18-12.研究組統制案の松竹梅(前編)
前回のあらすじ:研究組の統制とお安く様々な問題を解決する策をセットで、統制案松、竹、梅がやっと揃いました。まぁ、僕としては松案一択だろうと思ってるとこですけどね。(アキ視点)
聞いた話によると、ニコラス大統領の働きかけ等もあり、ラージヒルの国境封鎖は一部解除となったそうだ。竜神子支援機構関係者、弧状列島交流祭り参加者、それと財閥の通信・物流を担う運搬人達は、その移動を許可されたとのこと。出入りの際には身分証明確認はしっかり行われているものの、留め置いた人々の流れを迅速に回復させることが優先され、手荷物検査は目立つ銃火器、兵装でも持ってない限りは行われないという緩さだった。
僕としては、ほぼほぼ満額回答じゃないかって気がしてたけど、事前申請の入ってない他の人達の移動は禁じられたまま、とのことだから、まだまだ物々しい空気を払拭するには至ってない、とのこと。
ちなみに、ラージヒル側は、政治的混乱を鎮静化させるためにも、もう暫くの閉鎖を望んでいたらしい。だけど、弧状列島交流祭りには連合内の全ての国が絡んでいて、会場で売買決済を終えた商品の搬送量が半端ないレベルになっており、前例のない規模で、ラージヒル国内も含めて、連合中から閉鎖解除を求める要望が殺到した。しかも理由が理由なだけに、誰もラージヒルの味方をしてくれず、孤立する空気が急速に高まって、ニコラス大統領が、新摂政による統治を歓迎する声明を出したことから、国境閉鎖を解除したそうだ。
連合内の極めて迅速な書簡の配達に、財閥の通信網が大きく寄与したのは言うまでもない。
そんな訳で、連合内の混乱は政としてはまだ完全終息とは行かないけど、通信・物流の観点から言えば、正常復帰したと言えた。万々歳だね。
留め置いた遊説飛行の件も、予測した通り、共和国、連邦は冬に延期、帝国は予定通りの実施、連合は確認のとれたところから順次、実施していく五月雨式となった。この情報も各地の若竜達には僕の方で簡潔に話を伝えて、飛行予定の国々に対しては竜神子支援機構の方から、訪問日時や飛行ルートの情報提供をしていく方針となった。
ふぅ。
少し気になってたけど、概ね、予想してた範疇に収まったので安心した。そうとなれば、この話は作業済マークを付けて、心の作業机から放り出すのが一番だ。何せ後の作業が押してるんだから。
割り込み作業より、研究組や関係する皆さんを集めて、新しい統制方針について検討する方がよほど重要だからね。二十九柱への連絡をして合流が遅れる分は、新方針のベースとなる梅案、つまり地の種族の流儀ベースでのみ、研究組の活動を統制していこう、という案について先に説明して貰うこととした。
朝から、第二演習場で雲取様、紅竜さんの小型召喚をして、蜻蛉返りで別邸に到着したら、所縁の品を順次交換しながらの心話連絡、そして、それらが終わった時点で、会場となっている連邦大使館から、話し合いの状況を教えて貰い、会場に向かう間も馬車の中で打ち合わせ、というなんとも忙しい流れとなった。
◇
財閥窓口としてケイティさんは会場入りしてて、ベリルさんもいつも通り板書役として参加してるので、馬車の中はアイリーンさん、シャンタールさんの二人が僕のフォローに回ってくれていた。
「それで、会場の方はどんな反応です? 先に伝えて貰った「自ら動ける腕利きの狩人達に対しては、細かく指図するより、裁量を任せたほうがいい」って話と梅案を混ぜて、残りは僕が合流してから説明する、としたから紛糾とかしてたりします?」
「イエ、アキ様の示した方針は歓迎され、梅案についても実現性は兎も角、研究組自身が行動基準を策定し、順次見直しをしていくべし、との考え方は好意的に受け止められたそうデス」
おや。
「ヤスケさんや、シャーリス様、それに雲取様はどうです?」
そっちが諸手を挙げて賛成なんて言い出したら、天変地異の前触れだと思う。
「ヤスケ様からは「梅案の通す気の無さは露骨過ぎだ」と。シャーリス様からは「規模が増える割にやれることが少ない」、雲取様からは「こんな複雑で大規模な仕組みは上手く行かないだろう」とのコトデス」
なるほど。
「まぁ、そんなところかな。財閥の三人についてはもう挨拶済み?」
「ハイ。方針などは家政婦長に伝えてあり、財閥代理としての発言を許可する旨が宣言されまシタ。また、心話関連の説明タイミングでは、リア様と中継をする手筈デス」
いいね。
「梅案は、調整組も検討に入ってくれてたから、上手く議論も誘導してくれている事でしょう。さーて、そうなると後は僕の提案次第か」
「そうなるのぉ。リア殿に話して貰うのは、例の感情攪拌の件じゃな?」
「うん。実際に体験したミア姉を身近で診たリア姉から話して貰った方が説得力があるからね」
「診た者が話せば、それはそうじゃろうが、あまりやり過ぎると、アキが面倒臭い子だと思われるから程々にのぉ」
そういう感情豊かな子も可愛いもんじゃが、なんてお爺ちゃんは笑ってくれた。
◇
会場に到着して、いくつも並んでいるホワイトボードを見てみると、各研究者に応じた二重チェック体制の有無や、理論魔法学のカバー状況なども組織図のように描かれていて、解りやすく示されていた。
和気藹々と話してる感じからすると、昨日、ガイウスさんが話していた、実験について概要を書いて回覧する手順を入れることで、皆で検討すべきか否か判断する手順を入れようってところから話し合っているようだ。
運用をイメージし易いところから手を付けていくのは良い事だね。作業が進んでる感も出るし、話し合いを進めることで見えてくることもあるから。
「お待たせしました。いい感じに話し合いが進んでるようで安心しました。シャーリス様、賢者さんの研究の二重チェックですけど、お弟子さん達に概要資料を回せば対応可能ですか? チェックの為だけにこちらに喚ぶのも手間ですし、そこも簡略化できたらと思ってました」
「手順だけならそうよな。しかし、妖精族にはない知に踏み込んだ内容のチェックをするとなると、賢者の弟子達であっても、今後を考えれば常に二人に担当させて、二人の見解を突き合わせる運用くらいはしていきたいものよ。――アキ、それも狙いかぇ?」
答えはわかってるけど、僕の口から語らせたい、と。
「そうですね。やはり賢者さんがどれだけ優秀でも、現代魔法陣、集団術式、理論魔法学、変化の術が踏み込む範囲、竜族の技と、妖精族にはない尖った他分野の全てをカバーするのは大変と思ってます。それにもしカバーできるとしても、他の人に任せて研究を並行で進めたいこともあるでしょう? あと、お爺ちゃんも話してたけど、研究で得られた新たな知見は、少しずつ広めて、成功の果実を皆に分け与えて行く必要があると思ってます。これはどの研究者、種族にも言える話ですけど」
そう話すと、皆は結構多様な反応を示してくれた。
師匠、賢者さん、小鬼族チームは、弟子を育てていたり、研究を次代に引き継ぐ、横展開して行く活動をしているから、言わんとするところもイメージしやすかったようだ。面倒な気持ちもあるけれど、育てること、伝えることの楽しさ、重要性も知ってるから、納得した表情を示してくれた。
ヤスケさん、エリー、ジョウさん、シャーリスさんと言った為政者系の皆さんは、いくら優れていても、組織の健全性という意味では、属人性はできるだけ排除すべし、という点で納得してくれていた。同時に、支えるべき体制、波及させていくにあたって必要となる裾野の広がりも意識できて、だからこそ、その困難さも思い描いていて、少し渋めの顔もしていた。
トウセイさんは本人が望んで、ではないけれど、一匹狼的に研究してきた事もあって、去っていったり、興味を示さなかった者達と手を取り合っていく未来に、不安と面倒臭さを感じてるようだ。
そして、竜族の二柱はと言えば、共感はできないものの、語られた未来像に自分達の活動内容を重ねたのか、喜ぶよりも気を引き締める姿勢が見えた。
「皆さんはその道の第一人者であって、研究者人生も長く、研究の酸いも甘いも噛み分けている事でしょう。他の方と意見交換する中で、自分の経験が乏しいところ、不得手なところ、取り入れるべきところも見えてきていることと思います」
ん、皆もその通りと自信に満ちた視線を返してくれた。
「ですから、向いている方向性さえ正しければ、皆さんが話し合って合意した手順、基準で暫く研究を進めていけば良いと思ってます。計画、実行、検証、改善のサイクルを回していくことで、過剰さも省かれ、安全と早さの適切なバランスも見えてきます」
「話がクドいね。方針はそれでいいだろうが、ザッカリーに全体を指揮させる訳でも無いんだろう? いくら皆が気を付けても、検証チームまで立てて、それらが独自裁量で動いて統制を取るなんて無理じゃないかい?」
師匠が意地悪な顔でツッコミを入れてきた。
うん、いいね。欲しいところで、適切に指摘してくれる人がいると、話がサクサク進んでありがたい。
「既存の手法だけで組まれたのが梅案なら、松や竹もあるのだろう? それを話せ」
ヤスケさんも、そっちを見てからでないと評価などできん、とせっついて来た。
うん、うん。
「勿体付ける話でもないので、それでは僕の提案を話しますね。僕の考えた策は二つ、一つ目は僕の立ち位置、皆さんとの関係を活かして情に訴えること。それによって、皆さんがこのまま進んでいいのか、と思い描くよう促せれば、統制足り得るかなと。二つ目は二重チェック体制に対する大幅な簡略案です。時を止め、対象を竜爪で消せる竜族の皆さんに協力して貰うことで、面倒な対策の代わりとします。暴発しようと被害を出す前に消してしまえば被害ゼロです。事故を起こさないのではなく、事故を消す。発想の転換ですね」
ここで、昨日、ベリルさん達に用意して貰っていた比較表を出して貰った。
松案は情に訴える、つまり心話で研究メンバーの心に強く働きかける策と、実験を消し飛ばす竜族の大札を導入する策の二つ。とてもお手軽で多分、ニ、三日で導入できちゃう。
竹案は心話で働きかける策と、二重チェック体制を簡略化した策の二つ。心話で引き締めを図る分、検証チームも多少は軽くできるんじゃないかな。
そして梅案。これは決まり事や基準、二重チェック体制をガッツリ用意することで、システム的に安全性を担保しようというモノだ。
ちなみに、早さ、必要とする資源の少なさ、安全確保、情報漏洩防止の観点で松案は圧勝。
梅案の利点は、情に訴えるという不確実性や、竜達という大札を切らずに済む程度だ。
さぁ、どうだと自信満々に示してみたんだけど、昨日、詳細を聞いていた調整組の面々は兎も角、他の皆さんは、緊張感すら感じさせる表情を浮かべたのが意外だった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
ラージヒル封鎖の件は、予想の範疇内で片付きそうで、アキもさらりと作業済に放り込みました。何かあってもアキが絡んでくる話にはならないでしょうから、そんなもんでしょう。
統制案についての話し合いが変則的なスタートとなったのは、やはりリアの不在が原因です。リアがいる時なら、小型召喚もアキが起きてくる前にリアの方で片付けておくことができるんですが、そんなリアも今は海の向こうですから。なので、アキが第二演習場に出向く必要があって、忙しく移動する羽目になりました。
そして関係者達に対して示された三案松、竹、梅。次パートからは具体的な説明をしていきます。松案で決まりでしょ、と自信満々なアキですがさてさて……。
次回の投稿は、一月一日(日)二十一時五分です。
<雑記>
今年の投稿はこのパートで終了です。お付き合いありがとうございました。来年ものんびり宜しくお願いします。