18-10.研究組の統制を取って!(中編)
前回のあらすじ:調整組の皆さんが、研究組の統制をしてくれ、と朝から押し掛けてきました。彼らの意見はベリルさんが板書してくれたので、そこに入ってない妖精枠ということで、お爺ちゃんにも意見を出して貰いました。五つも勢力が集うと話を聞くのも大変ですよね。それがそれぞれ種族が違ってて、常識レベルで結構ズレがあるとくれば尚更です。(アキ視点)
研究組の意見交換会に参加して、調整組が考えたことについて、箇条書きだけどベリルさんがホワイトボードに書き出してくれていた。確認すべき残りの意見は、連合、連邦、帝国、共和国の四つだ。
それじゃ、プロジェクトを支える人、物、金のうち、物を気前よく提供してくれている連合、ロングヒルとしての意見について確認しておこう。
「エリー、箇条書きには、不安の払拭、見学できるレベルとあるけど、これは、研究組の活動、実験のような器材、術式を使う行為について、市民の皆さんが見学できるレベルの安心、安全を考慮しろってこと?」
ちょっとオーバーに聞いてみると、そこまでじゃないと笑われた。
「いくら私達でも、竜や妖精、鬼が関与する活動に市民が口を挟めるレベルは求めないわ。ここでの見学は、例えばアキと並んで、興味を持った私や王家の誰かが実験に立ち会っても大丈夫だ、と言える程度には安全側に倒した判断をして欲しいの」
おや。
「一般人ではないし、魔術の心得もある方々だけど、万一にも怪我をさせちゃいけないって意味では、結構高めの要求とも言えるね。でも、ありがとう。かなり配慮してくれてるってわかるよ」
そうコメントすると、エリーも表情を和らげてくれた。
「王家が立ち寄っても平気なくらい安全には気を付けている。だから、多少の騒ぎがあっても慌てる必要はない、そう言いたいのよね。私達も目指すところは理解してるわ。だから、できるだけ縛りは入れたくない。ただ、これくらいはクリアして欲しいの」
なるほど。
「それはそうだよね。――ところで、これまでにも数多くのプロジェクトを師匠は手掛けてきた訳だけど、それに対しても同じレベルを求めてた?」
「そんな筈無いでしょ。言っちゃなんだけど、師匠は所詮、断トツではあっても魔導師級の術者よ。大規模な実験と言ったって、せいぜい戦術級術式辺りまでを想定しておけば良かった。もっと小さい規模だったり、逆に微細だったり繊細だったりする術式の話もあったわね。だから、予算オーバーや目標未達は気にしても、周辺被害については魔導師級の一般的な範疇ってところよ」
ふむふむ。
っと、これにはケイティさんがフォローを入れてくれた。
「アキ様、何でもないことのようにエリザベス様は話されてますが、魔導師は一部隊に匹敵する戦力と看做される存在です。日本で言えば、自衛隊でしたか。その方々が地域を区切って、そこで軍事演習を行う、それくらいの難度だとお考え下さい。比較の問題で、研究組に求められる安全性に比べれば、だいぶ下げたレベルであっても、その実施には充分な注意を要するのです」
それならだいぶイメージできる。というか、アレだ。演習区域周辺も含めて民間人立ち入り禁止みたいなレベルであって、実弾射撃訓練が入るなら、流れ弾の範囲なんかも含めて詳細な検討、準備を重ねないといけない話とわかる。
「だいぶイメージできました。できれば、実験日時に合わせて、大きな音がするかもしれないとか、想定される事象があれば事前にアナウンスしておきたいですね。予め知らされていれば、混乱もだいぶ抑えられますから」
「そうね。まぁ、でもそこまでは求めないわ。術式の予期せぬ挙動なんて、それこそ何が起こるのか想定できないんだから」
ん。
「理論構築が先行できれば、これまでには無い実験でも、想定される挙動をある程度絞り込めたりするんだけどね。それが当たれば理論は正しかった、外れたら何か想定漏れがあったって事にはなるから、エリーの言う通りだけど」
僕のコメントに、ガイウスさんも頷いてくれた。未知の現象を予言する。言葉にすると簡単だけど、それを為すのは並大抵の事じゃない。あまり期待を膨らませ過ぎないように気を付けよう。
◇
次は連邦、セイケンの書いた意見だ。
「次は、多人数検討の基準明確化、ですか。これは何でもかんでも皆で考える、なんて事をしていては非効率過ぎるから、その基準を定めようって話でしょうか。例えば、術者一人で試せる話なら立ち合いを一人付ければ十分だとか」
「概ねそんなところだ。ただ、研究組の扱う課題は、いずれも単一勢力の知では行き詰まってしまう内容を、他勢力の知を合わせることで突破しようという高難度なモノだ。なので、もっと何か別の基準が必要とは思う。アキやリア殿の膨大な魔力があって初めて試せるような課題は皆で漏れがないか検討を重ねた方がいいが、それなら実験に用いる魔力量が小さければいいかと言えば、トウセイの変化の術は、魔力量に関係なく全員の視点を入れた方が良いように思う」
ふむ。
「それは、様々な基準の軸を用意して、どれかに引っ掛かったら、皆で検討するイメージっぽいですね。あと、今、ちょっと気付いたんですけど、どんな検討や実験でも、理論魔法学のメンバーは絡んだ方がいい気がします。ただ、それだと、いくら小鬼族研究チームの頭数が多いと言っても、あちこちに参加してたら、理論研究に支障が出てくるだろうから、匙加減が難しそう」
僕の気付きに、ガイウスさんも同意してくれた。
「試す実験の概要だけでも伝えて貰えると、実験結果を後から教えて貰うだけで十分か、実験に立ち会った方がいいか判断できますね。軽い検証にまで、書類作成をしていると煩雑になりますが、ソフィア殿の異種族召喚検証も、集まったメンバーだけで軽く行える、と判断して、抜けが多いと多くの指摘を受けた訳ですから、暫く、その匙加減は皆で探っていくしかないでしょう」
確かに。
「この辺りまでなら大丈夫って判断基準の物差しが種族によって、かなり違いがあるのが悩ましいところですよね。あー、それと、それぞれの得意分野で大丈夫だと太鼓判を押されると、他の種族がそれに待ったをかけ辛いと思うんですよ。ほら、師匠達の異種族召喚検証も、その場で手を入れた魔法陣を組んで発動できるのなんて賢者さんしかできなくて、その彼が安全面も配慮した、と断言してると、そうかも、って思わされるところもある感じです」
僕の意見に、皆も同意してくれた。
「それって、街エルフや人族が現代魔法陣を語る、鬼族が集団術式を語る、竜族が竜眼で分析結果を語る、小鬼族が魔法理論を語る、のどれでも言えるわね。その道の専門家はその分野で他種族より詳しいのだから」
エリーの意見に、ジョウさんが折衷案を出してくれた。
「そこは二重チェックで安易なミスを回避するしかないだろう。例えば賢者殿が妖精の技について語るなら、同じ妖精族の誰かがそれを聞き、大筋で問題がないかチェックすればいい。他の種族の付け刃な確認作業よりは安心できるだろう」
なるほど。
ならそれでいいか、と思ったんだけど、セイケンがバツが悪そうな顔で割り込んだ。
「今の話には根本的な問題が一つだけある。我らが鬼族の研究者、トウセイだ。彼の変化の術はあまりに特殊過ぎて、今、ロングヒルにいる鬼族のメンバーでは確認作業を十分に行えないだろう」
「それは、トウセイさんの一族から、同じ技を学んでいる方をロングヒルに招けば何とかなります?」
「恐らくは。ただ、どのレベルまでチェックできるのかは、この場では答えられない。……だが、いずれにせよ、招くことだけは確定だろう。エリザベス殿、我々の滞在枠を一人、できれば二人増やして貰えないだろうか?」
「その方がトウセイ殿のような研究者肌の方であれば二名まで、セイケン殿のように武人肌の方であれば一名といったところでしょう。ただ、正式な判断は招く方の情報を戴いてから判断させてください」
「それで十分です」
セイケンも、それなら調整できそう、と安堵していた。鬼族は一人で部隊並みに強いせいで滞在枠を強く制限されてるからね。人数を増やしたいとよくボヤいているくらいに手が回らず、事務作業用に魔導人形の皆さんを派遣して補ったくらいだ。鬼族も本音としては、自分達の情報は自分達だけで処理したいと思ってる筈で、そこを魔導人形で妥協してくれているのだから、ロングヒルとしても配慮することに前向きにもなるってモノだ。
◇
次は、ガイウスさん達。
「帝国の意見は、多分野研究対応のためのメンバー増員が必須、ですか。小鬼族の皆さんは、人数的にはかなり優遇されていると思うんですが、それでも増員が必要というのは、研究分野の専門性が高過ぎるせいでしょうか?」
「その通りです。私達、小鬼族は皆さんほど長命ではないので、一人で複数分野を抱えるのではなく、各自が専門分野に精通し、そういったメンバーがチームを組むことで、複合的な課題に取り組むといった特徴があります。特に専門家が必要と感じているのは、やはりトウセイ殿の扱う変化の術とそれに関連する分野です。経路、心、魂、それに生物学。いずれも求められる深さで研究している者がいるのか、といった段階から着手せざるを得ません。私も集められた研究者達の扱う分野は把握していますが、その外となると疎い分野が多いのが実状です」
むぅ。
「それはそうですよね。人材の有無については本国に問い合わせて貰うとして、エリー、小鬼族の方々なら四、五人くらいなら許容範囲だよね?」
「要求人材がそこまでなら、ね。でも、アキも話してたでしょ。理論魔法学は全研究分野を繋ぐ架け橋、基盤だって。今はまだそれくらいでも、研究が進んで、何十人か追加したいって話になるとしか思えない」
「それはそうだけど」
「他の種族はまだいいけれど、竜族の担う分野を考えてみればいいわ。彼らは文字を標識程度にしか使ってなくて、その技法も個人技の範疇に留まってて理論体系もきっと明確になってない。理論魔法学的な内容に手を伸ばしてる個体だって居るかどうかもわからない。そうなると、彼らの技や知を学んで、理論構築をゼロから担う人材が必要になる」
小鬼族だけがそれを担う必要はないけれど、とも話してくれたけど、エリーの指摘した内容は深刻だ。
「ガイウスさん、昨日は空間跳躍について手を付けていると話してましたけど、竜爪、竜眼、傷の手当から玩具まで幅広く対応できる創造術式、竜族の瞬間発動術式、思念波の多様性などなど、竜族固有技は多いですけど、それって今のメンバーで手は足りますか?」
まぁ、この答えはわかってるけど、一応はっきり言葉にして貰うことにした。
「御推察の通り、とてもではありませんが手が回りません。そもそもが自分達には再現すらできない超技、竜神の名の通り、神の御業と称される範疇です。天空竜とは災いであって、どう逃げるか、隠れるかは研究されていても、その技の研究などされていません。手を付けているとしても街エルフの方々くらいなモノでしょう」
この意見に、ジョウさんも頷いた。
「ガイウス殿の言われた通り、我らは竜族と長年争った歴史があり、それだけに彼らの手口については研究を重ねてきた。だが、小鬼族と同様、その行動、攻撃に対してどう対応するか、邪魔をするか、回避するか、隠れるか、といった方面では研鑽してきたものの、その技をどう再現するか、原理は何か、といった方面からのアプローチは乏しいと言わざるを得ない。別途、本国にも問い合わせてみるが期待はしないでくれ」
竜の内面に触れたのもアキが最初であって、それまでは外から観察できる事象しか知り様が無かった事も忘れないように、と念押しされた。
言われてみれば、確かにその話はケイティさんからも何度となく教えて貰ってた。ミア姉は竜族に対しても心話を試みたようではあったけど、期待した結果は得られなかった、と素っ気なく書き残している程度に過ぎなかったし、心話で心を触れること自体が危険極まりない行為で、それに相性問題があってそもそも繋がらないことが多いとも言うし、ね。
◇
さて、ラストは全権大使のジョウさんだ。
「最後は共和国の意見で、可能な限り制限は最小に、と。これは判りやすいですね。安全策は必要だけど、やればやっただけ手間、時間を費やしてしまい、余計なモノが増える分、意識が無駄に発散してしまう。結果として目標到達までの道のりが遠くなり、何よりも貴重な時間が失われてしまう。それを防ごうと」
僕の解釈に対して、ジョウさんも満足そうに頷いてくれたけど、その後、すぐに目を細めた。
「アキも判っているとは思うが、これは後付けで正解を示すのは容易でも、事前に正解を見極めるのは困難という無茶振りだ。安定した研究を進める為にも、可能な限り事故は起こしたくない。だが実験環境内に被害が抑えられるのなら、予期せぬ事象が起きたとしても、それは暗殺者の刃ではないのだから、外に漏れない程度の緩い網で覆う程度で十分だ。いくら共和国と三大勢力が資金を出し合うと言っても無尽蔵じゃない。「死の大地」浄化作戦の事を考えれば、必要な分は出すが無駄は可能な限り削減して欲しい。これが子供のおやつなら、食育と食べ過ぎにだけ注意すればいいが、そうじゃない」
さすがジョウさん、街エルフらしい商人的思考だね。必要以上に費やした経費は、無駄なだけじゃなく、その予算を他の投資に回せたなら、得られた筈の利益すら失うことを意味する、とまぁ、そう言いたい訳だ。ケチって失敗したんじゃ話にならない。しかし、資金を投入するのなら、その額が適切であることを示せ、と。
「第三者による実験の検証をお願いするのが妥当でしょうね。研究メンバーの手を煩わせたんじゃ、研究の足を引っ張ることになって意味がないですから」
僕の意見に、エリーがふんっと鼻で笑った。
「ご立派な意見ね。各勢力の頂点に位置する研究者達が集い、互いに他が持たない技や知を持ち寄って考え出された試験を、研究内容を検証できる第三者を用意するのが現実的じゃないって一点を除けば、だけど」
うぐぅ。
痛いところを突かれて、しおしおな気分だ。でも、そこはセイケンが助けてくれた。
「そこは両者の中間地点のどこかが落し処であり、実験の検証を経験しながら、検証チームを鍛えていくしかないな。研究者達にやらせるのは本末転倒だが、検証チームに丸投げしてもまともな結果は得られない。研究者達とてゼロから思考を巡らせている訳ではなく、既存の概念を発展させたり、組み合わせたりするのが定番だ。それなら検証チームにそれなりのメンバーを揃えてやれば、まるで手が出ない、なんて事態は避けられるだろう」
その意見に、皆も一応頷いた。だけど、誰からともなく苦い笑みが伝播していって全員が溜息をつくことになった。
つまり、こういうことだ。
「現実的な落し処はそこだとして、それは最低でも研究組と同程度の規模、多分、質を量で補うのと、多面的に分析する手間の多さを考えると、それより多い人数の検証チームを用意しなくてはならず、その新たなチームもロングヒルに常駐する必要があるって話ですよね」
僕の意見に、ガイウスさんが更に追い打ちをかけてくれた。
「それと、可能なら実験概要を作成した時点での検証、実験実行後の検証の二つをするべきであり、次々に行われる実験ペースに合わせて検証できるよう、検証チームの手は常に空いているのが望ましいでしょう」
もう、現実的な解を出す思考は手に負えない雰囲気ぷんぷんになってきたので、ガイウスさんも理想的な話を言うならば、と言って、どこに出しても恥ずかしくない、ご立派な案を示してくれた。
うん。
すっごく素敵で、それができるなら最高だ。
まぁ、最初のエリーの突っ込みじゃないけど、そんな話は現実的じゃない、というのがほんと残念だ。
ただ、まぁ、僕達には逃げ道があるからね。
「各勢力がどれだけの人材を出せるか知りませんし、実験ペースに対して検証チームを多く用意し過ぎても、それこそ無駄の極致でしょう。その辺りは専門家にお任せすることにして、僕達は研究組の統制をとる、そこに注力しませんか? どうせあと十日もすれば決定権を持つ方々がやってくるんですから」
パンッと手を打って、そう提案すると、皆も異論無しと頷いてくれた。政に携わるエリーも、こんな話、弧状列島中からできる人材を集めなきゃ無理無理、とサッパリした顔で割り切ってた。
……また代表達にお願いする宿題が増えちゃったけど仕方ない。漠然とした方針を現実的な計画に落として行けば、必要なモノはどんどん見えてくるのが常なんだから。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
残り四勢力の意見も一通り聞いて、、これで五勢力からの意見が出揃いました。こうして気付きを集めてみると、頭数が多いように見えて、研究組の体制にも問題があったり、ミスが出やすい構造があったりと、悩ましい話です。
困った時の代表達頼み、自分達の手に余る部分が改善に必要そうとなれば、まぁそれも仕方ないところですよね。ただ、政をしている側からすれば、次に投げる相手が存在せず、とにかく結論を出さなくてはならない訳で、愚痴の一つ、二つ、沢山と言いたくもなりそうです。
まぁ為政者達とて、手に余る時には現状維持とするとか、検討すると称して先送りにするとか、逃げの手はあるにはあるんですけどね。ただ、それをすると時が失われてしまい、後から振り返ると、それが悪手だったりもするのが悩ましいところです。
次回の投稿は、十二月二十五日(日)二十一時五分です。
<活動報告>
以下、4つの内容で投稿してます。
雑記1:人生百年と言うけれど
雑記2:『アニソンの帝王』水木一郎さん死去
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雑記4:『超人ロック』等の聖悠紀さん死去