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3-3.野山でのサバイバル術

前話のあらすじ:リア姉から、魔力感知に寄らない技を色々学びました。

午後の講義時間は、父さんの担当だ。


森林地帯での活動訓練ということで、迷彩服上下、踵までしっかり覆った革靴、それにヘルメットといったように、陸軍の軍人さんのような服装だ。鏡に映る姿を見ると、服に着られている感が強いけど、まぁ仕方ない。

館の裏手に行くと、防竜林の一区画が原生林のような植生に変わっていて、その手前で、父さんも迷彩柄の服を着て立っていた。離れたところに敷かれたシートにはロープやスコップといったサバイバル用品が沢山並べられている。


「お待たせしました」


「今日から、サバイバル技術について講義を行う。講義の間はハヤト先生だ。いいね」


見た目はせいぜい二十歳くらいの若者といった感じの父さんだけど、落ち着いた雰囲気と、深い眼差しが、長い人生を歩んできたことを教えてくれる。


「よろしくお願いします、ハヤト先生」


「うん。ただ、時間節約の為、野山での実地訓練は最終日あたりに一泊二日で行う程度になる。それっぽっちじゃ触り程度のことしかできない。本当はもっと確保したかったんだけど、今回はそれで我慢するしかないんだ。仕方ないんだが」


 とても残念そうだ。


「本当なら、どんな感じなんですか?」


「あそこにある長期行軍用のバックパックを背負って、七日から十日程度、山林を移動し、陣地を構築し、罠を仕掛けて獣を狩り、水を確保し、夜間は交代で監視を怠らず、といった具合だ。これを経験すると、浮ついた遊び気分も抜けて、いい顔付きになる」


あー、うん。そもそもそれに参加するだけの基礎体力があるだけで凄いと思う……


「あの、子供達は誰もがそんなことができるほど、体力があるんですか?」


「最終的には誰でもできるようになるかな。できるまでやらせるから、そこは疑問に思ったことがなかったよ。それにこちらだと逃げきれなければ、死ぬから、そうそう甘い考えは持ち続けられないものさ」


なるほど。どんなアホでも、そんな訓練を変わるまで、何十年と続けたら、嫌でも変わるか。


「よく心が折れませんね」


「折れないに越したことはないけど、まぁ、何回か折れた方が心が強靭になるのも確かだから、そこの見極めは悩ましいね」


さすが長命種。何十年か鬱病で苦しんでも、治癒すれば、いい経験だったね、で済ませる感性か。気を付けよう。


「では、まず基本装備の使い方について説明しよう」


そう言って、並べてある登山用品、キャンプ用品の類について、一つずつ丁寧に使い方、目的、注意点などを教えてくれた。実際に簡単に使ってみせる徹底ぶりだったこともあって、小一時間ほどかかった。


ロープの結び方だけでも何種類もあって、実際に結んで、引っ張って、解いて、棒状に結んでと、何度もやって、一応、最後まで一人で結べるようになった。


僕が悪戦苦闘する様子を傍でずっと見ているハヤトさんの真剣な表情は、僕の事を思ってのことだと言葉がなくてもわかるから、自然と作業に集中することができた。


「ここまでで何か質問はあるかい?」


「道具の形状も用途も地球あちらと同じ感じなのは驚きました」


「体の作りが同じなら、必要な道具の形は自然と同じ所に行き着くものさ。実際に、小鬼や鬼だって、大きさや材料こそ違うが、道具の形状に大きな違いはない」


そう言って、ロープを例に説明してくれた。あまり細いと手で握るのが難しく、強度の面でも不安がある。しかし、太いほど重量が増して、嵩張ってしまう。だから、定番のロープはだいたい太さが決まってくるのだと。


「さて、時間もないから、まずは歩き方を教えよう。大事なのは背筋を伸ばし前屈みにならないこと、足の裏全体を使って歩くこと、歩幅は短く、それと同じペースで歩くこと。ではやってみようか」


手袋を付けて、模擬の杖剣を持って、用意された訓練ルートを歩く。ぬかるんだ道、浮石、草が茂って足元がよく見えない道と、バリエーション豊富なこともあって、かなり手間取った。


「よし、そこまで。どうだった?」


「整備されてない山道を歩くのがこんなに難しいとは思ってませんでした。あと、バックパックは背負わなくて良かったんですか?」


言われなかったのを幸いと、敢えて終わるまで触れなかったんだけど、気になった。


「今回はアキの要望通り、必要最低限だから、バックパックはジョージが空間鞄に収納していることを前提としたんだ。背負って歩きたかっただろうが、それは別の機会に取っておこうか」


ハヤトさんは悪戯っ子のように笑った。いずれはあんなのを背負って野山を縦断かぁ……気が滅入るけど、今は先送りできるのだから、心の棚に置いておこう。今から考えても仕方ないんだから。


本当は使った装備の片付けや手入れまでやるところだけど、時間がないから、そのあたりはばっさりカット。

午後の訓練を終えたら、服を着替えて夕食を兼ねたお茶の時間だ。忙しい。





お茶の時間の後の入浴も終わって、寝るまでのちょっとした時間。

ケイティさんと一緒に、シャンタールさんが一抱えほどもある大きな金属製の鞄を持ってきた。

メイド服の女の子が大きな鞄を片手で軽々と持つ様子はやっぱり不思議な感じだ。


「アキ様、試作品ですが、妖精用の品ができましたのでご覧くだサイ」


蓋を開くと、小さな人形サイズのとんがり帽子やローブ、杖、靴といった服飾品がケース一杯、所狭しと並べられている。スケールは六分の一といったところかな。

人形サイズのナイフやフォークといったカトラリーや、ノートや鉛筆のような文房具も揃っている。


「よくできてますね。これは子守妖精用のものですか?」


「アキ様につく予定の妖精用で、サイズは子守妖精のものと同じですが、全て、新たに作成したものになりマス」


 シャンタールさんは衣類や小物の担当なのかな。


「新たに?」


「元々あった子守妖精用のものは、人形用としては十分な精度でしタガ、やはり本物の妖精が実際に使うことを考えると、作りが雑で実用に耐えないと判断されまシタ」


目を近づけて見てみるけど、例えばローブなんて、まるで実物をそのまま縮小したかのように精緻な出来で、見事な出来映えだ。レース糸で布を織ったのか、布の目が異様に細かい。


「これは魔術で小さくしたんですか?」


「いえ、アキ様と契約して顕現することから、召喚体もまたアキ様に近い魔力属性を持つことが予想されマス。そのため、これらは全て魔術なしで作成しまシタ」


そう告げるシャンタールさんはちょっと得意げだ。


「これならば、妖精もきっと喜ぶことでしょう。もしかしてドールハウスも用意中ですか?」


 これだけの準備をしているのだから、妖精用の部屋も準備されているだろうと思い聞いてみた。


「鋭意、製作中デス。完成後は、アキ様の寝室に備え付ける予定としていマス」


 ……やっぱり。妖精サイズの六畳間としたら、人間サイズ換算だと大き目の机なら乗る程度。かなり存在感がありそう。


「凄く、少女趣味な部屋になりそうな気が……」


「子守妖精ですので、常に近くにいる必要がありマス。できるだけ、デザインは配慮しますので、ご了承くだサイ」


確かに離れた部屋にいたら、見守る意味がなくなるから仕方ないけど。うーん、まさか自室にドールハウスが飾られるとまでは想像してなかった。


「ちなみにこれで試作品なんですか?」


「もちろんデス。本番では召喚された妖精の体に合わせて作りマス。これはあくまでも、このサイズで要求された品質を達成できるかどうか、どの程度の制作期間がかかるか確認するために試作したものデス」


「徹底してますね」


もう、溜息しか出てこない。地球あちらのことを色々言うけど、こちらだって大概だと思う。


「スタッフ一同、その道の一流職人なので、妥協はしまセン」


淡々と告げるシャンタールさんだけど、自他共に認める自信というものが感じられた。





 シャンタールさんが鞄を片付けて部屋を出ていくが、ちょっと気になったことがあるのでケイティさんを呼び止めた。


「ケイティさん、呼ばれる妖精ですが、子守の仕事をするという事は、給与は高めですか?」


「はい、もちろん役職上、高給となりますが、何か気になることがありますか?」


「妖精サイズの貨幣はないと思うので、使うのが大変かな、と」


 人が使う貨幣をそのまま妖精が持ったら大き過ぎて、分割前の円いピザか、掛け時計くらいになるだろう。


「給与は帳簿で管理して、必要に応じて現物支給しようと考えてます」


 なるほど。そもそも妖精って魔力も多そうだし、僕みたいに触ると魔法陣を壊しちゃうのかもしれない。そういう意味でも、直接持たせないのは正解だと思う。


「研究者という話だから、こちらの物とか書物とかは確かに欲しがりそうですね」


「そうですね。一応、換算表を用意していますが、適宜、見直しを行う予定です」


 情報に値段を付けるというのはなかなか大変そうだ。


 まだ眠くないので、もう少し話を聞くことにした。といってもいつまで持つかわからない。ケイティさんにはベッドの隣の椅子に座って話をして貰う。


「それでアキ様、何をお話しましょう?」


「子守妖精の仕事について、ちょっと教えてください。子守妖精の仕事が、子供に危険が迫った時にそれを防ぐということですけど、それって耐弾障壁のように、常時、周囲を警戒していて、危険と認識したタイミングで、障壁を展開して防ぐ感じでしょうか?」


 護符と違うのは、普段の生活を邪魔せず、しかも危険とあれば瞬時に介入、という臨機応変さを求められることかな、とは思うんだけど、どうなんだろう?


「はい。常時、警戒術式を展開し、一定以上の脅威に対して障壁を展開します。なかなか難しいのが水難事故で、鼻と口を覆う水量があれば窒息してしまうので判断が難しいですね。子供のバイタルデータから判断して、溺れている場合には顔の周りの水を障壁で排除します」


 なんでも安全側に倒して、という感じじゃないあたり、随分高度な処理をしてそうだ。


「それはまた大変そうですね」


「子供は、大人と違い、頭が相対的に大きくバランスを崩しやすい等、大人とは別の判断が必要になります。そのため、子守妖精だけは専門の人形遣いが教育する決まりとなっています」


「それはハードルが高そうですが、妖精さん、合格できるでしょうか?」


 年上の子供が小さい子の面倒を見るというレベルじゃなく、要人警護をするボディガード相当に思える。そうなると妖精さんといっても、物質界研究家という話だから、なかなか厳しい気がしてきた。


「アキ様の場合、体の方は既に成長を終えてますし、まるで箱入り娘を育てるように慎重に行動されているので、幼子特有の行動予測や、無謀な行動を止めるような訓練は不要と判断しました。訓練作業は限定できるので可能と考えています」


「……そんなに過保護でしょうか?」


 合格できそうというのは良いニュースだけど、そんな風に見えていたとは予想外だった。


「ガラス細工を扱うように丁寧な振る舞い、と思います。護衛のジョージからすれば、好ましい傾向ですね」


「ケイティさんから見るとどうですか?」


「こちらでは防衛戦では男女関係なく戦うこともあり、女性も結構逞しいんです。ですから、いずれ一般の女性と交流するようになった時に圧倒されてしまわないか、少し心配です」


うーん、逞しいミア姉は、なんか嫌かなぁ。


「とりあえず、そのあたりは実際に困った時、考えることにするとして。えっと、そうなると、妖精さんが担う仕事は、ジョージさんの護衛に近い感じでしょうか?」


強引に話を切り替える。


「そうですね。ジョージが護衛するラインのさらに内側、最終防衛ラインに相当する役割を担うことになります。通常は護符が担う部分です」


「普通の子供と違うのは、僕の場合、護衛としてジョージさんがいるから、その分、妖精さんの担当範囲は少なくてよいということですね」


「そうなります。例えば、アキ様が使われた魔導具が壊れて、周囲に破片を撒き散らす場合、ジョージが、アキ様と魔導具の間に割り込む事はほぼ不可能です。ですが、護符であれば、破片が体に接触する前に危険を検出して、障壁を展開して、身を守ることができます」


「そんな僅かな時間で?」


 それって、ハイスピードカメラで撮影するような超短時間だと思う。


「護符の動作はマイクロ秒単位が一般的ですので、十分、余裕があります」


 マイクロ秒、えっと、つまり、百万分の一秒! 


「それはまた、凄いですね。あ、でも、妖精さんも生物な訳で、そんな瞬間的に対応できるものでしょうか?」


生物が何か見て行動するには〇・一秒はかかるというし、いくら妖精でも、その十万倍も早く動けるものか疑問がある。

……十万倍。一日は八万六千四百秒だから、ざっくり十万秒とすると、僅か一秒の間にまる一日の思考を行えるということ。常時、高速思考をしていたら退屈で死にそうだし、普段は通常速度で危険を察知した時だけ高速思考に切り替えるとしたら、それはそれで凄い能力だと思う。


「妖精は呼吸をするように、魔術を行使すると言われてますから、瞬間発動も可能と考えられます」


うん。せいぜい秒間六十フレームも出せば、パラパラ映像でも滑らかにしか感じ取れない人間からすれば、〇・一秒単位でも瞬時だろうけど。

というか、例えば僕の三十センチ手前で魔導具が爆発したと仮定してみよう。破片の飛び散る速度はうーん、とりあえず音速くらいと仮定してみよう。音速は秒速三百四十メートル、えっと面倒だから、距離は三十四センチに揃えると、千分の一秒で障壁展開が終わってないと、破片は僕に刺さることになる。


その時間に、危険に気付いて、障壁の展開まで終わらせる?


 ……無茶としか思えない。


これから道具を使います、なら予め危険性を判断してある程度、変だと感じたら先行で障壁を展開するとかできるかもしれないけど、護符の代わりというくらいだから、突然飛んできた銃弾への対応もできないと駄目だろうし……うーん。


「なるほど。伝承を確認できる意味でも、妖精召喚は重要ですね」


時間制御ができるくらいのぶっ飛んだ魔術が使えることを期待するしかないか。

それも事前に発動条件を指定しておくことで、術者が意識するより前に時間加速を自動発動するとか。

時間制御魔術なんて、TRPGなら亜神級の難度だ。人類の最高レベルとかじゃなく、人間を辞めてるレベル。


……とはいえ、こちらの魔術だと市販製品でも保管庫とか言って、時間制御しているっぽいのもあるくらいだから、案外、そこまでイカれた話じゃないのかも。


「はい。アキ様の言われる異なる視点を持つ種族という意味でも期待しています」


ケイティさんの様子からすると、妖精さんの伝承とかは凄い内容がゴロゴロしてるのか、無茶だとは考えてないようだけど、なんか、どんどんハードルが上がってる気がする。あまり大変そうならフォローするよう注意しておこう。


……そこまで考えたあたりで、眠気が酷くなってきた。慌てて横になった。おやすみなさい、というケイティさんの声が良い子守唄になったようで、そのあたりで意識が落ちた。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


家族からの教え第三弾は父ハヤトでした。ハヤトの言うように、ずっと外で寝てる最中も警戒するような状況下に放り込んで揉んであげれば、大概の子供は真面目にサバイバル術に向き合うようになるんですが、アキに対してそうする訳にもいきませんからね。寝てるというより意識を失うといった感じですし。


次回の投稿は、八月十九日(日)二十一時五分です。

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