません。詰め将棋のように予め、打ち手を決めておくんです。個の側は連携についての知識がないこれまでの成竜、連携の側は十分な訓練を積んでいる若竜達ということです>
<概要は理解した。だが具体的な話をどう進めていいのかわからんのだ>
確かに。
<それもそうですね。ではこの後、第二演習場に来ていただけますか? 僕も竜同士の空戦は大雑把な部分は理解できても、詰めていける程ではありません。連携を高めるというのは、この状況ならこうする、という定番の行動を予め定めておき、それを確実に行動できるよう徹底した訓練を行う、ということなんです。なので、試合開始時の状況設定から場合分けをして、それぞれについてどう動くのが良いか一緒に考えていきましょう>
ここで、軽く、優位な側の個の竜が、足が速い、力が強い、どちらもそこそこ強いのようにグループ化して、それに対して、連携側の二柱が同じ高度、二柱とも高い高度、一柱だけ高い高度、でどうなるか考える、としてみた。これだけで合計九パターンだ。
<それは我だけが考えては意味がないのではないか?>
まぁ、そりゃそうだ。
<互いにそれぞれの流儀を良く知らないので、今回はそれらについて一緒に考えてみて、その後、どう横展開していくか相談としましょう。漠然とした状態で集まっても話が発散するだけですよ>
<うむ。では、第二演習場で会おう>
雲取様は僕の馬車での移動時間を考慮して、合わせて到着するよう飛んでいってくれるそうだ。それならと、ケイティさんと少し準備する時間も設けることにして、一時間後に落ちあうこととした。
◇
一応、今日の第二演習場の利用状況は頭に入れてあったから、雲取様がやってきても第二演習場がパンクするようなことにはならない。ケイティさんに話した内容をざっと説明して、なので、場合分けの表や、互いの位置関係を示すような駒を置いて、雲取様と検討し合う必要があることを納得して貰った。
「駒が三種類必要ですね。アキ様の複製ですが、色違いは可能ですか?」
ん-。
「それくらいなら。例えばリバーシの駒の黒を赤に変えるとかなら大丈夫です」
「先ほどの話からして、位置関係にだけ注目すると、個に対して同じか、高いか、低いか、三つの高度差を表現できた方が状況の整理もしやすいでしょう。少々お待ちください」
ケイティさんが杖で宙にさらさらと文字を描くと、少しして返事が戻ってきた。
「複製、それも前回と同じリバーシの駒であれば、雲取様の立ち合いがあれば実施することの許可を得られました。三柱の相対的な位置関係を示すだけであれば、リバーシの盤上に置いても十分でしょう」
師匠に確認を取ってくれたようだ。ロングヒルでも決まったところとだけはこうして、簡易に連絡を取り合えるから便利だね。
すぐにベリルさんも準備を終えてくれて、ウォルコットさんもジョージさんと共に馬車で出かける準備をしてくれた。
なんだ、出かけるのか、といった軽いノリで、トラ吉さんも軽やかに馬車に乗り込んで、早く乗れと前足でポンポンと座席を叩く。
「では、第二演習場に向かいましょう。道中で軽く意識合わせをする感じで。あと、今後の事を考えてもし必要と判断したら、ジョージさんも同席をお願いします」
そう話を振ると、ジョージさんは諦めた顔で、参加するとも、と頷いてくれた。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので大変助かります。
雲取様が一対二の変則マッチについて、雌竜達と試合を色々やってみて、上手くいかないと新たな取り組みが明らかになりました。アキも指摘してますが、雲取様くらい全体能力が高く、更に空戦で最も重要な速度で大きく勝ってるとなると、連携側がよほど上手くないと勝負させて貰えません。第二次世界大戦末期のドイツ上空で行われた少数のドイツ軍ジェット戦闘機と、数で大きく勝る連合軍のレシプロ戦闘機の戦いのようなモノですね。ジェット戦闘機側は一撃離脱の大物狙いで、護衛機が気付いて対応しようとする頃にはもう距離を離されて届かないって奴です。当時は照準や射撃を全て人力で行っていたので、あまりの速度差にジェット戦闘機側の攻撃は結構外れていたそうです。でも、ジェット機相手には基地を叩く以外に策なし、とまで言われるほど暴れていたものでした。
しかし、こちらであれば雲取様にとって自分の速度域は慣れ親しんだモノ、放つ術式は瞬間発動で、安定した天候の時なら熱線術式ですから外しようもなし。そりゃ強い訳です。
後編では、雲取様を第二演習場に招いて、簡単な図上演習を使って問題の本質に迫ります。
次回の投稿は、一月十八日(水)二十一時五分です。