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18-8.研究組との意見交換会(後編)

前回のあらすじ:召喚術という歴史書にいくつか残る程度しかない大魔術を、近所に買い物に行くようなノリでぽんぽん普段使いしてる、というのは、話には聞いてても、やはり実際に触れると驚くようです。ヴィオさんのように驚いてくれる一般枠に近い方がいないと、どうもこの辺りの感覚は鈍りがちですね。(アキ視点)

ザッカリーさんが細かい調整を先送りにしてくれたおかげで、やっと各人が研究内容を報告する流れに戻ることができた。多分、あのまま話をしていても、皆が合意できるような運用方針を決めることは難しかったと思う。


何故かと言えば、やっぱりこの研究活動を支える財閥の発言を行う人がこの場にいないからだ。プロジェクトを推進するのに必要なのは人、物、金。このうち、人、つまり研究する皆さんは僕が声を掛けて集まって貰えた。物、この場合だと研究拠点、場所ってとこだけど、これはロングヒル王家が気前よく提供してくれた。そして金。研究というのは成果がでない限り、何も生み出すことはなく、ただ、ただ、資源リソースを消費していくのみ。それでも活動を続けるための資金、それを提供しているのが財閥だ。三つの柱のうち、一つが欠けていては大方針を決めるのは難しい。


ここにいるメンバーが合意しても、財閥が認めるとは限らないのだから。そして資金というのは、打ち切られれば、もうプロジェクトは空中分解するしかない。空を飛んでいる時に、燃料が無くなったような話なのだから。


そうなると、後は墜落、プロジェクトの解散に陥る前に、新たな燃料をどこかからか集めてくるしかなくなる。できなければ地面に激突、粉微塵だ。


幸いなことに、研究組を支える財閥は、研究組の活動の価値を諸勢力に示し、相応しい対価を提供して貰うことで、単独で底なしバケツに資金を注ぎ込むような事態を避けることができていた。研究者で活動を金に変える事まで上手いなんて人はそうそういないからね。まぁ、偶にいるんだけど。


これには別の側面もあって、資金を出しているということは、プロジェクトの利害関係者ステークホルダーだと言える訳で、だからこそ、プロジェクトに対して意見も言いやすいって事も意味する。これが研究者の参加を認めてるだけなら、その発言力はかなり目減りしてしまうからね。実のところ、研究組の活動に必要な資金は、国家予算に比べれば微々たるものだ。ここで言う国家は連合、帝国、連邦クラスの意味で、ロングヒルくらいの小さな国だとまぁ、多分、国が傾くか破綻するレベルだろう。





二番手の発表者は賢者さんだ。


「それでは、私が興味を持ち、研究している内容を紹介しよう。それは、精神防壁の見直しだ。皆も知っているように、依代の君の言葉は、召喚体だけでなく、召喚の経路パスを通じて、妖精界にいる本体にまで響いた。ソフィアの着眼点にも通ずる話だが、世界を超えて作用が及ぶ現象への理解が進むことは、世界の間を繋ぐ次元門構築への一助となると考えたからだ」


依代の君の意思を載せた言葉が本体にまで届いたってかなり焦ってたもんね。放たれた言葉は、立ち会っていた妖精さん達に向けたモノじゃなかったのに、世界を超えて届いた。


なら、自身に向けられた言葉だったなら?


それは脅威を感じて当然だろう。スマホでゲームをやってて物語を楽しんでいるプレイヤーだと思ったら、ゲームから現実世界の自分、その心を直接揺さぶってくる経験をした訳だから。


戦争映画をスクリーン越しに眺めているつもりでいたら、スクリーンを突き破って銃弾が頬を掠めて飛んできた、それくらい驚愕する事態だもんね。


「確か、既に精神防壁の類を追加してみたんでしたよね?」


僕の指摘に、賢者さんは肩を落とした。


「多少は効果が期待できるだろうと、防壁を導入してみた。ただ、皆も知るようにそれは効果が無かった。残念ながら経路パス、心、魂といった分野への理解が足りていないと痛感させられたとも」


確かに、さらっと思いつく程度の策では対処療法にもならなかった、というのは残念ではある。だけど、賢者さんは上手くいかない事を歓迎するような笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「ただ、それは理解を深めることで、更なる高みへと手を届かせる余地があるとも言える。妖精族だけでは届かずとも、妖精族にはない視点、技術を持つ皆と手を取り合うことで、これを打破できるだろう」


この一年で何度も経験してきた事だから、この言葉は皆によく響き、なら協力していこうとの賛同も得ることができた。


ザッカリーさんも、研究組が纏まり、次元門研究に繋がる話に満足そうに頷いた。


「心話、経路パス、心、魂。私達が日常的に使うこれらの技法、概念だが、より高位の事象に触れたことで、その理解では足りないことが明らかになった。理論構築と検証の両輪によってのみ、この壁は超えられる。今後は両者のバランスも「見える化」していくか」


これは、地球あちらで言えば、ニュートン物理学だけで説明がついてきた時代から、相対性理論が必要になってきた現代へと推移するような話だね。日常生活の範囲、人が五感で対応している範囲ならニュートン物理学だけでも用足りるけど、GPS衛星による測位システムを使おうとすると、秒速八キロ近い速度で周回している衛星内の原子時計が刻む時間のズレは、相対性理論じゃないと説明がつかないって話だ。


なんか、時代の変化を起こす、その瞬間に立ち会ってる気がして楽しくなってきた。





三番手はトウセイさんだ。


「それでは、私が着手している研究についてお話します。今、取り組んでいるのは変化の術の改良です。具体的には、依代の君が変化の術を使い、それによって、彼の望む姿、成長した大人の姿へと変身できることを実現するものです。次元門構築に直接的に寄与するものではありませんが、体を持つ生き物と、信仰によって形作られる存在を比較・研究することで、生物学、心術、魂、経路パスといった部分への理解は大きく進むと思います」


ふむ。


トウセイさんらしい、少し抑えた発言だね。でも、賢者さんの発言内容にちゃんと被せてアピールしてくる辺り、結構苦労してきたんだろうなぁ……っと、思考がちょいズレた。


「トウセイさん、すみません、変化の術について詳しくないので、ちょっと教えてください。依代の君が変化の術を使うことで、生物学への理解が深まる、というのは、変化後の体を構築することと関係していますか?」


「その認識でいい。私は巨人へと変身するが、その体を構築した際には、私、つまり鬼族としての心身を基盤として、その一部、体の大きさに手を入れた原初細胞を創り、それを成長させるという流れを踏んだ。だから魔力の少ない環境に適応させた、人族に近い鬼族の体を創るのは比較的、難度が低いが、竜族を人族に変えるとなると、一部に手を入れるだけでは、きっと望む姿にはならない。そして、依代の君の場合、そもそもこうして人族の姿はしているが、その存在は世界樹の枝から創った依代人形による仮初の姿であって、生き物の範疇から外れている訳だ。そうなると、今の彼に近しい原初細胞を無から創り出し、それを成長させるという段階を踏むことが想像できるが、これは一部を弄るのとは訳が違って――」


トウセイさんがよくぞ聞いてくれた、とばかりに流れるように説明をしてくれたけど、さらっと説明してるけど、やってる事って、特定個体から生殖細胞を創り、更に任意の遺伝子操作を行い、異空間を揺り籠に、望む状態まで成長させようって話だよね?


地球あちらの技術じゃ、その流れで成長させても、何も経験のない脳はプレーンなままで、その状態じゃ赤子のように本能ベースで動くことしかできないと思う。でも、トウセイさんの技術だと、変化後も本人と同様に、体だけ変えたかのように問題なく動けている。つまり、本体の脳のネットワークを何らかの方法でコピーしてるって事だ。


言ってて、何話してるんだか、ってレベルだけど、他の人は着いていけてるのかと思って探ってみると、あー、これは不味い。多分、トウセイさん以外、話の上っ面しか理解できてない。


「無から何かを創るとなると、それこそ創造術式か、神術の出番っぽいですね。ところで依代の君が神術を使って原初細胞を創るとした場合、術の使い手は生き物とは何か、その根源に迫るようなかなりの知識、理解がないと術式が成功しないって事になりませんか?」


僕の指摘に、トウセイさんは理解者を得たとばかりに笑みを浮かべて、説明してくれた。


「その通りだ。今あるモノを参考に、細胞を増やし、手を入れるのと、ゼロから細胞を創るのでは、その難度は比較にならない。想像できない術式は成功しない以上、発動は依代の君が担うとして、魔法陣を用いて私も参加する集団術式の体裁を取り、理解を補うなどした方が現実的だろう。あぁ、だが、変身体の土台となる原初細胞となると、何年かは存在し続けるような強固な創造でないといけないし、成長させていく過程で、正常な細胞に置き換えていかないと――」


トウセイさんの思考の連鎖がどんどん進んでいくけど、ここでザッカリーがストップをかけた。


「トウセイ殿、話がかなり先まで進んでしまっている。今はここまでとしよう。そもそも変化の術は、どの種族も成し遂げてこなかった鬼族の技、というよりトウセイ殿だけの技だ。こうして皆の顔を視る限り、私も理解不十分だが、皆も足りているとは言い難いように思う。それに以前、トウセイ殿は変化の術を導入すれば、四、五年で変身した姿を手に入られると話していたが、何も知らない者達に広く横展開していけるほど、術式が平易かと言えば、疑念があると言えそうだ。我々が何を知らないのか、今後、協力して明らかにしていこう」


この提案に、この場にいる全員が同意を示した。というか、派手な爆発とか、召喚体形成とかの目を惹く話はないけど、術式のヤバさで言ったら、実はダントツなんじゃないか、と誰もが感じたようだった。


そこで、こちらの技術というか概念がどの程度かざっくり把握しようと、地球あちらで研究されてきた内容、老いを病と看做して治療するとか、病になりにくくなるとか、丈夫になるとか、遺伝ベースの影響が大きい才能を伸ばすといった子々孫々まで続く遺伝子に手を加えるとか、その技を細胞ベースのありとあらゆる生き物全体に広めて、都合のいい種を生み出す、とかそういった取り組みについて、各種族はどの程度取り組んでいるのか聞いてみた。


……聞いてみたんだけど、その時の皆の表情は、なんとも酷いものだった。紅竜さんですら、異質な存在、というか概念上の存在、悪魔を観たとでもいわんばかりの驚きと恐れが目に浮かんでいた。


害虫を駆除して、益虫を育てる、より有益な個体を集めて育てて、その形質を高める、その延長線上にある話で、突然変異で変化するのを待つのではなく、意図的に望んだ変化を生み出す点では、トウセイさんの変化の術と同じですよね、と同意を求めてみた。だけど、ちょっと変身してみたい、という話と、世界の全てを思うがままに書き換えるのは、まるで違う、と全力否定されてしまった。


 むぅ。





「アキ、君の知識・発想、つまりマコト文書の知だが、やはり大変慎重な扱いを必要とすると言わざるを得ない。ケイティ達、サポートメンバーもくれぐれも注意してくれ。依代の君も不用意に試す誘惑には乗らないように」


ザッカリーさんが、一瞬で何歳も老けたかのようなお疲れ顔で念押ししてきた。


僕は当然と頷いたけど、依代の君も子供らしい無邪気な顔を引っ込めて、重々しく頷いた。


「その意見にはボクも賛成だ。今、アキが話した内容はマコト文書の非公開部分であって、ボクの知らない領域だ。だが、基礎分野の知はボクにもあり、だからこそ、軽々しく扱ってはならないと理解できる。無から針の先ほどの細胞一つを創る、それを可能とする知が世界そのものすら変えうる、ということの意味は漠然としかわからない。そして、そんなあやふやな理解で弄ってよいモノではない。約束しよう。ソフィアがしていたように、途中までを確かめるような堅実さを持って、ここにいる皆と共に理解を深めながら進んでいくと」


彼の宣言に、皆は両手をあげて賛成した。手を加えた結果がどうなるか、わからないことが何よりも恐ろしい。特に子々孫々まで波及していく形質に手を入れるとなれば、それがどんな影響を与えるのか、そもそも制御可能なのかすら不明だ。


地球あちらで言うバイオセーフティレベル四、完全隔離施設でないと扱ってはいけないヤバい技術ってことだね。


まだ遺伝子の一部に手を入れるCRISPR(クリスパー)Cas9(キャスナイン)レベルの段階ではあるけど、生殖細胞から成体まで成長させて、更に脳のネットワークを本体と同等にするというだけでヤバさが半端ない。地球あちらではまだ世代交代できる細胞を創ることはできてないけど、依代の君が望む変化とは、まさにそれを実現する話だ。原理的には、細胞ベースの生き物なら何でも創れてしまう。世界創造の神の御技、まさに禁断の技術だ。


まぁ、タンパク質を組み上げて細胞を創るのと、生殖細胞そのものを創造術式で創り上げるのは、結果は同じでも過程はまるで違うから、そこまで危惧する話じゃないかもしれないけど。





四番手は紅竜さんだ。


<私からは研究組に絡む話として、黒姫、白竜の活動について報告しよう。黒姫は我々、竜族も僅かな時しか利用しない「世界の外」について、世界樹と共に理解を深めようとしている。ただ、研究内容については皆が識るに足るだけの資質を備えるまでは語るつもりはない。これは以前も話したように、皆を守るための方針だ。白竜についてはソフィアと共同研究をしており、その内容は聞いた通りなので、特に補足する内容はない>


紅竜さんの報告はシンプルなモノだった。研究はしている、しかし詳細は話せない、と。これにはザッカリーさんも同意を示した。


「お心遣いに感謝します。もし、これまでにない新たな試み、実験をされる際には他の竜達、可能であれば我々にもお話ください。多面的に捉えることで、何か気付きがあるかもしれません」


<その意見は尤もだ。黒姫に伝えておこう>


ザッカリーさんのお願いにも、紅竜さんも当然のことを了承してくれた。世界の外が絡むとなると、竜族以外には今のところ手が出ないからね。僕達と懇意にしてくれている天空竜で、世界の外を研究してくれているのは黒姫様だけなのだから、安全面には細心の注意を払って欲しいところだ。


五番手はケイティさんだ。


「私からは、財閥・研究所が行っている活動についてお伝えします。一つは「死の大地」の地脈に対して使うことを想定している浄化杭について、その中枢である浄化機構の試験用機材の作成ができました。もう一つの活動である、帝国領での呪いの研究に同機材を持ち込むことで、呪いに対する理解を深めていくことができるでしょう」


 ほぉ。


「ケイティさん、それってどういった工夫がされているんですか? 普通の浄化術式との違いがあれば教えてください」


「そうですね、一般的な浄化術式との違いは、浄化範囲、強度を厳密に設定できる点にあります。例えば、呪われた地に漂う闇、漂う弱い呪いを浄化する程度の強度で、手が届く程度の狭い範囲だけに力を及ぼす、といった制御ができます。一般的な術式では投入した魔力を基点浄化に向けて作用させますが、その範囲や強度は投入した魔力に比例するだけで制御はできませんでした」


 ん。


「つまり、呪いの基点を残したまま、漂う呪いを部分的に削って影響を調べる、みたいな事もできるようになると」


「はい。また、呪いを浄化するのに足りない強度も指定できるので、浄化されない程度の刺激を与えた場合の挙動も測定できます」


 ふむふむ。


「それだと、浄化機構が呪いの反撃を受けちゃいません?」


「浄化機構自体は、リア様が魔力付与をされています。並みの呪いが接触しても消滅するので心配はありません」


「外に放出する浄化術式自体は制御できるけど、浄化機構自体はこれ以上、何かが作用する余地がないって感じですね」


「そうですね。アキ様が使われている長杖と同じです。外から干渉しようとしても、どうにもなりません」


ケイティさんの説明に、皆もあぁあれか、と納得してくれた。今のところ、鬼王レイゼン様が全力で挑んでも、長杖に魔力が通らなかったからね。この分だと長杖で基点を突けば崩壊させることもできそう。ただ、浄化と崩壊は違うから、試す意味は薄いとは思う。


呪いについては誰もが詳細な知識がない状態なので、意欲的に分析に取り掛かりたいと思えるだけの取っ掛かりがない感じだ。だからか、ザッカリーさんが、呪いの分析については専門チームの動向を逐次、把握していこうと話すと、特に異論は出なかった。


おや、師匠が手を上げた。


「ケイティ、ついでに森エルフやドワーフ達と共に研究している心話魔法陣の改良の方も話してくれるかね?」


「あ、はい。これまでの改良によって、私とアキ様との間で心話を行えるようになりましたが、負荷軽減を心の距離で操作するアキ様独自の技に頼っており、リア様と心話を行うことができていない状況です。精神防壁を設けることで負荷を減らすことも考えましたが、その場合、心話であるにも関わらず弱い側、私はアキ様の心を認識できるのに対して、アキ様は私の心を認識できないといった事態に陥る副作用が避けられない状況です」


「心話は心を触れ合わせる。つまり双方向交流だ。その間に壁を立てたら確かにそうなるだろうねぇ。何か策はあるのかい?」


「一部の魔導障壁は遮断ではなく一方通行の効果を発揮できます」


「透明化の術式なんてのはそうだね。相手からは透明になるが、術者の視界まで透明化はされない」


 自分の姿が消せても、自分も周囲が見えなくなっちゃったらそんなの危なくて使えないもんね。


「それを精神防壁に応用して、アキ様からの圧は下げつつ、私の側からは素通しか、増幅できれば、と考えているところです」


 おー。


「心話に新たな技法が加わるとなれば、他の研究にも役立つかもしれない。今後はその話も適宜、研究状況を話してくれるかい? 心話や精神防壁に手を出してるメンバーは多い。協力できるシーンもあるだろうさ」


「では、そのようにさせていただきます」


ケイティさんが遠慮がちに告げると、研究組の面々から、同じ研究をするんだから他人行儀は無しだ、と言われ、少し困り顔を浮かべていた。それでも、宜しくお願いします、と頭を下げて、皆からも気前よく受け入れられることになった。





最後はガイウスさん達、小鬼族チームだ。


「それでは我々の取り組みについて報告します。我々の専門分野は理論魔法学であり、各種事象のことわりを明らかにしていくために日々、思索を深めている訳です。そして今、取り組んでいるのは、空間鞄における空間制御、保管庫における時間制御、そして竜族の空間跳躍テレポートの比較に取り組んでいます。空間と時間は分けて考えるものではなく、空間跳躍テレポートも、離れた場に瞬時に跳躍するという意味では、空間と時間の両方の概念を含むと考えたのです。竜族の方々にお話を伺ったところ、知らない場所には跳躍できないとの事で、それは対象を明確にイメージする必要がある古典魔術に通じる概念であると――」


そのままだと、いつまでも沼に沈んでいきそうなので、ザッカリーさんが割り込んだ。


「ガイウス殿、理論的な考察は別の機会としよう。ところで他の研究者達の発表からは、理論魔法学の絡む部分は多いと感じたが、これをどう思うか話して欲しい」


 ん、ナイス判断。


小鬼族チームも皆の発言を聞きながら、メモを取ったり、指技で意見交換してたりと、静かだけど活発に議論してたっぽいからね。どんな意見が出てきたか聞いておきたいとこだった。


「他の皆様の発表を聞き、様々な検証実験や、既存の理論魔法学を拡張するアイデアを色々と思いつきました。また、我々のチームでも手が届かない分野、生き物や心への理解を深めなくては、理論構築に取り掛かれないとの危機意識も覚えました。複数の分野を繋ぐ理論構築には両分野への深い理解が欠かせません。せめて話ができる程度にまで追い付けるよう取り組みますが、その際はご協力をお願いします」


今の自分達では手に負えない、と正直に認める発言だけど、それに文句を言う人はいなかった。ここは一応、要としての立場でもある僕の意見、期待を示そう。


「どの種族も、他の種族にない得意分野があって、そこを持ち寄るからこそ、突破口が開ける訳ですからね。それに個人の感性だけでなく、誰でも理解できることわり、理論魔法学こそが、全分野を繋げる架け橋です。大変と思いますが宜しくお願いします」


「期待に沿えるよう尽力致します」


全ての架け橋、礎であると告げたことで、小鬼族の皆さんは俄然やる気を見せてくれた。ややもすると、後追い説明ばかりして意味のない理論を弄ってるだけ等と揶揄されることもあるけど、現実を説明する理論を構築し、それによってまだ観測されてない現象を予言することこそ、理論系の真骨頂だからね。


あと、竜族に並ぶほどの魔力を備えて、存在として物理現象に介入するような真似は、僕達にはできないから、竜族の視点、感性に共感するルートは不可能だ。けれど、理論を持って理解することはできる筈、というかそれしか道はない。


貴方達こそが頼りだ、と期待する視線を送ってたら、ザッカリーさんが苦笑しつつ割り込んできた。


「あまり熱い視線を向けて、他の者達が不満を抱かぬよう、バランスには注意してくれ。理論と検証は研究の両輪だ。どちらか一方ばかりが強くなれば、真っ直ぐ走れず困るだけだ」


すると、紅竜さんが大きさの違うタイヤを連結したバーベル風の物体を創造して、転がしてみせた。


<ザッカリーの言うのは、こういう事か? 大きさの違う車輪では意味がないと>


転がした車輪は小さいタイヤの側に曲がってしまい、実用性が薄いのが一目でわかった。創造した物体は虚空に掻き消えたけど、一目瞭然、誰もが、両輪が同じ大きさであることの重要性を理解できた。


ふわりとお爺ちゃんが前に出て、話を繋いだ。


「今のはわかりやすくて良かったのぉ。何せ竜族もそうじゃが、儂らも車輪は普段使いしておらんから、比喩もピンとこないこともある。しかし、紅竜殿は地の種族が使う道具を創るのが上手い。何か取り組まれておるのか?」


お爺ちゃんの問いに、紅竜さんは大したことではない、と理由を教えてくれた。


<地の種族は道具を使う。その中でも物を転がす車輪や、力を制する梃子てこ、それに滑車はその作用が見ただけでわかるだろう? 道具を使わない我ら竜族が知るのにちょうど良いと考えて、基礎から学んでいるところだ>


 おぉ。


「大きな力は分ける、小さな力は束ねる。足りないなら補う道具を考える。自身を変えずに、問題解決をする地の種族の基礎ですからね。そこから着手して貰えるとありがたいです」


うん、うん、竜族がこちらの流儀を理解してくれるのは嬉しい。これにはお爺ちゃんも賛同してくれた。


「儂ら、妖精族にとっても、そこは大いに学びたいところじゃな。儂らの大きさになると摩擦の影響が大きく、魔術で浮かして運んでしまい、そういった工夫はあまりしておらんのじゃ」


そう言って、テーブルの上にあったポットを杖を一振り、ひょいを持ち上げて、少し横にそっと降ろした。


「自分と同じサイズのポットをそうやって、簡単に運べるんじゃ、魔術での操作が発達して、重さを利用する技術は伸びないね」


人類の技は物理学ベース、重さを活かして物を固定したり、動かしたりする訳だけど、妖精さんの大きさになると、編んだ籠のような構造で作るとか、紐で木に縛り付けるみたいな話になるってことだね。加工にしても削るとか割るような事は苦手で、超微細粉末から立体成形しちゃうんだから、思考の根本が結構違う。


「うむ、だからこそ、地の種族の発想は我らにとっても面白くてのぉ。例えば――」


お爺ちゃん達、妖精族にとっては地の種族の思考、技法は道具を使うと言いながらも、自分達には無いモノであり、竜族にとっては道具を使う発想自体が自分達に無いモノなので、やはり面白いと。


そんな具合に、その後は地の種族とは違う視点を持つお爺ちゃん、紅竜さんが話しながら、時間制限一杯まで雑談に興じることになった。新しいことに手を付けるには半端な時間だったからね。


それに、話は通じるつもりでいても、人、鬼、小鬼の三者間の違いなど僅かに過ぎない、そう思わせるだけの異なる視点を持つ両者の発言、視点はそれだけで興味深い内容を含んでいて、楽しく話すことができた。




……まぁ、ちょっと現実逃避というか休憩的意味合いが強かったけれど。何せ、この場にいる皆の意見、活動指針がまるで揃わない、という大問題を放り投げたままだったから。


そして、その件について僕は翌朝、押し掛けてきた調整組の四人の愚痴というか懇願を聞かされることになった。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

残りの研究メンバーについても、依代の君の神術制御という課題に取り組みつつも、本業の方も次にどこに手を付けるべきか皆さん、ちゃんと考えていてくれました。与えられた仕事をこなす従業員と違って、予算を分捕ってきて研究する分野で揉まれてきているだけあって、この辺りは貪欲です。


既存の知識では説明のつかない事象に触れることは、その謎を何とか解き明かしたいと研究者魂も盛大に燃えることでしょう。現身を得た神である依代の君が、場を盛大にかき混ぜてくれました。


あと、ケイティ、森エルフ、ドワーフ達が自分達が必要だからと進めていた心話魔法陣の改良ですが、その分野が研究組の活動と実はかなり被ることが判明したことから、御仲間認定されることになりました。確かに自分達だけで閉じた活動とはせず、研究組とのやり取りもそれなりにはあった訳ですが。……研究組の濃い面々に取り込まれてしまったことは、やはり素直に笑顔で挨拶できるような話では無かったようです。この辺りの精神的な葛藤もSSで書くかも。

アキ視点だと、協力し合える分野なら手を取り合うモノでしょう? と祝福するだけですし。


次パートからは、研究組は御者のいない暴走馬車だということが露呈した事に対して、調整組が動くことになります。これが奥まった研究施設で理論魔法学をあれこれ議論を重ねたり、紙と鉛筆で深い思索に沈んでるだけなら、好きにすればいいってとこなんですが。


次回の投稿は、十二月十八日(日)二十一時五分です。

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