1-5.喚ばれた理由
ケイティさんが、ホワイトボードに大きく、巨大災害、魔導災害と書いた。
「先ほど、リア様が言われた巨大災害ですが、マコト様からの情報ということもあり、こちらでは起きている魔導災害については含まれていませんでしたので、少し補足します」
ホワイトボードに箇条書きで示されたのは、自然魔術発動、不死者増殖、魔力濃度異常の三つ。
「自然魔術発動は、何らかの理由で発動レベルにまで密度の高まった魔力に対して、引き金となる生物の意識が接触することで自然に発生する魔術になります。制御されていない魔術の暴走といったところですので、被害は出ますが期間は短期的なものになります」
「それは、自然発火のようなものでしょうか?」
「条件が満たされることで、誰の意図もなく、突然発生するという意味では似ていますね。残り二つも自然に発生してしまうものです。不死者増殖は、遺体や魂が不死者化して数を増やし、拡大を止められなくなる災害です」
「不死者? ゾンビとかスケルトンのような?」
「ニホンの読み物に出てくる不死者とは似ているが少し違う。こちらでの不死者は動く死体か、暴走した霊である死霊だ。骨同士がどう繋がって動いているかもわからないスケルトンは見つかったことがない」
「動く死体や死霊の厄介なところは、彼らに殺害された犠牲者もまた不死者として動き出すために、犠牲者がネズミ算的に増えていくことにあります。数が少ない間はさほどの脅威ではなく対処も可能ですが、大群と化してしまうと手に負えません」
大きくなると手に負えないという点では火災に似ているかもしれない。
「魔力濃度異常は、天体の位置関係や天候の変化によって起こるもので、魔導具の異常動作や、体調不良、精神異常を招く厄介なものです」
「魔導具には安全装置的なものは付いてないんですか?」
家電製品にだって付いているのだから、そういった工夫はされていると思いたい。
「大規模な魔力濃度異常が起こるたびに、魔導具の安全基準が見直されているから、新しい魔導具は問題ない。古い魔導具は効果優先で、制御は術者任せなところが多く、事故を起こすのは、大概は古い魔導具だ」
「製造会社では、回収を呼び掛けているんですが、古い魔導具ではそもそも設計資料が紛失している物も多く、使用者も詳しい仕様を把握していないために、自分の所有する魔導具が回収対象だと気付かないことも多いんです」
「主な魔導災害はその三つとして、僕が喚ばれたのは、巨大災害のいずれかの対策としてですか?」
全部に効果がある対策なんてのはそうそうないだろうから、どれかのために喚ばれたと考えた。
「災害対策としては、大きく分けると、火を小さいうちに消すような、小さな術式を沢山配置する方法と、大きくなってしまった火を消す、少数の大きな術式を用いる方法の二つになります。小さな術式は大量生産、配布、利用者への訓練を行うことになるのですが、問題は大きな術式です」
「例えば津波が来たとして、町全体を覆いつくす頑丈な障壁を構築するような術式があれば被害を抑えることも可能だろう。言うのは簡単だ。だが、人が行使できる魔術には限界がある。人が保有できる魔力には限りがあるからだ。何らかの方法で魔力を集められたとしても、そんな膨大な魔力を扱う術式に対する経験も知識もない」
「大きな力を扱う魔導具を作れないんですか?」
「小さなものであれば、試作を繰り返して品質を高めることもできるが、大きなものとなると試作回数も増やせず、費用も膨れ上がってしまい、そうそう作れないのが実情なんだよ」
なんとも世知辛い。魔術がある世界でも必要なのはお金か。
「そんな中、もし人の保有魔力を大幅に引き上げる方法が考え出されたとしたら? しかも、元手がほとんど不要、期間もさほどかからない」
「それは、各人の基礎能力を引き上げることで、災害が起きても被害を抑えられるといった具合でしょうか?」
「はい、例えば、極端な例ではありますが、誰もが時空間魔術を使える魔導師級の魔力を持てるなら、被災したとしても、異空間にしばらく逃げるとか、被災地から遠く離れた場所まで空間跳躍して避難するとか、選択肢は大きく広がることになり、もっとも回避すべき人的資源への影響を抑えることに繋がります」
「なるほど。確かに一理ありますね」
実際には、そんな種族に進化したら、酔っ払いが暴れただけで街が壊滅することになりかねないから、手放しで喜べる策ではない気もするけど、でも、選択の幅が広がるという策自体は良いことだと思う。
「で、ミア姉が提示した方法は、魔力強化では王道とも言える魔力共鳴効果。ただ違ったのが、対象となる術者の魔力属性が無色透明という唯一無二のものだったこと、それと対となるもう一人の術者を異世界から喚ぶというところだった」
魔力強化で、王道で、魔力共鳴効果? 特性が無色透明で唯一無二? それに異世界、地球から僕を喚ぶ? 知らないことばかりで、そもそも何から聞けばいいのか、すぐに思いつかず、言葉に詰まる。
「マコト様、今、リア様が言われた話はいずれも魔術においては、導師級の方々向けの応用編に相当するので、まずは入門編の内容として、そもそも魔力とは何か説明しますね」
導師というくらいだから、実力の高い人向けで、なおかつ応用編というくらいだから、難しい内容になるのも仕方ない。入門編からだとなかなか、話は長そうだ。僕はちょっと気合を入れ直して、続きを話すよう促した。
◇
「魔力とは何か。こちらの世界に満ちた力で、濃いところや薄いところがあり、大地を血管のように魔力が流れる経路があり、それを地脈と呼んでいます。山は大地の力が集まるせいか魔力がとても濃く、天空竜達が巣を構えているのはそのためでしょう。種族によっても保有する魔力の濃度は異なり、また、同じ種族でも濃い者も薄い者もいます。生き物の中で最も魔力を保有しているのは竜族で、半端な魔術は何もせずとも打ち消すほどで、なんとも出鱈目で理不尽な存在ですね」
不思議パワーが世界に満ちている、と。どうも濃いところは強い種族に占有されているようで、人は万物の霊長とはいかないっぽい。
「そして、魔術は世界に満ちた魔力を用いる技で、術者自身の魔力は魔術を発動させるための種火のようなものです。こちらでは、魔術が文明の根幹をなしており、科学の歩みはとても遅いと言わざるを得ません」
強大な力を持つ他種族を相手にするために、存在する力を有効活用して、実力を底上げするのは良い方法だと思う。でも物は下に落ちるし、体を動かした感じとか、食事をした感じとかも特に地球と大きく違うところは感じられない。それなら誰でも使える科学はある程度、発展しても良さそうに思える。
「それは何故ですか? 手順を確立すれば誰もが同じことを再現できる、説得力のある思想だと思うのですが」
物事から法則性を導き出し、検討し、検証して、世界の理を解き明かそうとする。良くできていると思うのだが、リアさんの表情を見る限り、どうも机上の空論とか、現実を知らない青二才の戯言、みたいな扱いっぽい。うーん、どういうことなんだろう?
「それは、マコトの故郷が、魔力のない素直な世界だから言える話なんだ。残念なことにこちらの世界は魔力に汚染されているからな」
「汚染?」
「汚染というのは、街エルフの方々がよく使われる言い回しですよ。魔力は便利だが厄介な邪魔者、世界の理を探求する者にとっては、世界を歪める余計な変数だ、とも」
魔力濃度が高まるだけ、だけでもないだろうけど、それで死体が動き出して生者を襲うくらいだから、確かに色々と悪さをしそうだ。
「魔力は場所によっても、生き物によっても濃度が違うと言ったが、実際にはそれに時間帯や季節、月の満ち欠け、太陽の活動時期の影響も受ける」
「なんだかややこしそう」
この時間帯は立ち入り禁止とか、いろいろ警報とか出たりして、確かに面倒っぽい。
「多くの人が行き交う大都市ともなると、魔力の変化は生物的とさえ言えるほどで、森エルフ達が街を好まないのは、魔力濃度のめまぐるしい変化を嫌うためだろう。森にも生命は満ち溢れているが、その大半は動かない草木だから、魔力は安定しているんだ」
「問題は刻々と変化する魔力濃度で、あらゆるものが影響を受けてしまいます。生物、無生物に関係なく」
どんなものにも影響を与える乱数が常に存在するということか。それは研究者が文句を言うのもわかる。
「もしかして、同じ手順でも結果が安定しない、とか?」
「その通りです。同じ手順ということは理論上は可能でも、実際に行うのは至難なのです」
「だから科学は発展が遅いと」
「同じ組成の金属ですら、込められた魔力の属性や量によって、強度や特徴が変わるくらいですから、科学導師の人達が、魔力のない世界を理想郷のように考えるのも無理のないことでしょう」
魔力の属性分と量の組み合わせ分だけ、元素周期表の枚数が増えるって感じなのかな? それは確かに科学者にとって、この世界は悪夢に違いない。
「それからマコト、残念なことだが、こちらでは電波も使い物にならない」
「やはり魔力濃度と関係が?」
「その通り。魔力濃度の境目で散乱したり、減衰したり、回折したりする。それらを無視するだけの大出力でもぶち込めば届かなくもないが」
「それじゃ、ラジオもテレビもスマホも駄目そうですね。あれ? それだとレーダー探査も駄目ですか?」
どれも周波数帯が違うだけで、電磁波という意味では変わらない。
「一番影響を受けるのがメガヘルツ帯だからどうしようもない。その代わり、レーザーは結構使っているぞ」
「リア様、雑学はそのくらいで」
他にも言いたいことがあったようだが、ケイティさんの割り込みで、リアさんは続きを話そうとするのを止めた。派生した話にいくのを止める役がいなかったら、話は半分も進んでないかも。
「そのような訳で、こちらでは高度なことを行おうとすれば、魔術を用いるしかないのです」
「それで、僕となんらかの魔術に関係があると」
「そういうこと。体内魔力を増幅して、行使できる魔術位階を引き上げようという話に繋がる訳だ。ケイティ、魔力の三要素である質、量、属性について説明をしてくれ。個体識別にも用いるくらい個人差があって、基本的に同じ人はいないんだ」
「でも僕とリアさんは同じだと」
「その特異性こそが、君を喚んだ肝の部分、君でなくてはならなかった理由さ」
「では、まず、一般的な魔力の説明をしますね。まずは魔力の質と量。それはこちらの円錐形の模型で例えられます。高さが魔力の質、底面が魔力の知覚される範囲、体積が保有する魔力になります」
メガホンくらいの円錐型の模型。横には顔だけだが竜の顔が描かれている。なかなか格好いいけど、実際に見たら、かなり怖そうだ。
「質の高低は何を表すんでしょうか?」
「高いと、より高い位階の魔術を使うことができるようになります。高さが低い、つまり質が低い魔術師をどれだけ集めても、空間跳躍のように高難度な魔術は使えません」
「知覚される距離ということは、沢山、魔力を持つ人は、遠くからでもわかる、とか?」
「そうだ。強い個体になると、山を越えた先にいても認識できる。そんな奴とは遭遇したくはないが」
「この円錐の傾きは一定ですか? 強いけど知覚されにくいとか、弱いけど知覚しやすいとか」
「多少のズレはあるが概ね一定と言われています。ちなみに、こちらの模型が天空竜の魔力を表すとしたら、人はどれくらいだと思いますか?」
「こちらの竜の口の横幅は、僕の肩幅くらいでしょうか?」
「そうですね。それくらいで考えてみてください」
そうすると、空を飛ぶくらいだからすらりとした体形で、頭は横幅から考えて一メートルくらいとして、全長は二十メートルくらいと想定してみよう。胴体部分は太いとして、うーん、縦横三人分くらい、頭頂部から尻尾までが十人分程度、翼は薄いと考えてちょっと体積の計算からは除外するとして、首と尻尾は細いから体積を半分として、だいたい人との比率でいくと五十人分くらい、かな。
とすると、傾きが同じ円錐で、体積比で五十分の一だとして。
「高さで五分の一か、六分の一くらいの大きさでしょうか」
体積比で考えれば、そうは外れていないはず。
「う、正解です。初等学校なら、ここで、こんなに小さくないとか、いや、竜は怖いんだ、これくらい大きいんだとか、盛り上がるところなんですが」
ケイティさんは、僕が示したのとあまり変わらない大きさの円錐模型を置いた。側面には大人の人の絵が描かれている。でも並べると、このサイズ差は酷い。かなり絶望的だ。
「その顔だと、奴らと敵対させられる兵士の気持ちは伝わったようだ。魔力の質が高い相手というのは、それだけで厄介なんだ」
「兵士五十人以上を集めて、やっと竜一体と釣り合う。厳しいですね」
「戦力比という意味では概ね間違いない。だが、前提条件がある。竜が逃げずに死ぬまで戦ってくれて、なおかつ、竜に先制攻撃されず、こちらの準備が万端であること、あと何だったか」
「竜に効果のある魔術付与された武器を兵士全員が装備しており、兵士が竜の咆哮で恐慌状態に陥らない精鋭揃いであり、兵士が死を恐れず我が身を犠牲にしてでも部隊として統一の取れた戦闘を最後まで行えること、ですね」
聞いているだけで憂鬱になる。事実上、倒せないと言っている気がする。
「倒すのは無理そう」
「残念だがその通り。竜との戦いは如何に被害を抑え、撃退するかと言ったものになる」
「さて、次は魔力の質と属性です。こちらは棒で表します。例えば火属性が得意な人は中心からこのように、斜め上に傾けた状態と表せます。先端の高さが魔力の質、傾いている方向が魔力の属性です」
真ん中に大きな粘土の土台を置き、そこに棒を斜めに突き刺した。なるほど。
「他の、例えば水とか風とかだと別の方向になる、と」
「ええ、このように違う方向になります」
次の棒は四十五度くらい開いた方向に、低い角度で刺した。
「では、この二人が協力して魔術を使ったらどうなるでしょう?」
僕は渡された棒を二本の棒の中間くらいの方向、高さも二本の中間くらいになるように刺してみた。
「正解です。残念ながらこれだけ属性が違うとうまく協力できても、質を高めることは難しいでしょう。協力して質を高めるとしたら、両者の属性と質が高いことが重要です。うまくすれば、一人の時より質を高めることができます」
「あと、魔力の属性は色と透明度で表すのが一般的だ。赤、青、黄、と言ったように」
白属性の術者は、回復が得意だったりするんだろうか。
「赤、つまり火を扱うことが得意な術者で、なおかつ、実力が拮抗しているなどという場合は、一人の時よりずっと高温の炎を生み出せる、といった具合ですね」
協力することで本来より実力を高める、と言うのは簡単でも、実行するとなるとなかなかハードルが高そう。
「近い属性の魔力が互いに影響を与えて質を高めることを、魔力の共鳴現象と呼ぶんだ」
「魔力の共鳴に重要な特徴が、魔力の透明度です。透明であるほど、共鳴効果が高くなります」
「ということは、僕は透明度が高いとか」
「それも含めて私と同一、つまり共鳴効果は最高と言うことだ。そして、私の魔力属性だが、唯一無二の無色透明と呼ばれている」
「色は方向、でも色はない、だから方向はない?」
「リア様は無色、つまり棒はどちらにも向かず、垂直状態ということになります。共鳴による質の向上ですが、それは棒の長さが伸びることに等しく、長くなるほど制御が困難になります」
支えている粘土が同じなら、刺している棒が長くなれば倒れてしまうってことかな。
「でも傾いてない棒なら、長くなっても制御は難しくならない、あと透明だから、共鳴効果がロスなく発揮されるってことですね? それって凄いことじゃないですか!」
手に乗せた棒を安定して倒立させておくことは、傾いた棒をそのままの角度で維持するよりはよほど容易いし、筋力も使わない。なんか良いこと尽くめに思える。
「同感です。私もリア様から話を聞いた時、良いこと尽くめと思いました。無色透明の魔力属性を持つリア様に対して、理論上、最高効率で共鳴効果を発揮できる奇跡の存在、それがマコト様であり、あなたでなければならない理由なのです」
ケイティさんは誇らしげな表情をしているが、リアさんは溜息混じりに苦笑していた。
「何か想定外があったんですね?」
「あった。ありすぎた。未知のことに挑戦したのだから、想定外の事象が出ることは覚悟していた。だが、多過ぎた。頭が痛いよ」
話通りなら僕は、高まった魔力で力が満ちている、みたいな感覚とかを実感しそうなのに、それは皆無。
僕はリアさんに、続きを話すよう促した。
次話は、4月8日に投稿します。