17-23.依代の君、二体目降臨(後編)
前回のあらすじ:依代の君が神力を制する事に前向きになってたけど、それはヴィオさんとのデートという人参を目の前にぶら下げたからってとこは、ちょっと苦笑しちゃいました。あと、自分の神力なのだからどう使おうと自由とは思うけど、少しは自重を覚えてくれないと色々困りそうとも思いました。(アキ視点)
依代の君が気にしている案件も方向性が示されたことで、彼もやっと落ち着いた感じになってきた。その様子を視て、雲取様が残っている調整事項について話を切り出した。
<さて。依代の君も安定性については目標を達成できた。故に安定するまで交代で見守る体制については終わりとしよう。リア、彼は当初の予定通り、二人目を共和国の館に向かわせても良いと思うがどうだろうか?>
雲取様の見立てでは問題なし、と。さて、さて。
「準備は整えてあります。アキや私の時と同様、大型帆船ビクトリア号を使って正規ルートで入国して貰う。周囲の魔導具に影響がないよう、特別仕様の個室での船旅になるけど、そこは我慢して欲しい。いいかな?」
リア姉も、これまでに何回となく話す機会を設けているからか、口調が柔らかい。そんなリア姉を見て、依代の君も、借りてきた猫のように大人しく頷いた。
「手筈を整えてくれてありがとう。勿論、それで構わない。ファウスト船長とも話してみたいと思っていたところだ」
ほぉ。
「入国手続きも含めて、私が同行するから、その辺りは調整しておくよ。あちらの館では、家令のマサトが後見人として生活全般のフォローを、秘書のロゼッタがミア姉関連全般の支援をする予定だから安心するといい。それと、これは経験者としての助言だけど、ロゼッタと何かする時は時間を区切った方がいい。ケイティもスケジュール調整で一度に最長でも二時間程度となるように配慮してあげて」
「お任せください」
ん? ちょっと確認しておこう。
「リア姉、ロゼッタさんも忙しい立場だからスケジュール調整が必要なのはわかるけど、なんで区切るの? その辺りはロゼッタさんと依代の君の間で話せばよくない?」
そう思ったんだけど、リア姉が遠い眼差しをしたまま、理由を教えてくれた。
「アキは起きていられる時間の制約が強くて、そもそもロゼッタとの時間も区切っていたからね。ロゼッタはとてもよく考えてくれるし、善意で立ち振る舞ってもくれる。ただ、ほら、わかるだろ? ロゼッタはいろんな意味で濃くて重いんだよ。一皿食べたらもう他の料理はいらない、って具合さ」
あぁ……なるほど。
僕はピンときたけど、依代の君はそんな態度に少し不安を感じたようだ。
「リア姉、ロゼッタはミア姉の活動全般を十全にサポートする、高い実力を持ちながらも今でも向上心を忘れない魔導人形の鑑と言える存在ではなかったのか?」
「会えばわかるけど、ロゼッタは目標を完遂した上で、自分の趣味も同時に満たすよう、持てる能力の全てを投入するのを厭わない性格なんだ。悪気はないんだ。結果だってキッチリ出してくれる。……ただ、私でもロゼッタと何かする時は、その後にリラックスタイムを設けておくくらいでね。そして君の教育がミア姉への助けとなる以上、ロゼッタはいつも以上に奮起するのは確定だ。だから、集中力が続かないと思ったら遠慮せずに、そこまでとしたいと申し出ることだよ」
まぁ、どうやってもロゼッタの掌から逃れるのは難しいけれど、なんてリア姉は達観した表情で呟いた。
◇
僕は起きていられる時間の制限があるおかげで、脱出時間確定で接することができていた、と。ロゼッタさん、良い人だけど重いからね。
あ、二人が分かれる前に確認しておきたい事を思いついた。
「すみません、依代の君ですけど、元は「マコトくん」だから、依代同士が互いを認識しても、自己認識のループに陥ったりしないで済むと思うんですが、その辺りは試したりしないんでしょうか? 問題がなければ、黒夜の術式をいちいち発動する手間も省けますよね?」
この問いには、師匠が答えてくれた。
「確かに問題は起きないかもしれない。ただね、万が一、ループに陥った時に、自己イメージの強化が進んでいるアキやリアに心話でショック療法を試させるのはリスクが大きい。その割に依代同士が互いを視認できても、それを前提に更に何かに繋げる研究テーマも今はまだない以上、依代が互いを見るような事態は避けることにしたんだよ」
ほぉ。
「まぁ、確かに、それができても、術式発動の手間が減らせるだけですからね。あと、トウセイさん。変化の術の方は何か試したりするんでしょうか? 二体目の方が共和国に行ってしまうから、試すならこちらにいる間でないと困るでしょう?」
「依代の君に合わせた、変化の術の方はまだ理論構築の途中だから、こちらに残る依代の君に時折、試験に付き合って貰えれば、それで問題はないだろう。実際に変化するための体を創ることになったら、ロングヒルに来て貰う必要があるが、それは目処が立ってから考えればいい」
なるほど。
「依代の君は、変化後の姿はこうしたい、とか思い描いてたりする?」
質問を受けた彼は、腰に手を当てて鼻を鳴らした。
「当然だ。現身を得たのは喜ばしいことだが、残念なことにこの身体は成長はしない。だから、変化するとしたら、大人になったボクの姿としたい。仮初の姿ではあるが、だからこそ、変化の術で形作るのに相応しいだろう」
青いキャンディーを食べると十歳成長するとか、風邪の状態で中国酒を飲むとか、そんな感じか。まぁ、確かに子供が抱く変身願望そのものってとこだし、成長した姿なら変身前後で自己イメージの混濁とかも起きにくそうだ。
◇
<依代の君が、自身の神力を制する術を身に付ければ、自己イメージの強化も同時に達成できる。そうなれば神術絡みで試せることも増えてくるだろう。「マコトくん」からの神力の流入も更に抑えられれば、案外、変化の術を使う必要もないかもしれん。――使ってはならぬ訳ではないから、そう気を落とさないことだ。ところで、ダニエル。神官達も何か意見があるようだが?>
話を振られて、ダニエルさんは神官さん達を代表して意見を述べた。
「依代に降ろす儀式を担った者とシテ、共和国に旅立たされる前にマコト文書に関わる者達で、ここ一ヶ月の体験されたことを拝聴する場を設けさせてくだサイ」
ふむ。信仰に関わる内容なだけに自分達だけで、と。
「其方らの尽力に報いよう。ケイティ、会場の手配を頼む」
「それでは、ダニエルと後ほど調整して確保しておきます」
<依代の君の処遇は決まった。今後はスケジュールに沿ってゆるりと過ごしていくこととなろう。急ぎの用があれば、アキかリアに頼んで心話で伝えればいい。シャーリス殿からは何かあるか?>
「そうさのぉ、妾達には翁を通じて連絡を入れてくれれば対応しよう。こちらからも翁を通じて伝えるが、さほど気張る必要はない。必要と思えば遠慮しないことだ。妾達も遠慮はせぬからそのつもりでな」
なんて感じにシャーリスさんは、依代の君のとなりまでふわりと飛んだ。親しみを示した振舞いに、依代の君も笑顔を浮かべて、皆に頭を下げた。
「ここ一ヶ月は無理な対応をして貰い、大いに助かった。この礼はこれからの行いで返していくことを約束する。無理のない過ごし方は、リア姉から街エルフの流儀を学ぶことで身に付けていくつもりだ。ありがとう」
一か月前に比べると、人形っぽさもあまり感じられなくなって、彼の素直な謝意もきっちり伝わってきた。皆も自然と拍手でその思いに応えたのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
誤字、脱字の指摘ありがとうございます。気付きにくいので助かります。
依代の君の一か月間、神力制御の取り組みも取り敢えず合格ラインに達することができました。まだまだ道半ばといったところではあるけれど、このペースなら、神力で無理やり達成せずとも、竜族のように力を抑えられるようになりそうです。熱意が違いますからね。
変化の術についても、他の者達がさほど強い変身願望を持ってないのに対して、決して得られぬ成長後の姿を仮初でも手に入れる、という強い思いもあり、それは結果にも影響を与えるでしょう。……まぁ、彼の場合、足りない分も強引に神力を持って手に入れてしまいそうなのが、別の意味で問題ではあるんですが。彼が術を成功させても、それが三人目の成功を保証する訳ではないって事に成り兼ねませんから。
次回の投稿は、十月二十六日(水)二十一時五分です。