18-9.研究組の統制を取って!(前編)
前回のあらすじ:研究メンバーの皆さんが取り組んでいる内容を一通り聞くことができました。聞いた感じだと、やっぱりトウセイさんの変化の術の発展性の高さ、応用範囲の広さ、必要とする知識量の多さで頭一つ出てる感じですね。他の研究への波及効果も大きそう。あと、ケイティさんが研究仲間認定されて、ちょっと表情が強張ってました。まぁ皆さん、濃い方々ですからね。でも、そういう希少な人達との縁が持てるのは良いことでしょう。(アキ視点)
翌朝、庭先に調整組のエリー、セイケン、ジョウさん、それと研究組だけどガイウスさんの合計四人が押し掛けてきていて、急ぎで相談したい、と予定を捻じ込まれることになった。
まぁ、代表の皆さんや、一緒に来る予定の参謀候補の皆さん向けの資料作成は、基本的な方針を決めたら、大半の資料作成はベリルさん達を始めとするサポートメンバーの皆さんにお任せしているから、手が空いていると言えば、空いてるんだけど。
窓から庭先をちらりと覗き込むと、四人ともただ待ってるだけじゃなく、ホワイトボードの前にベリルさんを配して、結構、熱心にあれこれ話し込んでいる。表情からすると、うーん、かなり面倒臭い話っぽい。
「ケイティさん、相談ってことですけど、内容は聞いてます?」
「はい。研究組の統制を取って欲しいそうです」
ケイティさんも、言うだけなら簡単なんですが、と遠い眼差しをしていた。
困った時こそ、年の功。お爺ちゃんに助けを求めてみたけど、オーバーな仕草で、無茶を言うな、と溜息をつかれてしまった。
「アキも判るじゃろうが、専門家、特にその道の第一人者ともなると、口も達者で頭もよく回る。じゃから、望んだ方向へと向きを変えるのは大変なんじゃよ。そっちは駄目じゃと網を張っても、するりと抜けていくからのぉ。悪知恵ばかり働かせおって、と衝突してばかりじゃ」
尤も、それくらいの熱意と力もなく諦めるような輩では、嵐を抜けた高みには届かんがのぉ、とお爺ちゃんはキラリと目を輝かせもする。
なるほど。
言わんとするところは凄く良くわかる。その道の専門家達が口を揃えて無理だ、というような話を、有無を言わさぬ研究成果を叩きつけて黙らせる、そんな先駆者達がお行儀いい性格な訳がない。表面的な激しさはないかもしれない。けれど、僅か数枚の論文で簡潔に否定しようのない結論を示して、これが真理だ、と語る研究者の心の奥底には、決して消えることのない熱い炎と信念が宿っているんだ。
「皆を集める要に、皆を引っ張っていける手品まで使えって言うんでしょうか?」
どう考えても、引き摺り回されるだけで、引っ張るのなんて無理だけど。
「いえ。調整組の方々もアキ様がそのようなタイプのリーダーではないとは理解されています。ですが、プロジェクトを支える人、物、金の三柱を結集しなければ、統制はできないとお考えのようです。ですから、本日の相談では方針がある程度決まった時点で、本国のマサト、ロゼッタの両名にも話し合いに参加していただく予定です」
おやおや。
「奮発しましたね。まぁそれくらい必要でしょう。――それで、朝食は?」
「そちらは、庭先で皆様の話を聞きながら食してください」
「時間かかりそうですもんね。わかりました」
ケイティさんに朝の検診をして貰い、身支度を整える。鏡に映る僕は、なんて面倒臭い、って顔をしてたから、こうして相談に集ってくれるのは喜ばしいこと、と言い聞かせて、微笑ゼロ円とばかりに、歓迎の表情をあれこれしてみたり、軽く頬を叩いて意識を切り替えたりしてから、庭先へと向かうのだった。
◇
軽く挨拶をして、席に着くと、皆にはそのまま話を続けて貰いつつ、アイリーンさんが用意してくれたサンドイッチやスープを口に入れて頭をはっきりさせていった。
ホワイトボードに書かれている項目や話している内容からすると、昨日の意見交換会は、聞いた内容についてそれぞれで考えるように、と解散して持ち帰りとしたようだ。そして、三人もそれぞれが考えた内容を、この場で伝え合っているといったとこだね。
うん、うん。
何でも集まったまま話し合えばいいか、というとそうでもないし、込み入った話なら、他に邪魔されず深く考える時間を設けるのは良い策だと思う。
「ガイウスさんは、研究チームの取り纏めをしつつ、調整組のような視点も持つ二足の草鞋状態で大変ですね。お疲れ様です」
「私は研究に専念する立場ではなく、こうした場に参加することも仕事ですのでお気になさらず。ですが、意識の切替えが上手くいかない場合もあるので、調整組の視点からズレているようであればご指摘ください。本日の議題は研究組の統制。ならば、研究組としての視点に傾くのは問題です」
そうは言うけど、研究者達の話についていけて、なおかつ、政など、研究を支える範囲にも目を向ける、というのは、そうそうできることではない。そういう意味で、ガイウスさんもまた稀有な逸材ってことだろう。副官の人とか、ガイウスさん自身を支える人達もいる訳だけど、それでも凄いものだ。
「うむ。儂も妖精族の調整役としての視点を持つよう努めよう。いずれは雲取様にも参加して貰うべきじゃろうが、まぁ、今は時期尚早かのぉ」
「竜族の社会、政という意味では、確かにそうだね。ただ、竜族には、地の種族に対応した仕組みがないことが多いから、暫くは僕達が纏めた話を聞いて貰って、見解を伺うってとこかな」
僕の意見に皆も同意してくれた。雲取様も森エルフ、ドワーフを庇護下に置いているだけあって、竜族の中では、地の種族への理解はかなり深いほうだけど、それでも知らないことも多いからね。
さて。
「取り敢えず、連合というよりはロングヒルとしてだけどそちらはエリーが、連邦はセイケン、帝国はガイウスさん、共和国はジョウさんが意見を出した感じだから、妖精の国からってことでお爺ちゃんからも意見を出して貰える?」
僕の提案に、お爺ちゃんはホワイトボードに書かれた皆の意見をざっと眺めてから頷いた。
「妖精の国として、政の視点から話すと、今、この地に集っている研究者達は、他の種族の文化、技術にも理解を示す綺羅星のような存在じゃ。それぞれの種族の第一線にいる者達がこうして手を取り合い、共に目的に向かえることなど二度と無い奇跡かもしれん。その意味では、召喚体で参加している儂らは多少はマシだが、それでも心への痛手を避けたい意味では、何かあった時の強靭さに大差はないとも思う。その点では今少し慎重さがあった方が良いじゃろう」
それは確かに。
「竜族ですら、召喚した時、自分自身を視て、召喚体と本体とどちらが本当の己かと、思考がぐるぐるループしちゃったくらいだもんね。瞬間発動の術式だって万能じゃないから、慎重さは必要だよね。あと、雲取様もやらかしたけど、軽い気持ちで物凄い暴風を吹かして、森エルフの皆さんを空に吹っ飛ばしちゃったりもしたから、加減という意味でも、慎重さは欲しいね」
「その通りじゃ。それとな、ガイウス殿が昨日話しておった事にも絡むんじゃが、各種族が得意とする技や知を持ち寄り、それを混ぜ合わせることで未知を切り開く、それがこの研究組の凄いところではある。その為には自分達にはない分野への理解を深めねばならず、それ自体がかなりの難行でもある。そしてのぉ、そうして得られた新たな知見について、研究組を支える者達、政に直接携わる者だけではないが、そういった周囲におる者達もまた、話についていけるだけの理解をせねばならん。……あまり足を引っ張りたくはないが、置き去りにされては困るのも確かじゃ」
ぐぅ。
「確かに。よくわからないけど難しそうなことをやってるぞ、なんて認識じゃ、どこまで頑張っていいよ、と言えないし、もっと慎重に、と話しても、単なる掛け声倒れに終わっちゃうね。……ちなみに、皆さんに聞くけど、トウセイさんの変化の術を依代の君に適用する為の課題、理解が追い付いてなくて、漠然とした恐ろしさだけが先行しているように思えましたけどどうです?」
何せ、紅竜さんですら、目を見開いて、理解できない恐怖を露わにしてたからね。
この問いにはエリーが率先して思いを話してくれた。
「正直に言うと、交配させて有用な品種を生み出すのと、術式で手を加えて新たな品種を生み出すことの違いすら理解が追い付いてないわ。私も魔導師見習いとして、原理的には可能、という言葉の意味くらいは知ってる。炎の術式で原理的にはあらゆる物を燃やし尽くせるって話なら、鉄繊維タワシなら燃やすのは簡単でも、鉄球なんて溶かすのだって大変だと、実際には難しい範囲が理解できるから、恐れが先立つことはない」
「だよね。依代の君が創った炎は、水の中ですら燃え続けてたけど、アレは結果だけ得られる神術だから例外であって、原理的には可能と言っても、誰も空に浮かぶ月が砕ける様を恐れたりはしないと」
「そういうこと。でも、トウセイ殿の変化の術は、何というか、腹を痛めて生まれた子が魚だった、みたいなあり得なさ、というか忌避感、……言葉にし辛いわね。飲んでもすぐ何か起こる訳じゃないけど、何年か後に死に至る毒薬みたいな怖さを覚えるのよ」
エリーが顔を顰めて、何とか心を覆って拭えない感情を言葉にしてくれた。
セイケンもその意見に頷いた。
「私も同じような感触を持った。トウセイ殿は変化した姿では子を為すことはできないと話していたが、それは、今、できないだけではないか、という思いがどうしても離れないんだ。特に依代の君の変化した姿の話は、本来なら越えられない一線を飛び越えている印象が強い。無から体を生み出すのに比べれば、変化後の体が子を為すことの方が容易ではないか、とも思えるのだ」
セイケンも一児の父だから、魔力の薄い環境に順応した新たな在り方、鬼人としての姿が仮初ではなく、それ自体が種族として成立するようになったなら? それは鬼族との新たな姿ではなく、人族や小鬼族のような別種ではないのか、ってとこか。
ジョウさんはと言えば、そこまで危機意識は無さげか。まぁ比較すれば、だけど。
「我々、街エルフは他種族の方々が呆れるような手間をかけて、成人となる者にはあらゆる分野について仕事にできる程度には習得させている。だから、トウセイ殿の持つ技の隔絶した域に肩を並べることはできずとも、話についていけない程ではない」
ほぉ。
「それにしては、遺伝子工学的な部分はそれほど踏み込んでない印象がありましたけど?」
ジョウさんは、頬をぴくっとさせながらも、落ち着いた口調で教えてくれた。
「世代を超えた遺伝については植物を用いた品種改良までしか手を出してない。それだって外と隔離した施設で慎重に扱って、花粉一つ外に出さないよう注意してるんだ。それに動物の在り方に手を入れる技は禁術として、扱いを許可しているのは一部に限られる。何でもできる、我々のソレが目指しているのは、浅く広く基礎を理解し、政に皆が理解して意見を持てる程度のところまでだ。そして、トウセイ殿の踏み込んでいる域は、禁術、それも一つや二つでない逸脱した域を掛け合わせた深奥だ。彼のような天才がごろごろいるなどとは思わないでくれ」
そういうことか。ふむふむ。
確かに、いくら何でもできると言ったって、どの分野の専門家としても働けます、なんてレベルで習得させてたら、どれだけ長寿でもカバーしきれないだろう。
「広く浅く、でも基礎はしっかり理解できるように。僕がミア姉に伝えた知、マコト文書に通じる話ですね」
うん、うん、と納得顔で話すと、ガイウスさんがそうではない、と首を横に振った。
「アキ様、その認識は少し、いえ、かなりズレています。百億の民が五千年かけて積み上げたマコト文書の知、それが照らす分野はとても広く、そして深い。そもそも、アキ様が研究者達や政をしている方々の誰とでもそれなりに話ができる、相手の言うことに着いていけること自体が普通の域から大きく飛び出しているのです」
むぅ。
「あ、いえ、非難する気持ちは一切ありませんので誤解しないでください。アキ様が一足飛びに理解するのが難しい話も、段階を踏んで学んでいけるよう、踏み台を用意して下さっていることには大変感謝しているのです。我々だけでは、例え竜族と話を交わせるようになったとしても、こうもスムーズに両者の文化、生き方の違いを理解することはできなかったでしょう。比較文化学でしたか。敵という視点でしか互いを見ようとしてこなかった我々の中からでは、千年先ですら出てきたかわからない尊い概念、学問です」
ガイウスさんが懸命にフォローしてくれたから、僕も心に沸いた不満をゴミ箱送りにできた。
ふぅ。
お爺ちゃんの意見出しと、それに対する反応は確認し終えたから、改めて残り四勢力の見解を確認していこう。これはなかなか骨が折れる作業だ。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
研究組の活動内容は把握できたものの、彼らの自由さ、制御の効かなさに調整組がかなり危機感を持ったようで、朝から押し掛けてきました。
アキは皆を牽引していくタイプのリーダーではないので、調整組も言うように、人、物、金の三柱を結集しないと、研究メンバー達の統制なんて夢物語でしょう。
全員、協力意識はあるし、研究意欲も旺盛、自分達にはない他種族の知識への取り組みも貪欲と、アキの望む特性を全部兼ね備えていて、実力も弧状列島ではこれ以上ないってほどのドリームチームなんですが……。
全員、アクセル役でブレーキ担当がいないんですよね。
という訳で、中編、後編と暫くは知恵を出し合っていくことになります。
次回の投稿は、十二月二十一日(水)二十一時五分です。