17-25.遊説飛行とへし折れた心(後編)
前回のあらすじ:依代の君にはせっかく共和国に渡るのだから、人脈を広げるべく頑張って貰うことになりました。ロゼッタさんの指導で合格を貰ってから活動開始なので、失敗することは無いでしょう。まぁ彼も若いし、失敗もまた糧にはなると思います。あと竜神子は自身の庇護下にあると告げる遊説飛行が連合内、西の大国ラージヒルに対して行われたんですが、な・ぜ・か、王が病む→主君押込で摂政擁立→国境封鎖→戒厳令発動、の四連続コンボが決まってしまいました。一体、何がどうなってるんでしょう???(アキ視点)
そこそこ急ぎの事態という事で、ヤスケさんとは軽食を摘みながら話をしていくことになった。不作法だけど仕方ない。
トラ吉さんも今日はいつものようにテーブルの上に陣取りながらも、ちゃんと目を開けて、しっかり話を聞くぞ、って姿勢を示してくれている。
話し相手はヤスケさんとシャーリスさんだけど、壁沿いに並べられた席には、別邸にいるサポートメンバーはダニエルさんも含めて全員勢揃いしてる点も、今回の件が慎重な対応を必要とする案件であることを示す証左と言えるだろう。
アイリーンさんの用意してくれたサンドイッチは、シャキシャキなレタスとチーズ、それに潰した卵とマヨネーズの食感が嬉しい。オレンジジュースを飲んで人心地ついたところで、ヤスケさんが話を切り出した。
「話を多少は聞いただろうが、こうして足を運んだのは、ラージヒルに対して天空竜がいきなり動かぬよう釘を刺す為だ。現地には財閥の通信・物流網の拠点がいくつもあり、そこから呪符の使い魔を用いた連絡も届いている。竜神子達の館も警護は厚くなっているが、外部とのやり取りも確保できておるそうだ」
ほぉ。
「一番気になるところだったので安心しました。国境封鎖や戒厳令は何故出したのでしょう?」
「ニコラス大統領からの書簡では、予期せぬ事態の発生を未然に防ぐため、との事だ。周辺国にも軍の行動を慎み、民の動揺を防ぐよう依頼が回ってる、ともある」
ふむふむ。
「つまり、政変に対して、とにかく場を止めることで沈静化を図ってる、そんな感じですか」
「そうだ」
「それだと、若竜と竜神子の交流も止める感じですか? そもそも若竜が降りる場は、余計な人が立ち入らないように配慮してるでしょうし、そちらは止めない方が穏便に行くと思うんですけど」
僕の提案に、ヤスケさんは渋い顔をした。
「竜神子の独立性を謳う視点からすれば、その意見は正しいだろう。だが、竜達の時間感覚からすれば、一週間、十日程度の間を空けても気にはしないとも言える。その気はなくとも混乱を引き起こした張本人が現場に姿を現すのは、沈静化を望む者達からすれば、神経を逆撫でされる事態だろう」
むぅ。
「それはそうかもしれませんね。でも、竜神子に関係する政変について、第一報を若竜に入れないのは誠実さに欠ける行いでしょう。それに遊説飛行を控えている地域はこれからも増えていきます。それらへの対応をどうするのかも決めていかないと」
「始めの一柱でこれじゃからのぉ。残り二十九柱、どうしていくか決めるにせよ、あまり時間は掛けられんじゃろう」
お爺ちゃんの言う通り、もうあまり期間的に余裕はない。
「それでニコラス殿は何と話しておるのだ?」
シャーリスさんが問い掛けた。確かに、連合内の話だからね。代表の見解は重要だ。
「事態が急変しており、今は情報収集を第一として、帝国側にも勅使を送って、望まぬ事態が起きぬよう、隣接地域の帝国軍に行動を控えるよう打診したそうだ」
「西の地域だから、北方にある連邦が絡むことは無い、か。しかし、ニコラス殿は直接動かせる手勢もなく、ラージヒルといえば、連合内でも二大国と称されておった筈。ラージヒルの上層部が事態を収拾するまで、静観すると言う事かぇ?」
シャーリスさんの指摘通り、ニコラスさんが手綱を握るのは難しそうだ。場所も悪い。海を挟んだ対岸は「死の大地」という立地条件だからだ。勿論、距離は登山した三か所のルートに比べれば倍くらいは遠いんだけど、それでも、そういう地域で天空竜が騒ぎ立てるような事態は避けたい。
「シャーリス殿の指摘された通り、ニコラス殿が直接、事態を治めるのは難しいかもしれん。しかし、ラージヒルの上層部内での対立、武力衝突は起きておらず、各地の都市部でも市民の暮らしは保たれておる。連合に所属する国として、統制を保っていると見ても良いだろう」
ふむ。
「では、暫くは静観か」
シャーリスさんは、今すぐどうこう慌てる事態ではなさそうだから、それも仕方なし、って感じのようだ。でも、十中八九、多分、今回の場合、九割九分は穏便に終わりそうだけど、だからといってできるのに、動かないのが良い選択なんだろうか?
「えっと、万一の自体に備えて、樹木の精霊探索の時のように、妖精召喚の呪符を持ち込んで貰うとか、常時召喚の妖精さんを一人派遣して貰った方が良くないですか? 事態が安定するまでなら数日でしょうし、妖精さん経由の連絡網を構築して、緊急事態が起きてしまったとしても、若竜に空間跳躍で現地入りして貰えば、場を鎮める事もできるでしょう?」
天空竜が現れて睨みを利かせれば、それは機械仕掛けの神の登場、そこで全てが終了だ。この秋の交流、竜族と地の種族のこれから続く関係の始め、それを血で汚す訳にはいかないから、良い提案だと思ったんだけど、ヤスケさんは盛大に溜息をついて、薄暗い目で僕を睨んだ。
「だから、儂がこうして足を運んだのだ。今の提案では絡んでいなかったが、別邸には依代の君もいる。ここにいる僅か数人が共謀するだけで、簡単に介入できる、事態を鎮静化できる、できてしまう。だが、それでは駄目なのだ。それは抜いてはならぬ伝家の宝刀、抜かないからこそ輝く力だ。使ってしまえば猜疑心と恐怖は二度と拭えん。アキが最後まで政の面倒を見るというのなら、一考の余地もあるが、そうではあるまい!?」
ヤスケさんがここにいる一人、一人に薄暗い視線を向けた。皆の反応を見る限り、僕も含めて、そこまでする気はない、という認識で揃っているようだ。
「勿論、そんなつもりはありませんよ。万一の自体に備えてって意味です」
ヤスケさんの言う、最後とは、弧状列島の隅々まで、何か問題が起きるたびに尻拭いをする覚悟があるか、そんな役処が必要となくなるまで面倒を見るのかって話だ。世界征服をしたい、なんて僕は狂人の戯言、滅私奉公ここに極まれり、酔狂で生きてるような人でなければやってられないと思うから、そんなことは真っ平ごめんだ。
「それだ。ロングヒルからラージヒルまでは、いくら妖精族でも、自力で飛べば休みなしでも半日は掛かる。だが、小型召喚竜に乗れば、一時間もあれば余裕で到着できよう。妖精族が姿を隠す幻影を行使すれば、誰にも知られず現地入りも可能だ。だが、できる事を示すのは不味い。できるかもしれないのと、できたと実績で示すのは天と地程の差がある。望めば、どこにでも天空竜や妖精達を派遣できるなどと知れば、手が届かぬ事態に陥った時に、見殺しにしたとも邪推されかねない。やる気もないのに手を広げるような真似をするな」
今回だけ、では済まない、だから動くな。ヤスケさんの薄暗い目に睨まれて、僕はどうするべきなのか、答えが出せなかった。
評価、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。気付きにくいので助かります。
関係各所も動き出してるものの、ラージヒルで何が起きているのか、まだ第一報を聞いたといったところで、詳細や今後、どういった流れになるか見えないところだらけです。
ヤスケも釘を刺したように、僅か数名が共謀するだけで遠隔地に直接介入できる、というのは為政者達からすれば、恐怖以外の何物でもありません。いざとなれば距離を超えて天空竜や妖精が助けに来てくれる、それなら安心だ……なーんて考える人はアキくらいでしょう。
最後まで面倒を見れないなら手を出すな。なかなか重い命題ですね。
さて、今回でキリが良いので十七章はここまでです。十八章は状況が見えないながらも方針を決めて、といったところからスタートになります。今回は以前の後書きでも書いてたようにSS⑤「お姉さん達の女子会」を投稿して、その後は定番の設定紹介パート×3を投稿という流れになります。
<今後の投稿予定>
SS⑤「お姉さん達の女子会(前編)」十一月二日(水)二十一時五分
SS⑤「お姉さん達の女子会(後編)」十一月六日(日)二十一時五分
十七章の各勢力について 十一月九日(水)二十一時五分
十七章の施設、道具、魔術 十一月十三日(日)二十一時五分
十七章の人物について 十一月十六日(水)二十一時五分
十八章スタート 十一月二十日(日)二十一時五分
十七章も終わってキリも良いので、感想、ブックマーク、評価、いいねなど何らかのアクションをしていただければ幸いです。それらは執筆意欲のチャージに繋がりますので。