18-5.持ち運び用リバーシセット
前回のあらすじ:若竜達が抽象系戦略系ゲームのリバーシに興味を持ってくれて、竜族用の大きな駒を創造術式で創ることになりました。言われた通りに量産したのに、思ったのと違う創り方だったから訓練は仕切り直しになりました。なんかモニョる話ですよね。(アキ視点)
僕が帰った後にやってきた鋼竜さんと白竜さんがリバーシで早速遊び、そこでピンときた鋼竜さんがヨーゲルさんに話を持ち掛けて、急遽、お持ち帰り用リバーシセットを創ることになった。
そう、作るんじゃなく、創る。
スケジュール変更の調整までして、翌朝、僕と師匠、それとヨーゲルさんは第二演習場に集まることになった。演習場の土手から見下ろすと、僕が創った竜用リバーシセットがどんっと置かれていて、鋼竜さんがぱたぱたと駒をひっくり返す作業を繰り返しているのが見えた。師匠とヨーゲルさんも傍らにいて何やら話している。
「おはようございます、鋼竜様、師匠、ヨーゲルさん。それで、えっと、お持ち帰り用リバーシセットですか。ヨーゲルさんも呼ばれているってことは、盤面や運ぶための入れ物はヨーゲルさんに作って貰う感じですか?」
<そうして欲しい。昨晩、相談してみたのだが、竜サイズの駒を数日で作るのは難しいそうだ>
その件はヨーゲルさんが補足してくれた。
「この大きさで重さだ。プラスチックだけではこの重さとはならんが、石で作っては衝撃で欠けてしまう。何よりあちこちの若竜達が遊べるよう同じ規格で量産するとなると、やはり金型からおこしていきたい。それに今も操作して貰っていたが、一回の試合でもひっくり返す回数はかなりのものになる。せっかく作るのだから長く遊べるようしっかり作る。それには一ヶ月は欲しいと、な」
確かに、盤の置かれた、地面に近い位置からひっくり返す様を見てみたけど、丁寧にしているように見えて、フリスビーサイズの大きな駒が音を立てて置かれるのはなかなか迫力がある。僕が作った盤も、元々の人間サイズのものを単純に拡大創造しただけなせいか、駒の重さに対して受け止める強度に少し不安がある感じだ。何せ駒が置かれるたびに周囲の駒が振動で少し揺れてるからね。底の厚みが足りないんだろう。
「理解しました。駒のコピーは僕の方でできますけど、盤の方はどうするんです?」
「それは、盤の枠を描いた敷物状の大布を地面に置くことにした。幸い、交流祭り用に飾り付けるために用意した大布でそれに使えそうなモノはあってな。今は枠線の縫い付けをしとる」
ほぉ。
「表面への傷は布地で、衝撃は地面がカバーするとして、大布の固定はどうするんですか?」
<そこは四隅に楔を打ち込んで固定するそうだ。布地に金属製の輪が付けてあり、そこに楔を打つ。物体移動の術式でも行える事は確認できた>
盤の横に、試作品と思われる大布の隅の部分と、杭と言っていいサイズの金属製の楔が打たれているのが見えた。
ふむふむ。
「駒や布盤、それと固定用の楔はどう運ばれるんですか? 空間鞄?」
「それは竜の縄張り側で操作する者がおらんから、空間鞄ではなく普通の大きな袋に入れる事とした。破れず防水性がある布地は共和国の船舶用を回して貰った。そっちも今、縫ってるところだ。紐を留める竜サイズのコードストッパーの方も今作っとるぞ」
ほぉ。
巾着袋としても竜の手では紐を絞っても結べないと思ったけど、ボタンを押して留めるコードストッパーなら、紐を押さえる竜と、コードストッパーを操作する竜で分担すれば何とかなりそうだ。
<長距離を飛ぶ訳ではないから、ゆっくり飛べばそれで十分という話になったのだ。それに遊び終えた後、雨に濡れずに保管する袋もどちらにしても必要だったからな>
「まぁ、雨ざらしにしてたらいくら防水処理がされてても傷むのも早いでしょうから良い方針と思います。ところで、なんでそこまで急ぐんですか? いつもの皆さんなら、試作品ができるのが一ヶ月くらいなら、それまで待つ感じと思いましたけど」
鋼竜さんは、その問いに、よくぞ聞いてくれた、と目を輝かせた。
<色々と理由はあるのだが、一つは老竜への対応だ。アキはこのリバーシが誰でも遊べることから、竜族の幼竜から老竜まで幅広く遊ばせたいのだろう?>
「はい。これまでに聞いている感じだと、幼竜時代はともかく、成竜ともなれば、他の竜と交流をする機会もそう多くないようですし、老竜の皆さんは出歩くことも稀ですから、リバーシが交流を促すことを期待しています。それに大勢が遊べば、それが共通の話題にもなって、話もしやすくなるかなーって」
これには、その通りと鋼竜さんも大きく頷いた。
<そう、それだ。我ら竜族は成竜ともなれば、それぞれが縄張りを持ち、遠出をすることもそう多くない。用事もなく相手の縄張りに踏み込むのもあまり好かれん。飛んでいる時にはあまり話はせんし、地に降りて話をしても、そう話題がある訳でもない。だが、このリバーシがあれば、老竜の方々に会いにも行きやすい>
「誰でもすぐルールが理解できて、子供から大人まで手軽に遊べますからね。んー、昨日、白竜さんと遊んでみたんですよね? どうでした?」
なんとなく勘が働いたので、カマをかけてみると、鋼竜さんの目が泳いだ。
<その場でルールを聞き、試しに三回やってみたが、手軽な割に奥が深そうですぐ飽きることはなさそうと思ったな>
ふむふむ。
思念波から伝わってきたイメージからすると、可愛い白竜さんと身近な距離で遊ぶことができて楽しかった、と。
「以前、雲取様から聞いたんですけど、竜族のパーソナルスペースからすると、今のように盤面を物体移動の術式で操作する距離だとかなり身近ですよね。その辺りは大丈夫なんです?」
<駒を荒らさぬように、物体移動の術式で駒を動かし、静かに思念波で話をすることが前提なら、互いにそれほど身構えたりせんから問題ない>
あー、つまり、合法的にすり寄れると。
それに、リバーシの盤面に意識を割くってことは、対面して話をする時よりは意識の壁が薄い訳だ。ピンときたって、老竜向けじゃなく、雌竜向けってことか。男の子だねぇ。
とはいえ、邪念塗れって訳ではなさそうだ。
「竜の縄張りに持ち帰るのは、ロングヒルに来るメンバー同士だと遊べる竜が少ないというのもありそうですね」
<うむ。昨日、試しに白竜とソフィアが打つ様子を横で観たのだが、他の者が行う様子を観るだけでも十分、色々と考えさせられた。盤はこの通り四角い。戦う者と観る者で最大四頭が同時にリバーシに触れることもできよう。上手く交代していけば、一週間もあれば群れの者が一通り遊べると思うぞ>
「それは良いですね。ロングヒルだけだと多くても一日四、五試合程度ってとこでしたから、竜の皆さんが集って遊んでくれれば、待ち時間も少なくて済むし、ロングヒルに来れない方々までリバーシに触れられるのも良いです。それに他の人のプレイを観ると、自分で打たなくても、結構、考える力が身に付きますから」
<そうして群れ全体にリバーシを触れて貰えば、他の群れに広げていく際に工夫すべき点も色々見えてくる>
ほぉ。
「他の群れも視野に入っているとは、登山の話をあちこちで話して回って、何か思うところがありました?」
<アキが以前話していただろう? どうせならルールを創る側にならないかと。あちこちの竜達と話をするなら共通の話題があった方がいいし、群れとして動くこと、集めた情報から先を見据える視点を持つことについて理解を持つ竜が増えた方がよいと考えたのだ>
鋼竜さんは、自身もちゃんと考えているのだ、とちょっと誇らしげな顔をした。
ん、でも、そうするだけの事はある。
「そこまで考えてくれているのは心強いです。リバーシも単なる遊びではなく、個人主義の色が強い竜の皆さんの意識改革に繋げていくツールとしても役だって貰えれば、と思ってました。あまりそちらを強調すると、押しつけがましい事になるので、その辺りの匙加減は、皆さんの群れで見極められるでしょう。急ぐ理由の一つは雪ですか?」
<それもある。雪が降る中では流石に遊べないからな。それに春まで先延ばしするのも勿体ない。ヨーゲル、急かしてしまったが助かった>
「そう言っていただけて幸いです」
ヨーゲルさんも、いくら熟練の職人さん達を抱えていると言っても、欲しい、いつならできる、明日か、明後日か、なんて感じに前のめりに言われたら、困っちゃうよね。出すからには自分達も満足のいく品にしたいし。
っと。
「そういえば、ヨーゲルさん。駒とか盤ですけど、華美な装飾とかはしないですよね?」
「あぁ、それは無い。竜族の方々にお渡しするのであれば、それに相応しいモノをと最初は考えたんだが、鋼竜様から、普段使いできて丈夫で汚れにくいのが最上、物体移動の術式に慣れていない幼竜が落としても壊れず、安心して使えることの方が重要だ、と言われてな。それに余計な飾りは気が散るそうだ」
<見て楽しむものではなく、自分達で動かして遊ぶのだからな。乱暴に扱うつもりはないが、幼竜達の操作は雑だ。駒同士もぶつかるだろうし、高いところから落ちたりもするだろう。それに割れたりすると危険でもある。そういった心配がないのが一番だ>
幼児向け視点まで持ってるとは偉いなぁ。流石に幼竜が飲み込めるサイズじゃないし、若竜なら口に含んだりはしないだろう。布盤を固定する楔も、鋭さも抑えられてて、そこらへんも考えられている。
そろそろ聞くことも無くなったかな、というところで、師匠が口を開いた。
「さて、疑問も解消したところで、駒を創るかね。それと鋼竜様、この創り方は例外で、皆さんに配るリバーシセットは普通に作った品物となることは、言い含めておいていただきたい。まだアキの創造術式には不明なところも多い。ヨーゲル達のセットができたら、それと交換して回収する事を忘れずに」
<我々もコレの異質さは理解しているつもりだ。その際にはロングヒルに持参し、竜爪で消す事を約束しよう>
なんか、淡々と話してるけど、凄い扱いだね。
「はいはい、それじゃ創りますよ」
ケイティさんから長杖を受け取って、昨日と同じ要領でオリジナルの駒から、ポンポンと六十四枚をコピーし終えた。この作業もだいぶ慣れたから、毎分ニ十個くらいのペースかな。あー、ヨーゲルさんが啞然としてる。
「話には聞いていたが、この目で見ても信じられん。何ともめちゃくちゃだ」
師匠と同じように、ヨーゲルさんも杖で創った駒をこんこんと叩いて回った。
「さっきの話ならシリアル番号でも刻んでおければよいのでしょうけど、コピーだとそれはできないんですよね」
全体をコピーしつつ、一部だけ異なる数字を刻印しつつ創造、なんてのは曲芸の域だと思う。
「それは黒面側に近い色で数字を描いておこう。それくらいなら大した手間ではない」
「それなら第二演習場に置いておくセットも頼むよ。オリジナルも区別がつくようにしといておくれ」
「任せろ」
普通に遊んでる分には擦り減っても全部読めないなんてことにはならないだろうし、妥当な解決策だね。
こうして、話をしている時間が九割って感じで、さくさくもう一つのリバーシセットを創る作業も無事完了。その日の晩には布盤や持ち運び用の巨大巾着袋も出来上がり、鋼竜さんはほくほく顔で持ち帰っていったそうだ。僕の方は、資料作りもあるので別れの挨拶を終えたら、すぐに別邸に戻った。まぁ、ちょい慌ただしかったけど、これで暫くはリバーシの方も竜族任せとなったから安心だ。
そう判断して、対応完了の記憶域に放り込んで、その後はすっかり忘れていたのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
竜族用リバーシですが、様々な思惑もあり大急ぎで持ち歩き用も創る流れとなりました。自主的に色々考えて動いてくれるし、参謀本部設立の支援にもなるし、こうして手を離れて動いてくれると助かるよねー、とアキは気楽に考えてますが、アキも他人を使うリーダー的な活動など、殆どやったことがない高校生なので、手を離れることのリスクに目が届いてません。この辺りは経験がないと難しい部分でしょう。
独断で動いている訳でもなく、ちゃんとソフィア、ヨーゲル、ケイティなどとは相談して動いてるんですが、調整組に相談してれば、また違った未来となったのかもしれません。
後悔先に立たず。悩ましい話です。
次回の投稿は、十二月七日(水)二十一時五分です。