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18-4.遊説飛行一時停止とリバーシ(後編)

前回のあらすじ:遊説飛行を一旦停止する件の連絡も終わり、その中で、抽象系戦略アブストラクト系ゲームのリバーシ、日本だと商標名のオセ〇、〇セロの名の方が有名なゲームを紹介する流れがあり、その竜族用を創造術式で創ってみることになりました。(アキ視点)

いつにも増して時間が詰まってるから、馬車の中で軽食を摘まみつつ、ケイティさんが用意してくれた別邸備え付けのリバーシを確認していた。


「チェスと違い、随分、シンプルな駒じゃのぉ。それに表と裏で色が違うが駒も一種類だけか。魔術で創りやすいとは思うが、竜族が興味を持ち続けるほどのゲームなんじゃろうか?」


ん、確かにチェスのように駒だけで沢山種類があって、動かし方が複数あって、キャッスリングのような特別ルールとか、ポーンの昇格とかがあるのに比べると、オセ〇、〇セロ、商品名なせいで世界的にはリバーシの名称で呼ばれるこのボードゲームはとてもシンプルだ。


フェルト地の緑の盤に黒い線で枠が引かれている。駒は手触りと重さからしてプラスチック製だね。全体的に重みもあって落ち着いてプレイできそう。


「盤はこの通り八×八の六十四マス、最初、中央に四駒置いて、その後、駒を置くとひっくり返ることはあるけど、取り除かれることも移動することもないから、最長でも六十手でゲームは終わる。それに自分の駒を置いたら、縦、横、斜め、挟んだ部分の相手の色の駒をひっくり返して自分の色にできる。最後の時点で自分の色の駒が多い方が勝ち。他にもいくつか注意事項はあるけど、ルールはそれだけだからね」


「本当にシンプルなルールじゃな」


そう言いながらも、お爺ちゃんは、なら簡単という結論は持たなかったようだ。


地球(あちら)では、覚えるには一分、極めるには一生、って言われてるくらいだからね。挟んでひっくり返すだけなんだけど。そう言えばケイティさんはリバーシは遊んだりはされてます?」


「私も探索者をしていた頃は、長い船旅の間、余暇を楽しむ娯楽としてそれなりに嗜んでいました。甲板に描かれていたシャッフルボードと同様、マコト文書から齎された娯楽は大変多く、その多くが探査船にも積み込まれていたのです」


 うん、うん、まぁそうだよねぇ。


ただ、ケイティさんは悩まし気な表情を浮かべた。


「リバーシはハンデも付けやすく、他の完全情報系ゲームに比べれば敷居は低いのですが、合わない人はとことん合わないので、そこが少し心配です」


「ハンデはどうつけるんじゃ?」


「角に駒を置くことでハンデを付けられるんだ。ハンデ無しから、最大で四つの角に置いた状態までの五段階ってこと。ほら、挟んだらひっくり返せるって言ったでしょ? 角に置かれている駒を挟むことはできないから、そこに自分の色の駒があるのはかなり有利なんだ」


実際、中央付近に置けば、縦、横、斜めの八方向から挟めるけど、角以外の辺、外周部分だと一方向からしか挟めず、そして角はもう挟む方向がないことを示した。


「ほぉ。つまり、角を取ることが有効な戦術という訳じゃな」


「角を取れば絶対勝てる訳でもないけどね。ただ強いのは確かだよ」


「そう聞くと、駆け引きの要素もあり、奥深さもありそうに思えてきたわい」


「だね。それと、挟めない場合は手番はパス、自分の手番は終わっちゃうというのと、打ちたくなくても打てるなら打たなきゃいけないってのも結構重要だよ。僕も観たことはないけど、双方共に打つところがない場合はそこでゲーム終了、相手の駒をゼロにできた時点で勝ちにもなるんだ」


「あまりやり過ぎると、相手が遊んでくれなくなりますよ」


ケイティさんが苦笑しながら補足してくれた。


「確かに駒の配置によっては、打てない場合や、打ってもすぐひっくり返されるような場所しか残っておらん事もある、か。それとケイティが言っておる事は遊び全般に言える事じゃな。子供同士で遊んでおっても歳の差が開き過ぎてる場合は、ルールに手を加えて、ほどほど良い勝負になるようバランスを取るもんじゃ」


うむうむ、とお爺ちゃんも頷いた。


「そこが完全情報系ゲームの利点であり欠点なんだよね」


「それはわかるぞい。妖精界では、賽子サイコロの導入があるまでは、そういったゲームしかなくてのぉ。ハンデを貰ってもやっぱり負ける。いい勝負ができても、手を読み合う深い思考を延々とすることを好まん者もおる。好きな者はかなり嵌るんじゃが」


そんな話をしているうちに、馬車は第二演習場に到着した。





白竜さんの近くにはテーブルセットが置かれていて、師匠が何やら話し込んでいたけど、僕達に気付くと話を終えた。


<ケイティ、ソレがリバーシの遊戯盤?>


「はい。テーブルの上で宜しいですか?」


<それでいい。ちょっと駒を手に持っていろんな方向から見せて>


そう言いながら、白竜さんは妖精さんが使っている拡大術式を発動して、テーブル部分を大きく拡大しながら、暫く盤面やリバーシの駒を眺めた。


<本当に駒は一種類だけなのね。軽くだけどソフィアからルールは教えて貰った。ルールを覚えるだけなら一分もいらなかった。竜用の駒をせっかく作っても、あまり遊ばれないか、そっちが心配>


竜サイズの駒を用意するとなると手間だもんね。そこを心配してくれるのは優しいね。でも、ルールを覚えるのと、極めるのはまるで別物と伝えなかったのかな?


「私は魔術の研鑽を積むので手一杯でね。人生は短いんだ。同じ頭を使うなら、術式の組み換えでもしてた方がまだ楽しいってもんさ」


師匠は、年寄りはあと何年生きられるか、とふと考えちまうんだよ、と目を細めた。


師匠はまぁ合わない人ってことだね。そもそもエルフとのハーフな師匠が、人生が短いなんて言っても、人族からすれば煽ってるようにしか聞こえない。


でも、魔術師は自身の魔力と回復量から、人生の中で使える魔術の回数の上限が決まってしまい、だからこそ、限られた資源の中で何とか高みを目指そうと足掻くという。そんな人達からすれば、寿命という時間もまた限られた資源リソースに見えてしまうんだろう。何かに手を付けてそれが実を結ぶのか、せめて後を継ぐ者に渡せる程度には何か確かな足跡を残せるのか、それを為すのにどれだけの研究、試行錯誤が必要か、と。


ゲームは息抜き、人生の潤滑油であって、人生を潤滑油漬けにしたんじゃ本末転倒だ。そして、魔術の術式なんていう面倒臭いものと四六時中向き合ってて、息抜きの時にまで頭を使いたいか、というと。……まぁ、僕なら、トラ吉さんのブラッシングをしてあげてたほうが楽しいとこだ。外で遊んだり散歩してもいいかな。


地球(あちら)では、覚えるには一分、極めるには一生って言われてるくらいですから、底が見えて飽きることだけはないと保証しますよ」


白竜さんが自身の手元を視ると、そこにポンッとフリスビーサイズの駒が出現した。創造術式だ。器用なものだね。そのまま少し手の中で弄っていると、投げ捨てて、厚みの違う駒を創り出す、なんてことを繰り返していた。投げ捨てられた駒は数秒で虚空に消えていく。


そうして、試していた納得がいったのか、物体移動サイコキネシスでテーブルの上に創り出した駒をどんと置いた。


「触ってもいいですか?」


<好きにしていい。その為に丈夫に創った>


許可も得られたので、手に持ってみると、つるんとした手触りはプラスチックに近いし、ひんやりした感じだけど、筋力差かな? 全部、石でできているのかってくらいズシリと重い。僕達の手じゃ、白竜さんがやってたようにゲームの駒のように手の内で転がすような真似は到底無理だ。


四苦八苦していた僕が一通り触り終えると、お爺ちゃんだけでなく師匠やケイティさんまで、皆で暫くいじくり倒していた。


「白竜様、かなり重かったけれど、揺れたり、うっかり強く息を吹いちゃっても飛ばないようにですか?」


<当たり。どんどん置く駒が増えていくから、うっかり盤面が崩れると続きが遊べなくなる。それにそれなりに重さがないと、物体移動サイコキネシスでひっくり返す動作も安定しないと思う>


 なるほど。


「手でひっくり返すのは姿勢的に無茶ですよね」


<私達の文化に、手を伸ばす、という概念はない>


掴む、離す、爪で切る、あと抱えるまではあるけど、全長から比べれば腕は短いからね。人で言えば、手首を胸の辺りに付けて、そこから多少傾けたり掴んだりする程度だ。盤面を手で操作したりしたら、下手したらそのまま盤に突っ込んで搔き乱してしまうだろう。


そうこうしているうちに、テーブルの上にあったフリスビーサイズの駒も虚空に消えた。


思ったより長持ちしないなぁ、と思ったら師匠がそれに気付いた。


「アキ、白竜様の創った駒がこれだけ長い時間存在し続けたのは、それだけでも驚嘆すべき術式だったと認識しておくんだよ。普通に創造したなら、手放したらその場で消えていくってもんだ。アキ、それとリアの創造術式がやけに長持ちするのは、力加減がまるでできず、常に全力全開だからさ」


何でも強ければいいってもんじゃない、物体移動サイコキネシスで対象を粉々にしちまうなんてのは、褒められた話じゃないよ、と念入りに釘を刺された。


 ぐぅ。


「アキ様、それと創造術式自体、魔導師でも行使できる者は稀なことをお忘れなく」


なんでだろう?


「毎日、せっせと一ヶ月くらいかけて宝珠に魔力を溜めて、それで創造したモノが数秒で消えるとあっちゃ、そうそう試せる訳がないんだよ。大半の魔術の使い手にとって、知ってはいても行使したことすら稀って奴さ」


 あー、なるほど。


「よほどの理由がなければ、それじゃ使わないですね」


<アキは例外だから問題ない。さぁ、さっきの駒を創ってみて>


白竜さんがもういいだろう、とせっついてきた。


ケイティさんに長杖を出して貰い、先ほどまで触って確認した駒を思い出し、そこに同じ駒があるとイメージして術式を発動した。


 ドサッ


宙空に現れたフリスビー大の駒は、イメージ通り、総石造りのように重そうな音を立てて落ちると地面に凹みを作った。


「相変わらず簡単に発動させるねぇ」


そう言いながら師匠が杖で駒をこんこんと叩いて確かめると、ケイティさんに駒を手元の高さまで持ち上げて貰い、あちこちを更に杖で叩いて確認して回った。


「あの、師匠。それは何をしてるんですか?」


「打音検査って言えばわかるかい? そいつの魔力版。魔力を込めた杖で対象に触れて、その反発力や魔力の反応から対象を調べる技法さ」


 おぉ。


「なんか職人さんみたいですね」


「私はこの道の専門家だよ。――私は良いと思いますが白竜様はどうですか?」


師匠が促すと、白竜さんが駒を手元に引き寄せて、手の中で暫く転がしてみたり、あちこちから眺め倒し、そして、僕が創造した時と同じ位置にふわりと置き直した。


<合格。それじゃ、同じ駒を創って>


白竜さんは何でもないことのように、さぁ、やれ、と告げた。





さぁ、やるぞー、と気合を入れたところで、この課題の面倒臭さに気付いた。一枚だけなら形状とか、手触りとか、白さ、黒さ、重さなんてところでまぁ良し、と行くのは頑張ればなんとかなる。


だけどそれを量産するとなったら? 今回なら六十四枚だ。それらをずらりと並べたり、収納ケースに放り込んだり、重ねたりしたなら、僅かな歪み、大きなのズレ、色合いの違いなんてのも目立ってくるのは確実だ。求められるのはまるで貨幣のように同じ精度で創られるってこと。許容される公差は何ミリ、何グラムだろう?


中学校の時に技術家庭科の授業で、本立てを作ったんだけど、左右二対の板を同サイズに揃えるだけでも結構苦労した覚えがある。


ちらりと皆の様子を伺うと、僕が課題のハードルの高さに気付いたと認識して、師匠は挑発的にさぁやれと笑みを浮かべ、ケイティさんとお爺ちゃんは応援する面持ち、白竜さんはどうなるかと先行きを観察してるって感じだ。


 なるほど。


材料から工芸で作るなら、そして、駒を単に揃えるだけなら、現物合わせってことで、同じ厚さになるよう削り合わせ、同じ大きさになるようにやすり掛けしてもいいとは思う。でも量産品がそんな作り方じゃ、他のセットから駒を持ってきたら、サイズが合わないなんて本末転倒な話になっちゃう。現代品質的にそれはアウト。



 ん。



発想を切り替えよう。


目分量と感覚でそんな域に達するのは、何回とってもシャリの重さが同じになる寿司職人みたいなもんで、かなりの研鑽を積まないとそんなのは無理だ。


そして、僕は別に職人を目指したい訳じゃない。


つまり、現物と同じモノ、コピーを作ればいいんだよね。ならイメージは簡単だ。幸い、さっき合格を貰えた駒もある。だから、コレのコピーを創れば完全同一規格だ。



僕は長杖を構えると、パソコン画面で絵の一部のコピーして増やすように、ほぃほぃと駒を創っていった。


 ドサッ、ドサッ、ドサッ


落下位置にだけ気を付けながら、気持ちよく量産してたら、師匠が怪訝な顔をしてまったをかけた。


「アキ、一旦、そこまでだよ。翁、ケイティは増えたのから二つを、白竜様は最初の一つを持ち上げて貰えますか? 並べて調べたい」


手で持つと反響が鈍るなどと言われ、ケイティさんも含めて皆が、物体移動サイコキネシスで言われた駒を師匠の前に浮かべ、師匠は最初の時と同じように杖でこんこんと叩いて、調べて行った。


「……十分だ。翁、白竜様の分も持ち上げてくれるかい? 白竜様、竜眼で視ていただけますか?」


お爺ちゃんが白竜さんの分も合わせて二つを持ち上げ、白竜さんも物体移動サイコキネシスを切って、竜眼でじっくり三つを視ていった。


<同じ型から作ったクッキーよりそっくり>


白竜さんが驚きを素直に口にした。


「私も同意見で気味が悪いほど同一だ」


「えっと、同じに創れ、と言われて同じにできて、何か問題なんですか?」


ここは褒められるところじゃないかなー、と疑問を投げかけると、師匠は溜息をついた。


「アキは石飛ばしの例にもあるように、魔力が尽きないから、感覚が残っている間に他人の何千倍も同じ術式を試して、僅かな時間で熟練の域にまで達することができるのは事実だね。だが、最初からうまくできる訳じゃない。文字通り人の何千倍も練習できるからってだけで、僅か数回で完全にモノにしちまう天才の類じゃないんだ。創造術式は以前の水を創った時と合わせたって、まだ両手に届かない試行回数、なのにこの精度。理屈が合わないんだ。……一体、何をイメージして術式を発動したんだい?」


<ソフィアが指摘しているのは、アキの物体移動サイコキネシスが他の術者のソレとイメージがまるで違う件ね>


「そうです。一見、他の術者と同じ結果が出てる。けれど、アキの場合、前提自体が違っていた。結果だけみて喜ぶのは危ういのです。で、アキ、正直に話すんだよ」


ほら、さっさと吐け、ともう、その顔は、相手が犯人と確信している刑事みたいだった。






「――という感じに、対象をコピーする様をイメージして術式を発動したんです」


コピーする、と言っただけでは誰もピンとこなくて、絵を描いて、それをそのままコピーするという概念を伝えたんだけど、皆はその時点で躓いてしまった。


「光景を記憶して再現する幻術……ではないのぉ。劣化がまるで感じられん」


「模写とは違いますし、音の再現をずっと高度にした感じでしょうか……?」


ケイティさんの説明だと、実際の録音と同じで、本物と同じ音をスピーカーで再現しようとすると、それっぽくはできても、その場で本人が話しているようなレベルで再現するとなると立体音響技術に踏み込む必要が出てきて、その難易度が跳ね上がるってとこかな。


「話している内容からすると、あれかい、活版印刷みたいなもんかね? 元さえ用意しておけば、何枚でも同じ内容で刷れるって感じだ」


師匠は何とか近そうな概念を探り当ててくれた。


んー、アレだ。僕にとっては、というかコンピュータ文化にどっぷり浸ってる現代人の感覚からすれば、対象と寸分違わぬコピーを画面上に作るなんてのは簡単で、逆に完全に同じではコピーで水増ししているだけ、とバレるから、大軍を描写する場合、同じ人物モデルをコピーして増やすにしても個体差をわざわざ作る手間をかけるくらいだ。


エジソンが蓄音機を発明するまでは、世界広しと言えども誰も己の声を聞いたことが無かったのと同様、高度な画像処理をこなせるコンピュータがないこちらの世界には、現物と瓜二つなコピーを創る、という概念、経験がないんだ。


デジタルで表現されるデータは、何回コピーしようと劣化はしない。それに比べて、熟練の職人が複製を試みて、例え、鑑定人が同一だとしか判断できなくても、それは鑑定人の出せる精度の範囲で同じであることしか意味しない。アナログ処理に同一という概念はないんだ。


ちょうど、ケイティさんが持ってきてくれたリバーシのセットがあるからそれを使って説明しよう。


皆に断って、五分ほどで、リバーシのセットをもう一つコピーすると、駒を使ってニコニコマークを描き、コピーしたセットにも、同じように駒を並べて同じマークを描いた。


「こんな感じで、粒度は荒いですけど、対象を数字で、この場合なら駒があるなら一、無いなら零ときっちり表現すると、駒の並びを数値で教えて貰えば、誰でも同じニコニコマークが描けますよね? これが絵画でも同じです。どの色を、どの濃さ、輝きで配置するか。それが同一なら、何回コピーしても同じ絵画の出来上がりです」


<翁、オリジナルとコピーを二つ並べて。もう一度視てみる>


そう告げて、白竜さんがいつもより更に念入りに竜眼で視て、そして暫くしてニヤッと笑った。


<アキの言ったことが理解できた。アキ、竜用の駒の残りを創って。ただし、同じ駒からのコピーは一回まで>


それと、世代がわかるように横に並べていくように、とも。


 ほほぉ。


更にわかりやすいように、最初の一つに対して、そこからコピーした駒をその隣に縦に並べ直してくれた。そこから横に、横に、コピー世代を増やせ、という訳だね。


 いやー、凄いね。


「ちなみに、白竜様は何世代目で破綻すると思います?」


<多分、三十世代あたりまで行けば、差が見えてくるはず>


いやはや、竜族の基本能力が高いとは思ってたけど、ここまでとは。


他の皆も、この話の流れでコピーが完全複製とは違う、少なくとも今回のお題である現実リアルなゲーム駒の複製、しかも元データがなく、現物を観測してコピー、という劣化部分が入る、というところまでは理解が追い付いた。


「では、コピーしていきます」


第二世代の駒から、第三世代を、そしてそこから第四世代をとコピーを繰り返して行ったら、白竜さんが予告したより少し早い二十七世代目で、ぱっと見、違いが出たのに全員が気付いた。


「んー、縁が歪んでますね」


<術式の歪みがどこまで出るのかも視たい。続けて>


「はい、はい」


更に続けていくと、今度は駒の色合いが変わってきた。白がなんかくすんでるし、黒の方はなんか妙な光沢が出てきた。


師匠がそれをこんこんと杖で叩くと、納得した表情を浮かべた。


「あぁ、これは違うね。つまりあれだ、コピーというのはそれを見る者が同じと判断する程度には同じではあっても、完全同一ではない、ある程度の小さな違いを許容している訳だ」


 見事。


「その通りです。さきほど見せた二つのリバーシのセットで描いたニコニコマークと同じで、同じ位置に置いたと言いながら、駒の位置は厳密に言えば違ってるんです。同じマス内にあるから同じと看做しているだけで。だから、ズレが大きくなって、枠線の上に駒が乗ってるようなズレが出て、その位置をオリジナルとは違うズレた位置として表現したなら。そういったズレの成れの果てが、この辺りの駒なんです」


今回の場合、コピーを行う僕の認識精度、或いは粒度がリバーシの盤の枠に相当し、そしてその中での揺らぎを許容するのが、コピー操作の限界、或いは特性ってことになる。


「全部をオリジナルからのコピーで創れば、それらは儂らには同じにしか見えんが、厳密に言えばそれは皆違うんじゃな」


お爺ちゃんも得心した、と大きく頷いた。


<竜眼に拡大術式を併用して、両者の構造の重ね合わせもしてやっと気付いた。個別に見ていたら、きっと気付くのは無理だった>


膨大な数を製造する紙幣の印刷ミスを発見する職人さん達だって、同じであることを前提にぱらぱらと素早くめくることで、同じ絵しかない筈のパラパラ漫画に生じる動き、違いを検知するからこそ、ミスに気付けるって話だね。そんな職人さんだって、正しい紙幣と印刷ミスのある紙幣を二枚、横に並べて、違いがあるか発見しろと言われたら頭を抱えるだろう。





それで、僕の創造術式の訓練という意味では仕切り直しってことになったけど、各地の若竜達に竜用のリバーシの駒セットを配る作業の方は時間に余裕が乏しいから、オリジナルから改めて残りの駒を創り直し、世代を重ねた劣化駒は全部、僕が量産している傍らで、白竜さんがせっせと竜爪で消してくれた。世代を重ねるほどあっけなく壊れてたから、術式にも必要な精度はあって、それが崩れると脆くなるようだった。


ついでに、竜サイズの駒に合わせた盤は地面に枠線を描いて暫定としようと思ったんだけど、拡大コピーしてみるように言われ、目分量で倍率を決めて創ることにもなった。拡大・縮小の概念をなぜ足そうと思ったのか聞いたら、竜の小型召喚があったから、それなら逆の拡大もできるかも、と考えたそうだ。柔軟な発想力だね。


で、拡大創造した盤は、大きく引き伸ばした絵と同様、遠目ではオリジナルそっくりに見えるけど、近くによればボヤっとしててシャープさに欠ける出来となった。


拡大しつつ粒度をオリジナルと同じにするってことは、足りない画素数は何かの方法で補間するしかない訳で、そうするとどうしても、気になる揺れというか違いが出ちゃうものだ。


そんな感じで、色々限界も見えたんだけど、アナログで術者の感性頼りなところが多い創造術式に対して、その精度を評価する新たな基準ができるかもしれない、などと師匠も楽しそうに話してくれた。創造術式の使い手自体が僅かだから、へー、凄いね、で一見終わりそうな話だけど、観測精度と再現性という尺度はあらゆる術式に応用できるそうで、街エルフの魔導具に組み込む魔法陣の高精度ぶりを、発動する術式自体にまで広げる新機軸イノベーションだ、と言い、師匠は声を潜めた。


「この話は私預かりにして貰っていいかい? どうせやるなら一発目でガツンと行った方がいい。それに特許周りも抑えておきたいとこだ」


<任せる。それより、駒も揃ったのだから、実際にプレイして試したい>


白竜さんの催促に、師匠は苦笑しながらも、ケイティさんに段取りを後で付けようと言い、お爺ちゃんにも、この件については情報を秘匿するよう頼み、それは快諾された。





そしてプレイをしたけど、地面に置くと、白竜さんはともかく、僕達は高い位置から見下ろすようにしないと盤面全体がよく見えないので、竜族と一緒に飛ぶ際の椅子ハーネス取り付けに使う作業台を引っ張り出して貰い、そこに登ることになった。また、自分の駒を置いてひっくり返す作業も、僕は長杖を構えて、物体移動サイコキネシスの術式で駒を操作できたから苦にならなかったけど、竜神子達に同じことをやれ、というのは無茶だとも。


いちいち、スタッフさんが盤の駒を動かさないよう注意しながら踏み入れていって駒をひっくり返すのも大変だし、踏まないで済むよう移動式の梯子を用意するのも何とも大掛かりだ。なら、リバーシの解説とかでもあるように、盤の横方向にA~H、縦方向に1~8の数字を割り振り、竜神子は置く位置をA4みたいに伝え、駒の操作は竜に一任するのはどうか、なんて意見も出したんだけど、一緒に遊んでる感が薄れそう、と言われたりもした。


盤面に駒を並べて、物体移動サイコキネシスの術式で操作する作業自体は、駒にしっかりとした重さと頑丈さがあるので、最終的には白竜さんと同じように行うことができた。最終的にと言ったのは、これまでの訓練と違って、駒同士が常に隣り合って並べられてるから、置こうとすると全方位から支えるイメージに影響されて、周囲の駒もズレ動く副作用が生じちゃったんだよね。重い神輿を担ぎあげるために大勢が担ぎ棒を支えるんだけど、神輿本体に比べて彼らが占める場は広い。つまり支える魔術効果には大きさがあった……というか僕のイメージだと大きさがあるって事。そこで、斜め上から全周囲で支えるよう改良を加えた。これで今回の課題はクリア、他の駒に干渉せずに対象駒だけ持ち上げてひっくり返して、元の位置に戻す事もできた。沢山、同じ操作を繰り返して慣れた事で、最後の辺りにはパタパタパタって、アニメーションで連鎖していくように軽妙なペースでひっくり返せるようにもなって満足。


 ふぅ。


お試し対戦自体は、お爺ちゃんが白竜さんと対決するといった形にしてみて、両者共に初回プレイということもあって、なかなか微笑ましい似たようなレベル、僅差の勝負を繰り広げることとなった。


<駒を置くたびに、盤面が大きく変化するから先を読むのが難しい。それにルールはシンプルでも、確かに極めるのは簡単ではなさそう>


思念波からすると一生はかなりの誇張が入ってると感じているっぽい。序盤の打てる場所は限られるし終盤は詰み将棋のように最後まで読み切って最善手も打てる。それに駒は減らず、打てる場所は減る一方なのだから、ある程度遊べば、勝利の方程式も見切れるだろう、なーんて感じだ。それよりは他の雌竜達とこれで遊んで、力関係に一石を投じられそう、なんて打算もちらちらしてる。


 かわいい。


そう思ったら、口を閉じなさいって無言の思念波を優しく叩き込まれた。


 ぐぅ。


「えっと、取り敢えずこのセットは第二演習場に備え付けて、ここにやってくる竜の皆さん同士で遊んで貰って、竜族にどう紹介していくか、普及させていくか、色々試して貰うってとこでどうでしょうか? リバーシに興味を示してくれている熱が冷める前に遊び始めて貰いたいとこではありますけど、そこまで焦って導入するモノでもありませんから」


<それでいい。地の種族の流儀、情報を集めて先を見通すことに触れる入門編には丁度いいと思う>


 うん、うん。


おっと、思わずニンマリ笑ってしまい、白竜さんにジロリと睨まれてしまった。


<何?>


「あーえっと、リバーシは角に駒を置く形で四段階のハンデを付けられるくらいに実力差が出てくるゲームなので、相手との温度差には気を付けてくださいね」


ルールは簡単でも奥は深いんだぞ、と話したつもりだったけど、残念、思念波からは軽く聞き流されたのが伝わってきた。


「そこまで熱くなるとは思えない。気にし過ぎ」


紅竜さん辺りだと多分、ゲームをすればそこそこ強いけど、そこまで熱意を持ちそうにないって気がするなぁ。師匠もそうだけど、強さと好むかどうかは別問題だからね。


まぁすぐ飽きられても困るし、やってくる竜同士の時間を少し被らせる形にして、その時間に一回遊ぶくらいのペースで楽しんで貰う、とにかくやってみる、あたりからスタートだろう。





本人もやる気を見せてはくれているし、各竜が何回か遊んだら感想でも聞けばいいか、は思った。それぞれの好みも予定もあるから、少し気長に構えるべき案件かなぁ、とも。


この日はスケジュールも押してて、帰って寝る時間も迫っていたから、その辺りでテストプレイありがとうございました、と話を切り上げて第二演習場を後にし、帰りの馬車の中でケイティさんと、竜同士の遊ぶ時間を設けてちょっとずつ親しんで貰いましょう、なんて話もしたけど、その程度。


それよりも、二週間もしたらやってくる各勢力代表の皆さんや、共にやってくる参謀候補の方々に説明する為の資料作りを優先しなくちゃ、と気持ちを切り替えることにしたんだ。ラージヒル事変で追加対応を求められる可能性も残ってるから、作業は前倒しに片付けておこう、と。


そして、結果から言えば、その判断は悪手だった。

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。


リバーシのルールを知らない人にも説明する、という内容を含んでいたので、テキスト量は多めになりました。さらさらと読める内容なのと、途中で分ける部分も無かったので、一パートとしましたが、どうだったでしょう?


アキの創造術式訓練は、こちらの世界にはないコピーの概念を持ち込んだことで仕切り直しとなりましたが、コピー動作自体はトータル百個以上創って随分慣れましたし、繊細な物体移動サイコキネシスの術式の応用も熟練の域に。アキの魔術の力量もまた少し上がりました。


リバーシを竜族に遊んで貰う件は、ロングヒルにやってくる竜は多くても一日に四~五柱、それも被らないように時間をズラして飛んでくるので、お試しプレイの数をこなすのもそれなりに時間がかかるだろうなぁ、というアキの予想は、この時点ではさほどズレてません。


ですが、やったことは、昭和の時代、昔ながらの玩具、遊戯しかなかった所に、完成度の高いコンピュータゲーム(例:インベーダーゲーム)を持ち込んだようなモノ。手先の器用な地の種族達にとっては慣れ親しんだ遊戯に過ぎずとも、竜族からすれば、彼らの歴史上存在しなかった新機軸イノベーションな遊び。そうでなくても飽きが蔓延している枯れた草原のような社会に火を放ったらどうなるか、って話です。


次回の投稿は、十二月四日(日)二十一時五分です。

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