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18-14.研究組統制案の松竹梅(後編)

前回のあらすじ:思いを声に乗せられるのは便利だけど、演技のつもりが悲しい気持ちに引っ張られて泣いてしまったのは、自分でも驚きでした。マコトからアキになったことで、随分、涙腺が緩くなりました。(アキ視点)

それじゃ、事故を消す案について説明しよう。ただ、前提条件が色々あるから、先ずはそこからだ。


「実験で起こる不測の事態も、被害が出る前に消してしまえば問題なし、という案について説明していきます。ただ、導入には色々と条件があるので、それらがクリアできれば、となるのはご了承下さい。あと、雲取様、紅竜様はこの話をこの場に留めて頂けるようお願いします」


<それは、例えば福慈様に話をして、やる気になってしまわれた時に止めにくいからか?>


「そうなります。この案はすぐ導入できて、被害も出ないので安全性はバッチリ、研究の早さも確保、関係者も殆ど増えないので、情報の秘匿や保安セキュリティの面も現状維持、更に竜族が他種族に提供できるサービスともなるので、種族間の授受バランス改善にも寄与します。また、竜族への共同作業導入や新たな評価軸の構築、研究内容への深い理解といった恩恵もあるでしょう」


指折りして列挙してみると、ほんと利点メリットは多い。いいでしょ、と微笑むと、雲取様は一応、頷いてくれた。けれど、その目は見通すような落ち着きも持っている。


<我もこの一年、アキと言葉を交わしてきたから、物事には何事にも表裏があると理解した。それで、欠点デメリットは何なのだ?>


「実験に竜族が立ち会って、もし事故が起きた際には、被害が出る前に消す仕事をお願いすることになります。これは研究者達の命を預ける行いであり、両者の間に強い信頼があればこそ成立する契約です。この秋の竜神子と若竜の間の緩い関係構築とは明確な差があります」


<責任の重さが増す分、提供するサービス、皆の命を預かる仕事には高値が付くのだな>


「そうなんですけど、注意すべきはその仕事に携わる竜は、ある意味、竜族の代表ともなるんです。地球あちらの話ですが、スイスという険しい山ばかりの貧しい国がありました。自然は美しいんてすが、土地は貧しく、険しく、攻めても旨味が無いと、周辺国が戦争をする気にもならない程でした。そこで、スイスの男達は周辺国に傭兵として出稼ぎに行ったのです」


<傭兵というのは、戦う代わりに報酬を得る仕事だったか>


「はい。彼らは強く、そして雇い主の命に必ず従う為に、他国の王を守る親衛隊にまで抜擢されるほどでした。傭兵は強いので、心変わりして雇い主に牙を剥くようでは、誰も雇ってくれません。ですから、スイス傭兵達は、貧しい母国に報酬を持ち帰るためにも、自らを厳しく律し続けて、その結果、周囲の国々から信頼を勝ち取ったのです」


<強い力を持ちながらも、自らを律するとは見事な男達だ。つまり、我らもまた強い力を必要なときにのみ振るう気構えを持て、と言うことか?>


そう言いながらも、そうではないと勘付いてるのが思念波から伝わってきた。いいね。


「ある時、彼らが守る王の元に、失政に怒り心頭、殺気に満ちた民衆達が押し掛けてきました。スイス傭兵達の実力を持ってすれば、多くの市民を斬り倒すことで王を守ることは可能だったでしょう。しかし、王は自国の民に向けて、剣を振るうことを良しとはせず、傭兵達に武装解除を命じました。民衆達に捕まれば王の死は免れません。傭兵達は王の命を守るのが仕事ですから、当然、反対しました。それに怒れる民衆に捕まれば、自分達とて虐殺されるのは火を見るよりも明らかでした」


<王は考えを変えたのか?>


「いえ。それが避けられぬ未来であっても、王は戦うことを禁じました。そして、スイス傭兵達も大変苦悩しましたが、最終的には王の命に従いました。結果、王は処刑され、彼らもまた、怒れる民衆達によって殺されたのです」


ここまで語ると、雲取様も彼らの行いが何を守ったのか悟ってくれた。


<彼らは、スイス傭兵としての契約、主の名に従うことを死守したことで、スイス傭兵全体への信頼を守ったのか>


思念波からは、高潔な選択を称賛する思いと、その重さ、竜族にソレを求める意味等にも気付いた事が伝わってきた。


「ご理解頂けたようで良かったです。僕達がお願いして、天空竜の何柱かが引き受けてくれたとしても、その意味は、彼らだけには留まりません。竜族が守ると契約した、その信頼は、行動によって示し続けなくてはなりません。もし、竜族ですら手に負えない事態が生じてしまったとしても、彼らが最善を尽くしても、それでも防げなかったのなら、それは避けようのない運命だった。そう依頼主が納得し、最善を尽くしてくれた彼らの行動に感謝し、その後も竜族にサービス提供の契約をお願いする。そうでなくては、この提案は瓦解してしまうのです」


<それを為すだけの力と心の強さを兼ね備えた者でなくては務まらんな>


「それだけではありません。いざとなれば危険から距離を離してでも安全策を選ぶ竜族の文化、長命種故の先々まで見越したルートを選ぶ常識には無い、新たな生き方です。契約をしっかり守る彼らに対しては、竜族社会から何らかの栄誉を与えられる必要があります。彼らが約束したなら、己の命を預けてもいい、信頼できる素晴らしい竜だと」


彼らが場合によっては身を張ってでも守る、それができるだけでは足りない。彼ら以外の他の竜達の意識も変えていかなくてはならないのだ、と伝えると、ニ柱の顔が強張った。


痛い程の沈黙が暫く続き、場が止まってしまったので、強引にだけど動かすことにした。


「えっとですね、竜族社会の変化は置いておくとしても、事故を消す方々にはかなり難しい事をお願いすることになります。以前、白竜様が僕の魔術訓練に付き合ってくれた際には、イザとなったら、時を止めるつもりだったと話してくれました。どんな事故でもその瞬間で止められるなら、周辺被害はゼロですよね?」


<それはそうだが、そう長く止められるモノではないぞ>


「ですよね。となると、止めてる間に何とかして、事故、例えば暴走した術式を消す必要が出てきます。時間停止と竜爪、或いは竜の吐息(ドラゴンブレス)の同時使用は可能ですか?」


<それは無理だ。……そうか。だから共同作業なのか>


「はい。一柱が事故の起きた場の時を止める。そして、別の一柱が竜の吐息(ドラゴンブレス)や竜爪で事故を消す。このニ柱は両方同時にはできない以上、自身の分担した作業だけに専念し、もう一柱に命を預ける事になります。仲間の実力とその心への揺らぐことのない信頼なくして、この共同作業は成立しません」


そう話すと、二柱の視線が僅かに交差して、少し気不味い雰囲気になった。あー、そこは沼なんで立ち入らないで。


「えっと、二柱はつがいでは無い方がいい気はします。相手が危ういからと、自分の分担を放り出して助けに行ったりしたら、共同作業が破綻しちゃいます。そして、極限状態において、理詰めでは正しくないとわかっていても、反射的に体が動いてしまった、なんて事にもなるそうですから」


僕の執り成しに、二柱も自分達のことは意識から外す事にしてくれたようだ。


<それは予め、かなりの訓練をしたほうが良さそうだ。術式の実験なら、発動させてから、その振る舞いの成否を判断できねばならん。そうなると、実験内容への深い理解も欠かせない。より安全な実験方法を提案する姿勢も必要だ>


ん、いいね。


「はい。先程話した時間停止から消し飛ばす連携は極端な例で、障壁を展開しておいて、爆風を上に向けて逃がすだけで事足りるなら、そういった楽な策を選ぶべきです。なので、実験に立ち会う緊急対応の竜達は、実験内容と用意しておく緊急対応策では安全を約束できないと思えば契約しない、見極める力、知識も必要です。正にその道の専門家であり、その意見には大きな価値があります」


ここで、緊急対応の仕事は、実験ごとの単発案件となる点、引き受けられるよう条件を示し、そして契約が成立したなら、竜族の代表として恥じない振る舞いをしてください、と告げた。


そこまで話すと、サービスを提供する側にもかなりの自由、裁量がある事がわかったようだ。手に負えないなら引き受けない、両者が納得した上で実験に挑むのだ、と。


そして、雲取様は静かに目を閉じながら、思いを語ってくれた。


「確かに安易に福慈様には話せんな。今挙げた多くの条件を満たしたのなら、確かに導入できる案だろう。だが、そもそも条件を満たせるのか、我らの部族がそのルートを選べるのか……。そうか。これも契約なのだな>


「そうなりますね。一通りの条件を満たせる、だから実験に立ち会い、緊急対応をする竜達を派遣しよう。少なくとも雲取様達の部族全体での合意が無くては導入できないでしょう。時を止める、対象を消す、個別の能力は十分満たしています。後は心の在り方、その変化です。それと福慈様に話を持っていくのを待って欲しい理由はもう一つあります」


<それは?>


「僕達がまつりごとの専門家ではない、少なくともこの提案に即答できるほどではない、という事です。ザッカリーさんは宰相として、エリーなら王女として、シャーリス様なら女王としてまつりごとには携わってきてますが、これ程、社会の根本に手を入れる施策への経験は乏しいのではないでしょうか?」


この問い掛けにはシャーリスさんが答えてくれた。


「アキの言う通り、これほどの取り組みなど経験はない」


「ですよね。なので、もう少ししたら、代表達もロングヒルに集まるので、そこでこの件は相談したら良いと思ってます。やるとしても最初はなるべく小さく、成功を積み重ねていくべきです。その為に何が必要か、事前にどこまで訓練をしておくべきか。そういったところまで考え抜いた上で、一通り揃えた提案を出す。それくらい慎重に行くべきでしょう。今のところ大きな障害はないと思ってますけど、じっくり検討したら選べない案かもしれません。そういう意味でも、今はこの場だけの話としてください」


そうお願いすると、雲取様も紅竜さんも合意してくれた。そして、疲れた眼差しをホワイトボードに向けて、今、列挙された様々な条件が漏れなく板書されているのを確認すると、休憩を提案された。


<アキの提案の利点メリット欠点デメリットは明らかになった。これでアキの示した三案、松、竹、梅は出揃った。ならば、次はリアとの中継だろう? その前に一旦、休憩を入れよう。少し休んで意識を切り替えたい>


他に人にも構わず、疲れたと雲取様が弱り顔をしたことで、皆も異論はなく、暫し休憩を入れることになった。


利点メリット欠点デメリットを比べれば、先々を考えれば松案一択だよね、と僕としてはよい提案プレゼンテーションができたと満足してたんだけど、何故か皆さん、椅子に沈み込むように脱力してたりと、かなりお疲れな様子だった。

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


アキの統制案の二本柱、そのもう一つが、大札、竜族による事故消しでした。アキが列挙したように、利点メリットはとても多いんですよね。長期的にみて必要となることも含まれているので、アキ一押しなのも順当なとこでしょう。


ちなみにアキが竜族の最低でも部族全体で、契約の概念導入に賛成し、皆がその意味を理解し、契約を守ることへの栄誉を求めたのには理由があります。その辺りについては、三大勢力の代表達が合流した際に詳しく語ろうかと思います。


何せ、文字を記号マークのようにしか使っておらず、普段は個で生活していて群れとしての活動も乏しい竜族です。よくあるファンタジー小説のように、神の名の下に互いに条件を示して契約を成立させる、といった圧倒的な外部強制力があれば話は簡単なんですけど。


本作では、竜族は竜神と言われてはいるものの、体のある生物に属している存在であり、信仰によって存在する神は信者の背をそっと押す程度の助力しかしません。それに竜族にはカレンダーもないし、記録もなく、あるのは記憶だけ、地図もないし、度量衡の概念とて必要としていない。となると契約、簡単に成立するでしょうか?


条件を明確にして、互いに共通認識とすることすらスムーズにいくかどうか。


そんな訳で、この提案は根が深い話なのです。アキはかる~く「こんなレベルの施策をやった人はいないでしょ」と言いましたが、まつりごとをしている者達からすれば「そんな奴どこにもいねーよ!」と言いたいとこでしょう。


次回の投稿は、一月八日(日)二十一時五分です。

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