18-3.遊説飛行一時停止とリバーシ(前編)
前回のあらすじ:旗印として集まる席で、ちょいと挨拶して言祝ぐだけの神輿でいい、そう思っていた頃もありましたが、泰然とした態度でいる為には、それを支える裏の活動も必要なのだ、と知ることになりました。(アキ視点)
遊説飛行については、二柱目が飛ぶまでスケジュールにまだ一日だけど余裕があったから、取り敢えず、一柱目の若竜に、ラージヒルでの事変と今後のスケジュールへの影響、しばし訪問を控えるよう心話で伝えると、そういうものかと、控えること自体は、軽く納得してくれた。
<私が降りている国スタグネイトの話ではないが、影響があるのか?>
西に大国ラージヒルを、東にはニコラス大統領もいる大国テイルペーストと挟まれた位置にある、幾つもの河川が合流する水の豊かな国と聞いている。立体地図で見ても、沢山の水田があって、二大国を繋ぐ地は商業も発達してる。ただ、要害となる地がないせいで、守りは弱く、東西の大国に頼ってる関係でもあった。
<隣の大国がピリピリしてる状況ですから、落ち着くまで、少し距離を置く感じです。皆さんでいうと、縄張り主さんが凹んでる最中に、間借りしてる若者達が楽しく騒ぐかってとこかと>
そう例えると、かなり明確にイメージできたようで、若竜も神妙に頷いてくれた。
<そのような力関係なら、確かに気は使うべきか。理解できた。普段通り飛ぶのは問題ないだろうか?>
<互いに干渉せずを貫いてこられた訳ですから、そちらであれば大丈夫です。ご安心下さい>
それには喜んでくれたけど、ふと、若竜が閃いた印象を語ってきて驚いた。
<地の種族は、国がまるで生き物のように関係を持つのだな。同じ人類連合という勢力に属していても、その中で更に力関係を持ち、それぞれが自国の為に動くとは面白い>
伝わってきたイメージからすると、同じ部族に属していながらも、考え方の合う竜達がグループを作っている様に似ている、と感じたようだ。素晴らしい。っと、嬉し過ぎてちょっと心が跳ね過ぎた。
<どうした!?>
<あ、えっと、ちょっと待ってくださいね。――お待たせしました>
<随分嬉しそうだが>
かなり頑張って制しても、うきうきした気持ちが跳ねて困っちゃう。でも、それだけ嬉しいんだから、相手が距離を離したくなるような騒がしさだけでも抑えよう。
<国同士の関係を聞いて、勢力の拡大、縮小はあれど移動は困難な国という地の種族の在り方に正しく理解をしていただけたので、つい、嬉しくなりました。国を擬人化し過ぎると、人と違う挙動・性質もある点は注意ですけどね。それぞれの得意、不得意、欲しいもの、困ってることなどを抱えているから、何か変化が起きたらそれぞれがどう動くか、なーんて感じに先読みするのも面白いですよ>
<ふむ。今回の例で言えば、隣国は大きいが心が脆かったのだな>
<一番上は残念でしたが、そこは群体。部下達が手を取り合ってその穴を埋めたりもするんですよ。竜の部族なら、調子が悪い族長の代わりを誰かが務めるってとこでしょう>
<それならわかる。群れとしての方針が決まらぬと困ることもある。だが、すんなり決まればいいが揉めることもあるだろう?>
<そうそう。ありますよね、そういう事も。僕の知る例では――>
若竜さんが政というか、国としての集団や在り方に思った以上に興味を示してくれて、それからついつい話し込んでしまった。現実の国を扱うと不完全情報系になって難易度が跳ね上がるから、場の状況と互いの打ち手から未来を予測する完全情報系ゲームに興味がないか聞いてみたところ、思いの外興味を示してくれた。子供でも遊べるシンプルなルール、駒の種類も一つだけというリバーシについて紹介してみると、地の種族はそういった簡単なものから学ぶのか、とこれも興味津々。ついでに自分なら常勝してしまいすぐ飽きて、より高難度のゲームに移るだろう、なーんて自信も垣間見えた。もう最高だ。
そうして、大満足で心話を終えると、出迎えてくれたのは腕を組んだケイティさんだった。
「それで、アキ様。今回の遊説飛行をされる方々に一旦飛行を待つよう話をするので、短めに話をするということでしたが?」
何かトラブルがあったんじゃなく、つい話し込んでしまったことがバレバレで、釈明があるなら聞いてあげます、という姿勢のケイティさんだけど、その目が有罪と雄弁に告げるのだった。
◇
若竜は、訪問を控えることの意義を理解してくれただけでなく、竜神子がいる国ではなく、その隣にいる大国の動向に配慮することの意味までも理解してくれた。
それに、様々な情報から、互いの手を読み、先を考えて動く、という思考にも興味を示してくれて、リバーシで遊ぶことにも感心を持ってくれたことを報告する。
雑談に興じていたのではなく、先々に必要となる投資だったと、反省してますって態度もセットにして減刑を申し出ると、ケイティさんもそれならば仕方ないと柳眉を下げてくれた。
「ラージヒルを含めた近傍への訪問について、こちらが連絡をするまで控えて頂ける合意が得られたのは何よりでした。しかし、リバーシ、ですか。それはこの秋に発足する参謀本部に繋がる布石ですね?」
ん、さすがケイティさん、話が早い。
「その足しになればいいなぁって思ってます。参謀本部がどれだけ緻密で高度な作戦を立案しても、実働部隊の担い手である竜族が、戦略や集団戦における行動の応酬やその意味を理解してくれていないと、絵に描いた餅で終わっちゃいますから」
「求めるところは理解しました。個人戦に終始している竜族が集団戦や戦略への理解を深めることも重要でしょう。ですが、アキ様、リア様のどちらも心話ではミア様のように仮想空間を併用することはできていませんし、心話でテーブルゲームのイメージを維持して遊ぶのも厳しいかと思います。若竜と竜神子に遊ばせるつもりですか?」
むぅ。
「確かに心話で、というのは無理がありますね。それに竜の数から言っても、僕とリア姉で対応するのも無理です。となると、一番簡単なのは、天空竜と対面して話もできる竜神子が相手をする感じでしょうか。んー、でも竜族の手だと駒を大きくしても、駒をひっくり返すのは大変な気がする」
なんか微妙だなぁ、と考えていたら、ふわりとお爺ちゃんが前に出て、良いアイデアを出してくれた。
「それなら、悩むより竜に相談してみるのがいいじゃろう。今日は確か白竜殿が来ておる。きっと良い落としどころを示してくれるじゃろうて」
「それはいいね。えっと、ケイティさん、白竜さんの所縁の品に切り替えてくれます?」
「残り二十九柱への遊説飛行一時停止の申し渡しをしてからの移動となる点はお忘れなきように。では切り替えます」
ケイティさんが所縁の品を切り替えてくれて、心話魔法陣が再起動した。
<白竜さん、ちょっと今、いいですか?>
心に触れた感じだと、師匠と魔法談義をしていたようだ。
<……何?>
<他の若竜さんに話を振ってみたら、抽象戦略系ゲームにも興味を示してくれて――>
そこからざっと、得ている情報から、互いの打ち手を予想して、勝負を競う概念についてざっと話して、それが今の竜族には無い部分を育むことにもなって、集団戦と長期間の活動が必須な「死の大地」浄化作戦にも役立つだろうことを伝えた。
<駒は一種類、コイン形状でそれぞれの面は白と黒なのね。それが六十四枚。盤の方はいずれ用意するとしても、枠線を引いておけば事足りる。ちょっと待ってて>
白竜さんは現実の方に意識を移して、暫く話をしていたようだ。というか僕との心話を最小限維持しつつ、現実で行動できるって竜族は器用だね。
<ソフィアの了承も得られたから、第二演習場に来て。杖を忘れないでね>
えっと?
<杖、ですか?>
<ちょうどいいサイズの駒を、創造術式で色々試して創るの。アキの訓練を兼ねているから、ちゃんと六十四枚揃えて>
触れている心から感じられたのは、渡りに船って感情かな。
<魔術研究の足しになるなら、それは構いませんけど、僕が創造術式で作ったモノがいつ消えるか継続観察中で、それが終わるまでは試さないって厳命されてたのは大丈夫なんですか?>
<それは安心していい。出来の悪い駒は私が竜爪で消す>
伝わってきたイメージは、創造されたモノが存在するのに必要な術式を斬る、というより消してしまう、というものだった。やっぱり、爪で斬る、というのは見た目だけで、現象は別モノなんだ。
<それなら安心です。この後、二十九柱の方々に遊説飛行の一時停止を伝える仕事があるので、それから向かいます>
<そうして。こちらもその間に色々片付けておくから>
了解も得られたので、ここで白竜さんとの心話は終わり。
で。
ケイティさんに事の顛末を話すと、額に手を当てて呆れられてしまった。
「この後、二十九柱に停止の報を入れてから、第二演習場に移動し、そこでソフィア殿、白竜様を交えて、竜向けとなるリバーシの駒の創造を、魔術訓練を兼ねて行う、ですか」
「手探り状態から試作品をあれこれ用意して貰うと色々と必要だけど、その場で創造を繰り返せれば、丁度良い品もすぐ出来上がるから合理的な話ですよね」
実際に物を創るとなると、小さくするとか薄くするならともかく、それより大きくしてとか、厚くしてとか言われたら、材料を集めて作り直すしかない。そうして納得できる試作品を完成させるなら一ヶ月程度は簡単に過ぎてしまうだろう。
「アキ様、それはそうかもしれませんが、他の人には真似のできない手法だと理解し、自重してください。目の前で見せられたらヨーゲル殿が嘆かれる様が目に浮かびます」
あー、確かに。
「普通の製造プロセスからしたら、数秒でポンと創造できる術式なんて、手品みたいなものでしょうからね。創造術式だと複雑な形状の品を創るのは無理とは思いますけど」
多分、多くの部品を組み合わせて作る機械式時計をイメージして創造したとしても、それっぽい玩具が出来上がるだけで、使いものにはならない。今回は、コイン状の駒を大きさを揃えて創るだけというシンプルさだから、実用品レベルになるだろうけど、その辺りが限界だろうね。
「普通は創造した品は、数秒で虚空に消えてしまい、今回のような用途には耐えられません。私からもお願いはしますが、今回の試作品を元に各地の竜達に配れる駒のセットを量産できるようになったら、試作品は白竜様に消して貰うべきです。いつ消えるかわからない創造術式の品など、扱いに困るだけですから」
「そうですね。そこはお願いしておきましょう。遊んでる最中に駒が消えちゃったら、がっかりしちゃいます」
白竜さんが実際に触ったり、眺めたりして、ベストなサイズの駒を創れれば、それと同じモノを量産して、と頼まれた方も作業はしやすいと思う。
TV番組とかで、工業製品の試作品作りの話を観たことがあるけど、砂型を用意して作っていたころは試作品を創るのに一ヶ月はかかってたのが、3Dプリンタが登場してからは数日で創れるようになって、費用も時間も大幅に削減することができたそうだ。
今回の話なら、要望を言われたら、その場で創造して比較、検討ができるってことだから、その効果は圧倒的だろう。
この後は、二十九柱に対して、停止に至った経緯と再開の連絡をする旨を伝えて回ることになった。二時間で済んだのは、興味がある子には後で改めて説明すると伝えて話を切り上げたから。
最初の若竜のように、半分が興味を示してくれたのは、予想外だった。それにこの感じなら、残り半分も、他の若竜がリバーシで遊んでいる様子を直に見たなら、試してみるくらいの好奇心はありそうだ。
囲碁の言葉で岡目八目というのがあるように、横で見てると、先々まで手筋が読めて、自分ならこう打つのに、とか思ったりするからね。観戦まで漕ぎつければ、掴みはバッチリだろう。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字・脱字の指摘ありがとうございました。やはり自分ではなかなか気付かないので助かります。
2パートかけて悩んだ話も、若竜に心話で要件を伝えればサクッと、現時点での対応は完了ってな具合で、外に出る作業自体は短いものでした。これ以上はアキも能動的に動きようがありませんからね。
つまり、手が離れた訳です。
ケイティもアキが心話を終えた時点で、ホクホク満面な笑みを浮かべてたのを見て全てを悟りましたが、アキの中ではラージヒル事変も自分の分の現時点での対応をきっちりこなせば、その件はそこまで、とスパっと意識から切り離せる程度の些事に過ぎないのだ、と再認識することになりました。この辺りの受けた感触なども関係者には伝えられることでしょう。
そして、ラージヒル事変というリアルな出来事を知って、若竜達もその半分が興味を示すに至り、抽象系戦略系ゲームのリバーシを遊んでみよう、という誘いに食いつくに至りました。アキとしては次の手に繋がる布石にもなったし、竜族側の文化的な層も厚くなるし良い事尽くめとニコニコです。
次パートでは、丁度良かった、という白竜、師匠ソフィアの方の都合を描いていきます。
<活動報告>
以下の内容で活動報告を投稿しました。ネタバレ注意です。
【雑記1:映画「すずめの戸締り」を観てきました】
【雑記2:「劇場版:ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」を観ました】