表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
499/769

第十七章の人物について

今回は、十七章で登場した人物や、活動してても、アキが認識しないせいで登場シーンがなかった人の紹介ページです。十七章に絞った記述にしています。


なお、予想以上に執筆に手間取り、十一月十六日(水)時点では鬼族までの四十四名の内容までとなります。すみません。残四十九名は十一月二十日(日)の十八章第一パート掲載と合わせて更新します。

→十一月二十日(日)十六時五十三分、残りの執筆(ドワーフ以降)が終わりました。

◆主人公


【アキ(マコト)】

依代の君と連樹の神に会いに行ったり、秋に竜神子達と交流をする若竜×三十柱への短期集中合宿を行ったり、交流祭りでは、幻影竜や竜神子、竜神の巫女の紹介について助言をしたりと、竜神の巫女としての活動も板についてきた。


登山参加者からの生の声も聞けて、祟り神への理解も深まった。自分の視点、認識と世間のズレについてもあれこれ考えるシーンが増えてきたので、これについても両者の間を埋める施策を何かしないとなぁ、などと考えていたりする。こちらは秋に各勢力の代表が集った時に相談することになるだろう。

勝手に動ける話ではないし、弧状列島に住まう人々や妖精、竜族に対して、「死の大地」の浄化を行うという、巨大政策への理解と自発的な参加を促そうというのだから、各勢力の前向きな活動がなければ、それを為すのは不可能だ。


ただ、アキは丁寧に説明して、段階を追って理解が進めば、弧状列島統一への助力にもなるし良いことだよね、って程度に考えているが、この思考自体、「え? 世界ってアメリカでしょ。困ってる? なら、世界標準(=アメリカ)の仕組みを導入していくといいよ」というリアの考えと方向性は同じであり、色々と問題を孕んでいたりする。


各勢力が独自性を保ちつつ、緩く統一していこうという弧状列島統一国家イメージと、一騎当千の天空竜数千柱とそれを支える後方支援数十万からなる浄化の巨大計画推進は、必要とされる同勢力としての統一感や団結力が、あまりにかけ離れ過ぎているのだ。まぁ、この辺りは各勢力から人員を集って設立する参謀本部の活動が始まれば、ボタンの掛け違いが露呈するだろう。今はまだ嵐の前の静けさなのだ。


遊説飛行で、現ラージヒル王の心がへし折れた件は、アキも衝撃を受けることになった。こちらの世界の為政者達=勇者、英雄的な方々だよね、とこれまでの経験から認識していただけに、プロの軍人が集まる中、実は素人の参加者も混ざってた、というくらいの驚きだった。十八章では情勢が落ち着くまでの間は、若竜達の遊説飛行については慎重な運用をせざるを得ないだろう。各地に散っている若竜達にタイムラグなしに話ができるアキ、リアにしかできない統制制御オペレーションともなる。


ただ、アキからすれば、やっと依代の君も落ち着いてきたし、連樹の神様に、分析や模擬的検証シミュレートについて参加を促したり、神術や、世界の外への理解を持つ黒姫に手伝って貰い、次元門構築の検討作業を進めていきたいなぁ、とか思ってたりする。十八章では、面倒な話をとっとと片付けて、本業に集中したい、というアキの活躍も見えてくる事だろう。



◆アキのサポートメンバー



【ケイティ(家政婦長ハウスキーパー)】

連樹の社に出掛けたり、交流祭りの会場準備に足を伸ばしたりと、アキが行くところには常にケイティが付き添っており、自己イメージ強化に着手したアキは、ケイティの目から見ても、以前よりも危うさが減ってきたように感じていた。


それに、考えが浅そうで、足元を掬われそうな事態を体験させてもみたが、それに対して文句を言うでもなく、反抗するでもなく、アキが拗ねた顔を見せたことに驚きと共に、親愛の思いを抱くことにもなった。これくらいまでなら甘えてもいいかな、という探りをアキがしてきた訳で、その心の変化は良い傾向と感じていた。


女子会では、ヴィオから、もっとアキとプライベートでの接点を持ち、距離を詰めるべきと発破を掛けられたりもした。ここのところ、割込み案件が多いこともあって、アキが公務に時間を取られる頻度も上がってきた。アキが割り込みにストレスを感じていることは察しているので、このまま各勢力の代表達を迎えるのではなく、その前に息抜きとなるような活動を入れようと画策中だ。十八章ではそんなケイティからの提案も明らかになるだろう。


自己イメージ強化を行うことで、アキとの心話でも、繊細な接触を必要とする制約が緩和されれば、とも期待している。ただ、ケイティと共にアキも強化されているので、相対的に見ると、両者の間の力関係は変わらないか、若くて伸びしろがある分、悪化する可能性もあると考えられており、魔法陣側の改修でそこをカバーしようと、森エルフやドワーフ達、それに妖精の賢者とも検討作業をしてたりする。ここも十八章で明らかになる……かも。


若竜が竜神子を庇護下にあると周知する件は、思った以上の広がりと、ラージヒル王の心を折るという、衝撃的なスタートとなった事から、頭を抱える事態となった。来年の春までのスケジュールも見えてきましたね、などと考えていた自分に喝を入れたい気分だった。


【ジョージ(護衛頭)】

十七章の二週間は、アキが遠出をすることもなく、大規模な魔導実験が行われる訳でもなく、表向きの話としては、ジョージ達、護衛の負担は少なかったように見えたことだろう。


しかし、かなりの労力を払って開催まで漕ぎ着けた弧状列島交流祭りは、大勢の参加者達が集い、毎日のように大勢がロングヒルに入国し、祭りに参加し、出国していくことになり、当然だが、色々とトラブルが発生することになった。


事はロングヒル一国だけでなく、大勢の参加者達が経由してくる周辺国にまで及んでおり、他国との間の通信量も前年比で数十倍といったペースにまで膨れ上がっており、財閥もこの事態に特別態勢を敷くに至るほどだった。


それでも、トラブルを種火の段階でどんどん消していけたのは、ジョージ麾下の魔導人形達のチーム、仮想敵部隊アグレッサーチーム、リア麾下の弘を隊長とするチームの二つが精力的に支えたからに他ならない。各チームを支える人形遣いもいるおかげで、最高効率で一つの生き物のように活動できる小隊規模のチームが二つもあれば、マンパワーは十分過ぎる。おかげで、ジョージもアキの護衛をしつつ、セキュリティ活動全般に対する観察者オブザーバー程度の関与で済ませることができていた。


実際のところ、ロングヒル一国だけでは、このような事態を円滑に運営していくのは不可能であり、関係者からも大いに信頼を寄せされることとなった。


ただ、必要なことではあったが、前に出過ぎた感もあり、何とか代替組織を立ち上げて、自分達はアキの護衛、というささやかな活動に戻りたいとも考えているところだ。


自己イメージ強化も取り組んでみれば、明らかな手応えが感じられており、探索者として自身を鍛えることへの熱も静かに高まってきているというのもある。探索者稼業に疲れて、アキが成長する程度の期間、のんびり過ごすのも悪くない、などと考えていたのに、一年で探索者の自由さに思いを馳せるのだから、業が深いと苦笑する日々でもある。


【ウォルコット(相談役&御者&整備係)】

弧状列島交流祭りも始まり、ウォルコットと接点のある多くの者達も祭りにスタッフとして、或いは一般客として参加するようなことも増えてきた。これまでと違い、一般層の人々が大々的に他種族と会うイベントということもあり、多様な人々が楽しく交流し合う様は、大いに希望を感じさせる経験ともなった。


そんな経験をしてきた者が思いを語り、それがまた人々の興味を引くという好循環を生んでいき、開催期間が長いことも手伝って、誰もが一度は仕事の調整を済ませて、祭りに参加していくことにしたという。


ウォルコットもその一人であり、アキが外出しない日を選んで、都合のついた者達と祭りに参加してきたのだった。今回は一般客としてだったが、いくつか商機に繋がりそうなネタを掴んだので、彼の後を継いだ息子に連絡を入れて、業者向けの日に参加することを促したりもした。尤も、息子も既に何人か参加させていて、ウォルコットとは別の視点での商機を見出していたようだ。両者の視点を合わせることで、更に具体的なイメージも湧き、業者枠参加の時に息子自身も足を運び、久しぶりに親子再会の約束もしたのだった。


依代の君も二人目を降ろしたことで、その身に纏う神力も減ったと感じていた。ただ、それでもケイティやセイケンよりもずっと強く、護符無しではきついと思うほどであった。ただ、彼も商売の話を聞きたいという依代の君に、あれこれ話をする機会もあり、子供らしい溢れるような興味を伸ばしてあげたい、などと考えるようになった。


依代の君との交流と彼の変化について、ダニエルと話をするのもまた新鮮であり、まるで孫のことを話しているかのようだ、などと笑うのだった。


【翁(子守妖精)】

登山に参加したり、交流祭りに参加したりと、ロングヒルでの勉強会とは違った面から、妖精とこちらの種族の共同活動が増えてきた。これまでは主に翁が旗振り役となって、物質界の紹介を行うといった姿勢だったが、翁以外にも情報発信を行う妖精達が増えてきたことで、その活動も厚みを増してきた。


せっせと書き記した事も増えて、それらを読んだ者達が、妖精界の暮らしとの違いや共通点など考えを語り合うようになり、その様は、こちらで、人々が魔力の無い世界、マコト文書の語る地球(あちら)の話に興じるようであるとも感じていた。


この辺りについてはダニエルとも話をして、直接、日常の生活を扱うのではなく、馴染みの薄い別の世界をイメージすることで、普段見えてない事が浮かび上がってくるのだ、といった事も聞けた。


交流祭りを通じて、皆が参加者である、といったタイプのイベントも開催されるようになってきた。主催者がいて、他の者達を招くのではないので、参加者達自身が目的意識を持ち、当事者意識を持つ必要が出てくる。お客様感覚が抜けない者が衝突を招くなど、問題も少しずつ見えてきた。


それでも、妖精の国に新たな風が吹き始めたのは確かだった。


若竜達が竜神子を庇護下であると周知する遊説飛行は、翁にとっても未経験の活動であり、その行動が齎した騒動もまた、驚きの展開であった。何せ、翁は常にアキと共にあるので、接点を持つ為政者と言えば、不世出の英雄といった者達ばかりだった。それだけに一般人並みに脆い為政者がいるというのは想像していなかった。


【トラ吉さん(見守り)】

若竜達への短期集中合宿などもあり、家にいることも多かったアキだが、運動不足を補うように、トラ吉さんとの追いかけっこをすることも増えた。これには、動物とのスキンシップを増やすという目的もあり、実際、これを増やしたところ、アキの表情も和らぐことが増えた。


時折くるヤスケとの交流も、トラ吉さんは嫌がることなく、対応していた。というのも、ヤスケは猫の流儀を守って、トラ吉さんから近付くまでじっと待つ、騒がない、といったようにポイントをきっちり抑えてきたからだった。それにトラ吉さんからすれば、街エルフの魔力量は警戒するほどではない。それよりも、その行動が落ち着いていて安定している方が気が楽なのだ。


依代の君も二人目を降ろしたことで、あまり警戒することなく、接する事ができるようになった。アキが寝てる時間帯を活かして、トラ吉さんが遊んであげることも増えてきた。アキとは違い、彼はトラ吉さんが庭を歩くのについていったり、目線を合わせて転がったりしていること自体を楽しんでいた。おかげでトラ吉さんも、彼に対してはアキの時以上に保護者目線で見守ることが増えるのだった。


【マサト(財閥の家令、財閥双璧の一人)】

依代の君も無事、本国の館で迎えることができ、魔導甲冑の転送技も見せたところ、彼は目をキラキラさせて、いずれ自分もやってみたい、とお願いしてくる程であった。後見人としての各種手続きも済ませて、ロゼッタが教育全般を担うことになったので、新たな人員確保の必要性も薄れた。


交流祭りでは、財閥の出先窓口を設けて、荷造り用の箱やテープなどもその場で購入でき、お望みの場所まで搬送するサービスも提供する全面支援っぷりだ。手荷物で持ち帰るとなると控えざるを得ないと思っていた参加者達の財布の紐も大いに緩むことになり、物流サービスも大繁盛だ。


会場の一角では、太陽熱温水器など共和国の特産品もずらりと並べた体験コーナーも設けたりして、新規顧客開拓へも余念がなかった。


ヤーポン滅ぶべしな規格制定の話はリアの研究所が主体となって動くのであまり絡むこともなし、登山者達が語ったことを編纂する作業も専門スタッフを用意しており、そちらも順調といった具合で、色々あった問題もやっと片付いたと思っていた矢先、若竜の遊説飛行、その一回目で大問題が発生した。


よりによって、連合の東西を繋ぎ、最大の消費地でもある二大国の一つ、ラージヒルの王が精神を病んで、家臣達によって押し込められるというお家騒動が勃発するとは、まったくの予想外だった。しかも、国境封鎖をした上に、活動を大いに制限する戒厳令まで発令するという徹底ぶりだ。


商業的には大打撃だ。国境封鎖は大動脈を縛って止血、ラージヒルの戒厳令は心臓停止といったところなのだから。


少しでも早く撤回させねば、あちこちで商業的な壊死が起きてしまう緊急事態だ。


アキならこちらには保管庫もあるし空間鞄もあって物資の備蓄にも余念がないのだから、多少止まっても影響は少ないと誤解するところだろうが、どんな魔導具も永続なんてことはなく稼働させれば魔力を失い、メンテを必要ともしてくるのだ。こちらの世界の魔導具は、地球(あちら)で言うところの家電製品のような扱いであって、自己修復、永続稼働などという御伽噺の品物ではないのだから。


そんな訳で、財閥はラージヒルの事変の報を受けた瞬間から、緊急事態体制に移行して、各地の情報網維持と、速達経路確保に奔走するのだった。十八章でこの辺りの苦労話も多分聞けるだろう。



◆魔導人形枠



【アイリーン(女中三姉妹の一人、ケイティの部下で料理長)】

十七章の二週間は、アキにはいつものように食事を提供しつつ、依代の君は外出が多いこともあって、お弁当を用意してあげる、といった生活をする日々だった。依代の君は見た目通り、味覚も子供っぽいところがあるので、味付けも好みに合わせたものにしつつ、子供が苦手とする野菜類については、農民人形達と収穫を体験させたりすることで、心理的なハードルを下げることで食べられるようにしてあげたりもしていた。おかげで、今ではアイリーンの料理は美味しいと元気に食べるようにもなった。

また、アイリーンが指導している大使館や別邸の料理人達も手分けをして、交流祭りに繰り出して、各地の食材を買ったり、目新しい料理を食してみるなど、更にレパートリーを増やそうと奮闘するのだった。


【ベリル(女中三姉妹の一人、ケイティの部下でマコト文書主任)】

十七章の二週間、ヤーポン滅ぶべしな規格統一の話などもそうだが、大勢が集まって話をするシーンはいつも通り多く、ベリルが活躍するシーンもひっきりなしだ。若竜達と竜神子の地理認識を合わせるための立体地図作りでも、竜の視点、認識への深い理解があるベリルが呼ばれる事は多く、立体地図の質的向上にも寄与することになった。


このところ、高セキュリティを求められるイベントが多いこともあって、ジョージの執筆もすっかり滞り気味だ。ただ、忙しい最中でも、ちょっとした経験や、興味を惹かれた記事などについて、それをメモしておき、それについて軽く意見交換をするといった事をして、創作から足が遠のかないようにする工夫も始めた。互いに仕事を忘れて、想像をネタに話をするのも良いストレス解消になっているようだ。


【シャンタール(女中三姉妹の一人、ケイティの部下で次席)】

十七章の二週間は、依代の君からの新たなオーダー、初デートに来ていく服一式を用意してくれ、と言われて、シャンタールは勿論、彼女の部下達も含めて色めき立つこととなった。最初の二週間で依代の君の好みについてはある程度把握できたものの、デートの相手であるヴィオの好みは誰も知らない。そこで、アキや依代の君とバッティングするのを避けて、連樹の社にシャンタールが部下を引き連れて押し掛けて、空間鞄一杯に詰めた衣類や小物も含めて、ヴィオの好みを調べることとなった。ついでに、ヴィオのデート衣装もどうするべきか、なんてところまで踏み込み「お金は一切いただきまセン。ヴィオ様と依代の君が満足されタラ、それがなによりの報酬デス」などと言って、ヴィオの持つ服を仕立て直したりするほどの熱の入れようだった。


【ダニエル(ウォルコットの助手)】

この二週間は、依代の君の感覚質クオリアを育てる活動の支援に多くの時間を割くことになった。一般信者や他の神官との交流を通じて、この一年でダニエルも随分、人と交流することに慣れてきたとは思っていたが、それでも、一年近い他の人達との交流より、依代の君との交流の方が自身の心を変容させたと感じていた。


ダニエルの感情を敢えて引き出そうと、悪戯っ子のように依代の君はラインを踏み抜いており、これは連樹の巫女ヴィオの元に通い出してから、更にペースアップしていった。感覚を伴った、人への理解が進んだことで、その手口も日に日に洗練されていき、魔導人形なのに疲れた、とへばってる姿まで見られるようになるほどだった。


依代の君の二人目を降ろす話でも、各地から神託を聞いた神官達が集まり、彼の声が聞こえなかった神官が出たことに、依代の君が楽しそうな笑みを浮かべた際には、強く窘めたりもした。依代の君は、他の者達が聞こえたことを伝えることで、更なる試練を与えられるだろうなどと語る有様で、苦悩させることだけが試練ではない、と翻意を促そうともした。


……すると、彼は、聞こえなかった二人に対してダニエルから事実を伝えよ、と妥協案を示した。事実を伝えるにしても、伝え方で傷口を無駄に広げず済むのならそれに越したことは無い、任せた、と言う訳だ。


依代の君は、その興味をダニエルに向けると、他者の心に触れることがダニエルの心を育むことにもなる、と語った。その時の様は、正に人々を見守る神の厳かな気を纏っていたが、話題が他の神官達に移り、「マコトくん」と依代の君に対する認識が三つのグループに分かれていることを聞き、目を輝かせてる姿を見て、ダニエルはそこで一つの悟りを得たのだった。


 あー、この方の本質は、確かにアキ様と同じだ、と。


リア主催の女子会でも、ダニエルは積極的に発言しており、一年前の彼女からは考えられない行動の変化であった。


【護衛人形達(アキの護衛、ジョージの部下)】

交流祭りが本格的に始まり、セキュリティ部門は安定運用になるまで、発生した問題への対処に追われる日々だった。そんな中、仕事を忘れて自己鍛錬に専念できる、竜達と行う自己イメージ強化訓練に彼らは熱心に取り組んでいた。


当然、街エルフ達の技術体系にはない指導法であり、魔導人形に与える影響についても、まだ情報収集、分析をしている段階だ。竜族の圧に対する耐性になぜ個体差があるのか、何が弱さに繋がるのか、自己イメージ強化をどう評価していくのか、などなど、考えるべき事は多い。


それでも、指導を受けるようになってから、竜と対峙した際の心への影響への変化に明確な手応えを感じており、彼らが魔導人形に対する新たな知見を掴み取ることになりそうだ。


【農民人形達(別邸所属、ウォルコットの部下)】

十七章の二週間は、アイリーンから食育の一環として、依代の君に農作業を体験させるといったことも始まった。彼の神力が作物や田畑、作業に使う農機具等に与える影響についての評価なども行うことになった。その方針が決まった段階で、農民人形に魔力耐性を高める処置が行われた。依代の君との対応を行う者だけで良かったのだが、希望者を募ったところ、結局、全員が対象となった。

これは、アキの教育、特に実地指導部分がごっそり残っており、一切触れることなく指導をするというのも現実的ではないと判断されたからだった。まぁ、彼らがアキが成人を迎えるまで支えて行こうと考えていたからというのが大きい。


農作業の指導を受けた依代の君の食いつき具合の良さから考えても、アキも同様の興味を示すだろう、という感触もあった。


【ロゼッタ(ミアの秘書、財閥双璧の一人)】

十七章のここ二週間は、ロゼッタにとって雌伏の時だった。依代の君が二人目の依代に降りて、共和国の館にやってくるのは、現身を得た神が「そうあれ」と望んでいるのだから、確定路線なのだ。


別邸にいるサポートメンバーとも連絡を密に取りつつ、依代の君がこちらの常識を知り、良識ある行動を取れるよう、導いて行かなくてはならない。この件については、アキだけでなく、その家族、ハヤト、アヤ、リアからも宜しく頼む、ロゼッタになら任せられる、とまで言われていた。


依代の君の指導はロゼッタを主軸として、他のメンバーはそれを支援するという体制とする旨を、家令のマサトも了承し、準備万端と言えた。


幼かったリアもすっかり成長して手が掛からなくなり、自立して力強く生きる様は、嬉しくもあり、少しだけ寂しさもあった。


それだけに、生い立ちが極めて特殊、唯一無二と言っていい依代の君を任せられた、という事実は、ロゼッタを奮起させるのに十二分だった。


し、か、も、後から追加で、共和国内で人脈を広げていきたいので、依代の君がそれを為せるよう鍛えて欲しい、という話まで頼まれた。


大勢に囲まれておらず、しがらみの少ない立場だからこそ自立して動けるよう教育していこうとは考えていたが、百戦錬磨の古狸達を開拓していくとなれば、指導プランも大幅な見直しが必要だった。


財閥からの全力支援を受けて、アキが国中を掻き回すような活躍をしており、その手口がミアに酷似していること、魔力属性や髪や瞳の色こそ違えどもアキの見た目がリア以上にミア似であることから、実はミアと縁のある友人、知人達からの問い合わせも増えてきている状況だ。


そんな人々への対応、情報公開の方針はミアだけでなく長老達も含めて制定済みではあった。


ただ、どうせなら衝撃的な演出も加えたい、依代の君のミアへの想いは一途なものであり、その幼い外見も合わせれば、相手の心を鷲掴みにすることもできそうだ……なんて考えていた。


そんな訳で、依代の君には、そういった諸々の状況を理解した上で、ロングヒルから離れられないアキの代わりに、可能性があるなら、その全てを味方に引き入れて貰おう、等と算盤を弾いて、部下達に手筈を整えるよう指示するのだった。


なお、現身を得た神である依代の君を導く重責に苦慮する秘書人形という役を本人は演じているつもりだったが、そんな大根役者など家令のマサトだけでなく、部下達にもバレバレだった。演技自体に隙は無いのだが、ロゼッタの性格から言って、そんな役処で大人しくしている筈がない、と看破され、そうして疑問を持ってロゼッタの指示を眺めれば、その胸の内も透けてみえようものなのだ。


【タロー(小鬼人形の隊長の一人)】

仮想敵部隊アグレッサーチームの代表として、ジョージと共にセキュリティ部門の打ち合わせに出ることも定番となり、帝都住まい、上層階級の小鬼族らしい振舞いも少しずつだが身についてきた。前線で見かける小鬼達の粗野な振舞いとは大きく異なるので、ロングヒルの大使館に常駐している小鬼達に指導を仰ぐ日々でもある。


弧状列島交流祭りが始まって、出てきたトラブルへの対処に追われてもいるが、小鬼族への偏見を生まないように、しかし過剰に配慮しないように、という塩梅を探るのはなかなか骨が折れる作業ではある。


それでも、小鬼族の姿をしている自分達こそが、両者の懸け橋になると確信して、時には小鬼族の肩を持ち過ぎた、などと言われながらも、上手い落としどころを見つけるべく奮闘していた。


登山参加者の生の声を色々と聞き、交流祭りに参加している市民層の声も聞くことで、多様な階層の人々の反応を知ることにもなった。長年、戦争を続けている勢力同士ともなれば、選ばれた民であろうとも、相手に対して手こそ出さずとも、積もり積もった不満はそう簡単には消えないものだ。


だからこそ、タローも、お道化た振舞いをしつつも、小鬼族のプライドを損ねないよう、彼らの禁忌タブーを踏み抜かないよう、細心の注意を払って、今日も笑顔で場を和ませるのだった。


仮想敵部隊アグレッサーの小鬼人形達】

十七章での二週間は、交流祭りに向けて、小鬼族を含めた他種族への対応をロングヒルの兵士達に叩き込んだり、帝国のエリート層の振舞いを学んで、粗野な前線にいる兵達と、後方にいるエリート層達の振舞いも切り替えられるようになってきた。訓練の時にも、服装を変えることで、立ち振る舞いから話し方に至るまで、きっちり演じ分ける様は、ロングヒル兵達をして、別人ではないかと思うほどだった。


勿論、これは小鬼族を見慣れていない人族だからこそ感じる認識であり、ロングヒル常駐の小鬼族達からすれば、やはり一見するとそれっぽいが、まだまだボロが出てくるところは多かった。それでも、前線で戦果を挙げて昇進してきた叩き上げの軍曹達くらいには見えてきており、小鬼人形達の能力の高さ、相手に敬意を払う真剣な態度、表面的にでなく、文化の底に流れる思想、歴史すら学んでいこうとする様には、畏怖の思いすら浮かぶほどだった。


こうして蓄積される小鬼族に対する知見は、戦場で対峙しながら学んできた過去の情報量を凌ぐ勢いであり、敵としての小鬼族としてではなく、肩を並べる仲間として、同じ国の民としての小鬼族とは何かを街エルフ達に想像させることにもなった。興味を持った幾人かが仕事とは別に、小鬼族について研究を始めており、いずれは小鬼族としての礼儀も弁えた交流を後押ししていくことにもなりそうだ。


仮想敵部隊アグレッサーの鬼人形、改めブセイ】

十七章の二週間は、怪我で交換した部品を馴染ませるリハビリ訓練をしつつ、ロングヒル大使館に出向いて、鬼族の文化、風習を学び、交流祭りの打ち合わせにも顔を出すという多忙な日々だった。


共和国や連合の文化を知り、更に鬼族の文化を学んでいくことで、交流祭りで鬼族について紹介する際の表現、演出について、改良点に気付いて提案するなど、その立ち位置は独特のものとなっていた。鬼族の体躯を持っているという点も、鬼族目線での認識を持ちやすく、だからこそ、鬼族が見落としがちな点にも気付くといった具合である。


また、鬼族の女衆達に捕まって、一緒に料理をしてみたり、楽器を演奏したりと、風流とは何か、鬼族が粋と感じるのは何か、なんてところをあれこれ教えて貰い、いいように玩具にされていた。女衆からすれば、大使館に派遣されてくるような男達は、ある意味、完成している逸材達であって、いい男ではあるが、それだけに弄りがいがないという思いも抱えていたのだ。そこにきて純朴で、武以外に目を向けてこなかった、鬼族目線で言うとそういう評価になるブセイの登場だ。


しかも、ブセイは女衆に対して、しっかり敬意を払い、導いてくれる先人として尊重もしてくる。それに打てば響くとばかりに、教えたことをただ吸収するだけでなく、魔導人形として培った素養を元に応用してくるといったように、何とも楽しい漢なのだ。


なお、そんな女衆の態度に、男衆も多少思うところもないではなかったが、ブセイの人柄もあってか、悪感情を抱かれるような事に陥ることもなく、それどころかそれぞれの良いところを素直に褒めるブセイの言葉によって、双方の対立気質も牙を抜かれていくほどであった。


【大使館や別館の女中人形達】

十七章の二週間、弧状列島交流祭りが始まったこともあって、業務のペースダウンをしつつ、祭りにも積極的に足を運ぶことで、効率最優先で余裕のない生き方をしている、という誤った印象を変えようとしていた。


交流祭りでブースに張り付いているのは、本国からやってきている街エルフや供の魔導人形達であり、ロングヒル在住の女中人形達は、一般枠での参加である。なので、祭りに行く際には、いつもの女中メイド姿ではなく、華美になり過ぎないよう配慮した一般的な女性の装いとしていた。


なお、ここでいう一般的というのは、共和国基準であり、服であれ、小物であれ、頭の上から爪先まで魔術付与された品々であり、他の種族からすれば、どこの貴族だよ、と突っ込まれる状況だった。それに、立ち振る舞いも洗練された淑女といったところであり、魔導人形らしく整った顔立ちも相まって、魔力分布の違いなどという話を持ち出すまでもなく、彼女達が歩いてくると、自然と道が割れていくような有様だった。


そして、参加している一般層との交流も目的としていることもあって、勇気をもって声を掛けてきた者達には愛想よく対応してあげたりもして、歴史が語る魔導人形、つまり殺戮人形の恐怖とのあまりの乖離に、それ自体が話のネタになったりもしていた。


ただ、参加している女中人形達の誰もが普通に飲食できる姿を見せつけたこともあって、魔導人形は普通に飲食するのだ、という間違った認識が広がることにもなった。実際には、飲食可能な魔導人形は全体の一割にも満たず、飲食に興味を持たない個体も多いのだが。そんな誤解が解けるのには、かなりの年月が必要だった。


【館(本国)のマコト文書の司書達】

司書達はいつも通り日常業務をしつつ、依代の君の教育に絡んでくるであろう資料、アキがあまり閲覧しないような部分についてすぐ情報を取り出せるよう、ロゼッタから索引作成を命じられた。アキがこれまでに必要としてきた資料群はどちらかというと大局的に全体を捉えるような視点が多く、それをこちらの人々が理解できるよう、どう提供するかといったところで工夫をしていた。


それに対して、依代の君が欲する情報はもっと一般的で普段の生活に近い層の話題であり、しかも「マコトくん」の過去エピソードに絡むような部分といった具合で、アキのそれとはまるで被らない分野への対応を求められることになった。


幸いなのは、依代の君は同じ館にいるので、ロングヒルの別邸に提供できるよう資料を加工する手間が不要となることだった。場合によってはマコト文書の書物自体をロゼッタに手渡せばよいのだから、その点は楽である。


また、妖精族のペースダウンに合わせる形で、交流祭りに注力するようになって各勢力も、勉強会の頻度を落としてきた。おかげで、司書達の忙しさも、依代の君絡みの対応を含めても、少しだけ余力が生まれるようになってきた。


ロゼッタも空いたスペースに仕事を詰め込むような無粋な真似はしないので、司書達も日々の業務を回すのに追われていた状況から、やっと一歩退いたところから、業務を見直すような余裕も生まれてきたのだった。


【研究組専属の魔導人形達】

依代の君の神力に関する研究は、結局、実を結ぶことはなく、魔術によって制するのは現時点では無理との結論となった。その過程で、信仰に関する様々な調整、調査が行われ、それはそれで意味のある話ではあったが、彼らが仕える研究組の面々からすれば、依代の君の二人目が降りて、神力を半減させて自分で制する目処が立った時点で、それ以上の深堀は意味がなかった。


誰よりもその道に長けた神力の使い手、依代の君自身が研究に参加するのなら、更なる研鑽、研究は彼自身がやればいい、という訳だ。


それよりも、新たに神力の使い手を得ることで、既存の研究に更に拍車をかけるにはどうすべきか。そんな方向に研究組の面々は走り出していた。


自己イメージ強化、という新たな切り口も生まれ、研究組の面々は新たな試験として、あれをやりたい、これをやりたい、と好き放題言い始めたくらいだ。当然、その全てを認める訳にもいかず、優先順にをつけるべく、ザッカリーを筆頭に手綱を取って上手く制するのが研究者専属たる魔導人形達の責務だった。


世間では、若竜達が遊説飛行をしてラージヒルが国境封鎖をしてて騒ぎになってたりもするが、研究組の面々は、そっちはまつりごとに詳しい連中に任せておけばいい、と興味を失い、それよりも妖精族の賢者は次にいつくるのか、黒姫様と会えるのはいつだ、白岩様と相談したい、などと好き放題言ってたりする。


そんな訳で、彼ら、研究者を支える事務方は今日も雑多な仕事を片付けるのだった。


【リア麾下の魔導人形達】

隊長の弘を中心に、弧状列島交流祭りでは人族目線でのセキュリティ対策で、チーム一丸となってフォローに回ることになった。人形遣いとしての情報共有の技を駆使することで、問題対応の速度も精度も他と一線を画すレベルを見せつけることともなった。全てはアキが提案して開催されている交流祭りにケチが付かないように、との思いからであり、街エルフの人形遣い達が直接戦闘以外でも、その強みを発揮できることを誇示する意味もあった。


ただ、関係者全員が常時、無線通話をできたとしても到底及ばない、単一個体としか思えないほどの完全連携を小隊規模でこなして見せる様は、ちとやりすぎ感は否めず、安全第一は悪くないが、とあちこちから諫言を貰うことともなった。


この辺りは、規格統一に向けた人材派遣に向けてリアがそちらに手一杯で、リアが対応を弘に一任していたところが大きかった。リアは「多少やり過ぎ感が出たとしても、問題を種火の段階で消す方を優先するように」としっかり命じていたからだ。


まぁ、リアの判断は長命種らしく、どうせ人形遣いの技に関する認識は広まっていく、それが早いか遅いか、程度の差だ、なーんて考えているからこそのそれである。長い目で見れば、落ち着くところに落ち着くから問題ないよ、という訳だ。少しは振れ幅を狭める努力をすればいいと、人族なら思うところだろうが、直属の上司となってるジョージも、ちまちま対応するくらいなら、一発叩いた方がいい、という探索者気質なところがあるので、突っ込み不在状態と言えた。



◆家族枠



【ハヤト(アキの父、共和国議員)】

本国からずっと離れていたこともあって、ヤスケがアキと話し合う際に邪魔だ、と本国に追い出された結果、溜まっていた諸々を片付けるのに手間取ってなかなか、ロングヒルに戻ってこれない事態となった。


依代の君(二人目)の渡航に同行するためにリアを迎えに行かせたが、この分だと、共和国の館での活動が安定するまで、暫くは共和国住まいとせざるを得ないだろう。


ロゼッタからは、ミアに近しい者達から、ミア宛の手紙が届いたり、訪問日程調整を打診されたりと、不在を隠すのもそろそろ限界、という報告も受けていた。いつまでも隠せることではないので、予め検討しておいた通りの対応にシフトするつもりだ。


それと、アキからの提案で、依代の君に本国での人脈開拓をさせる、という話が出てきて、それへの対処、根回しをする意味でも、ロングヒルに帰るどころではなくなったのも確かだ。


あと、ラージヒルで国境封鎖騒ぎで起きているが、こちらについてはあまり心配はしていない。結局のところ、騒いでいるのは連合だけであり、国境を接する帝国領も事変に呼応して軍勢が動くといった不穏な行動は見られていない。何より、天空竜を良く知るユリウス帝が、天空竜の行動がきっかけで国が乱れ、それに乗じて帝国が侵攻した、などと思われることを良しとしないと看破していた。

下手をすれば、天空竜が己の竜神子に刃を向けようって言うのか? と言い出しかねない。それにラージヒル国内も事変が起きたといっても混乱は生じていないのだから。


【アヤ(アキの母、共和国議員)】

夫ともども、共和国へと追い出されたアヤは、やはり溜まっていた仕事を片付ける作業に追われて、ロングヒルに戻れないでいた。依代の君(二人目)が共和国に渡ってくることが確定したこともあって、彼とロゼッタが安定した関係を築くまでは、館に留まるべきとも考えているところだ。


依代の君が連樹の里に入り浸り、連樹の巫女ヴィオと懇意になったり、感覚質クオリアを育てる為と称して、外出することも多く、どこに飛んでいくかわからない男の子らしさに頭を悩ませてもいる。これまでの娘二人の方がまだ落ち着いた振舞いをしていた、などと思いを馳せたりもしてる。それに比べれば、アキはたまに外出することはあるにせよ、別邸にいることが多く、ちょろちょろ外をうろつくこともなく気が楽、なんて思ったりもしていた。


ただ、それはアキが出歩かないのは半日も起きてられないという制約と、ミアの体を間借りしているという遠慮から来ているのであって、両者の本質に違いはないと第三者なら突っ込みを入れるところだろう。だいたい、雲取様と一緒に大空を飛んで、あちこちまで足を伸ばしたりする行動力からして、アキが落ち着いたインドア派なんていうのは、誤った認識以外の何物でもないのだ。


取り敢えずアヤは、依代の君が可愛らしい見た目はしているものの、男の子として扱われることを好んでいることは理解できたので、半端なことでは怪我なんてしない、というか多分、一流魔導師の全力攻撃でも、意識せず無効化してのけるくらいの真似はしそうであり「危ないから行動に制限を加える」のではなく「社会的に有利な立ち位置を保つために行動を自ら律する」といったように誘導していった方が良さそうとは考えていた。


それと、ハヤトとも相談しつつ、男の子の子育てについて、自分達の子育て知識はだいぶ古いので、新しい教育本を取り寄せたりして、どう接していくか、なんてことも考え出した。指導の中心はロゼッタだが、やはり男親としてのハヤトの存在は重要であり、これを活かしていかねば、なんて感じだ。


普通の子育てと違うのは、相手は聞き分けはいいものの、現身を得た神でもあり、大人が力づくで、という訳にはいかないところがある。何でも理詰めで話せばいいとも言えず、かと言って、彼と全力でじゃれ合える存在は極一部に限られる。常に上から目線で、手加減してあげる、などという感性を持つのも良いこととは思えない。


そんな訳で、子育ての悩みはなかなか尽きることがなかった。


【リア(アキの姉、研究組所属、リア研究所代表)】

ヤーポン滅ぶべしな規格統一の件は、リアが思っていたのとは違うところに着地したものの、アキがリアの為に尽力したこともあり、苦笑しつつも前向きに対応を考えていくことにした。手間は増えるものの、研究所の部下達も、呪い研究の最前線に出向けるとあれば、手を上げる者も多そうだ。


依代の君(二人目)を迎えにロングヒルに戻った際には、短い滞在期間となったものの、その中でアキや依代の君に近い女性を集めた、内緒の女子会も開催することができた。リアから観ても二人は「お姉さん」には甘いところがあるので、色々と引き締めて行こう、という訳だ。


アキが依代の君に、共和国内の人脈開拓を任せる、と言った件は、自身が指導された際の手際から言っても、ロゼッタに一任すれば大丈夫だろうと考えている。彼女ならきっと、依代の君の長所を潰すことなく、長老達のような古狸達とも渡り合えるだけの技量を持たせてくれるだろう、と。


ラージヒルの主君押し込み騒動は、ちとタイミング悪いと感じていた。なぜなら、遠隔地にいる竜達との心話に必要な所縁ゆかりの品は、ロングヒルの別邸に全て保管されているからだ。共和国の館にいて、所縁ゆかりの品なしでは、アキと心話の手分けをすることもできない。なので、状況の推移にもよるが、依代の君(二人目)のことはハヤト&アヤの二人に任せて、自分は早めにロングヒルに戻るかもしれない、と考えているところだ。


一応、依代の君が渡航するのに同行して、ファウスト船長との間も取り持つことができた。船乗りに対する憧れは共通のようで、依代の君が尊敬のキラキラした眼差しを向けてくるくらいで、両者の関係は良好な滑り出しを迎えたと言える。ただ、今回は妖精女王シャーリスが同行してくれたものの、毎回、ネームドな妖精に同行をお願いする訳にはいかないし、だからといって一割召喚された一般の妖精達に彼の面倒をみろ、というのも無茶だ。


当面は、ロゼッタが同席するしかないだろうと考えているところではある。付き添い無しに合わせるなんて事は論外だ。彼はなんてことはないと考えて、軽々しく相手を試すようなところがあるが、一般視点からすれば、自身の根幹すら揺るがしかねない神の試練に他ならないのだから。


【ミア(アキ、リアの姉、財閥当主、マコト文書研究第一人者)】

十七章では、関係者が事あるごとにミアのことを話題にしていたのは、実は示し合わせてのことだった。アキが傷心で、ミアについて直視するのが厳しい間は、条件付きの手紙を渡すタイミングで触れる程度に留める。そして、ある程度、精神的に安定してきたなら、今度は少しずつ話題に出して触れるようにして、ミアのことを意識していることを伝えていこう、と決めていたからだ。


幸いなことに、アキはヤスケが「まるでミアのようだ」と言えば、悪癖と言われても、似てることを嬉しそうに思い、話題として触れる時にも悲しそうな眼差しをするよりも、話題に出してくれたことを喜んで、楽しそうに話している。


ここまでは、想定通りである。


それまでにない、随一の神術の使い手となる依代の君が参入し、世界の外に根を伸ばす世界樹、同じく世界の外を認識し、その知見を伸ばそうとしている黒姫、といったように次元門構築に向けて、明るい要素が増え、未来に向けた希望を抱けているから、という条件付きではあるが。


ミアが不在となってから一年が経過し、ミアと交流のあった友人、知人達からの接触も増えてきた。これについては、ミアも予め想定しており、長老や家族、マサト&ロゼッタにも誰にどう対応するか、秘密を共有して仲間に引き込むか、などの方針も決めていた。


ただ、それはあくまでもミアが考えた未来の振れ幅であって、その中での妥当な判断に過ぎない。そして、アキを中心に巻き起こった大嵐は、そんな振れ幅どころではない未来へと爆走させていて、前提条件の多くが破綻している有様だった。


そこに依代の君が加わるとなれば、もう、殆どの案件はアドリブで対応するしかないだろう。



◆妖精枠



【シャーリス(妖精女王)】

ここ二週間は、依代の君(二人目)の渡航に同行した程度で、後は予定通りに臣下達が仕事をしているのを把握しておく程度で済んで、比較的穏やかな期間だったと言えるだろう。交流祭りに参加した者達が体験談を話して回っていることで、妖精の国もお祭り騒ぎになっているが、それもまた良しと思っているところだ。

遊説飛行で二大国の王が精神を病んでしまう、というのは想定外で、事態を把握する為に緊急召喚にも応えたものの、妖精の国からすれば、異世界の話であって、介入を考えるような事態でもない。妖精の国と常時接続をしている翁がいるロングヒルに戦乱の危機が訪れた、などと言うのなら、対応も考えただろうが、そうではないのだ。

アキが提案したように、人族のまつりごとへの知識が乏しいので、学ぶつもりで人を派遣しようと考えているが、その程度である。


あと、依代の君(二人目)と共に共和国へと渡航したものの、妖精を常時貼り付けておく訳にもいかず、自身が召喚を終えた段階で、共和国の館に妖精を召喚する術がないことは何とかしたいと考えていた。ロングヒルに依代の君(一人目)はいるので、そうそう共和国に妖精が顔を出す必然性があるとも思えないが、何せ、相手は依代の君、現身を得た神だ。


彼の力を考えれば、できればいざと言う時には竜か妖精が近くにいるべきとも思う。ただ、街エルフと竜の歴史を考えると、竜が傍らにいるというのは難しい。となれば、妖精がいるべきとの結論になる。ロングヒルから飛んでいっても一時間もあれば到着できるが、やはりすぐ駆けつけられない、というのは気になるところだ。


【賢者】

依代の君の声が、召喚の経路(パス)を通じて、妖精界の本体まで届いた件は、賢者も驚愕するしかなかった。なんだかんだと、竜族も追い払えるし、自分達は十分強い、との認識を持てていたからだ。ところが、世界の外という、妖精族の中にもない概念、それを操る竜族との決定的な差を識ることにもなり、現身を持つ神の持つ理不尽さにも触れて、伸びた鼻はへし折られることになった。

神力に何とか対抗しようとあれこれ対策を用意してみたものの、今のところ、水の流れをチリ紙で止めようとするかのような徒労に終わっている。

賢者もちょいちょい研究の為にこちらにはやってきているのだが、魔術関連の意見交換や実験が主となるため、アキとの接点が薄くなっている状況だった。十八章も連合絡みの騒ぎや、依代の君の神力を制する訓練期間なので、賢者との接点は少なそうだ。


【宰相】

十七章の二週間は、政治談議に喚ばれることもなく、内政に専念することができた。なんだかんだと、シャーリスが喚ばれることも多いが、これは彼が内政面を担当することで、意図的に女王に前面に出て貰っているからだ。登山や交流祭りの関係で、大勢の妖精達がこちらにやってきており、しかも同じメンバーではなく、どんどん入れ替わっている状況なので、その場で即決できるシャーリスがいた方が良いだろう、との判断と、後は忙しさに少し煮詰まってる感があるので息抜きを兼ねてだった。ラージヒルの事変については第一報は翁に対応を任せているが、まつりごとの深い部分になってくれば、彼が喚ばれることとなるだろう。


【彫刻家】

彼もここ二週間は、飛行船建造のほうに注力しており、こちらの出来事について報告は受けているものの、こちらに足を伸ばすことはなかった。やはり、妖精の国で初となる巨大飛行船の建造、そして様々な実験を経た数多くの新機軸の導入とくれば、弟子達の力量は信頼しているものの、叶うものなら、建造ドック内に寝泊まりしたいというくらいには、離れがたいものがあったのだろう。

勿論、そんな真似をすれば熱中して孫に引き摺られていった賢者の事を笑えなくなってしまう。なので、彼も仕方なく、寝る時だけは自宅に戻るようにするのだった。


【近衛】

飛行船の初飛行に向けて、乗員達の訓練や想定ミッションの検討などにも顔を出しつつ、女王の護衛もしている彼はこの二週間、かなり多忙だった。しかし、そんな彼に対して、新たな要望として、連樹の神を「死の大地」浄化作戦に誘う件で、同席して大規模作戦についての知見を深めよ、という命令が下った。これまでにアキが語っていた話は一応把握していたものの、飛行船による長距離遠征を計画して理解を深めた今となっては、アキの語る作戦のあまりの規模の大きさに眩暈がしてくる程だった。それでも各勢力とも不得手な分野はあるのだから、と自らを奮い立たせるのだった。


【賢者の弟子達】

時折、賢者に状況を報告し、甘いところを指摘されたりもしたが、飛行船への魔術付与は概ね順調と言えた。抱えている仕事は多いが、中には、師が取り組んでいる神力制御の研究に加わりたいと言い出す者もいて、賢者は弟子の成長を感じて満面の笑みを浮かべたという。ただ、満面の笑みと共に、今の弟子では手が届くかギリギリ微妙な課題を分け与え、任せたぞ、などと言うのだから、賢者もやはりいい性格をしている。それでも本来の仕事をやりつつ、更にこれまでにない分野、神力の制御に取り組むのは心躍る挑戦らしい。結果として、賢者だけでなく一部の弟子達も親族や友人達から、仕事にのめり込み過ぎないよう監視される事となった。


【一割召喚された一般妖精達】

登山に参加していた者達も戻ってきて、空いた枠を使って、交流祭りに向けて次々に新たなメンバー達が参加していくこととなった。一応、報告書も作ったり、反省会も開いたりはしているものの、全員が交流に参加してて、それを見守る第三者視点、余裕をもって樹々の陰からそっと観察するような妖精族らしい慎重さを示す役目を持つ者が用意されていなかった。

ただ、人手不足なこともあるし、娯楽の一環という位置付けということもあって、自己評価で済ませる運用となっており、多少の問題はあったが、こちらの種族達の反応はとてもよく楽しい時間を共有することができた、と花丸採点連発、という有様だ。


ザルな情報管理によって、各勢力は妖精族についての理解が大きく進むことになり、その惨状を知ったシャーリスが情報管理部門を設立させるに至るのだが、それはまだまだ遠い未来の話。参謀本部が設立され、情報の取り扱い基準を制定する時までお預けだ。



◆鬼族枠



【セイケン(調整組所属、鬼族大使館代表)】

ヤーポン滅ぶべしの規格統一の件や、若竜が竜神子を庇護下に置くと周知する件、登山結果のヒアリングなど、事あるごとに鬼族の代表として呼ばれており、誰もが彼の発言に信を置く状況だ。それ自体は大変誇らしいことであり、信頼されないよりは勿論、信頼された方が良いのだが、やはり人手不足は深刻だった。アキの活動を支えるのに数十人というサポーターがいるのと同様、そんなアキの活動に巻き込まれるセイケンにしても、アキのように時間制限がきつくはないと言っても、抱えられる案件がそう増える筈もない。「死の大地」の浄化作戦については、参謀本部設立に合わせて、専任者を用意して貰える事になったのは嬉しいが、そこそこの量の事務作業も連合から人を派遣して貰っている状況は、やはりちと寂しかった。

交流祭りでは連邦からも、既知の間柄の者達もやってきてるので、大使館が抱える案件の多さ、分野の広さをアピールして、今以上の支援を得られるよう働きかけるのだった。


【レイハ(セイケンの付き人)】

鬼人形ブセイに、鬼族男子としてバランスの悪さを是正していこうという作戦は、女衆の熱心さに危機意識を煽られることになって、大使館にいる男衆も力を合わせて指導していく流れとなった。ただ、長命種なだけあって、各人、それなりの力量を備えてはいるものの、ならば誰でも教師役が務まるかと言えば、街エルフのように何でもできる教育、などという頭のおかしいことはしてないので、不得手な者が多かった。見て覚えよ、と手本をみせるといった具合だが、いちいち教えては本人の為にならない、とする長命種らしい認識が足を引っ張っていた。交流のある小鬼族からすれば、あれもこれもと手を出していては時を失うだけであり、趣味など何か一つあれば十分などと言われるのがオチだろう。各自、それなりにぼんやりと漢とはこうあるべし、という漠然としたイメージはあるのだ。ただ、改めて何故と問われると、なかなか説明し辛いところがあった。



【トウセイ(研究組所属、変化の術開発者)】

神力の制御はどうにもならなかったが、依代の君という、信仰に支えられて実体化した神に対して、変化の術を行使させる、という命題は彼を大いに奮起させることになった。検討を重ねれば重ねるほど、生物が当たり前のように持つ要素の多くを依代の君は持っておらず、そういった要素を活用して、もう一つの体を創り出す、変化の術にとっては、色々と補わなくてはならないものが出てくることともなった。そういった彼の苦悩と苦闘の話は十八章で語られることとなるだろう。


【レイゼン(鬼王)】

十七章では時間軸があまり進まなかったので語られることがなかったが、セイケンから陳情されていた人手不足の件、特にアキからも要望があった作戦立案のできる参謀の派遣について、何とか人選を済ませることができた。結局、一人で要望を満たすような逸材はおらず、ならば二人で、といった具合となった。ここで小鬼族のように頭数がいるのなら、それなら数十人の集団体制で、となるところだが、そこは長命種の悲しさ、力量の高い者はいるが頭数がいないのはどうにもし難かった。

それでも、若竜の遊説飛行によって引き起こされたラージヒルの事変も、連邦からすれば、国境を接していない遠い場所での出来事であり、アキの連邦訪問時に、主だった為政者達は白岩様との洗礼の儀を済ませており、心配することはないと言えた。

おかげで、他の勢力と違い、必要な人選も済ませて、久しぶりに他勢力の代表達とも顔を合わせることができると、のんびり構えることができたのだった。


【ライキ(武闘派の代表)】

十七章の二週間は、アキの求めもあって、参謀本部に参加する人材の確保に奔走する日々だった。全てを兼ね備える逸材は結局用意できず、シセンと相談し、武闘派からは前線に赴く兵の掌握に優れた者を排出することとし、穏健派が選抜した者と合わせることで、要求を満たすこととしたのだった。


登山参加者達も帰国して彼らから話を聞くこともでき、「死の大地」の呪いが想像以上の難敵であることも理解できた。少なくとも地の種族が戦う、という選択肢を取れる存在ではないのは確実だった。アキは各地に散らばる呪いの連携を寸断してあちこちに散在する状態になれば、後は一つずつ丁寧に浄化していくだけ、と軽く語っていたようだが、館程度ならともかく、都市を覆う程の呪いとなると、鬼族の歴史を紐解いても、そんな大規模な浄化など行ったことはなかった。それが恐らくは数万。ライキはきっとアキなら「長命種ならこういう計画もしっかりこなせるでしょ」と言うだろうと思い至っていた。ライキの想像は当たりで、小鬼や人では世代交代するような長期計画でも、鬼族なら長命で当事者がずっと担当できるから、ブレずにやり遂げられるとアキは疑っていなかった。

これはやはり、アキがまだ高校生、社会人としての生活すら経験したことのない幼さからくる甘い認識だった。日本あちらの話で言っても、生涯をかけて一つの事に打ち込んだ人が話題になるのは、そこまでできる人が稀であるからに他ならない。初志貫徹と言うのは簡単だが、人生山あり谷あり、独力でそれを成し遂げるのは難しく、多くの人の協力があればこそ実現できる偉業なのだ。


だからこそ、参謀本部に参加する者にも、相手を見た目通りの子供と思わぬように、数十人からの専門家達の力を束ねた、世間知らずな賢者として対応するよう念押しをしたのだった。


なお、若竜が竜神子を庇護下にあると周知するために遊説飛行をする件は、アキ達の連邦訪問を軽く広く行うのだろう、と軽く認識していた。それだけに連合の東西交流を遮断するラージヒル国境閉鎖、などという事態に繋がったのは予想外であり、他種族への理解の難しさを痛感するのだった。


【シセン(穏健派の代表)】

十七章の二週間は、ライキと同様、参謀本部に参加する人材の確保に奔走する日々だった。要求内容と鬼族の抱える人材の乖離が酷く、全てを満たす者を選ぶことはできなかった。ライキから相談を持ち掛けられ、一人で無理なら二人で互いを補えばよいと提案され、穏健派からは囲碁や将棋に優れ、それを机上の空論とせず、実際のいくさにも応用できる者を選ぶことにした。数が多くなり、個人の奮闘ではどうにもならない時、必要となるのは戦場全体を盤面のように捉え、概念化した戦力同士を運用するといった先を見通す力、相手の手を読む力が必要になると考えたからだ。

そういった者は、得てして人心を軽視しやすい欠点がある。それは利点の裏返しなのだから仕方ない。いくさの場を異なる面から捉えることで、より客観的に最善手を選べるだろうと考えるのだった。


そんなシセンだったが、やはりラージヒル事変は己が耳を疑う出来事だった。参謀本部の人選に迷いはないが、鬼族の常識は他の種族の常識とは限らない、という当たり前の事実に思い至り、参謀本部の話も想像以上の難物かもしれない、と眉を顰めることともなった。


そして、残念なことにシセンの想像の翼には限りがあり、一人の知には限りがあることを痛感させられることともなるのだが、それはロングヒル訪問の時までお預けである。



【鬼族の女衆(王妃達)】

交流祭りも本格的に始まり、連邦からも続々と市民が訪れることになり、彼らの逗留場所として大使館の一部を開放することともなった。市民も見知った妃達がしれっと女中として働いている様に驚愕していたが、多様な種族が大使館を打ち合わせの場として利用している様を遠目で観ることで、情報収集と他勢力の人材との繋ぎを付けるのに最適な配置である、と理解するのだった。


そんな彼女達も、手に負えない大計画の話は専任を選ぶよう、レイゼンに話を振ったので、今は祭りでもあると割り切って、鬼人形ブセイを鬼族男子として育てよう、と茶目っ気を出すことにした。


彼女達の熱意に押され気味な男衆にも発破を掛けて、幼子の手を引くような真似まではしないが、様々なことをブセイに経験させることで、鬼族としての考え方、誇りなどを理解させようと尽力することとなった。打てば響く逸材であるブセイの成長に気を良くして構い過ぎて、男衆から少し嫉妬混じりの視線が飛んできた時には、可愛らしい態度と苦笑もしたが、やり過ぎては不和を生んでしまうので、そこの匙加減は調整するようになった。


結果として、鬼人形ブセイは連邦で誰もが知るアイドルのような知名度を得るに至るのだが、それはもう少し先の話である。


【セイケンの妻、娘】

多種族が集って行って「死の大地」を眺めるに至った登山の参加者達も帰国し、スーパースターのように人々から歓迎されることとなった。毎週のように帰国するセイケンから話を聞くおかげで、妻も娘もやはり、連邦にいる人々よりはロングヒル通として、人々から認識されるようになった。

娘も幼いながら、漏れ聞こえてくるアキの行動やその影響について想像できるようになり、結論としては、父親を独り占めしてる嫌な女から、周りの大人達を巻き込んで騒動を引き起こす変な女に認識を改めることとなった。

そろそろ、交流祭りに出掛ける日ともなってきて、彼女もロングヒルに行くのを楽しみにしていた。そして、妻もまた、話には聞いているものの、色々と想像の枠をはみ出している状況を、常駐している女衆から詳しく聞こう、と決意するのだった。


【鬼族のロングヒル大使館メンバー】

マコト文書抜粋版を読んだり、交流祭りに参加する連邦からやってきた市民達を出迎えたりと、それまでにない業務が増えてきたものの、妖精族がペースダウンしたのに合わせて、各勢力も活動を鈍化させていた事から、大使館メンバー達も何とか仕事をパンクさせるのは避けることができていた。

鬼人形ブセイに武以外のことを教えるのも、彼の純朴でありながらも鋭い感性と知性に触発されて、思わず熱が入ることともなった。

ちなみに、一見静かに見える活動をしていたアキだが、呪いに関する規格統一であったり、若竜達の遊説飛行なんて話が投げ込まれてきた件は、もうそういうモノと諦めていた。アキが絡むとすぐ話が大きくなって振り回されることになる、それはもう避けようがない事であり、起きないように策を弄するよりも、何かあった時に対応できるよう、常に余力を残しておくべきと悟ったからだ。

実際、彼らも要領を覚えて、派遣されている魔導人形達に事務作業をお願いし、本国の判断を仰ぐ話であれば必要な情報を集めるだけ集めて自分達の分析は最小限にとどめるなど、他に頼めることはどんどん手離れをよくするようになっていた。

一時窓口としてはそれはそれで正しい行動であり、パンクするくらいならそうした方がマシなのも確かだが、数で押せる小鬼族が聞けば眉を顰める対応でもあった。


ただ、まだまだ各勢力はそこまで腹を割って話せるほどの仲ではなく、こうした不協和音は地雷となって、さほど遠くない未来に爆発の時を迎えるのだった。


【鬼族の職人達】

弧状列島交流祭りに向けた鬼族の一般的な家屋一棟の展示も、事前に他の種族の人々に観覧して貰うことで問題点を洗い出し、連邦大使館の改良で経験を積んでいた職人達が速やかに対応することで、本番はさほど混乱することなく参加者達を迎えることができた。


彼らにとって意外だったのは、連邦からやってきた参加者達が、自分達の見慣れた家屋に加えられた、他の種族向けの工夫に興味を示し、それを面白がる風潮が生まれたことだった。ロングヒルにいる職人達からすれば、もうすっかり慣れた他種族対応も、馴染みのない鬼達からすれば、興味深い工夫であり、話題のネタともなった。


【鬼族の竜神子達】

竜神子支援機構から、彼らの住む地域の立体地図が届き、訪問した若竜ともそれを共通話題に話を弾ませることができた。地の種族から見れば巨大な城塞も、大空から見下ろせば小さな岩山程度と、双方の認識のずれもまた面白い、とこちらに興味を持ってくれる若竜との会話は楽しめた。

そのように竜神子達は多少のストレスはあったものの若竜との時間を過ごせたが、付き添っていた他の者達は、早々に距離を取らざるを得なくなるなど、竜神子との違いが明らかにもなった。

アキが竜神子は、竜と地の種族の間に立ち両者を繋ぐ存在、と言っていたことも実感でき、だからこそ、両者の認識のズレを埋めていかなくてはならないとも考えることになった。


【ブセイの兄弟子達】

武は一日にして成らず、ということでブセイとの試合で刺激を受けた彼らは、更なる高みを目指そうとあれこれ工夫する日々だった。そんな中でも、ブセイを鬼族の漢として導こうとも考えてはいたのだが、如何せん、ロングヒルと遠く離れた連邦の地では、共に何かするような事はできない。

その為、彼らは文を送り、絵を描き、詩を詠んで、といった具合に、ロングヒルに常駐している男衆の協力も仰ぐ形で、鬼族の文化や思考、武一辺倒ではなく仲間と力を合わせる共同活動などを紹介し、互いの取り組みを伝え合うようにした。

また、一般参加者に混ざって、幾人かは交流祭りへの参加をしつつ、ブセイに会いに行くといったこともすることになり、ブセイはそんな心遣いに感激するのだった。



◆ドワーフ族枠



【ヨーゲル(調整組所属、ロングヒルのドワーフ技術団代表】

十七章の二週間は、目新しい開発、研究が行われている訳ではなかったので、登山先で使った観測機器が集めてきた情報の確認や、妖精の道が開いた場合に投げ込む無線標識ビーコンとそれを受信する受信機アンテナ、それに妖精の道自体を上空から探査する位相を揃えた光(レーザー)探査機の試作品について確認をしてみた。


無線標識ビーコンは一定高度に浮遊して地面から距離を置くことで、魔力濃度差による電波偏向の影響を防ぎ、透明化術式によって視認性を下げる仕組みは上手く動作させることができそうだった。一定時間が経過した際に後を残さず消滅させることも費用は高くなるができるだろう。

ただ、受信機アンテナの小型化は難航していた。こちらなら小型召喚の竜に運んで貰うとすれば、西瓜サイズ程度でも運搬可能だが、妖精界において妖精が運ぶのならビー玉サイズがせいぜいだからだ。ただし、この問題は妖精の国で大型飛行船の運用が始まれば解消される目処も立った。高空に浮かぶ飛行船は山に遮られることなく電波受信が可能であり、運べる機材のサイズも小型召喚竜が抱えて飛ぶレベルの品なら十分、搭載可能だったからだ。

それに、受信機アンテナはレーダーと違い、自ら電波を発することはなく、受診するだけなので、稼働させていても目立つ恐れがない利点もあった。

その為、無理な小型化はせず、それよりもこちらの魔導具と設計を共通化することで、製造、特に量産を容易にする方針に切り替えることにした。妖精界の方は、妖精達が支配している地域の外は把握できてない関係で、大型飛行船用に受信機アンテナは一つあれば全域をカバーできる。それに比べると、弧状列島の方は、三大勢力の支配地域で探し回るのなら、十や二十は揃えておきたいところだった。


位相を揃えた光(レーザー)探査機の方は小型化、軽量化、低出力安定、反射光判定といったように実現すべき項目が多く、それらはバラバラに試作品を作って並行開発するといった状況だ。前三つはそれでも形になってきてはいたが、厚みのない妖精の道がどのような反射特性を示すかわからないので、既知の物体ではないモノを検出する、という言葉にすれば簡単でも、実現しようとするとかなり面倒臭い機能を実現する必要があり、技術者達の頭を悩ませていた。草木、土、石、水は除外する訳だが、岩か砂利かでも反射に違いが出てくる面倒臭さだ。使う波長によっても水をある程度通過したり、海面や海岸で反射したりと、その性質には違いが出てくる。そして、空を飛んで妖精の道を探す者からすれば、目視よりも漏れなく広い範囲を簡単に調べられなくては魔導具として意味がない。

可能なら、多彩な波長の位相を揃えた光(レーザー)によって地表を多面的に一度で探査したいし、人が通れる程度の道と仮定しても、地表面を数メートル単位くらいの密度で調べたい。できれば、ある程度の速さで飛びながら。多少の高度や角度の揺れがあっても許容してくれればなお良し、と。

軽くて、小さくて、長時間稼働できて、ある程度のGにも耐えてくれてくれたら……といった辺りで、要求性能を確認していた技師達が無茶を言うな、と爆発したのは言うまでもない。


それくらいなら、占術に頼る方が良いのではないか、なんて意見も出たくらいだ。しかし、残念なことに占術は、この世界にある万物の絡み合った相互干渉から、目的に繋がる経路(パス)を手繰り寄せるといった技法であり、占う対象との繋がりが強い所縁ゆかりの品がないと精度が出ない、という問題があったりする。そして、根本的な問題として、妖精の道は、出現するまでこの世界には存在していないのだ。つまりこの世界の万物との経路(パス)がそもそもないのだ。だから占うことが原理的に不可能だった。


妖精界由来の品としては、翁の愛用の帽子はミアの私物としてこちらに存在している。ただ、心話の時と同様、帽子と翁を繋ぐ経路(パス)はあっても、それを辿って行っても宙に消えてしまい世界の具体的な場所へと向かうことがなかった。


なので、今のところ、妖精の道が出現して、それを発見できたなら、無線標識ビーコンとそれを受信する受信機アンテナによって、相手側の領土内にあるなら発見する方は何とかなりそうだった。ただ、そもそも妖精の道が見つからなければ、無線標識ビーコンを投げ込むこともできない。なので、妖精の道を見つけるところは、樹木の精霊(ドライアド)達に頼るしかなさそうだ。


【常駐するドワーフ技術者達(アキの使う馬車の開発者達)】

アキの魔力を頻繁に計測できる薪割り人形が開発されたことで、毎朝、体温を測るくらいの気軽さで、アキやリアの魔力強度を計測できるようになった。その結果、毎日の魔力強度変動と、自己イメージ強化訓練の関係もグラフ化できた。訓練も一回目より二回目の方が伸びは抑えられており、その傾向から、馬車に必要となる耐魔力性能についても予想できるようになった。

アキやリアが自己イメージ強化を終えた時点の魔力強度を想定して、馬車を強化する為の検討をすることになったが、具体的な目標が見えてきた分、彼らもやっと腰を据えて取り組めるようになった。


【各分野の専門家達】

呪いに関する規格統一については、リア研究所の技師達が主導していく流れとなり、ドワーフの専門家達はそれを補完する立ち位置となった。連合から派遣される専門家としてドワーフ達も現地に行くことになるだろう。測定機器も不十分、呪いの評価基準も制定はこれから、というのだから、言われたことを実行できる程度の人材では、力不足なのだ。

神力の方は二週間戦った結果、既存の技では太刀打ち不可能、神力には神力で対抗して貰おう、という残念な結果に終わり、研究組もそれぞれが様々な試験や理論検討に手を伸ばしており、専門家達はそれらを支援していた。確立された技は理論だけと限らないので、彼らであっても一筋縄ではいかなかった。


【ドワーフの職人さん達】

交流祭りで使う展示品も、実際に祭りが始まると、そのままだと大勢が一度に鑑賞できないので、拡大鏡をつけることになったり、その凄さが思った以上に伝わらず、紹介の仕方を見直したりと、問題が出たら翌朝までには解決、といった鉄火場の忙しさとなった。そこまで急がなくても、と言う意見もあったが、ブースで紹介する方からすれば、参加者達は大勢いるが、参加者からすれば、その時の経験一回しかない。その一回の不満が国に帰って広まると思えば、問題は可能な限り早く解消しなくてはならん、と職人達は頑として譲らなかった。場合によっては職人達が会場にまで乗り込んで、不満そうな顔をしている子供に声を掛けるなどして、その場で直接不満を聞くほどの熱の入れようだった。なお、子供からすれば、珍しいドワーフ族に会えた、ということ自体が珍しい経験となっており、違う意味で歓迎されたのだった。



◆森エルフ族枠



【イズレンディア(調整組所属、ロングヒルの森エルフ護衛団代表)】

神力制御の研究では精霊使いは不参加とできたが、研究組が行う次元門研究のほうでは、既存の魔術系統とは違う目線からの意見も欲しい、と呼ばれることになり、ここ二週間はそちらの対応で、あちこちの検討会に顔を出すことになった。そんな中、交流祭りが始まり、連合で穴が空いてしまったブースを埋める為に、森エルフのブースを前倒しで開くことになったのは、仲間達からブーイングの嵐を貰うことになった。イズレンディアも頑張ったのだが、森エルフの技、精霊使いの技を知る者達からの熱烈な要望に対して孤軍奮闘では、多少の情報を引き出す程度の足掻きしかできなかった。その為、ロングヒル常駐の代表という立場であるにもかかわらず、交流祭りでは、一般客相手に笑顔で対応するイズレンディアの姿を見かけることになった。結果としては、上の立場の者でも現場に出るフレンドリーさが好感を呼ぶことになり、見えない精霊と話す無愛想な不思議ちゃん扱いだった森エルフの印象も改善されることに繋がるのであった。


【森エルフの文官、職人さん達】

交流祭りでは連合枠のブースの後半スケジュールで確保していたのだが、各地に精霊使いを派遣して森エルフが以前よりもずっと知名度を増していたことや、準備が間に合わず穴が空いてしまったブースが出たこともあって、予定よりも前倒しかつ終わりはラストまで紹介ブースを開くことになってしまった。イズレンディアも頑張ったのだが、森エルフの事を知りたい、縁を結びたいという要望を無碍にする訳にもいかなかったからだ。その為、狙撃部隊のメンバーからも担当を出すことになった。


【ロングヒルに常駐している森エルフ狙撃部隊の皆さん】

十七章での二週間は、彼らは、それまでの第二演習場での警備に戻り、ある意味、落ち着いた日々に戻ることができた。これからも暫くは現状維持となるが、その先には三大勢力の代表達が集い、セキュリティレベルが跳ね上がることになるので、今から準備を始めているところだ。それよりも、人手が足りないと、交流祭りのブースに詰める必要が出てきて、そちらの方に悪戦苦闘することになっていた。何せ彼らは人のいない森の奥で、自然の中にいる方が心が安らぐといってるくらいだ。尽きることなく押し寄せる参加者達の対応をするくらいなら、日中ずっと侵入者を監視している方が楽だ、とボヤく有様だった。



◆天空竜枠



【雲取様(森エルフ、ドワーフを庇護する縄張り持ちの若竜)】

十七章の二週間は、登山から帰ってきた参加者から話を聞く際に立ち会ったり、アキやエリーの自己イメージ強化を指導したりと、第二演習場に顔を出すこともあったが、アキと会うタイミングでやってきているだけで、他の雌竜達に順番を譲る事も実は多かった。というのも、共同行動について、他の竜達にどう示していくか、試行錯誤をしていたからだ。具体的に言うと、登山から帰ってきた若雄竜達や雌竜達に声を掛けて、翁や近衛から習った相互支援機動を竜が行うとどうなるか、竜と妖精の違いからくる変更点などの洗い出しを行っていたからだ。


もし、アキが彼らの飛ぶ様子を見れば、互いにクロスするようにS字の旋回を繰り返すことで、もし、一方が敵竜に背後を取られそうになっても、ペアの竜がその背後から牽制することで逆に痛撃を与える、或いは牽制によって攻勢を乱す様のことを米軍のサッチ少佐が編み出した空中戦闘機動「サッチ・の機織り(ウィーブ)」だと指摘したことだろう。


この飛び方は、敵を追い掛け回す状況では天空竜と言えども視野が狭くなることも相まって、一対二という数的劣勢で戦わされる側にとっては、上手く嵌れば、かなり戦いにくいことも明らかになった。ただし、連携が下手だと戦力分散となるので各個撃破されることにもなる。


他の成竜達を招いてお披露目する際には、格上を共闘によって圧倒する様を示さなくては意味がない。相手が上手く動いても引き分け、しかしそこまで持ち込めるのはかなりの力量差がなくては不可能、と示せなければ、単なるお遊びをして、興味を失うことだろう。それでは駄目なのだ。


複数の竜達が激しく空中戦を行う様を見せたりすれば、騒ぎになるのは確実なので、遊びに見えるよう、竜の吐息(ドラゴンブレス)と同じタイミング、範囲で軽く炙る程度の火炎術式を発動させたり、地上から殆ど見えない高空で飛ぶなど配慮もしていた。おかげで、地の種族ではそんな試みをしていると知る者はなく、たまたま遠くから見かけた成竜なども、なんか遊んでるなぁ、と思う程度だった。十八章では、色々試してみた結果を雲取様が語ってくれるだろう。


【雲取様に想いを寄せる雌竜達】

依代の君の神力制御が安定するまでの間ということで、皆が交代で行っていた作業も彼が二人目の依代に降りて、神力を大きく減じることに成功し、更に感覚質クオリアを育てることで安定性も増したことから、特別体制は解除されることとなった。ただ、ならば、後は研究に専念となったかというとそんなことはなく、ほぼ毎日、誰かが第二演習場を訪れて、依代の君と遊ぶ時間を設けることにしていた。まだまだ神力が強く、ケイティであっても相手をするのは厳しく、だからといって、誰とも触れ合わない活動もそうそうバリエーションは増やせない。となれば、触れ合っても問題のない雌竜達が幼竜に対するように遊ぶ相手をしてあげることで、体を全力で使うという経験を積ませよう、とまぁ、そういう訳だった。依代の君にとっては疲労すらフレーバー要素に過ぎないが、目一杯遊べば精神的な満足感もあり、十分遊べばのんびり休みたくもなってくる。おかげでそうして遊んで貰った後は昼寝をする姿も見られるようになった。


彼女達も、アキと依代の君は、竜が大好き、という点は同じでも、その表現、振舞いには大きな違いがあるとわかり、違いを楽しむようにもなっていった。……ただ、その過程で、依代の君の身体能力が、身体強化術式の発動状態にまで簡単に跳ね上がることもわかり、一般的な地の種族はそこまで頑丈ではないので誤解しないように、と諫言されることにもなった。


【福慈様(他より頭一つ抜けた実力を持つ老竜)】

登山に参加した若雄竜達から聞いた「死の大地」の様子は、過去に観た様子と随分様変わりしており、自分の目でも視ておいた方がいいか、などと考え出した。ただ、飛んで失った魔力はなかなか回復しないので、いつ飛ぶか踏ん切りがつかない。それに彼女が飛べば、それだけで祟り神への強烈な刺激となる恐れもあって、若雄竜達からも、自重してください、と止められることになった。

ただ、個で完結している竜族の性として、伝聞だけで判断することを良しとしない傾向が強く、福慈様もその性から外れることはなかった。十八章ではこの二律背反の願いについて話を聞かされることとなるだろう。


【白岩様(雲取様の近所に縄張りを持つ成竜)】

第二演習場への訪問回数は減らさざるをえなかったが、それでも雌竜達が依代の君と遊んであげていて、そこで見せた動きが子供にしてはなかなかのモノがあるなどと聞かされたこともあり、訪問した際には白岩様も、依代の君と遊んであげたのだった。彼が雌竜達と違ったのは、遊びと言いながらも、目を閉じて魔力感知だけで動き回らせたり、彼が動き回る様を竜眼で視て、より洗練された動きを指導していた。そうして単に体を動かすだけでなく、五感に加えて神力を感知にも使う方向へと導いた事で、彼の感覚質クオリアは大いに育つことになった。


【黒姫様(雲取様の姉)】

雌竜達が幼竜に対するように、依代の君と遊んであげていると聞いた時には耳を疑ったが、実際、彼女も遊んでみると、彼は見た目こそ幼い子供だが、世界樹の枝から創り出した依代に降りた神であり、本質的な在り方がまるで異なるのだ、と気付かされることになった。触れ合ったり、元気よく動き回ってる方が彼の神力が安定していくペースが上がる違いも見えた。二人目の依代に降りた後も、様子を視にくるくらいには気を掛けてあげるのだった。なお、白岩様が更に能力を伸ばす方向で指導するのに対して、彼女は身体強化を使わない人族の動きを参考に、力を落とした状態での振舞いを基本とするよう指導するのだった。地の種族の家屋は身体強化をした子供が暴れまわれるほど頑丈ではないと知っていたからだ。この指導は別邸にいるサポートメンバー達が訪れて礼をするほど感謝されることになった。


【アキと心話をしている竜達】

竜神子と交流をする若竜達との心話を優先すること、地の種族との交流で気を付ける点などを伝えることから、他の竜達との交流スケジュールは後回しになる、との詫びをしてまわったが、竜族からすれば、一ヶ月やそこらのズレは大した遅延ではなく、なのにわざわざ一言触れて回るとは丁寧な気遣いだ、と褒められることになった。また、そうした特別な教育の時間を設けるくらいに、地の種族との交流で知っておくべきことがあるという事に、他の成竜達は興味を示したりもした。詳しい話は若竜から聞いておこう、と言い出すくらいに。

かくして、アキやリアは若竜三十柱に短期集中教育を行ったつもりでいたが、そうした特別教育をするんだよと、同じくらいの数の成竜にも触れて回ることになり、彼らが若竜達を呼んで話を聞き、そんな行動が、更に他の成竜達の興味を惹いて、といった具合に連鎖していく事になった。

この辺りの話も十八章で語られることになるだろう。そして、その話を聞いた各勢力の代表達の危機意識が更に高まることにもなっていくのだ。


【炎竜、氷竜、鋼竜(他種族登山に名乗りを上げた雄竜達)】

色々と準備をしたこともあって、多種族が集っての登山は無事成功することができた。福慈様から振られた案件だったこともあり、彼らも達成したことを大いに喜んでいた。福慈様に報告した際にも褒めて貰えて、そのまま雲の彼方まで飛び回りたくなる程だった。……ただ、貴重な経験で得た事を他の部族にも話してこい、試練を達成した者が凱旋するのは権利だからね、と言われたことで、湖に頭を突っ込んだような気分を味わうことにもなった。三柱は謹んでその命を受けると、そそくさと退散して、どこから訪問するか、どう話すかなど、登山の時と同じくらいの熱心さで想定問答を用意し、弱腰と思われない程度に恐れの感情を抱いたことをどう話すか、など別の意味で下手な真似はできないとばかりに準備を重ねるのだった。なので十八章の頃だとまだ地方巡業から帰ってきてないかもしれない。もしかしたら、周り終えた彼らから、苦労話を聞けたりする……かも。



【牟古様他(登山先の主達)】

登山した者達が予定を超えて留まって話し合いをしているのに気付き、なぜそのようなことをしているのか、若雄竜達から聞くことになった。魔導具による定量的な分析という新たな視点や、漠然と眺めるのではなく、自然現象と連動しない呪いの闇の蠢きの特異性に注視すること、幾重にも重なって蠢く様から「死の大地」を覆う呪い、祟り神は地の種族のような群体として存在していることなどを知る事になった。その際に、妖精族が使う拡大術式についても知ることになり、早速試してみたのだが、要衝を任されてきた彼らにとっても、全体を一つとして眺める事との違いに驚愕することになった。自らを制することができる成竜だからこそ、驚きを内に留めることができた。しかし、それまでの年月、監視をしてきたという自分自身に、一体何を視ていたのか、と怒鳴りつけたくなる思いだった。

そうして暴れる心を内に留めつつ、改めて彼らが持ってきた説明資料に目を通すと、また新たな気付きがあり、これも彼らに危機意識を持たせることになった。長命種としての竜族はその強さ故に、安全策を取ることが多く、危険に対しても余裕があれば早めに摘み取るが、脅威度が高い場合には距離を離すといったことが多い。だが、直接的な脅威がない、気持ち悪い闇として、近付かない程度に留めていたのは、誤った判断だったのではないか……と。

そんな彼らの変化は、若竜と竜神子達の楽しい交流の流れとは別に、静かに伝播していくこととなる。その辺りの話も十八章か、十九章辺りで明らかになってくるだろう。



◆人類連合枠



【ニコラス(人類連合の大統領)】

連合発足以来、最大と言っていい大掛かりな巨大イベント、弧状列島交流祭りも、周辺国家を巻き込んだ大々的な協力体制の確立と、通信・物流網を担う財閥の全面的な支援を受けられたことで、無事、開催に漕ぎ着けることができた。想定していた問題も、種火が薪を燃やし始める前に順次、消し止められているので、華やかな多種族交流イベントというイメージも守られていた。


規模としては小さくとも、その意味合いは交流祭りにも劣らない、多種族が伴った登山も無事終えることができた。精神的な疲弊は見られたものの、病むほどではない点も何よりだ。ただ、参加者達が、それも竜族まで含めて、大地を覆い尽くす呪い、祟り神という存在とのあまりの差に不安を覚えた、天災のように過ぎ去るのを待つしかないと考えるような諦観を覚えていた、というのはニコラスもかなりの驚きを覚えたのだった。天空竜は個としては最強だがそれとて大自然の前には小さな存在に過ぎない。そう彼らが殊勝な思いを抱いた、というは、話としては無いとも言えない。ただ、その思いを彼らが隠すことなく、同行した登山者達に偽ることなく伝えた、というのが衝撃的だった。


この辺り、登山に参加した若雄竜達からアキなら理由を教えて貰えるだろう。


ラージヒルの事変は、ニコラスにとってあまりにも予想外だった。共和国から結構な数の緩和障壁の護符をリースしていたことも把握していたこと、それに若竜が遊説飛行する際には、圧を若干感じる程度の高度を維持し、穏やかな語り口であったとも潜り込ませている手下から報告を受けていた。国境封鎖が行われる前に届いたその報から、これなら残りの国々も穏便に進められるだろうと安堵したところでの事変発生、国境封鎖と戒厳令の発令だ。意味がわからなかった。


ただ、思い返してみれば、確かに現ラージヒル王は影というか覇気の薄い御仁で、乱時英雄とは対照的と言える人物だった。安定したまつりごとをしており、連合の東西を繋ぐ要衝である大国の王としては十分、及第点と言えたのだが……とニコラスはもやっとした思いを抱えることにもなる。


この辺りは当事者より第三者の方が妥当な評価を行えるという典型例だろう。共和国では一刻も早く事態を正確に把握して軟着陸させようと、政治・諜報部門が総出で情報収集中だ。十八章ではそれらについてもアキは知ることになるだろう。なお、この辺り、通信傍受シギント活動については、当然だが国家機密であり、またアキは他勢力には内緒だ、という話を聞かされることになるのだった。



【トレバー(南西端の国ディアーランドのエージェント)】

登山メンバーとして選ばれた彼は、関係者達が期待する役割を十分に果たし、三大勢力の一つとして、連合の存在を強くアピールすることができた。役目を終えた後、母国に戻るのではなく、ロングヒルへとやってきたのは、現ディアーランド王の命があったからだ。連合の代表として参加したのだから、我が国への報告など二の次、三の次で良いと。そんな彼だが王からは別命も受けていた。連合の南西端に位置し、火山性の痩せた土壌の地ということもあって、交流祭りでは多くの地域との繋がりを模索せよ、とのことだった。かくして、登山から帰った心労の回復もそこそこに、彼はディアーランドブースのスタッフとしてにこやかな笑顔を振りまくことになるのだった。


【二大国の一つラージヒルのエージェント)】

彼らは登山にこそ参加できなかったものの、ロングヒルで日々、発生している出来事については事細かに情報収集して本国へと報告を行っていた。やはり連合の中でこそ二大国として名を馳せるラージヒルではあるが、他勢力の種族からすれば、連合内の一地方くらいにしか思われていない事も痛感していた。共和国の街エルフ達は正しくラージヒルの国の規模や強み、周辺国との関係や軍事力なども把握していたが、逆に把握され過ぎていて気持ち悪く感じるほどだった。

ラージヒル事変では、末端の彼らには情報を得る術がなく、本国と連絡が取れない場合の取り決めに従って、今は交流祭りのスタッフとしての仕事に人員を割くことにしたのだった。結局のところ、通信・物流網は財閥が支えているので、情報が届いたらすぐお届けします、と彼らが約束したなら、独力で足掻く意味は薄いと判断したからだった。


【ナタリー(二大国の一つテイルペーストのエージェント)】

登山メンバーとして選ばれた彼女は、トレバーと同じかそれ以上にメンバー間の和を醸造することに成功することができた。これは相手の警戒心を下げられる妖精と仲良くなれたことが大きかった。ロングヒル住まいが長いナタリーは、妖精族の本質と、見せたい外面もよーく理解していたので、その匙加減が妖精の信頼を勝ち取るのに寄与したのだ。

また、女性として、男社会で活動しながら、様々な困難にも対処してきただけあって、強くて巨大で訳分からない超存在たる祟り神の一端に触れても、トレバーほど取り乱すことが無かった。彼女からすれば、勝ち筋が薄い存在がまた増えただけ、ということだ。そしてどんな相手だろうと完全などということはなく、長所自体が弱点でもある、なんてパターンが多いことも理解していた。

そして、ラージヒル事変が起きた際にも、二大国の一つとして対峙してきたエージェントとして、その問題点も理解していたので、さほど驚くこともなかった。そこそこ起こりうる可能性の一つ、くらいには考えていた出来事だったからだ。

そして、周りが慌てふためく中、落ち着いた振舞いを見せる彼女は、注目を集めることにもなった。接触を図った他国のエージェントは、リップサービスと共にテイルペーストの産物を安価に譲って貰うことにもなり、テイルペーストの宣伝効果は連合内でも頭一つ抜き出ることになった。


【エリー(ロングヒルの王女)】

弧状列島交流祭りでは、ヘンリー王と並んで、多くの種族が集う場を言祝ぐ役も担うことになり、なんでこんな面倒な話を引き受ける羽目に、とちょい落ち込んでいた。この抜擢にはヘンリー王、セシリア王妃の思惑が絡んだこと、そして、常日頃、多種族が絡む打ち合わせには当たり前のように顔を出し、時間制限があるアキと違って、面倒な話にも最後まで付き合ったり、誰が相手だろうと疑問があれば対峙し、かと思えば、機転ウィットに富んだ言葉で場を和ませたりと、その存在感をいかんなく発揮してきた事が大きかった。交流祭りに関わっている誰もがエリーが全体の趣旨などを話して、祭りに華やかさを添えるだろう、と信じて疑ってなかったのだ。

王家も人々のそういった認識は把握しており、だからこその抜擢だった。

まぁ、そもそも楽しいイベントでは王の代理として出席することも増えたエリーなので、単なるお飾りとしてだけでなく、実務もがっつりこなせるよう幼い頃から育ててきた下地があればこそ、とも言えるだろう。

アキの相談に乗ったり、一緒に自己イメージ強化の訓練をしたりしている時間だけが、王女としての体面を気にしなくて済む訳だが、やはりこの一年で多くの交流を重ねてきた雲取様や雌竜達と話すと、心身が擦り減る感は拭えなかったりする。師匠のソフィアが研究をしているが、竜族や魔獣と言った高位存在と対峙したことによる影響には、かなりの個人差があり、相手との交流回数を増やすことで、本能からくる反射的な恐れも抑え込めるようになるようだ。そしてエリーは既にそこらの魔導師連中よりも遥かに高い耐性を獲得することができていた。この辺りの話もいずれ明らかになるだろう。こんな女傑候補に対して、世の男達はかなり尻込みしている有様だった。もうちょい頑張って欲しいところである。


【ヘンリー(ロングヒルの王様)】

ヘンリー王が画策した通り、多種族が集う祭りであり、その準備段階から多く関わってきたエリーには開会の挨拶をさせることになり、これは大いに盛り上がることとなった。やはりエリーは二人の王子に比べても華やかさでは圧倒的な強みがあった。大きな面倒事もニコラス大統領に投げて、総武演も以前のように無事終えることもできた。今は交流祭りを無事に終えて、秋の終わりにやってくる三大勢力代表達の会合も平和裏に終えて、穏やかな冬を過ごしたい、なんて考えてるところだった。

それだけに、ラージヒル事変はに寝耳に水の事態であり、報告を聞いた際にも誤報ではないかと確認させる程だった。ただ、二大国と言っても、距離も離れており、これまでもあまり交流のない国だった。幸い、どこよりも素早く正確に情報を伝えられており、来場している各地の参加者達にも、慌てるような事態ではないと穏やかに語り掛けることができた。……ただし、その裏では周辺国に対して、膨大な人数を次々に送り出している宿泊施設にどの程度の余力があるか、ラージヒルへの流れを止めるなら、どこがカバーするか、などの緊急協議も始めていた。

幸い、ここ一年、ロングヒルは散々、周辺国との交流を行い、その関係を深めてきたこともあって、話し合いはサクサク進み、数日程度なら十分耐えられる、一週間までなら許容できる、との合意も得ることができた。暫くは財閥関係者達と二人三脚での交流祭り運営に精神を擦り減らすことになりそうだった。


【セシリア(ロングヒルの御妃様)】

いくさが減って行く未来において、家を守ることを主としてきた女性達の在り方にも変化が必要だろうと考えていたセシリアは、交流祭りでも華やかな祭りを彩る連合の顔としてエリーを前面に押し出すことは良い変化を生むだろうと考えた。もっと小さなイベントなら自身が出ることも考えないではなかったが、対連合だけの話ではないとなれば、ロングヒル王家で最も知名度の高いエリーに白羽の矢が立つのは当然も言えた。

結果として、王や王子達が前面に出ない事で、ロングヒルの武としての印象を薄めることにもなり、そういった意味では、セシリアの思惑は成功したと言えるだろう。

ただ、エリーの輝きが強過ぎて、もう外に嫁に出す選択肢は消えた。なら婿を迎えるか、となる訳だが、今のところ、誰を連れてきても見劣りしてしまう有様であり、別の意味で頭を抱えることにもなっていた。王族にとって婚姻は義務だ。ただ、できれば幸せな家庭を築いて欲しいとも思う。母親としては複雑な気持ちだった。


【エドワード、アンディ(ロングヒルの王子様達)】

二人は竜神子を抱える三十の国との繋がりも確保し、交流祭りを円滑に運用していく為として、周辺国との協議を重ねる場にも顔を出すことが増えた結果として、以前よりも十分に存在感を増すことができた。ただ、結託している気配はないものの、ヘンリー王と妹のエリーが明らかにまつりごとの場から距離を置こうとしており、二人は思想の違いを超えて、二人を強く引き留めることとなった。場合によっては母のセシリアも巻き込んで、一寸先も読めない乱世において、ロングヒルがいくさにおいて存在感を示してきた過去から、文化交流拠点として生まれ変わるまで、王家は一丸とならなくてはならない、と主張することにもなった。

ここ一年で二人も随分、成長したものだ。ただ、二人も言ってるように、日本あちらでも大政奉還の後、明治時代において江戸幕府を支えてきた大名家の多くが表舞台から消えていったよう事からもわかるように、新たな時代に生き残る事は並大抵の話ではない。

かくして、ヘンリー王が実績を積ませる為と称したまつりごとへの抜擢も、振り返ってみれば、必要な事だったと語れる日が来るに違いなかった。今はまぁ二人して愚痴を言ったり、少しでも仕事を忘れられるよう趣味に熱を上げたりと藻掻いているのだが。


【ザッカリー(研究組所属、元ロングヒル国宰相)】

依代の君の神力は、彼が二人目を降ろすことで何とか見通しが立ってきた。アキと依代の君の不協和音も、周りが意識して会わせないようにし、依代の君も必要がなければ会わないよう配慮してくれていた事が大きかった。それに竜族や妖精族、それと入り浸るようになった連樹の社の者達も、皆が彼を見た目相応の子供のように扱い、温かく見守ることで、彼もまた無駄に周囲と諍いを起こすようなことなく、己が心を育むことができたと言えるだろう。


様々な打ち合わせでは、エリーとは別の意味、司会進行役として話の流れを制する立ち位置としてザッカリーも不動の地位を築くことができた。ある程度は好きに話させつつ、元のルートへと引き戻す手腕は、雲取様からも、ザッカリーがいれば安心だ、と言われるほどである。

交流祭りでは、準備の打ち合わせに参加したり、一般参加者として見て回ったりもしている。人がいるところなどごちゃごちゃしてて、と不満を並べるソフィアと共に歩く姿も何度となく見かけられたほどだった。


そして、ラージヒル事変においては、昨年までは宰相をしてたこともあって、ご意見役として呼ばれることにもなった。勿論、彼は今の世代が対応すべきとして、一通りの対応や見解の話を聞き、ただ一言、これならば民の一人として安心していられます、と述べるに留めるのだった。



◆小鬼帝国枠



【ユリウス(小鬼帝国皇帝)】

アキから届いた遊説飛行の提案は、説明されればなるほどと思える内容であり、そうなる未来も予想すべきだった、と部下達ともども反省することとなった。

遊説飛行では竜神子のところに降りるのと違って、高空をゆっくり飛行し、圧も僅か、語り掛ける声が響く程度と直接的な影響はかなり少ない。心に直接語り掛けられること自体に衝撃を受ける者も出てくるだろうが、語り掛けが行われる時間帯に人々が必ず誰かと共にいること、数分程度で医師のところに連れていけるよう、医師を散らして配置すれば対応できそうだ。

それよりは、竜神子のいる国の周辺に語り掛ける、ただしまつりごとの仕組みでの上位国も含むとのことで、その論に従うと帝国のほぼ全土が対象となること気付き、肝が冷える思いだった。幸いなのは、その論理が連邦や連合にも適用され、どの勢力もほぼ全土を遊説飛行されることだろうか。全員が同じであれば、それは災害と同じだ。ならば不利ではない。


登山参加者達も帰国し、その経験を大いに語ってくれた。その行動、経験に対して、偉業を成し遂げたと褒め称え、新聞の号外も出して、その行いを人々にも知らしめた。彼らには経験したことを書に記すよう命じた。主催者たる財閥でも登山後、解散前に参加者達から話を聞き、報告書とするそうだが、小鬼族の参加者が小鬼族の視点で全編を通して感じた事を記した内容に比べれば、大雑把な内容となるだろう。帝国の民が読むのであれば多種族の言葉を記した報告書、小鬼族の参加者が記した手記、そのどちらも読むのが望ましい。よほどの内容でなければ検閲もしないと約束し、それよりも生な声を記すことが大事とした。仲良くしろ、争うな、恐れを露わにするな、差を感じても恥じるな、必要最低限で十分だと信念を語れ、等々、命じられたことへの心の葛藤について、民が共感できる部分も露わにせよ、その上で感じた衝撃を語り、変化した己の心を見せるのだ、と命ずると、彼らもユリウスが手記に何を望むのか理解し、熱い体験が冷めぬうちにその思いを書き記すことを誓ったのだった。


アキの姉、リアが率いる研究所から多くの人員と機材を呪いの研究に参加させる件は、渡りに船であり歓迎する旨を返答した。現状で呪いについて多面的に評価する基準も、それに必要な計測機器もないところに、わざわざ骨を折ってその確立のために尽力しようと言うのだ。そこにどんな意図があろうと、手が足りぬから皆で研究しようという趣旨なのだから、それは歓迎する以外にない。


それと、ラージヒルの事変はユリウス帝ですら驚くしかなかった。多くの国がある中、多少は残念な為政者もいるだろうとは考えていた。ただ、それが連合において二大国とされるところで起こるとは流石に予想してなかった。また、驚かされたことがもう一つ。それは帝国内を経由して届いた報告よりも、ロングヒルを経由した報告の方が先に届いたという事実だった。帝国側では、直接確認ができない帝国領内での出来事というハンデはある。ただ、それでも到着の時間差は、その理由を明らかにするよう、ロングヒルにいる者達に確認を指示するほどだった。


【ルキウス(護衛隊長)】

ユリウス帝から振られた参謀本部の人選も何とか済ませて、色々と火種が燻っていた多種族による登山も無事に終わり、アキとリアが竜神子と会う若竜達三十柱に短期集中教育を行い、それを踏まえて若竜と竜神子が何回も会合を重ねた結果、良好な関係を築けたことに安堵することができた。


それに、登山に参加した者達から生の声を聞けたのも良かった。外向きの飾った言葉ではなく、内向きで、外に出すのが憚られるような思い、感情、それらに触れたことで、それが同じ小鬼族の言葉であったことから、その体験談には大いに共感することができたのだった。今後、他勢力との共同事業が増えれば、同じような体験をする者も増えてくる。となれば、問題が起こる前に対処しなくてはならないと自戒することにもなった。


アキが語る小鬼像は嘘ではない。しかし、けれど光があるところ闇もあり。外向きに示す小鬼像と、帝国の民が思う小鬼像が乖離し過ぎると、当事者意識を失いかねない。あくまでも自分達が気を付ければ、達成できる程度でなくてはならないのだ。ルキウスはアキの思う小鬼族像をどこまで反感を持たれず広げられるか、下げられるか、頭を悩ませることとなった。


彼がそうして悩んでいるのが自分達だけでないと気付くのは、もう少し先の話だった。



【速記係の人達=ユリウス帝の幕僚達】

アキから遊説飛行の話が届き、竜神子のいる国に若竜がくる場合は帝国内の一割程度がその対象となる程度の話だったのが、ほぼ全土が対象として広がることに、やはり動揺が広がることになった。民への影響はかなり軽いが、帝国の民がほぼ漏れなく天空竜の声を聞くとなれば、その影響は計り知れない。誰もが当事者意識を持つことにもなり、地に降りてくる天空竜を直接観ることがなくとも、昨年までとはもはや全く異なる時代を迎えたのだ、と誰もが理解するだろう。


それを前提とすれば、秋の成人の儀の開催をしない、という選択も現実味を帯びてくる。ならば、それはどれくらいの確度となるか、反発はどの程度となるか、逆に民が消沈し過ぎないか、無力感に打ちひしがれるような事にならないか、等々を見極めねばならないのだ。


結果として、遊説飛行への対応に帝国のまつりごとに関わるパワーの殆どが費やされることとなった。例年ならばいくさに向けて兵達を集めて作戦遂行に向けた訓練に傾注するであろう時期に、である。


そして、いくさの準備が間に合わないではないか、と叫ぶ好戦派に呼応する反応が殆ど生じなかったこと自体が、民の心の声を代弁しているとも言えた。


【ガイウス(研究組所属、小鬼チーム代表)】

全体的に影響のある話にばかり首を突っ込んでいたが、本業の研究では、依代の君が二人目を降ろしたことで神力もかなり現実的な範囲にまで抑えることとなり、研究チームの手札に神力が加わることも確実となった。雲取様達、竜族の指導を受けて行う自己イメージ強化も、地の種族には無かった修練方法であり、これもまた研究チームの手札を増やすことに繋がると期待していた。

今はまだ、研究チームで竜と対峙しても平気なのは竜神子でもあるユスタだけだが、他の面々とて、竜達との会合を繰り返すことで、当初よりは耐性もついてきたと感じていた。そして、ガイウスもそうだが、アキが緩和障壁は邪魔と言っていた、その意味も判るようになってきていた。緩和とは相手との間に曇りガラスを入れて、その像を朧気なものとすることで、直接的な視認を避けるようなモノ。確かに心への衝撃は減るが、同じように竜への理解も減ってしまう。邪魔なのだ。


なお、こんなことを研究組が言い出して、天空竜達との接点が薄い者達は、やっぱり奴らは変わり者集団だと思うのだった。そもそも研究に必要とあらば、天空竜にだって話を聞きに行く、当然だろ? という感性自体が一般層からすれば狂気の域なのだから無理もなかった。


【ユスタ(小鬼研究チームの紅一点)】

アキと依代の君に感じていた「混ぜるな危険」という認識は、思ったよりは危険性が少ない、というか衝突頻度は少なそう、と思うようになった。アキ自身、依代の君の姿は、誠の幼い頃とはかけ離れていて、なんか敵視してくる子供としか感じていないようであったし、依代の君のほうも、幼い見た目に合わせた対応をされるのが気に食わない、というだけだったからだ。

アキがミアからの愛情を一身に受け、依代の君は一度として目を向けられることが無かった点には、二人とも言及することを避けていた。最初にその点で衝突したので、もうその件は終わりとしているのは大人の対応と言えそうだ。心の奥底ではまだまだ燻っていそうだがいきなり発火は避けられそうでもある。

それに、依代の君も竜や妖精、それに連樹の民と交流を重ねることで、随分と丸くなった。我思う故に我あり、を地で行く現身を得た神たる彼だが、そうあれと願われた姿は地の種族の幼子としてのそれであり、だからこそ、幼子が当たり前のように甘受する環境、他者との関係を得ることは重要だった。


彼女が危惧しているのは、アキと依代の君の本質が近しいことだった。両者が意気投合すると互いの行動を刺激し合って暴走する、そう思えたからだ。アキの周囲で言うと翁も似た傾向があり、リアもブレーキが甘い、というか長命種だからか許容範囲がやけに広い。


かくして、ユスタは研究の為に頻繁に訪れる雌竜達との会合にも意欲的に出席し、彼女達の長命種としての感性、異種族故の認識のズレを明らかにしていき、短命種である小鬼族への理解を広めるよう心を砕いていくことになった。


【小鬼の研究者達(小鬼研究チーム所属)】

自己イメージ強化、トウセイが進める変化の術への改良、登山者達が持ち帰った祟り神の観察データなどに対して研究テーマを考えて取り組みつつ、万能の鬼札ジョーカー足りえる依代の君の力、神力をどう活用するか思いを巡らせることとなった。


彼らが強みを発揮するのは理論魔法学なのだ。理論を実践するには実験での検証が必要となり、新たな閃きを得る為に、理論的な見通しが立つ前に、研究によって理論化のヒントを得ようともしていた。


そんな彼らの奮闘は、多様な才の集まるロングヒルの地において大いに開花することにもなり、階段を駆け上がるように、その理論は時には実験の先を進み、時には実験によって更なる飛躍をして、と研究の両輪として強力な推進力を発揮することになった。


依代の君への緊急対応が終わった今、世界の外に根を伸ばす世界樹、世界の外を認識しそれを活用しようとする黒姫、神力を自在に操る依代の君という三つの鬼札ジョーカーを手に入れたことで、彼らの活動も本格始動することだろう。アキは大喜びに違いない。ただ、為政者達からすれば、理論を紙の上で弄り倒して数十年と思っていたのに、その歩みはそんな段階をとっくに超越していた。


何とか手綱を握ろうと奮闘する為政者達の姿も、代表達が集う際に見ることができるだろう。



◆街エルフ枠



【ジョウ(ロングヒル常駐大使)】

僅かな期間にぎゅうぎゅうに押し込められたイベントの数々は、昨年までの彼は、定例業務ばかりに飽いたと言っていたものの、少しは加減しろ、と愚痴を言いたくなるレベルの忙しさだった。

遊説飛行の件は、確かに言われてみれば、推測できるだけの手札は揃っていたとは思う。だが、それで先を見通せというのは、全権を任されているとは言っても、一大使には荷が重い話だとも感じていた。規模と影響度合いからして長老衆が扱う話だろう? という訳だ。

まぁ、ジョウも疲れているのだろう。でなければ、こんな逃げの混ざった思考で止まる訳もない。

実際には、激動のロングヒルにおいて、全権大使として十全にその役目を果たしている、というのは同期に比べれば大きな得点であり、もう誰からもいずれは長老職も担うだろう、と思われているのだから。

長老達とて始めからその立場に相応しい人材として完成している訳ではないのだ。判断する立場だから、役目だから、他の誰かに投げることなど許されないから、自身が判断するのがベストではなくともベターではあるとの自負があるから……と色々と理由はあるが、その時々に精一杯、身を粉にして働いてきたからこその長老、皆が代表と認めるに至ったのだ。

彼も遠い未来、長老となったならば、先人達がなぜ任期を終えた長老達が期間延長などせず、退任して政界から距離を置くのか理解できるようになるだろう。やりたくてやっている、などという酔狂な者とて、数年も揉まれれば、自分が如何に狭量で増長していたかと猛省するからだ。長老職は名誉職であって義務なのだ。


【ヤスケ(ロングヒル駐在の長老)】

ヤスケはできるだけ、各種対応を若い者達に任せるつもりでいた。ただ、それでも度量衡の規格統一の件はあまりに影響範囲が大きいので前面に出ざるを得なかったし、ラージヒル事変では、竜達に直接アクセスできるアキの手綱を握らなければならない、と冷や汗が出る思いだった。

アキはあまり気にしていないが、アキが竜族と心話を行う際に他者は立ち会うことすらできない。他の者達が相談役としてストッパーの役割をすると言っても、肝心の心話部分は密室談合状態であって、しかもそこで行われる会話は、当事者達から間接的に聞くしかないのだ。これはあまりに危険な特性と言えた。これが幼子同士の内緒話だと言うのなら、可愛いものだと愛でる気にもなるだろう。しかし、片やあの天空竜であり、もう一人も広範な知識を持つとはいえ、可能なら理想を目指そうという青年思想にどっぷり浸かっている子供なのだから。

聞く人によっては、麻薬でキメた中毒者が手に小銃ライフルを持ってうろついているくらいの危うさに見える事だろう。実際の危険性は小銃ライフルどころではないのだが。


それと彼も少しだけ反省していた。いくら若い者に任せると言っても、長老が出てくるレベルの難題の時ばかり出ていくと、ヤスケ=難題、という意識が定着しかねない。もっと平時にも会うべきだったか、などと考えるヤスケだった。なお、そんな彼の反省する思いを聞いた本土の長老衆はと言えば「すっかり孫馬鹿の爺さんになっとる」と腹を抱えて笑うのだった。


【街エルフの長老達(本土にいる面々)】

彼らの目論見では、交流祭りや若竜達による竜神子との交流を含めても、直接的に関わるのはせいぜい人口の1%程度。ただ、それだけの人口が何かを体験すれば、それは全体を動かす起爆剤になるだろう……とは思っていた。ところが蓋を開けてみれば、遊説飛行で若竜の庇護下にあると周知する、などという話になり、直接的に関わる人口が1%から99%へと跳ねあがることになった。

もう、一部で流行ってる話から、知らぬ者のいない話に変貌するのは確定であり、反応の鈍い、頭の痛い層すら叩き起こすことになるのは確定した。

これまでは引き籠り気質と言われ、自分の屋敷から出てこない、他の街エルフと会うのも稀、などというインドア派ばかりで、国の将来を憂いていた訳だが、国民全員の心に火が着くとなれば、話は大きく変わるのは避けられないだろう。今ですら「我々は安寧とした時代でただ惰眠を貪ってきただけだった。故郷を失った過去を忘れぬと言いながら、帰還しようと考える事すら忌避していた。もはや雌伏の時は終わった。今こそ、我々は故郷を取り戻すべきだ」……などと鼻息を荒くする若者達が湧いて出てきて、一部の老人達まで、竜との共闘に苦々しい思いを抱きながらも、その発言を支持するなどと言い出してきていた。


十七章の僅か二週間でコレだ。思えば、ミアはまだ穏やかな方だった。手口は同じだが、共和国内だけで済んでいたミアに比べると、全勢力、竜族や異界の妖精すら巻き込むアキでは、その影響の差はあまりに違い過ぎた。


それでも制御不能、理解不能として恐れを抱くのではなく、手の掛かるやんちゃな子だ、と苦笑しながらも、その勢いをできるだけ殺さず活かそうとするのを、誰もが当たり前に考えている辺り、彼らもすっかりミアに感化されていると言えるだろう。ヤスケのことを笑っているが、彼らもすっかり孫馬鹿の祖父母達だった。


【ファウスト(船団の提督、探索者支援機構の代表)】

現身を得た神である依代の君を本土へとエスコートする任を命じられ、外見は幼子だが、その振舞い、精神は幼子のそれではなく油断してはならない、などとも助言されて、どう対応していいか悩むこととなった。アキと会った際にも初手で、苛立ち解消の為に消滅術式をぶつけた、などという悪行も聞いただけに、本当に本土に招いていいのかと考えもした。

ただ、その後、竜族や妖精族、それに連樹の民との交流を通じて、性格も随分丸くなり、その本質はアキと同じだとも聞いて、腹を括ることにした。

リアが同行すると聞いたのも心強かった。リアからは「私に対して依代の君が好意的に振る舞う様を観ても揶揄ったりしないこと」とも釘を刺され、一体どういう関係なんだ、と悩みもした。

結果として、始めて観る大型帆船、海外への渡航歴も長い熟練の船長、その逸話にも事欠かない、海の漢らしい立派な体躯と精悍な面持ち、という好条件が揃っていたこともあって、依代の君との会合は始終、穏やかな雰囲気で過ごすことができた。同じ本土に居るので、時折、会う約束まで交わすくらいには仲良くもなれて、安堵することにもなるのだった。


ただ、リアからは、彼にはアキと同様、二面性があり、親しみやすい子供としての面と、ミア救出の為なら神力行使を躊躇しない面、を持つと警告も受けることになった。依代の君は見た目は幼子だが、脅威度で言えば竜族相当、更に地の種族の流儀にも精通していて、その力は魔術のような制約がなく、ある種の万能性を備えている。


それでもリアからは、頼れる兄貴分として、館で不足しがちな男性成分を補えるよう頑張れ、と言われ、任せろ、と空元気混じりではあるが快諾するのだった。


【船団の皆さん】

船団も第一陣が遂にロングヒルへと帰国し、膨大な量の輸入品を搬出し、各種報告書の提出に追われながらも、それらを凌ぐ勢いで、激変した本国、弧状列島の情勢、竜族達、それに妖精界にいる妖精達について話を聞かせろ、と詰め寄ることになった。その傾向は船員だけでなく同行していた探索者達においても顕著であり、その怒涛の勢い、普段と攻守逆転する状況に関係者達を慌てさせることにもなった。


いつもなら、船団が帰国すれば、新たな話のネタが帰ってきた、と大盛り上がりになり、一躍、時の人となるのが定番なのだが、弧状列島交流祭りや、遊説飛行で列島全域に天空竜が飛来する話に比べると、衝撃インパクトが弱いのは否めなかった。


そんな扱いでも、彼らは不貞腐れるような事はなく、それより、帰国できない他の船団よりいち早く、激動の地に舞い戻れた幸運を喜び、貪欲にその変化を嗅ぎ取ろうとするのだから、そんな振舞いも極めて彼ららしいと言えるだろう。


そんな大喜びな第一陣からの連絡を受けて、各地に派遣されている船団関係者達が歯軋りしたのは言うまでもない。まさかホームシック以外の理由で、早く本国に帰りたいなどと熱望する日がくるとは夢にも思っていなかった。暫くは船団との通信も恨み節の割合が増える事だろう。



◆その他



【ソフィア(アキの師匠、研究組所属)】

十七章の二週間は、研究組自体は、依代の君(二人目)が降りるまでは、神力制御を最優先目標とし、彼が降りて自身の神力をある程度制する目処が立ったところで、今度は新たな要素として、研究組に最強の神術の使い手が加わることを起爆剤に、新たな研究へと突き進もうと、各自が頭をひねることになった。


彼らからすれば、交流祭りや遊説飛行に伴うラージヒル事変も、世の中が騒がしいねぇ、といった程度に過ぎない。多少は気にしているが、出資者パトロンが気前よく資金と開発拠点と、最高にクールな研究仲間を確保していてくれれば、不満なんて出てこないものである。

それよりは、出資者パトロンの期待に沿えるよう、更なる研究の推進を、その為の増資に向けて財布の紐が緩くなるよう確実な成果や明るい見通しを、と奮闘するのだ。


彼らが集められた目的は次元門構築の一点にあり、他は付随するオマケに過ぎない。地脈を利用して祟り神を永続的に弱らせる浄化杭の設計、製造なんて話も、祟り神を浄化する為の呪いの研究も、人口問題を解決するであろう変化の術の改良にしたって、多少、次元門構築に絡むかもしれないから手を出しておこうか、といった程度の話なのだから。


その辺りの温度差、研究者らしさも十八章で垣間見ることができるだろう。


勿論、ソフィアも弟子達や依代の君への思いがない訳ではない。ただ、扱いが難しい時期も乗り越えたし、このまま固まって完成じゃ、小さく纏まって面白くない、という師としての熱意もあった。なので、これまでは遠慮していたが、これからは目的遂行の為に気合を入れることとしたのだった。「私がしてることなんて、アキが巻き起こしてる騒ぎに比べたら微風のようなもんさ」ってな具合である。


以前は予算や人員という制約リミッターが機能していたのだが、出資者パトロンがロングヒルという小国から、全勢力へと拡大したのだから、ちまちましたことなど言わずぱーっと気前よく複数実験を並行実施してぇ、などとソフィアの脳内は全力運転中だった。


【街エルフの人形遣い達(大使館領勤務)】

ブセイを鬼人形として技術的に改良するのではなく、鬼族男子として歪さを是正していく、という何とも技術者からすると、雲を掴むような話が決まってしまい、彼らの直近の課題は片付くことになった。勿論、大勢の人形遣い、魔導人形達がロングヒルを中心に活動するようになり、皆を支える人形遣いの工房も全力稼働中であり、忙しいのは確かであった。


ただ、視野の狭さが弱点ともなると言われたこともあり、一部の女中人形達が大挙して交流祭りに訪れて、実際、それまでにはない知見を得るなど、手応えありとの報も届いた。その為、工房主達も珍しく自らが交流祭りに出掛けて行くことにしたのだった。この出来事はいつも工房に籠ってばかりと思っていた本国の人々の興味も強く引くことになった。あの引き籠り連中を外に連れ出すとは、どんな手品を使ったのだ!? という訳だ。


そして、昨年まで共和国に流れてくる情報は連合経由だけであったのが、今年は連邦、帝国、竜族、妖精の国と単純に考えても四倍増、実際には相互作用も含めれば数十倍にも達するものとなっており、ロングヒルは流行の最先端、あらゆる事象の震源地、との理解が広がることにもなった。


【連樹の神様】

二人目を降ろす前の依代の君とアキの二人を並べて観ることもでき、今のところ気掛かりと言える内容は特に無くなった。ただ、アキからは「死の大地」の浄化作戦に一枚噛まないか、と誘われることにもなり、これまで生きてきた長い時を振り返っても、前例のない提案だったことから、取り敢えず巫女のヴィオに丸投げすることを決めたのだった。


色々と理由は思いつくが、結局のところ、地の種族の流儀と植物のソレとの違いを全て自身が対応するのは、連樹の民との約定からしても分担の範囲を超えている、と感じていたからだ。それまでの枠組み自体で対応ができない事態、とも言える。それまでなら連樹の神が困っているところを、連樹の民が補い、それに対して庇護と森の恵みを与えることでバランスを取ってきた。


しかし、今回は話の発端が違う。連樹の神が今困ってる訳ではないのだ。しかし、興味がない訳ではないし、今後の弧状列島内での自身の立ち位置を考えると、前向きな検討をせざるを得ないとも感じていた。……まぁこう書くくらいには面倒臭そうと感じており、だからこそ、ヴィオに任せる、という形で一旦、保留したのだった。


【ヴィオ(連樹の巫女)】

連樹の神様は、「死の大地」の浄化作戦への参加について、先を読む娯楽、囲碁や将棋などから、その行為の意味は楽しさを理解せよ、と話を振られて、ヴィオは巫女人生の中で初めて、自らの神に対して理不尽さを覚えることとなった。まぁ、彼女の反応も、大好きな祖父母に対して、不貞腐れた顔をして見せた孫といった程度であって、任される程度には評価されていることも意味しているので、かなり不満に思いながらも渋々、話を受けることにしたのだった。


ただ、実際、始めてみれば、依代の君という現身を得た神、とされる子供と共に学びつつ、彼の感覚質クオリアを育てる為として、大半の時間を彼の遊びは体験に注ぎ込むことにもなった。


女子会でも語っていたように、自身にまっすぐな好意を示してくる彼に対しては、ヴィオも素直に応えたいと思うくらいには愛情を持つようになったようだ。


なお、良い教師に巡り合えたことと、共にゼロレベルから学ぶ依代の君という仲間を得たこともあって、ヴィオもパズルゲームの面白さ、奥の深さについて多少は理解を示せるようになった。そしてその教育と同時に、植物としての己の神が持つ思考の基本、確率論的に全域に手を伸ばし、目の出たところに向けて枝を伸ばすような考え方と、群体である地の種族が持つ長期戦略の違いも理解することとなった。きっとヴィオは連樹の神とアキと上手く繋いでくれることだろう。



【連樹の神官達】

依代の君が、パズルゲームの面白さ、奥深さを学ぶ為に連樹の里に足繁く通うようになり、始めは警戒していたのだ。しかし、彼がアキと違って異様に広い視点で物事を語ったりすることも少なく、見た目通りの幼子っぽく、あらゆる物事に熱心に取り組み、そして素直に感心し、綺麗なお姉さん大好きです、と言動や行動で目一杯アピールする様に、牙を抜かれてしまっていた。

もうすっかり、遠方から遊びに来た孫扱いといった有様で、これにはヴィオが思わず皮肉を言うほどであった。しかし彼らの面の皮は厚く「きちんと育てるのは親の役目。祖父母は愛でるだけ」と放言して、気が楽だなどと語り、ヴィオに対しては可愛い子と思いながらも立派な巫女として育つよう厳しく接する必要があったのだ、などと言い出す始末だった。

ヴィオは、依代の君が今、心を育てている最中であって、ここで育てた幹こそが今後の彼を決めるのに何という言い草だ、と憤慨したと言う。

まぁ、そんなヴィオの反応自体も神官達はどこ吹く風と受け流しており、ヴィオも神官達の知らない面を垣間見た思いだった。


【連樹の民の若者達】

弧状列島交流祭りが開催され、日々、少しずつ出し物が変わることで、毎日通っても飽きることがなく、連樹の神様に繋がる民ということで、全期間入場可能なフリーパスチケットを得ることもできていた。ただ、全員が毎日通っていては仕事が滞ってしまい、何より金が出ていくばかりで、ひもじい思いをすることになってしまう。そこで彼らは祭りの全スケジュールに目を通して、誰がいつどこに行くか、申し合わせをして、行けない日は仕事のシフトを入れて糊口を凌ぐ事とした。

現金収入が少ない連樹の民にとっては、仕方ない選択であり、彼らはその中でもベストな選択をしたと自信満々だった。


ところが久しぶりに里に戻ると、信仰する神自身が「死の大地」の浄化作戦に参加されるかもしれない、などいう大事になっており、しかも信仰に支えられた神が、現身を得て毎日のように足繁く通っている、などと聞いて、狼狽えることになった。


役目が違うのだから気にすることは無いと慰められても、連樹の民が今後関わっていくであろう多様な勢力を調べる仕事と、連樹の神が関わる話について学んでいく仕事のどちらがより重きをおくべきか、と問われれば、信仰心厚き彼らは後者こそ大事と思うのも当然だった。


ただ、そんな彼らもパズルゲームの面白さを学んでみるか、とヴィオに誘われると全速力で逃げ出したくらいで、幼少期に刻まれた苦手意識はそうそう払拭できないようではあった。


【世界樹の精霊】

雲取様は他の竜達と共同行動の訓練をしてて忙しく、黒姫様の方も、世界樹との交流で得た「世界の外」に対する知見を自らの血肉にしようと、思考の海に沈んでいることが増えたことから、世界樹の下にやってくるのは、森エルフやドワーフ達といった雲取様の庇護下にある民だけであった。ただ、それならそれで別に寂しいと思うような感性がある訳でもない。それに例年に比べると竜達の飛行頻度も増えたと感じていた。十八章ではこの辺りの話も語られるかも。


樹木の精霊(ドライアド)達】

十七章の二週間は、魔獣の生息域玉突き移動問題も位置を戻す話はあらかた片付いて、後は落ち着いて冬を越せるくらいまでなればヨシ、というところまでは辿り着くことができた。樹木の精霊(ドライアド)の生息地を把握し、接触する作業も順調で、秋が終わる頃には分布の把握までは十分終えることができるだろう。冬の間は樹木の精霊(ドライアド)の活動も不活性になるので、続きは春になってからだ。


【マコトくん(マコト文書信仰により生まれた神)】

信仰される神「マコトくん」の方は、日々、信者が増えており、既存の信者もマコト文書への理解が深まることで信仰心を育むことにもなって、その力は留まるところを知らない状態だ。それまでは共和国と連合の一部で信仰されていた、というレベルから、弧状列島全域にまで信者の分布は広がり、それどころか異界に住む妖精達にすらマコト文書は広がっているのだ。

ただ、信者の増加に神官の数が追いついておらず、特に鬼族、小鬼族の神官が絶対的に不足していた。魔力がない世界を扱うマコト文書に書かれた内容を、魔力のあるこちらの世界向けに上手く適用して人々を導くには神官が必要不可欠なのだ。

なので、見所のある異種族信者に対して、それとなく啓示を与えたりもしているのだった。勿論、「マコトくん」自身が計画するのではなく、民が導き手を欲し、神に啓示を求めたからこそ、神はそれに応えたのだが。


【依代の君】

そんな本体の状況など一切気にせず、今は自身を育む時だ、と依代の君は、経験の足りてない記憶を埋めていく作業に没頭することとなった。彼が遊んで、とせがむと竜や妖精も彼らなりの方法で遊んでくれたし、一緒に行きたいと誘うとヴィオも連樹の杜や湖を案内してくれたりして、大満足の夏だったと言えるだろう。おまけに二人目を降ろして神力を制する目処が立ってきただけでなく、共和国の島に活動拠点を構えられる利点を活かして、次元門構築に役立つだろう人脈開拓をする話となって、彼も大いに奮起することになった。何せ、この件はアキでは手が回らず、依代の君に一任するしかないのだ。役割分担しようとアキが言い出した、というのは依代の君を対等と認めたことの証左でもあった。……実際には先々に役立つかもしれない種に水をやるくらいの軽い動機からスタートしてるのだが、それでも依代の君は現身を得た神、それにミア姉への思いは自分と同じ、だったら任せちゃえ、といった具合に思考が連鎖していったベースには、彼への信頼があるのも確かだった。


樹木の精霊(ドライアド)探索チームの探索者達】

残暑に苦しみながらも、海外派遣時にもないような手厚い支援もあって、彼らの樹木の精霊(ドライアド)探しも目立ったトラブルもなく、予定をこなしていくことができていた。しかし、自分達は蒸し暑く奥深い森林地帯を縦走している中、ロングヒルでは多彩な種族が集って連日のようにお祭り騒ぎをしているとも聞いて、微妙な気分にもなった。そして駄目元で、予定通りか前倒しくらいで進んでいることを鑑みて、一時的に交流祭りに参加する時間を設けても良いのではないか、と掛け合ってみたところ、一切揉めることなく了承され、どうせならロングヒルに至る各地の旅籠で、樹木の精霊(ドライアド)探しをしている、弧状列島に住む全ての種族がいずれは統一国家に参加する、その礎とする為だ、と喧伝してこいとまで言われることにもなった。


かくして、本来はあまり関係のなかった樹木の精霊(ドライアド)探索の話がいつのまにやら、統一国家成立への一助といった形で話が広がっていくことにもなった。


これは、膨大な数の商人達も絡んでくることから、完全な情報秘匿は不可能であり、樹木の精霊(ドライアド)達との交流、交易を通じて、多くの富を得るのも目的ではあったので、祭りのタイミングでもあり、祭りにこれから参加する者達や、参加して家路につく者達のいる旅籠で、探索者達が話をぶち上げれば、かなりの宣伝効果が見込めるだろう、という意図もあった。


一応、この方針は三大勢力も合意している範囲ではあったのだが、国家や集団を形成している種族以外も弧状列島の統一国家に参加する、という意識の切替えは、民の自然に対する思いや、単なる勢力間の力関係変化だけに留まらない本質的な変革である、との思いが広がることにもなる。


【多種族による「死の大地」観察登山の参加者達】

色々と懸念されていた登山も、予定より二日ほど行程が遅れたものの、無事、完遂することができた。それぞれが母国に戻り、貴重な体験を語ることで、それは社会に大きな変化の風を生むことへと繋がった。また、他種族への興味が大いに高まった気運を後押しするように、弧状列島交流祭りも開催され、参加した者達も続々と帰国して、これまでに聞いた事もない素晴らしい祭りだった、と吹聴することで、更に熱は高まることになった。登山に参加した者達は、これからはその経験を手記に記す作業に邁進することになる。その心の内は外からはわからず、本人に語って貰うしかないからだ。そして、場を乱さぬようにと飲み込んだ言葉にこそ、今後の多種族の交流を円滑にし、無用な衝突を防ぐ鍵が隠れている、と為政者達は感じていた。彼らの役割は重要だ。


なお、アキや翁は面白いイベントに参加した人達の体験記を読みたいなー、などと話し、出版予定日を待つ一読者ですぅ、といった態度を示していて、関係者達を苦笑させ、そして胸の内で恐れも抱かせることになった。二人にとって登山はもう終わったイベントであり、手記を読み終えれば楽しかったね、と思い出になるだけなのだろう、と理解できてしまったからだ。種は蒔くが自身の役目はそこまでと割り切る植物のような思考なのだが、そういった共感できる部分があるからといって、世界樹との交流に役立つかと言えばまぁ微妙なところだろう。頭の痛い話だ。


【邪神、祟り神(「死の大地」の呪いに対する呼称)】

十七章の二週間は、対岸から皆がそっと「死の大地」を眺めていただけで、祟り神からすれば特筆するような変化は特に生じなかったと言えそうだ。ただ、この認識は遠距離から観測している者達が感じたモノであって、実際のところ、祟り神が何を考えているのかは、誰もまだ理解できていない。そもそも呪いへの理解を深めることは、人で言えば、細胞への理解を深めることであり、その集合体である人への理解にソレが繋がるのか、群体となったことで生じる現象、事象への理解や推測に繋がるのか、という根本的なズレがあるのだ。ただ、この辺りは呪いへの研究がある程度進みだすまでは、誰も気付けない話だろう。知らぬが仏といった話だ。知らぬままに仏とならないよう祈りたいところだが、信仰の神すら自陣営に組み込んでる時点で祈る訳にもいかないだろう。


【マコト文書の神官】

二人目を降ろすから再集結せよ、と依代の君から神託が降りて、二人の欠員が出たり、「マコトくん」、依代の君(一人目)、依代の君(二人目)についてどう理解するかで、神官達の中で考えが三つに割れたりと、普通なら教団が割れるような話に繋がりそうな騒動が続いているが、ここは異世界。実際に目の前に神がいて、祈れば信仰する神が啓示を与えてくれて、更に信仰を糧に神術を行使することもできるのだ。その圧倒的な現実の前には、神官達の間の多少の見解の違いなど、些細な話に過ぎなかった。


……という結論にした、というのが正直なところで、彼らはやはり結構苦悩しており、そんな様を眺めて、これぞ信仰よ、と喜ぶ依代の君の態度に、カチンときて諫言する者さえ出る始末だった。しかし、それに対しても彼は、怒りに囚われる理由を問い、なぜその思いを「マコトくん」には抱かないのか、と揺さぶり、その苦悩する姿こそが信者達を導く光となるのだ、などと丸め込まれもした。あーいえばこういう、というか、暖簾に腕押しと言ったところだった。


ただ、彼らも連樹の巫女ヴィオに対する発言には気を付けるようになった。それは、彼がミア姉は別格としても、こちらで何かにつけて苦楽と共にしてくれるヴィオもまた愛しい姉である、と公言したからだった。「マコトくん」のミアへの思いの深さを彼らは誰よりもよく知っていた。それだけに薄っぺらな反発心や嫉妬から、そこに踏み込むことは、虎の尾を踏む所業に他ならないと悟っていたのだ。


そして、彼らは「マコトくん」や依代の君を信仰しており、信仰とは対象と自己の間に明確な違いを設けてしまう思想の枷であり、神官達ではヴィオのような関係は築けないのだ、と理解してもいた。後悔は微塵もないが、一抹の寂しさもある神官達だった。


【心話研究者達】

心話に携わっているケイティやアキ、リアが自己イメージ強化の訓練によって、その在り方にも変化が生じたため、心話研究者達は、所縁ゆかりの品を用いた心話魔法陣を製造、維持している魔導師達とも連携して、その改良に勤しむこととなった。強度的にはかなりの余裕をもって創られており、受け手も竜族や熟練の魔導師あるケイティなので問題ないとの判断だが、リアがこの夏に接触を行った魔獣達への影響がどうなるかは、見通しが立たない状況だった。多分、十八章か、十九章辺りで、前回の接触で余裕がありそうな魔獣達に対してリアから心話が行われる事だろう。結果が良ければアキにもその話も伝えられるに違いない。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分では気付けないことが多いので助かります。


一時間に一人分くらいしか書けないことも多く、なんてこんなに手間がかかるのかと原因を探してみたら、依代の君(二人目)が、人脈開拓するからね、と追加方針を出したせいでした。お陰で掻き回される人達が急激に増えることに。アキも余計なことをしてくれました。アキの行動は正しいんですけどね。振り回される人の気持ちが良くわかるなぁ、と。


<今後の投稿予定>

十七章の人物について(残り四十九名)十一月二十日(日)二十一時五分

十八章スタート          十一月二十日(日)二十一時五分

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
評価・ブックマーク・レビュー・感想・いいねなどいただけたら、執筆意欲Upにもなり幸いです。

他の人も読んで欲しいと思えたらクリック投票(MAX 1日1回)お願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ