SS⑤:お姉さん達の女子会(前編)
前回のあらすじ:緊急事態ということでヤスケさんが乗り込んできて、事態の情報整理を始めました。事態の発端となった若竜と心話で直接交流できることもあって、僕の今後の行動は細心の注意を払う必要がありそうです。(アキ視点)
今回は本編ではなく、リア達がこっそり開催した女子会を三人称視点で描きます。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。
午後のお茶の時間の後、寝る前のルーティンをこなしてアキが眠りにつくと、ケイティは居間に戻ってきた。
「アキはもうぐっすり?」
「はい。いつも通り、明日まで熟睡されているでしょう」
リアの問いにケイティは答えると、集まった面々に断りを入れてから席についた。
この日の別邸はいろんな意味で例外尽くしだった。翁はアキが寝たのを確認すると、妖精セットの自室に降りて、早々に寝てしまった。実際には妖精界にいる本体との同期率を下げて、召喚体の方も独自活動をせず休眠状態に入ったのだ。
護衛のジョージは御者のウォルコットと、馬車の改良についての打ち合わせをするとかで、離れに退散した。
テーブルの端には、トラ吉さんが座っているけど、時折、耳を動かして聞いてますよ、とアピールはするけれど、香箱座りをして目も瞑ってた。
そして、集まる面々の中で、凄く場違い感に居心地を悪そうにしているのが、連樹の巫女ヴィオだ。
彼女がそう感じるのも無理はない。同席しているのがアキの姉であるリア、家政婦長であるケイティとその直属の部下である魔導人形の女中三姉妹アイリーン、ベリル、シャンタール、それと魔導人形でありながらマコト文書の神官でもあるダニエル、というなかなか濃い面々が集っていたからだ。
それぞれの手が届く位置にケーキスタンドが置かれ、アイリーン謹製の多様な一口サイズケーキが並んでおり、隣には淹れたて状態を維持する魔法瓶、こちらだと真空瓶機能を持つティーポットが置かれているという念の入れようだ。給仕役は置かないので、各自で宜しく、という訳である。
つまり、何の場かというと、リアが声をかけて開催されることになった、お姉さん達の女子会だったりする。トラ吉さんはお姉さんではないが、猫なので気にしないで、といった体だった。
「忙しいところ、集まってくれてありがとう。ヴィオ殿も楽にして欲しい。この場においては、「お姉さん」という等しい立場だから、遠慮なく意見を交わしていこう」
リアの宣言に、ヴィオが努めて平静を装って口を開いた。
「アキに対して、とのことでしょうか?」
「それと依代の君だね。ダニエルは彼に対しては、信仰対象の神とその神官という関係もあるけれど、彼の活動を支えるサポーターという意味では、アキとケイティや女中三姉妹のような関係にも十分進展する可能性がある。同様に依代の君に対して、ヴィオはお姉さん、私は義姉、他の面々はアキのサポーターではあるが、今後、彼は別邸を拠点とした活動も増える。そういう意味では、やはり似た立ち位置になると想定しておいた方がいい」
その説明を聞いて、ヴィオも一応納得したようだ。そして、新たな疑問も生まれた。
「皆、似たような立ち位置にあると納得できました。それで、今日は単に親睦を深めよう、という趣旨ですか?」
そうではない、と確信してはいるが、一応、明言して欲しい、と。
「勿論、親睦を深めたいという思いはあるよ。何せ、アキも依代の君も、お姉さんに対してガードが低くて、好みに合えば好感度五割増しって感じに対応が甘い。接点を持つ人物への事前調査はしているけれど、それでも際限なく増えていくのは避けたいし、二人との関わり合い方にも、節度というか注意すべき点があるから、そこは共有しておきたいんだ。それとヴィオ、君はセキュリティ面で少し調整しておきたくてね」
リアは、この場では私のこともリアでいいよ、と告げて、同じ仲間だ、と強調した。
ヴィオは蛇に逃げ道を塞がれた蛙のような気分になりながらも、連樹の巫女で鍛えた外面を活かして、笑顔で頷く。
「そうですね。二人とも誰に対しても親愛の感情を持って接するところはありますが、年上の女性に対しては、親愛というより、甘さ、精神的なガードを下げてますね」
その発言に、ケイティが対象はもう少し絞られる、と告げた。
「アキ様は単に年上の女性ではなく、職務をきっちりこなす凛とした態度、装いや振る舞いと、華奢な外見が揃うのを好まれるようです。鬼族のライキ様は妙齢の女性ではありますが、私達とは別枠としてる感があります。アヤ様は外見よりも、義母としての意識を強くされているのでやはり別枠かと」
普段、一緒にいる時間が長いからか、ケイティの分析は正鵠を射ていた。女性だがソフィアはお婆ちゃん枠なので、やはり別である。
「登山にも参加されたナタリー様、共和国にいらっしゃるロゼッタ様はどうでショウカ?」
ベリルの問いに、リアは二人は違うと即答した。
「ナタリー殿はアキとの接点が少な過ぎて、よほどの事がなければ、この集まりに呼ぶことにはならないかな。ロゼッタは何と言うか、特別枠だろうね。外見からしてあまり年上に感じられず、背丈も低い。職務に忠実ではあるし、外見もきっちりしてて、態度も秘書らしく距離感をコントロールできているんだけど。何だろう、やっぱり、別枠だよ」
リアも上手く表現できず、喉元まで出てるのに言葉にできないもどかしさを覚えていた。
そんなリアに救いの手を差し伸べたのはダニエルだった。
「リア様、私もあまりロゼッタ様との接点はありませんが、恐らく、趣味を出し過ぎ、構い過ぎ、先を読み過ぎ辺りかと思いマス」
気軽さが失われて、距離を空けたくなる方もいる、という事でショウ、などと微笑んだ。
ダニエルも老若男女、様々な層の人に対して説法を行う立場なので、誰にも適切な距離感があり、ロゼッタが溢れる思いが多過ぎるからか、相手が出すサインを意図的に無視して、嫌がられないギリギリまで踏み込む悪癖があると見切っていた。
特にアキや依代の君は、例え、過剰な魔力の制約で他人と物理的に距離を空ける必要がある、という前提が無くても、近過ぎず、遠過ぎない距離感を好み、ロゼッタのように全力で抱き着いてくるような零距離は苦手と感じている、と判断していた。
散々な評価にヴィオは、先日、神力を制した成果発表の場で語られていた事を聞くことにした。
「私はロゼッタ殿との接点が無いので教えて欲しいのだが、依代の君も話していた、魔導人形の鑑である、という評は誤りなのか?」
この問いにはシャンタールが答えた。
「イエ、ロゼッタ様は秘書人形としてだけでなく、女中人形が修めるべき技能の殆どを指導できるレベルで身に付けてマス。能力的には非の打ち所がありまセン。ただ、許される範囲で自分の趣味を優先される悪癖をお持ちなのデス」
ロゼッタは秘書人形であり、別に女中人形達の技能を習得する義務はない。しかし、ミアに奉仕したい、という思いが天元突破している事もあって、自分一人いればミアの要望の全てに応えられる域にまで自らを高めているのだった。全てというのは、護衛として、人形遣いとして、制限付きではあるが魔導師として、といったところも含む。もうこいつだけでいいんじゃないかな、を地で行く才女なのだ。
そんなロゼッタの熱意や実力をミアも高く信頼していて、魔力属性のこともあって色々と扱いが難しいお年頃だったリアの指導役にも抜擢したくらいだ。リアがロゼッタに頭が上がらないのは、そのせいでもあった。
◇
飲食を必要としない魔導人形の四人も、気を使わせないように、時折、飲み物やケーキを口にする気遣いをしてることもあって、ヴィオも最初こそ遠慮気味なところはあったが、少しずつ肩の力も抜けてきた。
「それで話を戻すが、私のセキュリティ面での調整とは何だろうか? 私だけに限定する話であれば、先に済ませておきたいのだが」
これにはケイティが答えた。
「その件は私からお話させていただきます。リア様は研究所の代表と財閥の顧問を兼ねること、アキ様の家族であることから、制約が多くなりますが、王族級のガード体制を敷いています。私を含めた他五名はそれに準じる体制としています」
この説明に、リアが苦笑しながら補足する。
「ケイティ、それだと説明が少し足りないよ。ここにいるヴィオ以外の六名はロングヒルの大使館領を拠点として、それ以外の移動先も連邦大使館や、第二、第三演習場程度に限定している。それと連樹の里か。活動範囲の狭さと、それぞれの護衛レベルは共和国基準でも最上級で、連合のニコラス大統領だってここまでの護衛体制は敷いてない事は覚えておいてね」
リアの指摘に、ケイティもそういえば、そうでした、と頭を下げた。
「つまり、私のガード体制、ということか」
ヴィオは、自身の護りが他の面々に比べて大きく劣る、劣るというのは語弊があるが、一般寄りであることに気付いた。
「その通り。先日の成果発表の場でも明らかになったが、ヴィオ、君は依代の君にとって、特別な立ち位置、近しい間柄であることが明らかになった。それは喜ばしいことだが、同時に万が一にも、弱点となる状況は避けなくてはならなくなったんだ」
直接、害するだけじゃなく、圧力を加えてくる、便宜を図るよう迫る、なんてのも含むよ、とリアは告げた。
「私は連樹の里にいることが殆どで、連樹の森の範囲であれば、我が神の護りも得られる。つまり、今回のように外出する際の事を指すと?」
ヴィオの言葉に、ケイティが一つの桐箱を差し出した。開けるよう言われて、蓋を取ると中には、耐弾障壁の護符が入っていた。
「この会合の間身に付けていれば個人調整は終わるから、以降はできるだけ身に付けておいて欲しい。その護符を身に着けていても、信仰する神との繋がりに影響がないことはダニエルで確認済みだ。認識外からの不意の一撃への文字通りお守りと思ってくれればいい。メンテは必要に応じて行うから遠慮はしないでね」
リアがこれはお願いではなく決定事項だ、とも話した。
ヴィオは見るからに高密度な魔力と精緻な制御機構を備えている、恐らくは国宝級の護符を身に着けることに、庶民っぽい気後れを感じたが、周りからの無言の圧力もあって渋々、首から下げた。
護符の調整機構がすぐに動作を開始して、複雑な制御術式が表面に踊り始める。
「それと」
「まだ何かあると?」
リアが続きを話そうとして、ヴィオは驚きの声を上げた。
「あと少しだよ。それで次は連樹の里から外に出る時だけど、確か里の者を伴っていたね」
「私も多少の護身の技は修めてるが、自身だけで出歩く危険性は理解している。それに他の神官達や年輩層が心配性で、立場もあるので二人付けている状況だ」
その説明にリアは一応頷いた。
「人数的には最低ラインはクリアしてるけど、念の為、腕前を試しておきたい。場合によっては人形遣いを付けるからそのつもりで」
当たり前のように、部外者を付けよう、などと言われてヴィオは慌てた。
「私の付き人はそれなりに腕も立つ。過剰ではないか?」
「そうかもしれないし、そうでは無いかもしれない。だから腕前を確認させて欲しいってことさ。必要十分なら、こちらも意味もなく人形遣いは派遣しないよ」
そう言いながらも、リアは必須と確信しているようだ。そんな認識のズレに気付いて、アイリーンがフォローを入れた。
「この場合の襲撃者は小隊規模の正規軍までを想定していマス。ヴィオ様に何かあった、或いはその危険性があったダケデ、依代の君が動きかねません。神罰の行使は避けるべきデス」
それを防ぐ為だ、と示されて、ヴィオは認識のズレがどこにあるか気付かされた。自身の危険だけではない。それを切っ掛けに現身を持つ神である依代の君や、天空竜に軽くお願いしかねない竜神の巫女アキが動くこと、その可能性があることが不味いのだ。
ちなみに小隊だが、陸上自衛隊を例にとると、戦力としての最小単位である分隊が歩兵十一名で構成され、分隊が三~四つ集まった集団が小隊となる。小隊として束ねるための小隊長や伝令もいるのでだいたい四十名程度といった戦力になる。
それと正規軍と言ってるが、共和国基準の正規軍とは、数を揃えただけの一般兵ではなく、ガチな専門技術を身に付けた、チームで敵地侵入なんてことまでできる精鋭部隊相当だったりする。
ヴィオは言葉通りにロングヒル基準での小隊規模戦力をイメージし、それ以外の面々は共和国基準のそれをイメージするというズレが生じていたが、たった二人の護衛でどうにかなる相手ではない点に違いはないので、アイリーンもそこには言及しなかった。
「……二人が私怨で動くと?」
「依代の君は自身のこととなると、かなり判断が甘めになる傾向があったじゃないか。そして、依代の君とアキの本質は同じだ。二人は身内と思った者には、他の者からすれば、そこまでするか、といったレベルで動きかねないんだ。忘れているかもしれないが、アキは姉のミアのために、身一つでこちらにやってきたくらいだ。動く可能性の段階で潰したいと関係者が考えるのもわかるだろう?」
元は日本にいた誠であって、それが異なる道を歩んだだけで本質は変わらない、とリアは断言した。
そして、ヴィオもまた、二人なら、動きたいなら、何がしら理由を付けて、私怨だろうと、公務であり正義である、という体裁を整えた上で動く様が目に浮かぶのだった。
「リア殿」
「リア」
さぁ、もう一度と圧力をかけられ、仕方なくヴィオは言い直した。
「リア、求められるセキュリティを連樹の里だけで用意するのは難しく、だからといって里に籠もる事もできないだろう。ご好意に甘えるようで申し訳ないが、人形遣いの護衛を付けていただきたい。それと里の者が望むなら、護衛としての技量を高める手助けをしていただきたい」
「快諾してくれて安心したよ。修行の方も手配しておこう。費用の点は気にしないでいい。こちらも財閥が全部自前で持ち出すつもりはないから。事は弧状列島全体、妖精族にも影響が出る話だ。代表達が来た時に共同支出でねじ込んでおくさ」
財閥だけで負担すると、それはそれで要らぬ詮索をされるからね、と苦笑してみせた。そんなリアの砕けた態度に、ヴィオも頬がひきつるのを感じながら、何とか笑顔をキープしたのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。気付きにくいので助かります。
お姉さん達が集って女子会が始まりました。女子会と言う割には最初に片付けた話題は物騒な話でしたが、ヴィオもそれだけ重要な立ち位置になったので、色々配慮してく必要が出てきました。連樹の巫女という立場ではあるものの、金銭感覚は庶民寄りなヴィオからすれば、首から下げた耐弾障壁の護符は、実際よりずっと重く感じる事でしょう。
それを言うと、護衛に付けるよ、と言われた人形遣いにしたって、空間鞄の中に控えている魔導人形達は儀礼用といった遠慮を除いた、ガチな魔導装備で全身を覆っている、出し惜しみ無しの小隊規模戦力なんですよね。リアは必要経費とさらりと言ってますが、明細書を貰った代表達が顔を顰めるような額が踊ってたりします。「どこと戦争する気だ!?」ってレベルなのです。
次回、後編はちゃんと女子会らしい話題になりますのでご安心ください。
<今後の投稿予定>
SS⑤「お姉さん達の女子会(後編)」十一月六日(日)二十一時五分
十七章の各勢力について 十一月九日(水)二十一時五分
十七章の施設、道具、魔術 十一月十三日(日)二十一時五分
十七章の人物について 十一月十六日(水)二十一時五分
十八章スタート 十一月二十日(日)二十一時五分
<活動報告>
以下の内容で投稿してます。
・食品価格暴騰
・冷蔵庫新調
・トマホーク巡航ミサイル調達
・仲本工事さん死去
・中国の宇宙ステーション「天宮」完成
・イプシロン六号機打ち上げ失敗