18-11.研究組の統制を取って!(後編)
前回のあらすじ:調整組四名の考えてくれた研究組の運用への意見を一通り聞きました。弧状列島+妖精の国が出せる最高のドリームチームである研究組と同等とはいわないけれど、その研究の検証ができる程度には優秀な第二チームが必要だね、という話になって、皆が渇いた笑いを浮かべることになりました。(アキ視点)
さて、では弧状列島にある三大勢力と共和国、それに妖精の国から意見も得られたから、その意見が統制に該当するかチェックしてみよう。
ロングヒル、エリーの意見は、王族が見学できるくらい安全性に配慮して、だ。実験を行う場合の基準、安全指針を決める際には役立つと思う。
連邦、セイケンの意見は、何でも皆で検討するのは非効率、でも最低でも二重チェック体制を敷くことでケアレスミスを防ごうというモノ。その道の専門家とはいえ、誰でも見落としはするし、勘違いもないとは言えない。それと変化の術の使い手であるトウセイさんだけは、現状で二重チェックできる人材がロングヒルに居らず、その問題を解決すべし、と。実際に二重体制の運用が安定すれば、安全性は高まるだろうし、多分、実験の質の向上にも寄与しそうだ。
帝国、ガイウスさんの意見は、全体をカバーすべき理論魔法学の人材が、研究メンバーの活躍する分野をカバーしきれておらず、不足部分を補う専門家を追加しよう、というモノ。これはセイケンの意見、二重チェック体制にも絡む話だけど、補いたい人材が理論魔法学にも精通していることが望ましい、という点に違いがある。最低でも二分野について一流であって欲しい、という要望だから、なかなかハードルが高い。そういった人材補強ができれば、理論魔法学の研究も捗るし、安全性や実験の質の向上、ケアレスミス軽減効果も期待できると思う。
共和国、ジョウさんの意見は、資源の投入は適切に、だ。必要な投資は認めるが、不足せず、過剰にもならないよう舵取りして欲しい、と。実験に対する見積もり、評価が正確になれば、それは安全性や質を確保しつつ、実験の早さにも繋がる良い方針だ。それをどう実現するのか、という部分に具体性がないことだけが欠点だね。
妖精の国、お爺ちゃんの意見は、実験を行う場合、替えの効かない人材であることも考慮し、もう少し慎重側に倒した判断をしよう、ってところ。人は熱い飲み物で、口の中をちょっと火傷した程度でも、思考に邪魔が入るくらいなのだから、最高の知性を最高の状態で働かせ続けることを考えたら、手間は増えても安全寄りの判断をしたいところだ。
……っと見直してみると、行動指針、最低限の条件、現体制の改善点には触れているけど、統制を取る、という部分に直接触れてないように思う。
「ねぇ、エリー。ロングヒル王家は師匠一人にもだいぶ振り回されてきた訳だよね? そして研究組は、そんな師匠に並ぶような逸材ばかりゴロゴロしてる。御する事なんてできると思う?」
「無理だと思うわ。それこそ鬼王レイゼン様や、ユリウス帝のような英雄でも連れてくれば、話は別だけど。でも、お二人に来て貰っても多分無理。必要なのは研究メンバー達にとっての英雄なのだから。でも、無理です、だから諦めましょうって訳にはいかないわ」
「だよね。研究メンバーの皆さんからしたら、竜神でも、連樹の神様でも、世界樹でも、依代の君でも、崇拝対象じゃなく、せいぜい協力者扱いだもの。そういう人達だからこそ、不可能に挑めると思うんだよね」
僕の意見に、皆も同意してくれた。元々、集める際にも、研究に必要があれば竜族のところにだって話を聞きに行く程度の人材であって欲しい、としたくらいだ。そんな小さなところに躓くような小粒な人じゃ期待薄だもん。
「なら、どうする? 問題点を洗い出した上で、やってくる代表達と共に考えるという手もあるが」
ジョウさんは一応、最低限の落とし所を示してくれた。
「んー、それでも悪くはないけど、自分達の手には負えませんでした、って降参するのは、なんか悔しいですよね」
「地の種族が持つ定番の対策は、効果は出るだろうが、人も場所も資金もかかり過ぎる。それに人数が増えると情報秘匿も難しくなる。何より、それらは研究組の統制に直結しない。難問だ」
ん、セイケンがホワイトボードに書かれた内容について面白い視点を示してくれた。僕も認識はしてたけど、ざっくりこれって二つの問題が混ざってる訳だよね。
「ちょっと状況を整理してみましょう。これって話が二つ混ざってますよね? そこを分けてシンプルにしてみましょう」
僕の提案に、ベリルさんがホワイトボードにチェック欄を追加して、それぞれの意見がどこに着目しているか示してくれた。
それを見て、お爺ちゃんが口を開いた。
「研究者達の判断指針はいくつか、体制強化でミスを防ぐ、活動の適切な評価を行うといったところじゃな。王族が実験に立ち会っても良いか常に考慮せよ、というのは統制に該当しても良さそうじゃ。事故が起これば研究活動が止まりかねない。それは皆が避けたい未来じゃろうて」
ん、確かに。
「あと、どの程度にするか、手間と早さのちょうど良いバランスを探るといった部分を考えると、現時点、手探り期間、安定運用期間って感じに分けられそう。となると、手探り期間に皆にもっと情報を横展開するように、手間でも安全寄りに判断するように、意識付けをすべし、と」
んー、過去の話でいえば、前のめりに召喚中毒になりそうだった賢者さんを節度ある生活スタイルに引き止めたのは何だったか。
お。
ソレ、かな。あの時も理詰めじゃ止めようがなかった。シャーリスさんが権力で止めるのも決定打じゃなかった。
ふむ、ふむ。
んー、なら同じ作戦が取れるか。
ちょい弱い。
なら強める策はある?
……あるね。
ちょい確認してみよう。その策が取れるなら、妖精族、竜族への暫定措置になるから。
「すみません、ちょっと十分くらい席を外していいですか?」
「どうしたの?」
「ちょっとね、お爺ちゃんと心話絡みで確認したくて」
「それは構いませんが、何をされるのですか?」
「お爺ちゃんとは、召喚の経路が繋がってて、やろうと思えば、経路経由で会話もできるじゃないですか。ソレが心話の代わりになるか確認しようと思います」
「心話の代わり、ね。まぁいいんじゃない? その代わり、上手く行っても、行かなくてもちゃんと説明すること」
エリーが上手く纏めてくれたから、お礼を言って、自室に移動した。念の為、ケイティさんも同席してくれた。それから暫く、お爺ちゃんと召喚の経路を通じて会話をしてみたんだけど、残念、代替手段とはできなかった。
◇
庭先に戻ると、さぁ話せ、と皆から促されたので、確認結果を話すことにした。
「試してきたのは、さっき話した通り、僕とお爺ちゃんの間で維持されている召喚の経路、ソレを通じた意思疎通が心話の代わりにならないかの確認でした。でも、せいぜい対面で会話する程度、それも視界がなくて声だけとかなりの劣化版で、心話の代わりとしては全然駄目でした」
これが心話と同等なら便利だったんだけど。
「まぁ、そんなところでしょうね。遠く離れた者に声を届ける術式もあるけれど、盗み聞きされる恐れはあるし、一方通行だし、しっかりと一文として組み上げて固まりを飛ばす感じだから、簡単な指示文程度が限度なのよね」
ほー。
「それでも遠距離の連絡が取り合えるなら便利だよね。どうして呪符の使い魔を飛ばす方が主流なの?」
「文字数が長くなるほど術式が失敗しやすくなること、受け取る側にもそれなりに魔術の使い手としての力量が必要なこと、具体的には連絡を受け取る為に、条件動作の術式を維持しておく必要があるのよね。それと盗聴される恐れがあることかしら。手間が掛かって割に追わないのよ」
「なるほど。お爺ちゃん達みたいに、術式を維持したまま活動できる人って、あまり多くないとか?」
「それができれば、探索者ならひっぱり凧よ」
ふむふむ。
「それで、アキ。確認を急いだのは、研究組の統制に役立つから、ということなのだろう? 結果は失敗だった訳だが、心話をどう役立てるつもりだったんだ?」
セイケンが横道に逸れた話を戻してくれた。
「えっとね、つまり、やろうとしているのは、召喚中毒になりかけた賢者さんを引き戻した、家族の真似事を心話でしようってこと。実際、もっと召喚状態で研究したい、という賢者さんの熱意を引き止めて、健全な生活スタイルに引き戻せたでしょう? 結局のところ、熱中している最中に、ふと引き止める記憶、立ち止まらせる経験があれば、研究メンバーの手探り期間に、慎重な側に考えなおそうって切っ掛けになると思ったんだ」
そう話したけど、皆さん、どうもピンとこなかったようだ。
「それは、直接、相手に強く、熱く語りかけるのと何が違うのでしょうか?」
ガイウスさんが皆の意見を代弁してくれた。
あー、なるほど。
「心話に馴染みのない方だと、確かにイメージし辛いかもしれませんね。これはミア姉にも効果的で、もう二度としないって誓わせるくらいの効果があって、感情撹拌って技名まで付けて貰えたんですけど――」
そうして、昔、ミア姉とあった出来事、僕が心話で何をしたのか、そして、その技法のエグいところなどを一通り説明してみた。
皆さん、心話という技法については知識があるから、ソレをやられると、どうにもならないこともしっかり想像できたっぽい。
エリーがげんなりしながら要約してくれた。
「つまり、心話の利点を最大限に活かして、手数で圧倒する訳ね。防御不能、回避不能の必殺技だと」
んー、ちょい違う。
「相手にしっかりと、自身の思いの全てをきっちり届けるだけで、勝ち負けって話ではないんだけどね。心話ができる方には軽く体験して貰って、事故が起きた時の本番をしっかり脳裏に描いて貰えれば、手探り期間の意識付けには十分だと思うよ」
そう見通しを話すと、ガイウスさんが恐る恐る、質問してきた。
「心話が難しい相手、例えば我々、小鬼族のメンバーについてはどうお考えですか?」
「そこは、効果がかなり落ちますけど、事故が起きた時のいろんな感情が入り混じってぐちゃぐちゃになっている状況になってしまった、という役に入って、言葉に意思を乗せて、心の奥底まで届かせたりすれば、普通にお願いするよりは効くと思います。僕ってミア姉からも想像力豊かだよね、って言って貰えてたから、それなりに迫真の演技ができるかなーって」
それを聞いて、ガイウスさんの表情が凍りついた。いやいや、そんな怖がる話じゃないでしょうに。
って思ったけど、お爺ちゃんが割り込んだ。
「アキ、そもそもじゃが、事故が起きてしまったとして、儂はアキが心話や言葉に意思を乗せる事をヤスケ殿に止められる可能性が十分あるように思うんじゃが。それにケイティとの心話も、相手との距離感を繊細に制御してやっとじゃろう? そんな心が乱れた状態では、うっかり距離感を間違えてしまわんか?」
ふむ。
「そこは、んー、ヤスケさんに見極めをお願いしましょう。ほら、人ってあまりに感情が振り切れると、妙に冷静な視点が持てる時ってあるでしょう? 制御された爆発というか嵐というか、そういう状態なら、許可も出るかなーって思う。あと、事前のお試し体験で、本番は避けたいって心の底から意識して貰えれば、それで十分だからね」
だから安心、と話すと、セイケンが額に手を当てながら、話を振ってきた。
「それで、その心話での体験とやらだが、どこまでを対象と考えているんだ? ケイティ殿が可能であれば、ソフィア殿やトウセイも体験させる気か?」
「そうですね。鬼族なら魔導師級の力量はあるわけですから、セイケンやトウセイさんは含めてもいいかなって思ってます。師匠とも心話はしてみたいけど、高齢だからそこはちょっと保留で」
これにはケイティさんが切り込んできた。
「アキ様、私との心話も、アキ様の心を限界まで落ち着かせて、私の心を感じ取れるギリギリの距離感に制していたのをお忘れですか? 感情が荒れている中、心話を行うのは避けるべきです」
ふむ。
「なら、荒れた状態は避けて、早さだけの体験ならどうでしょう? 意思を言語化するという時間稼ぎと、理詰めで考える余裕を奪い去るだけでも、かなり効果あるようですから」
素早く叩かれ続けても、そこに乗る感情が穏やかなら被害は軽微になるんじゃないかと。
「……それは竜族の方々が体験された後に決めれば良いだろう。そうか。先程、試していたのは妖精族にも心話で同じ事を手軽に行えないか、調べたのか」
ジョウさんが纏めてくれた。
「そうなんですよ。今のところ、所縁の品を使うか、本人が魔法陣に入るかしないと心話ができませんからね。賢者さんには心話でがっつり言い聞かせたかったんですけど、残念です」
これにはお爺ちゃんが割り込んだ。
「いやいや、アキよ、奴も元気さは有り余っておるが、儂と同じで、結構な歳じゅからな? 孫達に振り回されてはヘトヘトになっておるのに、心話の速さで休みなく感情を揺さぶられては倒れてしまうわい。老人には優しくと、依代の君も話しておったじゃろう?」
ふむ。
「では、妖精さん達との心話は研究課題にして貰うけれど、当座は感情をぎゅうぎゅうに乗せた言葉を届ける体験までにしておきましょう」
残念。
「ところで、エリザベス殿や私の体験は不要だと思うがどうだろう?」
ジョウさんが逃げを打ってきた。
「お二人が絡んで、実験が軽々しく行われる光景はなさそうなので、確かに必要はなさそうですね。お望みなら――」
そうは聞いてみたけど、思いっきり拒否された。
むぅ。
まぁ、これで一応、何とかなりそうだ。
◇
その後、共和国側と通信を繋いで、研究組の今後の活動に対する統制、安全性と効率を両立させるための方針について、マサトさん、ロゼッタさん、それとリア姉に説明することになった。
リア姉も心話を使って、研究者達の心に強く働きかける策については、案の一つとして出すのはいいと言ってくれた。ただ、心話は心話術師という専門家がいるくらいで、馴染みが無い人が大半だから、説明の際には、リア姉も通信経由で参加する、とのことだ。確かに僕はミア姉の指導は受けてきてるけど、こちらで学問的な意味で修得した訳じゃないからね。ありがたい話だ。
後は話をどう持っていくか、という話だけど、心話の持つ特性、皆と僕の関係辺りから踏み込んで行くことで、効果抜群と納得して貰えるんじゃないか、と提案してみた。子供っぽい気もするけど、男女の仲だって理屈じゃない、と感情をぶつけ合うくらいだから、悪くない作戦だろうって。
……すると三人から、昔、そんな事もあった、などと三者三様に、感情撹拌と名付けられた僕とミア姉の大激突と、その後のミア姉の凹み具合について、彼ら視点の話を教えられることになった。
僕の記憶だと、その騒ぎの後は、ミア姉は親愛の情をしっかり示した上で、注意してくれるようになったから、どんな時でも素直に耳を傾けられるようになったんだよね。
まさか食事が喉を通らないほど落ち込んでた、なんて聞かされても、全然記憶と結びつかないくらいだ。ミア姉は超演技派なのは確かだけど、そこまでとは想像できなかった。
いずれミア姉と心話ができる状態になったら、昔のことだけど平謝りしよう。当時の僕にとってミア姉に見捨てられるなんて事は、世界の終わりと同じくらいショックな事だった。だからもう心がピクリとも動かなくなるくらい全力で感情を、思いを、僅かな可能性でも掴み取ろうと、考えつく限りの方法でぶつけ続けたんだけど。
……今なら、ミア姉が本心を隠して、僕に反省を促そうとキツい言い方をしたと解るんだけど、その頃の僕は子供だったからね。
隠された思いや演技にまで、意識を向けられなかった。
あー、でも、小さい子にそんなとこまで考えろ、というのは無理筋だから、まぁ喧嘩両成敗ってところにしよう。
◇
体制強化の件は、ジョウさんの意見、暗殺者の刃ではないのだから、事故になろうと、被害さえ抑えられればそれで十分との指摘について、三人も交えて話しているうちに、そこを突破口に良いアイデアが閃いた。認知的枠組みの見直しって事だ。砂漠のど真ん中なら、大爆発しようと誰も文句は言ってこない。何が何でも安全に、王族も安心して見学できるように。その言葉に視野が狭められていた。
手札を見回してみれば、何てことはない話だったんだ。こういう時にこそ大札は使うべきだ、と。
こうして、研究組の統制について、松、竹、梅の三案を揃える事ができた。皆も条件はあれこれ付けてきたけど、反対意見はなし。
日もないし、明日、関係者を集めて、この三案を叩き台に、統制案の合意に持ち込もう。目指すのは自立型組織だ!
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではなかなか気付けないので助かります。
調整組四名+翁の意見を参考に、研究組の安定運用までの繋ぎ、手探り期間中、慎重側になって動けるよう、心話(と呪言)を使うことを思いつきました。
ただ、皆からは懸念が出たり、遠慮されたり、リアも案として出すのはいいよ、と言われたりと、どうも雲行きが怪しい雰囲気です。
それでも、大札を使うことで一応、研究組の統制をする松、竹、梅案を用意することができました。次パートからはそのお披露目です。
次回の投稿は、十二月二十八日(水)二十一時五分です。